学生主体の活動を旨とするブルーベリー学園は、授業を行わない日も少なくない。ブルベリーグの順位を上げて内申点を稼ぐ者や、日々の生活を華やかにする為に学校から指示されるブルーベリー・スペシャル・レクリエーション──所謂、ブルレクをこなしてBPを稼ぐ者だったり。各々が好きに活動する機会が多くあるのもブルーベリー学園ならではの特徴だった。
そして今日は授業の無い自由時間の日。のんびりとタロと過ごせるなぁ──なんて思っていたら、どうやら四天王に挑む無謀な輩がいるらしい。
そのおかげで俺は暇に暇を重ねてリーグ部でダラダラする事になっていた。それはもう、ベトベターのようにドロドロに溶けてソファに寝転んでいる程に。
俺とタロの時間を潰すのは死罪だと学則で決まっているんだがな。そんな事も知らない不真面目な生徒がいるらしい。
とは言え四天王への挑戦権を得る為には出された特定の課題──四天王チャレンジを達成しなければ戦う事さえ出来ない。云わばトレーナー個人としての実力を計る試験である。
タロの四天王チャレンジはカイリキーと腕相撲チャレンジだ。
……ん?
それは俺が提案して却下されたやつか。
今はゴローン持ち上げチャレンジだっけ。覚えてないけど多分合ってる。俺の勘は鋭いんだ。
タロに挑むのは確か……ゼイユの弟のふぐり……いや、スグリと言ったか。関わりが無いからよく知らない子だが、タロやアカマツ君曰く、気弱で可愛い子らしい。時折ゼイユの後ろにいたらしいのだが、ぶっちゃけあまり記憶に無い。
……いや待てよ。そんな事よりも、だ。
可愛いって事はタロの好みってじゃないのか……?
「アカマツ君。緊急事態だ」
「え、どうしたの? カル先輩」
俺はちょっとおバカな熱い料理人、アカマツ君へと話し掛ける。
彼は四天王の中でも最弱──ではあるものの、そもそも四天王なだけあってポケモンバトルに関しては学園内最高峰の実力の持ち主だ。
そしてタロに恋する男子生徒であり、ファンクラブの一員。つまり俺を慕う可愛い後輩である。
タロ、この純朴な少年をどうやって誑し込んだんだ?
「スグリ君が四天王であるタロに挑戦している」
「うん。知ってるよ」
「バカ野郎! 何で止めなかった!?」
「え、ええ? オレ悪いことした……?」
「タロは可愛いポケモンが好きだ。そしてスグリ君は可愛いとタロに言われている。つまり……分かるな?」
「……スグリはポケモンだった?」
なぁアカマツ君。真面目に考えて出た答えがそれかよ。
ちょっとおバカじゃなかったわ。相当なバカだ。むしろその発想は逆に凄いまである。俺もこのくらいのユーモアセンスが欲しい。
「そう、ポケモンだ」
でも俺もバカって言われてるし、ここはアカマツ君の考えに乗っておこう。
「オーロンゲとスグリ君の髪型。似通った特徴があると思わないか?」
「……! 髪の毛が長い! それにスグリはオーロンゲを使ってみたいって言ってたし何か関係があるって事!?」
マジか。凄い偶然だ。
「そう、スグリ君は突然変異したギモーだ」
「はえぇ……そうだったんだね。ギモーならばフェアリータイプだしタロ先輩の手持ちとも相性バッチリだ」
「……確かに」
「確かに?」
「いや、何でもない。アカマツ君の推理は実に正しい」
「確かに喋り方も少しためらいがちで、ぎこちなさがあると思ってたんだ! ポケモンなら納得だよ!」
「それはちょっと言い過ぎだろ」
俺が好き勝手に話す以上にアカマツ君が妄想を広げていくから、なんだか手に負えなくなってきたな。
まぁ負わなくても良いか。なんか面白そうだし。ベトベターになっていた俺にとって最高の暇潰しになりそうな予感がする。
「タロがグランブルのお腹で昼寝してるのは知ってるよな?」
「うん、教えて貰ったヤツだよね。ちゃんと覚えるよ!」
「でもそれは別にグランブルに限った話じゃないんだよ。その日の気分によって寝心地や抱き心地の違うポケモンを選んだりするんだよ」
「て事はもしかして……スグリも抱き枕に……?」
「可能性はゼロじゃないな」
いやゼロだけどな。本当はポケモンじゃないから。残念ながらゼロの悲報だよ。
しかし仮にもし本当にポケモンだったとして、タロがスグリ君を抱き枕にするとしたら──俺は正気でいられなくなるだろう。
「おぉ……カル先輩が怒りに燃えてる。ダイノーズのような顔だ」
おい、さすがにそれは失礼だろ。
「ねえカル先輩。スグリがポケモンだとしたら、ゼイユ先輩はどうなるの?」
「ゴーリキーとコノヨザルの間から生まれた特殊個体だ。ばくれつパンチとふんどのこぶしを使うからな」
「……ねえ、もしかしてオレをからかってる? 姉弟なんだからギモーやオーロンゲじゃないとおかしいじゃん」
「おいおいアカマツ君。君はゼイユの拳を食らった事が無いからそんな事言えるんだよ。あの伝説のポケモン、ウーラオスを彷彿とさせる不可視の拳を喰らったらだな──」
「へえ、面白い話をしてるじゃないの。あたしも混ぜなさいよ」
リーグ部の部室で夢中に語り合っていたせいなのだろう。俺達の会話に割り込むように、いつの間にか入室していたゼイユが青筋を立てて口を挟んできた。
突如として吹き出てきた冷や汗が俺の頬を伝う。それでも尚、ゼイユは狂気を孕んだ笑みを崩そうとしない。
そしてアカマツ君はゼイユ姉弟がポケモンである事を何故か秘匿だと思っているようで、口に手を当てて慌てていた。
くっ、フォローには期待できそうにない!
「……ゼイユ」
「何? 何か言い訳でも思いついたの?」
微動だにしない笑みを浮かべたままのゼイユの肩を、俺は叩いて静かに覚悟を決めた。
「こらえるを使った。さぁ──殴れ」
こらえきれなかった。
☆ ☆ ☆
テラリウムドーム北東部に位置するコーストエリア。南国をイメージしたエリアなだけあって、自然と海と砂浜が存在しており、4つに分けられたエリアの中でも格段に人が過ごしやすい。
そんな快適な場所ならば、めんどくさがり屋のカキツバタがご所望すると誰もが思うが……まぁ紆余曲折を経て、タロが管理するエリアとなっている。
そして俺もリーグ部として活動する時はコーストエリアで挑戦者の対応をする。……した事ある……筈だ。
でも不思議な事にタロと遊んでる記憶しかないな。
兎にも角にも、俺とアカマツ君はコーストスクエアを目指し、ポケモンに乗って走っている。
ゼイユ? ゼイユは俺が置いてきた。この闘いにはついていけないからな。
「カル先輩、楽そうだね」
カエンジシに跨るアカマツ君がこちらに振り返りながら話を掛けてくる。非常に羨ましそうな視線だが無理も無い。俺のポケモンを見れば誰もがそうなる運命なのだ。
何故ならばイワパレスの上にソファを固定して優雅に移動をしているのだから。
当然、耐震構造も完璧だ。3000BPも払って建築製造部に依頼したんだからな。走りながらスマホロトムを弄ったって本を読んだって乗り物酔いにはならない。最高の快適さだ。
「アカマツ君。時は金なりだぞ? 無駄な時間は金を払ってでも無くすべきだ」
「でも先輩さっきすげー暇そうだったけど。それに結構な頻度で昼寝してるよね?」
「昼寝が無駄だと誰が決めたんだよ。至福の時間だろうが」
「なんかごめんね?」
凄い可哀想な目で謝られた。解せぬ。
からをやぶるを使ったイワパレスだけあって、走る速度は凄まじい。全力で疾走するカエンジシに難無くついていく事が出来る。
そして辿り着いたコーストスクエア。どうやら四天王チャレンジは無事に終わってタロとスグリ君のポケモンバトルが勃発……したようだが、既に終盤のようだった。
「アシレーヌ、ハイパーボイス!」
特性のうるおいボイスとのどスプレーで強化された、アシレーヌのハイパーボイス。目に見えない超振動の衝撃が、スグリのポケモンであるオタチとヤンヤンマを襲う。経験と力の差は歴然なのだろう。スグリのポケモン達は指示を受ける暇もなく、一撃で吹き飛ばされてひんしになる。
て言うか挑むにしても手持ちが進化前のポケモンって。その強さって事は、四天王に挑む規定のリーグ順位ガン無視してないか。
そして敗北を喫したスグリ君は落ち込んだ様子で四つん這いになっている。なんとも哀愁の漂う姿だったが、戦いとは常に非情なものだ。仕方が無い。
「……わかってた」
でしょうね。タロって可愛いが乗じて学園2位の実力を持つ優等生だし。そんなスグリ君を見てタロは苦笑いを浮かべながら近付いた。
「仕方ないよ。今回はただの練習なんだから。……次回までに頑張ろう? ね?」
そう言ってタロは落ち込んでいるスグリの頭を撫で──撫で、て……?
タロが頭を撫でてる……? 俺以外の奴に……?
「──あ、ああああっっ!!」
思わず上げてしまった奇声。物凄い驚いた様子でタロ、スグリ君、アカマツ君がこちらへと振り向くがそれ所では無かった。
同様にイワパレスがビックリして全身を震わせる。その勢いで、俺はスクエアの床へと叩き落とされ、スグリ君と同様、地面へと小さく丸くなった。
「……わかってた」
驚いたねぇ、スグリ君。奇しくも同じ構えだ。だがふざけているつもりも、真似をしているつもりもない。
ただ純粋に、俺は失意のどん底に落とされていたのだから。
「可愛いには勝てないって、分かってた」
だって俺はタロに頭を撫でてもらった事なんて無い。俺が必死に積み上げてきた一年は、可愛い後輩によるたった一度のポケモンバトルに隔絶たる差を見せつけられた。
「カル先輩……」
悔しさに地面を叩く俺へと、同情の眼差しがアカマツ君から突き刺さる。
反応の無いタロをちらりと見た。呆れた視線でこっちを見ている。
「クソォオオ!」
取り敢えず叫んでおいた。
「分かるよ先輩。オレも羨ましいよ」
「お前は可愛い系だろ! 俺はかっこいいだけだから……」
「同情する気がなくなるのはなんでだろ」
「ただの背が高いイケメンだぞ……」
「先輩、もう自慢だよね?」
そりゃ自慢の顔とスタイルだけど、好きな人のタイプじゃなきゃ何の意味は無いだろ。
そんな俺達の様子を見かねたのか、ゆっくりとした歩行でタロが近付いてくる。美しい……。
「そんなに頭を撫でて欲しいんですか?」
「うん」
「なんで本当に泣きそうな顔してるの!? ほら、撫でてあげるから」
「──止めてくれっ!」
俺の拒否する言葉があまりにも衝撃的だったのか、タロの表情は驚きの色に染まっていた。そりゃあ俺だって拒否はしたくない──したくないのだが……!
「好きだから一番でありたいと思うのに、同情で撫でられて満足するようになったら、俺はもう終わりだ。スグリ君に二度と勝てない敗北者になる……」
「わっ、タロ先輩が凄い面倒くさそうな顔してる。珍しい」
「うん、こんな面倒なカルくん初めてかも」
「……わやじゃ」
ははっ、このままだとタロへの重い愛で闇堕ちしてしまいそうだ。旅に出ようかな。パルデア地方に姉妹校あるし、留学とか出来ないだろうか。
「俺はブルーベリー学園の歴史に名を刻む敗北者さ」
そんなブツブツと独り言を呟いている俺を見兼ねたのだろう。大きく溜め息をしたタロがしゃがみこんで話し掛けてくる。
「あーもう。じゃあ今晩、カルくんのお部屋で手料理振る舞ってあげるから! ……これでいい?」
「ひょ?」
「ひょ、じゃなくて! 変な声よりもいつもみたいに無駄な元気を出して下さい!」
「じゃあアフターは?」
「……お茶くらいなら良いけど」
「パジャマパーティーはっ!?」
「す、する訳ないじゃないですか!」
「クソォオオ!!!」
パジャマパーティーすれば事実上結婚なのによぉ!
「……大体、頭を撫でるなんていつもしてるよ?」
「ひょ?」
「ひょ、じゃなくて!」
「冗談抜きで初耳なんだけど?」
「……だって寝てる間のカルくんが可愛くて撫でてるなんて言うの、ちょっと恥ずかしいよ」
頬を若干赤く染めながらも、タロは伏せ目がちで不満そうな表情をする。小声で心情を吐露する姿に、俺は心に燻っていた黒い感情が一瞬で霧散するのを感じた。
天使は実在する。第一人者の俺は後にこう語った。
──ええ、そうです。まさかあの時に出会った人が本物の天使だったとは思わなくて。可愛さのあまりに天使と言う比喩をしてましたが、まさかこんな偶然があるとは。……いえ、もしかしたら必然の運命だったかもと……はい、その人が今の妻でして──
「……カルくん? カルくん! 大丈夫!?」
「……あ、あぁ。大丈夫だ」
「カル先輩、白目剥きかけてたよ?」
「……わやじゃ」
衝撃的過ぎて少しトリップしていたようだ。もはや伝説級の可愛さだよ。俺がキッチリ管理しておかないといけないのでは? 横からマスターボール投げるような無粋な輩がいるかもしれないからな。
「危ない。タロに可愛いと褒められたのに台無しにする所だった」
「あ、起きてる時のカルくんは可愛くないから。勘違いしないで欲しいな」
「タロ先輩が辛辣だ……あ、その基準だとオレってどうかな?」
「アカマツくんは……可愛いかな? でも最近カルくんに似てきてるから気を付けた方がいいと思うよ」
「うえ……マジで?」
「おいアカマツ、喜べよ」
『うえ』ってなんだよ。物凄い顔を顰めてるけど尊敬する先輩だぞ。崇めろよ。
「わ、わぁーい!」
「アカマツくん、そう言うところだからね?」
「……気を付けるよ」
「おいアカマツ君。今月のファンクラブの報告会。レポートに纏めて全員の前で発表な」
「ええっ! カル先輩、ご、ごめんって!」
「ちょっと待って。それってわたしのファンクラブだよね。その内容詳しく教えてくれる?」
「会員じゃないタロには教えられないんだ。悪いな」
「わたしのファンクラブなのに!? しかも本人が会員ってのは無理があると思います!」
幾ら信仰対象とは言え、ファンクラブの規則は絶対だ。可愛くバツ印を描こうとも、特例を認めては線引きが曖昧になってしまう。それはいただけない。
俺の強情さを良く理解しているタロは諦めたように肩を落とす。
誰のせいかは分からないけど、随分と無駄話が多くなってしまった。そろそろ本題のスグリ君について問うべきだと俺は話題を切り替えた。
「しかしスグリ君はどうしてタロに挑んだんだ? バトルを一見しただけでも、まだ四天王に挑む実力じゃなさそうだが」
「ゼイユさんに相談されたんです。スグリくんが強くなりたがってるけどどうしたら良いかって。だったら実践形式で四天王チャレンジを体験してみるべきかなぁって思ったので、こうしてやってみたの」
「おれ……もっと強くなりたい……。アカマツだとあまり参考にならないから、ねーちゃんに頼んだんだ」
「え、オレ駄目なの!?」
まぁ分かる。バカだもん。ポケモンバトルのアドバイスを貰おうとしても『どーんってやって、ばーんと戦えば勝てるよ! 火力が命!』とか言いそうだからな。
でも本人は全く気が付いていないのか、アカマツ君は普通にショックを受けて落ち込んでいた。人生楽しそうで何よりだよ。
「どうして強くなりたいんだ?」
「あ、それわたしも聞いてなかったなぁ。どう言う理由なの?」
「……ここならねーちゃんもいねっから……話しても良いかな……」
俺とタロの質問に対して、スグリ君は辿々しい口調でボソボソと話していた。
なんて言うか……スグリ君はあれだね。良く言って根暗。悪く言って陰キャ。
どっちも大して変わんなかったわ。しかしながら負のオーラが凄い。ゼイユと似ても似つかない。
「最近、ねーちゃんが虐められてるみたいなんだ」
と思っていたらでかい爆弾をぶん投げてきた。やるじゃんスグリ君。俺の中で顔と名前を覚えても良いランクにまで上がってきたぞ。クラスメイトのほとんどをぶち抜いたぜ!
しかし陰キャなスグリ君じゃなくてあの陽キャ……陽キャか? どっちか言うと陽キャより狂キャだよな。
狂キャなゼイユの方が虐められているとは。
流石にタロとアカマツ君も反応しきれないほど驚いているようで、口をポカンと開けたまま固まっている。
しかしあのゼイユが本当に虐められてるのかねぇ……。
どう見ても虐めてる方なんだが。俺とかさ。
でも事実は小説よりも奇なりって言うし、真実は分からないな。カントーでまことしやかに囁かれてるイシツブテ投げなるものを受けているかもしれない。
いやあの女なら掴んで投げ返すよな。なんなら叩き割りそう。
「……ゼイユさんに何かあったんですか?」
流石優等生と言ったところか。神妙な面持ちでスグリ君へとタロは問い掛けた。アカマツ君は何か真剣に考えてるみたいだけど、多分どうでもいい事だろう。
ちなみに俺は全く心配していない。だってゼイユだもの。
「ねーちゃんから話さ聞いてないけど……でもちょっと様子がおかしくて」
おかしいのもいつもの事だ。さっき殴られた俺が言うんだ、間違いない。
「具体的にはどんな所がおかしいの?」
「急に顔を赤くしたり青くしたり。……イライラしてる事も多くてさ、おれにも八つ当たりしてくるんだべ」
「ゼイユさぁ……」
弟に八つ当たりをするのは違うんじゃないの。ゼイユは感情の発露が激しいから悪意は無いんだろうけど。
本人もそこまでストレスを感じてるって事なのか……?
「今度やってきたら本気で殴ってやるって言っててさ」
そいつ死んだな。ゼイユの本気は二回は死ねる。ケッキングのギガインパクトを鼻で笑えるくらいに。
命の惜しいバカがいたものだな。
「最近だと……まるでポケモンのような扱いを受けた……って言ってたべ」
「……何それ、酷い。カルくん、誰だか想像つく?」
「……全く。さっきも会ったけど、そんな様子は微塵も感じられなかったぞ」
「んと……なんだったかな。おれ、あまり詳しくないから……わかんねーけどさ……ウー、ウーラ……なんとかって言われたって」
俺は頭が良い。頭が良いと言う事はつまり察しが良い。
ポケモンのような──と言うキーワードの時点で薄々と感じていたが、今の『ウーラなんとか』で確信を得た。
これは間違い無く俺を指していると。
「体も触られたって言ってたべ」
「うわ、最低!」
「…………」
うん、俺だわ。
ドン引きした様子のタロに一瞬だけ視線を向ける。……よし、俺だと気が付いた様子は無いな。
あの日の出来事については、詳細には語ってはいない都合上、名探偵タロの名推理が当たる筈もないし、ぼろを出さなければ俺だとバレないだろう。
もしバレたら好感度はダダ下がりになってしまう。最悪、タロの手料理が無くなる恐れさえも……。
何としても、漏洩は避けなければならない。
となるとここで重要人物となるのは、さっきから黙り込んでいるアカマツ君だ。何度見ても何を考えているのか分からないが、やっぱりどう考えても大した事じゃないと思う。
それよりも、だ。アカマツ君は俺がゼイユの事をウーラオスと呼んでいた事を知っている。幾らバカでもちょっと前の事なら覚えている筈だ。
だから俺は、気配を最大限に消したまま、固まっているアカマツ君の横へとスっと移動して小声で話し掛けた。
「……アカマツ君」
「……あ、カル先輩。もしかしてなんだけどウーラオスって……」
「言うな。言うんじゃない。お前の推測は十中八九正しい」
「あ、やっぱりそうなんだ……。じゃあオレ達が何とかしないと!」
「あぁ、そうだ──そうだな? ……いや待て、どう言う事だよ」
何とかするって何なんだよ。人の裏をかくのが得意な俺でも、アカマツ君の考えが全く分からないんだが?
こいつ、ホントに人間か?
そんな事を考えている内に、アカマツ君は意気揚々を歩みを進めながら、声を張り上げた。
「なぁスグリ! お前とゼイユ先輩の秘密……オレは知ってるから!」
「……秘密?」
「そうだよ! タロ先輩も居るし話しにくいのは分かるけどさ、その首謀者は俺とカル先輩が何とかするから!」
「……アカマツくん、何の話なの?」
「へへ、タロ先輩には秘密だよ!」
……あぁ、うん。ここまで聞けば何となく理解したよ。
どうやらスグリ君とゼイユがポケモンである事──まぁ嘘なんだが──は、誰にも言ってはいけない秘密だと思っているアカマツ君。でも一部の生徒にバレてしまったせいで姉が虐められている……と思っているような口振りだ。
なんかやべえな。三者が違う意味で捉えてるよ。
八つ当たりを止めさせたい為にポケモンバトルの実力を上げて首謀者を倒したいスグリ君。
ゼイユが本気で虐められてると思って、それを止めようと健気に頑張ってるスグリ君が心配になってるタロ。
姉弟がポケモンだと勘違いをして、その真相を誤魔化すべく動こうとするアカマツ君。
どんどん事が大きくなってる。その上、アカマツ君のは狂ってるし。極めつけに首謀者は俺だし。どうしよ。
検討に検討して思案して……検討する。
「あー……うん」
結果、無理だな。タロの評価を著しく下げる展開しか思いつかない。弄り回すのは諦めよう。
俺は少しばかり距離を置きながらスマホロトムを取り出してゼイユへと通話を開始する。
1コールも鳴り終わらない内に直ぐに繋がった。
『……何の用?』
「そんな不機嫌な声は止めてくれよ。さっきはごめんって。今度お詫びにわざマシン買うから」
『2個ね』
「はいはい、2個買うってば」
『で、何の用なのよ?』
「スグリ君への八つ当たり止めてくれる? おかげで凄い大問題になってるんだけど」
問題になってるのはゼイユじゃなくて俺のせいだけど。
でも通話越しのゼイユは事情を知る筈も無い。ただスグリ君に苛立ちをぶつけていた事実だけは認識しているようで、慌てた様子でバタバタと暴れていた。
『は、はぁ!? なんであんたが知ってんのよ!?』
「もうウーラオスとか言わないから。美人なゴーリキーで勘弁してやるって」
『やっぱり許す気無くなったわ』
「じゃあどうしろっつーんだよ!」
『なんであんたがキレるのよ! ポケモンに例えるのを止めなさいって事よ!』
そう早く言ってくれよな。ウーラオスにトラウマでもあるのかと思うじゃん。めっちゃ強いって話だし。見た事無いけど。
だから俺は素直に頷いてゼイユの言葉を受け入れる事にした。
「……分かった。特別にその条件を呑もう」
『その返しおかしくない? あんたが頼み込んで来た側よね?』
「ちなみにアカマツ君の中でスグリ君とゼイユがポケモンって事になってるから」
『あんたのせいでしょ』
「いや、自分で言い出したんだよ」
『嘘つくな』
「本当だって。タロに誓って断言する」
誘導したつもりも無いのに突然言い出したのは事実だ。俺はあくまでその発言を肯定しただけに過ぎない。ついでにギモーやオーロンゲの名前を出しただけだしな。
つまり無実なのでここは放置しておく。手を出すと俺にまで飛び火しそうだから。
『……ま、分かったわよ。あんたの事を思い出しても、スグに八つ当たりするのは止めるように心掛けるわ。元々悪いとも思ってたし』
「殊勝な心掛けだな。精進すると良い」
『あたしを苛立たせるのはそう言う所よ!』
「じゃあ用件は以上だから切るぞー」
『ったくもう! スグにもごめんって謝っておいて! じゃあね!』
「そう言うのは自分で謝──って、向こうが切りやがった」
やっぱおもしれー女だわ。スグリ君もいずれ弄られる才能に目覚めてくれないだろうか。
通話を切ってスマホロトムを仕舞う。何やら話し込んでいる三者に向かって、少し離れていた俺は歩みを進めて会話の輪へと加わろうとする。
「ギモーとスグリ……似てるよね?」
「全然似てないと思います!」
「わ、わやじゃ……! アカマツ……そ、そんな事考えてたなんて」
「え、カル先輩がスグリはポケモンだって言ってたのに!」
人が通話してる間に、更に話が進んでやがる。秘密と言った傍から、一体どうなったら話しちゃう展開になるんだよ。アカマツ君、教えてくれよ。
物凄いジト目のタロがこちらを見ている。半信半疑と言った様子で、今回の一連の容疑者へと疑われているようだった。
タロのくろいまなざしからは逃げられそうもないが、それでも抗うしか方法は無い。
「待て待て。アカマツ君。……よく思い出してくれ。さっきの会話で、スグリ君がポケモンだと──本当に俺が言ったか?」
「言ったよ!」
「ダメだこりゃ」
無敵過ぎる自信満々な発言に俺は勝てそうない。タロの眼差しは一層冷ややかになるのを感じた。
「違うんだ、タロ。良く聞いてくれ」
「確かにカルくんって、わたしの事もポケモン扱いするよね」
「それは可愛過ぎるって意味での比喩だから。そういうネガティブな捉え方は心に刺さるから止めて」
何故こうなってしまったのか……セーブデータがある世界ならばやり直したい。だが現実は非常で無情だ。やれるべき事をやるしかない。だから俺は一つ一つ誤解を解いていく。
「まず一つ。……喜べ、スグリ君。君の願いはようやく叶う」
「……ど、どう言うこと?」
「ゼイユと連絡を取った。虐め──ではなく、ただの揉めてる相手だったみたいでな。それが解決した。もう八つ当たりは止めるってさ。ついでにごめんって謝ってくれ、って」
「お……おお! わやじゃ……! ねーちゃんと話をつけられる人がいたなんて……おれがけっぱるしかねぇって思ったのに」
ゼイユ、いない所で酷い言われようだぞ。
「そして二つ。スグリ君のポケモン疑惑だが……」
「ちゃんと説明してくれますよね?」
「誰にだって見間違いはある。そうだろ?」
「それはそうだけど」
よし、良いぞ。良い流れだ。このまま勢いで押し流すしかない。元より無理のある弁明。嘘だろうが何だろうが、突き通した者勝ちだ。
俺の口は今日も一段と回る。一の話題で百のトークをこなせる。口八丁のカルくんと言えば俺の事よ。
「例えばタロ」
「……わたし?」
「ブルベ七不思議の伝説ポケモン、ピーチドンとそっくりだ」
「なんですかピーチドンって。見た事も聞いた事もないですよ?」
「俺も無いな」
「怒るよ?」
タロのピンク色のイメージから閃いただけなんだ。許して欲しい。
「じゃあ……真面目な一方でその可愛いゆるふわ感のある見た目。マホイップに似てる」
「そう言われるのは嬉しいけど……わたしはスグリくんの話をしています!」
「まぁ待て。結論を急くなよ。可愛いぞ」
「良いから早く答えてください」
「……平然と褒めるカル先輩も、真顔でスルーするタロ先輩も、おかしいよ……」
俺とタロの会話は平常時のとなんら変わらないし、そんな驚く事じゃないと思うんだが……だがおかしい言われたタロもショックを受けたようであからさまに落ち込んでいた。
「次にアカマツ君。燃えてるような真っ赤な髪に熱血の男。ブーバーンみたいなカッコ良さがあるよな」
「おー! 流石カル先輩! 見事な慧眼だ!」
「俺は難しい言葉を使えるアカマツ君にビックリだよ」
「えー、アカマツくんは可愛いんだから、ブーバーンよりもヒトカゲの方が良いかなぁ……」
「そうだよ! 俺はヒトカゲだと思う!」
「お前の二枚舌にはもっとビックリだよ」
手のひらグルグルかよ。雑巾じゃねえんだから。
「そして本題の……スグリ君」
「……う、うん」
「君はギモーだ」
「え……断言されたべ……?」
「以上だ」
「なんの説明にもなってないと思います!」
「髪の毛が長いから通りすがりの人がギモーと間違えたって説明したよな?」
「してないからね? それに長々と例え話を出したけど、最初からそれで良くない?」
良くない。いきなりそんなこと言って突っ込まれたらボロが出るから。グダグダな雰囲気で誤魔化してるの。現に俺がギモーだって言い出した事を全員忘れてるだろ。
流石は俺。天才。策士。もっと褒め称えてくれ。
お陰で誤解も解けたのか、スグリ君とアカマツ君は疲れたようにガックリと肩を落とした。タロのジト目が少し気になるが……問題は無いだろう。
「さて……リーグ部に帰るか」
めでたしめでたし。
……あれ、俺、何しにここに来たんだっけ?
さて帰るか──と言ったものの、スグリ君はライドポケモンを持っていないようで、アカマツ君のカエンジシの後ろに乗せてもらっている。
じゃあ来る時はどうしたんだ……? まさかタロの後ろに……?
「わたしは2人乗りの出来るポケモンを持ってないから、2匹出して別々で移動したの」
「ついに以心伝心の領域に来たか……」
「顔に書いてあるんです! 顔に!」
そう言って、タロの指先でぷにぷにと頬をつつかれる。ポーカーフェイスには自信があるんだが、おかしいな。
コーストスクエアに向かう時と同じように、俺は手元のモンスターボールからイワパレスを出す。足元の段差を利用して飛び乗り、いつも通りソファに座ろうとして──
「んっ」
タロが引っ張ってくれと言わんばかりに手を伸ばしてこちらを見つめていた。
──嫌な予感がする。
これは直感と経験だ。俺が誘った時にタロがイワパレスに同乗する確率は5%を優に下回る。一撃必殺技も真っ青な確率だ。
ちなみにタロから乗りたいと言った事は一度も無い。もうこの時点で疑う余地はあるだろう。
疑うべき──なのだが。
タロから意思表示を見せる喜びには勝てないよね。本能だもの。自制心なんて秒で崩壊する。
タロの手を掴み、一気に引き上げた。これでも素手で崖を登れるくらいには鍛えている。何せポケモントレーナーだからな。当然、履修済みだ。
タロの羽のように軽い体重ならば余裕で持ち上げられた。そしてそのまま、エスコートするようにして2人でソファへと座る。
「ありがと……もう手を離してくれる?」
「え、離す理由無いだろ」
「繋いでる理由が無いんです!」
「…………」
「泣きそうな顔をすれば許して貰えると思ったら大間違いだからね?」
「だめかー」
なら諦めるかー。
「じゃあ、アカマツくん達は先に戻っててね! わたしはカルくんと少しお話してから戻るから。……ね?」
やっぱりかー、諦めるかー。
羨ましそうにこちらを見ていたアカマツ君は、タロの威圧感のある表情に顔を引き攣らせて、慌ててその場を去って行った。
おいおいアカマツ君。怖い顔も恐ろしい気配も、全て受け入れてこその愛だぜ?
俺はタロの全てを受け入れるし、タロには俺の全てを受け入れてもらうつもりなんだ。
だから俺は諦めて全てを話した。俺の全てを受け入れて貰う為に。ゼイユの事も。アカマツ君の事も。何もかも。
結果、めちゃくちゃ怒られた。それは物凄い勢いで。
ちょっと癖になりそうだった。
でもタロの手料理は美味しかったのでオッケーです。