「ネリネには分からないのです。人を好きになる気持ちが」
燦々と降り注ぐ陽光を浴びながらコーストエリアの砂浜でバカンスを楽しんでいると、珍しい人に話しかけられた。
料理部に作って貰った特製ドリンクと購買のお菓子を口にして一息つく。あぁ、まさに天国に登るような幸福感。日々の多忙な生活から解放された瞬間は堪らないな。
「つまりそれは……人を好きになる気持ちが分からないと言う事か?」
「そう言っているのですが」
「つまり恋を知らない……と言う事は人を好きになる気持ちが分からないのか?」
「だからそう言ってます」
「……わざわざ砂浜にいる俺に聞く事なのか?」
「ゼイユが言っていたのです。恋の真理を知りたければカルサイトに聞くべきだと」
あのバカ、他人を使って憂さ晴らししてねえか?
しかし、本当に珍しい来客だなぁと思いながら俺は眼前の女子生徒、ネリネを見る。
ネジを模した奇怪な髪型とトゲトゲした眼鏡。ブルーベリー学園の生徒会長にして四天王。まるで機械の如く、時間厳守と規律遵守を徹底する真面目一辺倒の性格。
所謂、カキツバタとは正反対とも言える性格の女子だ。類は友を呼ぶと言うし、ここに来たのも俺から漂う誠実なオーラが影響した可能性が高いな。
さすがゼイユ。人選を分かっている。さっきはバカにしてごめんな。でもいつもバカにしてるから別に良いよな。
うん。俺の心の中のゼイユは優しいから許してくれる筈だ。
「しかし……何故制服を着ないのですか?」
「そりゃあそうだろ。バカンス中だぞ」
「何故バカンスを?」
「バカンスをしたいから」
「いえ、そう言う意味では無くてですね」
眼鏡の位置を直しながら、ネリネは呆れたように冷たい視線を向けてくる。
一体何がおかしいと言うのか。俺の今の姿は、前を開けたラッシュガードとド派手な真紅の水着に、くそでかサングラスと花柄のビーチサンダル。そして浮き輪を横に置きながら、パラソルの下でビーチチェア。
何もおかしな事は無い。
「ならば何故ネリネは制服を着ている?」
「それが規則だからです」
「就寝やお風呂に入る時も制服なのか?」
「そんな訳ありません」
「なら海岸にいる時に水着になるのはおかしい事か?」
「……む」
俺の巧みな話術に少しだけ混乱した様子でネリネが考え込む。もしかしたら俺は詐欺師になれる才能があるのかもしれない。
実際のところ、ブルーベリー学園の校則は有って無いような物だ。カキツバタはリーグ部のユニフォームしか着てない……のはそもそも参考にならない人物だとして、あの優等生のタロだって私服のカーディガンを羽織っている。
俺も白シャツは着てるけどアウターは黒コートだし。元を辿れば制服がダサいのがいけない。
学生主体でご自由にどうぞ。でも揉めてたら校則準拠で判断してね──と、言うのが学園全体の暗黙の了解だ。
「なるほど。その発想はありませんでした。ならばネリネも水着を着るべきでしょうか?」
俺もその発想は無かったけどな。頭に付いてるネジは伊達じゃないな?
ここは肯定したいところだが、ネリネとバカンスデートしてるなんて噂が広まれば、タロになんて言われるか分からない。俺はいたずらごころをグッと堪えて、静かに首を横に振った。
「いや、俺はバカンスを楽しんでいるから水着であるべきだが、俺に会いに来ただけのネリネが水着になる必要は無いんじゃないか?」
「なるほど。場所では無く目的に応じた服装。心得ました」
口先だけの言葉で心得るなよ。俺も心得てないのに。
「待って下さい。ネリネは気が付きました。……そもそもバカンスをする事が校則違反なのでは無いでしょうか?」
「校則に書いてあるのか?」
「……いえ、特筆されていませんが。でも学生の本分から離れているのはいかがかと」
だろうな。常識的な話だから。
風圧でガラスが全損するので、カイリューに乗りながら廊下を走らないって書いてないもんな。
何故ならそんなバカはいないから。
「でも俺だし」
「心得ました」
だから心得るなよ。
「……人を好きになる、ねえ。なんでそんな事を?」
「ゼイユが浮いた話や恋バナを聞きたいと頻繁に口にするので、ネリネは聞いたのです。人を好きになるとは何なのかと」
「へえ、ゼイユが」
そりゃあ壁ドンしたら少しときめいてた訳だ。本人が壁ドンしたら拳がめり込みそうなのに。
「しかしゼイユは返答に窮するように口を噤んだまま沈黙」
「そして机を叩いてドラムアタックを開始」
「違います」
「餌付けして喋ったと思ったら俺の名前だった訳だな」
「ご明察です」
餌付けはしたのかよ。サファリゾーンか?
でもゼイユってただの耳年増だろうからなぁ。愛だの恋だの分かっているなら、今頃恋愛の一つや二つしてるだろうし。顔だけは良いからな。顔だけは。
となるとやはりタロへの愛を前面に出している俺の方が適任か。仕方ない。ここは部員仲間として一肌脱いでやるか。
ま、これ以上脱げるのは水着だけだがな!
「うーん、確かにゼイユよりは詳しいと思うが……だが恋を一言で表すには難しいな」
「それは何故?」
「例えば美味しいと思う料理。シンプルな調味料ならまだしも、複雑な工程で作られた料理が何故美味しいのかを言語化するのは難しいだろ?」
「……一理あります。つまり、人を好きになるのも複雑なのだと」
「そ。好きになる中でも一目惚れなんて簡単に言うけど、どんな理由だとしても人の感情である以上、複雑なんだよ」
なんか真面目に話をしてる時の俺ってかっこいい気がする。ただでさえイケメンなのに今の俺は死ぬほどイケメンかもしれない。直視してるネリネが死んでしまうんじゃないかと不安になってきた。大丈夫か?
そう思ってネリネの顔を見たが真顔だった。
「では……どうすればネリネは理解できるのでしょうか?」
「実際に経験するのが手っ取り早いけど難しいと思う。だから……俺とタロのやり取りを間近で見れば自ずと分かるんじゃないか?」
「なるほど。見て感じた事を言語化すると」
ネリネが静かに頷いて納得したのならば、やる事は一つ。タロと連絡を取るのみ。
スマホロトムを浮かべて、躊躇いも無く通話アプリを起動して発信する。少し用事があるから──なんて授業後に別れを告げられたけど、そんなものは俺とタロが紡ぐ愛の障害には成り得ない。
そう。必ず最後に愛は勝つのだ。
『……もしもし?』
「式、いつにする?」
『ねえカルくん。わたしは用事があるって言ったよね?』
通話してくれただけ優しいけど、今までに無いくらいつんつんした態度で返事が来た。俺もタロをつんつんしたい。物理的に。
これが愛だと言わんばかりに俺はネリネに親指を立てた。その仕草を見てネリネも俺に親指を立てた。でも残念ながらお互いの意思は何も伝わってないだろう。
ちなみに俺とタロが通話する時は、必ずカメラを起動してお互いの顔を認識出来るようにしている。何故ならば俺がタロの顔を見たいから。ポケモンバトルで勝ち取った権利なので、タロも文句を言わずにカメラを起動してくれる。最早事実上恋人だ。式いつにしようかな。
「明日とかどう?」
──なんて口にした瞬間だった。まるで眼中に無かったタロの背景に、小柄な男子生徒が映っていたのだ。
「なんだァ? てめェ……」
『ひ……カ、カル先輩、オレだよ! アカマツだよ!』
燃える闘魂の後輩、アカマツ君だった。殺意のフィルターで顔が見えてなかったわ。あと一歩で殺りに行くところだったよ。アカマツ君、命拾いしたな。
だがしかし、解せない所もある。
「おいアカマツ君。タロと密会するなんて報告は受けてないんだが。会員としての報告義務を怠っていないか?」
『わたしが口止めしたの。アカマツくんは悪くないから!』
「アカマツ、てめェ……」
『アカマツくんを苛めちゃダメです!』
くそ! なんでだ!? なんでタロがアカマツ君を庇うんだ!?
こんな寝取られビデオレターを見る羽目になるとは思いもしなかった俺は思わず動悸が激しくなる。これでアカマツ君に『いえーい、カル先輩見てるー?』なんて言われた日には、発作で死ぬかもしれない。
俺は思わずネリネの顔を見た。すると、さっきと同じように親指を立ててくる。
久しぶりに本気でイラッとした。
『タロ先輩も、秘密にするなら電話に出ない方が良かったんじゃないの!?』
『……アカマツくんは1年生だから知らないと思うけど、グランブルお昼寝事件って言うのがあってね……』
「嫌な事件だったな……」
『カルくんのせいだよ!?』
本当に辛い……とても辛い事件だったな……。
『……わたしがグランブルのお腹でお昼寝してる時に、スマホロトムを部屋に忘れちゃってね。そのタイミングで丁度カルくんが通話をしようとしてたの。当然だけど何度も着信があっても気が付かないから、折り返す事も出来なくて』
「嫌な事件だったな……」
『……まぁでも良くある話じゃないの?』
『ここで終わればそうなんだけど……カルくんってばわたしに何かあったんだと本気で心配になっちゃったみたいでね。ファンクラブを総動員してわたしの事を探した上に、目撃情報を求む──って5000BPの報酬で依頼を出したの。そしたら学園中が宝探しの異様な雰囲気になっちゃって……』
「嫌な事件だったな……」
『それしか言ってないからね!?』
結局見つけたのは俺だったし、昼寝から目覚めたタロは呑気に鼻歌歌いながらグランブルのお腹を撫でてるし。
ガチで泣きそうだったのは後にも先にもあの時だけだ。
『……なんかスケールはとんでもないけど、カル先輩は良い人って話だね』
『うん、根は良い人なんだよ。根は』
「まるで根っこ以外は腐ってるみたいな言い方だな」
『まともならそんなバカンスな格好でいないと思います!』
『そうそう! カル先輩はまともじゃないのが良い所なんだから!』
「褒めてんの? 貶してんの?」
でも両手でバツ印を描くタロの言葉はぐうの音も出ない正論だった。取り敢えず真面目に見えるようにくそでかサングラスは取っておこう。
『とにかく! カルくんの電話を放置しておくとろくな事が無いから仕方なく出ないといけないの!』
「またまたー、話せて嬉しいくせにー」
『先輩も大変なんだね……』
「アカマツ君も分かってくれるか」
『いや、カル先輩じゃないよ』
『そうだよ。カルくんは迷惑掛ける側なんだから』
「はっはっは、面白い冗談だな」
面白過ぎて涙が出てきたよ。結託して俺を虐めるなんて。2人きりの時間を邪魔した腹いせなのだろうか。タロとアカマツ君が盛大な溜息を吐いて呆れた様子を見せている。
『タロ先輩もわざわざ秘密にする必要は無いんじゃないの? 素直にり──』
『アカマツくん! 秘密だってば! ……じゃあカルくん、また後でね!』
そう言って俺の返答を待つ事も無く、タロからの通話は切られてしまった。でもまた後で、だなんてやっぱりタロは優しい。惚れ直すよね。
そうと決まれば会いに行くべきだろう。また後でと言う事は、直ぐにでも俺に会いたいと言う事。即ち愛の告白なのだ。
そんな考えが俺には手に取るように分かる。何故ならば恋愛プロフェッショナルなのだから。
「さてネリネ。タロに会いに行くぞ。愛を育む為にな」
「ネリネは少し分かったかも知れません」
パラソルを畳んでビーチチェアを定位置に戻していると、どこか満足そうな表情をしたネリネが頷きながら口を開く。
口角が5ミリほどしか上がっていないから凄い分かり辛い。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
「愛とはつまり、茨の道なのですね」
うん、間違ってないと思うよ。
☆ ☆ ☆
さきほどの通話アプリからの映像で、凡その場所を理解した俺は、ネリネと共にサバンナスクエアへと向かっている。サバンナエリアはアカマツ君の管理するエリア。つまり、タロはアカマツ君に囚われていると言っても過言では無い。
許さんぞアカマツ……!
「何故その姿なのですか?」
サバンナエリアを縦断している最中、ネリネのメタグロスの上に乗っている俺へと疑問が投げ掛けられる。さっきと変わらずに水着のままなだけだし、特段変な服装では無い筈なんだが。なにがそんなに気になるのだろうか?
「戻ったらバカンスを続けるからだ」
「だとしても、腰に装着している浮き輪の必要性はありますか?」
「メタグロスを浮かせて地面技を避けるのは常套だぞ?」
「浮き輪では浮きませんが」
「何事も気合で何とかなるから」
「気合で何とかなるのならば、浮き輪の必要性は無いかと」
全く以てその通りだと思う。
しかしなんだ。ネリネってもっと冗談が通じないと思っていたが、想像以上に面白いヤツだな。まぁ表情が変わってないからノリが通じてるかどうか正直分からんけど。
ゼイユの10分の1くらいは面白い。つまりとても面白い。
真面目と堅物。似て非なるものだなぁなんて思っていると、サバンナスクエアの建物が見えてきた。
だが周囲に人影はあるものの絶世の美少女の姿は無い。俺達はポケモンから降りて、周囲を探索する事にした。
カメラに映ってた背景と距離感を加味すればおそらくこの辺だろう──そんな位置へと俺達は徒歩で移動する。人の気配が無い、まるで現世と隔絶されたような場所にタロとアカマツ君はいた。
ホワイトボードの前にはアカマツ君が、そして座して必死にメモをするタロの姿がある。
このカルサイトの目を以てしても、全く理解出来なかった。
アカマツ君が記載していくホワイトボードの中身は俺達の角度からは見えない。ただ必死に話を聞いているタロの姿が可愛いのは間違えようは無かった。
「タロは勉強が苦手なのでしょうか?」
「気が合うな、ネリネもそう思うか。だがアカマツ君に教えてもらうのは流石に理解出来ない」
「アカマツより成績が低い可能性も考えられます」
「良く進級できたな」
タロも。そしてそんな思考をするネリネも。
「しかしタロの成績は優秀だ。アカマツ君──しかも下級生に教えられる事なんて無いと思うが」
「発想を変えるべきです。アカマツにも得意な分野が存在すると」
「例えば?」
「料理」
「他には?」
「料理です」
全く思いついてねーじゃん。
だが発想の方向性としては悪くは無い気がした。アカマツ君から学べる事なんてないと思いつつも、学業と言う固定概念を取り払ってしまえば、選択肢は無限に拡がっていく。料理とか料理とか料理とかな。
そしてふと思いつく。俺には秘密でありながらアカマツ君に料理を学ぶとなれば、答えは一つ。
俺にまた手料理を振る舞うつもりなのだと。
「俺の為に料理を学んでいる可能性は?」
「0%です」
ぜろ?
「この前、タロの手料理を食べたんだが?」
「私欲の為に脅迫するのは感心しません」
「作ると言い出したのはタロだぞ」
「大方、タロが負い目を感じた結果だとネリネは考えます」
おいおい本当に鋼使いか? エスパー使いのサイキッカーだろ。
俺は知ってるんだ。サイキッカーの恐ろしさを。
「ゼイユは言ってました。カルサイトの愛は本物。ですがタロからの好意は友情止まりだと」
「今芽生えたゼイユへの殺意は本物だぜ?」
「愛情と友情。2人を見比べる事で明確な違いを理解すれば、答えが見えてくるかもしれません」
「ふたりが紡ぐ真実の愛、と言う答えがな……」
「黙りなさい」
黙りなさい???
あまり聞き慣れない言葉に困惑を覚えながらも、俺は再びタロを観察するべくして視線を向ける。
凄い白けたような視線でタロがこちらを見ていた。
目を擦って再度見直してみる。何も変わらなかった。なので取り敢えずサングラスを掛けて誤魔化しながら、俺はネリネへと振り向く。
「ネリネ」
「はい」
「タロにバレたぞ」
「知ってます。先程から見ていました。どの道、顔を合わせるつもりだったのでは?」
「状況を把握して作戦を練ってからじゃないと面白みに欠けるだろ?」
なんて話をしている時だった。
「──ふーん、カルくんってそんな事考えながらわたしと会ってたんだね」
脳が痺れるような甘い囁き。本能に誘われるがままに振り向けば、眼前にタロの顔が迫っていた。どうやらタロはしんそくを覚えていたようだ。
「それで、なんでわざわざ会いに来るの? 前のスグリくんの時も、今日のアカマツくんの時も! ちゃんと用事があるって伝えてるんだから待ってるべきだと思います!」
みんな知ってたか? スクエアの床って意外と冷たいんだぜ?
俺は今、タロの指示の元で床に正座をさせられている。課せられた使命を忠実に実行するのは愛がこなせる技だろう。
水着のままだから膝とか足の甲とか結構痛いし、細かい砂とかが皮膚に食い込むし。そろそろ立っても良いんじゃないかと思う。
「でも好きな人が異性と2人きりなんて、不安で仕方ないと思いまーす」
「うっ……でも好きな人の言う事を聞かない人は相思相愛になれないんじゃないのかな?」
「何でも言う事を聞く男はつまらないとか頼りないって言われる世の中なのに理不尽だな……」
「極端過ぎるから! カルくんは全く話を聞いてないからね!?」
わたし、怒ってますと言わんばかりの様子でぷりぷりしてるタロに窘められている。水着で浮き輪を付けたまま正座している俺が。
余りにも奇妙な光景でアカマツ君も少し引いてる気がする。寧ろ平常通りのタロが俺に慣れ過ぎてるのだろうか。
「それで……なんでネリネさんもいるの?」
「人を好きになるとはどう言う事なのかを知る為です。カルサイトがタロに行う愛情表現から分かるのでは無いかと判断しました」
「え、カル先輩に教えて貰うのはどう考えても間違いじゃないの?」
「アカマツ君、良い度胸だな。俺の本気を見せてやる」
そこまでバカにされては本気を出すしか無いと判断した俺は、その場で立ち上がってタロの手を取った。背筋を伸ばして軽く胸を張る。俺とタロの身長差は僅かに膝を曲げる事で縮めて、真正面から見つめた。
交差する視線。潤む瞳。どことなくタロの表情にも緊張の色が見える。
無音、静寂。アカマツ君の息を飲む音が聞こえたのを最後に、俺は口を開いた。
「好きだ。出会ったあの日から寝ても覚めてもタロの事が脳裏から離れない程に。俺と付き合って欲しい」
のらりくらりとする逃げ道を与えないストレートな物言いに、流石のタロも頬を赤く染めて照れている。茶化すつもりなど一切無い、本気も本気の告白だった。
「そ、その……」
徐々に頬の赤みが増していくタロが羞恥で目を逸らす。可愛い。可愛過ぎる。それでも真顔を貫き続ける俺は聖人君子かどこかの高僧の生まれ変わりなのかもしれない。
「い、いつもみたいな軽口じゃないのはとても良いと思います……」
「っ! それじゃあ──」
「でも!」
ついにタロが受け入れてくれる……なんて思ってた俺の幻想を打ち砕くが如く、タロは繋いでいた手を振り解いて両腕で大きなバツ印を描いた。
「ムードも雰囲気も無くて、服装も水着なのは! 良くないと思います!」
俺もそう思う。いくら俺が美男子だとしても無いと思うわ。
「これで25度目の失恋か……」
「カル先輩、メンタル強過ぎじゃないの?」
「着実な進歩があるから強くいられるんだよ。最初の頃なんて普通に話し掛けるだけでのらりくらりと躱されたり、無視されてだな……」
「昔の事を話すのは禁止です! 禁止!」
うーん、言論封殺。
でもアカマツ君にはいつか話してあげるとしよう。同じファンクラブの仲間として、共有しておくべき情報だからな。
しかしここまで照れる様子を見せたのは初めてかもしれない。もしかして俺の事を意識し始めてるのだろうか。
それとも俺の事が好きなのか? 好きなのかもな。いや好きだろ。好きに決まってんじゃん。
「今日が交際記念日だな!」
「あれ、ネリネさんの姿が……あっ」
残念ながら俺の言葉がタロに届く事は無かった。それが耳になのか、心になのかは定かでは無いが。
いつの間にかネリネの姿が見当たらなくなっていた事に気が付いたタロ。辺りをキョロキョロと見渡すと同時に驚嘆の声を漏らした。
タロの見つめている方向へと俺も視線を向ける。そこにはホワイトボードを眺めているネリネの姿があった。
慌ててタロが近づいたかと思えば、即座に板書を消していく。そして二人で何かを言い争っているようだったが、何も聞こえてこないので全く理解できなかった。
「アカマツ君……」
「教えるなってタロ先輩に言われてるから」
「俺とタロどっちが大事なんだよ?」
「タロ先輩」
「奇遇だな。俺もだ」
やっぱり気が合うな。
「でもオレ、カル先輩が羨ましいよ」
「イケメンだし、性格は良いし、ポケモンバトルは強いし」
「真ん中は違うし、どれも羨ましくないよ」
「随分と生意気な後輩になったな?」
「へへ、おかげさまでね」
まるで俺のせいで性格がひん曲がったと言わんばかりの台詞だ。お互いの認識に齟齬があるのが非常に気になるところだが、気にせずに会話を続ける事にした。
「タロ先輩と一番仲がいいのってカル先輩でしょ?」
「あぁ。今も未来も、そして来世もな」
「来世は人になれるの?」
「なれるさ。そこに愛があるなら」
お互いに感慨深く頷いてるけど一体何の話をしてるのか良く分からなかった。
て言うか『来世は』ってなんだよ。今世の俺をなんだと思ってんだよ。
「カル先輩と居る時のタロ先輩って素の表情をしてるからさ、二人が話してるのを見てるの好きなんだよね」
「俺の恋路を応援してくれるのか」
「いやしないけど」
「俺の恋路はタロの恋路だぞ?」
「でもそのバカみたいな熱量と度胸を見てると、誰もカル先輩には勝てないなぁって思うもん。だから羨ましいなって思うよ!」
だろうな。ヤーコンさんの名前だけでビビる雑魚と一緒にされちゃ困る。こちとらガチなんだよ。遊びじゃねえんだ。人生賭けてやってんだよ。
しかし……そうか。アカマツ君もそんなことを考えてるんだな。激辛料理とポケモンの事を考えたら脳のメモリが足りなくなると思ったが、どうやら違うようだ。
だがしかし。
「おい今俺に向かってバカって言ったよな?」
「あーあ、オレも先輩たちと同じクラスだったらなぁ」
人生の先輩に向かってバカって言った上に無視されたんだが。でも俺は優しいので怒らない。
すぐに暴力を訴えるゼイユとは違うんだ。対話は人間に許されたコミュニケーションの手段なんだからな。
「その考えは甘いぞ。アカマツ君とタロが二人きりで会えるのも可愛い後輩でいるからだ。あぁ見えて警戒心がかなり強いから、同級生の異性とは絶対に二人きりで会おうとしない」
「やっぱ最初はカル先輩も?」
「あぁ。告白したいのに中々二人きりで会ってくれなかったよ。だから強引にそんな状況を作ったら、スマホロトムの防犯アラームを鳴らされたな」
「やっぱカル先輩のメンタルおかしいよ……」
「でも向こうが拒否するなら人前で告白するだけだし、大した事じゃないだろ」
「誰も真似出来ないから、それ。……まぁだからファンクラブ会員が先輩に従順なんだけど」
「あの時の脅えたタロ可愛かったなぁ……」
驚き過ぎて焦ってたからなぁ。スマホロトムで撮影しながら挑むべきだったとつくづく思う。
男二人で談笑を続けていると、納得のいかない表情を見せているネリネが歩いてくる。その後ろを歩いているタロも少し不満げな様子だ。
仲違いでもしたのだろうか。まるで熟年夫婦のような空気感に少々の劣等感を覚える。ネリネ、俺と代われ。
「おいネリネ。なんで俺の愛の告白を見てなかったんだよ。ハンカチ無しじゃ見られない一大イベントだったぞ?」
「それは目隠しとしてですか?」
「見る気ねえじゃん」
ハンカチの使い方が違うし。
「安心して下さい。告白する瞬間は目撃していました。ですが結果は明白だったので以降は見る価値が無いと判断し、切り捨てただけです」
「お前はゼイユから派遣されてきた悪魔か?」
「いえ、ネリネはネリネです」
表情の変化も無く淡々と話すネリネの言葉に、俺のガラスのハートは砕ける寸前だ。時々毒を見せるアカマツ君でさえ、哀れみの視線を見せている。
人の心とかないんか? そんな急所ばかり当たるのはすいりゅうれんだくらいにしてくれよ。
「それに概ね理解しました。カルサイトの行動を鑑みるに、常にその人の事だけを考えて生きるのが愛なのだと」
「俺の体の150%はタロへの愛で出来てるからな」
「ねえカルくん。150%だと溢れ出てるよ?」
「だっていつも溢れ出てるだろ」
「……確かにそうですね」
「体液とかでな」
「そ、その言い方は良くないと思います!」
なんか卑猥な言い方になった気もするけど、顔を赤くしてバッテンを作るタロも可愛いし冗談なので良しとする。
それにしても冷静沈着正確無比なネリネだけあって、観察眼は大したものだ。流石四天王の一人。四天王最弱のアカマツ君を超えし者だ。
でもアカマツ君を超えし者って頭悪そうだな。それに俺から溢れ出る愛なんて誰でも分かる気がする。時々変な事言ってたしやっぱ節穴だな、うん。
「じゃあ節穴のネリネはなんで納得のいかない顔をしているんだ?」
「……理解の及ばない事があるのです。節穴である事も甘んじて受け入れましょう」
「受け入れちゃうんだ」
「受け入れちゃうんですね」
「受け入れるなよ」
「言い出したのはカルサイトなのに何故ネリネが責められているのですか?」
それは俺にも分からない。
「ならば教えて下さい。カルサイトの献身が好きな人への愛だと言うのであれば、あのホワイトボードに記載されていたタロの──」
「カルくんは! 大切なともだちなので!」
ネリネの言葉を遮るように、突如としてタロは大声を出した。予想外の出来事に俺は目を丸くしていると、鋭い視線でタロが見つめてくる。
「……カルくん、そうだよね?」
「お、おう」
「ネリネさんも、ゼイユさんが困ってたら損得無しに助けてあげますよね?」
「……成程、確かにそうです」
なんだろう。捲し立てるように必死に弁明するタロの姿に既視感と言うか、凄く身に覚えがある。
……あ、あれだ。俺が宿題を忘れて言葉巧みに騙している時の俺の姿だ。最後には『つまり宿題を写したいんですよね?』ってタロに言われる時の俺だ。
タロは本質を誤魔化そうとしている。俺には分かるんだ。何故ならいつもの俺の姿だから。
だから俺は鎌を掛ける事にした。いつも通りに、何気ない感じで。
「でも異性の友達の為に新しい料理を覚えるって最早愛だよな」
「……アカマツくん!」
「うえぇっ!? オ、オレは何も話してないよ!?」
「え、マジで俺の為に料理覚えてたの? 最高に嬉しい! ありがとう! 愛してる!」
ついに俺の人生も確変に入ったか。タロが自主的に俺の為にしてくれるなんて……俺とタロのラブストーリーはここから始まるのかもしれない。
そんな俺とアカマツ君の反応を見て理解したのだろう。ガックリと項垂れるように気落ちしたタロは、膝を抱えて小さく身を丸めてしまった。
「……じばくしちゃった」
「マルマインのものまねしてるタロも可愛いな!」
「そんな意地悪を言うカルくんは嫌いです」
「……!?」
おかしい。タロのものまねを褒めただけなのに人生の確変が秒で終わってしまった。
それどころかマイナスもマイナスだ。嫌いだなんて言われたのは10回にも満たないのに。一体何が悪かったと言うのか。
「そ、相思相愛だったよな……?」
「違います。……何回も褒めながら美味しそうに食べてくれるカルくんが可愛かったから、また作ってあげようかなって思っただけです」
「じゃあなんで隠してたんだよ! 愛……愛だよな!?」
「そうやって調子に乗るからです! ……あと、恥ずかしいから」
顔を真っ赤にして睨みつけてくるタロはめっちゃ可愛い。しかもまた料理を作ってくれるなんて最高過ぎる。
それでも俺の心には深い傷が残っていた。相思相愛だと信じていたのに、見事に裏切られたのだから当然だ。たとえこれが恋の試練なのだとしても、直ぐに立ち直れるほど俺のメンタルは強くない。
だからタロと同じようにしゃがみこんで丸くなる。ついでにタロの横にピタリとくっつく。
「……何してるの?」
「嫌いって言われたから俺もマルマインになろうかなって」
「意味が分からないからね?」
「マルマインの夫婦みたいだよな。アカマツ君もそう思うだろ?」
「全く。カル先輩はバカなのかなって思うけどね」
「これだから素人は。ネリネはどう思う?」
「可哀想な人です」
ブルーベリー学園には良心が無いのだろうか。シアノ先生に道徳の授業を必修科目にするように進言しよう。勿論特別講師は俺だ。
「もう時間が迫ってるので一つだけ宜しいでしょうか?」
懐中時計を開いて時刻を気にし始めたネリネが改まった様子で口を開く。
「統括してみたのですが……無償の献身こそが愛なのだとして、恋人と親友──何が違うのでしょうか?」
「心の距離が大事なんですよ」
「でも物理的に隣同士こうしてくっ付いてるなんて、もう恋人だろ?」
「もう! ややこしい事言わないで! カルくんは友達です! 友達!」
「……やはりネリネに恋心は理解出来ないようです」
どこか諦めたように、ネリネはメガネを上げながらため息を吐いたのだった。