キャベツたくさん食べる
「PUIPUI」
朝、自分の声で目を覚ますと、僕は一両のモルカーになっていた。
「PUIPUI」
(どうしたんだ)と叫びたいが声は言葉にならない。夢かと思うが、意識はハッキリしていた。夢じゃない。手も足も毛むくじゃらで、布団に収まらないどころか、寝室いっぱいに体が大きくなっている。
「PUI!PUI!」騒いでいると妻が寝室の戸を開けた。
「ちょっとどうし……えええ?!」目と口をあんぐり開けたまま固まっている。僕は妻の方ににじり寄って「PUIPUI」と言った。「ええ?!お父さん!お父さんどこ!?」すり寄って(僕だよ!)と言いたいが「PUIPUI」としか門歯の出た口からは出ない。
結局、人間としての僕は失踪ということになった。モルカーとしての僕は未登録のモルカーということで、生体チップなどを確認されたが、結局は拾得物として妻の所有が認められた。もともとモルカーを所有していなかったから、空いていたモルカーガレージに入り、そこでキャベツを食べ、出し、寝る。
僕の失踪で警察やら会社への届けやらなんやらの忙しい日々が終わったある日、妻は1人ガレージで僕に乗って、「なんでモルカーを残して居なくなっちゃったんだろ? ねえモルカー、なんだか私、君が夫のような気がするんだ」と話した。「PUIPUI!」(だからそう一万回言ってるよ!)という声は届かない。
「どっか行こうか」と妻は言って、僕は妻を乗せて走り出した。妻と初めてのデートで行った海の見える公園、妻に告白した大学近くの道、昔住んでいた街。妻は僕が知っていることを、一つ一つモルカーの僕に語ってくれた。あの頃は20代で、なにもかもが妻との思い出だった。
まだ幼い娘たちは「高くて買えない」と聞いていたモルカーが来て大喜びだった。週末、夏休み、僕は家族を乗せて山へ川へ海へと走った。モルカーなら、いつも家族を喜ばせられるのだ。
2年ほど経って、妻は家に男の人を連れてくるようになった。驚いたけれど、どうやら妻の会社の人で、優しそうな人だった。彼が僕に乗ろうとした時、怒って暴れ、モルカーペニスを出して威嚇したら、モルカー医院に連れて行かれて去勢されてしまった。
モルカーになって5年ほどすると、僕はだんだんよく眠るようになった。ある日なんて道路で妻を乗せたまま寝てしまい、渋滞を作ってしまったほどだ。モルカー医さんが呼ばれて僕を見て言った「もう歳ですよ、そろそろ買い換えないと」モルカーの寿命は5年から7年だという。なるほどフラつくわけだ。
僕はますますよく寝るようになって、毎日ガレージから出て日向ぼっこしながらウトウトするだけのモルカーになった。ある日、久しぶりに妻は僕に乗り「ここへ行って」と言った。モルカー屋さんだ。プレハブからおじさんが出てきて、「ずいぶん歳とったモルカーだ、よくここまで来れましたね」と言った。
「じゃあこちらで引き取りますので」とモルカー屋のおじさんは言った。妻は僕をじっと見て、やさしく窓枠のところを撫でた。「PUIPUI」と僕は静かに鳴いた。そうしてから、妻は若いモルカーに乗って帰っていった。僕は「PUIPUI」と鳴き続けた。妻は一度も振り返らなかった。
僕はおじさんのトラックで、田舎へと向かう。そこは草原を柵で囲った牧場で、汚れたモルカーがいっぱいいた。みんな歳とったモルカーだ。「キャベツ、好きなだけ食べて良いぞ」と牧場のおじさんが言った。陽に焼けて、歯も黄色いおじさんだ。持ち主が置いていったキャベツ代が続く限り、食べていける。
前の持ち主が置いて行ったキャベツ代がなくなれば、僕らはドッグフードかキャットフードになってしまう。僕はひと月かそこらだと、キャベツの量と牧場のおじさんたちの言葉から理解した。
だんだんと前からいたモルカーは減っていき、新しいモルカーと入れ替わる。ある日、僕はおじさんに呼ばれた。「何度やっても、慣れねえな」おじさんは僕をまっすぐ見ることはせず、遠くを見るような目をしていた。「PUIPUI」と僕は言った。
「可哀想にな、すまない」とおじさんは言った。僕は可哀想なんかじゃない!家族を乗せて、たくさん走った。たくさん家族を喜ばせたんだ。僕がモルカーになってから、妻と娘たちはたくさん笑った。前と違って妻とは喧嘩なんかしていない、娘たちを叱り過ぎてもいない。僕は役目を果たしたんだ!
僕はゆっくりとおじさんに近づいて、「PUIPUI」(大丈夫)と鳴いた。おじさんは僕を見て、窓枠のところを撫でてくれた。節くれだった、汚れてゴツゴツした手だった。夕暮れ、牧場を照らす陽はゆっくりと山に沈んでいった。それから空が青から藍に変わるのを僕はおじさんといつまでも見ていた。おじさんは星空を見る。妻と子どもたちも見るのだろうかと、僕は思った。
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