平日の夜中。対ゼイユに向けて自室で筋トレに勤しんでいると、スマホロトムが着信音を鳴らしながら振動する。こんな時間に非常識だな──なんて思いつつ画面を注視すると、とても珍しくチリちゃんの名前が表示されていた。
画面をタップして通話を開始するとカメラ映像が共有され、モデルや俳優が裸足で逃げ出す程のイケメンが表示される。
相変わらず俺と同じくらい女性にモテそうな顔をしてんな。俺の顔面から放たれる圧倒的なイケメン力の希少性が薄まるので、是非とも5発くらい殴られた顔になって欲しいが、タマタマがナッシーの存在──すなわち女性らしいので口に出さないでおいた。
『まいど! チリちゃんやで』
「どしたん? 話聞こか?」
『それがなぁ……』
「それは彼氏が悪いわ。俺ならそんな思いさせへんのに」
『いやなんの話してんねん。まだ何も話してへんやろ』
「じゃあ挿れるね」
『初っ端から飛ばし過ぎでキモいわ! やめい!』
おかしいな。最近話題になっている本の『意中の女の子を一撃必殺。モテる男が教えるナンパ術』ってのを試したんだが。どうも効果はいまひとつのようだった。
カメラに映る背景を見るにまだ事務室の類の場所にいるのだろうか。もう夜の10時過ぎてるのに地方の四天王となればこんな遅くまで働くんだな。
いや普通におかしいだろ。ブラック過ぎませんかね。
そんな事を考えながら、筋トレ後のクールダウンで吹き出て滴る汗をシャツの裾で拭う。
自重トレーニングのみなのでゴリゴリのマッチョの域にはならない。細マッチョとマッチョの境界を絶妙にキープし、かっこかわいいを残しつつタロの好みを加味して計算された、美しさを兼ね備えるカルマッチョであった。
そんな俺を、何故かチリちゃんは無言で見つめている。
「……何?」
『エロいなぁ……』
「…………」
こいつ、何言ってんの?
汗を拭う男子学生の腹チラ見て声を漏らすのはちょっとヤバい人だろ。チリちゃんだから心の声を口にしたってのも逆に納得出来るけどよ。でも流石にヤバい人だろ。
『なーアオキさん! ちょい見て欲しいんやけど!』
『……なんですか? 早く終わらせて帰りたいのですが』
大きな声で叫ぶウキウキしたチリちゃんに対して、何だか迷惑そうに鬱陶しがる男の人の声が聞こえてくる。その直後、チリちゃんの後ろに幸の薄そうなサラリーマン風の男が映った。
事務員か? それとも四天王?
にしても無表情な上に目が死んでんなぁ。やべえよ、パルデア地方のポケモンリーグ。人の心ぶち壊してんじゃん。全員がそんなブラックな環境で働いてんのかよ。
もしかしたらチリちゃんのテンションも追い込まれ過ぎた末の躁状態の可能性も大いにあるし、少し気を使ってあげるべきなのかもしれない。
『少し前に知り合ったおもろい奴でな、イケメンやろ?』
『……ええ、まぁ』
『でも頭がかなりおかしいねん』
「チリちゃん……そんな自虐しなくても……」
『そうそう、イケメンで頭がかなりおかしい言うたらチリちゃん──って自虐ちゃう! カルサイトの事や!』
「……実は俺ってチリちゃんくらいおかしいんですよ」
『それは……大変ですね』
『だからチリちゃん巻き込まんでくれへんー!?』
いきなりディスったチリちゃんが言っていい台詞じゃないだろ。
『で、もう1回汗拭いて欲しいんやけど』
「……ほら」
『アオキさん見た!? あのチラって見えるバキバキの腹筋がエロ過ぎへんか!? 普段と違って妙な色気あるしやばいやろ!』
『普段の姿を知りませんし、男性の自分に言われましても……』
『そこは想像力を膨らませて考えるんや!』
仕事で疲れてるんだろうか。チリちゃんがいつも以上に頭のおかしい事を言ってる気がする。
「て言うかそのサラリーマンさんは誰なの?」
『アオキさんやで』
「いや、もうちょっと説明しようよ」
『……自分はアオキ。ポケモンリーグ営業部に務めていまして、チリさんの同僚に当たります』
「あ、これはご丁寧にどうも。ブルーベリー学園2年生のカルサイトと申します」
『……あぁ、貴方があの。ご愁傷様です』
そう言ってアオキさんは一礼すると、そそくさと自分の席へと戻って行った。まぁこんな時間だしな、無駄な事なんてせずにとっとと仕事を終わらせて帰りたい気持ちは分かる。
でも『貴方があの』ってなんだよ。説明しろよ。
『なー、もう1回やってくれへん?』
「やらないし仕事に戻れっての。そもそも何の用?」
『……あ、そうやった。忘れとったわ。んー……どこから話をすればええんかなぁ……』
「じゃあチリちゃんの若い頃の武勇伝から」
『……実はチリちゃんな、こう見ても結構ヤンチャしてた時期があんねん』
「人に向かってモンスターボール投げたりとか?」
『それは自分や』
俺みたいな善良な優等生がそんな事する訳ないだろ。記憶違いも甚だしい。
「盗んだバイクで走り出したりしたの?」
『してへんけど、そう言う感じのヤンチャだったんやで。……今もやけど、その頃はほんまモテまくりでなー。毎日誰かしら隣におったし、日替わりでデート相手が違ったんやで』
「……あー……なるほど。チリちゃんって性格もイケメンだしちょいワル系なら尚更同性にモテそうだもんね」
『……べ、別に同性なんて言うてへんけどー!?』
「だってチリちゃんってカッコイイに極振りだから、男の人だと比較されてプライドがズタズタにされそうじゃん。なるべく深い仲にならないように立ち回ると言うか、一線引かれてたんじゃないの?」
『う……』
「一緒にいるのは楽しいけど2人きりはちょっと……みたいな男性が大多数だったと思うんだよね。……どう? 当たってる?」
『……ア、アオキさーん! チリちゃんはべっぴんさんよなー!? 隣にいて嬉しいよなー!?』
『良いから早く本題に入って仕事に戻って下さい』
「塩対応で笑える」
『自分に抉られた傷口によー染みるわ!』
実際にチリちゃんは中性顔を超越したイケメンの中のイケメンだし仕方ない。そんな女性のファンが沢山いるだろうチリちゃんとお近づきになろうとすれば、男性となれば容姿弄りは不可避。敵陣に全裸で突っ込む自殺行為と言える。
俺のような鋼の精神を持ってるか、俺のようなハイスペ男子じゃないとまず無理だろう。
ごめんなチリちゃん。俺には心に決めたタロちゃんがいるから……。
しかしアオキさんも変わった人だな。仲間のチリちゃんを全くフォローしないのは面白過ぎるんだが。
「なーチリちゃん、無駄話は良いから話してよ」
『いやカルサイトが武勇伝って──まぁええわ。……前にブルーベリー学園に顔出した時の帰り際にな、シアノさんに挨拶したんやけど……』
「挨拶の仕方が分からなかったの?」
『せやねん。ブルーベリー学園って人工空間だから時間の流れが分からんくてな。こんにちはーなのかこんばんはーなのか──ってちゃう! ……そん時にウチの総大将がとんでもない事を口にしてなー……』
そう言ってチリちゃんは難しそうな顔をして頭を抱え始める。チリちゃんほどふざけた人がとんでもないと感じるなんて……それは人として有るまじき行為ではないのだろうか?
「加齢臭を誤魔化す為の香水は逆効果ですよ──とか?」
『いやそこまで酷くないわ。……ブルーベリー学園最強の実力、篤と拝見しました。歴史を重ねて来ただけあって、どうやらアカデミーの方が一枚上手のようですね──って言ったんや』
「面白過ぎる上に俺の冗談より酷くね?」
『さすがのシアノさんも顔を引き攣らせてたで。ほんまいきなり過ぎて、チリちゃんも血の気が引いたわ……』
そんな面白い現場になってたなら直ぐにでも呼んで欲しかった。あのシアノ先生のにやけ顔が崩れる瞬間なんて、滅多に拝めるもんじゃないからな。
しかしシアノ先生だって一代でこのブルーベリー学園を創造した本物の天才だ。若くしてポケモンリーグ委員長とアカデミー理事長を兼任するオモダカさんも凄いとは思うが、このレベルの創設者が相手となれば少々分が悪いだろう。
「で、シアノ先生はなんて言い返したの?」
『……カメラで見てたよー。リーグチャンピオンとしての戦いに比べてかなり本気を出してみたいだねー。……それであの様子なら僕のお気に入りには敵わないかな──って言い返して来たんやで』
「あははは! アカデミーとの姉妹校提携をぶち壊そうがお構い無しかよ!」
『いやほんまにそう思ったで。……思い出すだけで胃がキリキリしてきよるわ』
チリちゃんもなんだかんだ根が真面目だよなぁ。そこは『おー、やったれやったれー!』ってコガネ弁で猛煽りするべきだと思うんだけど。
でもシアノ先生もブルーベリー学園をバカにされたとなればちゃんと怒るんだな。俺も制服がダサいと罵ってるんだから笑って流してる場合じゃないだろ。真摯に向き合ってスカートタイプを導入しろよ。
『トップもそんな言葉を真に受けて笑顔が張り付いたままになってしもうてな、最後には握手してたんやけどそれはもう戦争の合図かと思ったで』
「おいおい、まさか話ってあれか。宣戦布告代わりに送られてくる、ジュエル持ちノマテラキョジオーン軍勢によるだいばくはつ行進を止めてくれとか、そう言うのは無理だぞ」
『ようそんなエグい発想思いつくわ。精々フワライドの空襲型やろ』
「どっちもどっちじゃねえか。……で、なんでオモダカさんはそんな事を?」
『どっかの誰かさんを表舞台に引き摺り出したいらしくてなぁ……』
「アオキさんがトップチャンピオンになるって事?」
『それは3日でポケモンリーグが崩壊するで!』
『あの……関係の無い自分まで巻き込まないで下さい』
ボソボソと小さな声で突っ込みが聞こえてくる。なんだかんだこっちの事が気になるようで、ちゃっかり聞き耳を立てているようであった。
『……ったく、自分の事やで。トップから聞いたんやけど随分な有名人も知る経歴らしいやんけ。そらトップも強引な手段に走る訳やなって思ったわ』
「あぁ。……ブルーベリー学園に入るまで野生のディグダの子供として育てられててな。言葉も常識も最近身に付けたばかりなんだ」
『それは壮絶過ぎる経歴やろ……』
「俺しか知らないディグダの下半身……知りたい?」
『ごっつ知りたいんやけど、下ネタにしか聞こえへんから遠慮しとくで』
いやそんなつもりは全く無かったんだが。
ディグダのディグダなんて……面白いな。採用だ。次回から使わせてもらうよ。
『……まぁ経緯を考えたらこっちが悪いのは分かってんねん。でもウチの総大将は類い稀な若き才能ってのに目が無くてな、色々と優先順位がぶっ飛んだりするんや』
「俺と言う太陽に焼かれちまったか……」
『ソルロックの間違いやろ』
「ソルロックのディグダ……見たいか?」
『もうええって。……この前もポケモンリーグにハッキングして電子通貨の内部数値を弄ってた奴がおんねん。本来ならおまわりさーんってなる重罪なんやけど、そいつが若い学生でな。誰もそのハッキングの痕跡に気付かへん腕前をトップがエラく気に入ってもうて』
「学生1人に弄ばれるパルデアのセキュリティ脆弱過ぎて笑える」
『いや笑えへんけどな。そんでトップは類い稀な才能や言うて、エンジニアとしての奉仕活動を条件に不問にしよるし。犯罪者を雇うのはリーグへの信用が──とか、罪を償ってから雇用を──なんて声をガン無視しよるどころか、ザルだった現セキュリティ班の職員には懲罰なんやで?』
「……まぁ使えるものを使える姿勢はいいと思うけど一長一短だよね」
電子通貨は信用があってこその価値だからなぁ。改竄があった事実が広まると一瞬で価値が暴落して、無断利用された金銭的損失なんて笑える程の痛手になるのは目に見えてる。
そう考えると内々で解決するのは間違ってるとは言えないかもな。
きっとオモダカさんは優秀な人材には甘いんだろうけど徹底した実力主義なんだろう。ジムリーダー達からも嫌われるまではなくても苦手意識を持たれたり面倒くさく思われてそう。
ナンジャモとかSNSの裏アカでグチグチ言ってるに違いない。後で検索して特定するか。
しかしとても気掛かりな事がある。わざわざ内密に終わらせてる問題を部外者の俺が聞いてしまっている事だ。
「その話って俺が聞いても良かったのか?」
『……あ』
「あ、じゃないんだけど」
『よそに喋ったら死ぬで?』
「そしたら漏洩元のチリちゃんも社会的に死ぬけど」
『チリちゃんと一緒に……死んでくれへん?』
「女の人ならそのセリフでキュンキュンかもしれないが俺はホモじゃないからさ」
『おうコラいてこますぞ』
ごめん、ごめんて。なんかカキツバタと喋ってる気分になってたんだよ。全てはそのノリの良さがいけないんだ。ちゃんと反省して謝ってもらいたい。
オラ、チリちゃんが悪いんだよ! 反省しろ!
『……なーんて、冗談やで! その学生の関係者ならみんな知っとる事やし、緘口令を敷かれてる訳ちゃうねん。……まぁわざと広めたらどうなるかしらへんけどな』
「こええよ。労働環境含めてブラック過ぎんだろ」
ヤーコンさんじゃないんだから勘弁して欲しい。
「で、オモダカさんが類い稀フェチなのは分かったけど、本題はなんなの?」
『このままやとブルーベリー学園とアカデミーの関係が拗れかねへんから、総大将の欲求を満たして欲しいんや』
「容姿がウリの俺でも男娼はちょっと……」
『性欲ちゃう!』
「じゃあ金?」
『トップは金持ちやで!』
「性欲、金欲が駄目なら残るは暴力しか……」
『どんな三大欲求やねん……いやポケモンバトルやから間違ってへんけど……』
そう言ってチリちゃんが頭を抱える辺り、色々と苦労が垣間見える。事ある毎に何かしようとしてんだろうな。
でもポケモンバトルかぁ。どうして腕っ節が強い人や立場のある人はトレーナーの腕試しをしたがるんだろうか。メリットねえしめんどくせえだけなんだけど。
タロが熱烈なキスでもしてくれるんなら本気出すんだがなぁ。
『なぁー頼むって。シアノさんもトップの思惑とカルサイトの意志を汲んでんのか知らんけど、取り付く島があらへんし。チリちゃんがどうにかなる前になんとかして欲しいねん』
「どうにかなるとこ見せてくれたら善処するけど」
『どうにかなってからじゃ遅いねん!』
「チリちゃんの! どうにかなるとこ! 見てみたーい!」
『だからせえへんっての』
「ノリ悪いな。本当にコガネシティ生まれか?」
『コガネシティをバカにしてんのか? お?』
「指でピストル作って、バーンって言ったら撃たれたフリする街だろ?」
『それは否定できへんな……』
できへんのかい!
『なー! 何でもするから! な!?』
「絶世の超絶美少女とのキスも可能か?」
『……ほっぺで良ければしたるで』
「自分の事を絶世の超絶美少女だと勘違いするほどに追い込まれてるのか?」
『なぁ図に乗り過ぎちゃうんか?』
「知ってるか? 質問に対して素直に答えるだけで体調悪いのかと心配されるのがカルくんなんだぜ?」
『……チリちゃんが悪かったんやな』
そうだ、反省しろ。俺に合わせられないチリちゃんが悪いんだ。
俺はタロへの一途な思いで形成された云わば愛の化身。チリちゃんで満足出来る筈も無い。それにまだチリちゃんの男性疑惑が完全に晴れてる訳じゃないからな。俺はこの目で確認するまで疑い続ける用心深い男なんだ。
でも本当に女の子ならほっぺにちゅーくらいは許してやる。特別にな。
「そもそも俺のせいじゃないし、大人であるオモダカさんが我慢するべきでしょ。それに俺にとってのポケモンバトルは手段であって力を誇示する為のものじゃないんだよ」
『……ほんま変わってんなぁ。バトルの才能あるんやろ? だったら上を目指すのはトレーナーとして当然やろ』
「そう言う力比べはね、子供の間に卒業するもんなんだよ。分かる? 俺達は分別のつく大人なんだからさ」
『ポケモントレーナーの在り方全否定やんけ』
「ポケモンって言うのはさ、戦わせるんじゃなくて、苦難を分かち合いながら愛して共に過ごす家族なんだ。そんな家族にバトルをさせるなんて……どうしてもって状況じゃない限り、俺には到底許し難い行為なんだよ」
『……そんな事言われたらもう頼めへんやん』
「でもポケモンって意外と美味しいんだよな」
『チリちゃんの感情をぐちゃぐちゃにして楽しいんか?』
うん、楽しい。
でも実際美味しいから仕方ない。バスラオの刺身とかヤドンのしっぽとか。無理な人は無理なんだろうけど割とポピュラーな食用ポケモンだもの。
地方の文化は大切だ。郷に入りては郷に従うべき。
『……まぁええわ。やる気あらへん自分に頼んでもしゃーないし。……あーあ、もうちょい頼もしい奴やと思ったのになぁ』
「このカルサイト様に動いて貰いたければ、とびきり美味い飯、そしてとびきり良い女を用意してから対話に臨むんだな」
『だからとびきり良い女のチリちゃんが──』
「チリちゃんでは無い!! タロちゃんだ!!」
『なんでやねん。もうご指名やんけ。……こっちも暇ちゃうからもう切るで。気が変わったら連絡してな』
めちゃくちゃ暇そうな会話ばかりだった気がするが、自称忙しいチリちゃんとの通話が終了する。きっとこの後も仕事に戻って残業なのだろう。
アオキさんとチリちゃんが紡ぐ、2人だけの深夜の残業をな……。
だが俺はそれ以上想像を膨らませる事はしなかった。何故ならばカキツバタと違って、男体で興奮する性癖を持ち合わせていないからである。
取り敢えず面白い話題が得られたので俺は愛しのマイハニーのタロへと通話しようと、再びスマホロトムをタップしたのだった。
☆ ☆ ☆
拝啓
新緑の候。愛しの見目麗しいタロ様に向けて候。ブルーベリー学園はいかがお過ごしで候。飛行機で旅立って数時間で候だが、会いたくて会いたくて震えるで候。
「幾ら何でも候過ぎない?」
シアノ先生は早漏過ぎるで候。
「止めてもらえるかい?」
そう言ってシアノ先生が俺の書き綴っていたラブレターをクシャクシャに丸めてゴミ箱へとポイして捨てる。
人の物を勝手に捨てるその腐ったジジイをダストシュートしたいところだったが、善意の塊であるカルくんは何とか怒りを抑えて筆を置く。
ここは俺とシアノ先生だけがいる密室の空間。電波が通じなくてスマホロトムは置き物と化しており、実につまらない時間だった。
妙に揺れる室内と響くエンジン音。俺は取り付けられている窓から風景を覗き見る。
目前に広がるのは青空と遥か下方に見える大海原。
そう。ここは飛行機──それもシアノ先生のプライベートジェット機──の中であった。
「死ぬぞこれ……」
「いざって時はポケモンの背中に乗ってねー」
「頼むぞ……」
「いやそのくらい自分でなんとかしなよ」
恐ろしい光景を見て反射的に視線を逸らす。
危ない、あと1秒遅れていたらちびるところだった。
ニヤニヤと笑みを浮かべながらマグカップを手にしてるシアノ先生の姿を視界に収め、俺は凛とした表情を見せて口を開く。
「さて問題です。腕が4本で目が4つ。口が2つ有って毒ガスを吐きながら二足歩行で歩く尻尾の長いポケモンってなーんだ?」
「……ん? ……該当しそうなポケモンがいないよ?」
「ヒント! 口癖が『手ぇ出るよ!』」
「ゼイユちゃんじゃないの」
「すげえなシアノ先生。後でゼイユに報告しとくわ」
「逆にカルちゃんが殴られるんじゃないかなー」
正確には昨日の夢に出てきたゼイユの姿だけど。『あたしの真の姿……見せてあげるわ』なんて言って変身した時は本気で殺されるかと思ったからな。
起きたら寝汗びっしょりだったし。幾ら俺に会いたいからって夢の中にまで出てこないで欲しいものだ。
「しかしカルちゃんが僕のアカデミー訪問についてくるなんて……どういう風の吹き回しなの?」
「四天王のチリちゃんが『素敵、抱いて!』って言うからさ。ファンサってヤツだな」
「あーなるほど。困ってるチリちゃんを助ける為に行くんだねー」
だから人の通話記録聞いてんじゃねえよ。『カルちゃんにパルデア地方からの通信なんて珍しい……聞いちゃお!』な感覚で覗くなって。マジで。
その内聞かれてる前提でASMR通話してやるからな。覚悟しろよ。
「間違ってないけどちょっと違うんだよな。その日の夜にタロに聞いたんだよ。『人助けをするカルくんとどんな時も近くにいるカルくん、どっちが愛してる?』って」
「どっちも愛してないって言われたんでしょ」
「確かに言われたけどな! でも『選ぶなら人助けをするカルくん』だなんて言われたらよぉ! 俺のアイデンティティを保つ為にもパルデアへ行かなきゃなんないだろうが!」
「しばらくは会えないのに難儀な生き方してるねー……」
そりゃあタロと会えないのは体が引き裂かれるような思いなのは当然。だが『あかいいと』よりも強い運命に結ばれた俺達は、たとえ離れ離れになったとしても最後には必ず結ばれる事を理解していた。
同じ空の下で生きているのならば、俺とタロはどこまでも繋がっている。そう。俺達はマンタインとテッポウオ。一緒にいる事が真理であり世界の定めなのだ。
だが不安要素もある。それは取り残されたタロが心の支えを無くして寂しくしている事だった。俺が突如として居なくなったとしたら夜な夜な涙で枕を濡らす事は必至。しっかり者に見えて実は寂しがり屋な1人の女の子なのだから当然だ。
そんな心の弱った瞬間にアカマツ君やスグリ君のような可愛い系男子が男らしさを見せれば……俺から心変わりする可能性が微粒子レベルで存在するだろう。
毎晩通話するしかねえな……タロの為に……。そして毎日1万文字の愛の感想文を送るんだ……。
「今回はさ、林間学校のスケジュール調整と交換留学の実施に向けての打ち合わせが目的なんだよね。だから本来はカルちゃんが来て良い出張じゃないんだよ」
「……ですが……なんと……今回に限り……?」
「学園公認でカルちゃんは課外扱いになってるよー」
「いえーい! さすが職権乱用おじさんだぜー!」
「褒めるならちゃんと褒めてよ」
「ついでに出席足りてない授業の単位も頼むな!」
「それは今回の活躍次第かなー」
ほら、やっぱり職権乱用おじさんじゃん。
最高だぜ! 職権乱用! そのままスカート型の制服も導入してくれよ!
「でも僕としてもどうしようかなーって考えててね、カルちゃんの判断にはありがたく思ってるんだよ。……まさかご時世とは言え、こんなにもSNSに影響があるとは思ってなかったからさー」
「どうしたの? 『テラリウムコアの上に乗ってみた』とかSNSに上げられた?」
「そんな生徒がいたら退学だよ」
あっぶね、高所恐怖症で良かった。
「アカデミーはチャンピオンクラスが2名も誕生。一方ブルーベリー学園は学園最強が有利なダブルバトルで敗北。オモダカさんが本気かどうかは別としてもさ、やっぱり一目で分かる結果ってのは大きくてねー。……でもまさかその内容がSNSを通じて学外まで広がるとは思わなくて」
「あー……それは今後の新入生にも影響してきそうだな」
「でしょー? だから一石を投じたかったんだよね!」
「分かった。じゃあ俺はタロとネリネを説得してアカデミーに転校するよ」
「残る二天王がブルーベリー学園を代表するのはさすがに危険じゃないかな」
「そしたらブルーベリー学園にダブルバトルの対抗戦を挑むから」
「トドメの一撃が欲しいんじゃないんだよ」
確かにシアノ先生の言う通り、学園最強の肩書きを持つカキツバタが自身の専門分野であるダブルバトルで敗北したのは宜しくなかったのかもしれない。オモダカさんを基準にした格付けにおいて、ブルーベリー学園はアカデミー以下であるのが明白となったからだ。
しかしそんなシアノ先生の期待に応えるとなると、俺の役割はカキツバタの尻拭いになる訳か。なんで俺があんな男の尻から出てきた歯磨き粉を掃除してやらなきゃならないんだ。介護士じゃねえんだぞ。
適当にオモダカさんと戦って『ドドゲザンにやられてしまったぁーよぃ!』って叫ぶのが目的だったのに。ついでに俺からの興味を失わせつつ、残る日数で観光を楽しみながらナッペ山でタロへの愛を叫ぶショート動画を撮ったり、ナンジャモの配信に凸とかしたかったのに……。
「見せようかなーって思ったんだよねー。ブルーベリー学園の誇る最強戦力を、さ」
「シアノ先生がオモダカさん自慢のチャンピオンクラス達をボコボコにするって話?」
「学生の表舞台に僕が参加したらみっともないでしょ」
「大人の好奇心や見栄に俺が付き合わされてんのは良いのかよ」
「僕は校長、君は生徒だし。……まぁそんな難しく考えずにさ、ブルーベリー学園もチャンピオンクラスに匹敵するってところを見せてくれれば良いんだよ!」
「本来ならカキツバタが汚名挽回する所じゃないの?」
「名誉挽回ね」
「挽回する名誉は無いでしょ」
「じゃあせめて汚名返上してよ」
「固有名詞を返上するのはちょっと……」
「文字通り汚名──ってそう言うのは良いから。校長にそんな差別的な発言を言わせないでよ」
さすが頭の回転が速い人の言葉選びは秀逸だ。特にカキツバタと言う固有名詞が汚名と言う点が素晴らしい。
天才的だな。言語学の授業でも取り上げて差し上げるべき固有名詞だ。
「確かにカルちゃんの言う通りだけどさ、パルデア地方でのバトルならシングルバトルが基本でしょー? カキツバタ君の実力を疑う訳じゃないけど、シングルバトルとなれば勝手が違い過ぎるし、在学中じゃ感覚が鈍ってると思うから。その点、カルちゃんは普段から本気で戦わないし関係無いよね」
「いやこの前カキツバタと本気で戦ったぞ」
「じゃあその前に本気で戦ったのはいつかなー?」
「……本気でポケモンバトルする時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか……救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」
「いや何の話をしてるの?」
ポケモンバトルをする時の心の在り方についてだよ。
しかしやる気は無いにしても、シアノ先生が困ってるとなれば力になってあげたい所である。これでも約束はしっかりと守るし義理を重んじるタイプなのだ。ここは一肌脱いで男を上げるのも吝かでは無い。
「良いぜ、このカルサイト様がブルーベリー学園代表生として、チャンピオンランク共をボコボコにしてやんよ」
「一体どう言う心変わりなのかな……?」
「試合形式はボクシングか?」
「ポケモンバトルね?」
「空手でも行けるぜ」
「ポケモンバトルだからね?」
生身で決着を着けた方が早いと思うんだが、シアノ先生は納得してくれないようだった。
「別にカルちゃんだってバトルは好きでしょ?」
「まぁ好きだけどさぁ……それは飽くまで俺の食指が動いた時の話であって、しがらみは嫌いなんだよ。それに難易度高過ぎだし責任重すぎだし。負けたらどうすんの?」
「そしたらアカデミーよりも劣ってるって認めるしかないねー。でも大丈夫! カルちゃんは僕の認めた天才だからね!」
「もっと難易度に見合ったやる気を出す追加のご褒美をさぁ……」
「……カルくんの言ってたスカート型の制服導入を正式に進めるのでどうかな?」
「全部俺に任せておけ。3タテして新チャンピオンになってやんよ」
おいおいおいおい、ついに来たな。俺とタロのラブコメちょっとえっちなパンチラシーンもあるよ系学園生活が。そうと決まれば本気を出さざるを得ない。封印されし実力を全解放する時が来た。
全てはタロのパンチラを拝む為に。スカート型の制服は俺が卒業するまでに実現する事を願うぞ。
「まず1人目はバクオングのばくおんぱで鼓膜を破壊して主導権を奪う。2人目はフラッシュを打ちまくって光過敏性発作を誘引させてKO」
「悪の組織でもそんな戦い方はしないんじゃないかな」
「オモダカさんにはマスターボールを投げて3タテだな」
そして俺はパルデアの王へと君臨し、ジムリーダーはインナー姿で過ごす事を強要するんだ。更にアカデミーを俺の居城として改装し、タロを姫として娶る。
鉱山王になれなかった場合の俺の人生設計。完璧過ぎるな……。
「頼むから普通のポケモンバトルで勝って欲しいね」
「まぁ……真面目な話、なんとかなるんじゃねえの。この前のカキツバタ戦のオモダカさんを見た感じでしかないけど、シンオウ地方にいた頃のシロナと比較したら結構な実力差がありそうだしな」
当時の感覚でしかないけれど、シロナってチャンピオンの中でも頭一つ抜けてるイメージがあるし。ガラル地方の歴代チャンピオンも大概の強さらしいが、空間や時空を操る伝説級のポケモンを使う相手に、嬉々として戦ってメキメキと腕を上げたシロナの強さを越える事はないと思う。
「え、何? カルちゃんってシロナさんと知り合いなの?」
……あ?
「何言ってんの? 俺みたいなクソザココイキングなパンピーがシロナさんの知り合いな訳ないだろ」
「ついさっきシロナって……」
「さっきはさっき、今は今……だろ?」
「その話は全く関係無いと思うんだけど」
「……俺はね、つまんねー過去を詮索されるのが大嫌いだからシンオウ地方の人間関係を公にしないし口に出さないの。超絶天才イケメンの秘密となれば絶対嗅ぎ回る人がいるでしょ? オモダカさんとか、シアノ先生みたいな」
「超絶天才イケメン……?」
「別に盗聴も悪口もタロを庇って刺されても気にしないけど、過去を詮索するのはNGだから。関わった人にも迷惑が掛かるし。そもそも意味の無い過去を見るくらいなら才気溢れる今の俺を見ろってな!」
「刺される方が上なのは中々なタブーだねー……」
そりゃあタロを庇って刺されたとなればそれはもう主人公のムーブそのものであり、タロがヒロインである事が明白。『生きてて良かった……!』なんて言われながらベッドの上で抱き合ってキスをするシーンが必然的に生まれる訳だ。辛抱たまらんぜ!
尚、死ぬことは考慮しないとする。
しかし俺の珍しく真面目な反応に懲りたのだろう。いつもなら容赦なく詰問してくるシアノ先生も諦めたように肩を竦めた。
「……分かった。そこまで嫌がるなら僕も聞いてない事にするから。……うん、忘れたよ」
「認知症? 初期症状のうちに対策した方が良いらしいから気を付けてな」
「僕は君の脳の方が心配だよ」
何言ってんだ。類い稀な天才的頭脳に心配は不要だぜ?
「ま、いっか。僕としてはチャンピオンクラスから勝利をもぎ取って、ブルーベリー学園の生徒も負けてないって事を証明してくれればそれで満足だからねー」
「あー……でも新チャンピオンは厳しいかもしれない」
「カルくんにしては珍しく弱気じゃないの!」
「……たまにいるんだよ。天命って言うか、ポケモンに愛される星の元に生まれてきたような存在が。神話や伝承でしか聞いた事のないようなポケモンを当たり前のように使う人ならざる怪物。ポケモンに性能差があり過ぎて、俺の編み出した戦略ごと叩き潰すし。最早天災だっての」
「さ、最近の若い子は凄いね。……ちなみにそう言った子との戦績は?」
「負け越してるよ」
「ブルーベリー学園の廃校も近いね……」
いやさすがに学園の存亡を掛ける戦いじゃねえだろ。それに負け続けてたのも最初だけだから対策出来れば何とかなるって、多分。きっと。手加減してくれれば。
……あぁ嫌だ。笑顔で『あくうせつだん』や『ときのほうこう』を連打する頭のおかしいトレーナーを思い出す。空間を切り取るなんて本当にポケモンが死んでしまう。止めてくれ、ヒカリ。意地の悪い戦略を取った俺が悪かった。
そう言うのはシロナに向けて使って欲しい。とても喜んでるからさ。
でもそんな超人が何人もいてたまるかっての。さすがにアカデミーにはいねえだろ。……いねえよな?
とりあえずどうなるかなんてアカデミーに着いてからしか分からないが……まぁシアノ先生に恩義に報いる為にもちょっと頑張ろうかなぁと思ったカルサイト君でした。
めでたしめでたし。
☆ ☆ ☆
「さ、テーブルシティに着いたよー」
「まだめでたくねえよ」
「え、何の話?」
「こっちの話」
飛行機に乗せられて空飛ぶタクシーに乗せられて交通機関を利用して海越え山越え。
随分と長い事移動して何とか目的地の町であるテーブルシティへと到着する。
あれがアカデミーかぁ……すげえなぁ。
大半が海中に存在するブルーベリー学園とは違って街と一体化した巨大な校舎。まだ街の入口とは言え、どこか古びた様子は趣きや味わいを感じさせる。由緒ある歴史を重ねて来た学園である事を示唆していると言えた。
「さぁ、頑張らないとな」
「タロちゃんの為に?」
「違うっての。シアノ先生への恩義が1割。タロのスカート姿を拝む為が9割だ」
「合ってるじゃないの!」
いやいや、1割も不純物が混じってたらそれはもう違う物だろ。カキツバタの中にアカマツ君が1割混じってみろよ。もう目も当てられない怪物の誕生だぞ。
適当な雑談を交わしながらクソ長い階段をシアノ先生と登る。アカデミーに近づくにつれて特徴あるオレンジのストライプ柄のパンツを履く人達が増えてきているのは、それが指定の制服だからなのだろうか。
「しかしうちの学校と言い……ダサいな」
「そんな事言わないでよ。伝統ある服装だし機能性は一級品なんだって」
「目立つし学生って一目で分かるけど……もうちょっと現代に合わせて、制服に惹かれるくらいのセンスは欲しいところでしょ。……むしろそれを全面に押し出せばアカデミーよりもブルーベリー学園を選ぶ新入生も増えるんじゃないの?」
なんかこう……もうちょっと何とかならんのかってラインギリギリを敢えて行くようなダサさなのが絶妙過ぎる。
「費用対効果が未知数なのがねー。それにうちは緩い校則で自由な服装を黙認してるから」
「ちゃんと制服着てる優等生に対して言う事か?」
「カルちゃんの着てるその黒いコートとスラックスは制服じゃないからね。て言うかいつも思ってるけど身長も相俟って傍から見たら学生に見えないよ?」
「残念。この革靴もだ。実はこれコネにコネを重ねて特注依頼した製品で、運動用途も兼ね備えてる優れ物でだな。この土踏まずと甲の部分に特殊材質のゴムを使用してて──」
「……ヤーコンさんの件と言い、君のその行動力には本当に感心するよ」
「ブティックに行ってタロのお土産も買わないとな!」
ブルーベリー学園にいると金なら腐るほど余るしな! 足りなくなっても隣にいる金の成る木を揺らせばボタボタと落ちてくるし! なんたってブルーベリー学園を経営する規格外のおっさんだからな! プライベートジェット機も持ってるくらいだもの!
て言うか長過ぎだろこの階段。いつまで経っても校舎に着く気がしねえんだけど。
段々とイライラしてきたのでどんな状況かと思い、ふと振り返る。
するとどうでしょう。驚くほどテーブルシティが遥か下方に見えるではありませんか。
よくよく考えると、階段って転落したらスマホロトムの落下防止なんて機能せずに即死なんじゃないのか? 怖すぎる。俺はイシツブテと違って『ラッシャイ!』なんて言いながら坂を転がれる精神力と肉体を持ち合わせていない。
悪ふざけて肩を押されたら一瞬で挽肉の出来上がりだろう。
「……ポケモンライドして駆け上がった方が良かったんじゃないの?」
「まぁまぁ。アカデミー名物、地獄の階段だからねー。最初くらいは歩いて登ろうじゃないの!」
「登り切ったら第二の関門、地獄の釜茹でだっけ?」
「それ死ぬからね」
死ぬのか……アカデミー生の身体は頑丈なんだな……。
そうして愚痴を口にしながらもコツコツと靴音を鳴らして歩き続ける。暑さも相俟って不快さを感じるように汗が出始めた頃、ようやく開けた場所へと到達した。
眼前に広がるのは見上げるほどの大きさを誇る校舎。いやはや……下から見た通りとは言え圧巻だな。
「じゃーん! これが僕達の姉妹校、オレンジアカデミーだよ!」
「フン、オレさまのネジ山に比べたら犬小屋だぜ」
「ヤーコンさんへの風評被害が凄いよ」
「でもまぁ……悪くはねえな」
「あ、それは言いそうだね」
「ヤーコンさんってさ、漫画で流行ってるツンデレって奴の元祖だと思うんだよな」
「そう言うカルチャーには疎い僕でも絶対違うって言い切れるよ」
そうかなぁ、的を射てると思ったんだけど。ツンデレ美少女なんて言葉はヤーコンさんの女体化を指してるとしか思えないし。
あの素敵なもみあげも目を極限まで細めて見れば縦ロールみたいなもんだろ。
つまりツンデレ系お嬢様=ヤーコンさんって事になる。
だがフリフリドレスを着たヤーコンさんが脳裏によぎった瞬間、俺の脳は考えるのを止めた。心に癒す事の叶わない後遺症が残る恐れがあったからだった。
恐るべしヤーコンさん。やはり侮れないお方だ……。
そうして2人でアカデミーを見上げていると、正面の入口から学生が出てくる。男子が1人に対して女子が3人と、ハーレム状態で女を侍らせてるとは見事なヤリチン野郎だった。
片目を隠すロン毛と言う特徴はあるものの、特筆してイケメンと言う訳では無い。そう考えるときっと彼は『意中の女の子を一撃必殺。モテる男が教えるナンパ術』の愛読者なのだろう。
チリちゃんには何一つ効果は無かったと言うのにこの差はなんなのか。俺にとって許し難い光景だったのは言うまでもない。
とは言え本命はタロのみ。飽くまで絶世の美形である俺が口説けない事実が許し難いのであって、ハーレムを作りたい訳では無い。
ゼイユとネリネをセットで扱うだけであの滅茶苦茶っぷりだぞ。ハーレムとか人間には無理だろ。
そんな事を考えつつ、そのままちらりと女性陣へと視線を向けた。
「あ」
やっべ、思わず声が漏れたわ。
仲良く談笑しながら歩いていた4人組が、俺の声に反応して視線を向けてくる。私服の眼鏡っ娘については誰なのか分からんが、残りの2人には見覚えがあった。
見覚えがあったと言うか、散々話題になってるし。
パルデアの誇る、学生でありながらチャンピオンクラスに到達した、たった2人の類い稀ちゃん達である。
ならチャンピオン達を侍らしてるこの男は一体……?
真のラスボスはこっちじゃないのか……?
「……うん」
ポニーテールに髪を纏めた、そばかすが特徴的な少女──チャンピオンクラスのネモがじっとこちらを見つめている。正確には俺とシアノ先生を交互に眺めながら、であるが。
そんな彼女は静かに頷いて言葉を漏らす。
「95点……!」
ボソリと小さな声で言ってるけど、ちょっと意味が分からなかったので聞こえなかった事にした。多分触れちゃいけないやつだと思う。俺はシアノ先生の袖を軽く引いてそそくさと立ち去ろうと決意する。
三つ編みで髪を纏めている新チャンピオンのアオイも口をポカーンと開けて固まってるし。
こんな早々にエンカウントバトルしてたまるかよ。俺はピッピにんぎょうを使うぜ!
バイビー! チャンピオン共! 作戦が決まったら戦おうな!
そうグリーンさんの黒歴史に肩を並べる発言を心を秘めながら歩き出した瞬間であった。何食わぬ顔で去ろうとしてる俺の腕が勢い良く引っ張られてよろけてしまう。
なんだ? あの有名なレッドさんでも『バイビー』に唖然としててグリーンさんを止められなかったって言ってたのに……まさかクレイジーバトラーとして名を馳せているチャンピオンのネモがポケモンバトルを挑んできたのか?
目と目が合っちゃったからな……でも時期尚早だからシアノ先生にぶん投げるか……。
フーディンがドン引きするレベルで思考能力を高めた俺は、バックアタックに備えるようにして振り返る。
するとそこには獲物を捉えて舌なめずりをするネモ──では無く、歓喜や興奮を隠し切れない様子の新チャンピオンであるアオイが俺の目の前に立っていた。
「あの、その……! な、なな……」
「ナナカマド博士?」
「だ、誰の事ですか……?」
誰って。小さい子供が大好きなロリコンで、ヒカリや幼少期のシロナにポケモン図鑑を渡してハァハァしてた変態さんだよ。
俺は間接的にしか喋ったことないけど、間違いなく変態さんだよ。
大きく息を吸って吐き出したアオイがキリッとした表情をして見上げてくる。めちゃくちゃ意志の強そうな子だなぁ──なんて思いながら眺めていると、意を決したような力を瞳に宿しながら、アオイは口を開いた。
「な、名前を教えて貰っても良いですか!?」
……どうやらめんどくさい事に巻き込まれる、そんな予感がしたのだった。