なんか凄い人を見つけたよ。
最近BPの浪費が激しかったからブルレクを無心で報告しまくりつつ、ポケモン達の落し物を拾って金稼ぎ。そうして様々なエリアを徘徊していたら見つけてしまった。
黒色を基調としたスーツを身に纏い、綺麗に背筋を伸ばしている大人の女性を。
見た事ない人だな。不審者か? でもシアノ先生の方が不審者だしな。そう考えると礼儀正しい人なだけに見えてきた。
いやカルサイト、騙されるな。これは巧妙なミスディレクションの使い手の可能性もある。もしかしたらあの女性はポケモンかもしれない。
だって見た目からして人っぽくないし。
まず一目でわかる異常なまでの毛髪量。決して髪の毛が少なくない俺が薄毛に見える程に多い。髪の毛に体が生えてきたって言うか、そっちが本体って言うか。そんなレベルだ。
頭にデンジュモクが寄生してんのか?
そして眼球が落ちるんじゃないかってくらいにパッチリとしたおめめ。ちょっと生理的に恐怖を感じる。人間とは違うな。まるでネイティオみたいな面構えだ。
ドライアイが心配になってウッウのみずでっぽうでも撃ちたくなるような、そんな目をしている。
そう考えると、ポケモンの可能性が非常に高いな。
兎にも角にも、俺はその真相を探るべく、ブルレク中に拾ったモンスターボールを取り出した。
ポケモンならば中に入るし、人間なら中に入らない。天才的かつ至極単純な解決策だ。尚、人間だった場合のリスクは考えないとする。
俺は気配を消しながら草むらに潜んで、不審者の背後と回った。タロを追い掛ける為に鍛え上げられたスニーキング技術。警戒心の無いポケモンの背後を取る事なんて、アカマツ君にテストで勝つくらい簡単な事だ。
目測5m。この距離なら絶対に外す事は無い。
なんて事の無いルーティーンの如く、俺は自然な投球でモンスターボールを投げる。
「痛っ」
カァンと良い音がして、モンスターボールは何処かに消えていった。
残念。新しいポケモンを見つけたのかと思ったのに。
さすがに俺と言えども、知らない人を弄るほど落ちぶれていない。ここらで退散しようと思っていた──そんな時だった。
「自分、随分と悪戯好きやなぁ」
急に耳元で囁かれて背筋がゾクゾクとする。男とも女とも分からない、中性的な聞いた事のない声色。逃がさないと言わんばかりに組まれた肩には力が込められていた。
全く誰なのか想像出来なかったから、横をちらりと見る。
眼鏡を掛けたイケメンがいた。
ポニーテールに髪を纏めたイケメンが。
なんだこの超絶イケメン。
俺の方がイケメンだけど……なんだこのイケメン!?
思わず2度見するイケメン具合だ。だが初対面……と言う訳じゃないのか? 全く見覚えは無いが、そもそもクラスメイトでも見覚えない奴ばかりだしそんなもんな気がする。
馴れ馴れしく肩を組んでくるぐらいだからきっと旧知の仲なのだろう。空気の読める俺は手に取るように分かる。
「久し振りだな、5年振りくらい?」
「ん? ん……お、おー、久しぶりやなー! 男前に成長したやん! ……でも5年前のどこで会ったんやっけ?」
「まるでナンパの常套句だな。俺とデートしたいのか?」
「先に言うたの自分やろ!?」
うーん、ちょっと困惑してるオーラが滲み出てるし、残念ながら俺の予想は外れてしまった気がする。
だがここで諦める俺では無い。あたかも俺が間違っていないかのように振る舞い、相手に誤認させてこそ一流のポケモントレーナー。俺に不可能なんてないんだ。
「パルデアで一緒に旅をしたの覚えてない?」
「……パルデアで? まぁ住んでる地域やし旅はしたことあるけど、自分の事はチリちゃんの記憶にないで」
「寝食を共に過ごした仲なのに……」
「いやいや嘘はあかんて。トップとしか寝泊まりした事しかあらへんってのに」
「いくらブルーベリー学園の最優秀生徒だからってトップなんてあだ名は照れるな、チリザエモン」
「そうそう、チリちゃんの本名はチリザエモン……ってちゃう! それに自分はトップちゃうし! ボケの供給過多やねん!」
チリちゃんって言うからそれっぽい名前にしてみたんだがな。あまり芳しくない反応だった。
取り敢えず分が悪そうなので俺は未確認生命体(仮)を指差しで話題を変えようと試みる。
「あれってチリちゃんの彼女なの?」
「彼女なわけないやろ。あの人がトップやでトップ」
「じゃああっちがチリちゃんの彼女?」
「そうそう。チリちゃんサイホーン系女子が好きやねん」
「系って言うかサイホーンだけどな」
この人、めちゃめちゃノリが良いな?
今までに無いタイプの人種だ。ポケモンか?
「……でもトップか。言われてみれば確かにオーラがある気がする」
「お、誰か知らへん自分でも分かるんか?」
「どうみても髪の毛の化身だし」
「ぶふっ」
チリちゃんはトップとやらを一目見た後、思いっきり吹き出した。間違った事は言ってない筈なのに何が面白かったのだろうか。
て言うかこんな至近距離で吹き出したから唾が飛んできたんだが。タロならご褒美だけど、流石に同性のは勘弁して欲しい。チリちゃんは美形だからギリセーフって事にしてあげる。カキツバタなら殴ってた。
「か、髪の毛の化身は言い過ぎ……でもないわな。よく見たら髪の毛やな」
「オーロンゲとトップ、どっちが髪の毛?」
「そらトップやろ!」
「チリちゃん面白いなぁ」
本当に面白いなぁ。暴力を振るわない代わりに面白さが5割減したゼイユ並みに面白いなぁ。
「思い出話に花を咲かせた事だし、そろそろ肩組み外しても良いんじゃない?」
「そうしたいのは山々なんやけどなぁ……そもそも花を咲かせてへんし、トップにモンスターボールを投げた罪からは逃さへんで?」
「……チリ、その子は誰ですか?」
くそ、チリちゃんが離してくれないから妖怪ロンゲレディにバレてしまった。
背筋をピンと伸ばした姿勢のまま、トップさんとやらがこちらに向かって歩いてくる。
よし、こうなったら腹を括ろう。逃げ道は幾らでもある。
それに談笑しているけどこの2人の事良く知らないし。外部から侵入してきた不審者の可能性も大いにある。と言うか普通に考えたら不審者でしか無い。
つまり俺の個人情報は一切漏洩するべきでは無いだろう。
「えーっと……誰なんやろ?」
「カキツバタです」
「カキツバタ……? ……という事はシャガさんのお孫さんの……会わない内に変わりましたね」
濡れ衣を被せても誰も不幸にならない偽名を使っただけなのに、どうやらトップさんはカキツバタの事を知っているようだった。
と言うかシャガさんって誰だよ。歯磨き粉の製造メーカーか?
それともカキツバタってジムリーダーの親族だし意外と名家の坊ちゃんだったりするのだろうか。育成の難しいドラゴンタイプの使い手だし、その一族やらそんな里生まれみたいのありそう。
「へえ、あのシャガさんのお孫さんなんや。随分変わった奴やなぁ」
何故かチリちゃんから嬉しそうに肩を叩かれる。変わったって言うけど、俺はカキツバタじゃねえし。実物のカキツバタはもっと頭おかしいから二人とも会ったら卒倒するんじゃないかな。
トップは奇声上げて髪の毛が逆立ちそうだし、チリちゃんは伊達っぽい眼鏡を突き破って眼球が飛び出そう。
後で顔合わせさせて遠くから眺めよう。そうしよう。
「俺の爺さんが世話になってるよ。毎朝早くから散歩に出掛けてて、途中で帰る道も分からなくなってるからさ」
「ボケ老人やないかい」
「……私達はシャガさんとは顔見知り程度ですよ」
「パルデア地方で徘徊してるけど?」
「歩いて海渡っとるやないかい」
知るかよ! どこに住んでるのかも知らねえんだよ!
適当に言うしかねえだろ!
「ってそんな話はどうでもええんねん。さっきカキツバタがな、トップに向かってモンスターボール投げてたのを目撃したんよ」
「カキツバタってのはとんでもねえ奴だな」
「せやで。お灸を据えなあかんと思うねん」
お灸を据えられるのはちょっとなぁ……。
「チリちゃんはどう思うよ?」
「うーん、チリちゃんもお灸を据えなあかんと思うで」
「そっかぁ……。じゃあチリちゃんはどう思うよ?」
「チリちゃん的にはお灸を据える流れやなぁ」
「となると……チリちゃんはどう思──」
「終わらんループはやめい!」
「……理由を聞いても宜しいですか?」
うーん、冷静沈着だ。さっきからチリちゃんに突っ込まれて肩をバンバン叩かれてる俺を見ても一切乗ってこないなんて。
この人から会話の主導権を奪うのは難しいかもしれない。
なのでここは素直に答える事にする。なにせ素直さが売りの聡明なカルサイト君。下手な言い訳は大火傷に繋がる事を理解している。
俺はトップの言葉を受けて静かに腕を伸ばし、その頭を指差した。
「ポケモンかと思った」
「そこは素直に答えるんかい」
なぁチリちゃん。出会ったばかりの初対面の人間が真面目に答えただけで突っ込むのはちょっとおかしくないかい?
トップさんは俺の言葉に少し戸惑っているようで、額に指を当てながら考え込んでいる。
「……人より毛髪が少しばかり多い事は自覚しておりますのでお気になさらず」
「チリちゃんが髪の毛凄いやろって自慢するからつい」
「……チリ」
「いや言うてへん……筈や。うん。トップも真に受け取らんで下さい」
「俺の心の中のチリちゃんがな……」
「あー、そっちかぁ! チリちゃん美人さんやから、みんな心の中で飼ってんねんな!」
「それはただの本心だと思いますよ」
そうとも言う。
「て言うか当たり前のように談笑してるけどさ、二人とも何者なの? 事と次第によっては学園に通報しないといけないんだけど」
「……確かに部外者は私達でしたね。申し遅れました。私はオモダカ。パルデア地方のポケモンリーグ委員長にしてトップチャンピオンを務めています」
「……お偉いさん?」
「肩書きだけ見ればそうかもしれませんね。更にアカデミーの理事長も務めていまして、今回はテラリウムドームの視察を兼ねて訪れたのです」
「へへっ、お、お偉いさんなら言ってくださいよぉ……」
「掌を擦り合わせながら下衆の極みみたいな顔やめえや。折角の男前が台無しやで」
男前だろうがなんだろうが関係無いだろ。長い物には巻かれろの精神。甘い汁を啜って生きていくには必須のテクニックだぞ。
そう、今の俺はアーボックだ。とぐろを巻いて巻いて巻きまくる。オモダカさんに擦り寄ってなんぼのアーボックだ。
シアノ先生? あれは胡散臭いだけだ。オモダカさんのような本物のお偉いさんとは違う。ハリボテのおっさんだ。
ヤバチャのしんさくとがんさく並に違う。
「チリ、貴方も自己紹介したらどうですか?」
「チリちゃんは必要ないって。俺達親友だもんなー?」
「お、おう。せやな」
何だこの超絶イケメン。いきなり肩を組んで来て馴れ馴れしかった癖に、こうして俺から肩を組んだら妙によそよそしい反応をしやがる。
ちらりと横顔を確認してみた。少し照れくさそうな顔でそっぽ向いている。女々しい奴だな。男同士なのに照れ過ぎだろ。
……ははーん、分かったぞ。チリちゃんってグイグイとコミュニケーションを取るタイプの癖に、迫られる側の経験が無いんだな。きっとあまり空気の読めないタイプで気の許せる友達の少ない可哀想な奴だ。俺だけでも仲良くしてあげないとな。
「チリちゃんって今は無職なんだっけ?」
「実は新しい就職先が決まってなー、四天王やってんねん」
「無職四天王の一人……?」
「どうしてもチリちゃんを無職にしたいんやな、自分」
「だってその性格でガチ四天王は無理あるでしょ」
「いてこますぞ」
チリちゃんに思いっきり頭を叩かれてパァンと乾いた音が響き渡る。
いや待てよ。なんで俺が悪いみたいになってんだよ。ずっとゆるーく飄々としてるチリちゃんが悪いだろ。これだからイケメンは我儘で困る。
「……取り敢えず、カキツバタさんが適当な人だとは理解しました」
呆れた様子のオモダカさんが溜め息を吐きながらそう呟いた。うん、間違ってないから否定はしないよ。カキツバタは適当な人だから。
「ですがカキツバタさんが学園最強との話もシアノさんから聞いております。……どうですか? 一つ、私達とポケモンバトルでも」
──ほほう。パルデア地方最強のトレーナーが自ら、ですか。
「だが断る」
「……理由を聞いても?」
「負けたくないから」
嘘である。ドラゴン使いじゃない=偽カキツバタとバレるからである。
だが俺は決して顔には出さないで真顔で答える。何故なら今の俺はカキツバタだからだ。本気の擬態が演技だと見抜かれてしまってはポケモントレーナーとしての名が廃ってしまう。
そう、俺はカキツバタなのだ。
「なるほど。勝率の低い戦いには挑まないと。……賢明な判断かもしれませんね」
「……思ったよりつまらん奴やなぁ、自分。アイツらなら即座に喜んで戦うで」
……アイツら? アイツらって誰だよ。
何言っているのか良く分からずに首を傾げる俺を見て、二人は顔を見合わせて薄い笑みを浮かべる。
くそう、俺だけ除け者にしやがって。
「チリ、彼女達は類い稀な才能を持つ特別な存在なのですから。比較するのは少々酷ですよ」
「煽りには乗らないよ。……で、誰の事なの?」
「アカデミー生でありながらチャンピオンランクまですぐに駆け上がった子達の事ですよ」
「……学生?」
「他の地方でも話題になってたのに知らへんの? 特に一人はエグくてなー、怒涛の勢いでジムリーダーと四天王を制覇し、そしてこのトップに勝ったんや。その子の名前は──」
「カルサイト」
「いや誰やねん」
俺だよ。
「そんな変な名前ちゃうねん。その子にはな──」
「おいちょっと待て。変な名前ってどう言う事だよ。チリザエモンより遥かにマシだと思うけど?」
「チリちゃんはチリザエモンちゃうねん!」
「…………?」
「不思議そうに首を傾げんな」
おかしい。俺の心の中のチリちゃんはチリザエモンと名乗っていた筈なのに。一体現実のチリちゃんはどうしたと言うのか。混乱状態なのか?
なんでもなおしを首にぶっ刺してやりたいところだったが、生憎持ち合わせていない。
「チリちゃんの事は置いといて」
「置いとくのですね」
「最近パルデアで有名な人がいるらしいですね。こっちでも話題になってますよ。アカデミー所属のネモと新チャンピオンの子」
「そいつらの! 話を! してたとこやろ!」
「…………?」
「そのムカつく顔やめい! ポケモンバトルせえ!」
「バトルジャンキーかよ。パルデアは修羅の国か?」
なんだよチリちゃん。少し意地悪したら急に情緒不安定になりやがって。まさか男の子の日か?
あるよな、急に体の一部がイライラする男の子の日。俺も夜中に一人でタロの事を考えてると、男の子の日が来るし。
お互い大変だけど頑張ろうぜ!
でも実際のところ、パルデア地方に生まれた新チャンピオンの名前は、ブルーベリー学園のポータルサイトでも持ち切りだ。ネモとやらがチャンピオンランクになった時も大概だったが、以降、チャンピオンが生まれなかった反動もあるのだろう。新チャンピオンの話題性は異常と言える程だった。
『カキツバタと新チャンピオン、どっちが強いのか!?』なんて号外ニュースが新聞部から出てるくらい。
生徒による勝利予想の投票だと、若干カキツバタが優勢と言ったところか。もちろん俺は新チャンピオンに投票している。
そしてタロとゼイユとネリネとアカマツ君とスグリ君にも新チャンピオンに投票させた。
なんたって俺達はリーグ部の仲間! 凄い団結力だ!
「シアノ先生も言ってたけど、そんなに凄いんですか?」
「ええ。パルデア最強を自負する私が、彼女達の本気を引き出せなかった程に」
「ふーん」
すごい謙遜した台詞だけど全然悔しそうにしていない辺り、本気じゃなかったっぽいな。
幾ら誇張してもこのカルサイトの目は誤魔化せないぞ。きっとゲームみたいなターン制の殴り合い勝負で挑んだんだろ。俺のウッウみたいに。
強い人の腕試しの仕方は知ってるんだぞ。
「お、なんや? 気になるんか?」
「いや。チリちゃんのふざけた態度で四天王が成り立つ方が気になる」
「はぁー? チリちゃんはふざけてへんけどー!?」
「……パルデアは色々と人手不足でして」
「ですよね。苦労が垣間見えます」
「トップもカキツバタの言葉に乗らんで下さい!」
伏せ目がちで呟くオモダカさんの言葉を感慨深く頷いていると、四天王の問題児疑惑のあるチリちゃんが大声で突っ込んでくる。
しかしコガネ弁って面白いな。コガネシティの住民ってチリちゃんみたいなんだろうか。みんなキャラが濃そうで毎日が楽しそうだなぁ。
いや想像してみたけどちょっと濃すぎるわ。朝昼晩を学食にするくらい濃すぎる。俺みたいな真人間ではついていけない世界だ。
「アカデミーの最強を知る身として、是非ともカキツバタさんの実力を知りたいのですが」
「……そこまで言うなら、シアノ先生に話を通して正式な手順を踏んで貰えれば構いませんよ。カキツバタと戦いたいと伝えて貰えれば取り計らって貰えると思います」
嘘は言っていない。正式な手順で申請してもしなくてもカキツバタなら喜んで戦うだろうから、ブルーベリー学園最強の実力は簡単に測れると思う。
そして俺はカキツバタじゃないから問題無い! ヨシ!
「じゃあ俺は散策に戻るんで、ごゆるりと」
「ええ。それではまた」
「チリちゃんもまた遊ぼうな!」
「自分くらい癖強いのは1年に1回会うくらいでええわ」
「誕プレくらい嬉しいってこと?」
「ポジティブ過ぎるやろ」
それが俺の取り柄だからね。
☆ ☆ ☆
「いやー、稼いだ稼いだ」
チリちゃんで気分転換をしたおかげか、時間を潰したにも関わらず、いつもの倍近くブルレクを報告する事が出来た。
縦横無尽。テラリウムドームの端から端まで徘徊。ポケモンのおとしものも金目の物を厳選しても尚、2つのバッグがパンパンに膨らんでるほどだ。
後はこれを現金化したり、BPで生徒と交換したりと手間はあるが……当分は裕福な暮らしをしても困らない額にはなるだろう。
だが今日一日、散策だけで潰れてしまった。つまり俺の身体は日々の必須エネルギーであるタロエネを補給しなければ、死に至る危険な状況と言う事だ。
故に駆ける。日が落ちてしまう前に急がねば。俺は早々にテラリウムドームを抜けてエントランスロビーを通過し、リーグ部へと向かおうとする──そんな時だった。
妙に騒がしいエントランスロビー。人垣が出来ようとも大した興味は湧かなかったが、俺は踏み出した足元に煌めく何かを見つける。
それはピンク色をした極細の糸状の代物。その輝きを一目見れば誰であっても秒速で判別出来るだろう。
紛うことなき、タロの毛髪である。
「──ッ!」
背筋に稲妻が走る。これは啓示であり天啓だ。神のお導きと言っても過言では無い。髪の毛だけに。
この人垣の向こうにタロがいると髪が言っている。……ん? 違う、神が言っている。いやでもタロの髪の毛って神物みたいなもんだし似たようなものか。取り敢えずタロの髪の毛はたいせつなものの中に入れておこう。
兎にも角にも、タロが俺を呼んでいるのだ。それだけは間違いないと確実に言える。
そうと決まれば即決即断で人垣へと突っ込んでいく。ポケモントレーナーとして鍛えているから、フィジカルのゴリ押しで真っ直ぐに突っ切る。
まぁ大抵の生徒は俺の顔を見た瞬間に『また君かぁ』みたいな顔をして退いてくんだけど。初対面の癖に偉そうだな。俺からしたら名前も無いモブ共の癖によぉ。
そして人垣を抜けた先にひょっこりと顔を出すと、そこには大天使の異名を持つタロの姿があった。
「タロ」
「……あ、カルくん」
「そう、愛しのカルくんだ」
「違います」
清々しいほどに切り捨てるタロの一言に惚れ惚れする。毎日が惚れ直すエブリデイ。タロの可愛さは青天井と言ったところだろう。
「実はタロにプレゼントがあるんだ」
「……そうなんですか?」
「あぁ、ブルレク中に拾ってな。受け取って欲しい」
そう言って俺は鞄をゴソゴソと漁って大事にしまっておいたアイテムを取り出した。磨き上げた光り輝く黄金の球体をタロへと差し出す。
「俺のでかいきんのたま……受け取って欲しい」
「いりません」
「しかも……今日は2つだぜ?」
「断固としていりません」
「え、男根まではちょっと。心の準備と言うか」
「断固としてって言ったよね!?」
なんだ。俺の聞き間違いか。タロがいきなり下ネタをぶち込んでくるから何事かと思ったわ。
でも何だか今日のタロは少し余裕が無い気がする。まるで宿題の期日が数分後に迫って来ている時の俺みたいだ。
だからここは一度リラックスして貰いたい一心で、心からタロを褒める事にした。
「今日も果てしないほど可愛いな。誰も敵わない世界一の可愛さだ。愛してるぜ」
「ありがと。そんな事よりカキツバタが……」
そんな事……? カキツバタの方がそんな事扱いだと思うんだが……。
だがタロの表情が思ったよりも強ばっている様子だったので、俺も視線を追うようにして正面──バトルコートに視線を送る。
そこではカキツバタとオモダカさんのポケモンバトルが勃発していた。
んだよー、本物のカキツバタと出会う瞬間見れなかったのかよー。
ポケモンバトルもほぼ終盤と言った所だろうか。劣勢なのはカキツバタ。ブリジュラス1匹のカキツバタに対して、オモダカさん側にはドラパルトとドドゲザンが出てきている。
「たぎれ竜の血。全てを支配しろぃ」
何故か弱点が増えるのにカキツバタはこの時点でテラスタルオーブを使用する。解せぬ。使うなら切り札以外にも使用するべきだろ。
空気が渦を巻く程の異様なエネルギーをカキツバタが空に放つと、テラスタルによって強化されたブリジュラスの頭部にドラゴンの結晶が浮び上がった。
ドラパルトも結構弱っているからまだ良い勝負──に見えなくもないが、この俺には手に取るように分かる。何故ならば誰よりも勤勉であり学園の誇る天才だからだ。
「ふーん、良い様にやられてんなぁ」
「……分かるの?」
「まぁ何となくは」
天候は快晴。カイリューのおいかぜも無い。そしてカキツバタの手持ちはブリジュラス1匹となれば、起点となるキングドラのあまごいが不発だったのは明白だろう。
それだけでオモダカさんが初見で相手の思惑を読み切れる程のやり手である事は分かる。強力なドラゴンタイプのゴリ押しで何とかなる相手じゃない。
しかし、カキツバタに連敗続きで悔しい思いをしてるタロとしては複雑な気持ちなのかもしれない。
「ドラパルトに掻き回されてんなぁ」
「……見てたの?」
「タロに視線と思考は釘付けだったぜ?」
「じゃあなんで分かるの!?」
「何となく」
あまごい読みなんて無いと思って慢心してたんだろう。ドラパルトに牽制されつつ、ドドゲザンの一撃。あまごいを仕掛ける前にキングドラがひんしになった感じか。
ブリジュラスで隙の出来たドラパルトに一撃を食らわせたけど、計算外の行動で対処しきれずに落としきれなかった──って流れまで見えた。
ゼイユの拳を見切るこのカルサイトの目を以てすれば、見通す事など実に容易い。
「バークアウト!」
「ドラパルト、10万ボルト」
ブリジュラスの咆哮が響き渡りながらも、稲妻の如き電撃を放つドラパルトの一撃の方が早い。
ドラパルトの速度なら回避して立て直す手立てもあるだろうけど、オモダカさんは確実に仕留めるタイプか。現にドラゴン技で仕留めにいく流れを作るよりも、相打ちになろうとも10万ボルトで感電させてブリジュラスの足止めを徹底している。
「今です。ドゲザン」
バークアウトの一撃で倒れたドラパルトを回収しつつ、感電と攻撃後の隙を狙うようにドドゲザンの専用技──ドゲザンがブリジュラスに叩き込まれた。
ドドゲザンの頭部に生える巨大な刃がブリジュラスへと食い込む。元々耐久力のあるポケモン。万全なら耐え切る可能性はあるが……ドドゲザンの特性であるそうだいしょうによって底上げされた一撃で僅かに怯み、10万ボルトの痺れを残しているブリジュラスには厳しいだろう。
「ッ、りゅうせいぐん!」
「遅い。姿勢を維持したままアイアンヘッドで追撃」
ま、その状態のブリジュラスじゃ対応しきれないよな。耐え切れる術などある筈なく、ブリジュラスは頭部の結晶を散らしながら倒れ込んだ。
「……!」
タロの拳に力が篭もっている。まさかカキツバタが負けるとは思っていなかったのだろうか。当の本人であるカキツバタは軽薄な笑みを浮かべながら拍手してるけど。
「いやー、見事っす。さすがはパルデア最強って所ですかい」
「いえ、カキツバタさんも見事でした。思わず全力を出してしまう程に」
互いに健闘を称え合いながら、握手を交わす。
「で、オイラの実力はどんなもんです?」
「シングルバトルの戦い方を学べばすぐにでもチャンピオンクラスになれる実力はおありだと思います」
「そりゃあありがたいこって。……で、新チャンピオンと比べたらどんなもんで?」
「……良い勝負にはなると思いますよ。現時点ではね」
「かー、そんなレベルってかー……」
それはシングルバトルとしてのカキツバタの経験の低さを示しての意味か、それともダブルバトルに不慣れな新チャンピオンを示しての意味かによって、だいぶん違う意味になると思うが。
だがオモダカさんの様子を見るに新チャンピオンに肩入れしてるみたいだし後者なんだろうな。新チャンピオンは化物かよ。怖、近寄らんどこ。
そんな2人の戦いを健闘するように、俺は拍手をしながら近づいていく。隣にはタロを添えて。気分はさながら支配人と言ったところか。
「学園最強のカキツバタを倒すとは……さすがオモダカさんです」
「……貴方は……カキツバタを名乗る男……」
「……カルくん、どういう事?」
「そう。俺はカキツバタの遺伝子を組み替えて人工的に創られたポケモン。カキツバタツー」
「カルくん?」
「そんな俺でも……愛してくれますか?」
「カキツバタなカルくんなんて無理に決まってるよね?」
やっぱりな。分かってた。カキツバタじゃ無理だって。
そんな俺達のやり取りを見てオモダカさんは深く溜め息を吐いた。目の前で俺とタロがイチャイチャしてるから胃もたれしたのかもしれない。ご自愛下さい。
「ご説明を願います」
「彼女は俺の恋人にして許嫁のタロちゃんです」
「勝手な事を言わないで!」
「……カキツバタツーについての説明をお願いします」
「カキツバタツー。だらしないポケモン。椅子から離れる事が出来ないカキツバタに改良を加え、自立行動が可能となったポケモンである」
「ツバっさんはそこまで酷くねえけどな?」
「私生活はもっと酷いけどな?」
「真面目に話して貰えないでしょうか?」
ほぼ初対面だしあまり俺のノリが通じない人だからだろうか。オモダカさんはただでさえ大きな目を更に見開いて苛立ちを顕にしていた。
目玉がポロッと落ちそうな大きさに恐怖を抱きつつも、説明するべきかどうかかとても悩む。
何故ならばどうせチリちゃんに絡まれて同じ説明をする事になるからだ。それはそれでめんどくさい。
どうするかなーっと考えていた時だった。未だザワつく周囲の人垣から更なる人員がこちらに向かってきている。それは我が盟友チリちゃんであった。
「いやー、ブルーベリー学園もレベル高いんやなー! 慣れへんダブルバトルとは言え1年生に負けるとは思わんかったで! しっかし四天王最弱でこの強さならカキツバタ……ん? あれ、もう1人のカキツバタやん!」
別のバトルコートではアカマツ君VSチリちゃんの戦いが勃発していたのだろうか。だとしても独り言をブツブツと呟く怪しいチリちゃんに恐怖を抱かざるを得なかった。
そしてチリちゃんが俺の存在に気が付いて指を差す。それはもう凄い表情と勢いで駆けながら。
「おー、チリちゃん! 久しぶりだなー! パルデアで旅をした時以来か?」
「そのボケはもうやったやろ──ってちゃう! 自分、カキツバタちゃうやんけ!」
「カキツバタはそこにいるだろ。何言ってんの?」
「いてこましたろか!?」
初対面を通り越して親友であるチリちゃんに思いっきり胸ぐらを掴まれる。でも俺ってゼイユと変わらないくらい身長が高いから凄まれても見下した格好になるんだよな。
ふ、凄んでも中性顔だから何も怖くないな。ゼイユの方が遥かに恐怖を抱く。もっと筋力を付けろ。男として情けない奴だな。
「チリさんとオモダカさんに何をしたの?」
「何って……不審者に見えたから名乗らずにカキツバタですって自己紹介しただけなんだけど。そしたら何故か俺の事をカキツバタと勘違いしてるんだよね」
「カルくん」
「はい」
「ちゃんと自己紹介しなさい」
「はい」
「なんや、女子の尻に敷かれてんの? 根性無しやなぁ」
「タロの尻に敷かれる状況になるまでには死ぬ程の根気と根性がなきゃ無理なの分かってる? 普通の男子じゃ軽口すら叩かせて貰えないぞ」
「そ、そう言う恥ずかしい自慢は良いから!」
全く、これだからパルデアの人間は困る。タロがここまで心を開くのにどれだけ大変だったと思っているんだ。各地方のチャンピオンになった方が遥かに簡単だぞ。多分。
そしてプリプリ怒ってる姿がプリティーなタロが不審者疑惑のある2人へと深く頭を下げた。
「おふたりともすみません。カルくんは悪気はあるんですけど悪い子じゃないんです」
「十分悪い子だと思うけどねぃ……」
「おいおい一言忘れてるぜ。わたしのカルくん、な?」
「良いから早く自己紹介して」
「はい。……俺の名前はカルサイト。カルくんの愛称で親しまれている2年生だ。容姿端麗、頭脳明晰。人望も厚く、次期チャンピオンと名高いブルベリーグ5位の実力を持つ天才。将来は鉱山王である事を約束された勝ち組。……謙虚に語っても夜まで自慢話をする事になっちゃう経歴の持ち主だ」
「全部口からの出任せやろ」
「はい。根は良い子なんですけど、こんな子なんです。すみません」
そんな……タロまで即答しなくても……。
鉱山王は本当の事じゃん……。
そんな俺の八割は間違いじゃない自己紹介を聞いてか、オモダカさんが少しだけ覗き込むようにこちらを見ている。あやしいひかりでも使ってきそうな眼光だった。
「……もしやシンオウ地方の?」
「そうです。『はじまりのはなし』に記載された『さいしょのもの』とは俺の事です」
「そこまで壮大な話はしてないのですが。カルサイトと言う名に聞き覚えがありまして」
「……カルくんって本当に有名人なの?」
「ブルーベリー学園でも有名人だろ」
「悪評って知ってる?」
どうやら今日のタロはヒエッヒエのつんつんタロちゃんらしい。
だが俺は知っているんだ。飴と鞭の原理を。つまりこの先には飴が待っているのは明白。それもこのつんつん具合を遥かに上回るような、ドロッドロに砂糖だらけの糖尿病待った無しの甘さだ。
楽しみだなぁ!
「……そこでニヤニヤするのは少々不可解ですが。何故あなたが……いえ、詮索は止めておきます。今は学生としてここにいる。それだけですから」
「かっこいい……俺もそのセリフ言ってみたい……」
「トップ、こんな可愛げの無いヤツの名前をご存知で?」
「『そこでニヤニヤするのは少々不可解ですが』」
「チリちゃんはニヤニヤしてへんけど!? てかそのセリフを言いたいんかい!」
そんな筈がない。ちょっとからかってみただけだって。チリちゃんは良い反応してくれるなぁ。ボケればボケた分だけ全部突っ込んでくれる。
神か?
「……まぁ多少なり有名だったとしてもやな、言うて序列で数えたらアカマツって子の下な訳やろ? ……言い方は良かないですけど、トップが知るほどの人物ちゃうんじゃないですか?」
「序列だけが実力だと思ってるのか?」
「普通に考えて序列が実力やろ」
「『今は学生としてここにいる。それだけですから』」
「そのセリフもなんも関係ないやろ!?」
うーん、全てが正論の突っ込みだ。返す言葉も無い。
「……カキツバタさんとカルサイトさんとの戦績は?」
「これでもチャンピオンなんでね、公式戦はオイラの全勝ですぜぃ」
「……公式戦以外では?」
「……ツバっさん相手どころかカルサイトは負け無しなんですわ、ムカつく事に」
そのセリフを聞いて静かに頷くオモダカさんと驚愕した表情でこちらを見てくるチリちゃん。
ふふふ、そうだろうそうだろう。能あるウォーグルは爪を隠す。俺くらいの才能になれば隠す事さえ困難。
恐慄くがいい!
「何故、実力を隠しているのですか?」
「俺が俺である為に。そうするしか無かった」
「頭を使うと疲れるってのもあるみたいなんですけど……チャンピオンや四天王になると仕事が増えるので、やりたくないのが理由だそうです。不誠実ですよね」
「……は?」
「……成程」
なんでそんな呆れた目で見てくるの? おかしくない?
「おい待てよチリちゃん。おかしいだろ。なんでそんな目で見てくるのさ?」
「なんでチリちゃんだけ責めんねん! 大体、ポケモントレーナーとして実力を示す為に上を目指すんは当たり前の事やろ! トレーナーとして無責任過ぎるわ!」
「実力を示すだけ示してチャンピオンの座と仕事を放棄してるこの歯磨き粉の方が無責任なんだがー!?」
「耳が痛いねぃ」
「病院行くか? 良い病院知ってるぜ。カントー地方にあるシオンタウンって言う場所なんだけど」
「オイラを墓に埋める気かい?」
「また来世で会おうな!」
次はだらしない性格が直ってると信じてるぜ!
多分根強過ぎて来世もだらしないけど!
そんな俺達のやり取りを見てか、オモダカさんが数瞬の間考え込んだ後、静かに頷いてこちらを見た。
「カルサイトさんはバカなのですね」
「これでもテストの成績はTOP3に入るんだけど」
「おいおい、留年するのはオイラだけってか?」
「元から留年してるのはカキツバタだけでしょ。カルくんを巻き込まないで」
「だから私はカルサイトにバカと言ったのです。本当に成績の悪い人にバカなどと言いませんよ」
「ねえチリちゃん、俺呼び捨てにされたんだけど」
「胸に手ぇ当てて考えてみいや」
「えー、そう言う趣味は無いんだけど」
「なんの事やねん、はよせい」
しゃーないなぁ。
本当に渋々だが、俺は言われた通りにチリちゃんの胸へと手を置こうとした。
チリちゃんに全力で顔面をぶん殴られた。
鼻から鮮血が飛び散る。
「ど、どこ触ろうとしてんねん!? 自分の胸に手ぇ当てて考えろって話やろ!」
「……カルくん?」
「く、くくくっ……キョーダイ……! それは面白過ぎるぜぃ……!」
ボタボタと垂れる鼻血がエントランスロビーを赤く染める。おかしいな、バトルコートで人間バトルが始まる予感しかしないんだが?
タロも何故かめちゃくちゃ怒ってるオーラが出てるし、カキツバタは珍しくバカみたいに笑ってやがるし。なんなんだよ、マジで。
「おー、痛……全力で殴らなくても良くね?」
「お、女の人の胸を無断で触ろうとして良い訳ないでしょ!?」
…………
…………?
お、おんなのひと……?
「……チリちゃん?」
「なんや? まるで女だった事に気付いてないみたいな反応やな? お?」
「チリザエモンは!?」
「だから違う言うとるやんけ!」
そんな……バカな!?
声も顔も体つきも! 中性的だけどどちらか言えば男っぽいだろ!
俺はそんなタロの勘違いを鵜呑みにせず、それぞれの女性陣を見渡して見比べてみる事にする。
まずオモダカさん。大人なだけあって一目見れば女性らしい体つきである事は一目瞭然だ。
そしてタロ。細身ながらも丸みを帯びた体つき。実に慎ましやかな胸元……のようにも見えるが全身を舐め回すように見てきた俺には分かる。あれは厚手のインナーに制服とカーディガンで分かりにくいだけで大きさは年相応の筈だ。
「あーもう! ほら、しゃがんで下さい! 拭いてあげるから」
そう言ってハンカチが汚れるのも気にせずに鼻血をふき取ってくれるし、やっぱり天使だと思う。結婚してくれ。
そして本命のチリちゃんは──
「チリちゃんって何タイプのポケモンが得意なの?」
「……じめんタイプやけど」
「だいちのプレートかぁ……」
「そうそう。これを持っとくとじめんタイプの技の威力が上がってなぁ──ってちゃうわ!」
いや合ってるから違わないよ。チリちゃんのは立派なだいちのプレートだから胸を張って欲しい。かわらわりを物ともしない自慢の胸装甲だと思う。
そしてタロ。あまり怪我をした鼻をグリグリしないで欲しい。それだと血が止まらないから。
「女の人にそういう話をするのはどうかと思います!」
「でも俺はタロのサイズを含めて愛してるぞ?」
「そ、そういう話じゃないってば!」
「この前なんてそこの歯磨き粉が『タロってまな板だよねい』なんて抜かしやがったから、それは服の上からでしか見てないからだと懇切丁寧に説明を含めて反論してやったから」
「おいおいちょっと待ってくれい! それは最初にキョーダイが『ゼイユってスレンダーだけど、暴れると揺れるくらいにはあったりするよな』なんて、胸の大きさについて話し始めたのが切っ掛けだろ? ツバっさんだけ悪者扱いするのはちげえって」
「おい! それはタロには内緒でって言っただろうが!」
「先に話したのはカルサイトだぜい!?」
「話すなって言ったのは俺だけだろ!?」
「ふたりとも、良いって言うまで正座してて」
『はい……』
クソ、歯磨き粉のせいでタロに怒られたじゃねえか。せっかく鼻血を拭いてくれてたのに今はもう冷ややかな目で見下されてるだけだぞ。それどころか血塗れのハンカチを放り投げて自分で拭けって言わんばかりの対応だ。
悲しい。悲しすぎる。でもタロの私用のハンカチを貰えるチャンスなので少しウキウキだ。額縁に飾っとこ。
「カルくん、チリさんに謝って」
「本当に申し訳ありません」
「こんな美人さんを捕まえて男だなんて有り得へんやろ」
「はい、本当に申し訳ありません」
「私に対してモンスターボールを投げた事も謝って頂けると」
「そんな事までしてたの!?」
「はい、申し訳ありません。全部僕が悪いんです……」
「オイラを裏切った事も謝ってくれよなー」
「てめえが謝れやこの野郎」
「ふたりとも勝手に喋らないで」
なんでこんな散々な目に遭う事になったのか。俺は一日にあった事を反芻してどこに問題点があったのかを模索する。
大体俺のせいだった。不思議な事があるもんだな。
だが俺は同じ轍は踏まないカルサイト君。失敗から学ぶ事に関しては随一の才能を誇ると言っても過言では無い。
余分な事を喋らずにただ静かに場が沈静化するのを待つ。それだけだ。
「カルサイト、貴方に提案があるのですが」
「はい、オモダカさんの言う事は絶対です」
「良ければ交換留学に来ませんか? 性格の方は兎も角として、ダブルバトルで才気を発揮する実力はアカデミーでも大きな刺激となると思います。ブルーベリー学園で立場を持たない貴方でしたら他の方達と違って問題無いと思うのですが」
「もう一度言って貰えますか?」
「……良ければ交換留学に来ませんか?」
「もう一度言って貰えますか?」
「来る気が無いのであれば拒否して頂いて結構です」
「いえ、オモダカさんの言う事は絶対ですので」
「トップ、こっちから折れないと話が進まないやつですよ」
ふ、よく分かったな、チリちゃん。
そう。今の俺は答えの決まっている選択肢を延々と強いるNPC。RPGによくある意味の分からないイベント的存在だ。
荒波を立てずに自我を殺し無個性を貫く。難聴系主人公は最強である事を証明した瞬間であった。
「……急ぐことでもありませんね。目下の目的であるテラリウムドームの視察に加えて、学園最強の実力を知る事が出来たのですから十分と言えるでしょう」
「アカマツであの実力やったからなー。やっぱりカキツバタは強かったです?」
「ええ。あの子達と遜色は無いくらいに。ですがドラゴンタイプに統一している事を踏まえると、対策されれば劣勢かもしれませんね」
「へっへっへ、フェアリー使いのタロが勝てねえ時点で負けるかっての」
「……カキツバタ! 後でポケモンバトル! 新しい戦法思い付いた所だから!」
「じゃあ俺が立ち会おう。負けた方が俺に膝枕って事で」
「それわたしが負ける前提だよね!?」
同級生3人でワイワイ盛り上がっているのをどこか微笑ましそうに見ていたオモダカさんだったが、時間を気にするように時計を一瞥した後、静かに口を開いた。
「チリ、時間です。そろそろ行きましょう。シアノさんとブライアさんを待たせる訳にはいきませんので」
「ん、もうそんな時間ですか。……ほなチリちゃんは行くでー」
「また明日なー」
「パルデアで会おうなー」
「会えませんよ。……ではまた機会があればよろしくお願いします」
そう言ってパルデア地方から来た2人は踵を返して歩く──かと思いきや、オモダカさんはこちらをじっと見つめたまま、微動だにしない。
もしかしたら俺は──年上キラーなのか?
ゼイユ、ネリネ、ブライア先生にチリちゃん……そしてオモダカさんと来たら有り得る。
モテるって……つれぇわ。
「カルサイト、貴方にとってポケモンバトルとは?」
「急になんですか? 警察呼びますよ?」
「呼んでもいいので答えて下さい」
「……自分の意志を押し通す為の手段」
「では貴方にとってポケモンは?」
「家族であり仲間かな」
「貴方が見てきた中で最強のトレーナーは誰ですか?」
「え、シロナさん。あの人ちょっとおかしいし」
「お伝えしときますね」
「俺みたいなパンピーの言葉は気にしないでしょ。と言うかなんの質問ですか?」
別の地方でもチャンピオン同士なら繋がりがあるの?
今日ウチに来た挑戦者が強かったんですよー、思わずトレーナーにはかいこうせん撃っちゃいましたとか話し合ってんのか?
そしてオモダカさんは俺の質問に答える事は無いまま、背を向けて歩き出す。聞くだけ聞いて立ち去るなんて酷い女だ。
まるで俺は都合のいい男……女っていつもそう……。
「目ぇ付けられてんねぃ」
「カキツバタが不敗の男とか言うからだろ」
「カルくんの対応が悪いからじゃないの?」
「え、俺みたいな紳士が?」
「紳士は人の胸のサイズで盛り上がったりしないから!」
「はい、すみません」
「へへっ、怒られてんねぃ」
「誰がまな板だって?」
「はい、すみません」
俺達の正座はいつになったら解いてくれるのだろうか。
「じゃあバトルコートと公式戦の申請してくるから、ちょっと待ってて」
そう言ってタロは駆け足気味にエントランスロビーの受付へと向かっていく。残された俺とカキツバタは互いに正座をしたまま、顔を見合わせていた。
「やっぱキョーダイって有名なんか?」
「シンオウ地方の新チャンピオンと言えば俺の事さ……」
「いや聞いた事ねえって。……でもオモダカさんの態度がどうも引っ掛かってねぃ。シンオウで名のあるトレーナーってだけじゃねえよな?」
「……なんだかんだお前って優秀だよな。タロは気付いた様子は無かったのに」
こう言った勘が働く部分がカキツバタの強みなんだよなぁ。大体が直感で済ますアカマツ君とは違って、ピンポイントで違和感を見抜く感性。普段はどうしようもなくだらしない癖にな。
腕や経験を頼りにしないで急に思いつきで行動したりして、バトルでヒヤッとした瞬間もあるし。
そんな俺の感心した反応が気に召したのだろう。カキツバタは少しだけ眉を上げながら嬉しそうにこちらへ笑みを零していた。
「お、て事はやっぱり……?」
「だが残念だ。そんな期待する程の経歴も知名度は無いぞ。シンオウ地方でも俺の事なんて知らない人の方が多いからな。……でもあの感じだと名前を知ってるだけじゃなくて俺の事を誰かから聞いてるんじゃねえの? じゃなきゃいくらバトルが強いとは言え、初対面で俺みたいなヤバい奴をアカデミーに呼ばないだろうし」
「自覚あんのかよ」
「そりゃあ全力でふざけてるんだし。と言うか為にならないつまんねー過去の話なんてどうでも良いって。お前だって根掘り葉掘りされても嫌な事だってあるだろ?」
「さてどっかなー」
「言ってろ。とにかく今が楽しけりゃ良いんだよ」
「……へへ、そーだねぃ」
「タロに愛を叫び続けられる! この今が!」
「すげえ拒否されてっけどな?」
ちなみに真面目な顔で話してるけど俺の鼻から下は血痕で真っ赤だ。しかも正座で。
人垣の学生達からはヒソヒソと笑われて指を差されてるし、なんだったらスマホロトムで撮影されている。明日の新聞部の記事に乗るかもしれない。
とりあえずバッグに入っている『おいしいみず』で洗顔してサッパリしながら、俺はカキツバタを睨み付けた。
「負けるなよ。タロの膝枕の為に」
「わざと負けてオイラの膝枕ってのはどうよ?」
「生徒たちの視線が集まる中、オモダカさんに完全敗北──そんな恥をかかされた学園最強が負けるとは思えないけどな」
「……はっ、やっぱキョーダイは優秀だねぃ」
「それに2連敗なんてしたらカキツバタの存在意義無くなるだろ」
「それは言い過ぎじゃねーの?」
「存在意義を無くした翌朝、彼の部屋にはひとつの歯磨き粉が転がっていた……」
「歯磨き粉の化身や本体じゃねーからな?」
そんなバカな会話をしている間に公式戦の手続きを終えたタロが急ぎ足で戻ってきた。
あまりの可愛さに贔屓したくなるものの、そんな思いを吹き飛ばすほどに、カキツバタは実力を遺憾無く発揮して圧勝する。
そして俺はタロの膝枕の権利を得たのだった。
でも今日の罰として膝枕はして貰えなかった。
しかもハンカチも没収された。
現実は非情である。