第3回「国を右に席巻されたくない」の石破氏去り…自民、再び保守色強化か

千葉卓朗 小林圭 森岡航平

 「頑張れ石破!」「排外主義者に日本を渡すな!」。8月8日、東京・永田町の自民党本部前。党内で強まる「石破おろし」の動きに反発する「石破辞めるなデモ」の参加者約200人が声を張り上げた。

 主催したのは、東京都内に住む会社員男性(26)。7月の参院選で野党候補が在留外国人を危険視する演説を見て、日本社会が排外主義に傾きかねないと危機感を抱いた。「アクセルを踏まない政治家」として浮かんだのが、石破茂首相(自民総裁)だった。

 この男性は、立憲民主、共産、社民各党などのリベラル系政党を支持するが、石破氏が選択的夫婦別姓制度や同性婚の法制化に前向きな姿勢を取っていると共感。「石破さんが辞め、排外的考えの人が政権を担うのが怖い」。そんな思いからSNSでデモを呼びかけた。

石破氏「この国は右に行って潰(つぶ)れた」

 デモは7月下旬以降、官邸前などで複数回開催。石破氏は周囲に「日本政治の歴史で『総理辞めるな』というデモは初めてではないか」と語った。「俺はこの国が『右』に席巻されるのが嫌だ。この国は左に行って潰れたことはないが、右に行って潰れた歴史がある。何があっても繰り返してはいけない」

 石破氏が常に自身の対極的存在として意識していたのが、「戦後レジームからの脱却」を掲げた保守派の安倍晋三元首相だった。ただ、石破氏自身、党内でこそリベラル寄りとみられているが、その主張を子細にみればそうでもない。憲法9条2項の削除と自衛隊明記は持論であり、日本国内に米国の核兵器を置いて共同運用する「核共有」の必要性を訴え、非核三原則の見直しに言及したこともある。政府高官は「石破氏はリベラル的政策を好む傾向がある一方、同じ頭の中で保守的な安保観も共存する」と語る。

識者「石破氏には結局、こだわりがない」

 日本政治史に詳しい東大大学院の境家史郎教授(政治学)は、石破氏の政治姿勢を「脱イデオロギー」とみる。憲法9条改正論は、自衛隊を憲法で制約するべきだという原則論で、米国に戦後「押しつけられた」憲法を改正するという保守思想に裏付けられた安倍氏の主張と一線を画すとみる。選択的夫婦別姓への賛意にも、個人の自由を尊重するという強い信念は感じられない。実際、就任後、9条改正や選択的夫婦別姓の実現を主導しようとした形跡はなかった。境家氏は「石破氏には結局、こだわりがない」と指摘する。

 自民が9月2日に示した参院選総括の報告書は「『自民党は左傾化している』『政府与党は日本人よりも外国人を優遇している』などの疑念も一部世論に生まれた」と分析。「長年わが党を支えてきた保守層の一部にも流出が生じた」と結論づけた。境家氏は石破政権のもとで自民の「脱イデオロギー」化が進み、第2次安倍政権以降、自民が引きつけてきた一部保守層が離れたとみる。

 失った保守層を取り戻すことは「ポスト石破」の自民の最大の課題ともいえる。境家氏は「再び『保守』を売りにする動きが出るはずだ。自民の右傾化は必然だろう」と語る。

 7月28日、党本部で開かれた両院議員懇談会では、石破氏の辞任を求める声が噴出。その日の夜、石破氏は周辺に「安倍政権で当選した多くの議員は、安倍さんの影響で『保守色を強めろ』と考えている。俺は、そんな自民党にしたいとは全く思わない」と語った。

 その石破氏は7日、退陣を表明した。総裁選は22日に告示される。

【連載初回はこちら】「どうしたら良かったのかな」悔やむ首相 「石破らしさ」失った果て

石破氏が首相就任前に語ってきた理想は、なぜ実現しなかったのか。3回の連載で検証しました。

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この記事を書いた人
森岡航平
政治部|首相官邸担当
専門・関心分野
国内政治
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    木下ちがや
    (政治社会学者)
    2025年9月10日20時36分 投稿
    【視点】

    政治学には「空虚なシニフィアン」という概念がある。シニフィアンとは「それ自身では特定の意味内容を持たない記号」を意味する。石破総理はまさに「空虚なシニフィアン」であり、野党支持者が自らの思いを思うままに描ける白地のキャンパスだったのだ。境家さんがおっしゃるとおり、石破総理には「結局、こだわりがなかった」。こだわりがなく、特になにもしようとしなかったことが、状況的に「石破総理はリベラルだ」という印象をもたらし、デモまで起きたのだろう。石破総理が辞めたら右傾化がすすむという懸念の声があがっているが、そうさせないために必要なのは石破総理ではなく、リベラルな勢力がもっと力を持ち、もっと多くの人々の共感を得る政治と運動をくりひろげていくことだ。いくつかの調査で明らかにされているように、「右傾化」と思われている現象の原因は、右派が強くなっているからではなく、リベラルが弱体化しているからだ。もう石破頼みはやめ、リベラル自身が未来の見取り図を提示しなきゃいけない時だ。

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    隠岐さや香
    (東京大学教育学研究科教授=科学史)
    2025年9月10日23時21分 投稿
    【視点】

    石破総理は、論戦相手である左派や、歴史学における主流派の見解をきちんと踏まえて話すことの出来る首相だった。その「普通」が得がたい状況になっていたのが現代日本の政治状況である。そのため「自民党にも人間がいた」「初めてまともに言葉の噛み合う国会論戦を見た」と喜ぶ人がSNSには散見された。 例をあげると、たとえば「国際法的に合法であったと認識しているとはいえ、日本が韓国を併合したのはどういうことであったのかということを我々(日本人は)よく考えていく必要がある」といったことを彼はさらりと口にすることができた。また、森友問題のように、旧安倍政権時代に「これは公文書改ざんと人権無視があわさった事件では?」とリベラルの多くが感じていた事件に対して、遺族側の気持ちを考えてごく常識的な判断をした。 なお、この機会にリベラル界隈のSNS言論がある程度見えている者としては証言もしておきたい。リベラルの多くは石破総理が保守であり、自分たちとは違うと思っていた。なんせ石破総理は「アジア版NATO」や核共有についての発言があるタカ派である。だが、それにもかかわらず、ひとまず続投を求めた。 石破総理に政策上のこだわりがないと思っていた人は少なくとも自分の周りにはいない。おおよそ、次のように思っていた。 たとえば、選択的夫婦別姓に石破が反対でないとしたら、それは国民の大半が反対ではないからだ。この「大半が反対ではないなら進めてもよい」という反応はリベラルからすると足りない。単に判断が遅いと映る。つまり石破総理は保守でしかない。制度による犠牲者が増えて国民が気づいてからようやく物事を決める考え方しかしていないのだ。境家氏の仰るように、「個人の自由を尊重」するリベラルとはその意味で違う。そんなことは大半の人がわかっていた。 ここで補足すると、リベラル界隈の言葉使いでは、自民党の旧安倍派に「保守」という言葉は使わないことが多い。石破総理あたりが保守であり、旧安倍派は「極右」とみなしている。更に右の参政党は、強いて呼ぶなら「ウルトラ極右」となる。 話を戻す。そのようなわけで、リベラル界隈では石破総理は話の分かる保守であり、読書を通じて左派の枠組みを知っている「保守」というとらえ方がされていた。だからリベラルにも「極右(=メディアのいうところの「保守派」)に政治が持って行かれるくらいなら彼に賭けよう」という気持ちが生まれた。それで「石破やめるな」デモも起きたのだ。 無論、私は政治学の専門家ではないので、石破総理の政治的立ち位置について決定版といえる見解を出せるとは思っていない。彼と話したわけでもない。しかしながら、私から見えているリベラルな人々の考え方については確信を持って言うことができる。デモを組織した人のつぶやきもSNSでリアルタイムで見ていた。なので時代の証言として、ここに書いておくことにした。

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