さて……パルデアに来て早々、大きな分岐点が訪れた訳だが。どうするべきか即座に判断を下すのが難しい状況となってしまった。
目の前で興奮気味に息を荒くしているのは新チャンピオンのアオイ。奥で破壊衝動に駆られてるような表情をして身悶えているのはバーサーカーのネモ。
そして唖然としている残りのロン毛と眼鏡。この中では君達の反応が正常なんだと思う。真人間で偉いぞ。
「あ、あの……! 名前──」
「お兄さん達! わたしとポケモン勝負しようよ!」
おっと、斜め45度からデカハンマーが飛んできたな。しかも必中の確定急所と随分な一撃だ。
人の話云々以前に、友人だと思われるアオイを押し退けて話し掛けてくるのは流石に戦闘狂が過ぎるんじゃねえの?
あーもう、目付きも人ならざる者になってるし。ブルーベリー学園にまで戦闘狂の噂が来るのも納得のクレイジーレベルだ。『パワフルハーブ』を燻して嗅いだりしてるって話を聞いた事があるし、きっと関わってはいけないタイプの人種なのだろう。
「ちょ……! ネモ! どう見てもリーグ関係のお客さんでしょ!? そうやって戦おうとするの止めろし!」
しかし俺とシアノ先生の服装がフォーマルな仕様である為か、勝手に勘違いしてくれた眼鏡っ娘のおかげで俺の元から狂戦士が引き離される。
助かったぜ、イーブイガール。ついでにそのままパルデアの大穴へと連れて行って封印してくれれば文句無しだ。デスカーンの中に閉じ込めて『のろいのおふだ』を貼りまくってくれるとなお良し。
そしてその発言を利用させて貰うとする。何から何まで助かるぜ、イーブイガール!
「その子の言う通り、俺はチリち……さんから仕事を頼まれてここに来てるんだ。別の地方から来た直後だし悪いけど遠慮させてもらうよ」
「上手い事言うねー……」
おい後ろでひっそりと存在感を消してたジジイ。余計な事を言うな。
角が立たない無難な言葉。それでいて真実でも嘘でも無い絶妙なラインを行く天才的な話術で、言葉巧みに少年少女を欺かんと試みた。
「別の地方……! やっぱり戦い甲斐がありそう……!」
効果は無かったどころか、逆効果だったんだが。
おいおい、まさかこいつ……俺のようなファッションサイコパスと違って本物なのか? まるで話を聞かないなんて俺の天敵だぞ。
……いやもしかすると、バトル大好き少女の枠をほんの少しだけはみ出てるだけの可能性もある。初対面の人にそんな印象を抱くなんて幾ら何でも失礼極まりないからな。厚顔無恥を代表するアカマツ君だってそこまでじゃない。俺はいつだって紳士を徹底するタロの騎士なのだ。
「マジネモいのはいつもだけど……流石に失礼だし……!」
「おいネモ! いつもだけどワガママちゃんが過ぎるぞ!」
「そうだよ! 私が話してたのに! ずるい!」
と思ったけどこの大批判から察するに、普段から話の聞かないサイコパスな戦闘狂のようだった。
しかし新チャンピオンだけ少し反応がおかしくないですかね。特に『ずるい』ってなんなんだよ。お前もポケモンバトルしたいって事なの? そもそもするなんて答えてないんだが。
兎にも角にも、この危険過ぎるハーレム集団に関わっていると碌な事は無さそうなので、急いでいる体にして早々に立ち去ろうとする。
しかしアオイに回り込まれてしまった。
「名前だけでも……!」
何故そこまで名前に拘るのか。俺を連帯保証人か何かにするつもりなの? それとも新手の宗教の勧誘?
なんだかその瞳は俺がタロを見る目と一緒だが、アオイちゃんは似非シロナヘアーの男子生徒のハーレム要員である。これでも純愛系主人公なのでね、寝取られは悪い文化なので邪推はしないでおく。
「俺の名前は──」
そこまで口にしてふと言葉に詰まる。果たして馬鹿正直に答える事が今後の展開において正しい選択なのか、と。
バタフリーエフェクト。
カントー地方でバタフリーが羽ばたいた事により、イッシュ地方のトルネロスが活動を始めたと言われる逸話がある。
小さな波紋がいずれ大きな波乱を呼び起こす。ならばアカデミーで作った歪みはブルーベリー学園へと到達するまでにどのように変化していくのだろう?
これを観測すればバタフリーエフェクトを立証する第一人者となれるのではないだろうか。
ならば観測したい。一研究者として。俺の発言が及ぼす世界への影響力を。
研究者じゃないけど。
それにこの先、チャンピオンクラスに勝利するとなれば名が売れるのは必至。問題は無いと言えば無いのだが、個人的にカルサイトの名が有名になるのは控えておきたいところ。シンオウ地方にまで伝わると少々都合が悪いのでな。
人としての正しさを問うならば本名を名乗る事が正答であるが、俺は常に人類の一歩先を行く超人類。常識に囚われていては個性が腐る。
ネリネ、そしてカキツバタ。過去に名乗ってきたその名が常に最善の一手だった事を踏まえれば、ここは仮名のベールに包むべきだろう。
となれば学園代表の扱いとなるべきカキツバタが安定──なのだが、SNSで負け犬の烙印を押されてしまったオラチフのジャージ男。そのだらしの無い面はパルデア地方に広まってる可能性が高く、名乗れば偽名である事は直ぐにバレるだろう。
まぁチリちゃんとオモダカさんが来たらすぐバレるんだけど。
どうするべきか逡巡していると、どこか不安げな様子で上目遣いでアオイは見つめてくる。
んだよ、ダサい制服を差し引いてもおめめくりくりで可愛いじゃねえか。ちょっとヒカリに似た雰囲気なのが良くないが。
だがな、俺よりも後ろにいる女を不安げに見るべきだと思うぞ。戦いたいと言う欲望を隠そうともせずに『どの子にしようかな……?』なんて声を漏らしながらモンスターボールを触ってるし。バトルはしないからって言ってもバトルの単語にしか反応しなさそうな気がするので放っておく。
しかし困ったな。困った時は……
……!? 困った時のゼイユお姉ちゃん!?
「スグリだ」
「スグリ、さん……」
そう、困った時のお姉ちゃんは最強なのだ。
云わばこれはゼイユが真のお姉ちゃんへと至る為の試練。そして同時に俺が真の弟へと進化する為の試練でもあると言える。
独りでに有名になっていくスグリ君を、姉として素直に祝福出来るのかどうか──カキツバタのように劣等感に苛まれるようでは、俺と言う麒麟児を弟に迎え入れるなんて、到底不可能だからな。
良心の呵責に苦しみながらも、俺の取った選択は間違いじゃ無いだろう。噛み締めるようにスグリ君の名を口にするアオイの姿を見て思わず吹き出しそうになったが、あくまでこれは善意だからグッと堪えた。
誰もがスグリ君の名を知らないから違和感を覚える事は無い。ただ一人、事情を理解しているであろうシアノ先生へと、俺は顔を向ける。
僕、知らないからねって表情で語っていた。
おいおい、俺はブルーベリー学園の生徒だぜ。監督責任は校長にあるに決まってんだろ?
そんな俺の考えを読み取ったのだろうか、あらぬ方向を見ながら肩を竦めている。
「さ、スグリ君。ベルちゃんの元へ急ごうよ」
「あぁ、スグリ君に会いに行こう」
「ベルちゃんだから。秒で設定を覆さないでよ」
「…………?」
あーあー! シアノ先生が設定とか言うから真人間の2人が訝しげな目で見てくるじゃん! これはもう監督官として失格だろ!
全責任……取ってよね?
「じゃあ俺達は行くから。またなー」
「あ、はい! また会いたいです!」
なんだこの可愛い生き物は。こんなニコニコしながら真っ直ぐに好意をぶつけてくる女の子なんて伝説のポケモンを超えた幻の存在だろ。
君はアオイからアオイちゃんへと昇格が決定だ。ネモは狂人へと降格が決定だ。
……でもその考え方は俺がモテない悲しき男みたいで良くないな。タロやゼイユがぶつけてくるのも真っ直ぐな好意って事にしておくか。
やれやれ、モテモテな男は辛いぜ。
取り敢えず俺は面倒事が起きる前に、そそくさと4人組の元を離れていくのだった。
☆ ☆ ☆
「……なんか胡散臭い人じゃなかった?」
「ボタちゃんもそう思うか? 設定とか言ってたし、オレもあやしく思ったんだよな!」
「ボタちゃん言うな!」
「はぁ……スグリさんかっこよすぎるよ……」
「アオイはどしたん? 頭打った?」
「はぁ……あんなにも実ってるのにお預けだなんて……」
「ネモは自重しろし!」
☆ ☆ ☆
アカデミーの廊下を迷うこと無く歩いているシアノ先生の後を付いて行く。校舎の外観とは裏腹に内装には手を加えられているようで、利便性を兼ね備えた作りになっているのは、学生を思いやっている経営者である証左だろう。
「にしても驚いたよ。外見だけは本物だから察しはついてたけど、カルちゃんは人気者だねー」
「そう言うシアノ先生も結構モテるでしょ。ブルーベリー学園でも熱い視線を向けてる物好きがいるって聞くし」
「ほんとにー? いやー、歳を取ったとは言え、僕も捨てたものじゃないね」
それが男子生徒なのは黙っておくことにしよう。俺が知らないだけで探せば女子生徒もいるはずだから。
こうして歩いているだけでも、俺の元へと生徒の視線が集まっている。自身の容姿の良さを十全に理解している俺は好奇の目に晒されるのには慣れていた。
全身からヤバい女の圧を放つ口先だけのゼイユとは違ってマジでモテる。ブルーベリー学園に入学当初もかなりモテてた。
ただ1ヶ月もしない内に、俺の中に潜在する高貴なオーラを悟ってか、畏れ多い存在と昇華して誰も告白しなくなるんだが。やはり神々しい生命力を放つ俺は下界に住む人々には眩し過ぎるのだろう。
故に俺に相応しいのは、天使の名を受け継ぐタロだけなのさ……。
まぁつまり、だ。
あのようなアオイの反応は慣れているし、どう言う感情を抱かれているのか察している。
「まさか倒そうとしてる相手から好意を向けられるなんてねー」
「俺のおかげでスグリ君とアオイちゃんのラブストーリーが始まる訳だ……」
「スグリ君の名前に惹かれた訳じゃないと思うよ?」
「分かってる。スグリ君の二つ名である精力絶倫だろ?」
「不名誉な二つ名だね……」
「ま、あぁ言う手合いは数日もすれば冷めてるから放置しとけば良いって。俺の善性が眩し過ぎて身の丈に合わない事を自覚するから」
「百年の恋も一時に冷めるって言葉を知ってる?」
もちろん知ってるが、今の話題にその話は関係無い。
「後は俺の知能指数が高過ぎると言う点もある。知ってる? IQって20の差があると合わせようとしない限り会話が成り立たないらしいよ」
「カルちゃんのIQって10あれば良い方だもんねー」
「じゃあ俺と会話の噛み合うシアノ先生は5くらいか」
「僕が5ならカルちゃんは2になっちゃうよ」
「じゃあシアノ先生は-10になるけど良い?」
とてもちのうのひくいかいわでした。
「でもさ、なんでスグリ君が出てきたのかな? 確かゼイユちゃんの弟でしょー?」
「僕はね、ゼイユの弟になりたかったんだ……」
「そんな遠い目をして意味不明な事を言われても困るよ」
「……本当はシアノ先生の為なんだ。俺がスグリ君と言う隠れ蓑を利用する事により、アオイちゃんがスグリ君の名に執着する。そこでコソッと『スグリ君の故郷はスイリョクタウンのキタカミの里』って情報を流せば、林間学校に新チャンピオンを招くのも容易くなるって思ってね」
「君って思いつきで喋るのが本当に得意だよねー」
「シアノ先生の為に考えておいたのに……」
「スグリ君って名乗る直前に『はっ!』って顔してたの覚えてるからね」
本当なのに……どうしてこう言う時の俺の言葉を誰も信じてくれないんだ……。
ちなみに呆れた顔をして校内を歩いているけど、その噂を流す役目はシアノ先生だからな。今回の全責任を負わせるプランは着実に進行している。人身御供となって未来ある若き才能を守ってくれ。
我が物顔で進んで行くシアノ先生の後を着いて行くと、アカデミーの校長室へと到着する。そしてシアノ先生はノックもせずに勢い良く扉を開けた。
「ベルちゃん、久しぶりー! 元気にしてたかなー?」
無作法であれど扉を開けて開口一番に明るい挨拶を交わす辺り、シアノ先生の人の良さが表れていると言える。
でも本当に久しぶりなのか? アカデミーを歩いてた様子を見るに、ブルーベリー学園の敷地内よりも詳しそうな雰囲気を醸し出してたんだが。
そんな疑問は兎も角として、俺はベルちゃんと呼ばれたシアノ先生の奥さん──では無く、同年代の優しげな顔をしたおじさんを見る。
顔は年相応だけど俺には分かる。あのふくらはぎと太ももは間違いなく鍛え上げられた代物だ。そして伸びている背筋から感じられる体幹の良さ。
颯爽と走るスピードは尋常ではないだろう。
いや、尋常ではない筈だ。俺はこの人を知っている。
「まさか……街角ジェントルさん……?」
「……あのジムチャレンジをよくご存知で」
「君達は何を言ってるのかな?」
知らないのか……ナンジャモ配信の伝説の回を……。
「それはそうとシアノ先生、生徒の前でベルちゃん呼びは止めてくださいとあれほど……!」
「んー? そうだっけ? 記憶に無いなー」
「俺も記憶に無いなー」
「だよねー? カルちゃんの頭脳でも記憶に無いならきっと言ってないんだと思うよー」
「あなた達は友達ですか……?」
友達かと言われたら友達だと答える仲だとは思う。
「それで……あなたはカルちゃんさん、ですね。私はクラベル、このオレンジアカデミーの校長をやっております」
「ベルちゃんと僕は大学院時代の先輩後輩の関係でねー、付き合いが長いんだよ!」
「え、じゃあ俺の後輩じゃん!」
「初対面でその面の厚さは凄いと思うよ?」
そんな褒められても……照れるな。厚化粧のスグリとでも呼んでくれ。
「え、っと……それでですね、シアノ先生からは愛称しか伺ってないのですが……なんと呼べば良いのでしょうか?」
「スグリです」
「……何故カルちゃんと?」
「かくかくしかじかでして……」
「つまりまるまるうまうまなんだよねー」
「だからあなた達は友達ですか……?」
シアノ先生とウマが合うベルちゃん先生なら俺のノリに着いてこられるかと思ったのだが、どうやら意外にも正反対な性格らしい。ネリネとゼイユみたいな関係だな──なんて思いつつ、これまでの経緯と今回の目的について語る。
少しだけ頭を抱えて悩んだ様子のベルちゃん先生だったが、大きな問題が起こさない前提で俺の在留を承諾。
と言うかこの件をアカデミーに通してなかったんかい。行き当たりばったり過ぎるだろ。俺みたいじゃねえか。
とにかく、これで上の人間を抱き込めたので大事にはならないで済むだろう。単位を出す都合上の扱いとして短期留学生の形になる為、寮の空き部屋を利用して生活をするようにとの事。
わざわざパルデア地方に来たのに授業に出るかどうかは別の話だけど。
『僕とベルちゃんは今後の打ち合わせがあるから後は自由にしてていいよー。その方がカルちゃんにとっても都合良さそうだし。予定が立ったら教えてねー』なんて言われて、俺は校長室を後にする。
シアノ先生はやはり良く出来たお方だ。数少ない尊敬すべき大人の一人なだけある。大変粋な計らいのおかげで荷物も空港から配送であり、俺はそのまま自由時間を満喫するだけであった。
とは言え今回こそは完全にスグリ君となりきると決めている俺は徹底的な準備を怠らない。カキツバタになりきっていた筈の俺が、シ、シ、シ……シュガーのおじいちゃんとヨクバリスみたいな名前の妹分の事を知らないなんて大失態を犯してしまったからだ。
当然、同じ轍は踏まないカルサイト君に最早隙など無い。完璧な計画の元に実行をしていく。
故に俺はスマホロトムを浮かべて地図を確認する。行くべき場所でやるべき事を成す為に。
「お、思ったより近いな」
たとえその行為が欺瞞に満ちたものだったとしても。
「ポケモンリーグチャンピオンテストに挑戦されますか?」
「はい、お願いします」
「お名前をお伺いしても宜しいでしょうか?」
「スグリです」
「スグリさんですね。ご確認なのですが、ジムバッジは何個お持ちですか?」
「0個です」
「……そうですか。それでは面接室へ向かいましょう」
ウケる。バッジ持ってなくてもポケモンリーグに挑戦出来んのかよ。て言うか面接って何だよ。パルデアのポケモンリーグの仕様とか全く知らないんだけど。
テーブルシティを出て北西に進んで行けばすぐにポケモンリーグがある。遠かったらめんどくさいなぁ──なんて思っていたけど、地図を見るに目と鼻の先にあったのでアカデミーを出た後、即座に向かった。
何故ならば今回の旅行──もとい、仕事は依頼主に話してなかったからだ。
まぁチリちゃんは何でもするって言ってたし問題無いだろ。それにこう言うのはさりげないサプライズであるからこそ面白──もとい、俺の人の良さが伝わると言うもの。
それでチリちゃんと口裏合わせをする為にもポケモンリーグに直接顔を出してみたら、あれよあれよと言う内に何故かチャレンジャー扱いとなって、室内へと案内されていく。
建ててから間もないのだろうか。ポケモンリーグと言えば歴史ある建物のイメージがあったのだが、真新しさと最新テクノロジーを感じさせる作りに違和感を覚える。
まさかオモダカさんが隙あらばアカデミーに顔を出して『類い稀な才能……あっ、あの子も類い稀な才能……ふふっ、類い稀々ですね』とか言う為にアカデミーの隣に建て直したのだろうか。
怖過ぎる。いきなりきんのたまをくれるおじさんくらいに怖過ぎる。
そしてポケモンリーグの関係者の後について行けば、面接室と書かれた部屋の前へと到着する。
「どうぞ、こちらです」
一体誰が待ち受けているのか。クソふざけた態度のチリちゃんは無理だとして、適任なのはオモダカさんか。しかし類い稀鑑賞に忙しいオモダカさんが露払いである面接に顔を出すとは考えづらい。
となれば一般モブ職員がテンプレートで済ますのが定石だろう。
あまり面白みが無さそうだなぁ──なんて考えながら、案内してくれたリーグ職員の指示通りにノックをして扉を開けた。
眼鏡をかけたチリちゃんがいた。
何故か隣にはアオイちゃんもいた。
意味が分からなかった。
「あっ、やっぱりスグリさんだ!」
満面の笑みで嬉々として違う人の名前を叫ぶアオイちゃんがとても眩しく見える。愛嬌に満点を上げてもいいレベルだ。
それに比べて隣にいるチリちゃんはどうだ。驚きの余りに眼鏡がずり落ちて口をぽかんと開けてるし、俺とアオイちゃんを交互に見て冷静さを隠せずに狼狽し始めてる。
「スグリちゃう! 挑戦者ちゃう! チャンピオンアオイとも知り合い! ……どないなっとんねん!!」
机をバンと叩いて立ち上がったチリちゃんがこちらを睨みつけてきている。これが俗に言う圧迫面接なのだろう。だが残念だったな。メンタル鬼強系男子のカルサイト君には効果は無い。
俺は部屋に置いてあったコートハンガーにコートを掛けて、座るべきであろう席へと勝手に座り、足を組みながら言い放つ。
「さぁ面接官。早く質問してくれよ」
「逆圧迫面接!」
急に面白い事言うなよ。吹き出すじゃねえか。
チリちゃんは気を取り直した様子で眼鏡を元の位置に戻して席へと座る。
……まさか始めると言うのか? この圧倒的な茶番となる面接を。そこまで行くと根が真面目と言うよりバカなんじゃないかと心配になるぞ。
「……面接官のチリです」
「挑戦者のスグリだ」
「っ……」
でも面白いので俺もその流れに乗る。初っ端から意味がわからなくて突っ込みたい欲に耐えてるチリちゃんは実におかしかった。
それにしても隣に座っているアオイちゃんはうっとりした目でこっちを見てる。容姿的にも目立つ事は理解してるのでチラチラ見られる事には慣れているが、初対面でそこまでガン見されるのは流石に未経験だぞ。
「スグリさん、ですね。ジムバッジは0個……ですか」
「他の地方ので良ければ沢山あるけど」
「良い訳ないや……ないですよね」
「アオイちゃん、ジムバッジ持ってる? カントーのジムバッジと交換しない?」
「はい、スグリさんのだったらぜひ! ……えへへ。私の名前を知っててくれてたんですね!」
「そりゃあ有名人だからな」
「ジムバッジは識別番号で管理されてますので。譲渡は厳禁となっています」
んだよー、ケチくさいなぁ。それがチャンピオンクラスと戦う相手にする態度かよ。そんな事頼む仲なんだからジムバッジなんて無くて顔パスで良いじゃん。
そもそも挑戦者じゃないんだけどさ。
「……最初に選んだポケモンは何タイプですか?」
「可愛いタイプだな」
「ちゃう。ほのおとかみずとかを聞いてんねん」
「あ、私もです! 可愛くて思わずニャオハを選んだんですよね!」
「ニャオハは立つな」
「……ごめんなさい。もう進化しちゃってます」
「大きくなって立ったの?」
「大きくなって立ってます……」
「もう1回言って貰っていい?」
「……? 大きくなって立ってます……?」
「おうアオイにセクハラするならいてこますぞ」
そんな面接官の仕事を忘れて鬼の形相で怒らなくても。ちょっとした事実確認だってば。
でも俺って、真っ白なキャンバスにペンキをぶち撒けたくなる人なんだよね。特に深い意味は無いけどしたくなるんだよね。
純真無垢なアオイちゃんが不思議そうに首を傾げてるところとか凄い唆る。
「……で、本日はどのようにしてポケモンリーグまで来られましたか?」
「数奇な運命に導かれて、だな」
「方法を聞いてん──るのですが」
「聞いてんる? アオイちゃん、意味分かる?」
「私もちょっと分かりません」
「方法を! 聞いてるんや!」
「おいおい圧迫面接か? オモダカさんに言っちゃうぞ?」
「圧力に屈しないスグリさん……男らしいなぁ……」
「アオイもさっきからどないしてんねん! こんな頭のおかしい男に惚れてんのか!?」
もう我慢の限界を超えてしまったのか、チリちゃんはバリバリのコガネ弁で猛突っ込みを繰り返している。机もバンバン叩いて圧力が半端じゃないし、平然としてる俺を見て、アオイちゃんは目をキラキラさせてるし。
カオス過ぎてウケんなぁ。ブルーベリー学園と違って怒られないからやりたい放題だぜ!
と言うかマジで俺に一目惚れしてんだなこの子。真面目な話、恋は盲目と言うが俺の行動をポジティブに捉えすぎだと思う。あまり変な事を口に出してると、俺がスリーパーを使って操ってるのかと疑われるので勘弁してもらいたい。
むしろ既にチリちゃんから疑われてるまである。お前なんかしたんかって言わんばかりのきっつい視線が飛んできてるからね。元ヤンは怖いね。
だがアオイちゃんは一目惚れを自覚してないのだろうか。チリちゃんの言葉に顔を真っ赤にしながら首を振って否定していた。
「あ、いえ! そう言うのじゃないんです! ただちょっとだけ……かっこいいなって思うと言うか……タイプと言うか……」
「ちょっとじゃなくて世界一って言えよ」
「せ、世界一かっこいいです……!」
「ウチのアオイに何言わせんねん! 調子に乗んな!」
ボソボソと呟くような声で俺の事を褒め称えるアオイちゃんを見て、俺の心の奥底に溜まっていた黒いヘドロのような感情が霧散していくのを感じる。
尤も、そのような感情があったかどうかは定かでは無いが、そのくらいの浄化作用があると断言出来た。
うーん、チリちゃんってば激おこプンプン丸だな。こんなにも容姿端麗で頭脳明晰なカルサイト君ならば、無条件で賛美歌が奏でられてもおかしくないレベルなのだが。
それなのにブルーベリー学園では嫉妬と羨望によってバカだの頭がおかしいだのケンタロスだのと言われる始末。元より褒められるべき存在なのだから、一人くらい手放しで褒める事の何が悪いんだよ。
て言うか褒めろよ! もっと!
最近なんて自画自賛しかしてねえだろ!!
「大体自分には好きな子がおるんやろ!?」
「そう。マイスイートエンジェルがな……」
「え……そんな……」
「アオイ、聞こえたやろ? コイツはその子にベタ惚れの男やねん! どんな甘言を言われて褒められたのか知らへんけどな、いっつも思いつきで考え無しに好き放題言っとるだけや! 顔の良さを帳消しどころかマイナスに振り切るレベルなんやぞ!」
「なぁ、想像の話だけでボロクソに言い過ぎじゃね?」
「そう思われる事を普段から言っとるからやろ! 大体、アオイはパルデア地方の宝でな、自分みたいのがお近づきになっていい相手ちゃうで!」
俺から一切近付いてないんですが。なのにめちゃくちゃ怒られてるし。理不尽過ぎませんかね。
「で、でも! 結婚はしてないんですよね!?」
「……は?」
「……え、うん。まぁ……そもそも片思いだよ」
……なんだろう。俺は今、アオイちゃんの狂気に触れた気がする。結婚してない事を知ってホッと一息吐いて安心しているアオイちゃんが恐ろしくて堪らない存在に見えてきた。
底知れぬ深淵を覗いてしまったと言うか、触れてしまったと言うか。もしかしてヒカリなんて名前の闇属性の怪物と同類の存在じゃないのだろうか。
いや、バトル方面に振り切ってないだけまともか。
……まともか?
まともなら諦めたり恋人の有無を聞くなりするだろ。なんだよNGラインが結婚って。ラインを引くのが遠過ぎだろ。意味ねえじゃん。死ななきゃやり過ぎじゃないってラインを引いてるヒカリと同じじゃねえか。勘弁してくれ。
異様な雰囲気になったのを察したのだろう。お説教モードに入っていたチリちゃんが秒で冷静さを取り戻して着席する。
ありがとうチリちゃん。パルデア地方の抑止力はきっと君だよ。
「不合格や不合格。そもそもこんな茶番意味あらへんし、ジムバッジ0個なんて論外やで」
「ならばなぜ面接したのか、理由を説明して下さい」
「逆面接はええって。……で、なんでスグリなんや?」
「話せば長くなるんだが……」
「え、スグリさんの名前に何か理由があるんですか?」
「スグリさんのフグリさんがなんて?」
「ふ、ふぐり……?」
「ちょっとこっちこんかい!」
チリちゃんに首根っこを掴まれて部屋の外へと連れ出される。廊下には俺が直ぐに追い出されると思って待機していたのか、さっき案内してくれた一般職員のおっちゃんが待っていた。優しいね。
チリちゃんは男らしく俺の肩に腕を回す。イケメン過ぎて俺が女なのかと錯覚しそうだったわ。
そして誰にも聞こえないように小声で話を始めた。
「アオイが居て話しにくいならこれで話せるやろ?」
おいおい。気遣いまで出来るなんてイケメン力に拍車がかかってんな。これは俺も負けてられねえ!
「連絡寄越さへんのはアホやと思うけど、来てくれたのはほんまありがたいねんな。でもスグリってどう言う事やねん。自分、カルサイトって名前やろ?」
「今回の仕事はシアノ先生の案件もあってさ、ブルーベリー学園最強の敗北の払拭──要は信頼回復を兼ねてるんだよね。じゃないと学生である俺が自由にパルデアに来られないし。……でもほら、仮にもし、この天才的カルサイト様がチャンピオンクラスやオモダカさんに勝利した場合、学園のアイドルであるタロから好意を向けられている俺様に誹謗中傷が集まるのは目に見えてるだろ?」
「好意を向けられてたら片思いにならへんし原因はそこちゃうと思うけどな」
「『カルサイトがチャンピオンクラスに勝った!』なんて噂が流れても『おいおい、八百長か?』とか『トレーナーのフィジカルで勝ってもね……』みたいな話題だけで信憑性に欠けるんだよ。醜い嫉妬のせいで。カキツバタに勝ってる事さえ誰も信じねえし」
「だとしても『スグリって誰やねん!』ってなる流れやろ?」
「大丈夫。実在する人物だから」
「余計に大問題やんけ!」
「大丈夫。お姉ちゃんが何とかするから」
「そういう問題ちゃうやろ!」
うるせえ! あんまり突っ込むんじゃねえよ! 今この瞬間に思い付いた即興の言い訳なんだからボロが出るだろ!
それでも何となく納得したのか、チリちゃんは困ったような表情で遠くを見つめていた。そして俺は呆然と見ている一般職員のおっちゃんを見る。
少しだけ羨ましそうにこっちを見ていた。でもエアおっぱいしか無いから良いもんじゃないぞ。良い匂いはするけど香水もシトラス系でメンズ向けって感じだし。
「……ま、取り敢えずその話は良いとするわ。で、アオイに何したんや?」
「何をしたって……ちょっと甘い言葉を囁いてホテルに連れ込んだ──」
「しばくぞ」
「ドスの利いた声で胸ぐらを掴まないで欲しい」
相手がゼイユなら殺されていた。危ない。
「冗談だよ。何もしてねーって。アカデミーの正門でばったり顔を合わせたらあんな感じになったんだよ。一目惚れしてんじゃないの?」
「……ホンマか?」
「ホンマに。と言うかチリちゃんだって薄々気付いてるだろ。アオイちゃんがここに来た理由だって『スグリさんの口からチリさんの名前が出てきてたから、もしかしたら知人なのかも……会いに行ってみよう!』みたいな流れなんじゃないの?」
「見てたんか? 気色悪いで」
「かっこ良く見通してるって言ってくれ」
「大体、カルサイトのヤバさなんてもんは一言話せば分かると思うんやけどな……」
「人を惹きつける魔性のオーラがな……」
「悪事を企む悪人のオーラや」
酷い言われようだった。
「あの子は純真無垢で何でもすぐに吸収する天才肌な上にな、どんなポケモンにも愛される本物の鬼才やねん」
「出会った頃のヒカリと一緒だなぁ……」
「いや知らへんけど。……とにかくや! 近付くなとまでは言わんけどな! 悪影響を及ぼすようなら相応の覚悟をしてもらうで!」
「だから何もしてないって言ってるだろ」
「チン……下半身を彷彿させる発言を言わしといてか?」
「それは俺が悪かった」
『チン……』だなんて……一体コイツは何を言うつもりだったんだ……。
しかしチリちゃんでこれならば、オモダカさんの思い入れの強さは常軌を逸する可能性が高い。下手にアオイちゃんが俺色に染まったら、キョジオーンによる『しおづけ』で毒素を抜き始めるかもしれない。
俺の毒となれば3年の歳月は要する。さすがにそのようなアオイちゃんへ非人道的行為を見過ごせない俺は、打倒オモダカさんを強く胸に刻み込んだ。
そもそも諸悪の根源だし巨悪は倒されて当然。必ずその顔面にマスターボールをぶん投げて滅殺してやる。
「で、トップに実力を見せつける為の今後の方針を聞かせて欲しいんやけど……まさか本気でチャンピオンクラスに勝つつもりなんか?」
「そりゃあシアノ先生から頼まれた依頼だもの」
「いや無理やろ。カントーのジムバッジを持ってんのは大したもんやけど。……ハッキリ言うけどな、それなりの経歴程度じゃ話にならんで。それこそ歴史に名を残すほどの腕前が──」
「アカマツ君に負けた人に言われてもね……」
「カッチーン」
その言葉を口にする人を初めて見たよ。
面倒くさい説教じみた言葉を並べ始めたので、遮るようにして現実と言うものを思い知らせると、チリちゃんはイラッとした顔をして肩に回している腕に力を込めてきた。
どいつもこいつも地味に敗北を気にしてんな。酸いも甘いも噛み分けてこそ、味のあるトレーナーになるってもんだぜ?
「アカマツ君はチリちゃんに勝ったその日から『パルデア四天王とか知らないけど、たぶん全員抱いたぜ』って豪語してたしな」
「そう言うキャラちゃうやろ。それにハッサクさんとアカマツ君の組み合わせは暑苦し過ぎる──ってちゃう。そう言う話じゃないねん。……随分とまぁ、チリちゃんを嘗めてる発言してくれるやんけ」
「僕、カキツバタの上でオモダカさんと一緒。君、アカマツ君の下でコイキングと一緒」
「下の幅が広過ぎやろ」
遥か高みにいる天界の人々からすると、下々の格差なんてどれも横並びに見えるのさ。
でもそこまで口に出すとさすがに殴られそうなので黙っておく。
「そもそもチリちゃんはシングルバトルのエキスパートであってダブルは素人同然やねん。……むしろそう考えるとブルーベリー学園の生徒であるカルサイトがシングルの天才に勝てるとは思えへんけどな」
「真の強者は戦い方を選ばないのだよ……オモダカさんのように……」
「ほー、チリちゃんの目からはそう見えへんけどな。わざわざ偽名を使って迷惑まで掛けて、はい負けましたーって情けない姿を晒すだけちゃうの?」
「カッチーン」
「真似すんな」
随分と見え透いた低俗な煽りだけど……良いぜ、ここはチリちゃんの思惑に乗ってやろう。
どうせ白黒ハッキリさせてやらなければネチネチとコガネ弁で言われ続ける上に、最後には責任逃れの尻尾切りで逃亡するのが目に見えている。
ここは完全に抱き込んで一蓮托生でいかねばならない。全ては完全無欠のスグリ君へと成る為に。
「仕方ない。そこまで見たいなら俺の実力を見せる為に戦ってやるよ。負けた方は相手の指示通りに動くって条件付きでな」
「……なんや、バレてたんかい。どう言う流れで行くにしても、実力を見とかなチリちゃんも動けへんしな。悪いけど本気で戦ってもらうで!」
「でも何でもするって約束は勝っても負けても有効だから」
「……分かっとる。チリちゃんに二言は無いで」
「男気を見せ過ぎじゃないですかね」
そうと決まればチリちゃんの行動は早かった。連れていかれるがままに廊下を歩き続けて扉をくぐって行けば、辿り着いたのは広々とした空間。
強固な作りと傷だらけの壁や床を見るに、挑戦者を迎え撃つ為のバトルコートなのだろう。
バトルコートの奥まで進んだチリちゃんがくるりと振り返ってこちらを見る。なので俺も奥まで進んでチリちゃんの隣に立ち、くるりと振り返って入口を見た。
「さ、挑戦者は誰だと思う?」
「いや反対側に行かんかい」
怒られたのでバトルコートの反対側に立つ。
「サクッと始めさせてもらうんやけど、地方のジムを制覇した相手やし本気で行かせてもらうで。……ちなみにチリちゃんがじめんタイプの使い手なのは知っとるやろ。カルサイトは何のエキスパートや?」
「なんでバトル前に教えると思うの? オールラウンダーだよ」
「教えとるやんけ! ……天才気質ってのはどいつもこいつも……」
「あ、でも俺の手持ちは本メンバーじゃないんだけど良い? コンセプトで組んでるでんきタイプのパーティなんだよね」
「勝負は時の運って言うやろ? チリちゃんと相性が悪いのも仕方ないねんなぁ!」
すっげえ悪そうな笑みを見せたチリちゃん。卑怯な言葉を皮切りにモンスターボールを構えて掌で弄ぶ。それに呼応して俺もモンスターボールを手に取って同様に構えた。
緊迫した空気に肌がひりつくのを感じる。バトルの醍醐味とも言える空気感。ブルーベリー学園に来てからはあまり経験が無いとは言え高揚する。自然と体が覚えているものだ。
「見せたれ、ダグトリオ!」
「行くぜ! ピカチュウ!」
そう言って飛び出してきたダグトリオに対面するのは、俺のアローラキュウコン。レッドさんじゃないんだからピカチュウなんている訳が無い。
『ゆきふらし』の特性により、突如としてフィールド上に寒波が訪れて雪が吹き荒れた。急激に気温が低下して一気に冷え込む。
……そう言えばコートを面接室に忘れてきたな。アオイちゃんが届けてくれないだろうか。
くれる訳ないか。クソ寒いしさっさと終わらせよう。
「全ッ然でんきタイプ関係ないやんけ!」
「ピカチュウ! 『10まんボルト』!」
「アローラのキュウコンな上に相手はダグトリオ言うとるやろ!」
ふん、バカめ。こんなのは戦略のうちの1つに過ぎんのさ。
戸惑いと突っ込みでバトルに集中し切れていないチリちゃんであるも、俺のキュウコンは指示も無くオーロラベールを張る。俺の戦い方と思考を徹底的に叩き込んであるポケモン達だ。わざわざ命令なんてしなくてもやるべき事はやってくれる。
天才の知識を引き継ぎしポケモン……強くて当然なのさ……。
キュウコンは尻尾を揺らしながら姿勢を低くし、唸り声を漏らす。漂う冷気が集まる姿は技を放つ瞬間と言ったところか。
まぁこの状態もただのブラフなんだが。相手の出方を伺ってる時にポーズするように教育してあるだけだもの。
でも初見の人は大体引っ掛かる。
「『ふいうち』や!」
ほら、こんな風に。
卑怯だろうがふざけてようが死ぬ気でバトルしようが、勝者こそが正義なんだよ。
ま、ここに来ると決めた時、チリちゃんと戦うつもりで対じめんの構成とパーティにしたしな。後は適当に戦うだけで蹂躙出来るだろ。
そう考えながら、俺はキュウコンの行動を静かに見守るのだった。
☆ ☆ ☆
「遅いなぁ……」
チリさんにスグリさんが連れて行かれ、1人で面接室に取り残された私は大人しく座って待っている。10分、15分と待ってても帰ってくる様子が無く、思わずポツリと愚痴を零してしまった。
面接室の外に出て探しに行くべきかな? でも流石にポケモンリーグの中を歩き回るのは非常識だよね。
手持ち無沙汰の私は見慣れない部屋をキョロキョロしながら、足をばたつかせている。……と、そんな時、ふと見つけた。
「あっ」
思わず声を漏らして駆け足気味で近寄る。それはコートハンガーに掛けられているスグリさんのコートだった。
「おっきいなぁ……」
私が着たら裾を引き摺っちゃいそうな程の大きさ。触れてみると、滑らかな手触りながらも異様な軽さに普通のコートとは違う代物である事がよくわかった。
一体、スグリさんって何者なんだろう?
身なりや立ち振る舞いを見るに子供っぽさを兼ね備えた大人。チリさんの関係者となると社会人なのかな?
少し伸ばされた色鮮やかな髪に整った顔。物怖じしない堂々とした態度に見合う切れ長の目。所作や姿勢から感じる品性。
正直に言って、すべてが私のどストライクだった。
偶像崇拝するアイドルだとか空想上の王子様だとか、年頃の女の子らしい憧れがあった訳じゃないけど、それでもスグリさんを見た瞬間に走った衝撃は凄まじかったのを覚えている。
でもペパーやボタンは『あれは胡散臭い男だから止めとけ』って言ってたんだよね。ネモは『早く会いたいな……』って私とポケモンバトルしてる時と同じ顔をしてたから、変な人じゃないと思うんだけどなぁ。
その疑惑を払拭する為にも急遽チリさんから話を聞こうと思ってポケモンリーグに来たら、まさかのスグリさん本人が来るなんてビックリだよ!
喋ってる声を聞くだけで耳が幸せで、話し掛けられた瞬間には心の中の私が大声で叫んでる。ちょっと冗談交じりなお茶目な一面はあったけど凄い誠実な人だったと思う!
2人とも心配性なんだから、もう!
……そうだ。スグリさんが帰ってきた時にすぐに渡せるようにコートを私が持っておこうかな。今頃、寒い思いをしてるかもしれないから。
……むしろここの空調が利きすぎて私が寒い気がしてきたかも。ちょっとだけ、コートを借りちゃおっかな。
「ふへへ……」
変な声が出ちゃった。
サイズの合っていないぶかぶかのコートを着る。スグリさんに包まれているようでとっても恥ずかしいけど、胸の奥がポカポカするような気分だった。
と、その瞬間である。
ロトロトロト……
「うひゃあ!」
突如として聞こえてきた電子音に悲鳴に似た声が出てしまう。まさかスグリさんのコートにスマホロトムが入っているなんて思っていなかった私は、慌ててポケットに手を突っ込んで取り出そうとした。
多分、その時の触り方が悪くて誤タップしたんだと思う。私の目の前にスマホロトムが浮かぶ瞬間には、カメラが起動した上で通話が開始されたのだから。
『急にごめんね。そろそろ一段落した頃かなって……』
わ、すっごい可愛い子が画面いっぱいに表示された。当たり前のようにビデオ通話する辺り、もしかしたら仲の良い子なのかもしれない。
でもさすがに私の姿が映るとは思っていなかったんだろう。唐突に喋る事を止めた女の子が太眉を顰めながらこちらを見つめてきた。
『……誰ですか?』
「あ、と、と。ご、ごめんなさい。勝手に出ちゃって……!」
『……そのコート……』
まるで怪しい人物を見るような疑いの眼差し。訝しげな表情を崩さない女の子だった。
『……カルくんはいますか?』
「……? 誰ですか?」
『え?』
「え?」
『……カルサイトくんです!』
「……え?」
何言ってるんだろう。凄く可愛くて愛嬌もありそうな子なのに、スグリさんと全く関係の無い人の名前を出すなんて、ちょっとおかしい人なのかな……。
……あ、もしかしたら出会った時に隣にいたおじさんの事を指してるのかな? でもそれだと君呼びなのはちょっとおかしい気がする。
んんー?
「とりあえずスグリさんは席を外してます」
『……スグリく……ん? え、あれ……?』
スグリさんの事を知ってるような反応を見るに、もしかしたら通話する相手を間違えたのかもしれない。現に女の子は慌てた様子でスマホロトムをタップしており、発信先を確認しているようだった。
良かった、おかしい人じゃなくて。
『……いえ、スグリくんの番号じゃありません』
ダメだ、おかしい人だ。
「スグリさんから預かったコートに入っていたスマホロトムですから、スグリさんのに決まってます。人違いじゃないんですか?」
『スグリくんはコートを着てません! それに着信履歴から掛けましたのでわたしは間違ってないと思います!』
「その根拠はあるんですか?」
『だってわたしの着信履歴は9割はカルくんで埋まってますから』
私だって『実りのある勝負しよ!』って毎朝ネモから着信あるもん。一緒だもん。
そもそもカルサイト君なんて知らないし!
『大体、なんでそのコートを着てるんですか!?』
「……さ、寒いなら着てて良いよって言われたんです」
『カルくんはそんな事言いません!』
「スグリさんは言いました!」
『言いません!』
「言いました!」
『言 い ま せ ん!』
むー。なかなか頑固な人だよ。本当は言ってないんだけどさ!
でも人違いだって言ってるのに聞いてくれないし。
『パルデアの人ならまだ知り合ったばかりなんですね?』
「はい。ついさっきです」
『……やっぱりカルくんの事をよく知らないんですね。初対面の人に対してまず嘘を吐く事から始まって、次にポケモン扱いするような人なんですよ!』
「酷い人ですね」
『つまりですね、そのスグリ君の名前も嘘の可能性が高いと思います!』
「スグリさんは初対面の時から紳士な人でした! こんなに優しくて面白い人がいるんだって驚いたんですから!」
『じゃあ違う人なのかな……』
なんだろう。カルサイト君への厚い信頼が伺える。マイナス方面への極限振り切った事に関しての信頼が。
話を聞く限り、どう考えてもスグリさんと同一人物とは思えないよ。
でも相手の子もはっきりとは意見を譲ろうとはしない。それは多分向こうも同じように考えてるんだと思う。深い溜め息を吐いた思えば、落ち着いた様子で静かに話してきた。
『……とにかく、忠告はしましたから。中身を知って幻滅するのは自由ですけど、逆恨みはしないであげて下さいね』
そう言って一方的に通話を切られてしまった。カルサイト君をフォローする気があるのか無いのか良く分からない言葉だったが、多分、彼女なりに心配してるのかもしれない。
わざわざ通話してくるくらいだもんね。
でもあそこまで強気で断言されると私も心配になってくる。もしかして本当にスグリさんとカルサイト君は同一人物なのかな……?
通話が終了した画面をタップすると着信履歴へと遷移する。てっきりロックが掛かっているものだと思って画面を消す為に触ったのに。
目に映る着信履歴からさっきの子の名前が表示されていた。
「タロ……」
一体誰なんだろう? 着信履歴を見るに表示されてる半分はこの子の名前で占められていた。
直近だとチリちゃん、ヤーコンさん、歯磨き粉、シロナ、ゼイユって名前もある。
え、歯磨き粉って何……? メーカー……?
と特に考えもせずにスマホロトムを眺めていると、扉の向こうから騒がしい声が聞こえてくる。
多分、声色からチリさんとスグリさんだと思う。私は慌ててスマホロトムを仕舞って、背筋を伸ばして座り直したのだった。
……あ、本当の名前を確認しないと!
☆ ☆ ☆
「『ふいうち』からの『アンコール』で『わるだくみ』されたからって怒り過ぎじゃない? 常套手段だろ」
「でんきタイプ使う言うてピカチュウ叫んだやろ!?」
「アロキュウ!」
「いてこますぞ!」
ポケモンバトルを終えて面接室へ戻る帰り道で、ぷりぷりと怒っているチリちゃんにウザ絡みされている可哀想なカルサイト君。
あぁ、なんて可哀想なんだ。ぼろ負けした腹いせに大人に虐められているなんて。きっとカルくんのメンタルはボロボロに違いない。
「『アンコール』された事に気が付かず右往左往してるチリちゃんが悪くね?」
「命令もせずに『アンコール』するポケモンの方が非常識やろ!」
「野生のポケモンだってトレーナーが居なくても技を使うだろ?」
「ポケモン勝負って知っとるか? お互いのトレーナーがポケモン達に指示を出して、その通りに動いて貰って戦うもんやねん」
「敗者が勝者に説法してもね……」
「パルデアの四天王やぞ?」
一体俺の何に不満があると言うのか。俺に良い様に弄ばれた事に不満があると言うのなら、自分自身の精神的な未熟さを憂うべきでは無いのだろうか。
だが俺はそんな現実を突きつけるような非情な発言は控えた。折角チリちゃんが配下に加わったのに謀反を起こされては全てが無に帰すからだった。
「ほとんど突っ立ってるだけで指示をせえへんし、ポケモントレーナーとしての腕が見れへんかったやんけ。ポケモン達にどんな育成してんねん」
「違うぜチリちゃん、発想力が足りてない。もう一歩先を考えるんだ」
「……どういう事やねん?」
「指示をしなかったんじゃない。指示をする必要がなかったんだ」
「おういい加減にせえよ」
いかん、チリちゃんの怒りが我慢の限界だったように、俺も黙っておくのが我慢の限界だった。まだまだ精進が足りない証拠である。
チリちゃんからがっつりヘッドロックを掛けられるが、残念ながらゼイユに比べたら全く痛くない。そしてとても残念ながら柔らかいものも当たらない。
それはもうとても残念だった。
「……確かに認めたる。あんだけ余力を残してチリちゃんに勝てるのは、チャンピオンクラスに匹敵する実力で無いと無理や」
「いや余力ってよりはキュウコン1匹にほとんど──」
「でもな! その意地の悪い性格が出てた戦い方を認めとる訳ちゃうで! あくまで育成方法や知識量が1人前なだけや!」
「俺とアカマツ君に負けた人に言われてもね……」
「じゃかあしい!」
痛くないけど頭叩かないで欲しい。世界的に見ても貴重な脳細胞が死滅していくのは人類史における大きな損失なのだから。
「本来ならな! チャンピオンクラス相手だと真正面からのどつきあいの勝負でな! 負けても気持ちええねん! それなのに自分のはねちっこい感じの攻め方で……!」
「なんか言い方がえっちだな。夜のポケモンバトルでも誘ってんの?」
「こんなアホ丸出しの男に負けるチリちゃんが情けなくて仕方ないわ……!」
悲しそうな顔で俺から離れて頭を抱えるチリちゃん。そう自分を卑下にしなくても俺はちゃんと知ってるから。チリちゃんが頑張ってること。胸を張って生きていこう。
「無い胸をな……」
「なんやて?」
「『ドオー! 隆起せえ!』と言えど胸は隆起せず……」
「あ゛?」
「何でもないさ……」
危ない。心の声が漏れていたな。なんとかバレずに殴られただけで済んだ。ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、長い廊下を歩いていけば元いた面接室の前へと戻ってくる。
……そう言えばアオイちゃんに何も言わずに放置して出てきたな。少し可哀想な気がしてきたけど、俺のせいじゃない。チリちゃんが悪いんだ。ちゃんと土下座して謝って貰いたいと思う。
扉越しに何やらドタバタと暴れているような音が聞こえる気もするが、俺は遠慮無く扉を開けて中へと入った。
「あ、おかえりなさい!」
なんと言う事でしょう。無断で数十分も待たされていたのに、にこやかに迎えてくれる子がこの世に存在していたなんて……。
まさか大天使タロの血を継ぐ者なのか……?
そう考えるとアオイちゃんは、タイムトラベルで現代へとやって来た俺とタロの子供と言う可能性が微粒子レベルで存在する。しかしどう考えても俺とタロの遺伝子と言うより、ヒカリに似た波動しか感じ取れなかったので考えるのを止めた。
1人寂しく取り残されていたアオイちゃんに負い目があるのだろうか。チリちゃんは1歩踏み出して素直に頭を下げる。
て言うか何でアオイちゃんは俺のコート着てんの? 別に汚されたり皺にされてないならどうでも良いんだけどさ……。
でも君、ストーカーの気質あるよ?
「ごめんなー。ちょっと仕事関係で……スグリに聞かなあかん事があったんや」
「いえ、大丈夫です! ……その、私もちょっと聞きたい事がありまして……」
俺も聞きたいんだけど。そのコートの事とかさ。
「さっき間違えてスグリさんのスマホロトムの着信に出ちゃったんですけど……スグリさんって本当はカルサイトって名前なんですか?」
止めろチリちゃん。そんな秒速で振り返ったらその通りですって答えてるのと一緒だ。
それに俺がポーカーフェイスで耐え抜いてるってのに『折角協力する為にスグリ呼びにしたのに速攻でバレてんのどう言うつもりやねん!』みたいな顔されたら俺も笑っちゃうだろ。
て言うか間違えて出ちゃうってなんだよ。俺のスマホロトムなんだが。間違える要素ありますかね。
コートに入れっぱなしな上にタロがいつでも浮気チェック出来るようにとロックを掛けて無かった俺が悪いんだけどよ。
だがそれもモテ過ぎる俺を不安に思う妻の心をケアするのは夫の務めなのだから、ロックをしてないのは仕方がない。
疑惑の眼差しで見つめてくるアオイちゃんに対して、俺は誠実な気持ちを向けるべきだと心に誓って口を開いた。
「……カルサイトがどうかしたのか?」
「……え、っと言いにくいんですけど……さっき通話中に話した女の子が、カルサイト君は嘘を吐いたり人をポケモン扱いする酷い人だって……」
「ぷっ……」
おいチリちゃん、笑うんじゃねえ。
しかしこれは由々しき問題である。この天才児と呼ばれるカルくんが練り上げた計画が一日にして頓挫するなどあってはならない。
一体誰だ? わざわざパルデア地方に来た俺を邪魔する大馬鹿者は一体誰なんだ?
俺を邪魔をする奴など許せる筈が無い。徹底的に仕返しする事を心に決める。
「どんな相手だったか聞いても良いか?」
「凄く顔が整ってて、ちょっとおかしい感じの人でした」
ゼイユか。ゼイユだな。ゼイユしかいねえ。
俺の思惑を早々に気付くなんて人間の域を超え過ぎだろ。あのチャーレムめ。いくら『テレパシー』持ちだからって遥か遠い距離にいる俺の意志を読み取るなっての。
ひとまずはアオイちゃんの疑いの眼差しを晴らすべく、俺は再び真実を告げる事にした。
「……実はブルーベリー学園に本当に瓜二つのカルサイトって名前のがいてな。そいつがわんぱくミントをキメてんのかってくらいに無茶をする性格をしてるんだよ」
「……って事はその人と間違えて……?」
「あぁ。俺がそんな事する訳ないだろ?」
「ですよね! ……良かったぁ。スグリさんがカルサイト君みたいに人をポケモン扱いしたり嘘を吐く変な人じゃなくて!」
「……いや、他人を変な人扱いするのはどうかと思うぞ」
「ぷっ……」
だから笑ってんじゃねえっての。分かってんのか? お前は俺の配下だぞ?
配下って事は云わば指示に従うポケモンみたいなもの。作戦の為に足を舐めろと言ったら足を舐めなければならない存在なんだぞ。この野郎。分からせてやんぞ。
「元気の無いナゾノクサみたいな髪型しやがって……」
「わざわざチリちゃんが協力してやる言うとるのに、早々にポケモン扱いするのはどうなんや? お?」
「今のは天の声……?」
「自分の声や」
違う、心の声だ。小声で言いながら見えない位置でグリグリ小指を踏まないで欲しい。さすがに痛いから。
ほら、アオイちゃんが不思議そうにこっちを見てるだろ。早く止めろって。
「俺とは初対面でも、チリちゃんとはそれなりに付き合いがあるんだろ? そのチリちゃんがスグリって呼ぶんだから間違いないと思わないか?」
「……確かに!」
「チリちゃんが嘘吐くわけないもんなぁ!」
「…………せ、せや。合っとるで……」
もっとハキハキ言って貰えませんかね。
あんなに納得しかけていたアオイちゃんがチリちゃんの挙動不審さに混乱している。責任を持って対処してもらいたいところだが不安要素しか無い。
ここは演技派俳優が白旗を上げると言われた俺が対応しなければ事態が収まらないだろう。
歩を進めて面接官の席に座るアオイちゃんの前に立つ。バンッと片腕でテーブルを叩いて身を乗り出しながら、ずいっと顔を近付けた。
やはりここは顔面のフィジカルで乗り切るしか無い。一目惚れしてるであろうアオイちゃんには効果抜群の一撃必殺。
タロには『いきなりなんですか?』と言われ、ゼイユには『何企んでるのよ?』って言われた俺のイケメンスマイル! アオイちゃんに届け!
顔と顔が急接近する。アオイちゃんはまん丸な目をぱちぱちさせたかと思うと、徐々に頬を赤くさせながら口元を押さえ、勢いよく顔を背けた。
「アオイちゃん」
「ひ、ひゃい!」
「俺がカルサイトかどうかがそんなに重要か?」
「そ、そう言うわけじゃ……」
「そんな頭のおかしい女の戯言よりも目の前にいる俺の事を信じて欲しい。君の目で見た俺がどうなのかが一番重要だと思うんだ」
「は、はい……」
「いやカルサイトやし頭おかしいのは自分やろ……」
「え……カルサイトさんなんですか?」
「しおれたナゾノクサァ!!」
コガネシティ生まれだからって突っ込んでいいタイミングと悪いタイミングがあるだろうが!!
そんなんだからエンジュシティの住民に『コガネの人は品があってよろしいどすなぁ』なんて言われるんだよ!! いい加減にしろ!
ほら、せっかくのイケメン力でゴリ押ししてたのにもう魔法が解けてんじゃん! どうしてくれんの!?
「えーっと……結局どう言うこと……?」
「とりあえず、スグリって呼んであげてな」
「とりあえず……?」
「アオイちゃん。人には触れられたくない出来事があるんだよ。……今パルデア地方にいる俺はスグリ。そしてどんな人物かなのか君の目で見定めて欲しい」
「……そうなんですね。ごめんなさい」
よし、なんとか間一髪誤魔化せたな。
「それで、カルサイトさんはどうしてアカデミーに来たんですか? ……まさか編入!?」
うーん、誤魔化せてませんね。
「……なぁ、もうスグリ呼び止めてええか?」
「チリちゃんのせいでバレたんだろ。アオイちゃんは仕方ないにしても、他の生徒の前ではスグリで呼ぶのを忘れないでよ」
「あー! やっぱりスグリさんじゃない!」
「アオイちゃんもみんなには黙ってるように」
「どーしよっかなぁ……」
「カル君呼びでも良いし、今度デートしてあげるから」
「……! 分かりました! 黙秘しますね!」
「……いつか刺されても知らんで」
聞こえるか聞こえないかの小さな声でチリちゃんが呟いた。刺すだなんて物騒な事言うなよ。
でもタロには報告しとかなくちゃな。チャンピオンの素性を探る為に渋々お出掛けをするって。きっと俺のタロちゃんだから分かってくれる。これは必要な事だと。
「実はカルサイトはなぁ……アオイらチャンピオンクラスを倒す為に、姉妹校のブルーベリー学園から来た刺客やねん」
「なるほど……って事は、ネモの予想通り強いんですか!? やりましょう! ポケモン勝負!」
すっごい目をキラキラさせてこっちを見てるけど、今の俺にそんな意思は無いから。誰も見てないプライベートで戦っても意味無いし。
ふるふると首を横に振ってその提案を否定する。
「当分はパルデアを楽しみつつ、帰り際にチャンピオンクラスと戦わせてもらうつもりだ。……ま、アオイちゃんとは戦わないかもだけど」
「えー! 戦ってよ!」
「せや! アオイが類い稀な天才だからってビビっとるんとちゃうんか!?」
「ビビってるから躊躇するんだよ。分かる? サクッと戦えるチリちゃんとは違うの」
「あー! チリさんズルい! もしかしてポケモン勝負してたの!?」
「あ、いや……これはちゃうねん!」
余計な口出しをしたせいで飛び火してんのウケるんだけど。しかし必死な言い訳をしちゃって、そんなにアオイちゃんには嫌われたくないのか?
俺には散々悪態を見せる癖に。もっと俺をリスペクトしてくれよ。
「じゃあそれまで私がパルデアの案内をしてあげますね! 友達にもカル君の誤解を解きたいので!」
「あー……時間が合ったらな。これでも忙しい身なんでね」
「どうせこっちにいる間、暇を持て余し──」
「さっきからややこしくなってるだけだから黙っててくれませんかね」
実際にやる事が沢山あるんだよなぁ。実物のスター団を見たり、俺の美貌をリップさんのモデル業に起用して貰ったり、カキツバタの知り合いらしいハッサクさんに歯磨き粉のある事無い事吹き込んだり。
パルデアの旅でやりたい100選を終えるまで暇とは言えない。むしろ時間が余るくらいならジムバッチを取りに行きたいくらいだ。
と、そんなことを考えている時だった。
ロトロトロト……
突如としてスマホロトムの着信音が響き渡る。アオイちゃんのポケット──もとい、俺のコートのポケットから響く事から、俺のスマホロトムの着信であるのは明白だった。
「理由は聞かないでおくけど、俺のコートを返して貰っていい?」
「あ、すみません! ……どうぞ」
慌てて脱いだコートをアオイちゃんから受け取って、俺はいつも通りの所作で羽織る。ちょっと人肌に温かいのが生々しいとか、タロとは違う香りがするなぁなんて考えたりはしていない。それを裏付けるように、鋼鉄の意志が見せる俺の鉄仮面が雄弁に語っている。
そしてポケットからスマホロトムを取り出せば、そこにはマイエンジェル、タロちゃんの名前が表示されていた。
ポチッとな。
「可愛いエネコちゃんめ。1日経たずして俺が恋しくなったか?」
『説明してくれますよね?』
俺の第一声を完全にシカトした上で、わたし怒ってますと言わんばかりに腕組みをして不満気な表情を見せるタロがいた。
意味が分からなかったが、とりあえず説明出来そうな事を説明しておくか。
「ごめんな。タロ宛に書いた候ラブレターはシアノ先生に破かれて捨てられたよ」
『そんな事はどうでも良いんです! さっきの通話は何なんですか!?』
「さっき……? あぁ、ゼイユの事か? いくら俺の姉になりたいからってやっていい事と悪い事の限度があるよな」
『いえ、わたしの通話ですけど』
……? タロからの通話?
頭のおかしい女からの通話だった筈なのに?
「アオイちゃん」
「?」
とりあえずアオイちゃんを手招きして俺の隣へと立たせる。頭1つ分は小さいアオイちゃんが隣に立つと画面の収まりがとても悪いので、少しだけスマホロトムを遠ざけて全体を映した。
「頭のおかしいってタロのこと?」
『んな……!』
「そうです! あ、でも結局言ってた事は合ってたのでおかしくなかったのかも……?」
「タロ……いくら俺の事が好きだからってそこまで真似しなくても……」
『なんでカルくんは頭おかしい事を受け入れてるんですか!? そもそも真似なんてしてません!』
頭がおかしいだなんて言われるのは、きっとタロ自身も初めてなんだろう。珍しくショックを受けた様子で狼狽しているのが見て取れる。
『……その子、誰なんですか?』
「オレンジアカデミー1年生のアオイです!」
『……あっ、思い出しました! 新チャンピオンの!』
「俺はブルーベリー学園2年生のカルサイトだ」
『知ってます』
「パルデア四天王のチリちゃんやでー」
『知ってますから!』
だよな。知ってた。
『なるほど、チャンピオンだから一緒にいるんですね……でも、距離が近くないですか?』
「もっとお近付きになりたいです!」
『んな……!』
「ウェーイ、彼女さん見てるー? 今から彼氏君が、新チャンピオンと良い事しちゃいまーす!」
「わわっ……」
『…………』
そう言ってアオイちゃんの肩を抱き寄せると、タロの表情が死んだ。ひんしだとか無表情とかじゃなくて、間違いなく死んでる。
鋭い突っ込みが期待できるかと思っていたのだが、想像以上に無反応だったので、チリちゃんへとアイコンタクトを開始。
『え、チリちゃんもやんの?』みたいな嫌そうな表情を見せたので、俺はレッドさんが捕まえていたファイヤーの『にらみつける』が如く、鋭い眼光で視線を送った。
キッ。
「せ、せや! チリちゃん混ぜてもらうでー!」
「ウェーイ、彼女さん見てるー? 今から新チャンピオンちゃんが、イケメン2人に良い事してもらいまーす!」
「ちょい待ち。なんでチリちゃんが竿役になんねん!」
「竿役言うなよ。隆起するとこがちげえから」
「……竿役って何ですか?」
『カルくん』
「はい」
『無駄話は良いから正座して』
「はい」
ほらー、チリちゃんが余計な事を言うから怒られたじゃん。まだ初日で何もしてない俺が怒られる道理なんて無いのによー。
とりあえず今はタロの怒りを宥めるのが先決。能面になってしまったタロから笑顔を取り戻す騎士として、命令に従うのは運命であった。
『パルデアに行く前に約束したよね? 今回の課外活動はブルーベリー学園を代表して行くんだから、品行方正で悪ふざけをしないようにって。それなのになんで初日からスグリ君の名前を騙ってるんですか!?』
「これには海よりも高く、山よりも深い事情があってだな……」
「平坦なんですね……」
「チリちゃんの胸の話は止めるんだ」
「あ゛?」
俺の頭だけ思いっきり叩かれた。解せぬ。
「諸説は色々とあるんだが……見ての通り、アオイちゃんが俺に熱い視線を向けてるのは分かるよな?」
『……あまり認めたくは無いですけど。カルくんがわたしを見てる時と一緒です』
「えへへ、お揃いですね!」
「……アオイが……パルデアの宝が……」
チリちゃんは凄いショックを受けてるけど、アオイちゃんは見えないところのネジが吹き飛んでいる隠れナチュラルクレイジーのタイプだと思う。多分、俺に出会う前からその素質はあったんじゃないかな。
例えば質問を投げ掛けられた時、頭の中に浮かぶ選択肢の中に狂気としか思えない回答を準備してた筈だ。それも真面目に、極自然と。
「その目を見て、俺はふと思い出したんだ。林間学校の舞台であるスイリョクタウンにアオイちゃんを勧誘しようとしているシアノ先生の事を。……その為に俺は身を粉にしてスグリ君に成り済ます事を決意し、アオイちゃんが林間学校に率先して参加するように仕向けたんだ」
「……林間学校? え、スグリ君って実在するの……?」
『だからってスグリくんの名前を使っていい訳が無いよね?』
「はい、仰る通りです。なので次の説を推したいと思います」
話題についていけないアオイちゃんが混乱しているが今はタロを説得するのが最優先だ。仕方ない。
「オモダカさんにカキツバタが敗北した尻拭い──チャンピオンクラスにポケモンバトルで勝つ事をシアノ先生から承っていてな。でも俺が勝った所でブルーベリー学園の生徒は誰も信じないだろ? だからスグリ君の名前を借りる事にしたんだよ」
『だからそれもスグリ君の名前を使っていい理由じゃないってば! それにスグリ君が勝った方が遥かに信憑性が無いと思います!』
「ええぞー! もっと言ったれー!」
「はい、仰る通りです。なので次の説を推したいと思います」
くそ、タロ相手では付け焼き刃の言い訳はまるで通用しない。一体どうすれば良いんだよ。
……待てよ? もしかしたら今のタロは俺の発言を否定する為だけに喋っている、思春期にありがちな否定から入るめんどくさいやつのパターンかもしれない。
決してタロがめんどくさいやつと言いたい訳では無いけれど。だがその可能性を考慮して、ここで敢えて本音を語って否定させる事により、上手い事煙に巻く手段が得られるのでは無いのだろうか。
我ながら天才である。野次馬でうるさいチリちゃんを放置しながら、俺は悠々と口を開いた。
「俺が一石投じた事によって起きた波紋が、ブルーベリー学園にどのような影響を及ぼすのか見たくてな」
『結局それが理由じゃないですか! そう言うのが駄目っていつも言ってますよね! 迷惑を掛けた人にちゃんと謝って下さい!』
「はい。アオイちゃんごめんなさい」
「い、いえ! デートしてくれるのでおあいこです!」
『は?』
全然効果が無かった上に余計に怒ってて笑える。いや笑えねえよ。
『説明』
「現地妻って知ってる?」
『パルデアで元気に暮らして下さいね。さようなら』
「待ってくれ。俺が好きなのはタロだけなんだよ」
『好きでもない人を妻にするんですか? 不誠実ですね』
「え、私の事嫌いなんですか……?」
「いや嫌いじゃないけど」
「じゃあ好きって事ですよね!」
『そ、そう言う極論! 良くないと思います! 大体、デートする理由を答えてもらってません!』
「スグリ君である為に協力を要請した結果だな」
『じゃあもう取り消しです! 取り消し!』
「惚れられてるだけの彼女じゃない人に決定権はないと思う!」
『くっ……! じゃあカルくんはどうしたいんですか!?』
「なぁ、痴話喧嘩なら他所でやってくれへんか? チリちゃん忙しいねんな」
どいつもこいつも好き放題言いやがって。なんで俺の周りにはこんなにも我の強い奴等しかいないんだ。俺を立たせる為に一歩引いて慎ましやかにしようと言う気はないのだろうか?
そして俺はチリちゃんの忙しいはもう信用してないんだ。面接官ごっこをしてる時点でな。悪いな。
『あーもう時間が! ……自己紹介した人達の誤解をちゃんと解いて謝って下さい。ブルーベリー学園の代表として、ふざけないで真面目にお願いします』
「はぁい……」
「お母さんかいな」
「タロママァ……」
『真面目に! お願いします!』
「おいチリちゃん、そう言うフリをされたら応えるしかねえんだから止めてくれよ」
「いやそんなつもりは無かったんやけどね……」
全く、TPOを弁えて発言してほしいものだ。
『授業が始まるので切りますね。詳しい話はまた夜に聞かせてもらいますから』
そう言って返事をする前にプツリと通話が切られる。夜になったら根掘り葉掘り聞かれてめちゃくちゃ怒られるパターンだ。経験者だからな、よく知ってるんだ。
結局、俺の計画は一日で頓挫する事となったが天才児であるカルサイト君にとってはこの程度は些事に過ぎない。
見せてやるぜ。今日から俺がアカデミーで旋風を巻き起こすところをな。
「さぁアオイちゃん。チリちゃんを相手にしてる時間は無いぞ。これからの生活の為に日用品を買わないといけないからな。テーブルシティの案内をしてくれるか?」
「あ、はい! 任せてください!」
「相手にしてたんはチリちゃんの方やと思うけど」
「チリちゃん見てるー? 今から大切なアオイちゃんが、カルサイト君とデートしちゃいまーす!」
「うぇーい!」
普通の子なら俺のノリにドン引きするんだけど、アオイちゃん適応力高過ぎない? もしかしてポリゴンZか?
「……なぁアオイ。いくら顔が良くてもな、無理に会話を合わせようとすんのはストレスになるから止めた方がええで」
「……? いえ、カル君は面白くて素敵な人です!」
「チリちゃんだってかっこよくて面白い人だし同じだろ」
「どこが同じやねん」
「私も同じだと思う!」
「アオイ!?」
うん、やっぱりこの子の感性は人とは違うのかもしれない。美人は3日で飽きると言ったけどこの子は例外だろう。多分一度決めたら盲目になり過ぎる執念深いヤバいタイプだ。突き放さず近付けずの精神で接するしかない。これでも経験者だからな。
ともかくオモダカさんと遭遇する前に逃走しないと。アオイちゃんが毒された事を知ってしまったら、あの触手に捕らわれて全身のエネルギーを吸われる可能性が大いにある。
そう考えて俺はアオイちゃんと早々にポケモンリーグを後にするのだった。