「NHKスペシャル抹消の真相」は詐欺広告だった – でも文章が面白すぎた話
ついつい、フィッシングされて閲覧してしまった詐欺広告が、めちゃくちゃ面白かったんです。
「暴露:国谷裕子 vs NHK - なぜ「NHKスペシャル」の物議を醸したエピソードは抹消されたのか?」ってやつです。これです。
読売新聞を騙ったサイトが有名人をダシにして詐欺広告を掲載していると注意喚起もされているようで、この事案はそこそこ話題にもなってるのかな。何の前知識もなしに見ちゃったんだけど、詐欺としてはずさんだし、こんなんひっかかるやつおるんかという内容ではあるんだけど、でもね、読み物として面白い部分もあって。
今日は、この詐欺記事の何が面白かったかを書きます。
なお、こんなん詐欺やから、引っ掛かったらあかんよ。
正義のジャーナリストはいかにして欲望に拘泥していったか
内容は、国谷裕子とそのスタッフが金融市場における国家的不正を暴くべく取材を重ね数々の物証や証言を得るが、当局からの圧力で取材と番組制作を断念、それで当局ぐるみの不正をメディアに暴露する...というものです。
国谷さんといえば、クローズアップ現代などでの過激な番組作りが印象に残っています。集団的自衛権の件で当時の官房長官に突っ込んだインタビューをしたおかげで降板させられたとかいう伝説がありますな。
その国谷さんが、NHK、そして当局と金融市場の癒着を暴く。これは期待しちゃうよね。
で、こういうことが書いてある。
…
国谷さんは、その筋からリークされた金融商品情報をもとに、指定のサイトから少額で口座を開設します。そして周辺事情の聞き込み調査とともに、口座の金額の増減をウォッチし続けます。
この口座には大手投資ファンドのネットワークが関与しており、すでに有名人などが既得権益の恩恵を得ている事実を突き止めます。
あれよあれよと残高金額は増え続け、最終的には二か月で数百万円にまで至ります。この残高は確実に24時間以内に送金されることを確認、架空ではない、確かに実在するお金として機能することを確かめます。取引証書を見る限り、あくまでも合法な取引の範囲内であることも確かめます。
国谷さんは衝撃を受けます。金融に対する特別な知識なしに、合法的に、専門家とAIのサポートによって月額数百万円の利益が得られるという事実。
「もっと早くやらなかったことを後悔しています」
…
ネタかいな
んでまた、いろいろ細かいネタが突っ込んであるんですよ。
エネルギー部門はガソリンスタンドとガス、電気代の請求書の差出人で、金融部門はコンビATMに貼ってあるステッカーというわかりやすさはきっとサービスなんだろうと思う。
なんつっても、ディスられている有名人が有働由美子。国谷さんが有働由美子ディスるとか、めちゃおもろいやんか。あかん、ジワジワ来る。
スラップスティックか
こういう、最初はもっともらしくはじまった話が、すれちがいや私利私欲で暴走し、最後にしっちゃかめっちゃかになるというのは、筒井康隆のスラップスティック作品や、ひさうちみちおのアフタヌーンショー・シリーズなど、1970年代終わりか1980年初めによくあったやつ。久しぶりに見た気がする。
この広告も、もうちょっとディテールを作りこんだらそれっぽくなるかな。こんな感じかな。
...
我々は権力に屈せず調査を敢行しました。
最初はスタッフの持ち寄りの40,000円でした。 我々は決して裕福でない正義のジャーナリストです。スタッフの中には子供の給食費をネコババしてまでもこの取材に参加したものもいます。 それもこれも、国家的不正を暴き、真実を公の目にという正義のジャーナリストとしての信念がそうさせたのです。
そして毎日開設口座をつぶさに観察しました。 驚くべきことに金額は、トイチ、いやそれ以上の増加を見せるのです。
我々は緊急会議を開きました。この国家的不正の構造を探るべく、聞き取り調査を始めたのです。そこで得られたのは、生々しい国際社会の現状でした。
「NVIDIAは衛星コンステレーションの波及でまだまだ伸びる」
「ガザの荒廃は長引くから復興需要目当てにCATはやめとけ」
「コマツは北米と欧州市場があるからまだいける」
もちろん、口座からはお金を随時引き出しました。この口座が実態のあるものであることを確かめるためです。私、国谷はシャネルの春の新色リップを渋谷109にて購入しました。
そうして私たちスタッフの暮らし向きがよくなってきたある日のことです。私たちのもとに、北海道原野の土地取得と不正利用の現実についての情報がもたらされたのです
私、国谷は国家的不正を暴く過程で得た資金で購入したファーコートに身を包み、新千歳から札幌市内に向かったのです。
そして、その晩、先行して現地に入っていたスタッフからもたらされた情報は驚くべきものでした。
「国谷さんススキノはやばい!泡踊りのコシが違う、さすが発祥の地だ...」
彼は、国家的不正を暴く過程で得た資金で廃人と化していたのです。我々は国家による個人の排除の有様をつぶさに目の当たりにしたのでした。
...
極限状態から生み出される文学
というように、ディテールを混ぜ込みながら徐々に話をシフトしていくんだけど、このシフトって、ここらへんまで正義のため、ここらへんが欲望まみれ、ここらへんからしちゃかめっちゃかっていう制御を抑制的に、一定のテンションで書かなきゃいけない。非常にテクニカルなんですね。
で、紹介した詐欺広告の文章は、その抑制がすごく巧みに書かれているんです。
さらにこの記事には構成上すごいところがあって。それは最後の最後の欄外に
「あれ?」
っていう余白を投げてるところ。
これなあ、藤山寛美とか、さかのぼるとおそらく人形浄瑠璃や狂言に至る、伝統的なプロット構成に類型がある手法で、筒井康隆にはないんです。わかりやすく言うと「ツッコミのないボケ」。さりげなくボケはじめ、最後にはボケてボケてボケ倒した挙句ボケのカオスに読者を叩きこんで終幕で「あれ?」というやつ。
この詐欺広告文章を書いた人は、間違いなく文才のある人だと思う。
これは詐欺案件としては、一種の特殊詐欺だよね。
なんでもミャンマー、カンボジア、ラオスなどに詐欺グループが拠点を構えていて、ここに世界中から引っ張ってきた人を集めて、SNS広告運用、偽コメント投稿、チャットbotの設定、各国語による原稿作成などをさせているってことだ。
んで、ノルマが果たせないと、スタンガンで電気ショックを浴びせられたり、独房のようなところでスクワットを数百回させられるという、アタッカーズの「奴隷色のステージ」シリーズのような身体拷問を受けるという報道を先日観ました。
外国から人を集めるのは、主に言語の問題、文化的な情報の取得のためで、しかもその人的コストが極めて低い状況なので、生成AIに頼らない、手の込んだ文章が手書きに近い状況で生みだされているんだと推測される。
この広告も、そうした状況下で生み出されたもののひとつだとしたら、この面白さはいったい何だろうって思うわけ。
現地でひどい目にあってる当人には悪いんだけど、この文章は面白いし、ある意味ちゃんと文学になっている。才能の無駄使いってのはよく見るけど、それをさせられているってのは、現代の平和な社会において稀有なケースかもしれないし、そこはまったく悲劇だと思う。
ということで次回に続く。


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