タロにめちゃくちゃ怒られた翌日、心機一転で心を入れ替えた俺は爽快な気分で朝を迎える。
アオイちゃんの案内で日用品を買い揃える事が出来たので、アカデミーの寮にいても俺の優雅な朝のルーティンが崩れる事は無い。
むしろパルデア流サンドウィッチの作り方を教えて貰ったのを踏まえれば、一段上のランクに上がったと言えるだろう。
簡易ドリッパーでいつもの珈琲を入れつつ、朝食のサンドウィッチを準備する。焼き目を入れたハンバーグ、アーリーレッド、トマト、ピーマン、そしてピクルス。更にアオイちゃんから『ぜひ使ってみてください!』と受け取った謎の輝きを放つスパイス2種類。
どう見ても所持厳禁のヤバい粉末にしか見えないが、美味しくて貴重なのだと念押しされたので少量ずつ使うとする。
そしてここからがパルデア流。
その具材を──高いところから落として載せる。
「…………」
バウンドして床に落ちた。
「……いや無理だろ」
なんだよパルデア流サンドウィッチって。普通のサンドウィッチの作り方で良いじゃん。
それに『パンの上側は無くても効果が変わらないので捨てても良いですよ。具材が飛び散っちゃいますし』じゃねえんだよ。普通に載せろって。そもそも効果ってなんだよ。こっちは腹を満たす為の食事だっての。
やはりアオイちゃんは普通とはかけ離れた存在なのだろう。ヒカリも時折意味の分からない事を呟いてたし、特異点のような奴等にしか理解の及ばない理があるのかもしれない。
落とした具材を洗って普通に盛り付ける。食材で遊ぶなど言語道断。何故なら俺は心を入れ替えた優等生カルサイト君なのだから当然だ。
作り終えた朝食をテーブルへと運び、足を組みながらクールに座った。フル充電し終えたスマホロトムを浮かべて最新ニュースを確認するのも優雅な朝ならではである。
基本的に俺がチェックするのは生まれ育ったシンオウ地方の情報。タップをしてニュースの一覧を見た。
『神話に伝わりしディアルガ出現!? その背中に乗る少女の正体とは──!?』
シンオウ地方からイッシュ地方のニュースに切り替える。
朝から優雅さとはかけ離れたニュースを見るところだった。心臓に悪いぜ。頼むから取り上げるならポッチャマと戯れてる頃の情報にして欲しい。
そのまま俺はイッシュ地方の情勢を目で追いながらサンドウィッチを口に含む。いずれ継ぐべき鉱山企業の事業展開を脳内に叩き込みながら、関連企業の動向も忘れずに追う。
俺はタロの婿養子だからな。そして心を入れ替えた優等生。当然の事である。
「ふぅ……優雅な朝だぜ……」
時計を確認すれば既に朝の11時。授業も始まって未だ寮にいるのは俺くらいだと思うが、決して焦ったりはしない。
何故ならば優雅だから。
堂々とした佇まいで優雅に過ごすモーニングタイム。かっこいい男のオーラがムンムンだ。もうブランチの時間じゃねえかなんて無粋な突っ込みを無効化するほどの、格好良過ぎる優雅な時間だった。
て言うか時差が約6時間あるのに、イッシュ地方が夜中になるまでタロに説教されてたからな。こんな時間の目覚めにもなるわ。
完全に時差の事を忘れてたらしく、こっちは朝方になってて平謝りされたよ。うっかりタロちゃん可愛いね。許しちゃう。
そう考えると前回チリちゃんと通話した時もパルデア地方では朝方に近い時間だったんだな。そりゃあ腹チラに興奮する変態にもなる訳だ。
そんな事を考えながら食器を片付けて身支度をする。
皺の無い白いワイシャツに赤いネクタイ。そしてシアノ先生から強奪したブルーベリー学園の校章を象ったネクタイピン。なんちゃってブルーベリー学園の制服の完成である。
そのまま髪と身だしなみをきっちりと整えて、珈琲を飲んだ後のブレスケアも忘れない。
何故ならば優雅でかっこいい優等生だから。
そしていつも通りのコートを羽織れば、心を入れ替えたスーパー優等生の完成。出来る男を心掛けている俺は背筋を伸ばして胸を張る事を意識している。リーグ部のソファに寝転がるなんて論外であった。
気が付けば正午。身支度が完了した俺は自室の扉を開けて、優雅な第一歩を踏み出す──と、絶妙なタイミングだったのだろう。昨日見た疑似シロナヘアーのハーレム男が目の前に立っていた。
凄い呆れたような表情で。
「……本当に部屋にいるのかよ」
「ハーレムとは優雅じゃないな……」
「は?」
「全然優雅な優等生じゃないぞ……」
「……こいつが良い人だなんて……アオイのやつ、正気かよ?」
疑惑の眼差しでこちらを凝視してくるロン毛。生まれ変わって真人間となった俺を不審者を見るような目つきで見てくるのは一体どう言うつもりなんだ? 殴って良いか?
昨日の帰りの段階で『友達には誤解を解いて素敵な人だと伝えておきます!』ってアオイちゃんが張り切ってたんだけど。その割には誤解が解けてなさそうないな。おかしいな?
「えっと……スグリじゃなくてカルサイトなんだよな?」
「あぁ、残念ながらな」
「残念ながら……?」
「お前はクロナだっけ?」
「いやペパーだけど」
「優雅じゃないな……」
「失礼なやつだな! それにさっきから何の話してんだよ!? 不思議ちゃんか!?」
俺は驚きが隠せない。タロの言う優等生を目指す為に『優雅たれ』の精神で朝から演じていたと言うのに。まさか生まれ変わった俺の第一発見者に不思議ちゃん扱いされるなんて怒りに震えそうだった。
そうなると根本的にタロの考えはおかしかったとしか思えない。テストの成績を考えればタロより優秀な生徒と言えるこのカルサイト様が優等生を演じるなど、客観的に見れば笑止千万。
恐らくはパルデア地方にいる彼氏がモテるのが怖くて、道化を演じて欲しいと言う願いを込めた台詞だったのだろう。
やれやれ、可愛い彼女の願いを叶えるのは大変だぜ。
だが俺はタロの彼氏として常に完璧でいたい。いずれ鉱山王としてイッシュ地方を統一する身。完全無欠でいなければならないのだ。
タロ、ごめんな。いつも通りのカルくんに戻るよ。モテモテな俺を許して欲しい。
いつだって俺の心は君の元にあるから。
「それがまさかフラグになるなんてな……」
「何の話してんだよ……?」
「で、クロナは何故ここに?」
「……めんどくせえから話を続けるけど、留学生なんだろ? オレはオマエと同じクラスなんだけどさ、いつまで経ってもカルサイトが来ねえから呼んでこいって先生に言われたんだよ」
「誰? シアノ先生?」
「それこそ誰だか知らねーけど、担任のセイジ先生だよ」
「知らない人だな。用事があるならこっちから会いに行くから大丈夫って伝えといて」
「いやオマエの都合じゃなくて留学生の挨拶とか説明とかそう言うので呼ばれてんだけど!?」
そう言われてもね。知らない人にはついて行くなって昔から言われてるんだ。悪いな。
でも問題は起こすなとも言われてるし一応シアノ先生にメッセージで伝えとくか。これでも打倒チャンピオンの対策で忙しいんだ。
ま、恋のレッスンなら受けてやらん事もないけどな?
「色々と事情ありきの留学だから忙しいんだよ。……しかし寮にまで顔を出すなんて暇そうだな」
「暇じゃねえって。……進級の単位の為にもこうして先生の手伝いを色々しないといけねえんだよ」
「じゃあ暇だろ。俺も手持ち無沙汰にしてたしちょっと付き合ってくれ」
「オマエ今忙しいって言ってたよな!?」
「忙しいなんてのはな、結局は優先順位を比較した言葉でしかないんだよ。締切期日の用事があったって、大好きな女の子にデートに誘われたら行くだろ?」
「……言ってる事は理解できるのに、やってる事は訳分かんねえのはなんなんだろうな?」
それが俗に言う度が過ぎてるってやつだよ。
取り敢えず不満を口にしまくってるけど、いろいろ話したい事があるしな。俺はペパーの腕を掴んでエントランスホールへと向かった。
オレンジアカデミーの巨大なエントランスホールには大量の蔵書で埋め尽くされており、アカデミーの窓口でありながら一種の図書館のような役割を果たしている。
そんな空間となれば必然的に自主勉強を行う空間もあり、読書をする為の椅子やテーブルが並べられてあった。
俺とペパーはその一角を陣取り、対面して座る。
「さて、席について早々だが……変なのがいるな?」
「ねえ! ポケモン勝負しようよ!」
「そりゃあ人通りの多いところに行けば会っても仕方ねえんじゃねえの……?」
「まさかアカデミーに居たなんて。教えてくれれば良いのに……!」
両掌を合わせながらウットリとした視線でペパーの横に座ったのはチャンピオンクラスのネモ。辺りを見渡しながら空いてる席を探していると、気が付いたら後ろに立っていた。
存在感半端ないのにスニーキング技術高過ぎだろ。
しかし呼んでもねえのにどうして当たり前のように座ってんだ、こいつ。
「あ、自己紹介がまだだったね! わたしはネモ! クラスは1-A! ポケモン勝負する!?」
「しないから。アオイちゃんから聞いてると思うけど俺はカルサイトな」
「うん、カルサイトね! じゃあいつ勝負しよっか!?」
「昨日とかどう?」
「過去かぁ……タイムマシン使えば──」
「やっぱ無しで」
冗談のつもりだったのに眼光が真剣そのものだったので慌てて予定を変更する。ふざけて答えるだけでも命懸けかよ。
ネモには居場所を黙っておいて、とアオイちゃんに伝えておいたんだけど。一日経たずしてエンカウントするなんて、ネモが大量発生でもしてんのか?
想像したら恐怖しか感じない絵面だった。お互いに潰しあってて欲しい。
出会っちゃったのは仕方が無いので取り敢えず覚悟を決めて接する事にする。度が過ぎるようならアオイちゃんを召喚してバトルコートに連れて行ってもらえばいいしな。
むしろバトルしてる所を見学した方が俺としてはメリットがある気がしてきた。
「生徒会長は放置で良いからよ、話があんだろ?」
「……少し話しにくい事なんだが……実はペパーのハーレムにいるアオイちゃんなんだけど、俺に一目惚れしちゃったらしくてな。手は出してないんだけど一言言っておくのが礼儀かと思って──え、生徒会長!? こんなバトルジャンキーが!? しかもまだ1年だろ!?」
誰だよこんなのを生徒会長にしたのは!? ブルーベリー学園でさえ生徒会長はネリネだってのに! アカデミーはブルーベリー学園以上に実力主義の教育機関なのかよ!?
「実はわたし、生徒会長なんだよね! ポケモン──」
「しねえから」
「そんな事よりハーレムとか惚れてるって何だよ!? ネモが生徒会長よりも遥かに問題だろ!?」
「ペパーってハーレムなんて作ってたの? 不潔ー!」
「ねー、不潔ー! やっぱりロン毛はチャラーい!」
「オマエも男にしては髪の毛長いだろうが!」
「多様性って知ってる? 男とか女とかそう言うの良くないんだぜ?」
「そ、それもそうだな……わりぃ……」
「これだからロン毛の男は……」
「わりぃ、殴って良いか?」
止めてくれ。そのガタイのパンチは中々痛そうだから。
「だってアオイちゃんにネモ、そしてイーブイガールを連れて歩いてたらそりゃあハーレム集団だろ。男1人に対して女3人の組み合わせって滅多に見かけないぞ」
「……イーブイガールって誰だよ?」
「ボタンの事じゃない? イーブイバッグを背負ってるから! ……でもペパーってわたし達のことをそんな目で見てたの?」
「そんな訳ないだろ! オレ達は親友だぜ!?」
「じゃあ男友達はいるのか?」
「…………」
「…………」
「…………」
「マ、マフィティフなら家族の絆があるぜ!」
ポケモンじゃねえか。
しかしこれで女友達しかいないのは明確となり、ハーレムを形成している可能性がぐんと上がった。何故ならば、ハーレム要員のご機嫌取りに時間が掛かる為、男友達を作る暇が無い説が浮上するからだ。
平然を装いながらあたかもハーレムでないように振る舞う姿は見ていて実に滑稽だった。
哀れだな、ペパー君。
だが俺もモテる男の辛さは十二分に理解している為、ここはフォローに回ってあげるとしよう。
「そう恥ずかしがるなって。心に決めた女性は一人だとしてもさ、男である以上、多少なりとも邪な気持ちを抱くのは仕方ないって」
「……えー」
「ち、ちげえよ! ネモもそんな目で見んな!」
「アオイちゃんは可愛くて愛嬌はあるし、ネモは戦闘狂で健康的な女子だしな。特にボタンって子はグラマラスなナイスバディ。男なら気になるのも仕方ないって。堂々としてなよ」
「戦闘狂関係ねえし、それにボタンの体型は正反対ちゃんだろ!?」
「ペパー……」
「普段からジロジロ見てるんだな……」
「ち、ちが……そう言うつもりじゃねえって!」
ペパー……お前……根が真面目で良いやつだな。最初の態度は如何なものかと思ったけど弄り甲斐ある素敵な性格をしてるよ。
俺だったら何も考えずに『当たり前だろ。このネモっぱいは俺のもんなんだ。良いだろ?』とか言っちゃうからな。責任感のある素敵な男の子だ。そのまま責任を持ってネモのバトル欲を満たして上げて欲しい。
「……まぁ認めるぜ。確かに男友達は少ねー……けどアオイの件とは無関係だろ! 惚れてるってどう言う事なんだよ!?」
「侍らしてるのに無関係は無いだろ」
「オレが主体じゃねえ! みんなアオイに助けられて集まった親友なんだよ!」
「じゃあアオイちゃんが侍らしてるのか」
「そうだぜ!」
「『そうだぜ!』じゃないって! 1回落ち着いて!」
おかしい。ペパーが混乱状態に陥ってるせいでネモが真人間に見えるんだが。もしかして『1回落ち着いて(ポケモンバトルしよ)!』なんて真意があったりするのだろうか。
気を付けろ、ペパー。頷くように返事をした瞬間に貴様はバトルコート送りになるぞ。死にたくなければ言葉を慎重に選ぶんだな。
「ほら、俺って中身も良ければ顔も良いだろ? だから一目惚れしたらしいんだよな」
「……そうなの? わたし、顔の良さとか気にしないからそう言う感覚は良く分かんなくて」
「良く見ろよ! イケメンだろうが!」
「すっげえ自信だぜ……」
「う、うーん……整ってる気はするけど……そう?」
「ペパー! 言ってやってくれ!」
「……中身と正反対だとは思うぜ?」
「そんなに顔が不細工なのか!?」
「中身の方だろ!」
おかしい……中身こそビードロのように透き通る美しい心だと言われているのに……。
「ペパーと変わんない気がするけどなぁ……」
「止めろ! 心に一生の傷が残るだろ!」
「むしろオレの心に残るんだけどな!?」
「でもアオイがそう思うならそうなのかも……? わたしの大切な友達だもん!」
「そうなると友達のペパーも同意見になると」
「……まぁ否定はしねえぞ」
「更にその理論を広げていくと、お前達はアオイちゃんに惚れられてる俺のハーレムでもあるな」
「発想が斬新過ぎんだろ」
「愛してるぜ、ペパー……」
「初対面の男に言うセリフかよ……?」
「ネモ、俺とデートするか?」
「うん! じゃあバトルコート行こっ!」
おっと、地雷原広すぎか? キレイハナが踊る色鮮やかな花畑に踏み込んだつもりだったんだが、どうやらスコヴィランの群れだったようだ。
そんな危険地帯でタップダンスが出来るほど俺は命知らずでは無い。ここは男らしくビシッと断るのがシンオウ男子と言うものだ。
「ポケモンバトルはしないっての。昨日は予定外にもチリちゃんを弄ん──本気で戦った後なんだ。まだ疲れが取れてないし勘弁してくれ」
「弄んだって言わなかったか?」
「チリさんと!? どっちが勝ったの!?」
「控えめに言って俺の圧勝だったな」
「控えるつもりねえな!?」
「四天王に圧勝……! いい! すごくいいよ! 対等なライバルがもう1人増えるかも……!」
いかん、自己顕示欲に逆らえずに事実を伝えてしまったせいで、ネモはうっとりとした顔で頬を朱に染めている。
だが俺にはお見通しだ。これはアオイちゃんのように惚れている表情とは違って、戦闘狂の色が濃く出ているだけ。
いや俺じゃなくても一目で理解出来るわ。
まるで餌をチラつかせながら待機命令をされたオラチフそのもの。ペパー君さ、マフィティフが家族だと言うならオラチフであるネモの手網はちゃんと握ってくれよ。人を噛んだら飼い主の責任になるんだぞ。分かってんの?
そんな俺の実力を知ってか、どこか参ったような表情を見せたペパーが机の上でベトベターのように伸びる。
「ったくどいつもこいつも天才ちゃんかよ。アオイの周りはすごいヤツばっかりで困るぜ」
「そう言うペパーだって天才だろ?」
「出会ったばかりの奴に言われるのは良く分かんねえけど……何のだよ?」
「凡夫の天才……だな」
「怒っていいところだよな? ここ」
「……あんまり天才って一括りにされるのは好きじゃないなー」
本物の天才たるネモが不満そうになんか言ってる。幾らパルデア地方が立場を追われないランク制のチャンピオンだとしても、その名を名乗れる栄誉と希少性を理解してなさ過ぎるんじゃないの。
いるよな、努力する事を苦労と思わずに楽しめるやつ。その時点で稀有の才能なんだよ。いらないなら俺にくれ。
「パルデア地方のリーグ制度は詳しくないけど、大多数のトレーナーが人生を賭けても四天王にすら辿り着けないんだぞ。だったらチャンピオンを名乗る資格を得られるのは一握りの天才しか有り得ないだろ」
「ポケモン勝負が大好きで仕方なくて、沢山努力した結果なのにさー!」
「その努力が実る時点で天才だっての。他の地方だと十年以上経ってもチャンピオンに勝つトレーナーが現れなかったりしてるってのに」
「え……そうなの?」
「ネモとアオイは本物の天才ちゃんなのか……?」
「他の地方の感覚からしたらそうなんだよ。ちなみにトレーナー歴は?」
「2年ちょっとかな」
「化け物で引くわ」
「アオイは編入してかららしいぜ!」
「物語の主人公かよ」
誰だよこんな化け物達と戦うなんて言い出したのは。こちとら10年近くやって紆余曲折で辿り着いた境地だってのにおかしいだろ。
言い出したの俺だったわ。じゃあ責任もって勝ちます。
逆に言えば2年しか経験が無いと言える。そんなルーキーに過ぎない相手など、天性のトリックスターと呼ばれたカルサイト様ならば、下準備さえすれば掌の上で転がしてちょちょいのちょいよ。
そう思っておかなければストレスで死ぬ。助けてくれ。
「……そっか。チャンピオンになるってのは、やっぱり他の地方でも普通の事じゃないんだ。……でもカルサイトならきっと、わたしと対等の勝負ができそう……!」
「まだジムバッジは0個なんだ。勘弁して欲しい」
「え、四天王の勝負はどういう事なんだよ!?」
「チリちゃんのもうひとつの姿はバッチ0個のトレーナーが戦える、云わばチュートリアルキャラなのを知らないのか?」
「チュートリアルキャラ……? 初心者が戦う野生のタマンチュラみてーなもんか?」
「新人トレーナーの育成を兼ねてるからむしろワナイダーだな。俺がここに来たのもチリちゃんがしている子供達への支援活動を見て胸を打たれたからなんだ。『パルデア地方のヒーロー、ワナイダーマッ!』なんて言いながら、仮面をつけて盛り上げてる姿がかっこよくてね……」
「へえー! チリさんって後継者育成にも力を入れてるんだね!」
「ぜってー嘘だよな!? ワナイダーもオレがタマンチュラって言ったから出てきただけだろ!?」
俺の巧みな話術でネモが感心しかけていたのに……目敏い男だな。さすがハーレムを築く男なだけある。
とは言えジムバッジ0個のトレーナーに負けたパルデア四天王の肩書きはどう考えても面白いので広めたいと思う。事実だし問題無いだろ。
しかしネモが大概な戦闘狂なのに延々と強要しないのは意外だったな。ことある事にポケモン勝負に繋げようとするのは頂けないが、首元にしがみついて駄々こねないだけ遥かにマシだ。本当にマシだ。
と、パルデアの機密事項について語っている時だった。どこからか歩いてきたパモが俺の足元でピタリと止まって固まる。こちらを見上げる──訳でも無く、床の隙間をジッと見つめて静止していた。
「パモさーん! パモさんはかくれんぼでんがな!」
それと同時にテンション高めの珍妙な声が聞こえてきた。多分、足元にいるパモを探してるんだろうなーってのは何となく伝わったので、俺はその人物を視界に入れる事にする。
剃りこみを入れた反社会勢力の男がいた。
「おいおい、アカデミーにロケット団がいるじゃん」
「……あの人が担任のセイジ先生だぜ?」
「マジで? 俺殺されない? 大丈夫?」
「あぁ見えてセイジ先生は面白い言語学の先生で有名だし優しい人だから大丈夫! ……ってなんかしたの?」
「それが留学初日からサボりやがってよー!」
「あー! そう言うの良くないよ!」
「分かってる。あんな剃り込み反社を見せつけられた以上、今から誠意を持って謝りに行くよ」
もしかしたら俺の命日は今日かもしれない。だがそう言った心意気こそが一日一日を大切に過ごす秘訣なのを理解している俺は、常に最善の選択肢を選び続けてここにいる。
だから俺は悪の組織には屈しない。最悪の場合はレッドさんの居場所を教えれば命だけは助かる筈だ。
頼むぜ、レッドさん。
俺は逃げも隠れもせずにセイジ先生の前に立つ。セイジ先生は俺の容姿に見覚えが無いのだろう。瞬きをしながら考える素振りを見せていた。
「セイジ先生」
「オー……パモさん?」
この人は何を言っているのだろうか?
何故俺を見てパモさんと言ったのか全く分からず、逆に俺が思考に陥る羽目になる。一体俺のどこにパモさん要素があると言うのか。
……まさか試されてるのか? ロケット団如きに俺の演技力を。
言語学とは、言語を多角的に捉えてながら理解を深め、本質を探る一面がある。つまりこれはその応用。俺と言う本質を探る為に、言語学の専門であるセイジ先生が無茶振りをしているのだろう。
良いぜ。そこまで言うなら見せてやるよ。俺が見せる本気のパモをな。
「パモさん、ベリベリ探したね!」
「パモ! パモもセイジをウォッチ……見つけた見つけたね!」
「オー……会わない間にパモさんビッグサイズになっとるがなー!」
「パモ、セイジにいつものお礼したくて……プレゼント、ウォッチねー!」
何言ってるか自分でもよく分からんが、とりあえずセイジ先生のテンションに合わせながら道具を取り出して渡す。
「パモォ!」
「これはパモさんの……ゴールデンボールね!」
「ワンモア!」
「オー! ダブル金玉凄いねー! エキサイティング!」
「おい! 良い加減にしろって!」
いつの間にか近付いてきていたペパーに羽交い締めにされて引き離された。完全に乗ってきた良い流れだったってのになんのつもりだよ?
「お前じゃなくて足元にパモがついてきてんだろうが!」
そう言われて足元を見る。パモが床を見ながらついてきていた。セイジ先生へと視線を戻す。その通りだと言わんばかりに頷いていた。
「オヌシ良いね! セイジズジョーク分かってんなー!」
どうやらアカデミーには俺よりヤバい人がいるらしい。
その後、留学生だとバレた俺はセイジ先生に職員室へと連れて行かれて、書類のサインやら最低限の説明やらを受ける羽目になった。バトルジャンキーのネモは戦いを求めてさすらいの旅に出たが、ペパー君はとても優しい男で俺について来てくれた。惚れても良いか?
『事情は聞いてるけどアカデミーライフ、エンジョイね!』なんてにこやかに見送ってくれたセイジ先生も実はめちゃくちゃ良い人説が出てきたな。でも反社がニコニコしてる方がよっぽど怖いのでやはりまだ油断は出来ないだろう。
なんだか無駄に過ごした一日だった気もしないが、ネモとアオイちゃんのポケモンバトル歴を聞けたし、有意義な一日だったな!
日も暮れかけてきた廊下をペパーと歩く。一通りの校内の説明を教えてくれるし、柄の悪い態度を取ったりする癖に実は世話焼きの兄貴分気質だな?
このこのっ! ツンデレさんめっ!
「ま、俺に惚れたところでその思いには応えられないがな……」
「なんだよ突然。相変わらず不思議ちゃんだぜ……」
「俺はホモじゃなくてノーマルって話」
「オレもそうだよ!」
「わざわざ親切にしてくれるからてっきり……じゃあアオイちゃんが好きなのか?」
「そう言うのでもねえって」
そう言って頭を振って否定する様子を見て、アオイちゃんに対して恋愛感情を抱いてはいないようだった。ドロドロの三角関係とか経験してみたかったんだがな。タロ以外で。
どこか気恥ずかしそうに頭を掻きながら、そっぽを向いたペパーが口を開く。
「あー……何と言うかよ……違う地方から留学して来るって事は、知り合いや身内がいなくて孤独ちゃんだろ? こう言う時は誰かが歩み寄った方が過ごしやすいって思っただけだ」
「お前……優しいちゃんか?」
「真似すんなよ!」
おいおい……大天使ちゃんかよ……。
ブルーベリー学園も出身とは違う地方だから元々の知り合いなんていねえけど、その優しさが胸にしみるぜ。
「『お前に悲しむなんて感情があるのか?』なんて言われ続けてきた俺に、まさか心配してくれる人がいるなんてな……」
「話した初日でも言われる理由が分かるけどな!」
「これでも肉親のいない天涯孤独の身なんだが」
「え、あ……わりぃ……」
「でも姉は3人いるぜ?」
「どっちだよ!?」
別に嘘は言ってないんだがな。いや誇張はしてるからそれなりに嘘なんだけど。まぁ初対面のやつに話す内容でも無いし、それ以上語るつもりは無い。
しかし発言を聞くにペパー君も似たような環境なのだろう。こんなツンデレちゃんが孤独に対し、機敏に人の心に寄り添えるなんて、身を持って経験したからこその行動としか思えない。
「今日から俺達は親友だな!」
「……友達なのは良いけどよ、暑苦しいから肩組むのはやめてくれ!」
「肉親を失った孤高の男同士、仲良くしようぜ!」
「……何で知ってんだよ?」
「……生き別れの兄弟って言ったら信じるか?」
「中身と見た目に遺伝の欠片もねーだろ!」
「我が名はペパーツー……お前のコピーだ……」
「欠片もねーって言ってんだろ!」
残念だ……我がオリジナルよ……。
そうしてグダグダと喋りながら歩いて寮へと戻ると、俺の部屋の前でそわそわしながら待っているアオイちゃんがいた。
まるでデートの待ち合わせで待ってる時のタロみたいだな。基本的に俺が約束の時間の10分前に待つんだが、いつも待たせて悪いと15分前に来た時のタロを彷彿とさせる。
俺の嫁が可愛過ぎて想像するだけでもニヤケてくるぜ!
「……マジでアオイが年頃の女の子ちゃんみたいだな」
「俺の前だとずっとあんな感じだぞ」
「確かにカルサイトの事を話す時はテンションおかしかったけどよ……なんか複雑な感じだぜ」
「人はいずれ変わるものだろ。明日起きたらペパーがあんな感じになってるかも知れないし。明日は我が身ってな」
「恋する乙女のオレはさすがにヤバいちゃんだろ!?」
「でもごめんな。お前とは付き合えねえからカキツバタを紹介してやるよ」
「誰だよ!?」
大きな声でペパーが喋るから、こっちの存在を認知したアオイちゃんがキラッキラの笑顔で駆け寄ってくるじゃん。別に問題は無いんだけど。
「カル君! おかえりなさい! ……あ、ペパーも!」
「……オレ、おまけ扱いじゃなかったか?」
「俺が隣にいれば誰だってモブキャラになるのは必然なのさ……」
「じゃあ離れてくれ。悪いけど留学生よりアオイの方が大切な親友なんだよ」
「おいおい、友達初日にしてアオイちゃんと比較されるなんて……明日には親友だな!」
「だああぁっ! なんでキツい言い方をしたのに喜んでんだよ! わざわざ肩組むな! メンタル無敵ちゃんか!?」
「……むむ、私よりもペパーとの方が仲良しになってる……!」
悪いなアオイちゃん。男の友情は目と目が合った瞬間から成立するものなのさ。
やはり異性との友情はどうしても気を使う部分がある。特に俺のような紳士になると一言一句に気を使い神経をすり減らす毎日。
常識的に考えて女性のデリケートな部分に触れる会話など言語道断だからな。すぐ下ネタに持っていきたがる男とか頭にケムッソでも沸いてんのかと言いたくなる程だ。
その点、同性なら何一つ気負う事は無い。いきなりモロバレルが『かたくなる』を覚えた話をしたって、『オレのマフィティフの方がでっかいちゃんだぜ!』と言いながらパンツを脱いでテラスタルしてくれるだろう。
想像して思わず笑いそうになったが、何とか堪えた俺は冷静に言葉を紡いだ。
「わざわざ俺の部屋の前で待ってどうかしたのか?」
「昨日言ってた件について、カル君に連絡を入れたんですけど、返事が無かったので会いに来ました!」
「あー……そう言えばセイジ先生と話してる際に着信音を切ってたな」
やたらメッセージの通知音が連続して鳴ってたから『ロトム、少し黙れ』と言って静音モードに切り替えたのを思い出す。他にも着信があるかもしれないと思い、俺はスマホロトムを取り出して眼前に浮べる。
メッセージ28件。着信31件。
狂気に満ちてて俺は思わず表情筋が引き攣った。後ろから覗き込んできたペパーも思わず声を漏らしている。
「げ……」
「愛されてんなぁ……」
「あ、愛だなんて……そう言うのじゃないですよ」
これが愛情じゃない方が怖過ぎるんだが。憎悪からなる嫌がらせなら俺は走って逃亡するぞ。
アオイちゃんからの通知だけじゃない可能性もあるから一通り目を通したけど、やっぱりアオイちゃんの名前しか無い。とりあえず見なかった事にして待機画面へと切り替える。
超絶可愛いタロちゃんを抱き寄せたツーショットが映し出された。
「……そんな可愛い彼女ちゃんがいるんだな」
「あぁ。大天使タロちゃんだ……」
「それでアオイを誑かすのかよ?」
「と思うじゃん? 俺のせいじゃなくて、全てをぶっ壊しながら突っ込んでくるサメハダーのような女のせいだぞ」
「カル君と一緒です!」
「いや……カルサイトはどっちか言うと、考え無しに目標まで突っ込むケンタロスだぜ?」
さすが親友。とてつもなく不本意ではあるが、初日で俺の異名を見抜くとはやるな。
そして人の形をしたサメハダーは時速120kmで俺に近付いてきたと思ったら、そのままスマホロトムを奪い取る。どうやら『どろぼう』を覚えているサメハダーらしく、悪びれもせずにポチポチと勝手に触っていく。
さすがあくタイプだぜ! 軽犯罪に触れても気にしねえな!
アオイちゃんは目にも留まらぬ慣れた手つきで操作すると、気が付けばロトりぼうのインカメラで撮影を開始しようとしていた。
早過ぎて何をしてたか良く分からなかったが、ピント、倍率、角度が全て完璧に調整されており、無駄な才能に驚かされる。
そのまま俺にピタッとくっ付いたかと思えば腕に抱き着く。まるでネッコアラのような可愛さにも思えるが、本性を知っている俺の目は誤魔化せられない。高過ぎる潜在能力から分かるようにその正体はケッキングなのである。
サメハダーとケッキングのハイブリッド。時速120kmで突っ込んでくるギガインパクトを受けたら人がバラバラに弾け飛ぶのは明白だ。下手な抵抗と発言には気をつければなるまい。
「撮るよー!」
「イエーイ!」
いかん、考えている最中に撮ると言われたから反射的にポーズを決めてしまった。バリバリのキメ顔で写る俺と初々しい感じでピースをしているアオイちゃん。うーん、2日目とは思えない距離感だね。
そして後ろで『何やってんだこいつら』って顔で口を開けているペパー君が良い感じのワンポイントのアクセントになっている。まるでウッウのような顔付きで素晴らしいぞ。
写真を撮り終えても、アオイちゃんはそのままスマホロトムをポチポチを触り続けている。一応ってか正真正銘俺のスマホロトムなんだけどな。もうちょっと自重ってものを覚えて貰いたい。
「……彼女は怒らねえのか?」
「昨日の夜に『なんの為にアカデミーに行ってると思ってるんですか!』って説教されて夜更かしだが?」
「ペパー! 本当は彼女じゃないから騙されちゃダメだよ!」
「……肩を抱いてる写真だぜ?」
「今、腕を組んでる写真にしたから!」
「な? サメハダーだろ?」
「いやお前と変わんねえ気がするぜ……」
て言うか何故勝手に待受画面を変えるのか。そもそもタロじゃ無くなってんじゃん。怖。
「この写真、共有するね!」
そう言ってアオイちゃんは、2秒間に1000発のパンチが放てると噂のカイリキーがドン引きする速度で指を動かすと、先程撮った写真を指定した宛先へと転送する。
自分自身であるアオイちゃんと、タロに向けて。
あーあーあー! やってるよこの子!
「あっ──」
「間違えちゃいました、じゃねえから。思いっきり確認してから送ってるのは見えてたからな」
「……えへへ」
くそ、可愛いから許す。
まぁ最近の画像の加工技術は凄いからな。合成写真なのに本物かと見間違うほど巧妙に仕上がる。
俺もスキルの1つとして身に付けようと頑張った時期があるも、ゼイユの腕を4本にするのが精一杯。しかも妙に浮いてるし、ドラピオンみたいな位置から腕が生えてた。
でも面白かったのでカキツバタにドヤ顔で見せてゲラゲラ笑っていたら、背後にいた本人に殺されたのも懐かしい前世だ。
それ以来、画像の加工はしていない。
つまりこの俺を魅了する程の技術が世の中にあるのだから、これも合成写真として誤魔化せると言う訳だ。
我ながら天才だな……。
でもそもそも俺が怒られる事自体理不尽だな……。
そうだ。タロには『クレームはこちらまで』って書いてアオイちゃんの連絡先を伝えとこ。これで万事解決。やはり天才だったか……。
アオイちゃんを腕から引き離してスマホロトムを返してもらう。弁明しておかないとタロから鬼電されちゃうからな!
「で、話を戻すけど。昨日の件って事はあれか」
「はい、あれです!」
「あれって何だよ……?」
「あれがこうなったのか?」
「どっちか言うと、こっちですね!」
「だから何なんだよ!?」
そりゃあ俺の用事と言ったらドンナモンジャTVに出演しかないのは明白。スパチャ王の病弱カル君で参加するのも良いが嘘がバレたら大惨事になる恐れがあるので、ここはチャンピオンアオイのコネを使ってゲリラ参加するのが吉だと判断したのだ。
さすがアオイちゃんだ。仕事が早いぜ。カキツバタの500倍は早い。
「日程は?」
「明日、正午、ハッコウシティです!」
「条件は?」
「私も一緒に出ること!」
「よし、じゃあ観光もしないとだしハッコウシティへすぐに向かうぞ」
「分かりました! 宿の予約は任せてください!」
「いや俺がやるよ」
「……ちっ」
舌打ちした? 今舌打ちしなかった?
どうせ『予約がいっぱいで一部屋しか取れなかったです!』って言ってダブルベッドの部屋しか探さないんだろ。分かってんだぞ。
そう言う強かさは嫌いじゃないけど何度も上手くいくと思うなよ? もう手口は分かってしまえば俺の掌の上なのさ。
そんなアオイの変貌についていけないのか、ペパーはぽかんとしていたが、気持ちは分かる。会話をする度に俺の想像を超えていく適応力を見せてきてるからな。明日には俺が唖然としている可能性さえある。
このメキメキと成長する姿がポケモンバトルにも反映されているのだとしたら、それこそトレーナーのフィジカルで対抗するしか無くなってしまう。
その為にはアオイちゃんの全てを見極めねばならない。ドンナモンジャTVでな。その為の出演なんだ。決して個人的な目的では無い。
「……アオイ……変わっちまったぜ……」
「バスルームでハプニングしたかったのに……」
「そんなに俺の裸が見たかったのか?」
「いや逆だろ!」
「はい!」
「逆じゃないのかよ!」
ツッコミが忙しくて大変だな。そのままチリちゃん並みのツッコミ力を身に付けてもらいたいと思う。
しかし冗談のつもりで言ったんだがまさか本当に俺の裸が見たいとは。まさか自慢のモロバレルにマスターボールを投げるつもりなのか……?
おいおい、それじゃあボールが3つになるじゃないか。はははっ!
「俺の純潔はタロの為に取ってあるんだよ。おいそれと脱ぐ訳が無いだろ?」
「でもチリさんが見たって」
おいそれと脱いでたな。
「チリさんが昨日の夜言ってたんです。……カル君と話すのは体力を使うからお金が欲しいくらいだけど、その肉体美だけには金を払ってでも見る価値があるって!」
「オマエ……何やってんの?」
「マッスルボディのカル君……知らないのか?」
「知らねえけど……?」
「俺も知らねえな」
「じゃあなんで聞いたんだよ!?」
誰だよ。アオイに悪影響を及ぼすなら云々とか言ってた奴は。一番の悪影響を及ぼしかねないのが四天王じゃねえかよ。
と言うか俺の肉体はタロの為に鍛えてるの。ジーッと見つめて服の隙間から覗こうとしても無駄だからな?
そうして視線に晒され続けていると、またも俺のスマホロトムが音を立てて鳴り響く。
誰かからの着信だ。連日と言うか数時間に1度は鳴ってる辺り、俺のいないブルーベリー学園が寂しくて寂しくて仕方がないと言った様子。
十中八九、さっきの写真を送ったタロだと思ってウキウキしながら画面を見たら──ゼイユの名前が表示されていた。
うーん、嫌な予感しかしない。しかしゼイユにはパルデア地方に行く前に顔を見せてなかったし、とりあえず出てあげる事にしよう。
俺はスマホロトムをタップして通話を開始した。
「ソイヤソイヤッ! ソイヤッ! ソイヤッサ!」
『ゴーリキーのつもりなら覚悟しなさい』
「ソイヤサーッ!!」
『覚えておきなさいよ』
何故何も答えていないのに既に結末が決まってしまったのか。俺は暴君の権化たる振る舞いに戦々恐々としながらも口を開く。
「ゼイユみたいな美人をゴーリキー扱いする訳無いだろ? これでも上から6番目くらいには好感度高めだぜ?」
『本人に言うならせめてタロの次にしなさいよ!』
「高くなる要素が顔以外にあればね……」
『こんな優しくて美人なあたしに欠点なんて無いでしょ』
「足が臭い」
『はぁ!? く、臭くないわよ! 嗅いでも無いのに勝手に言わないでくれる!?』
「嗅がせてくれるのか?」
『死ね!』
軽々しく人に向かって『死ね』は良くないと思う。でも仲が良くないと言えないと思えばむしろ有りだ。もっと言っていいぞ。
ちなみに足の匂いに興奮するような異常性癖は持ち合わせていない。そして目覚めたくもないので嗅がせないで欲しい。
そんな俺とゼイユが仲睦まじく話しているのが面白くないのだろう。頬を膨らませたアオイちゃんが不満そうな表情を浮かべていた。
まるでプリンのような可愛さにも思えるが、本性を知っている俺の目は誤魔化せられない。高過ぎる潜在能力から分かるようにその正体はマリルリなのである。
サメハダーとケッキングとマリルリのハイブリッド。特性『ちからもち』からの『はらだいこ』で過剰に強化された時速120kmで突っ込んでくるギガインパクトは、掠るだけで人が木っ端微塵になる威力。下手な発言には気をつければなるまい。
「また仲の良さそうな女の人が出てきた……」
『……誰の声よ?』
「スグリちゃんだ」
「はい! スグリちゃんです!」
『スグは男よ!』
「じゃあスグリ君だ」
「……え、オレがやんのか?」
「ペパー! カル君に従って!」
「……ス、スグリだぜ!」
アオイちゃんがノリノリなのは意外だ。それよりも俺の視線を受けて引き気味だったペパーが、親友のゴリ押しによって乗ってきたのはもっと意外だった。
どうやらパルデア地方におけるアオイちゃんの発言力はかなり強いようだ。そんなアオイちゃんの手網を握っている俺はパルデア最強と言えるのでは無いか?
フフッ……2日目でこれとは自信が湧いてきたな……。鉱山王になれる自信がな……。
『とりあえず類は友を呼ぶって言う事は分かったわ』
「その代表たるゼイユが言うなら間違いないな」
『……で、本題に戻るけど。あんた自分の事をスグリって名乗ったって聞いたわよ。あたしの弟を騙ってどう言うつもり?』
「……え、スグリ君ってお姉ちゃんがいたんですか?」
「神経太過ぎちゃんだろ……」
……一体誰から聞いたんだ? 可能性としてはタロが有力候補ではあるが、終わった事を告げ口するほど可愛げの無い性格はしていない。むしろ天使なのだからその時点で可能性は皆無だろう。
やはり『テレパシー』持ちの説が有力か。やれやれ、俺の周りは人外が多すぎる。
「うーん、俺の周りでスグリ君の名前を名乗ってるのは隣にいるペパーしか知らないな……」
「言わされたんだけどな!?」
『シアノ先生から全部聞いてるのよ!』
「…………」
あんのクソジジイ! 俺が暴走する前提でブルーベリー学園の抑止力にリークしやがったな!?
もうタロに怒られて心を入れ替えたところだと言うのに、どうしてまた話を蒸し返さなければならないんだよ! ふざけんな!
「もうその話はタロに怒られて済んだ話なんだよ。今更話す事なんて──」
『名乗ったのよね?』
「今の俺はブルーベリー学園を代表する優等生、カルサ──」
『名乗ったのよね?』
「落ち着けって。今日は一段と美人なんだからよ」
『声だけしか聞こえてないわよ!』
「美人を否定はしないんだな……」
実際美人だしな。ブルーベリー学園において、容姿で俺と肩を並べられるのはゼイユくらいなものだろう。
ただその自信過剰な性格から残念の頭文字が付くが。
『……あたしは怒ってないわよ。寛容さと包容力のある先輩として、出来の悪い後輩の面倒を見るのは当然だもの』
「ジグザグマじゃないんだから拾い食いするなって教えただろ?」
「なんだかカル君が女性になった感じの人だね……」
『……あ、甘んじて受け入れて上げるわよ。あたしは良い女だもの。そのくらいで怒ったりはしないわ』
「マジでカルサイトみてえな女だぜ……」
「……何を企んでる?」
声が震えまくりで甘んじて受け入れてないのはバレバレだが、そもそも怒らない時点でゼイユが正気でないのは一目瞭然。声だけで見えてないけど。
ただ単刀直入を擬人化したゼイユである以上、何かしらの考えの元で発言したのは明白である。俺が疑問を投げかけるのも当然だった。
『別に何も企んでないわよ。……ただ次の連休とあんたのパルデア留学の最終日が重なってるって、昨日のリーグ部で話になったのよね』
「タロが来るのか!? 新婚旅行の為に!?」
「むむっ……!」
『その察しの良さでなんでその結論になるのよ!』
「その前にパルデアで挙式の段取りをしないとな!」
「──! 私が手配しときますね!」
止めろ。新婦がタロじゃなくてアオイちゃんになるだろ。
『……あんたが本気を出すと思って、カキツバタは行く気満々になってるし、タロも気掛かりがあるって……まぁそこのあんたみたいな女子の事なんだろうけど、そっちに行くつもりなのよ』
「ペパー、タロに目をつけられてんぞ」
「ロン毛なだけで女じゃねえからな!?」
『……で、チャンピオンのカキツバタや実家が太いタロはお金に困らないんでしょうけど、あたしは一般家庭に生まれた奇跡の美女じゃない? せっかくの機会でも飛行機代となるとちょっと厳しいのよね』
「へえ、じゃあタロとカキツバタだけ来るんだな」
『あんた分かってて言ってるでしょ』
……こいつ、本気で言ってんのか?
スグリ君の名前の使用料として飛行機代を払えって、もうやってる事がロケット団と同じだろ。しかも当の本人であるスグリ君を連れて行く気が無いのがもっとすげえよ。そこまで来たら尊敬するぞ。
「一人幾ら掛かると思ってんの?」
『往復30万もあれば足りるでしょ』
「バーッカじゃねえの!?」
『あつまれ、ゴーリキーの里』
「…………」
『どうしたの? お金持ってるのよね?』
冷静に淡々と、外堀を埋めるように圧をかけてくるゼイユに返す言葉が見当たらない。シアノ先生の評価が地に落ちようとも、まずはスマホロトム越しにいる女の対処が先だった。
「……ゼイユは大切な友達なんだよ。友達とはさ、そう言ったお金の貸し借りをしないように──」
『何言ってるの? 慰謝料よ』
「……30万円だぞ?」
『……ま、妥当ね』
「おま、30万だぞ!? なんの迷惑も被ってない癖に30万円!? あーもう調子に乗り過ぎだわ! 流石の俺も頷けないね! そんな金額取るならおっぱいの2つや3つ触らせてくれないと割に合わないだろ!」
『は……はぁ!? 3つもあるわけないじゃないの!? 大体、どさくさに紛れて触ってるあんたのセリフじゃないわよ!?』
「どさくさに紛れて触ったのは太ももだろうが! 胸は触ってねーだろ!」
『触ったじゃないの! あたしのムクホークから落ちた際に! 思いっきり!』
「あんなの殴られた時点でノーカンだろ!」
『あたしの胸をあんなの扱いするわけ!?』
「んなわけないだろ! めちゃくちゃ良い感触でした!」
『く、くくく……堪えるのは無理だっつーの……はーはははっ! キョーダイ! 面白過ぎんぜぃ!』
『……カルくん?』
その不吉な声が聞こえた瞬間、俺は反射的に通話を切った。
思わず口論が白熱して思っても無い事や思っていた事を口にした気もするが、兎にも角にもフォローが先である。
そそくさとスマホロトムを操作してゼイユへとメッセージを送信。
内容は『パルデア流のジョークさ。愛しのゼイユの頼みなら仕方ない、今すぐ30万円を送金するよ。だからそっちの対処よろしくお願い致します』だ。これで完璧である。
せっかくタロの為にブティックを買い漁ろうと思ったのに一気に手持ちの金が減ったな。クソ、シアノ先生からカツアゲしないと俺の気が済まない。手数料を含めて50万円は奪い取ってやる。
「まさか脳筋に嵌められる日が来るとは……あんなの美人局だろ。殺意の波動に目覚めそうだぜ」
「……わ、私ので良ければ触りますか?」
この子は何を言ってるんだろうか。
悪態を吐きながらスマホロトムをしまう俺に対して、恥ずかしそうにしながら見上げてくるアオイちゃんの頭はおかしくなっているようだった。
いや元からおかしいか。じゃあ問題ないな。
「……もう少し成長してからな」
「私のじゃ小さいって事ですか!? 揉めば大きくなるってチリさんが言ってましたけど!?」
だからチリちゃんは何を教えてんだよ。悪影響を与えてるで賞を受賞してこいよ。無い乳弄りされたからってアオイちゃんに愚痴るのは違うだろ。
ちなみにアオイちゃんは微々たる曲線である。フラットなチリちゃんと比べたらアオイちゃんが僅差で勝ちと言ったところか。まだ成長期だろうしこれからだよ。頭打ちのチリちゃんと違ってな。
言ってもゼイユも別に大きくはないし、なんなら細身で小さい方。ただ触れば手のひらサイズなのは確かだ。経験者が言うんだから間違いない。
そして本命のタロも控えめ。4人合わさってもブライア先生の足元にも及ばないだろう。
なんだったらチリちゃんは凸が凹の可能性さえある。クレーターの異名は伊達じゃない。
そんなことを考えている俺に向かって、どこか言いたげな顔をしてペパーが視線を向けている。
「どうした? 一緒に居過ぎてハーレム欠乏症? 俺が女装するか?」
「ちげえよ! ……なんつーかよ、オレが男友達がいねえのは認めるけど……オマエの方が遥かに女にだらしないだろ?」
「俺はタロに一途な愛を延々と口にしてんだがな。全身から溢れてる妖艶なオーラが異性を惹き付けてしまうんだよ」
「街灯に集まるドクケイルかよ……」
「私がドクケイルから守っていかないとね!」
なぜ自分がドクケイル側だと思わないのか──心底気になるところだが、明日も予定があって忙しい身。下らない雑談や理由探しをしている暇などない。
「じゃあペパー、俺はアオイちゃんと夜逃げするからまた今度な」
「……おう。オレはもう疲れたから部屋に戻るぜ」
「じゃあ私のコライドンで一緒に行きましょう! 2人なら余裕で乗れますから!」
「……聞いた事のないポケモンだな。どんな子なんだ?」
「えーっとですね! 実はコライドンって遥か昔のポケモンでして、他のポケモンを大きく上回る力を持つのが特徴なんです! 例えば状況に応じてフォルムチェンジをして──」
俺は自室に戻りながら、意気揚々と話すアオイちゃんの言葉を一言一句聞き逃さないようにして、ハッコウシティへ向かう準備をするのだった。
なぁアオイちゃん。当たり前のように入ってきてるけど俺の部屋だからな?