このすば*Elona   作:hasebe

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第146話 骸の頂に座す黄金

 

 

【5】

 

 血で血を洗う戦いの果て、悪竜を討伐して魔領を平定した女王。

 彼女は冒険と戦いの中で絆を結んだ数多の種族と手を取り合い、東の果てに多種族から成る巨大な国を興しました。

 

 数多の種族が時に争いながらも手を取り合い、助け合い、競い合う。

 そんな国が女王の下に作られたのです。

 

 ですが、それを知った他国は女王の選択を決して良しとはしませんでした。

 それどころか数年に及ぶ外交折衝の末、世界全ての国が彼女達を明確に敵であると定めました。

 

 炭鉱の金糸雀がいつのまにか空を飛ぶ大鷲に化けた事を恐れたから、ではありません。

 人間ではない蛮族と手を取り合う事など、当時の常識では絶対に有り得なかったからです。

 

 この当時、世界には人間の国だけしかありませんでした。

 後に人間の時代と皮肉を込められて呼ばれる程には、人間が一強の時代でした。

 

 エルフ、ドワーフ、妖精、獣人、竜人。

 後の世で人類と包括されるものたち。

 彼らもまた人間でない以上、例外なく被差別対象であり、場所によっては魔物と大差が無い扱いを受ける。

 世界を見守る神々が心を痛める。そんな時代でした。

 

 悪竜を滅ぼした黄金の姫とその仲間達。

 彼女らが次に戦う相手は、自分達を認めず、黄金の姫を魔領の王、すなわち魔王と呼び、滅ぼそうとする人間達だったのです。

 

 

 

 

 

 その瞬間、天界にて、幸運を司る女神が何かを感じ取った。

 

「これはまさか……いえ、間違いありません、例のエリスポイント最強ランキング一位の方が特級の邪悪と相対している気配……!」

 

 かなり頭の病気を疑われる発言だったが、咎める者はいない。

 彼女は基本的にワンオペな女神なのだ。

 

「私には応援する事しか出来ませんが、どうか、どうかご武運を……」

 

 膝を突いた銀の女神は瞳を閉じ、厳かに祈りを捧げる。

 どこまでも神聖不可侵なその光景は、信徒でなくとも胸を打つに違いない。

 

「よしっ」

 

 暫くの後、強い決意を瞳に湛えて立ち上がった少女は、神としての業務に戻るのではなく、おもむろに頭にハチマキを締め、両手に旗を持ち、それはもう勢いよく振り始めた。

 

「うおおおおおおー! 頑張れー! デーモンスレイヤーさん頑張れー! 殺せー! ぶち殺せー! 邪悪の首は柱に吊るされるのがお似合いですよー!!」

 

 それは女神としての威厳もへったくれもない、ファンガールと化した姿だった。それもだいぶ性質が悪い過激派と呼ばれる類の。

 清楚儚げ癒しを体現する美少女が虚空に向かって包帯頭が描かれたクソみてえなお手製の旗を振りつつガンホーガンホーと鼻息荒く熱狂する姿は他人が見れば軽くドン引きモノであるのは間違いない。

 だが敬虔なエリス教徒が見れば感涙と共に語るだろう。

 まさしくこれこそ神話に謳われるエリス様の御姿そのものである、と。

 

 

 

 

 その瞬間、辺境の町にて、水を司る女神が何かを感じ取った。

 

「……ふん、やっぱりね。思ってた通りだわ」

 

 今日も今日とて高貴にして偉大なる女神である自分の勘は冴え渡っている。

 確認を終え、ふんすふんすと鼻を鳴らした彼女は大声を周囲に響かせた。

 

「ちょっとカズマー! トイレの紙が切れてるんだけどー! トイレー! 紙ー!」

 

 

 

 

 その瞬間、辺境の町にて、昼食中だった不死の騎士が何かを感じ取った。

 

「うわ、ご主人がかつてない程にクソえげつねえ事を始めた気配を感じる。これはもう今日が世界の終わりかも分からんね」

 

 昼時でとても賑やかだったにも関わらず、その諦観に満ち溢れた声は冒険者ギルドにいた全員の耳朶を打つ。

 ギルドは一瞬にして寒風吹き荒ぶお通夜会場と化した。

 

 

 

 

 その瞬間、遥か遠いどこかにて、癒しを司る女神が何かを感じ取った。

 

「むむっ! あの子が最高にエンジョイしてる気配がする!」

「左様でございますか。被害者はご愁傷様ですね」

 

 ぜってー碌な事になりませんよ、お悔やみの言葉でも送っときます? と超絶投げやりに応じる眷属に対し、しかし遠い目で明後日を見やる女神は何も言わない。

 日ごろの行い的にまあそうなるよね、と普通に思っていたからだ。

 最愛の信者への理解は他の追随を許さないほどに圧倒的で完璧である。

 

「でもこのまま異世界を満喫して、こっちに帰るのを止めちゃったら……」

「ないです。絶対にありません」

「……いや、ここはやっぱり私から迎えに行かないと。尽くすだけで待ち続けてるような女はいつか裏切られて泣きを見るってルルウィも言ってたし、やっぱり女神たるもの攻めの姿勢も大事だと思うの」

「流石に大神のお言葉だけあって含蓄がありますね。生々しすぎていっそ私怨すら感じます。ていうか迎えに行くのはダメですと何度言えば。ワガママ言ってないでお仕事を……ちょっと! どこ行くんですかジュア様! マジですか! ……さっさと帰ってこいっつーんだよクソアホ廃人がよぉ!! ご乱心! ジュア様ご乱心ー!! 総員緊急配置ー!!」

「女神ぱんち!!」

 

 癒しの女神の神域に緊急を知らせる警報が鳴り響き、撃音と光輝が炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 数にして全軍のおよそ0.3%が消失。

 配下のうち、下の下から下の上までが全員即死。

 中堅が二発目に耐えられない程度の重傷。

 防げたのはごく少数。

 

 およそ効果範囲は壊滅的な被害を受けたといっても過言ではない。

 

 その事実を把握したアーデルハイドは目を鋭く細めた。

 邪悪な不死王としてではなく、偉大な勇者としてでもなく、遠い昔に捨て去った為政者の感覚として、それが極めて悪辣な兵器であると結論付けたのだ。

 

 単純に自分達のレベルで物を言うのであれば、決して強力な武器とは呼べない。

 

 強力とは呼べないが、凶悪な兵器ではある。

 これは、戦えない者を、すなわち弱者を無差別に殺傷するべく生み出された道具であるとアーデルハイドは一目見て確信していた。

 そしてそれはどこまでも正しい。

 

「かつての私なら所持どころか開発が確認された瞬間、関係者全てを一族郎党処刑していただろうな。この世にあってはならない兵器だ」

 

 初手でそんな物をぶっぱなしてくる相手は、仇敵がメタクソに言うだけのことはある。

 いっそ感心すらしていたアーデルハイドは、だがしかし。

 

「一度見た以上、あの程度の威力であれば防ぐ事は容易、相手もそれは理解している筈。次はどんなものを見せてくれるのやら……うん? ……え? っておい、ちょっと。ねえ、おい! 正気か!! 嘘でしょ!? やめなさいこのバカ!!」

 

 男が次に取り出した物を見て、それがどんなものかを一瞬で看破し、流石に声を荒らげずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 瞳を貫く閃光。

 一瞬の無音。

 天を焼き、地を砕く破壊。

 轟音と共に足元を揺るがす衝撃。

 

 核。

 それは連綿と続く知識の蓄積と探求の果てに定命の者が生み出した英知の光、あるいは災厄の焔に他ならない。

 

 イルヴァから遠く離れた異世界においても、猫の揺り篭はその威力に一切の翳りを見せる事無く、十全に己の持つ機能を発揮してみせた。

 効果の範囲外でありながら、郷愁に駆られずにはいられない愛しき爆炎と核熱が興奮で身震いするあなたの全身を優しく包み慰撫する。おかえりなさい、とでも囁くかのように。

 

 初手核爆弾。

 これがノースティリスの冒険者間で行われる各種イベントにおける礼儀であり挨拶に等しい事など、最早論ずるまでもない常識だろう。知らない者は間違いなく新人かモグリである。

 そんなんだからノースティリスが修羅の国だの倫理的陸の孤島だの呼ばれるんだぞ、といった国内外の有識者達からのありがたいご指摘にはあなたを含む核猫愛好家の誰もが答えるだろう。

 Sorry、悪いが聞こえないよ。耳に猫が入っててな、と。

 

 そんなこんなで景気づけの一発目。

 解き放たれた核の炎はノースティリスの時と寸分たりとも変わる事無く、効果範囲の全てを焼き払ってみせた。

 おぞましき赤い空を、呪われた不毛の大地を、そしてアーデルハイドの軍勢を。

 

 最高である。

 あなたはずっとずっとこれがやりたかったのだ。

 今までずっと使用を我慢していただけに、感激も一入である。脳内麻薬がドバドバ溢れ出る感覚がたまらない。

 

 とはいえ、相手が受けた被害はかすり傷が精々だろうという確信があなたにはあった。

 イルヴァにおいて猫の揺り篭一発のダメージとは下級のドラゴンが消し飛ぶ程度のもの。

 あなたがかつて味わったウィズの全力ドレインタッチ、その一秒あたりのダメージが揺り篭十発分と書けばどれだけしょぼいかは容易に伝わるだろう。

 対物破壊力こそ特筆すべきものがあるが、対人破壊力はへなちょこもいいところである。

 

 だがあなた達ノースティリスの冒険者は、不思議とこの猫がもたらす爆発に格別の念を覚えずにはいられないのである。核だけに。

 愛しきキノコ雲にあなたは諸手を挙げて喝采をあげた。いいぞ、ブラボー! やっぱり猫は最高でおじゃるな!

 久方ぶりに味わう、後は野となれ山となれ感全開の高揚があなたの全身を包み込む。

 核の炎に照らされた今この瞬間よりここはノースティリス。

 この戦場こそが、あなたの魂の場所。

 そういうことになった。

 

 核は持っていれば嬉しいただのコレクションではない。

 楽しい玩具なのだ。玩具は使わなければ。

 安い金かけて買ったのは、遊ぶためなのだから。

 

「使ってませんよね?」

 

 完全に振り切れたテンションの赴くまま、傍目には完全にラリったヤク中にしか見えない顔と挙動で次の玩具を取り出そうとするあなたにウィズが声をかけてきた。

 生まれて初めて見る核爆発が余程衝撃的だったのか、その表情は著しく強張っており、ただでさえ血の気の無い顔が更に青くなっている。

 

「それ、この世界で他に使ってないですよね? 今回が一回目ですよね?」

 

 かなり必死だった。

 他にと言っているが人里でぶっぱなしてないですよね、という意味合いなのは明らかだ。

 あなた達ノースティリスの冒険者にとっては楽しい玩具であっても、一般人には紛う事なき非人道無差別大量破壊兵器。彼女の懸念と危惧は当然のものだろう。

 人里ぶっぱが露見すれば問答無用でワールドエネミー扱いは不可避である。

 

 当然あなたもそれは理解しているが、それにしたって人の事を何だと思っているのか。

 異邦人であるあなたにこの世界の死生観や倫理観、一般常識を根気強く教えてくれたのは他ならぬウィズだというのに。

 あなたは若干憮然としながらも正直に答えた。

 広大な敷地を更地にしたり唐突に街中で起爆したくなったりと怪しい場面は多々あったが、ウィズに迷惑がかかるしウィズを悲しませたり怒らせたくないのでギリギリ使うのを我慢していたと。

 

 廃人の外付け良心兼ストッパー。

 あなたが廃人の中で突出して人畜無害かつ話の通じる方とはいえ、それでもウィズの為した功績は間違いなく歴史に残る偉業である。

 イルヴァに住まう誰もが認めざるを得ないだろう。

 

「ん、ん゛ん、んんんんー……!」

 

 なんとも言えない顔で唸るウィズ。

 安心したしそう言ってくれるのは本当に嬉しいんだけど微妙にそうじゃなくてでもそういうとこあるのは知ってるしこれ以上の妥協を求める筋合いも無いような気もするし現役魔王軍幹部がどの面下げて物を言っているのかだけど流石にこれは激ヤバすぎる、そんな感じの煩悶が滲み出た顔つきだ。

 

「説明ありがとうございます。あと私への理解が完璧で助かります……」

『世界中の人たちは人類も魔王軍も例外なくウィズさんを崇めた方がいい気がしてきました。ちょっとかなり本気で切実に。私は今日から崇めようかと思います。祭壇でも作ればいいのかな』

 

 ゆんゆんの言葉に心底同意しながら、あなたは次の玩具を取り出した。

 

『う、わ、うっわ……もう、うっわ』

 

 それが一目でどういうものなのかを理解したゆんゆんの語彙力が著しく低下した。

 モンスターボールの中という、ある意味で絶対に安全な場所にいるからの反応だろう。

 外にいたら恐らく普通に恐怖で発狂していたはずだ。

 

 それの外見を分かりやすく説明すると、130の砲身が連なった背負い式バズーカになるだろうか。

 もう見た目の時点で相当のキワモノだと確信出来てしまう。

 言うまでもなく、実物も見た目相応である。

 

 俗称は猫のお宿。

 正式名称はマルチプルアトミックキャノン。

 製作者による取扱説明書にはこう書かれている。

 

 (´猫`)<「これは、あの、一門に一匹ずつ入っている猫の置物があるじゃないですか?」

 (´猫`)<「あれが……全部小型戦術核」

 

 砲塔1門を部屋に見立て、13門5列を束ねたユニットを左右の肩に背負う。

 そして計130匹の猫の揺り篭を全方位に一斉射出する。

 最高である。あなたをして最高に頭が悪いと断じるクソバカアンポンタン兵器である。

 誰がどう考えても個人用の兵装ではないし、猫一匹でアクセルが更地になると考えるとその破壊規模は容易に想像出来るだろう。

 オマケにアホみたいに重いので、あなたのような膂力の持ち主でないと即潰されて地面の染みになるというウィズ好みの産廃だ。

 だがそれがいい。オッケーレッツパーリィー!! 天使とダンスだ!! みたいな健全極まるノリであなたは破壊兵器を構えた。

 

「ちょっと! やめてくださいよ! 本当に! ストップ! スタアアアアアップ!! ダメです! 禁止、禁止です!!」

 

 ここでドクターストップならぬリッチーストップがかかった。

 冷や汗ダラダラのマジ顔で掴み掛かってくるウィズに対し、しかし今日のあなたはティリス脳全開。

 嫌でおじゃる撃つでおじゃる今宵は絶好の核日和でおじゃる今日は死ぬにはいい日でおじゃるまあ死ぬのは貴様らだけでおじゃるがなと普通に制止ガン無視の構えだったが、発射寸前、トリガーに指をかけた瞬間に放たれた言葉で大きく心を揺り動かされてしまうことになる。

 

「陸地ごと消し飛ばす気ですか!? 私達含めて何もかもが根こそぎ水没しますよ!?」

 

 あなたはハッと目を見開いた。

 かつてメテオ一発で大きく抉れてしまったように、この世界の大地はイルヴァと違ってひどく脆いという事を思い出したのだ。

 一発二発ならまだしも、これだけの核だ。下手をすれば地下の遺跡が崩落し、封じられた王国もろとも埋もれてしまう。

 埋もれてしまうだけならまだしも、全てが湖中に没しては勝った所で何の意味も価値もない。

 危なかった。本当に危なかった。かつてない窮地を間一髪で脱した実感に冷や汗を流しながら、大事な事に気づかせてくれたウィズにあなたは心からの謝罪と礼の言葉を送る。ありったけの敬意と友愛、そして親愛が込められた笑顔で。

 やはりこの世界において、あなたのパートナー足り得る人物は彼女を除いて存在しない。

 

「そんな笑顔向けられても今だけは全然嬉しくないですからね!?」

『うーん、ウィズさんが色々言ってくれるから私がすっごく楽で助かる。これはもっとリスペクトせざるを得ない』

 

 あなたはツッコミに混じってアーデルハイドがホッと息を吐いた声を聞いた気がしたが、錯覚か毒電波だろうと一瞬で思考を投げ捨てた。

 

 さて、百三十連装核バズーカ砲という、ノースティリスでもそうお目にかかれない、字面だけで軽く眩暈を覚える素敵アイテムを片付けたあなたが次に取り出したのは、ベルディアが見ればとてつもなく嫌な顔をするであろうもの。

 おなじみ終末剣ことラグナロクである。

 

「あー、それってアレですよね? やりたい事はわかるんですけど、どうしてそれをやりたいのかがわからないんですが。意味ありますか? ただの利敵行為では?」

 

 あなたが意味は無いが端的に様式美だからやると答えれば、いよいよ理解を諦めたウィズは明後日の方角を遠い目で眺め始めた。

 そうしてそこらへんに湧いている野良アンデッドをえいっえいっと小突いていると、当然のように終末が発生。

 未定義空間とも称される異次元から湧き出た無数のドラゴンと巨人の咆哮が核で砕かれた大地を震わせ、焼けた天もまた軋むような音を奏でる。

 竜の谷という時空が異常に歪んだ場所だからだろうか。あなた達は異界からの侵略に悲鳴をあげる世界の声を聞いた気がした。

 

『う、嘘でしょ……?』

 

 終末初見のゆんゆんは流石に平静を保てないようだ。

 確かに視覚的インパクトは抜群だし、ドラゴンのバーゲンセールにはベルディアも錯乱していたくらいなので恥ではない。

 

「物量には物量で対抗とかそういう感じですか?」

 

 終末で召喚された魔物は見境なく周囲を攻撃する。

 確かにラグナロクを振るい続ければ、比喩抜きで無尽蔵の召喚でアーデルハイドの軍勢に物量で抗う事は可能だろう。

 だがあなたがやりたいのはそういうのではない。

 そもそも彼女の支配域で死ぬと漏れなく不死者になるので、相手に竜と巨人の駒を増やすだけで終わる。ウィズが言ったように利敵行為に他ならない。少し驚きはしたが、召喚系スキルは普通に悪手だろう、と混線したアーデルハイドと思わしき電波も呆れ声を発している。

 悪手を承知で終末を起こした理由はただ一つ。核をぶっぱしたのと同じように、あなたはただ戦場で終末を起こしたかっただけなのだ。いつもやっている事だから。

 そして呼び出した召喚物(ゴミ)の始末はどうするのかという話だが、当然こうする。

 

 星を落とす魔法。

 

 どうでもいい話だが、イルヴァにはメテオに特化した一人の有名な魔法使いがいる。

 長い金髪の持ち主であり、高飛車な美少女であり、メテオの魔法を使う時にとても汚い叫び声をあげる。

 声自体は可愛らしいのだが、メテオを使う時だけ何故かメ゛テ゛オ゛ォ゛ォ゛!!!! みたいな感じの声になる。

 

 そしてあなたは彼女に倣って汚いダミ声でメテオの魔法を唱えた。

 特に理由は無い。ノリである。今日はたまたまそういう日だったのだ。

 

 そんなこんなで息をするように何気なく行使される広域破壊魔法。

 降り注ぐ巨大な炎の塊。巻き起こる天変地異。

 そうして竜も、巨人も、亡霊も。

 無数の燃える流星によって消し飛ばされた。

 

 射程内の全てが灰燼に帰し、戦場が一時の静寂に包まれる。

 地平線の果てから空の彼方まで、敵の姿は一匹も残っていない。

 この地を満たす不浄すら焼き祓われた災禍の中心で、晴れやかな爽快感に浸る表情のあなたは肩をぐるぐると回して指差し確認を行った。

 終末殲滅確認、ヨシ! と。

 

 これがあなただ。

 これが癒しの女神の狂信者だ。

 これがノースティリスの冒険者だ。

 

「いくらなんでもやりたい放題がすぎる……魔王軍だってここまでの無法はやりませんよ」

『魔王軍幹部のウィズさんが言うと物凄い説得力』

 

 核、終末、メテオ。

 冒険者御用達三点セットで場もいい感じに温まったし、何も考える事無く、他者に配慮せず破壊行為が出来て楽しかった。

 相手への挨拶はこの程度でいいだろう。

 

 今まで行ってきた攻撃は初見という事もあって通じたし、ともすれば驚愕すらさせられたかもしれない。

 与えた損害も総数からすれば微々たるものかもしれないが、まあそれなり以上だろうという手ごたえがある。

 だからといって何度も繰り返し使うようなものではない。

 核とメテオにはストックに限りがあるし、相手も当然のように対策して防いでくるだろう。

 そして何よりも。

 大地を焼き焦がす破壊の光も、無尽蔵に召喚される竜の群れも、あるいは天から星を落とす魔法ですら。

 あなた達にとっては単なる児戯であり、余興に過ぎないのだから。

 

 今までも、そしてこれからも。

 真の意味であなたが心から頼りにする武器はたった一つ。

 愛剣という唯一にして無二の相棒、エーテルの魔剣だけである。

 

 ふっと息を吐き、意識と表情を切り替えたあなたは、再び地平線の果て、空の彼方で蠢き始めた影を眺めながら愛剣を撫で、短く声をかける。

 いつも通りに、と。

 刀身から溢れた燐光が空に舞い、主の意を受けた魔剣が放つ気配はどこまでも重く、深く、そして純粋になっていく。

 ただあなたの敵を屠るという自らの存在意義を示すが如く、空間を塗り潰していくのはエーテルの殺意。

 

 戦いにおけるあなたの得意分野は長時間耐久と殲滅。

 お誂え向きの戦場である。

 

『うわあ! 急に落ち着かないでください!』

「テンションの乱高下が酷すぎて少しだけ躁鬱の気を疑います。っていうかそういう顔も出来るんですから最初からそうしてくださいよ……そりゃまあ楽しそうにしてる顔は見てて私も嬉しくなりますし好きではありますけど」

 

 精悍なシリアス顔を決めたあなたにぶちぶちと小声で文句を垂れながら、ウィズもまた意識を戦闘状態に切り替えていく。

 不死王を中心に渦巻いていくのは、青く冷たい、視認すら可能な膨大な魔力。

 彼女が放つ気配もまた、深淵に立つ者として何ら見劣りするものではない。

 

『……』

 

 廃人とリッチーによる青の二重奏。

 モンスターボールの中にいてもあなた達が放つ圧は伝わってくるのか、ごくりとゆんゆんが喉を鳴らす音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 タイムシフト。

 自身の速度を対象と同調させるという、あなたに使う事を前提にしたウィズの専用魔法。

 未だ完成を見ていない魔法ではあるが、それでも常人の約30倍という廃人領域での戦闘を可能とする凶悪スキルをウィズは何の躊躇いも無く使用。

 

 こうなると相手にどれだけの数があっても関係ない。

 最初から勝ち負けの土俵にすら立てないのだから。戦いではなく単なる目の前のモノを引き潰すだけの退屈な作業に成り下がる。

 圧倒的スピードで襲ってくる廃人とリッチーに無貌の軍勢は一切の抵抗を許されずに蹂躙された。

 

『あ、これ勝ちましたね』

 

 接敵と同時にゆんゆんがそんな気の抜けた言葉を吐いたのもある意味当然といえるだろう。

 速度差とはそれほどまでにあなたとの戦いにおいて根幹を為す要素なのだ。

 

 だからこそ、あなたと戦うのであれば、相手はどんな手段を用いてでも速度差を何らかの形で埋める必要がある。

 ヴォーパルのように。黒翼のように。

 

 そしてアーデルハイドもまた、早々にその事実を認識していた。

 

 

 

 黄金の不死王が擁する軍勢、その中枢にして本陣にて。

 

「目を疑いたくなる光景だな。単純に速く動いているというだけではああはなるまい」

 

 傍から見ると狂っているとしか表現できない、常軌を逸した動きで廃人と不死王が全てを蹴散らす戦場から遥か遠く離れた場所に在りながら、黄金の不死王は最前線の状況と詳細を把握していた。

 秒毎に冗談のような勢いで磨り減っていく配下の数を感じ取りながら、女王は静かに独りごちる。

 

「何よりも私自身覚えがある動きだ。神と悪魔の加護を同時に受けた勇者がああいう気持ち悪い戦いをしていた。恐らくは時流操作の類か」

 

 自身に流れる時の流れを操作する。

 時間停止を筆頭とする時間系の能力は、日本人であればチートの代名詞として真っ先に挙げる程度には有名なものである。

 そして神々から転生特典として地球人に与えられたこれらの神器や異能はシンプルに強力であり、汎用性も極めて高い。

 有名で強力であるがゆえに転生者に最優先で選ばれるものであり、水の女神を特典に選んだ少年が転生する頃にはとっくに品切れとなっていた。

 

 だが神器や異能を使わずとも、常人とは異なる速度領域に足を踏み入れる者は確かに存在する。

 一流の中でもごく一部の上澄みだけが立ち入りを許可された、極限の集中下で為しうる加速世界。

 

「弱者に与えられた特権を絶対強者が振りかざすと例外なく惨い事になるから困る。というか事実惨い事になっている。現在進行形で」

 

 アーデルハイドもまた己の速度を変化させるだけの力量を有し、また自身の速度を変化させる相手と対峙した事がある以上、対抗手段くらいは所持している。

 

「祈りを捧げるような神など捨てて久しいが。頼むから効いてくれよ」

 

 彼方に向けられるアーデルハイドの白い人差し指。

 その先から凍て付く波動が迸った。

 

 空間を伝播する波動の直撃を受け、ウィズの、僅かの間を置いてあなたの動きが止まる。

 そう錯覚する程度には動く速度が著しく低下した。

 

「……第一段階は突破。少なくともこれは効く。ならば次だ」

 

 他者の足を引っ張るのは生者を妬み墓穴から手を伸ばす不死者の十八番とはいえ、距離による減衰はいかんともしがたい。

 雑魚相手ならともかく、個人としては間違いなく同格以上である二人に対して各種弱体化スキルはまず通じないだろうというのがアーデルハイドの目算である。

 だからこそ、彼女は強化スキルを使用した。

 自身の下僕ではなく、敵に。

 

「パーマネンス」

 

 効果は能力の固定化。

 本来は弱体化を防いだり能力を強化した後に剥がされないためのものだが、上手く使えば相手の強化を封じる事が可能になる。

 欠点があるとすれば自身と軍勢が所持する無数の弱体化スキルが軒並み機能停止する事だが、そっちには最初から期待していないのでアーデルハイドとしては何も問題は無い。

 

「通じたという手ごたえはあるが、どうだ……?」

 

 固唾を呑んで見守るも、二人が再びトチ狂った動きを見せる事は無かった。

 

「よし、よしっ、セーフッ……!」

 

 額の汗を拭い、グッとガッツポーズ。

 深く腰掛けて安堵の息を吐く。

 王冠が軽くズレているが、気に留める余裕など無い。

 かなり本気で危うく際どい所だったと理解しているが故に。

 

「まさか初手から命がけの博打を覚悟するハメになるとは思わなかった。流石にあの速度は少々手に余る」

 

 なんとか勝負の土俵に立てた事を実感しながら、意思無き駒を動かし始める英雄王。

 解除スキルは間違いなく同時に効果を発揮したというのに、明らかに男の速度が遅くなるタイミングが一呼吸遅かったという、不可解にして怖気の走る事実を意識の片隅に留め置きながら。

 

 

 

 

 

 

 圧倒的速度差に物を言わせて軍勢を叩き潰す退屈な作業の最中、あなたはふと違和感を覚えた。

 何らかの干渉、あるいは見えざる攻撃を受けた気配を察知したのだ。

 だが心身に特別違和感は無し。

 あなたはウィズに相談を持ちかけるべく視線を向ける。

 

「――――」

 

 動いていない。

 あなたを見つめるウィズは動きが止まっていた。

 正しくは速度が元に戻っていたと表現すべきだが、速度2000にとって速度70は止まっているようなものだ。

 芳しくない顔色を見るに、自発的に速度の同期を切ったとは思えない。あなたは自身の速度を落とし、何があったのか問いかけた。

 

「タイムシフトを含めた強化魔法が全て掻き消されました。かけ直しても何かに弾かれている感じです」

 

 これでもかとばかりに苦渋を滲ませたウィズの返答。

 あなたはそういうスキルもあるのか、と素直に感嘆する。

 もし呪いの類ならこれが効くかもしれないと全浄化の魔法を使用。イルヴァの魔法の一つであり、少なくともベルディアの死の宣告は解除できた。

 

「ダメですね。というかしれっと恐ろしい名前の魔法を使わないでください。私が浄化されたらどうするんですか」

 

 当然の抗議だが、パートナーへの配慮が行き届いているあなたはとっくにベルディアを実験台にして安全を確認済みである。何も問題は無い。

 何も問題は無いが、呪いですらないとなるとあなたにはお手上げである。

 原因がアーデルハイドであるのは明白だが、心当たりはあるのだろうか。

 

「強化が消された方は予想できます。凍て付く波動、雲散霧消。呼称こそ様々ですが、伝説に謳われる強大な存在がそういったスキルを有している、という話は聞いた事がありますから」

 

 伝説に謳われる強大な存在筆頭候補のリッチーが言っても冗談にしか聞こえなかった。

 

「まあ、放置したままろくすっぽ育てていないリッチースキルを鍛えていけばいつか私も覚えるとは思いますけど」

 

 パートナーとしては是非とも覚えてほしいとあなたは答えた。

 なんなら自前で習得したいと感じた程である。

 効けばの話だが、要所で使うだけで圧倒的なアドバンテージを得る事になる。特にあなた達のような、強化による上昇幅が異常な者達にとっては。

 

「……善処します」

 

 ともあれ正体が弱体化ではなく、あくまで補助剥がしに過ぎないのであれば、あなたの速度が落ちなかったのは道理だろう。

 あなたにとって速度変化とは異能やスキルの類ではなく、筋力や耐久力といった素で所持する力に過ぎないのだから。

 

 そこまで考えてあなたはふと思った。

 水瓶座の門によって自身にかけられた諸々の恩恵は今のスキルで解除されないのだろうか、と。

 どれだけ確認しても心身に違和感は一切無い。そもそも普通に使用する言語が違うウィズと今も会話が出来ている。

 バケモノのスキルであっても神々の加護には効果が無いのかもしれない、とあなたは結論付けた。

 

 ちなみにあなたの考えは間違ってはいないが正確ではない。

 水瓶座の門が転移者に付与する様々な恩恵は、二柱による違法建築としか表現できない機能追加と水の女神の気まぐれ(善意)による突然の仕様変更によって奇奇怪怪に絡み合い、そこらへんの上位神格が加護を外すより殺して輪廻転生させた方が早いと一瞬で匙を投げるレベルの、おぞましいスパゲッティコードと化していたのだ。

 ここまで来ると最早水の女神と幸運の女神による呪いである。

 

「というかですね、別に補助剥がし自体はいいんですよ。予想外ではありますが想定外ではないので。でもこのかけ直しを邪魔してる何かの正体が掴めなくて……ぐぬぬぬぬ、許されませんよこんな事は……」

 

 絵に描いたようなぐぬぬ顔で、むしろ直接声に出して唸るウィズ。そのうちなんで私に気持ちよく戦わせてくれないんですか! みたいな事を言い出しそうだ。

 どこかコミカルな仕草だが、再び自分が足を引っ張る原因になってしまっていると、内心では深い慙愧の念を抱いているのが手に取るように分かる。

 そしてあなたがウィズと速度を合わせて戦うと決めている以上、その認識は間違っていない。だからこそあなたも下手な慰めの言葉は送らない。

 ただ周囲を機関銃モードの光子銃でなぎ払いながら激励の言葉を送るだけだ。

 30日間の濃厚な模擬戦を通じて互いの能力は痛いほど熟知しているのだから、リーダーとして自分を上手く踊らせてみせろと。

 アンデッド案件ではウィズが陣頭に立つ。ネバーアローンの約束事である。

 

「仰る通り、さんっざん死ぬほど痛い思いをして理解させられましたけども。アレを模擬戦とは呼びたくないし呼んでほしくはないですね、本気で」

 

 とても嫌そうに吐き捨てられた。

 血みどろリッチーブートキャンプの思い出はさておき、下がった速度の代案をウィズは渋々といった風に提示した。

 

「本当ならこれを使うつもりは無かったんですが……」

 

 見覚えのある指輪を取り出すウィズ。

 

「私が渡した指輪、無くしたりしてませんよね?」

 

 それはあなたとゆんゆんがアクセルから旅立った日、ウィズから手渡された指輪と瓜二つのものだった。

 当然あなたは今も所持している。

 

「もう今更なんで言っちゃいますが、実はこれ、二つで一つの魔道具なんです」

 

 促されるままに指に嵌めると、同じく指輪を付けたウィズは、あなたが聞き取れない言語で小さく何かを呟いた。

 

「Uo yots gno leb tr ae hym」

 

 一瞬だけ互いの銀色の指輪が煌めきを放ち、そして。

 

『あーあー、テストテスト。聞こえますかね?』

 

 脳内に響く仲間の声。

 驚きに目を丸くするあなたに、ウィズは悪戯っぽく微笑んだ。

 

『まあ、はい。わざわざ説明しなくてもどういう効果なのかは伝わったと思います』

 

 試したところ、あなたの声もウィズに届けられるようだ。

 あなたは感慨深い気持ちになった。

 いよいよ自分も電波を送信する側になったのかと。

 

 ものは試しと、あなたは懐かしく色褪せぬ記憶をイメージしてウィズに送信した。

 人生で初めて終末に遭遇した時の光景と感情を。ちなみにあなたは秒で死んだ。

 

『おわー! 急に人の脳内に地獄みたいな情報を叩き込まないでください! 新手の精神汚染ですか!?』

 

 普通に怒られてしまった。当然である。

 かくいうあなただってこんな嫌がらせをされたら怒らずにはいられない。

 

 さて、予想外の躓きを食らったものの、こうして互いに軽口を飛ばせる程度にはあなたもウィズもまだまだ余裕だ。

 今この瞬間もあなたとウィズが激しい戦い、もとい全てをひき潰す蹂躙を続けているのが良い証拠。

 確かに速度はあなたの武器だが、速度でマウントを取っていないと勝てないような雑魚とは違うのだ。

 速度が2000から70になったところで、あなたの敏捷性そのものが損なわれたわけではない。

 現状においては動かない障害物だった敵が動いて攻撃してくる障害物に変わった程度の差に過ぎない。

 

『滅茶苦茶差があるんですが、それは』

 

 こうしてゆんゆんが冷静にツッコむ程度には余裕という事だ。

 戦いにおいて数は質を凌駕するというのが定説だが、それだって限度というものがある。

 一定の質を持たない数など、どれほど積み上げようともあなた達には届かない。

 極端な話、一万の戦う力を持たない無辜の民と一万の凶暴なドラゴンすらあなたにとって等価値なのだから。

 等しく価値が無く、脅威足り得ないという意味で。

 

 

 

 

 

 

 リッチー。

 魔道を極めた先に行き着く果ての一つ。

 不死者の王にして闇の権化であるそれは、光の下に生きるもの全ての大敵である。

 

 理由こそ様々だが、この世界においてもリッチーはたった一つの例外を除いて多大な数の犠牲者を生み出し、それでも最終的には討滅されてきた。

 存在自体が伝説や神話に等しい不死王への対処法などあってないようなものだが、それでもどういうわけなのか、その最期はどれも似通っている。

 

 少数精鋭による乾坤一擲の斬首戦術。

 つまり取り巻きを無視して直接王を叩くという形で、歴代の悪しきリッチー達は敗北を喫している。

 

 あえて断言してしまうが、死の軍勢を率いる万全の不死王と正面から戦うというのは下策を通り越した自殺行為である。

 余程彼我の力量に隔たりが無ければ、絶対にリソースが足りなくなる。

 どこぞの水の女神のような破魔や浄化に特化した神格クラスの超存在であれば話は別だが、逆に言えばそんな規格外の天敵を投入しなければ本来はどうにもならない相手なのだ。仕上がったリッチーというものは。

 

 だがたった一つの例外……ウィズがそうであるように、不死者の王と嘯いたところで、その根源が魔法使いである事は不変にして普遍の事実。

 かつて世界を脅かした不死王達はいずれも王としての力を十全に活かしきる事無く敗北を喫している。下僕と化した不死者を完璧に運用しきれずに滅ぼされている。

 ただ一人、魔法戦士と王を完璧に両立してみせた不出世の天才、最古にして最強の不死王、アーデルハイドを除いて。

 

 上記の前提を踏まえた上でウィズは確信すら抱いて思考する。

 きっと、アーデルハイドという類を見ないほどに強大極まる不死王は、本来であれば、このようにたった二人で戦うような相手ではないのだろうと。

 

 一つの時代に等しい、想像を絶する規模の軍勢を擁する黄金を打倒するのであれば、こちらも一つの時代の総力を結集する必要がある。

 世界を巡って仲間を、封印を解く鍵を集め、綺羅星の如き英雄達が総力を結集し、人と魔が一時的にでも手を取り合って、それこそ人類と魔王軍が肩を並べる事でようやく勝負の土俵に立てる。

 昔日の覇王が積み上げた罪業の搭に挑む資格を得られる。

 

 そういう次元の手合い、恐るべき世界の敵なのだろうと。

 若きアーデルハイドが数多の種族を率いてゲヘナと戦ったように。

 

 他の全てを囮にする形で王を孤立させ、神と悪魔の最大限のバックアップを受けた有史以来最高最強の精鋭がアーデルハイドの首を狙う。

 荒唐無稽にしか聞こえない手段こそがたった一つの正攻法になるのだろうと。

 

 きっと無数の命が眩く激しく煌く壮大な群像劇になるに違いない。

 ウィズとて英雄達の血湧き肉踊る冒険譚を寝物語に育った人間だ。想像しただけで心が弾まないと言えば嘘になる。

 嘘にはなるが、そんな事は起きるべきではないとも思う。

 仮にアーデルハイドの敗北という結果に終わったとしても、その過程で築かれる死人の数は、無貌の津波に磨り潰される命の数は、比喩抜きで星の数に届く事が容易に想像出来てしまうがゆえに。

 

「まあ、本当に今更な話なんですけどね……!」

 

 矢継ぎ早に魔法を放ち続けるウィズは不退転の覚悟でこの戦いに望んでいる。

 絶えず湧き続ける亡霊の総数は不明。

 百を、千を仕留めたところで趨勢には何の影響も無く。

 奈落にして雲霞の如き軍勢の底は見えない。

 

 それでも廃人とリッチーは止まらない。

 エーテルの青い斬撃が。あらゆる属性の魔法の嵐が。

 全てを鎧袖一触に蹴散らし続ける。

 大空を羽ばたく比翼のように、何者も二人を留めることなど出来ない。

 

 本来在るべきだった筈の流れは失われ、かつて神の加護と悪魔の支援を受けた世界連合軍すら退けた真に万全な黄金の不死王と現在対峙しているのはたったの二人。

 異界よりの稀人、血塗られた星の魔剣の主、ノースティリスの冒険者。

 不世出と謳われた英雄にして魔王軍幹部、葬送の力を振るう氷の不死王。

 

 これは世界の片隅で誰にも知られず繰り広げられる、たった三人の登場人物による、世界の命運を左右しない物語。

 無数の人々の愛と勇気と決意で紡がれる、手に汗握る群像劇。

 そんなものとは程遠い、言葉にしてみればいつだって世界のどこかで起きているありふれた一幕。

 神の加護も悪魔の支援も存在しない、単なる偶然と成り行きによる遭遇戦である。

 

 

 

 ――がんばえー! 包帯頭さんがんばえー!! わるいやつをやっつけろー!

 

 神の加護も悪魔の支援も存在しないが、神の声援(電波)は存在していたりする。

 本人には全く届いていないが。

 それどころか完全に着信拒否されていた。普通にうるさくて迷惑だからという理由で。

 

 

 

『ちょっと飛ばしすぎじゃないですかね! スタミナとか魔力とか持ちますか!?』

 

 数奇な運命に自ら望んで巻き込まれた不死王は、素面の速度でありながらおぞましいスピードで戦場に蒼い残光を描き続けるパートナーに声をかけた。

 亡霊達は二人の脅威足り得ないが、とにかく数が多い。

 減らしても減らしてもキリが無い。

 

 ウィズが背を預けた男の返答は、二人の周りを取り囲む亡霊を割断する一閃。

 蒼に溶けるように亡霊が消失し、圧力が一呼吸の時間減じる。

 間隙を縫って男はウィズに振り返り、問いかけた。もしかして調子が悪いのかと、心底から不思議そうな表情で。

 

『いえ、私は大丈夫です。過去最高に調子がいいのでなんなら一ヶ月ぶっ通しで戦えるまであります。ただほら、あなたは人間ですし』

 

 ここで一応とか人間? と疑問符が付かないあたりが毒属性な弟子との明確な違いであり善良さの差といえる。

 それでも半年くらい寝食を取らずに戦うのは慣れているという返答には実は自分と同じアンデッドなのでは? と少しだけ期待混じりの疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 指揮を続ける中、アーデルハイドは嘆息した。

 

「薄々分かってはいた事だが、数に差がありすぎて戦術云々が全く意味を為さない」

 

 相手が強い弱いの問題ではない。

 陣形だとか、作戦だとか、計略だとか。

 そういった小細工が活きるには、ある程度彼我の数が拮抗している必要があるのだ。

 

 人数比1:1なら当然、1:100でも効果はある。

 だが1:1000000みたいな馬鹿みたいな数字になると、これはもう全てが無意味となる。

 相手の体が大きければ多少は話が変わってくるだろうが、人間サイズとなると、膨大な数に任せて囲んで叩くという作戦も何もあったものではない原始的な脳筋戦術が最適解になってしまう。

 更にいうと実際の人数比はこの程度では済まないし、下僕の絡め手は当然のようにレベル差で無効化。

 王にして軍師である黄金姫の明晰な頭脳がほぼ封殺されていた。

 

「それでも一応私という指し手と彼らで読み合い自体は成立しているから、本当に少しずつとはいえ辛うじてリソースを削れてはいる。いるんだが……ゴールはあまりにも遠いな。一応ダメージを与えられるというのは下手にノーダメージで済まされるより絶望感があるぞ実際」

 

 それは聞く者が聞けば耳を疑う発言だったのだが、淡々と、しかし必死に手を進めていくアーデルハイド本人に自覚は全く無かった。

 

 

 

 

 

 

 一日が経ち、二日が経ち。

 戦いは依然として終わらず、そして変化が無い。

 

 あなたが攻撃すれば射程内の亡霊は等しく消し飛ぶ。

 どれだけの魔法、スキル、装備といった防御を束ねても、神殺しの魔剣とその主の暴威の前では尽くが塵芥と成り果てる。

 

 最早戦略兵器と化したウィズが乱打する破壊魔法もまた同様に。

 赤、青、黄色。

 鈍色の戦場を原色の嵐が吹き抜けた後、そこには何も残らない。

 

 そして、アーデルハイドは、数多の魂を捧げた代価として、隙とも呼べない刹那に針穴に糸を通すが如き妙技で二人の敵に一矢を報いる。

 そんな戦いを続けてどれほどの時間が経過しただろうか。

 

『すみません、ちょっと正直な感想を言っていいですか?』

 

 戦いが続く中、ウィズがこんな言葉を口にした。

 

『認めたくはないんですけど、アーデルハイドさん、強いですよね。なんていうかこう、普通に。いや、強いのは最初から分かっていたんですが、強さの質が予想外というか、初めて戦うタイプというか、思っていたよりだいぶ厄介というか』

 

 純白の装備に身を包んだ盾兵の部隊を消し飛ばしながらあなたは肯定した。

 繰り返すが、無貌の軍勢は弱い。どんな装備やスキルを使ってこようとも、あなた達からしてみればはっきり言って雑魚だ。

 竜だの魔物だの大層な装備に身を包んだ各種族だのがひっきりなしに現れるが、どれだけ群れを成そうとあなた達の敵ではない。

 だが、それを指揮、統率するアーデルハイドが強い。

 具体的にはアーデルハイドの指揮が強い。そして巧い。

 他のリッチーが同じ駒を与えられてもこうはいかないだろう。

 

 己の意思と感情を奪われ、王という一つの意思の下で戦う哀れな亡霊達。

 彼らはその全てが一糸乱れぬ完璧な連携と統制で操られる死兵である。

 死兵。アンデッドという意味ではなく、文字通り自身の命を捨ててあなた達に襲い掛かってくる。

 

 アーデルハイドは彼らを幾らでも替えの利くゲームの駒のように扱っていた。

 ゲームのように使い潰しているが、戯れで無意味に使い捨ててはいない。

 相手の必死さが一手一手から伝わってくる。

 だからこそ、ウィズも消え行く亡霊に苦い顔こそすれども憤ってはいない。

 

 仮に亡霊達が自らの判断で戦っていた場合、あなた達は完全に全ての亡霊を圧倒し、無傷を維持していただろう。

 だが実際はどうだろう。

 ウィズは全ての攻撃を魔法の盾で防いでいるので傷こそ負っていないが、ブラックロータスの自動回復力を僅かに上回るペースで魔力を消耗しているし、あなたもまた自身の自然治癒能力を僅かに上回るペースで、本当に少しずつ、しかし確かにダメージを受け続けていた。

 別に危機感を覚えるほどではない。日常的な愛剣の癇癪の方が余程酷いダメージを受けている。

 

 先日ウィズが言っていた、このままなら一ヶ月間でも戦い続けられるという言葉は誇張でも何でもない。

 だが互いにリソースを、命を削られているという確かな実感があった。

 アーデルハイド本人ではなく、吹けば飛ぶような雑魚を相手に、である。

 

 一応理由が無いわけではない。

 あなたには自覚しつつも改善されていない、明確な弱点と呼べるものがある。

 それは光、風、土、水という、この世界におけるメジャーな四属性への耐性を一切持たない事だ。

 そしてアーデルハイドはこれらを軸に戦いを進めていた。

 光はそもそもアンデッドが使える属性ではないから除外するとして、他は普通に通じるしダメージを受けるのである。

 

 そして相手の火力が特筆して高いというわけではない。

 単にあなたの治癒力が著しく低下しているだけだ。平時と比較すればほぼ0と言える領域にまで落ち込んでいる。

 この手の陰湿で陰険な能力は間違いなくリッチーの能力に違いない。

 

 ――大正解! 包帯頭さんに3000エリスポイントです!

 

 着信拒否しているというのに微弱な電波が届く。

 ちょっと待ってほしいとあなたは戦慄した。

 アーデルハイドの脅威とは比較にならない恐怖である。無意味に膨れ上がっていくエリスポイントもまた同様に。

 いよいよ女神エリスは毒電波の女神に改名すべきではないだろうかとあなたは思ったが、イルヴァの幸運の女神も大概電波まみれなので、幸運を司るということはそういうものなのだろうと一人納得する。

 

 ――うみみやゅっ!? 違うよ!? 全然違うよっ!?

 

 あまりの風評被害に幸運の女神(スタイルが豊満な方)の悲鳴じみた抗議が聞こえた気がした。

 

 脳内を飛び交う電波はさておき、塵も積もれば山となるように、条件を整えれば虫けらの一噛みも億と兆と積み重ねる事であるいは神すら殺し得るだろう。いわんや廃人をや。

 

 温存しながら戦っているとはいえ、今現在あなた達は、ヴォーパルやゲヘナといったあなたに傷をつけてきた者達に遠く及ばない、圧倒的格下、有象無象の軍勢に劣勢に立たされようとしている。

 指揮官である王は配下の命を湯水の如く消費しながら、廃人の命に刃を届かせようとしている。

 回復阻害を軸に、数と連携をもって確かに戦いを成立させている。

 

 面白く、そして素晴らしい。

 生まれて初めて出会うタイプの敵に、あなたの相貌に凶悪な笑みが浮かぶ。

 

 吹けば飛ぶ無貌の軍勢は、しかし決してその他大勢の有象無象ではない。

 彼ら一つ一つが、アーデルハイドという強大な不死王を構成する掛け替えの無いパーツなのだ。

 

 アーデルハイドと直接相対していないという事実に、まだ本番ではないと気が緩んでいたらしい。

 骸の頂に座す者に敬意を払い、もう少し真面目に戦おう。

 

 友人達と同じように、あなたもまた屍の搭を築き、生と死の階を上り、星を手中に収めた。

 その一端を披露する事に否やは無い。

 あなたはある程度仕上がったノースティリスの冒険者であれば誰もが持っている特殊技能を行使する。

 

 脳死スウォーム連打。

 異世界にエーテル大剣ブンブン丸が顕現した。

 

 

 

 

 

 

 少しずつ、しかし確かに削れている。このままイレギュラーさえなければ。

 微かに期待していたアーデルハイドをあざ笑うかのように、男の動きが変化した。

 範囲攻撃を極めて雑に連発し始めたのだ。

 

 此処に至るまでに余程の経験を積んでいるのか、男は深いレベルで女王と読み合いが成立する戦士だった。

 だが殊読み合いという分野において地を這う戦士が鷹の目を持つ王を上回るなど土台無理がある。

 ましてや相手のステータスや取得スキルを容易に看破する、魔眼や異能にも等しい洞察力を女王が有しているとなれば、殊更に。

 

 だが、変化した男は一転して読み合いを完全に拒否する動きに切り替えてきた。

 ただひたすら愚直に、目の前の敵を殺せば全部解決するだろうとばかりに。

 戦場において思考停止など愚の骨頂。単なる自殺行為であると誰もが口を揃えるだろう。

 だが止まらない。止められない。

 

「というか読んだ上でどうしようもない手を打たれているのか」

 

 なんとも性質の悪い事に、相手はそれを織り込み済みで戦っていた。

 読み合いという相手の得意分野に拘泥するのではなく、読まれた上で殴り勝つ。

 一切合財を真正面から叩き潰していくという、身も蓋もない戦い方があまりにも板に付きすぎている。

 

「明らかに何も考えずに戦っていると分かるのに、たまにこっちと目を合わせてくるのが怖すぎる。どういう感覚器官を持っているんだ」

 

 こうして二人を観察していると、酷く懐かしい感覚に襲われる。

 津波や地震、台風といった天災を前にした時のそれだ。

 だからこそ、アーデルハイドは強い違和感を抱かざるを得ない。

 

「あまりにも強い。いや、強すぎると言ってもいい」

 

 無論それ自体は喜ばしい事だ。

 彼女としては己の願いが叶うのであればどんな手合いであろうと構いはしない。

 それはそれとして疑問は浮かぶ。

 

 一人はリッチーだ。つまりアーデルハイドのような稀代の天才が禁呪で位階を跳ね上げたから強いという理屈が罷り通るし、理解の範疇にある。

 だがもう一人は人間だ。

 只人の身でありながら、どうやってあれだけの強さを身に着けたのか。

 そして、何よりも。

 

「アレは、世界に、そして世界の管理者である神々に許容される強さなのか?」

 

 大義も正義も持たず、ただ純粋に闘争を求める狂った殺戮の化身。

 彼女の認識では開幕で見せ付けた広域破壊攻撃三種だけで世界の敵扱いは不可避だというのに、それらが玩具に感じられる程の常軌を逸した個人戦闘力。

 どう考えても野放しにしていい人間ではない。決して神も悪魔も許しはしない。リッチーと化した自分がそうだったように。

 自分を抹殺に来た神か悪魔の刺客と勘繰ったが、そのような気配は欠片も無い。

 偶然リッチーと出会ってなんか喧嘩を売られたのでぶち殺す事に決めました、同意も得られたし楽しく殺し合おうね、みたいな軽妙なノリだ。無論諸手を上げて歓迎するしなんなら愛おしさのあまり結婚したいまであるが、人生エンジョイ勢が過ぎる。控えめに言って頭がおかしい。

 

「無理だ。どう考えても彼の存在自体が有り得ない。私が引きこもっている間に世界の理が決定的な破綻を来たしたというのでなければ、この世界にあんな異常生命が生まれる余地は無い」

 

 そう、この世界であんな強さの人間は絶対に生まれない。生まれてきてはいけない。

 だが確かにここに存在する。してしまっている。

 となると答えは自ずと絞られてくる。

 

「……異邦人。偶発的な形で呼び出されたか、あるいは自らこの世界に足を踏み入れた異界の住人。いずれにせよ招かれざる客というわけだ」

 

 異邦人。イレギュラー要素の塊としか言いようが無い相手にイレギュラーが起きなければ、なんて甘い目論見と呼ぶ事すらおこがましい。

 頭痛すら覚えるほどの己の蒙昧と無様に強く舌打ちする。

 

 繰り返すが、アーデルハイドは相手のステータスを看破する能力を有している。

 その強度と練度は神々が転生者に与える鑑定の異能を優に上回る。

 そしてネバーアローン三名との初対面では、ステータスと所持するスキルを把握したからこそ、同胞であるウィズ以外を圧倒的格下、取るに足らない羽虫だと認識して闇に落としていた。

 精神の堕落が極まったアーデルハイドにとって、冒険者の男は、少しレベルが高いだけの、極めて凡庸なエレメンタルナイトに過ぎなかったのだ。能力に頼る事無く内奥に秘められた力を見れば、そのおぞましいほどの血臭と強さは一目瞭然だというのに。

 

 それはいい。

 汗顔の至りだが、問題ではない。

 問題は、今の今まで、極めて強いエレメンタルナイトという前提で戦いを進めていた事だ。

 表記されているステータスと実際の実力に大きな乖離がある事は当然理解していたが、強ければそんな事はどうでもいいだろうと考えていた。

 星を落とす魔法という特大のイレギュラーを目の当たりにしながら。

 

「どうでもいいわけがあるか!」

 

 自身の頭を殴りながら叫ぶ。

 興奮で脳が茹っていた状態ならともかく、今の今までこれを見過ごしていたというのはどう考えてもおかしい。不自然な点しかない。

 

「どこだ、どこで私はおかしくなった?」

 

 必死に記憶を紐解く中、ふと、自身の視界の端に何かが映っている事に気づく。

 緑色の髪。真っ赤な服。小さく愛らしい少女。

 全身にノイズを走らせ、真紅の包丁を弄び、不気味に微笑む半透明の何かが、アーデルハイドをじっと見つめていた。

 

 女王の全身に怖気が走る。

 

 虫のように無機質な視線。

 笑顔であるはずなのに、少女の瞳からは一切の人間味が感じられない。

 ソレは、ずっとそこにいた。ソレは開戦と同時、男のステータスを看破した瞬間から視界に現れていた。

 アーデルハイドは気づいていた。気づいていたが、気にしていなかった。

 何故か。いや、考えるまでもない。これこそが自身の認知を狂わせていた正体だ。

 

 半ば反射的に正体を看破しようとして、しかし即座にアーデルハイドは自身の両目を抉る事で強制的に視界をシャットアウトした。

 ソレを理解すべきではない。してはいけないと本能が極めて強い警告を発したのだ。

 そして再生した目が相手と交わった瞬間、緑髪の少女は笑みを三日月のように歪に深めたかと思うと、陽炎のように揺らめいて消失した。

 

「バケモノがっ……!」

 

 過去、数え切れないほど自らに向けられてきた言葉を吐く。

 彼女がこの言葉を使ったのは宿敵の黒竜についでこれが二回目だった。

 

 このままでは満足死どころの話ではない。

 それどころか後悔に塗れた最悪の結末を迎えるという予知にも等しい確信があった。

 

「クソ、同胞と星の青い光に目が眩んだか? 必死さが足りていなかった。文字通り、全てを捧げてようやくまともな戦いになる。そう定義しなければならない」

 

 間違いなくステータスは偽装、隠蔽されているし、こちらの認識が弄られていた。そういう能力の所持者である。

 星を落とす魔法が何よりの証拠。

 エレメンタルナイトにあんなスキルは無い。

 自分の把握しているスキル以外の何かを相手が握っていない保障など、どこにも無いのだから。

 

 

 

 

 

「しかし異邦人か……思いつけば正直納得しかないが、それにしたってという話だろう。同行者二名が真っ当で普遍的な善性を有していたあたり、普段は相当に猫を被っていると見える」

 

 あんな修羅場でしか生きられないような人間が、よくもまあ人の輪の中に混じって生きていけるものだと感嘆する。

 余程太い楔を打たれているのは想像に難くない。

 

「相手は少女と同胞のどちらかな。どちらでも私には関係ないが……」

 

 ぽつり、と呟く。

 王のものではなく、ごく普通の、見た目相応の少女のような声色で。

 

「いいな、羨ましい。私も彼のような強い人(パートナー)が欲しかった」

 

 ただ強いだけの人間なんて、どう考えてもバケモノでしかないし、どう考えても終わっている。

 でも自分だってとっくの昔に終わっているバケモノなのだから、きっとお似合いだろう。

 誰よりも美しく、誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも偉大で、ゆえに誰よりも孤独になった女王は、終わっている世界の象徴である赤い空を見上げながら、そんな事を強く思った。

 

 

 

 

 

 

『あげません!』

 

 激しい戦闘の最中、意味不明すぎる叫びが聞こえた。

 真に迫りすぎた声に驚き脳死戦術を停止させたあなたが何事かと声をかければ、ウィズは気まずそうに言い訳を始めた。

 

『いやその、何か非常に不快な思念が飛んできたので、つい』

 

 どうやら毒電波を受信したらしい。

 あなたは表情を綻ばせた。ノースティリスの才能があると感じたのだ。

 

『え、なんですかそのほっこり顔が見えてくる生暖かい感情』

『気をつけてくださいウィズさん。この顔はきっと例によって人でなし感満載の滅茶苦茶やばい事考えてますよ』

 

 ゆんゆんの声はウィズに聞こえていないし、ウィズの声はゆんゆんに聞こえていない。

 それはそれとして、あなたは勘の良い子供が大好きである。

 大好きすぎて終末狩りを経験させたくなるくらいには大好きである。

 

『ところで結構ダメージ受けてるようですけど、大丈夫ですか?』

 

 言われてみれば、脳死戦闘の代償にあなたは結構なダメージを受けていた。

 まだまだ余裕ではあるが、念のためにとあなたは回復魔法を唱えた。やはり著しく回復力が低下しているものの、それでもゼロではない以上、連打すれば瞬く間に全回復である。

 

 廃人それぞれに得意分野があるように、癒しの女神の信徒であるあなたの得意分野は泥仕合耐久地獄。

 この手のジリ貧戦闘は友人内だとこんなもんやってられるかバカタレ超火力か嵌めてぶち殺すと中々付き合ってくれないので、あなたはアーデルハイドへの好感度を少しだけ上げた。

 

 

 

 

 

 

 【終わりだ】悲報、相手が回復魔法持ちだった【猫の星】

 あまりの光景にアホ丸出しの文章がアーデルハイドの脳裏に浮かぶ。

 

「嘘だろ!? 馬鹿じゃないのか!? やって良い事と悪い事があるだろうが! ゲヘナだって自己再生こそやったが回復魔法までは使ってないぞ!!」

 

 クソとしか表現できない突然の理不尽な現実に頭を抱える黄金の姫。

 

「あまりにもやってられないすぎる、本気で。どこの馬鹿だあんなのを呼び込んだのは。絶対制御しきれてないだろ」

 

 延々と誰に向けたものでもない悪態を吐きながらしかし。

 生まれついて苦難と危機を乗り越える事に喜びを覚える性質であり、同時に確実に喉元に迫り来る死の気配を感じ取っているアーデルハイドの瞳は嬉々として輝き、その表情は希望に満ち溢れていた。

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