檻には星もなく虫もいない

 檻の中はコンクリートと鉄格子、金網に囲われて、外のことは一切見えない。天気もわからない。東京のど真ん中だからだろうか、半月で小バエ1匹すら見かけることはなかった。


 生けるものは檻の中の猿とそれを管理する猿だけ。土もない。空もない。草木なんてのも、もちろん無い。


一日三度飯を食い、貸し出される本を貪るように読む。


映画『国宝』で死に際の人間国宝が「ここには美しいものがない。それがいい」とかいいながらドヤ街の簡易宿泊所で死んでいくが、牢屋にはもっと美しいものがねえ。あの人間国宝も牢屋で死んだ方が良かったな。


3日目の夜、おれは夜明け前に目覚めてクリーム色のコンクリートを睨んでいた。檻の外、廊下の分厚いくもりガラスに目をやるとゆっくりと白くなる。


まだ起床時間までは間がある。見回りの警官の黒く安っぽい靴のゴム底とコンクリートが擦れる甲高い音だけが響く。


目を閉じる。念仏を頭の中で称える。

かすかに蝉の声が聴こえた。集中する。気のせいではない。朝になってミンミンゼミが鳴き出しているのだ。高く長く響く、夏の象徴のような音。


「ここにも美があるじゃねえか」と口の中で呟く。東京のど真ん中の警察署にも植え込みくらいあるのだろうか。近くに公園でもあるのだろうか。


数分鳴いて蝉は飛んでいったのか声は聞こえなくなった。俺はまた目を開けて起床時間を待った。それまでと同じ一日が始まる。


その後もアリ一匹、ハエ一匹、蛾の一匹すら見ることはなかった。蛍光灯の覆いにも死骸一つすら落ちていない。


檻の中の世界は狭くて俺たち猿しかいない。

外を想う。空、星、月。家のなか。妻、子どもたち。浄土。如来。死んだ母親のこと。祖母のこと。


すべてが遠くて全部嘘みたいだ。

念仏を称える。呼吸が深くゆっくりとできるようになる。

如来は俺を見ている。阿弥陀如来は俺と家族を見ている。

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