「カルくんカルくん! これ可愛くないですか!?」
リーグ部の部室にあるロングソファを占領して横になっていると、頭頂部と座席の僅かな隙間に座り込んできたタロが意気揚々と話掛けてきた。
ご機嫌で可愛いタロの姿を見るのは俺の日課。いずれは毎日見るようになるのだから今の内に習慣づけておくべきなのは言うまでもない。
そう思いながらタロから向けられたのはスマホロトムの画面……なのだが、俺の目が正常ならば向けられている画面は逆さまになっている。何かの動画のようだが、いまいち理解出来なかった。
「タロ、違うって。逆だよ」
「私は今! ポケモンの話をしています!」
「いや、いつもの流れだから言いたい事は分かるけど。可愛いのが逆とかじゃなくて画面が逆向きなんだよ」
「……あっ」
少し羞恥に赤く染まるタロが咳払いをしながら、スマホロトムをくるりと半回転させる。その画面に写っているのは今学生達の中で流行っているSNS。個々が様々な画像や動画を文章付きで投稿し合って交流するアプリだ。
その中の動画の一つなのだろう。タロが見せてきたスマホロトムの画面に映っているのは、顔の整った男性トレーナーの指示の元、イーブイが多彩な芸を披露する動画だった。
「はぁー……可愛すぎますよー」
「俺の方がイケメンだし、タロの方が可愛いだろ」
「だから! ポケモンの話です!」
「俺の指示でタロが芸をする動画でも撮るか?」
「する訳ないじゃないですか!?」
「おすわり!」
「もうしてます!」
俺的には最高にバズると思うんだが。主にブルーベリー学園で。しかしながら流行に敏感なタロだとしてもそこまでの承認欲求は無いみたいだ。残念である。
俺は少しだけ体を仰け反らせて頭の位置をずらしつつ話を続けた。
「それにしても本当に可愛いポケモンが好きだよなー」
「だってだって! とーっても可愛いんだよ? 好きにならない理由が無いと思う! ほら、こことか!」
「分かる、ここも可愛いよな」
「それはわたしの眉毛だから!」
怒られたので渋々画面を注視すると、今度はイーブイがボールを頭に乗せてフラフラとバランスを取っている。今にも落としそうな絶妙な平衝感覚だが、恐らくはハラハラ感を演出する為の演技だ。こいつ、プロだな?
「今にも落としそうな雰囲気とか必死な感じとか。応援したい気持ちになるよね?」
「俺の目から見ると間違いなく演技なんだが」
「あーあー、聞こえませーん!」
なんとも古典的なやり方で耳を塞いで聞いてないフリをする。まぁ普段からイーブイと関わりが無いと分からないかもしれない。
俺は再び少しだけ体を仰け反らせて頭の位置をずらした。
「ねえカルくん」
「はい」
嫌な予感がする。これは直感だ。だから俺はタロから問われる前に再び頭の位置を動かした。
するとどうでしょう──僅かに頭部を動かし続けた結果、俺の頭がタロの太ももの上まで移動し終えたではありませんか。
うーん、絶景かな。呆れた顔のタロも凄い可愛いし、太ももは程よく柔らかくて暖かい。レビューするなら五つ星だね。リピートしても良いか?
「なんで注意する前に頭を乗せたの?」
「注意されるから」
「怒るよ?」
「怒られただけで止める訳ないだろ!」
「…………」
「分かったら返事は?」
「はぁ……もう良いです」
はい勝負あり。わがままを押し通した俺の勝ち。溜め息を吐いて諦めてるタロの顔を下から眺めながら、俺は幸せを噛み締めていた。
「溜め息を吐くと幸せが逃げるぞ」
「誰のせいだと思ってるの?」
「カキツバタか」
「……絶妙に否定出来ない回答は止めてよ」
やはりカキツバタか。こんなに優しいタロの機嫌を損なうなんて、アイツはろくでもないな。1度真面目に説教する必要がありそうだ。
俺の……いや、ゼイユの正義の拳……アイツは正義じゃねえな。取り敢えずゼイユに殴られれば良いんだよ!
「そうだ。たまにはカルくんのポケモンに会わせてよ」
「えー、やだ」
「……なんで?」
「だって相棒ばかりに構って俺を放置するし」
「そ、そんな事ないと思うけどなー」
超絶棒読みじゃん。絶対自覚してるだろ。
「お願いだから、ね?」
「じゃあ膝枕し続けてくれたら良いよ」
「うっ……」
「お願いだから、ね?」
「真似しないで下さい!」
タロの真似をしたら怒られた。痛くは無いけど頭をペシペシ叩かれまくっている。リズムゲームなら高得点待ったなしだ。
て言うか現在進行形で膝枕してるのに今更拒否する必要も無い気がするんだが。
「もう……今日だけですよ?」
「うつ伏せもセットに含まれますか?」
「うつ伏せになったらほんとに怒るから」
だよな。分かってた。俺にゃまだこのステージは早すぎるって。
仕方が無いのでこの姿勢のまま、俺は胸元に仕舞っていたモンスターボールを一つ取り出す。子供の頃からの最古参ポケモン。いつも一緒に寄り添ってきた相棒だ。
「シア」
愛称を口にすれば、呼応するようにモンスターボールが光を放ちながら開かれる。
急激に下がる気温と共に、空気中には微かに煌めく氷晶の粒子──所謂、ダイヤモンドダストが発生した。水色を基調とした全身と、氷を彷彿とさせる菱形模様の飾り。すました表情を見せるグレイシアの姿があった。
だがダイヤモンドダストが現れたのも一瞬の事である。ウッウの500倍は賢いグレイシア。瞬時に周囲の状況を判断して体温を上昇させていた。
うーん、自分のポケモンながら頭が良い。俺に似たんだろうな。この時点でウッウなら周囲を顧みずに叫んでるだけだぞ。
そしてグレイシアは斜め上を見上げて見つめてくる。俺──ではなく、タロに向かって。
「ああぁぁ……とーってもかわいいー!」
タロは グレイシアに メロメロだ!
そして俺もタロにメロメロだ。
タロは目がハートになってるんじゃないかってくらいにテンション上がってる。周囲のリーグ部員の目なんて気にしてない声の張り上げ方だった。
尤も膝枕の時点で気にするのを諦めた説もある。
「シアちゃん、おいで!」
タロが手を広げて愛称を口にすると、すました顔のままグレイシアは胸元へと飛び込む。強く抱きしめ返すタロの姿を想像して、俺は嫉妬に狂いそうだった。
何故想像なのかって? もう俺の顔面はグレイシアの尻で占領されてるからだよ。ちゃんと洗ってる筈なのにちょっとけもの臭いし。
シアの愛称で呼ばれる通り、俺のグレイシアは♀である。勿論俺にはめちゃくちゃ懐いているし、言う事だってちゃんと聞く。寝る時だって基本は一緒だ。
しかし何故か、ヒエラルキーの頂点はタロである。
一体誰に似てこうなってしまったのか。主人よりもタロを優先するなんて。それじゃあまるで俺と一緒じゃねえかよ。つまり俺似じゃねえか。じゃあ許すわ。
それにタロとグレイシアは女性同士の百合。そう考えると俺は百合に挟まる事を許された唯一無二の男。漫画界隈では最強を意味する……らしい。良く知らんけど。
つまりこの関係性が揺らぐのも時間の問題だ。
ま、現在進行形で物理的に挟まってるのはグレイシアだけどな!
「はぁぁ……可愛過ぎますよぉ。これで頭も良くて強いなんて、反則です」
「主人に似たんだろうなぁ」
「反面教師って大事だね」
なんか想定と違う回答が返ってきた。きっと素直に褒めるのが恥ずかしいんだろう。
それよりもシアよ。そろそろ退いてくれないだろうか。お前のせいで愛しのタロの顔が見られない。ご尊顔を供給しないと死にそうだ──なんて思っていると、流石は俺のグレイシアだ。雰囲気を察してタロから離れると、俺のお腹の上へと移動した。
でも25kgもあるから普通に重いぞ。自分のサイズがイーブイのままだと勘違いしてんのか?
「あっ」
「やっと会えたな」
少しだけ悲しそうな顔をしているタロへと話し掛けるが、その視線はグレイシアに夢中で見向きもしてもらえなかった。
「シアちゃんが……」
「さぁ次は俺を可愛がる番だ……」
「カルくんが退いてくれないとシアちゃんが来ないんだけど」
「ここは俺の占領地なのでそんな権利はありませーん」
「わたしの足だよ?」
「夫婦の共有財産ってやつだな……」
「違います!」
パシパシと頭部を叩かれまくる。そんなに叩いても俺の頭は太鼓じゃないぞ。
「脳みそが詰まってるから音は鳴らないからな」
「まめつぶサイズかと思ったのになぁ……」
「からんころん」
「あ、ほら! 鳴りました!」
頭を揺さぶられながら擬音を口に出せば、タロはころころと声を漏らして笑みを浮かべる。
タロ可愛い、あぁタロ可愛い、タロ可愛い。
見事な俳句が出来てしまった。歴史に名を残す快挙だ。字余りがタロへの愛が溢れ出る気持ちを表しているのは明白。
そして初春の入学式に出会ったタロは俺にとっての青春そのもの。つまりタロとは季語と言っても過言ではないだろう。
計算され尽くされた見事な俳句。この有り余る才能を腐らせておくのは、世界にとって大きな損失ではないだろうか。
「俺、将来は言語学の先生と鉱山企業の社長を両立するから」
「何の話ですか?」
「頑張るから。応援して欲しい」
「が、頑張って……?」
「ついでに頭を撫でながら『愛してる』って囁いてキスをして──」
突如としてパァンと乾いた音が響き渡った。目の前がチカチカ明滅して頬がヒリヒリと痛む。一瞬、何が起きたら全く理解出来なかったが、タロの振り抜かれた掌を見てビンタされたのだと把握した。
Q.何故?
A.調子に乗ったから。
天才的な頭脳は的確な答えを瞬時に導き出す。
しかし不慣れな事をしたからか、思ったよりも力が入ってしまったのだろう。タロは慌てた様子で俺の頬を優しく撫でてくれた。
飴と鞭。どっちもご褒美なのに両方くれるなんて女神か?
「……なぁ、お前らって本当に付き合ってねえの?」
そんな神聖な空間に異分子の声が聞こえてくる。人の道を外れた外道が土足で踏み込んでくるべき場所では無いというのに、理解出来ないようだ。
「シア、フリーズドライ」
「さすがのツバっさんもそれは死ぬぜぃ。キョーダイのグレイシアはシャレになんねえって」
ブルーベリー学園最強にして最大の汚点と呼ばれる男、カキツバタであった。降参と言った様子で両手を上げながら、椅子に座ったままこちらへと振り向いている。
こいつ、椅子から離れられない病気にでもかかってんのかな。今度椅子に画鋲でも置いとくか。
「だって膝枕だぜぃ? オイラだってしてもらった事ねえのに」
「は? タロとカキツバタって付き合ってたの?」
「そんな訳無いじゃないですか! 変な風評被害はやめて! カキツバタと付き合うくらいならカルくんと付き合った方が100倍マシです!」
「ひでえ言われようだねぃ」
「だよな。たった100倍な訳ないのに」
「ツバっさんの扱いの方な?」
カキツバタの扱いなんて普段からそんなもんだと思っていたが、どうやら認識に相違があるらしい。
「で、なんで膝枕なんてしてるんだ?」
「タロがどうしてもしたいって言ったからさぁ……」
「じゃあ早くどいてね」
「タロにどうしてもしたいって言ったからさぁ……」
「格助詞が違うだけで意味が全くちげえからな?」
え、カキツバタって格助詞とか知ってんの? 本当は言葉を喋られるだけで読み書きも危ういだろ。
名前を書いてもアンノーンみたいな文字になるって話題になってるぞ。
「その反応からして進展は無さそうな感じだねぃ」
「……すぞ」
「もう! 汚い言葉を使っちゃいけません!」
「ゼイユにある事ない事吹き込んでやる……」
「……うーん、迷惑掛からない程度ならいいのかな……?」
「良くねえって。本気で殴られた事のある奴なら平謝りする痛みだっての」
なんだお前、あんな心優しいゼイユに殴られたことがあるのか。普段の言動と行動に難があるんじゃないのか。人として恥じた方が良いぞ。
「そう言えばカキツバタ。頼んだ仕事はやってくれたの?」
「ん? ……あぁ。目を通したところだぜぃ」
「な……! き、期日は今日だよ!?」
「はは、留年してるオイラは期日なんてもんに縛られねえよ。ツバっさんが終わった時が提出期限! それだけよぉ!」
「ほ、他の人の5分の1も頼んでないのに……!」
珍しく本気で頭を抱えるタロに対して、カキツバタは妙に自信満々で胸を張っている。やっぱこの学園最強はろくでもない。
それにしても、なんだか不穏な雰囲気になってきたな。幸運に幸運が重なって得られた至福の時間だと言うのに。
……いや待てよ? もしかしたらカキツバタの不始末と言う緊急対応に追われて、ゆっくりと膝枕して貰えないのでは無いのか……?
「おいカキツバタ……」
「お、どーした──って、キョーダイの目が血走ってるねぃ……」
「表へ出ろ。徹底的に教育してやるよ」
「お、ポケモンバトルは構わねえけど……オイラなんかやっちゃった?」
あぁ、やったよ。禁忌の大罪を犯したところだ。俺も久々にキレちまったよ。グレイシアも俺の怒りに同調して戦闘態勢に入っているし、命は無いものだと思った方が良い。
「タロ、俺を膝枕したままバトルコートに連れてってくれ」
「そんな事はできませんし、今から書類を作らないと間に合わないから。はやくどいてくれる?」
「シア、代わりに書類作成は出来そうか?」
そう問い掛けてグレイシアに視線を向けると、自信満々の表情で頷いていた。
「出来るってさ」
「どう考えてもシアちゃんには無理です!」
「だってさ。シア、悲しいなぁ」
本当に言葉を理解しているのかどうかは定かでは無いが、タロが大きくバツ印を描いている事からある程度は理解しているのだろう。グレイシアはしょんぼりとした様子で俺の体の上で蹲っていた。
「ご、ごめんねシアちゃん。でも今は真面目な話だから」
「泣いちゃうくらい悲しいよな。ちょっと気分転換に散歩でも行くか」
どうしようも無いほどに名残惜しいが、俺は渋々と言った様子でタロの太ももから頭を引き剥がした。本当に、本当に残念ではあるが、そうと決断したからには早々に気持ちを切替える必要があるだろう。
何故ならばここにいると、リーグ部の仕事を手伝わされるからだ。
俺は悲しみに暮れている様子のグレイシアを床へと降ろし、自然な流れでその場を去ろうとする。
百歩譲ってタロが忙しいならまだしも、カキツバタの尻拭いをするなんて有り得ない。そもそも常にタイトなスケジュールの俺には無理な話だ。
このろくでなし! タロにめちゃくちゃ怒られて、口を聞いて貰えなくなればいいのさ!
俳優も唖然とする程の立ち上がって去るまでの完璧過ぎる流れ。グレイシアの気落ちした演技も俺じゃなきゃ見破れない程に完璧だ。さすが俺の相棒なだけある。
何食わぬ顔で立ち去ろうとした瞬間、俺の腕は何故かあらぬ方向へと引っ張られた。何事かと振り返ってみれば、満面の笑みを浮かべたタロの姿がある。
「同じリーグ部だよね。なんで逃げるの?」
何故バレたのだろうか。不審に思われる行動は何一つして無かった筈だ。隣にいるグレイシアさえも『私の演技、下手すぎ……?』って驚いた顔をしている。
考えに考えて思考を張り巡らせた結果、一つの客観的事実に辿り着く。
このタロガチ恋勢の俺が膝枕を継続させようと駄々こねていないのが余りに不自然だった、と。
いつもの俺なら一時間はゴネていちゃもんをつけているのを、タロは見逃しはしなかったのだ。
「カルくん、手伝ってくれるよね?」
「はい……」
「はは、尻に敷かれてるねぃ」
「カキツバタもやりなさい」
「はい……」
タロに直接頼まれてしまっては断る訳にもいかない。
「ははっ、悪いねぃキョーダイ。今度食堂でシアノ先生案の新メニューでも奢るからよー」
「いるかよ、あんなハイカロリー且つ炭水化物マシマシな料理。運動部じゃねえんだから。それに最近のトレンドはタロの手料理なんだよなぁ」
「そんな事言っても、頻繁には作ってあげないからね?」
「お前らホントに付き合ってねえのか?」
こうして俺達は机を陣取って、仕事を片付けて行く事にした。
今月のブルベリーグの順位付けと言うクソかったるい仕事。ポケモンバトルに立ち会った人からの報告を集計しながら、不備や不正が無いかを確認するだけの作業。内容自体は大した仕事じゃないものの、ひたすら同じ事の繰り返しである。
「これカキツバタにやらせるのは無理だろ」
「そう……ですか? 単純作業で一番簡単な仕事なんですけど」
「さすがキョーダイ、分かってるねぃ。単純作業ほど苦行ってもんよ。ツバっさんはもう飽きる一歩手前ってところだ」
「カキツバタ?」
「甘いな。俺はもう飽きてる」
「カルくん??」
あんまり怖い顔で睨みつけないで欲しい。俺は飽くまで手伝いなんだから。むしろ手伝ってる事に対してご褒美をするべきじゃないのかと思う。
頭撫でるとかさ。机に置いてあるお菓子をあーんしてくれるとかさ、色々あるだろ!
チラリと壁に掛けられた時計を視界に入れる。
仕事をして経過した時間は……10分か。我ながら良く頑張った方だと思う。
「終わりが見えてきたし、そろそろ休憩するか?」
「まだ8割も終わってないから! 間に合わないので駄目です!」
「ツバっさんは良いと思いまーす」
「俺も──」
「怒るよ?」
「おいカキツバタ、真面目にやるべきだろ。常識的に考えろよ」
「ん……あれ? オイラが悪いのか?」
悪いだろ、全ての元凶だ。お前のせいで膝枕が無くなったんだぞ。分かってんのか?
……思い出したらイライラしてきたな。ムカつくからスマホロトムのページを私用に切り替えて、学内ポータルサイトを表示する。
その中でも学生同士の交流ページを開く。不特定の生徒が提示した話題について語り合う、スレッド掲示板形式のページだ。匿名での書き込みは可能だが、学園側には個人情報がバレバレなので、意外にも治安が良かったりする。
俺はスレッドの新規作成を選択して掲題を書き込む。
『整髪料と歯磨き粉を間違えて使用したチャンピオンがいるらしい』
そしてカメラアプリを起動し、カキツバタの髪型を拡大して撮影。投稿。完璧過ぎる。
「よし」
「何が良しなのさ?」
「ねえ二人とも。ちゃんと仕事やってくれる?」
カキツバタの反応はどうでも良いが、タロの視線がとても恐ろしい。だが俺には果たさねばならない使命がある。
椅子をずりずりと動かしてタロの真横へと移動した俺はタロへと身を寄せる。訝しげに見つめてくるタロの視線を知らぬ存ぜぬを突き通して肩を組む──
「そういうの止めてくれる?」
──のは手を弾かれて無理だったので、身を寄せるだけに済ませる。悲しい。でも身持ちの堅さは高評価だ。未だに俺の中での株を上げ続けるとはさすがタロである。
俺は気落ちせずに再びカメラアプリを起動して普通のツーショットを撮影した。
「はぁー……この写真、永久保存版ですね!」
「……わたしの真似ですか?」
「可愛いポケモン撮る時みたいに言って欲しかったから、代わりに俺が言おうかなって」
「カルくんとの写真で言う筈ないよね?」
「そうだよな、永久保存しなくてもいつも撮ってるし」
「そう言う意味じゃなくて!」
俺は撮影した写真を確認する。……うん、誰もが羨む素晴らしい写真だ。ブルーベリー学園が誇る優等生の美男美女。シアノ先生に送って公式ホームページの一部に起用するように進言しとくかな。
そして俺は再び学内ポータルサイトを開き、スレッドを更に新規作成して掲題を書き込む。
『俺の彼女を紹介する。交際記念日だから祝福してくれ』
「よし」
「……カルくん? 何してるの?」
完璧過ぎる投稿の余韻に浸りたい所だが、タロの視線が一層厳しくなったので俺は仕事へと戻る事にする。
「ちなみにタロのここ間違ってるぞ」
「え……あ、ほんとだ」
「で、何だって?」
「う……」
「それと進捗自体はさほどタロと変わらないから」
「…………」
「まさかカルくんがちゃんと仕事してるなんて……」
「わ、わたしの心を声を代弁しなくて良いです!」
恥ずかしそうに顔を赤くしたタロにグイグイと押されて元の位置へと戻されてしまった。あわよくば隣に永住しようかと思っていたのに残念である。
そんな一連の行動をぼーっと眺めていたカキツバタが口を開く。て言うか見てないで働けよ。お前は死ぬ気でやるべきだろ。
「……カルサイトって優秀だったんだねぃ」
「褒めたって四天王の仕事はしないからな?」
「いやー、純粋にオイラと同じタイプなのかなーって思ってたんだけどよー。ぶっちゃけ、成績の方はどうなんよ?」
「人格も評価されて天元突破さ……」
「やっぱ本当はバカだよな」
カキツバタとアカマツ君にだけは言われたくない台詞が出てきたな、おい。
「タロ、彼氏の悪口を言われてるぞ。黙ってて良いのか?」
「……彼氏じゃないですけど、カルくんは出席率と授業態度が悪いから成績は良くないんじゃないかなぁ」
「あー、まぁそうなるわな。じゃあテストの点はどうなんだぃ?」
「くぅ……」
「カルくんのテストの点はー?」
「た、高いよ……」
タロさんや、律儀に答えてくれる辺りめっちゃ可愛いけど、凄い悔しそうに答えるのはどうかと思う。
でもその反応に強い興味を示したカキツバタが身を乗り出しながらこちらを見つめていた。
「お、そんな反応するってこたぁ、もしかしてタロよりも……?」
「優等生のタロさん、教えちゃってくださいよー」
「……いです……」
「ツバっさんにも聞こえるように頼むぜぃ」
「わたしよりも……高いです……」
「おー、やるなー!」
「そりゃあ未来の鉱山王だからな」
「これならヤーコンさんも安気だねぃ!」
机に突っ伏してひんしになってしまったタロを他所に、俺とカキツバタは拍手喝采で盛り上がっていた。
しかしカキツバタは珍しくノリが良いな。お前もしかしてこのノリと勢いで仕事をサボる気だろ。褒めるのは幾らでも受け入れるが、そうはさせないからな?
実際のところ直近の小テストの結果は、タロが94点に対して俺が96点と言うハイレベルながら僅差での勝利。
負けた方が相手の言う事を聞く──なんて約束をしたからか、テスト用紙が返却された際にドヤ顔で用紙を見せびらかしてきたタロの顔は見物だった。
可愛過ぎて今でも鮮明に思い出せる。『いやー、その点数は強過ぎでしょ。四天王も伊達じゃないな』なんて言いながら俺がテスト用紙を見せた時の顔も然りである。
そう言えばまだ勝者の権利を行使してなかったな。正確にはしてくれないの間違いだけど。
「負けた方は勝った方の言う事を聞くの覚えてる?」
「……ちゃんと覚えてます!」
「お、つー事はまさか本格的に交際が始まる──」
「弱者だなぁ、カキツバタ君。君は実に恋愛弱者だ」
下らない事を言い出したカキツバタの言葉を遮り、俺は指を振って全否定する。
「本人の意思を無視して付き合ったところでなんの意味も無いだろ。タロが心から俺を愛して恋人になるからこそ、幸せな家庭を築ける訳で」
「ま、真顔で恥ずかしい事言わないで下さい! それに家庭は飛躍しすぎです!」
「じゃあ他に何の言う事を聞かせるんだい?」
「夜伽──あぁウソウソ。ウソッキーだから。ネストボール構えないで」
危ない。突っ込む側の俺がドリュウズに突っ込まれるところだった。
「毎日モーニングコールで起こして欲しいってお願いしたんだよ」
「わたしの負担が大き過ぎるのでダメです!」
「──と、バッテンをしながら言われてな。かと言って期間限定でも勿体無いだろ? だからアラームで設定出来るように4種類の目覚ましボイスを録音するように頼んだんだけど、中々送ってくれなくて」
「……期間限定のモーニングコールを録音すりゃ良いんじゃねーの?」
「愚かだなぁ、カキツバタ君。君は実に愚かだ」
「その微妙にイラッとする言い回し止めてくれねえかい?」
珍しくカキツバタが眉間に皺を寄せて苦言を呈しているが、そんな事言われたら余計に辞める訳にはいかない。
俺からタロの膝枕を奪った代償は高くつくからな!
「そんな俺のレスポンスありきの反応を録ったところで50回も聞けば飽きるだろ」
「それだけ聞けば十分じゃねえかなぁ」
「カキツバタの言う通りだよ。……何とか2つは録音したけど、毎晩カルくんカルくん言って試行錯誤してるわたしの気持ちを理解するべきです! ただでさえとっても恥ずかしいのに、ちゃんと録音できたかどうか自分で確認してるんだよ!?」
顔を真っ赤にしながら机を叩いて抗議をするタロであるが、そんな発言に意を介すつもりは毛頭に無い。
何故ならばそれこそが俺の望んでいたタロの姿なのだから。
「な? この背景を想像して聞けば一人ミリオン再生行けるぞ。どう考えても可愛過ぎる」
「……確かに可愛いかもねぃ……」
「は? 今俺のタロに向かって色目を使っただろ。バトルコートに行こうぜ」
「タロの事になると目つきが変わるの何とかならねえの?」
「いいから2人とも! 時間が無いから早く仕事に戻って!」
『はい……』
この後、めちゃくちゃ仕事した。
「はぁー……なんとか間に合いましたね」
終業の放送が流れるギリギリの時間。俺達は何とかリーグ部の業務を終えて一段落する。さすがのタロも緊急対応に追われて疲れたのだろう。肩の荷がおりたと言わんばかりの表情を見せていた。
しかしだ。一つだけ気に食わない事がある。
「いやー、二人ともおつかれぃ!」
このニコニコと笑みを浮かべている録でもない学園最強の事であった。
「……カキツバタ! どう言うことなの!?」
堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに、立ち上がったタロが声を張り上げる。中々耳にしない程の声量。他の部員は居ないのが幸いだったと言えよう。
とは言えその怒りも尤だ。なにせ最後に各自の作業を纏めている時にそれぞれの負担割合が分かったのだが余りにも酷過ぎた。
タロ5割、俺4割、カキツバタ1割。
これが大まかな作業量である。
「いやぁ途中で書くとこ間違えるのに気付いてよー。直し終えたらやる気が無くなったんだぜぃ」
「だからって! 手伝ってくれたカルくんの方が仕事してるのはどうかと思うよ!?」
「オイラに任せて仕事が増えなかっただけでも万々歳ってな」
うん、やっぱコイツ俺よりも遥かに酷いわ。チャンピオンの座を誰にも譲ろうとしない自己顕示欲の塊の癖に、その責務を一切果たそうとしない我侭さ。
なぁカキツバタ。本当は未就学児だろ?
だが俺は2人のやり取りを澄ました顔で聞いていた。タロに迷惑を掛けるカキツバタは言語道断であるものの、その怒りを俺は決して顔には出していない。
穏やかな心に激しい怒りを胸に抱いた俺は、人として新たなステージへと変身する一歩手前であった。
「なぁタロ。そんなコダックよりも手伝った俺への褒美を優先して欲しい」
「いやコダックは言い過ぎだろ」
「そうだよ。コダックは可愛いんだから」
「それはフォローになってねえぜぃ?」
「フォローするつもりなんて無いから」
「辛辣だねぃ……」
辛辣にされるのはそれなりの理由があるからだぞ。優等生である俺を見習え。
「例えばお礼にハグするとかさ……あるだろ?」
「迷惑を掛けたのはカキツバタなので、カキツバタでどうぞ」
「お、ツバっさんのハグが欲しいのかい? 良いぜいキョーダイ! 来な!」
とても理不尽なご褒美だった。しかもカキツバタは満面の笑みで立ち上がって両手を広げてるし。
この世の不条理ってのはこう言う物なんだなと、俺は世界の真理を垣間見た。
だが聡明なカルサイト君。この光景は全て予測通りである。例え本気で泣きたいくらいのご褒美だったとしても、全て予測通りなのだ。
「仕方ないな……」
「お、ホントにするのかい?」
立ち上がって何食わぬ顔でカキツバタへと近付いていく。
世界の真理を垣間見た俺の頭脳は、タロに断られる事もカキツバタが調子に乗るのも全て理解していた。だから俺の表情にはなんら変化は無い。
さも当然のようにカキツバタの正面に立って、強く抱擁をする。
そう、全てはこの瞬間の為に。
「……カキツバタ」
「熱い抱擁だねぃ……」
「見せてやるよ、俺の熱い思いを」
「ん? お、おう?」
冷静さをかなぐり捨てた俺は阿修羅へと変貌する。膝枕を奪いタロへと迷惑を掛けた諸悪の根源を成敗する為に。
今の俺はゼイユ。そう、ゼイユなのだ。ゼイユの魂が体に宿っていると言い聞かせて心を奮い立たせた。
全精力を込めて全身の筋肉を駆使する。ポケモントレーナーとして鍛え上げられた肉体。カキツバタを持ち上げるのは実に容易い。
そして跳躍。2人で宙へと浮かび上がりながら、俺は声高らかに叫ぶ。
「ゼイユ直伝! じごくぐるまぁあ!」
空中でぐるぐると回転──するのはさすがに人じゃ無理な所業なので、半回転でカキツバタを地面へと叩きつけた。
部室全体が揺れたんじゃないかって程の衝撃と沈黙。地面へと突き刺さる……とまではいかないが、カキツバタは大の字になって倒れ込み、ピクリとも動かなかった。
死んだか?
「悪は滅びた……」
「や、やり過ぎだよ!?」
「奴はロケット団の幹部の一人だからな……」
「ロケット団はとっくに滅びてます! ほら、カキツバタが白目剥いて失神してるよ!」
「転倒対策の衝撃緩和素材の床だし大丈夫だって」
良い感じに頭を打って悪い所が治ってる筈だから。古いテレビみたいに。むしろカキツバタにつける薬としてうってつけだ。
「一応、医務室連れてってね……?」
「そんなベッドのある所に俺とタロが……!?」
「カキツバタを! 連れてくの!」
「カキツバタと……俺……?」
「2人ならどうぞご勝手にして下さい」
少しくらい嫉妬とかさ……しても良いんじゃないの?
取り敢えずタロが少し不安そうにしてるので、俺は医務室に向かうとする。しかしタロに心配掛けさせるなんてどうしようも無い奴だな、お前は。
カキツバタが独りでに転んだという体にして、俺は歯磨き粉を引き摺って医務室に行くのだった。
「たろいもー」
「おかえり……で良いの?」
手間のかかる男を医務室へと運んだ俺は、再び部室へと戻った。タロも学園への報告も無事に終わったのだろうか、ロングソファに座り込んで一段落と言った様子である。
「その後に続けてこう言うらしいぞ。……お風呂にする? ご飯にする? それとも……」
「ビンタにする?」
「え! じゃあビンタで!」
「なんで嬉しそうな顔してるんですか!?」
そりゃタロのビンタだぞ。嬉しいに決まってんじゃん。
ひと仕事を終えて心地良い疲労感を体に感じながら、俺はタロの隣へと座り込む。他に部員のいない2人きりの部室。プライベート空間と比喩しても過言では無い。
そう考えると少しばかりいやらしい雰囲気になってきたか? ……なってきたな! 実にいやらしい!
いやらし過ぎて俺の頭の中ではムーディーなBGMが掛かってきたぞ!
これはタロも雰囲気に呑まれてやらしい感じになってると確信した俺は隣へと視線を向ける。
両腕で体を守っているタロの姿があった。
「……鼻の下が伸びてます」
「鼻の下ポケモンなんだ。許してくれ」
「そう言えばアカマツくんにダイノーズって言われたんだったっけ?」
「全然似てないだろ。あの野郎、何勝手に広めてんだよ。アカマツ君にもじごくぐるま食らわせてやろうか」
「もう! アカマツくんを虐めちゃダメです!」
「あー! じごくぐるましてえなぁ!!」
カキツバタの時は何も言わないのにアカマツ君は庇うなんて……。そんな些細な事に嫉妬心なんて抱かない寛大な心を持っていても、俺の胸がとても苦しかった。
苦しくて苦しくて呼吸が止まってしまいそうだ。決して嫉妬なんてしていないのに……俺は病気なんだろうか?
「タロ、俺は病気なのかもしれない……」
「頭の、ですか?」
「この恋の病を治せるのはタロ、君だ……」
「頭の病気ですよ」
タロ先生による診断結果が下された。処方も慈悲も無い。そして異論は認めないようである。
俺の下らない発言に、呆れた様子のタロが髪飾りを触っていた。そして咳払いをして喉の調子を整えたかと思えば、少し姿勢を正している。
一体どうしたのだろうか──なんて考えていると、タロはこちらを見つめながら、とんとんと太ももを手のひらで叩いた。
「はい、どうぞ」
そう言ってタロは再び太ももをぺちぺちと叩いている。
…………?
一瞬、何の事なのか分からなかったが、閃き王としてシンオウ地方の一家庭で名を馳せた俺は瞬時に理解する。これはタロの創造したリズムゲームなのだと。
そうと決まればやる事は一つ。俺はタロの真似をして太ももを叩いた。
「…………?」
俺の叩き方が悪いのかタロは訝しげに太眉を顰めて見つめてくる。そして今度は3回連続で音を鳴らした。
ぺちぺちぺち。
俺も負けずにぺちぺちぺち。
「真似しなくて良いから! お礼に膝枕してあげるって言ってるの!」
「!?」
「そ、そんな驚くほどの事かなぁ……?」
驚くしか無いだろ。タロから膝枕を誘ってくるなんて、俺の妄想でしか有り得ないと思っていたのに。
……もしかしてこの光景は妄想なのか?
「うつ伏せになっても良いか?」
「怒るって言ったよね?」
妄想じゃなかった。良かった。
ここが現実である事を認知した俺はタロの言葉を素直に受け入れ、甘えさせて頂く事にする。
俺は横になってタロの太ももへと頭を下ろす。
一応、警戒を崩すこと無く、恐る恐ると緩慢な動きで。実はドッキリでした──なんて満面の笑みのカキツバタが侵入してくるかと思ったけど、そんな事は無かった。
覗き込んでくるタロの顔が良く見える。絶妙に張りのある太もも。タロの香りに包まれるような多幸感。
──あぁ。俺の目指したポケモンマスターはこんなところにあったんだな。
「……一応、してあげるって言っちゃったし。お手伝いも頑張ってくれたから特別だよ?」
「ありがたやありがたや……」
「その代わり! またシアちゃんに会わせて下さいね!」
「ありがたやありがたや……」
「わたしの話、聞いてる?」
勿論聞いてる。タロの言葉は一言一句聞き逃す事は無い。その為に耳が付いて生まれてきたのだから。
「でも……良いのか?」
「……? 何がですか?」
「うちのクラスにタロの事が好きって男子がいるんだよ」
「それは今、関係無いと思うけど」
「でもタロもその男子の事が好きって噂らしいし」
「……誰の事? カルくんって言ったら頭叩くから」
「…………」
「…………」
「ア、アカマツ君」
無言でぺちぺち叩かれてしまった。
「……わたしのことどれだけ好きなんですか、もう」
「望む事ならなんだってしてあげたいくらいに」
「じゃあお金が欲しいって言ったら?」
「おじさんのきんのたまをあげよう」
「……ならチャンピオンになってって言ったら?」
「なるぞ。明日にでも」
本気も本気で。ネリネ以外の思考パターンは大体理解してるし何とかなるだろ。最近のアカマツ君はたまに人外的思考回路になってるけど、さすがにバトル中は単純明快アカマツ君だろうし。
でも俺が即座に断言したのは予想外だったのだろうか。タロは随分の驚いた顔でこちらを見ていた。
「……もう。そんな勝てて当たり前みたいな反応されると困ります。わたしにも四天王としてプライドがあるんですから」
「でも俺はカキツバタに勝ってるし」
「……タイプ相性ってありますからね」
「え!? タロさんってフェアリー使いなんですか!?」
「今のは失言でした! わたしが悪かったです!」
本来のタイプ相性で考えたらタロとカキツバタって圧倒的にタロの方が有利のはずだからなぁ。ポケモンバトルへの熱意……と言うか、純粋に可愛いポケモンが好きなだけで強いのがタロだし、仕方無いのかもしれないが。
……むしろわざと負けてあげてる説もあるか? 3留してるカキツバタが学園最強の座から落とされたとなれば、最早腐ったオボンのみ。ブルーベリー学園の汚点でしかない。
となればやはり虐めも必至だろう。机の上に歯磨き粉で退学しろとか書かれる光景が容易に想像出来る。
そんな事件を未然に防ぐなんて。
タロは本当に優しいなぁ……。
そんなタロの優しさを噛み締めている時だった。タロのスマホロトムから着信音が響き渡る。
「手が離せないよな、出るよ」
「止めて下さい!」
ものすっごい拒否された。浮気相手か?
そんな俺の不安をどうでも良いと言わんばかりに、タロは通話を開始する。チラリと視線を送って確認すると表示されていたのは女子生徒の名前だった。
偽装名での登録だな。浮気相手か?
『タロちゃん? 今大丈夫?』
スマホロトムのスピーカーから流れてくる女性特有の声色。ボイスチェンジャーと言う可能性も否めないが、さすがにそこまでタロを疑うほど落ちぶれてはいない。
何故ならば恋人とは信頼関係で成り立つものだから。
「うん、大丈夫だよ。いきなりどうしたの?」
『こっちの台詞だよ。凄い噂になってるみたいだけど……』
「……? 何の事?」
幾ら百合の間に挟まる事を許された男とは言え、女子トークに挟まるほど俺は無粋な男じゃない。俺はタロの会話から意識を切り替える事にした。
そしてタロのスマホロトムを見てふと思い出す。そう言えば学内ポータルサイトの交流ページに投稿した内容はどうなってるんだろう、と。
俺はタロの太ももに頭を乗せたまま、自身のスマホロトムを浮かべて操作する。トントントンとタップをして履歴を手繰っていけば目的の場所は直ぐに辿り着いた。
『整髪料と歯磨き粉を間違えて使用したチャンピオンがいるらしい』
返信数:1
『いつもの事だろ』
まるで人気が無い。カキツバタの人望の無さが伺えた。
まぁ俺としてもこのスレッドに関して言えば実にどうでも良いの一言に尽きる。云わば前座。前座にもならない囮だ。なんの囮になってるかも良く分からないが、コイキングに食わせる撒き餌みたいなものだ。
やはりタロ。タロしか勝たん。次は本命のタロのスレッドを開こうとした──そんな時だった。
ぼふん、と俺の頭が一瞬だけ持ち上がったと思えばソファと激突する。何事かと考えるよりも、視界に映るタロが立ち上がり、こちらに振り向いてしゃがみ込んでいた。
……あれ、俺の膝枕が!?
横向きに寝ている俺の眼前に、直視するには眩し過ぎるタロのご尊顔が近付いてきた。
「最近薄々と思っていたんです。ちょっとカルくんを甘やかし過ぎたかなって」
何処か遠い目をしたタロがポツリポツリと呟き始める。
「最近のカルくんは少しは真面目になったし、大人しくしてるから嬉しかったんです。だからちょっとくらいは要望にも応えてあげようかなって。……他の人と違ってカルくんの本気度合いは良く分かってるので、好意をぶつけられるのも……その、嫌じゃなかったりします」
「タロ……可愛いタロ……」
「──でもその考えは間違ってる事に気が付きました。カルくんはわたしが厳しく律して矯正しないといけないんだなって。カキツバタのようなろくでなしにならない為にも」
「タロ……怖いタロ……」
「わたしは真面目な話をしてるんですよ」
とても怖いタロ……。
「説明、してくれますよね?」
そう言って優しさをどこかへ消し去ったタロがスマホロトムをこちらに向けてくる。その画面に映っていたのは俺が仕事中に投稿したスレッドのページだった。
『俺の彼女を紹介する。交際記念日だから祝福してくれ』
返信数:1000
『タロちゃんに馴れ馴れしいコイツ誰だよ』
『カルサイトじゃねえか』
『ケンタロス ブルベの姿だろ』
『しね』
『しねしね』
『しねしねこうせん』
『おめでとう!』
『自演乙』
まさに地獄絵図。ブルーベリー学園の地獄はここにあったんだなって断言出来る光景だった。
口にするのも恐ろしいほどの罵詈雑言であるが、俺に対しての嫉妬だと思えばその認識は一転。祝福の言葉と称しても過言では無いだろう。
しかしお前らの書き込みは学園側に筒抜けなの分かってんのか? 処罰を恐れない無敵超人かよ。
「タロ、大丈夫だよ。俺はこんな些細な悪口に心を痛めたりしてないから」
「カルくんのメンタルの心配じゃなくて! なんでツーショットを彼女であるかのように説明したのか聞いてるの!」
「……妙だな。事件の匂いがする……」
「この書き込みを新聞部が取り上げたせいで! 今学園の事件になってます!」
「……そうか! この事件は二人が付き合えば解決する!」
「カルくん」
「はい」
「正座して」
「はい」
さすがに度を越してしまったのだろうか。急に素面に戻ったタロが怖過ぎて、俺は素直に地面に正座した。
「いつも言ってるよね? 他の人に迷惑を掛けちゃ駄目だって」
「手間のかかる可愛い子って言うだろ?」
「そう言う性根の曲がったところを、今からしっかり叩き直してあげるから。覚悟してね?」
タロの好感度がちょっぴり下がった。
カルサイトの性根は変わらなかった。