「ねね、カル先輩! 聞きたい事があるんだけど!」
リーグ部でタロとソファに座りながら対カキツバタの戦い方をアドバイスしていると、意気揚々とアカマツ君が話し掛けてくる。
カキツバタに対して勝ち筋がまったく見えないタロがプライドを捨てて俺に尋ねてきてた所なのに。相変わらず空気が読めない男であった。
討論が白熱したせいで喉を酷使したのだろう。タロは俺へと視線を向けながら喉を潤す為に飲み物を口にする。
「タロ先輩と抱き合ってたって本当?」
「ぶふっ」
お前本当に空気読めないやつだな。
タイミング悪過ぎてタロが飲み物を吹き出してるし。思いっきり俺のコートに掛かったんだけど。
「ご、ご、ごめんね!」
「ん? 今何でもするって……?」
「言ってません! ……で、でも高いコートだったよね?」
「タロの体液付きって付加価値がより高価な──」
「すぐにクリーニングに出すね」
急に真顔になったタロの手によって、無理矢理コートを脱がされてしまう。まるで帰宅した旦那の上着を脱がせるお嫁さんだ。ちょっと不慣れな感じの手つきがキュンと来る。
おいおい、こんなところで新婚さんごっこなんて、さすがの俺でも恥ずかしいぜ?
「……タロ先輩の反応からしてやっぱりそうなの?」
「え、タロとカルくんが……?」
「する訳ないですし、なんでカルくんがそっち側なんですか!?」
そりゃあ弄られる側より弄る側の方が楽しいし。
「……誰からその話を聞いたんですか?」
「タロ先輩の友達のトモ先輩から」
「……あの子はもう……!」
誰の事だか分からないけど、多分あの時覗いてきた友達な気がする。て言うか頭を抱えて唸ってるタロの反応的に間違いなくそう。
「あれは倒れそうになったわたしをカルくんが受け止めてくれただけだから。……そうだよね?」
「あの時の熱い抱擁……今でも忘れはしないさ……」
「ちょっと!?」
「満天の星々の下で愛を誓いあったあの瞬間……」
「昼間な上に誓ってもないからね!?」
「なーんだ、そんな理由なのか! てっきり先輩達が付き合い始めたのかと思ったよ!」
なぁアカマツ君。お前が単純でタロの言葉をすぐに信じるのはいつもの事だけどよ、なんで俺の言葉を一切考慮してないんだよ。
もうちょっと大先輩の言う事を聞いた方が良いんじゃないの? リスペクトとかさぁ……あるだろ?
「そ、そうそう! 勘違いで噂されちゃうのは良くないと思うから他言無用でね! ……じゃあわたしはクリーニングに出してきます!」
そう言ってタロはそそくさとリーグ部を立ち去って姿を消した。絶対に逃亡目的だろ。凄い目が泳いでたし。
そして残された俺とアカマツ君。せっかくタロと楽しくお話していたと言うのにこんな状況になるなんて。一体俺が何をしたって言うんだよ。
だが脳天気なアカマツ君。タロの異変に気が付いた様子は無く、静かに頷いて納得の表情を見せていた。
「勘違いならカル先輩が教えてくれれば良かったのに!」
「今聞かれた上に答えてもシカトされてんだけど」
「……あ、ファンクラブへの報告も訂正しておかないと!」
「おい待て」
事実確認も取らずにファンクラブへの報告ってどう言う神経してんだよ。俺を殺す気か?
その言葉を受けてスマホロトムを取り出して起動する。そしてファンクラブ活動用のグループチャットを開いて確認するとあらびっくり。
まるで子供が書き込んでいるような、語彙力の乏しい罵詈雑言が並んでいた。
「ひでえなこれ。アカマツ君の『タロ先輩とカル先輩が抱き合ってたとの情報有!』以降、ほぼ『死ね』しか書かれてないじゃん」
「他の人が言うにはカル先輩には褒め言葉みたいなもんだって言ってたけど……」
「嫉妬の表れだと思えば間違いでは無いが」
まぁそんな事を気にするほど小さい人間じゃないからどうでも良いとして。なるほど。タロと話してると周囲から鋭い視線が飛んでくるなぁと思っていたが、そんな理由があったのか。
さすがに鬱陶しさもあるし、タロへ迷惑が掛かる可能性を考慮すれば、早目に対処しておきたいところ。そんな事を考えている内にアカマツ君から追加のチャットが送られてくる。
『ごめん! さっきのはオレの勘違いだったみたい!』
『俺は会長を信じてた。会長はそんな人じゃないって』
『俺も信じてた。タロちゃんの写真を配布してくれる神様は裏切らないって』
『そうだよな! 良い雰囲気になっても身から出た錆でぶち壊すのがカルサイトだからな!』
うーん、見事な掌返しだ。純朴なアカマツ君の言葉だけあって誰も疑わずに信じてくれる。多分俺が弁明してもボロクソに言われて終わるのに。不思議なものであった。
しかしアカマツ君の迅速な対応のおかげで大きな問題に発展せずに済んだな。
──とでも言うと思ったか?
事の発端はアカマツ君である事を俺は決して見逃しはしない。目には目を歯には歯を。やられたら徹底的にやり返すのが俺の流儀。アカマツ君、悪く思うなよ。タロとの時間をふいにしたお前を許す訳にはいかない。
俺はパパパッとスマホロトムを操作して素早く文字を入力し、一石を投じた。
『速報だ。アカマツ君がタロと2人きりで料理を作り、勉強していたとの情報が入った』
『死ね』『死ね』『死ね』
「ちょ! カル先輩!?」
「良かったな。俺と同じくらい褒められてるぞ」
「オレにとっては褒め言葉じゃないんだけど!?」
まぁそう言うなって。後輩として可愛がられてる証拠だと思う。きっと。
『ちょっと待ってよ! それはタロ先輩がカル先輩に手料理を振る舞うって言うから教えてただけだぞ!』
『流れが変わったな』
『それとこれは話が別だろ』
『2人とも調子に乗り過ぎだろ』
「アカマツ君のおかげでチャットが盛り上がってきたな」
「なんかオレまで責められてんだけど……」
「俺のタロに可愛がられてる奴が無傷で済むと思うなよ?」
「いやカル先輩のじゃないでしょ」
覚えておくといい。男の嫉妬は根強くて醜いんだ。
しかし盛り上がり過ぎてチャットの通知音が止まない。さすがに鬱陶しさを感じてきたので通知を切って俺はスマホロトムをしまった。
止まらない通知と罵詈雑言にアカマツ君は落ち着かないようで、平然としている俺を見て有り得ないようなものを見た顔をする。
「好き放題言われてるのにカル先輩は気にならないの?」
「良いか? ブルーベリー学園に存在する男子生徒ってのは大きく分けて2種類いる。それはタロのパーソナルスペースに入る権利を持つか持たないか」
「パーフェクトスペシャル?」
「パーソナルスペースな」
それとパーフェクトスペシャルは俺の二つ名だ。今決めた。
「まぁ要は……不快に思う距離感の壁って事だな」
「タロ先輩はリフレクターでも使うって事?」
「あながち間違ってないのが何とも言えない」
「すげー……」
本気で感心するところじゃねえけど。
「タロのパーソナルスペースはかなり広いから、よほどの事が無ければ近くによる事さえ叶わないだろう。特に人影のないところになればなるほどその効果は顕著に現れる」
「でっかいリフレクターって事ね!」
「でもそのパーソナルスペースに入り込む事の出来る人物が数人いる。……例えばアカマツ君とカキツバタ。意味も無く隣に立つのは避けられると思うが、2人きりで会って会話をする程度なら特に警戒もされないだろう」
「あー、確かにそうだね!」
「そしてその頂点が俺。私室で2人きりになる事さえ許された恋人のような存在。つまり殿堂入りだ」
「でもそれってカル先輩が手を出さないヘタレな上に脈無しだから会ってるって可能性もあるよね?」
「黙れフライパン。そう言う時だけ知能指数が上がるんじゃない」
「フライパン!?」
恋愛なんてものを全く知らなかった純朴なアカマツ君がどうしてこんなに擦れてしまったのか。俺を慕っていればピュアなままで居られた筈なのに……。
多分ファンクラブの面々のせいだろう。アイツら人の皮を被った悪意の塊だ。汚染は避けられなかったか。
「そう言った極僅かな人物を除けば、この学園における大半の男子学生はタロとのコミュニケーションなんて、せいぜい日常会話をする程度の関係しか築けていないんだよ。1年初旬の頃の初心なタロならまだしも、俺の執拗な追っ掛けで鍛えられたタロが相手じゃ、最終兵器ヤーコンさんの名前を引き出す事さえ不可能だろうな」
「確かにタロ先輩はガードが硬いって言われてるけど、そこまでかなぁ……?」
「アカマツ君だってタロと出掛けた事なんて無いだろ?」
「あるよ?」
「ここで死ぬか殺されるか、選ぶと良い」
「い、いやいやいや! 他にも人はいたから!」
「あまり数が多いと事件になりそうだな……」
「しっとのほのおが強火で燃えすぎじゃないの!?」
冗談だよ。さすがに命までは取らない。ちょっとばかりお話をしたいだけだ。
「つまりだ。俺がファンクラブを作ってなかったら、大半の男子学生はタロの写真を手に入れる事さえ叶わないんだよ。しかも定期的に配布されるんだぞ。泣きながら感謝するべきであって暴言を吐くのは論外だろ。そんな馬鹿を相手にすれば自分の格が下がる。気にするだけ無駄だ」
「そう簡単に割り切れないのが普通だと思うんだけどなぁ……でもタロ先輩もよく写真を配布する事を許したよね」
「何でもかんでも拒否して取り上げたら暴走に発展しかねないから、程よく餌を上げる事で鬱陶しい男子の統率が取れると提案したら快く引き受けてくれたぞ」
「……なんかそう言うタロ先輩の本音を聞くと、申し訳ないって言うか、見ちゃいけない部分を見た気分になるかも」
「子供に向かってサンタはいないって告げる感じだな」
「え? サンタさんはいるよ?」
…………。
そっか……。そうだな……。
アカマツ君はアカマツ君のままでいてくれ……。
「……まぁ元々タロに纏わり付く男達の受け皿と緩衝材の役割の為に作ったファンクラブだ。拗らせたり逆恨みしたりってのを俺に向けさせるのが元来の目的なんだから好きに言わせておけば良いんだよ。タロの身が安全なら俺はそれで満足だからな」
「……あれ、カル先輩がカッコイイ事言ってる……?」
「良いかアカマツ君。男ってのは背中で語るんだぜ?」
「オレは背中に口なんて無いけど」
「俺もねえよ。クチートじゃねえんだから」
本気で言ってんのかふざけてんのか分からん。俺と同じだな。
「でもそう考えるとちょっと許せないぞ! カル先輩はこんなにもタロ先輩の事を考えて行動してるのに、会員が好き放題言ってるなんて!」
「お前が始めた物語だろ」
「……? そうだっけ?」
「そうだよ。お前がめちゃくちゃにした物語だ」
「……へへ、何だかそう言われるとオレが主人公みたいだね!」
「第1話! アカマツ君、留年確定!」
「そんなカキツバタ先輩みたいな扱い嫌だよ!?」
「でも成績だけで言えばカキツバタよりもアカマツ君の方がリアルだし」
「ひ、酷いよ!」
真実とはいつも残酷なものだが、なにより酷いのはアカマツ君の頭の方だと思う。
直感的でもバトル脳はそれなりに高い指数を叩き出すんだから、コツさえ掴めば勉強も出来ると思うんだが……でもそこがアカマツ君らしさだしそのままでいて欲しい。
「じゃあ主人公、この物語を早く終わらせてくれよ」
「あいよー! 任せて!」
そうして意気揚々と返事をしたアカマツ君がスマホロトムを操作し始める。
まぁ間違いなく碌でもない事なんだろうし、俺も碌でもない事を期待して任せている。なにせ善意でフルスロットルの俺を超越するポテンシャルの持ち主なのだ。こんな面白いやつはゼイユを除けば他にいないだろう。
俺はその手腕を確認する為にスマホロトムを取り出して視界に入れた。
『ねえ、みんな! まずはタロ先輩のパーソナルスペース? とか言うのに入ってからカル先輩に文句を言いなよ!』
うーん、強火過ぎる。
熱い男の名に恥じない強力な火の玉ストレートだよ。
俺が思わず目を丸くしていると、不思議そうな表情をしたアカマツ君がこちらを見ていた。
「あれ、そう言う話じゃなかったの?」
「そういう話だけどよ……オブラートに包むってこと知らねえの? いくら俺でもそこまで言わないぞ」
「……? ビブラートに包むとどうなるの?」
「声が震える」
わざと間違えてんじゃねえのかな、こいつ。
「ってそうじゃなくてだな。直接的な表現じゃなくてもっと優しい言い方で言ってやれよ」
「でもちゃんと言った方が伝わるよ!」
「バカにバカって言うのは良くない事だろ?」
「カル先輩に良く言われてるんだけど!?」
「確かにその通りだったな。じゃあ良いわ」
間違っていたのは俺だったらしい。先輩の背中をよく見ていて何よりだ。
しかしアカマツ君がブーバーンの名に恥じない大炎上をかましてくれたおかげで、グループチャットは目も当てられない大惨事になってる。殺害予告まで出ててクソウケるんだけど。
過去にあったストーカー被害の経緯から、俺の進言でシアノ先生もチャットを閲覧してる事を知らないのだろう。随分と調子に乗ってんな。
後で学園から課題や補習の懲罰を食らって泣き叫ぶと良い。
とりあえずチャットの流れがめちゃめちゃ早いから、タロちゃんハスハスって送っとこ。誰も気付かんだろ。
「じゃあ俺は逃げるから後よろしく」
「え……に、逃げるってどう言う事!?」
「見ろよ。リーグ部にいるファンクラブのやつの目。多分、仲間を呼んで身柄を確保されるぞ」
まぁリーグ部の趣旨はポケモンバトルだから部室に残ってる人は極僅かだけど。普段は仕事してる四天王と俺くらいしかいないくらいだし。
そんな極僅かな内の1人がタロのファンクラブ会員だったのだろう。それはもう恐ろしい程に血走った目でこちらを見ながらスマホロトムを触っている。
「うわ、やば……」
「てことで。じゃあな!」
「ま、待ってよ! オレも逃げる!」
スタコラサッサと。人目のつかないところまでなぁ!
☆ ☆ ☆
「さっむ……」
「なんでこんな所に来たの……?」
「それはオイラが聞きてえよ」
極寒の大地ポーラエリア。好んでくる奴等が皆無なスクエアへと逃げた俺とアカマツ君は、偶然にもカキツバタと遭遇する。
リーグ部にいないと思ったら、どうやらブリジュラスのメタリックなボディを洗っていたらしい。椅子に座っていないなんて激レアな光景じゃないのだろうか。
「いつものコートはどうしたんよ?」
「タロが『カルくんの匂いに包まれていたい』なんてデレるもんだから貸した」
「ぜってーちげえな」
「タロ先輩が飲み物吹き出しちゃってクリーニングに出したんだよ!」
「俺はタロに包まれていたいからそのままで良いって言ったんだけどな……」
「さすがにその趣味は理解出来ないねぃ……」
趣味じゃねえよ。タロだから受け入れるってだけの話だよ。
まるで汚物を見つめるような視線に苛立ちを感じつつ、俺は設置されている既存の椅子へと座って足を組んだ。
「そう言えばまたタロとバトルしたらしいな」
「お、耳が早いこって。なんか最近のタロ、妙に拘ってんだよなー」
「ライバル視してるお前がオモダカさんに完敗したからだろ。情けない姿を見せやがって」
「え、カキツバタ先輩負けてたの!? オレでもチリさんに勝てたから余裕かと思ったのに!」
「チリちゃんなっさけねーなぁ!」
「そっち!?」
そりゃあ地方の四天王とブルベリーグ四天王じゃ格が違う。将来性を踏まえた才能は匹敵するかもしれないが、経験や責務は雲泥の差だろう。
まぁ確かにダブルバトルに求められる技術はシングルバトルの比では無い。変化し続けるバトルコートの状況を把握しながら、相性やコンビネーションを考慮しつつ、2匹同時にポケモンの行動を指示する必要がある。しかも上位となれば相手のポケモン達の行動すら計算に入れなければならない。
シングルバトルを同時にやった方が楽なんじゃねーのって思う。
だからシングルに比べてダブルバトルの競技人口は少ないんだろうけど。
でもチリちゃんさぁ……。幾ら不慣れなダブルバトルとは言え、アカマツ君くらいにはさぁ……。ポケモン達の連携の経験や適性もあるだろうけどさぁ……。
後でアカマツ君がパルデア四天王に勝ったとイキり散らしてたってチリちゃんにメッセしとこ。
「でも実際トップチャンピオンは別格だったぜぃ? あんなつえー人は数えるほどしか会った事ねえよ」
「俺とかな」
「……まぁ否定はしねえよ」
「あとそこにいるクマシュンとか」
「随分ハードル下がってんな?」
そうか? 嫌いな相手には鼻水なすりつけるんだぞ。精神攻撃としては中々優秀だと思うが。
多分バトル中にやられたら俺なら萎えて帰ると思うし。
「カル先輩って強いって聞くけどオレ戦った事無いんだよね。カキツバタ先輩から見てどんなもんなの?」
「んー、カルサイトは特殊っつーか。徹底的に相手を翻弄して実力を削ぎ落とす戦いからだかんなー。比較がちぃっと難しい」
「えー、めんどくさ。変化技を好んで使うってこと?」
「おい、誰に向かってめんどくさって言ってんだよ」
「変化技を好む訳でも特別なポケモンを使う訳でも無いぜぃ。……ただ巧いんだよ。流れを支配するのが」
「『たぎれ竜の血。全てを支配しろぃ』」
「素面で言われるのはきっついねぃ」
「ぐああぁ、ドドゲザンにやられてしまったぁーよぃ!」
「殴って良いよな?」
「カキツバタ先輩の怒ってる顔、初めて見たよ……」
「まぁそう怒んなって、悪かった。だがこれが場を支配するという事だ」
物真似は怒らない癖にオモダカさんに負けた事めちゃくちゃ尾を引いてんな。ちょっと可哀想になったから謝っとこ。
そんな俺の様子を見て冷静になったのか、カキツバタも少しだけバツが悪そうに頭を掻いて話題を変える。
「……例えばアカマツの場合、ポケモンに指示を出す時はどうするよ?」
「気合を入れて名前を呼んで技名を叫ぶ!」
「それが普通だよな。大半のトレーナーはそうすんだよ。でもキョーダイの場合、状況に応じて無言のままポケモンが技を出したり、何だったら言葉にした指示とは異なる行動をしたりすんだよねぃ」
「カル先輩のポケモンは言う事聞かないの?」
「それだとトレーナー以前の問題じゃねえか」
ジムバッジを持ってない素人か何かだと思ってんのか?
「あのな、俺達トレーナーが指示する言葉はポケモンにも伝わるが、当然相手のトレーナーにも伝わっている。大半のポケモントレーナーならばその言葉が聞こえたところで即座に対応出来ないから問題無いが……トップクラスとなれば経験と頭の回転の早さから、相手の指示を聞いて即座に最適解を導き出す。つまり、相手が何をしてくるのかが分かるから問題集を解く感覚で戦える訳だ」
「……そんな事出来るの?」
「例えばブルーベリー学園でも良く見かける光景として『回避しろ』だの『避けつつ攻撃』だのあるだろ。あれだって相手の指示やポケモンを見たり聞いたりして反射的に口にしてる。低次元な駆け引きだと思えば同じだ」
「て、低次元って……」
少し引き気味のアカマツ君だけど駆け引きの観点で見れば低次元なんだから仕方が無い。必要な事だとは思うけどな。
相手の動きを読み合って回避しつつド派手な技がぶつかり合う──なんて事が起きるのもトップクラス同士の戦いだからこそ。テレビ受けは間違いなく良いけど、そもそも読まれる事がナンセンスだと俺は思っている。
「ま、実際トレーナーの中で時間短縮と暗号化を兼ねた指示をしてる人もいるからねぃ。生き方は間違ってんのにカルサイトの手法は間違ってないんだよな」
「読まれて三流、隠せて二流、欺いて一流。そして弄んでこその超一流だぜ?」
「弄ぶのはスポーツマンシップの欠片もねーなぁ……」
スポーツマンシップで飯が食えるかよ。ルールの範囲内で勝てば良いのさ、勝てば。
「心理戦の技量を磨く事は大事だぞ。もしお互いの読み合いが同レベルになれば、後はポケモンの技の出力や個体の性能、相性だけで簡単に決まっちまうだろ。……そりゃあ強い個体に育つドラゴン使いは強くて当たり前だよなー」
「あれ、ツバっさんナチュラルにディスられてね?」
「つまりカキツバタ先輩は読み合いに長けた人に勝てないって事だね!」
「めちゃくちゃディスられてんな」
「キョーダイに似てきてんねぃ……」
その言葉は俺をディスってるけどな?
まぁ実際読み合いに弱かったらタロに勝てないだろうし、カキツバタは十分に強者の部類だよ。オモダカさんが化け物じみてるだけ。実際デンジュモクだし。
「カル先輩が読み合いに長けてるから強いのは分かったけど……じゃあどうやってポケモンに指示を出してるの?」
「ポケモン語を話してる。教えて欲しいか?」
「え、良いの!?」
「ぱるぱるぅ! るなーん!」
「ぜってーふざけてんだろ」
「いやマジだって。俺はポケモン語話せないけど」
「じゃあ嘘じゃん!」
鳴き声は嘘じゃないのに……酷い……信じてよ……。
「つっても上澄みの上澄みは楽しそうにポケモンバトルをしてるだけで馬鹿げた強さだったりするからなぁ。飽くまで俺の戦い方だし好きにやれば良いと思うぞ」
「でもオレも頭を使って戦ってみたいよ!」
「アイアンヘッドのわざマシンならあげるぞ」
「ゴツゴツメットなら余ってるぜぃ」
「…………? 関係あるの?」
俺とカキツバタの皮肉が伝わらない辺り、アカマツ君が頭を使って戦うのは無理だと思う。
君は君のままに直感で戦った方が強いんじゃないかな。実際それでブルベリーグ四天王になれてるんだし。
「……で、わざわざこんなところまで何しに来たんよ?」
「そりゃあ男が3人集まって話すなんて1つしかないだろ」
「また胸の話でもすんのか? さすがのオイラも怒られるのはもうコリゴリだぜぃ」
「下半身で物事を考えるなよ」
「いや下半身思考でその話題を振ったのはキョーダイだけどな?」
「え、先輩達の下半身って勝手に考えるの?」
「俺のモロバレルとカキツバタのタマゲタケは特別製でね」
「……見栄を張ってんねぃ……」
何が……とまでは言わないが。
そして俺のは見栄じゃない。バトルタワーに比肩する大きさだ。
「男が集まったなら恋バナだよ、恋バナ! タロの話をしようぜ!」
「タロ限定だと恋バナじゃねーだろぃ」
「うるせえ! タロの話をするぞ! ちなみにこれは自慢なんだが! この前タロに好きって言われたんだよ!」
「自慢してえだけな上にでっけーもんぶち込んできたな?」
「ファンクラブに報告していい?」
「妄言扱いされて可哀想な目で見られたいならな」
俺の言葉がにわかに信じ難いのか、カキツバタは目をぱちくりとさせてこちらを見ている。まぁその気持ちは分かる。俺も時折夢だったんじゃないかと思うし。
「その時はからかう為の冗談って言われたけどさ、そもそも冗談でもタロはそんな事を口にしないと思うんだよな」
「オイラからしたら冗談を言うタロの姿さえ想像できねーけど……まぁその通りだわな」
「カキツバタ先輩といる時のタロ先輩っていつもイライラしてるもんね……」
「おかげで会議があった日の夜は寝るまで通話で愚痴られるんだよ。……へへっ。全く、嫌になっちまうな!」
「嬉しそうにニヤニヤしながら言うセリフじゃねーって」
へへへっ、カキツバタ先輩のおかげッス。
さすがにすっぴん且つパジャマ姿のタロちゃんだからカメラを起動しながらの通話をしてくれないけど。
だがポケモンバトルの経験によって、未来視の域にまで鍛え上げられた先読みの能力。衣擦れや発声に吐息、生活音を聞けば、ふわふわのパジャマを着たタロがベッドの上で寝転がっている姿を容易く想像出来る。
やはりポケモンバトル。ポケモンバトルは全てに通ずる……!
「でもタロとカルサイトって距離感はバグってっけど、あんま男女の関係が進展してるイメージがねえよなぁ……」
「タロにハグもしたんだが??」
「え、さっき抱き合ってないって言ってたじゃん!」
「抱き合ってはない。窘められながら一方的に抱き締めてただけだ」
「あ、なら良いのか!」
「いやむしろ良かねえだろ。許可無しは犯罪じゃねーの?」
「別に怒ってなかったしセーフだろ」
「……本当に付き合ってねえの?」
「付き合ってねえからこうしてアピってんだけど」
俺は後何回、あの子に告白をすれば良いんだ? タロは俺に何も言ってはくれない。教えてくれ、カキツバタ。
「もしかしたら一般的な見解と俺の考え方で差異があるかもしれない。比較対象がアカマツ君とカキツバタなのは一抹の不安が残るが、互いの認識を擦り合わせていきたい」
「だからナチュラルにディスるの止めな?」
「まず俺とタロの仲は友達以上恋人未満の関係で間違ってないよな?」
「うん、2人は仲が良いもんね!」
「オイラもそう思うぜぃ」
「ありがとう。式には呼ぶからな」
やはり客観的に物事を考えられる俺の感性は間違っていない。
「俺のアピールは少々度が過ぎているが、好意が本物である事は誰から見ても明確だよな?」
「度が過ぎてる自覚あんのかよ……まぁ間違ってないんじゃねーの?」
「ファンクラブの人達でもドン引きするレベルだもんね」
「ありがとう。披露宴だけでも参加してくれよな」
俺達は親友だな!
「さてここからが本題だが……タロが俺に向ける好意が異性としてのものなのか友人としてのものなのか。白黒はっきりさせたい」
「うーん、難しいところだねぃ……」
「友人としてだよ! 異性としてだったらカル先輩の告白を受け入れて恋人になってるって!」
「は? 異性として好きに決まってんだろ。ふざけんな」
「いやカルサイトが頭から否定したら意味ねえっての」
うるせえ、ここでは俺がルールの絶対王政なんだよ。他人の意見を聞く民主主義なんてクソ喰らえだ。
親友なんて撤回だ。俺に意見をするやつは処すぞ。
「けどよぉ、白黒はっきりしねえ感情ってのもあるだろ。オイラだってキョーダイとはダチだと思ってるけど、何とも言えない感情も抱いてるぜぃ?」
「ホ……?」
「え……カキツバタ先輩って……」
「そう言うのじゃねえよ」
いやもう流れ的にそう言う風にしか聞こえないんだが……。
勘弁してくれ。そこは出すところであって入れるべき場所じゃないんだ。貧相なつのドリルで狙わないで欲しい。
そんな俺とアカマツ君の冷ややかな視線を受けてか、居心地の悪そうな表情を見せたカキツバタは、頭を掻きながら静かに言葉を漏らした。
「……これでもブルーベリー学園最強を名乗らせて貰ってるからねぃ。カルサイトに敗北した屈辱を忘れようにも忘れられないのさ」
「しゃあねえな。お前の得意なラップバトルでもするか?」
「得意でもねえしポケモンバトルの話な?」
「は? ポケモンバトルこそお前が勝ち越してるだろ」
「公式戦ならな。やる気がねえ上に捕まえたばかりのポケモンや育成中のポケモンを使ってるやつに勝っても嬉しくねえっての」
だって勝ち過ぎるとランク上がって四天王入りしちゃうし。特にカキツバタに勝ったとなればアカマツ君の都落ちがほぼ確定しちゃうようなもんだろ。だったらポケモン達に実戦経験を積ませた方がマシかなって。
俺は不要な仕事はしたくない人間なんだ。卒業間近にブルベリーグチャンピオンの肩書きだけサラッと貰って卒業したい人間なんだ。
そして輝かしい経歴で一流鉱山企業に就職するのさ。
「1度目に敗北した時はよ、ふざけたやり方で出し抜いて勝った気になりやがってなんて思ったからねぃ」
「俺も学園最強はこんなもんかって落胆したけどな」
「……へえ、言ってくれんじゃねーの」
「言い出したのはお前だろうが」
「い、いきなり喧嘩しないでよ!」
「喧嘩はしてねえぜぃ。昨日の敵は今日の友っつーだろ?」
「ホモ?」
「友」
友達か……じゃあ許すわ!
お互いに握手をしてルンルン気分で手を握る。掴む掌にこもる力がギシギシと骨を軋ませるが、俺達は親友。云わば歯ブラシと歯磨き粉の関係だ。
しかし机に突っ伏してるだけの癖に意外と力があるじゃねえか。これでもオレはそれなりに体を鍛えているフィジカルモンスター、縮めてフィジモン。この星に住む不思議な不思議な生き物。
誰が不思議な生物やねん。
「つっても2回目のバトルじゃさすがに気が付いたぜぃ」
「オイラって3つも年上なのに嘗められてる……って?」
「いやそれは……そうだけどよ。……じゃなくてキョーダイのバトルは突拍子も無いようで意味のある戦い方をしてるって事にだよ」
「タロちゃんは初回で気が付いたのにかー!?」
「オイラとタロじゃ、接して来た密度が違うだろぃ」
最初にタロと戦った時は特別仲良しだった記憶は無いんだが。
しかし優しいカルサイト君は口にしない。可哀想なのでそういう事にしておいてあげよう。カキツバタのアイデンティティが崩壊してしまうと全身の穴という穴から歯磨き粉が吹き出てくるからな。
想像したらクソ気持ち悪い。気分を害した。謝罪してくれ。
「こっちに来てから勝ち続けて当たり前の日々で、無意識の内に傲慢な気持ちが芽生えてた事に気付いてよー。おかげで自分を一から見つめ直す機会が得られたぜぃ」
「見つめ直したのにカキツバタ先輩は留年してるの?」
「うーん、これは急所に当たったな」
「だからポケモンバトルの話な?」
いやポケモンバトル以外も見つめ直すべきだけどな?
「そんな事もあってツバっさんはキョーダイに対して色々とハッキリしない複雑な思いを抱いてる訳よ」
「股間を膨らませながら言われてもな……」
「え……」
「膨らんでねえからな? アカマツも確認すんなって」
「う、うわ! 取り出すなよ! やめろ!」
「え…………」
「出してねえから。オイラは棒立ちのままだぜぃ?」
「棒、勃ち……?」
「いちいち下ネタに繋げねえでくれるか?」
良いじゃん。思春期男子の会話なんて八割は下ネタなのが通説らしいぞ。タロに怒られない程度に盛り上がろうぜ。
それに下ネタを話せる相手なんてお前くらいしかいないからな。ゼイユやタロじゃ多少話しても一刀両断されて終わるし。
「カキツバタのタマゲタケの話は理解したが、俺達は同性だしなぁ。もうちょっと参考になるような異性間の話は無いのか? ……アカマツ君とかどうよ?」
「オレは何も無いよ!」
「潔過ぎるだろ。もうちょっと悩めよ」
「……ツバっさんは一応いるけどな」
「もしかして……カリスマラッパーのライムさんか?」
「ラップバトルから離れてくれっての」
そっか……違うのか……。
「なら妹分の現イッシュチャンピオン、ア……ア……アなんとか」
「いやアイリスな。……って、知ってんのかよ」
「おいおい、俺を侮るなよ? カキツバタに成り済ますのを失敗した俺は二度と同じ轍を踏まないように、シャガさん身辺情報を徹底的に洗い出したからな」
「カル先輩の力を入れるところがおかしいよ……」
「それでアイリスが出てこねえのはおかしいだろぃ……」
アカマツ君もカキツバタも神妙な顔をしておかしい連呼しなくても良いだろ。まるで俺がおかしい人みたいじゃないか。
でもカキツバタやシャガさんに関する情報を集めたのは事実だ。この情報社会の昨今、インターネットで調べれば立場ある著名人に関する情報は恐ろしい程に出回っている。
イッシュ地方チャンピオンのアイリス。
最年少の現チャンピオンにして、ソウリュウジムのジムリーダーであるシャガさんを祖父と慕う指折りの天才。
血縁関係は無いようだがその関係性を見るに、カキツバタとの軋轢や確執は少なからずあるだろう。
だってドラゴン使いの正当な後継者である実孫を差し置いて、妹分が早々にドラゴン使いとして、しかもチャンピオンになってんだぜ?
そんなのトレーナーなら心が折れて闇堕ちするだろ。
もしかしてこのだらしない塊は闇堕ちした姿なのか?
「妹分がチャンピオンだなんて辛かったな……」
「……色々考えた時期もあっけど別にそこまでじゃねえよ」
「故郷で才能を見せつけられ、ブルーベリー学園でも才能を見せつけられ……大変だったな……」
「カキツバタ先輩……」
「いやちげえからな? アカマツも可哀想な目で見るなって」
知っちゃったね……上には上がいる現実の辛さってやつを……。
「でもカキツバタ先輩がチャンピオンを好きだなんて意外だね!」
「いや、そう言う思いじゃなくてよ、色々と感情が白黒はっきりしてねぇってだけよ」
「憎悪、怨念、悔恨……」
「それだとある意味はっきりしてるっての」
「劣等感に苛まされ闇ツバタが生まれ落ちた瞬間である」
「みんなを笑顔にするツバっさんは生粋の光属性だろぃ!」
「笑顔……? タロの眉間に皺を作り、ネリネには溜め息を吐かせ、アカマツ君には包丁を握らせるのが笑顔か?」
「オレそんな殺意丸出しにしてないからね!?」
「笑顔で包丁って事か」
「それヤバいやつじゃん!」
フライパンをぶんぶん振りながら突っ込むアカマツ君も大概にヤバいやつだと思うけど、敢えて突っ込まないでおこう。
しかしアイリスとやらにお熱だと思ったがそう言う話では無いらしい。紛らわしい事を言いやがって。
多分家族愛や嫉妬、劣等感やらが入り乱れてるみたいな話なんだろうか。本人はニコニコしてるだけで語るつもりはないらしい。
お前も色々と苦労してんだな。でも留年して良い理由にはならないけどな。
「じゃあタロの心模様を考えるならば……友達として好きだけど異性としても少し意識してて、でもふざけた性格と手間の掛かる部分が子供を相手にしてる感覚で自覚には至っていないってところか?」
「全部分かってんのかよ……」
「おいおい、俺はタロ博士だぞ。熟知してるに決まってんだろ。俺が知らないのはタロの恋心と身に着けてる下着の色くらいなもんだ」
「身に着けてなきゃ下着の色が分かんのかよ……」
「じゃあタロ先輩の好きな食べ物は?」
「学園定食だ」
「へー……タロ先輩って意外と大食漢なんだね……」
もちろん嘘だが、アカマツ君が面白いのでそのままにしておく。
「俺を意識してもらう為にタロをキュンキュンさせてみたんだが、死ぬほど可愛かっただけで進展らしい進展……もしたにはしたんだが、お前との椅子取りゲームを楽しんだ後にお説教されて元通りでな。どうしたら良いと思う?」
「笑えば良いと思うぜぃ」
「アカマツ君、包丁は持ってるか?」
「持ち歩いてたら犯罪だよ!?」
だが人の悩みをニヤニヤとしながらふざけているこいつを殺さねば、世界にとって大きな損失となるだろう。ただでさえタロの笑顔を減らすクソ野郎なのだ。俺が殺らねば誰が殺る?
「大体、キョーダイが授業サボってリーグ部に来たせいじゃねえの?」
「俺が真面目に先生のところに行って謝罪する姿が想像できるか?」
「出来ないねぃ」
「カル先輩、風邪でも引いたの? って心配になるよ!」
「そうだ。アカマツ君が全教科赤点になってないくらいにおかしい事なんだよ」
「そこまで酷くないよ!?」
発言がそのくらい酷いって話だよ。
「こう……タロに恋心を自覚させる手段とかないか?」
「1番簡単なのが嫉妬させる事じゃねえの?」
「嫉妬はなぁ……。ちょっと難易度高いだろ。前に嫉妬してもらおうとしてナンジャモをインナー姿にしたい──って口にしたら絶縁されかけたし」
「極端に振り切り過ぎだろぃ……」
「なんだろう……胸がチクンと痛む……これが恋!?」みたいのを期待してたんだけど、ズキンと俺の胸が痛んだだけだしなぁ。
しかし俺の過去の行動が余程不可解だったのだろうか。カキツバタは呆れたような視線でこちらを見ている。
「例えば他の女子をデートに誘ってみてよぉ、それでさりげなくタロの耳に入るようにするとかどうよ?」
「……お前、天才か?」
「へへ、ブルーベリー学園の恋のキューピットたぁオイラの事よ!」
「でもタロ先輩って想い人がいるのにデートするなんておかしいよ!」
「アカマツよぉ、今時デートなんて交際前の男女でもするもんだぜぃ? お互いのプライベートな一面を知らずして恋人になろうなんて、学園シェーキより甘いっての!」
「違うと思うのになぁ……」
おいおい、青天の霹靂とはまさにこの事か。タロへとアピールする事を大前提としてきた俺にとって、敢えてタロからベクトルを変える発想は無かった。恋のキューピットならぬキュピツバタの天才的発想には驚愕せざるを得ない。
ブルーベリー学園最強はやはり伊達では無かったな。キュピツバタ……お前がナンバーワンだ。
「まぁカキツバタの言う通り、男女が2人で遊ぶくらい別に大した事じゃないぞ。俺もシンオウ地方で旅をしてた頃は男女関係なくペアで行動してた事も少なくなかったし、寝食だって共にした事もある」
「キョーダイは色々と経験豊富だねぃ」
「オ、オレの中でのカル先輩のイメージが……」
「でもほかの男子がタロとデートしてたらそいつはテンガン山送りだけどな」
「二言目に矛盾しないでよ!?」
そりゃあ一般的な男女と違ってタロにとってのデートは特別だろうし、見逃しちゃおけないだろ。あくまで価値観の話だ。
しかし俺の言葉に納得していないアカマツ君は不満爆発寸前マルマインと言った顔だ。
ここでだいばくはつは止めてくれよ。その技は俺に効く。
「大事なのは一般的な感覚の話じゃなくて、タロ先輩がどう感じるかでしょ! オレ、タロ先輩とカル先輩が楽しそうにしてるのは好きだけど、悲しそうなタロ先輩は見たくないよ!」
「……! お前も天才なのか……!?」
「アカマツよぉ、それは違うんじゃねえの? タロは一般常識のある理性を兼ね備えた女子だろぃ。多少不満そうな顔を見せても感情を強くぶつけたりはしねえって。……それに今までキョーダイが好意をぶつけてきても、なぁなぁにしてきたタロにも責任はあるっての」
「やはり……天才だったか」
「拒絶はしてたよ!」
「アカマツ君、とどめを刺すのは止めてくれ」
とは言え明確な拒絶なら今頃タロとの関係は友達以上とは呼べない希薄なものとなっていただろう。
そう考えると明確な答えを出そうとしないタロが悪いんじゃないのだろうか。カルサイトは訝しんだ。
取り敢えず天才の案に乗ってから考えよう。考えるのがめんどくさい訳じゃない。決して。
そうと決まれば即座に行動を移す。即日即断、タイムイズマネーがモットーの俺はスマホロトムを取り出してパパパッと操作をして通話アプリを起動した。
話をするとなればまずはゼイユお姉ちゃん。困った時のお姉ちゃんは最強なのだ。
ゼイユ、キミに決めた!
『……何か用?』
「ゼイユ! クロスチョップ!」
プツッ……ロトロトロト……。
無言で切られたので再度通話を開始する。
『いい加減にしなさいよ』
「俺が悪かった。てっきり暇なのかと」
『あんたといっしょにしないでくれる? ブライア先生と学園外で調査中よ』
「なにそれ楽しそう。なんで誘ってくれなかったんだよ?」
『なんで学園の外でもあんたと会わないといけないのよ……ただでさえブライア先生の相手で大変なのに』
そう言ってゼイユは盛大な溜め息を吐く。
うーん、いつもなら元気100倍ゼイユお姉ちゃんって感じなのに、声色からして元気がないように感じる。もしかして泳ぐ羽目になって力が出ないとかそう言うやつなのだろうか。カナヅチだし有り得るな。
ここはひとつ、俺とのデートで元気を取り戻してもらうしかないだろう。
「今度デートしようと思うんだがどうよ?」
『どうよって……別に良いんじゃないの』
「ライモンシティとヒウンシティどっちが良い?」
『え……好きにしたら良いじゃないの』
「嫌なら他の地方でも構わないが、流石に日帰りは厳しいぞ?」
『……いや待ちなさいよ。なんであたしに聞くのよ?』
「……ん?」
『……は?』
こいつ、耳年増の癖に全然デートに動じねえじゃん──なんて思っていたけど、どうやら俺が相手だからどうこう言う以前に互いの認識に差異があるようだった。
反応や会話を鑑みるに、どうやら自分がデート相手だと気が付いていないらしい。顔は良いのにデートに誘われ慣れていないのか。
そう考えるとなんだか可哀想な気分になってきたな。いや俺がタロ以外とデートするはずないって思ってるだけなのか?
「週末、学園外で、俺が、ゼイユと、デートする。OK?」
『……え!? ちょ……デッ……!』
「エチョデって何だよ? ゼイユの鳴き声か?」
『殴るわよ』
「ゼイユ、君に決めた! 『エチョデ!』」
『帰ったら覚悟しなさい。さっき『パンチグローブ』を拾ったから試したくて』
急に冷静になるなよ。怖ぇよ。
しかもお前が装備するのかよ。もっと怖ぇよ。
やれやれ、これだから山育ちの田舎者は。都会のハイソサエティな洒落を理解できないとは。
『ってそうじゃなくて! ……あ、あたしとあんたがデートするって事なの!?』
「だからそう言ってんじゃん。頭アカマツ君か?」
「えぇ!? オレ関係無いよ!?」
『はぁ!? なんであんたはアカマツがいる前でデートに誘うのよ!?』
「オイラもいるぜぃ」
『意味が分からないんだけど!? どういう事なのか説明しなさいよ!』
「良いからデートしろよ。俺の超絶テクニックで天国に連れてってやるぜ?」
『連れてってみなさいよ。地獄に行きたいのならね』
いやそんな天使と悪魔の頂上決戦みたいなのは期待してないんだけど。
おかしいぞ。俺の甘い囁き声と強引な誘いによって、今頃ゼイユはヌメルゴンと化してる計画だったのに。これがSNSで流行語となっているガマゲロゲ化現象と言う奴なのだろうか?
おいおい勘弁してくれよ。ゼイユが『どくしゅ』まで身に付けたらいよいよ勝ち目が無いだろ。
『あんたの好きな人は誰なのよ!?』
「タロだが」
『じゃあタロとデートしなさいよ!』
「勝手なこと言うなよ。俺はゼイユとデートすると決めたんだからするしかねえだろ」
『勝手なのはあんただけど!?』
んだよ。文句ばっかり言いやがって。
こっちは女装したスグリ君でも良いんだからな? 分かってんのか? お?
上手く写真を取れば女子生徒にしか見えないだろうしゼイユじゃなくても良いんだぞ?
でも俺はそんな思いを口にしなかった。『みらいよち』をしたらぶん殴られる姿が見えたから。
「俺とのデートが嫌なら諦める。これでも紳士だからな」
『……待ちなさい。あたしくらいの美女なら、学生の間にデートの1つや2つはしておくべきだと思っていたのよ。あんたなら腐っても美男子だし、ここでモテる女に箔をつけておくべきね!』
「それを言うならゼイユも腐った美女だけどな」
て言うか美女なのは誰もが認める部分ではあるが、モテる女に箔をつけるって何だよ。
モテる女説がそもそも箔もクソも信憑性ゼロだろ。ゼロもゼロだ。それならまだチリちゃんの胸の方が膨ら……んでねえな。ゼロだ。
0対0。延長戦だな。名勝負だよ。
『でもその前に教えなさい。……なんであたしなのよ?』
「ゼイユって美人で面白いし、絶対楽しいじゃん」
『……ふ、ふーん。それが理由なのね』
「いや、理由はタロを嫉妬させたいからだが」
『死になさい』
酷く冷めた声で一方的に通話を切られて無情な電子音が鳴り続けている。目の前にいるカキツバタは死ぬほどゲラゲラ笑ってるし、何なんだよ。
アカマツ君の言うところの、タロへの誠実さを出す為にわざわざ口にしたのによぉ! おかしいだろうよぉ!
「躊躇わずにゼイユを誘うキョーダイの行動力にゃマジで尊敬すっけど、バカ正直に答えるのはさすがにどうかと思うぜぃ?」
「いやアイツああ見えて純情系女子だし、勘違いさせても可哀想だろ。俺の事が好きなのは仕方ないけどさ」
「カル先輩のその自信はどこから来るの?」
「見れば分かるだろ?」
「……あご?」
「なぁカキツバタ。俺はこんな時どうしたら良い?」
「笑えば良いと思うぜぃ」
いや意味が分からなくて笑えねえけど。あごってなんだよ、顎か?
尖ってもないし角張ってもない無味無臭な顎を見てアカマツ君は何を感じ取ったのか。原稿用紙に纏めて発表して欲しい。俺が赤ペンで添削してやるよ。
しかしゼイユが駄目となれば他に頼れる女子生徒が全く思い付かないな。シンオウ地方ならまだ伝手はあるが……流石に移動だけで一日潰れる距離は遠慮したいところ。
となるとやはり学園内に限定される。可能性は限りなく無いに等しいネリネに頼むしかないか……。
そう決めた俺はパパっとスマホロトムをタップしてネリネへと発信。何回か電子音が響いた後、ネリネと通話が開始された。
『何ですか?』
「俺とデートしようぜ」
『時間の無駄です』
プツッと通信が切られた。
うーん、潔いほど取り付く島がない。カキツバタやアカマツでさえ憐憫な視線を向けてくる。
「俺、嫌われ過ぎじゃね?」
「オ、オレはカル先輩の事が好きだからね!」
「……いっそ女装したアカマツ君にするか?」
「ごめん! やっぱり撤回で!」
「て言うか、大して仲良くないネリネを誘おうと思った自体すげーよ。デートだぞデート。ゼイユならまだしもネリネ誘うのは行動力以前の問題だぜぃ」
「だって他に女子の知り合いいないし。ブライア先生でも誘ってみるか?」
「それはもっとやべーから」
そうか? テラスタル狂人なだけでブライア先生も美人だし生徒から人気あるからそこまでじゃないだろ。おっぱいいっぱいだし。
しかしそうなると本気でデート相手がいなくなる。イッシュ地方は地元から遠過ぎて全然伝手がねえんだよなぁ。いっその事ヤーコンさんでも誘うか?
なんだったらヤーコンさんと仲を深めた方が良いんじゃないかとさえ思えてきたな。いやでもヤーコンさんに嫉妬するタロとかまるで想像出来ない。てか嫉妬しないだろ。
シンオウ地方よりもガラルやパルデア地方の方がまだ近いが……そっちもチリちゃんくらいしか知り合いはいないからなぁ。
そもそもシンオウ地方から見たら離れ過ぎなんだよ。なんで俺はこんなクソ遠い地方にまで来てしまったのか。
「なぁカキツバタ。相談なんだけど」
「どうしたよ?」
「アイリスちゃんを俺に紹介してデートさせてくれよ」
「する訳ねぇだろ。寝言は寝てから言えっての」
「んー! むにゃむにゃあ! アイリスちゃん紹介──」
「一昨日来やがれぃ!」
んだよ、紹介する気ねえじゃねえか。
「こう、伝手とかでイッシュ地方に誰かいるだろ?」
「……あー、まぁいるけどよ。ただそのふざけた態度でデートされるとジジイの面子にも関わるからねぃ……」
「安心してくれ。こう見えて一線は越えないようにふざけるから」
「カル先輩がふざけるのは前提なの……?」
そりゃあふざけてないとただのナルシストに成り下がるだろ。良く考えてくれ。
「となると相手が本気にならないタイプの大人の方が良いかねぃ……。ジムリーダーのフウロさんとかどうよ? 一応、連絡はできっけど」
「どんな人?」
「キョーダイはイッシュ地方に疎いねぃ。ポチポチっと調べりゃ出てくる……っと、こんな人よ」
「……は? エッッッ」
ッッッロ。
スタイル抜群でボディコンファッションはやり過ぎだろ。こんなのジムチャレンジャーウキウキじゃん。少年の性癖歪ませるつもりか?
カミツレさんと言い、イッシュ地方のファッションは進み過ぎだろ。最新鋭かよ。最高じゃん。ちょっとシアノ先生に新型の制服として提言するわ。
「お前もお前でえちちな人が好きなんだな……」
「いやちげえって。ジムリーダーの関係者の集まりとかで連絡先知っただけだっての」
「言い訳にしか聞こえないが。アカマツ君、どう思うよ?」
「カキツバタ先輩って机に突っ伏したふりをしてお尻とか目で追ってるよね……」
「マジで? どうりで視線を感じると思ったわ」
「見てねえから! しかもカルサイトのはねえだろぃ!」
ちょっと俺とアカマツ君が悪ふざけしただけじゃないか。でもそんな必死に否定してると言い訳にしか聴こえなくなるぞ。
「フウロさんは明朗快活な人でよ、『おおぞらのぶっとびガール』なんて2つ名がついてるくらいには天真爛漫な人だぜぃ」
「危ない薬とかやってる人はちょっと……」
「そう言うぶっとびじゃねえからな? ひこうタイプのジムリーダーをやってんだよ。カミツレさんとも仲良いんだぜぃ」
「……ん? それだとヤーコンさんの耳に入りそうだし止めとく。説明すれば理解してくれそうだけど、話が拗れたら面倒だ」
「そ、そこまでの家族付き合いなのに恋人じゃないの?」
「だから俺も困ってんだけど。……ちなみにヤーコンさんの2つ名は?」
「アンダーグラウンドボス」
「まんま過ぎて笑える」
今度仕事を手伝わせて貰ったらボスって呼ぼっかな。
しかしカキツバタの繋がりも無理となればいよいよ手詰まりだな。アカマツ君は……まぁ聞くだけ野暮ってもんだろう。
俺は座っていた椅子に身を預けて、足をぐーっと伸ばす。だらしのないカキツバタのような姿勢ではあるが、こうもなりたくもなる。
こんなにもタロの事を愛しているのにどうして世の中は上手く回らないのだろうか。漫画やゲームの世界ならば、間違いなく俺が主人公として作られた世界だと言うのにおかしいだろ。
何かしらの作為を感じる。まさか……神話に伝わりし伝説のポケモンが……?
「ヒードラン……見てるのか……?」
「ヒード……? なんだそいつ?」
爪を食い込ませて壁や天井から見てるのか……?
まぁ流石に冗談だが。図鑑に酷い文言が書かれてるヒードランにそんな能力が無い事は知ってる。
「うーむ、デートする相手がいないな。もう少しブルーベリー学園内での付き合いを増やすべきか……?」
「だからしなくて良いんだって! 大体動機が不純なんだから相手にも迷惑だし──あっ」
「いきなり喘ぐなよ。……別に手を繋いだりキスをしたりする訳じゃないんだから、アカマツ君は気にし過ぎなんだって。俺だって仲を深める意識はすれど、タロに嫉妬してもらうのが第一なんだし。相手に誠心誠意説明すれば迷惑は掛からんだろ」
「な、なぁ、キョーダイ。その話は後でも良いんじゃねえかなぁって……」
「お前がタロ以外とデートすれば嫉妬するなんて天才的なアイデアを提案したんだろ。もうちょっと真剣に考えてくれよ。タロが不機嫌になった後の対応含めて──んあ?」
俺の熱弁を遮るようにトントン、と肩を叩かれる。誰だよ一体。今丁度良いところだってのに。
思わず出てしまった間抜けた声に多少の恥じらいを覚えつつも、俺は仰ぐようにして強引に反り返り、肩を叩いた人物を拝もうとした。
凄い笑顔で俺を見下ろす大天使の姿があった。
「…………」
「誰とデートするんですか?」
顔が近いし目が笑ってない。一種のホラーである。
俺はその末恐ろしいタロの顔に反応をしないで前を向く。とても気まずそうな表情を浮かべるカキツバタとアカマツ君であるが、今更どうにかなる状況じゃないのは分かっている筈だ。て言うかタロに気付いていたなら変な声を出してないで教えてくれよ。
とりあえず俺は淡々と感情を表に出さないように口を開いた。
「個人的にはゼイユに頼むのが気が楽だが、やはりデートだけでは本気にしない大人の余裕と言うのも魅力的だ。ヤーコンさんに話をつけてカミツレさんやフウロさんとデートするのが得策──」
「無視して話を続けないでもらえますか?」
不機嫌な顔を見せながら無作法に隣へと座ってきたタロがこちらの顔を覗き込んできている。こちらの意図を探らんとばかりの無機質な視線。まるで取り調べを行う刑事のような眼光──いや、血筋を考えれば、情報を吐かせる為に拷問を行うマフィアの方が正しいかもしれない。
わりぃ、俺死んだ。
「タロとデートしたいんだけど、どうしたら良いと思う?」
「今はその話関係無いですよね」
一刀両断とはまさにこの事か。もしかしたらタロは居合の達人か何かかもしれない。
浮気なんかした日には息子と胴体が真っ二つに切り離される可能性がある。そんな予定はまるで無いが肝に銘じておくとしよう。
「……話を聞いていた感じだと、カキツバタの提案みたいだけど」
「弁明はあるか?」
「なんでカル先輩がそっち側なの……?」
「俺はいつだってタロの味方だぜ?」
「カルくんもカキツバタの横に立ちなさい」
何故だ。おかしい。たとえ世界の全てが敵になろうとも俺だけは君の味方だ──なんて、肉親の気持ちを度外視したキャッチーなラブソング並みの思いを抱いているのに。
だが俺はタロの指示に従うつもりなど毛頭もない。何故ならばタロの隣を自ら離れるなんて選択肢は存在しないからだ。
頑なに動こうとしない俺を見て諦めたのか、タロはカキツバタをじっと見つめる。羨まし過ぎる。横から離れるのは嫌だが俺と代われ。
「わたしを不機嫌にさせて何がしたいの?」
「ブルーベリー学園七不思議の1つ、恋愛成就の奇跡キュピツバタ……奴を侮らない方がいい……」
「カルくんは黙ってて」
「はい」
「……い、いやよ、タロがカルサイトを男として見てないんじゃねえかって話だからよ……」
「……わたしがカルくんを? ちゃんと男の子として見てますよ」
……なぬ?
「見てるからこそ、女の子と違ってちゃんと一線引いてるつもりだけど。カキツバタやアカマツくんと同様に」
……いやそれはそうだけれど。
同じようでなんか違くね。そう言う意味合いじゃなくて異性としての扱いと言うか、恋人と言うか……もっとこう、あるだろ! いやらしい雰囲気のやつ!
黙れと言われた俺のねんりき! タロに届け!
「異性として好きなのかどうか聞いてんだけどねぃ」
「……わ、わたしは今! 嫌がらせの話をしてます!」
「カキツバタってタロの事が好きなんだってさ」
「え、ごめんね。カキツバタだけは無理」
「カキツバタ先輩……」
「いや勝手に決めて振るなっての。ちげえからな?」
即決過ぎて逆にすげえよ。
「じゃあオイラじゃなくてアカマツ君はどうなのさ?」
「……可愛い後輩だよ?」
「タ、タロ先輩に褒められた……!」
「可愛さ余って憎さ百倍! カルキック!」
「う、うわっ! 危ないよ!」
俺の脛蹴りを避けるとはやるじゃないか。だがカルサイト流体術は隙を生じぬ二段構え。俺は蹴り上げた勢いのままにタロの肩を抱き寄せ──
「止めて」
──られずに手を叩き落とされた。
おいおい、見切ったというのか? ゼイユの前髪バッテンをまっすぐに戻した実績のあるこの二段構えの動きを。
その後ぶん殴られたけどな。どうやら毎朝頑張ってセットしてるらしいし。
「本命のカルサイトは?」
「それはもちろん──」
「みなまで言わなくても分かるよ。タロ、愛してるぜ」
「──友達です」
「キッツ……」
「傷付く事を恐れていたら恋に発展しない──だろ?」
「カル先輩の頭が……」
おいお前ら。さすがの鋼のメンタルの俺でも傷つく事はあるんだからな。キレる前にちょっと優しくしとけって。
「だからわたしはカルくんが他の人とデートをしてもぜんっぜん気にしませんし、不機嫌になったりしないから」
「いやなってっけどな?」
「これはわたしを不機嫌にしようと企んでる2人に対してです!」
「おいカキツバタとアカマツ君。謝った方が良いぞ?」
「ご、ごめんね。タロ先輩」
「アカマツ君は悪くないからね!? いつもバカな事を言い出すカキツバタとカルくんだから!」
「世の中のバカには2種類のバカがいるらしいぞ? どうしようもないバカと、愛おしいバカがな……」
「そしてオイラは後者だぜぃ……」
「勿論、俺もな……」
「2人とも、正座して」
『はい』
やっべ、ニコニコと怒りの笑みだったのが一気に無表情に変わったわ。さすがに怒りゲージ振り切ってモード移行状態になってる。
目にも留まらぬ速度でカキツバタの横で正座する。のそのそと動くカキツバタとは違い、反省の意を込めた最速の動きだ。この時点で怒りの矛先のターゲットは確定したようなものだ。
「理由、早く答えて」
「キョーダイの事を好きな癖にタロが認めねーから、嫉妬させてやろうと考えた訳よ」
「は? 不機嫌にならないって言ったよね」
「なってんじゃねぇの」
「……カルくんはどういうつもりなの?」
「年上のお姉さん成分が足りないから満たそうかなと」
「は??」
「ごめんなさい。本当はカキツバタの案に乗っただけです」
俺達が悪いとは思うけど、タロみたいな可愛い女の子が能面の表情で『は?』なんて言うべきじゃないと思うんだ。
アカマツ君を見てみろよ。タロの変貌っぷりにショック受け過ぎてドン引きしてるぞ。アイドルはトイレに行かないと信じ切るような純真な心を踏み躙るなんて。せめてアカマツ君のいないところでキレようよ。
「不機嫌にならないならならないでよ、別にカルサイトが誰とデートしようが関係ないんじゃねえの?」
「ゼイユにスグリちゃん、フウロさんにカミツレさんとな」
「……ねえ、こんなカルくんが迷惑を掛けないと思う?」
「……思わねえけど」
「でも俺の本命はタロちゃん。君だけさ……」
「こんなだからわたしは! カルくんが他の人に迷惑を掛けないように見張らないといけないんです!」
「こんな扱いは認めるけどよ、それはタロのやるべき事じゃねえだろ?」
「む……わたしのする事にカキツバタが文句を言う権利は無いと思う!」
おいおい、俺への突っ込みを忘れないでいながらも、口論が白熱し始めてきた。盛り上がっているのは実に良いと思うが、俺のタロと盛り上がっているカキツバタの存在は許してならない。
「ね、ねえ! 2人とも落ち着いてよ!」
「もう止めて! 俺の為に争わないで!」
「わたしはわたしの為に言ってるだけです!」
「ツバっさんはキョーダイの為に言ってんだがねぃ」
「分かった分かった。君達の熱意は充分に伝わった。ここは中立の立場として俺が妥協案を出してやるから」
「いやカルくんは中立じゃないよね!?」
「最初に問題提起したのはキョーダイなんだよねぃ……」
そう責めるなよ。これでも状況分析は得意なんだ。
「まず俺がタロとデートをする」
「意味が分かりません!」
「そうする事でデートにおいて何が迷惑なのかをタロ自身が身を以て理解出来るし、教えて貰える。つまりタロの不安要素が解消される訳だ」
「……え、っと……」
「次に誰かとデートすれば、カキツバタの言うタロのヤキモチ……つまりタロモチが作れるかどうかが見られる訳だ」
「ブルーベリー学園の名物料理ってとこだねぃ」
作るか……タロモチ……ファンクラブの力を集結して。
しかし俺の提案がよほど愉快だったのか、正座をしながらもカキツバタはニヤニヤとタロを見つめている。
でも傍から見たらただの変態にしか見えないから気を付けた方がいいと思う。
そして顎に手を当てながらタロは真面目に考え込んでいた。俺とのデートプランを必死に練っているのだろうか。さすが俺の嫁だ。
「……分かりました。わたしはカルくんとデートするし、カルくんが他の人とデートするのも認めます。嫉妬はしませんから」
「デートっつーなら手繋ぎくれぇはしてもらわねえとな?」
「……良いですよ」
「……タ、タロ先輩が手繋ぎデート……!」
「……へえ、言うじゃねえの」
「でも! カキツバタにも条件を付けないと不平等だと思います!」
「へっへっへっ! 良いぜぃ! オイラには何でもドンと来いよ!」
ショック受けているアカマツ君はさておき……カキツバタは胸をドンと叩いて自信満々な笑みを見せている。
まぁタロの言い分は良く分かる。よくよく考えるとカキツバタは安全地帯でニヤニヤと場をかき回そうとしてるだけのクソ野郎。俺の為だなんだ良いながらもカオスになる状況を楽しんでいるだけのクソ野郎だ。
多分頭についてるシンボルも糞だ。そのくらいクソ野郎だ。だが俺も第三者の立場で掻き回したい派なので口にしない。羨ましいぞこの野郎。
「カルくんのデート相手はアイリスさんにすること」
「……いつから聞いてたんだい?」
「聞いてたってのはよく分からないけど、ジムリーダーの関係者が集まる会合にあまり顔を出さないカキツバタと違って、アイリスさんとはお話する仲だから。色々と昔話を伺ってるよ?」
「……カキツバタとタロに幼馴染概念……だと?」
「それは無いかな」
「カキタロ……」
「ぜったいやめて」
凄い嫌そうな顔してる……良かった……。心の底から……。
「どうする? ただの妹分なら……条件、呑めるよね?」
「……ちょいと考えさせてくれぃ……」
「ちなみに出掛ける時のカルくんって、ふざけてるのは変わらないけど、もてなし方が凄い上手だから。容姿も身なりも見ての通りだし、純粋な子だと恋愛感情を持っちゃうんじゃないかなぁ……」
「生まれた時からデートしてたぜ。家庭の事情でね」
「意味分からないから」
「……キョーダイ。この話は無かった事にしようぜぃ」
オイオイそりゃあねえだろ、カキツバタ君!
意地っ張りタロちゃんが全然デートだと認めようとしなかったお出掛けがようやく公認デートになるってのに!
ここは何があっても呑んでもらわねばならない。たとえカキツバタが死んだとしても。むしろ呑まなかったら殺すまであるわ。
「日和ったのか?」
「いやそうじゃねえけどよ……」
「日和ってる奴いる?」
「い、いや──」
「いねえよなぁ!?」
「そんなにアイリスさんとデートしたいんですか?」
いやなんでここでタロがちょっと怒るの。おかしくないですかね。俺がデートしたいのはタロの方なのに。
──と、そんな会話をしている最中だった。突如としてタロのスマホロトムの電子音が連続して鳴り響く。通話アプリ──では無くメッセージの類なのだろう。みだれづきの勢いだった。
「わわっ」
さっきまで黙っていたアカマツ君が何故か声を上げてるし。て言うかスマホロトム触ってたのかよ。嫌な予感しかしねえんだけど。
そう思って俺もスマホロトムを取り出して画面を確認してみる。通知を切っていたグループチャットを開いてみるとあら不思議。通知を切る前よりも盛り上がっているではありませんか。
「おいアカマツ君。何をした?」
「何って……タロ先輩とカル先輩が手繋ぎデートするって報告をしたら──」
「アカマツくん!!!」
全てを遮るようにタロは声を張り上げて、顔を赤くしながらアカマツ君を睨みつけている。間違いなく怒っているのだが、アカマツ君は何が何だか分からないと言った様子で狼狽えていた。
「アカマツくんが変な事言うから、友達の中でカルくんと付き合ってる事になったんだけど!」
「え、ええ!? オレのせいなの!?」
「……ど、どうしてアカマツくんはこう、空気の読み方が……!」
どうやらアカマツ君の報告はファンクラブの域を超えて伝わっているみたいだ。恋人扱いされて弄られるのはいつものような気もするが、どうやらタロの中ではそれなりの線引きがあるようで、今回の事は受け入れ難い内容らしい。俺としては全て受け入れて欲しいところである。
悪気の無いアカマツ君の行動に頭を抱えるタロは面白いがこちらに飛び火する事を考慮すれば口を出すのは得策とは言えない。
「いい? 何でもかんでもルール通りにするのが正しい訳じゃないの。状況に応じて──」
ありがたい説法が始まったのを機に、俺とカキツバタは互いに目を合わせて頷いた。さすがは親友。お互いの考える事は手に取るように分かるし、瞬時に合致する。
ゆっくーりと緩慢な動きでカキツバタがモンスターボールに触れ、カチッ──と音と共に飛び出して来たのはカイリュー。タロの意識がアカマツ君に向いている瞬間に、カイリューの背中へとカキツバタが飛び乗る。その意図を理解していた俺もほぼ同時に飛び乗った。
「大体、カルくんとカキツバタが──って、あっ、こら!」
「シママの耳に念仏、だぜ?」
「カルくんはシママじゃないでしょ!」
「ケンタロスの耳に念仏、だぜ?」
「悪いねぃ。説教はもうお腹いっぱいだからよ、この辺でお暇させてもらうぜぃ」
突風が吹き荒れる。一気にトップスピードまで加速したカイリューはタロとアカマツ君を置き去りにして大空へと飛翔した。
やっべ。こっわ。ゼイユのおかげで多少は慣れたけどはすがに高過ぎるだろ。
「……高所恐怖症なんで高度と速度を落としてくれ」
「え、マジかよ。キョーダイにも恐怖心とかあんだねぃ。……じゃあ代わりと言っちゃなんだが、後で真剣に戦ってくれねえか?」
「脅迫かよ。……一族のしがらみで劣等感に苛まれるのは勝手だが、俺に勝ったところで解放される訳じゃねえぞ」
「……分かってんよ。ただオイラにとってカルサイトも聳え立つ壁ってだけだぜぃ」
「聳え……勃つ……?」
「そのネタはもういいから。むしろツバっさんの心情を理解し過ぎてるキョーダイが怖ぇよ。……で、どこに向かうよ?」
「コーストエリアへ。灯台下暗しでバレないだろ」
「へへ、さすがだねぃ」
今日の最後に地雷を踏んだアカマツ君を生贄に、俺達は久しぶりに全力でポケモンバトルをしたのだった。