このすば*Elona 作:hasebe
【3】
若くして戴冠した女王は、愛する祖国と民の幸せの為の労苦を惜しみませんでした。
画期的な技術や発明の数々。
痩せた大地でも育つ作物の品種改良、土壌の改善。
自ら兵を率いての国内を荒らす魔物の討伐。
他国からの干渉に対する掣肘。
少しずつ、しかし確実に豊かに、そして平和になっていく国に、誰もが喝采して女王を褒め称えました。
……ですが、それでも。
当の女王本人だけは知っていました。
こんな小手先の延命では根本的な解決には至らないと。
炭鉱の金糸雀が金の卵を産むガチョウに変わったと判断された時。
危険極まる未開領域と接するというデメリットを、国を併合する事で得られるメリットが上回ると看做された時。
その時こそ、これまでのようなお遊戯じみた干渉ではなく、圧倒的国力の差を持つ近隣諸国が本格的に牙を剥いてくるのだと、女王は誰よりも理解していました。
自国だけではどうしようもなく力も人も足りず、他国は等しく潜在的な敵。
だからこそ、人類領域である西方ではなく、俗に魔領と呼ばれる東方の蛮地――他国の目が届かない未開領域に女王が活路を見出したのは当然の帰結でした。
■
ダーインスレイヴに導かれる形で老鍛冶師の亡霊に遭遇した、あなた達ネバーアローン。
互いの驚きと興奮も冷めやらぬまま、自我と顔を保持していた彼はあなた達を家の中に招き入れた。
「汚い部屋ですまんな。適当に寛いどくれ。片付けてもすぐ元通りになるからほったらかしのままじゃった」
鍛冶師の家の居間は、年季を感じさせる石造りの部屋だった。
ぶっきらぼうな言葉の通りお世辞にも整頓されているとは言えず、使用感のある家具や道具が雑多に散らかっている。
多少の違いこそあるものの、ダーインスレイヴの夢で見たものとほぼ同じ風景である。あなたは若干の感慨深さを覚えながらソファーに座り、ちらりと後ろの壁を見やった。
「どうしました?」
隣に座るウィズになんでもないと返す。
現在彼女が座っている場所は、大清楚博愛子犬系薄幸不憫健気感情激重銀髪碧眼超絶美少女ことダーインスレイヴの化身が座っていたポジションだ。
あの時のように壁をぶち抜いて飛来した武器にウィズが背中から串刺しにされて奇声をあげながらぶっ飛んでいった場合、あなたはあまりの絵面に爆笑しない自信がこれっぽっちも無かった。
「んんむ……」
困惑するような響きで唸りながら、あなた達の顔をじろじろと眺めるドワーフの老人。
「聞きたい事が多すぎる。いったい何から聞くべきか」
それはそうだろう、とあなた達は思った。
同時にあなた達も彼に聞きたい事は多い。
「あー、一応の確認なんじゃが、お前さんら、生きておるよな? いよいよ頭がパーになった儂が見ておる幻覚とか妄想じゃなく、実在の人物じゃよな?」
亡霊であるにも関わらず、彼はウィズがリッチーであると気付いていなかった。
やはり彼もまた件の不死王の影響下、支配下にあるのだろう。
生きている、のくだりでウィズとゆんゆんが若干困った雰囲気を発したのを感じ取ったあなたは、問いかけに首肯した。
ここで一人は不死王です、などと自己紹介するとスケルトン船長の二の舞になりそうだったし、何よりノースティリスの冒険者視点では殺したら死ぬリッチーも余裕で生きている判定になる。嘘は言っていない。
他者とは少し命の在り方が違うだけである。
「まさかとは思うが、この国の者か?」
代表者としてネバーアローンの中で最も博識かつ社交的なウィズが彼に答えた。
「いえ、地理的には千年王国に近いのですが、私達はお爺さんからすればずっと未来の時代にある国、ベルゼルグの冒険者です」
「アシュトンでいい。しかしベルゼルグか、当然だが知らん名だな。あとずっと未来っつったが、具体的にどれくらい経った?」
「千年王国は今を生きる私達にとって神話にも近しい存在です。世界を手中に収め、しかし国民全てが一夜にしてアンデッドになり滅びた、という事だけが確かな事実として伝わっています。具体的な時間経過についてはちょっと分からないですが、最低でも五百年、下手をすれば千年、あるいはそれ以上……」
この後もアシュトンと名乗った彼は質問を重ね、あなた達から情報収集を行った。
世界が人類と魔王軍に分かれた事。
自分達が現在進行形で旧領から海を隔てた遠い場所の地下の遺跡に封印されている事。
あなた達が不死王に招かれる形で千年王国に辿り着いた事。
全てを聞かされた後、彼は深い溜息を吐いた。
「なんつーか、完全に別世界の話じゃな……」
気疲れからか、十歳は老け込んだように見えるアシュトン。
人魔が長きに渡って血みどろの戦争を繰り広げているという話に思うところがあったらしい。
しかし今を生きるあなた達からしてみれば、恒久平和及び共存繁栄を成し遂げていた千年王国の方こそ別世界のように見えているし感じている。お互い様だろう。
■
話を飲み込むまで若干の小休止を挟み、今度はあなた達が尋ねる番になった。
「単刀直入に伺います。この国に何が起きたんですか?」
ウィズの問いに難しい顔をしたアシュトンは暫くの間、腕組みをして目を瞑っていたが、やがて覚悟を決めたようにその重い口を開いた。
「結論から言えば、後世に伝わっている話は正しい」
努めて感情を排した老鍛冶師は淡々と言葉を紡ぐ。
一夜にして国民全てが不死者と化すという、理想国家を襲った最低最悪の末路を。
「あれからあまりにも永い時が経ったが、忘れもせん。千百十一年目を祝う建国記念日の翌日じゃ。突如として血の色に染まった空が天を覆い、地からおぞましき闇と呪いが溢れ出した。そうして永遠の平和を約束された筈の王国は絶望と苦痛に喘ぐ不死者の巣に変貌した。スケルトン、ゾンビ、レイス。ありとあらゆるアンデッドが跋扈する地獄のような場所にな」
血色の空。闇と呪いの大地。無数の亡者達。
彼が語ったそれは、まるで第四層を彷彿とさせる光景だった。
「何故あんな事が起きたのか、どのような手段を用いたのかについては今も分からん。じゃが誰がやったのかについては、最初から国民の全てが不思議と理解しておったよ。……これは陛下の仕業であると」
世界を統一せし偉大なる建国の母。
過去現在未来の全てにおいて並ぶものなき黄金の英雄姫。
千年を超える時を生き続け、理想国家を統治する名君を崇め称える言葉に限りは無く。
だがしかし、全てに破滅をもたらしたのもまた女王であった。
「三年。不死者と化したわし等が地獄を彷徨った月日じゃ」
隔離された地獄から出る事は叶わず、女王に声を届けようにも彼女は城の門を固く閉ざした。
女王の力によって粗悪なアンデッドと成り果て、少しずつ心までバケモノに変わっていく恐ろしさに正気をすり減らしながら永遠にも思える苦痛の日々を過ごした千年王国の国民達。
「全てが終わってしまったあの日から、国の外で何が起きていたのかは分からん。じゃが三年を過ぎたある日、空が青さを取り戻し、地の不浄が祓われ、皆が生前の姿を取り戻した」
亡霊である事に変わりは無いが、日の下にいても浄化はされないし、心身を苛んでいた苦痛は取り除かれた。生前と同じように日常生活を送る事も出来る。
相変わらず国の外には出られないが、状況は今までとは比較にならないほどに改善されたと、誰もが安堵した。
「そう、状況は改善した。今にしてみれば笑えるほどに愚劣、蒙昧の極みじゃが、当時は皆そう勘違いしておった。かくいう儂も再び鎚を振るえるようになって喜んだもんじゃわい」
一週間が経った。何も起きなかった。
一ヶ月が経った。何も起きなかった。
半年が経った。都は平和だった。
一年が経った。記憶を除いた全てが一年前に巻き戻った。
すぐさま異常に気付きはしたものの、流石にこの時点では大半の者が具体的に何が起きたのかを理解出来ていなかった。
だが数度の繰り返しを経て、遂に確信と共に周知されるに至る。
自分達は一年を繰り返している、と。
そう、次に始まったのは一年間という時間を繰り返し続ける新たな地獄。
不死者と化し、更にループによって寿命というくびきから解き放たれた彼等は、しかし終わりの無い停滞の日々に少しずつ壊れていった。
隔離された箱庭の中で死ぬ事は出来る。狂う事も許された。
だが一年経てば全ては何事も無かったかのように元通りになる。
壊れた物も、狂った心も、喪われた命すらも。
かくして数百万の亡霊達は永遠の一年という名の牢獄に囚われた。
ただ一つ、記憶だけを引き継ぎながら。
「全ての試行錯誤は無駄に終わった。城以外の全てが更地になるほどの激しい争いが起きた事も数え切れない程にある。じゃが、いかなる知恵も武勇も、仮初の永遠を打破する事は叶わんかった。そうして何度一年を繰り返し続けてきたのかは最早覚えておらん」
ありとあらゆる手段がループの前では無為に終わると悟り、誰も彼もが諦観と無気力に沈み、ただただ終わりだけを望む木偶になって幾年月。
繰り返した回数を数える者もいなくなった頃、それは生まれた。
「最初は人間の老人や赤子といった弱い者から。次に動物や意思薄弱だった者から少しずつそれは増えていった」
あなた達も散々見てきた、顔の無い亡霊達。
永劫の時に魂が擦り切れ、それでも消滅が許されなかった者達の成れの果て。
「それは自分達が死んでいる事に気付いておらんかった。それどころか、繰り返す時の記憶を引き継いですらいなかった」
生前の記憶に従い、粉々に砕けた魂の残骸で駆動する自我無き人形。
全ての悲劇を忘れ去り、何でもないかのように振舞う無貌の亡霊達への恐怖によって、人間のみならず、竜やエルフといった長命種の精神もまた恐ろしい勢いで磨耗した。
たった50年で国民のほぼ全てが無貌の仲間入りをするほどに。
魂の耐用年数の限界。話を聞きながらそんな言葉があなたの脳裏に浮かぶ。
何度も這い上がり、何でもないように振舞いながら、ある日突然埋まる者を何度も見てきたあなたにとっては、むしろ馴染み深くすらある。
繰り返しに巻き込まれなくなる無貌の亡霊になる事は、即ち精神的な死を迎えるに等しい。
それを思えばある種の救いですらあったのだろう。
ヒトであろうとなかろうと、限界が来る事、壊れる事に大層な理由など必要無いのだ。
そしてそれはきっと、狂った女王も同様に。
「……あの、質問があるんですけど、いいですか?」
千年王国の壮絶な末路に気圧されたのか、青い顔をしたゆんゆんが恐る恐る手を上げた。
「じゃあお爺さん、アシュトンさんは、どうして今もご無事なんですか?」
彼が無事かどうかは大いに議論の余地があるが、この老人がこうして過去を語れる程度には自我と顔を残している事は確かだ。
少女の問いに、アシュトンは気まずそうに目を逸らし、禿げた頭を掻いた。
「こういうのを自分で言うのはどうかと思うが……儂はそう、ちょっとだけ他人より頭のおかしいとこがあったんじゃろう」
まだループが始まってそれほど時間が経っていない頃。
彼はふと、こんな事を考えたのだという。
生前の姿を取り戻した亡霊は飲み食いも睡眠も出来るが、それらが必要不可欠なわけではない。
それはつまり、飲まず食わずで一年中鍛冶の腕を磨けるという事なのでは?
そして一年経てば、記憶を除いた全てが元通りになってしまう。
逆に言えば記憶だけは引き継ぐ事が出来る。
それはつまり、永遠に鍛冶の技量を磨けるという事なのでは?
「で、やってみたら出来た。出来たから続けて、今に至る。心を無にして不眠不休で修行したり、逆に何もせず遊び呆けたり、惰眠を貪ったり、最高級の素材を使って一年でどこまでの武具を作れるか試したり、安い素材でどれほどの高みに至れるか挑戦したりと、色々やっとるよ」
「顔の無い亡霊達を見て何か思ったりとかは……」
「ぶっちゃけあんま気にならんかった。鍛冶一本で生きてたせいで家族も友人もおらんかったし」
「えぇ……」
あんまりにもあんまりな答えにゆんゆんはドン引きしていた。
少女の顔には絶対ちょっとだけ頭がおかしいどころじゃないですよ。明らかに限界突破しちゃってますよと書いてある。
「…………」
一方のウィズはちょっと分かります、絶対口には出せませんけど、みたいな顔をしていた。
魔法ガチ勢にしてリッチーとしての性能を存分に活かして魔道の研鑽を重ねている彼女がアシュトンにとやかく言えるはずも無い。
「なあ嬢ちゃん、微妙な目で明後日の方を向いとる姉ちゃんはともかく、なんかそっちの兄ちゃんが滅茶苦茶仲間を見つけた、仲良くしようぜ、みたいな温かい目で見てきて怖いんじゃが。距離感の詰め方おかしくないか。今日が初対面じゃよな?」
「すみません、気にしないでください。この人ちょっとそういうとこあるんで。多分直接的な害は無いと思います」
「それ間接的には害がある可能性があると言っとらんか」
「多分大丈夫です。多分。きっと」
アシュトンは鍛冶職人ならぬ鍛冶廃人だった。
心を無にした状態での修練も、己の限界への挑戦も、まったくもって共感を覚える事頻りであり、自身の同類と呼ぶにあなたは何ら躊躇いを覚えない。
まさかの有資格者の発見に喜びを隠せないあなたは、老人にどこまでも友好的で優しげな笑顔と眼差しを送るのだった。
■
折角の機会なので、あなた達はアシュトンに店内を見せてもらう事にした。
どれもこれも良い意味で癖が無い。非常に扱いやすそうな、そして強力を通り越して凶悪な武具が並んでいる。
「やっばーい……一目見てこれやばいって分かるー……」
「ですね……オーラが凄いというか……」
そんなアシュトン鍛冶店にて。
一山幾らの数打ち扱いなのか、乱雑に樽に突っ込まれた細槍の一本を手に取ったゆんゆんが慄然とした面持ちを隠そうともせずに震えた声を発し、ウィズがそれに追従した。
「すまんが今年は休養の年でなあ。一応勘が鈍らんように在庫の武具は鍛え直しとるが、在りし日の王国民ならいざ知らず、戦乱に生きる未来の冒険者の目に留まるような武具は無いと思うぞ」
そんな二人の様子に気付いていないアシュトンは、久しぶりの客とあってどこか楽しそうに棚卸しに励んでいる。
あなたは今回のループで最も良い出来だという剣を見繕ってもらい、こっそり鑑定の魔法を使ってみた。
――★《ロングソードSS》
冗談のような結果が返ってきてあなたは噴出した。
あまりの衝撃に名前末尾のSSに対する疑問すら浮かんでこない。
神器判定。まさかの神器判定である。
数打ちの量産品が極限まで強化された結果、神器として昇華してしまったようだ。
正直そこらの神器が裸足で逃げ出す程度には強い。本気で武具を作ったらどうなってしまうのだろう。
きっとSSはスーパー凄いの意に違いない、と一人納得するあなたは感激のあまり語彙と知能指数が死滅していた。
「ん、それを買うのか? そりゃ別に構わんが。あと一ヶ月ちょっとで次の巻き戻しだぞ」
ロングソードSSを買ったあなたに、アシュトンはそう言った。
千年王国で手に入れた品を外に持ち出した後にループが発生した場合どうなるかを確認する術は無いが、何も問題は無いとあなたは答える。
その前にネバーアローンが諸悪の根源である不死王をぶちのめしてこの国を永劫のループから解放するからだ。
「期待せずに待っとるよ」
アシュトンはあなたを鼻で笑った。
絶対無理だと思っているのが透けて見える。
だがあなたは気を悪くする事も無く、成功の暁には渾身の武器を打ってほしいとだけ告げた。
きっと彼をモンスターボールで捕獲するなりウィズの支配下において酷使すれば大変愉快な事になるのだろう。
相手は鍛冶廃人。神域にある彼であれば神器の量産など造作も無いに違いない。
だがあなたはそんなつもりは無かった。
コレクションとの出会いは一期一会であるべきだというポリシーがあなたにはある。
無為に下手に量産してしまっては貴重品としての純度が、心情的な価値が下がってしまう。それはあなたの望むところではなかった。
だからこそ、あなたがアシュトンに望むのはただ一つ。
老鍛冶師が人生を懸けた最高の一振りを。
「……ま、気が向いたら打ってやるさ。気が向いたらな」
あなたの正面からの真摯な言葉に、鍛冶に狂った頭のおかしいドワーフはニヤリ、と笑った。
■
「久しぶりに生きた人間と会えてそこそこ楽しかったぞ。良い気分転換にもなったし、宿屋の女将によろしく言っといてくれ」
思い思いに買物をし、別れの挨拶をしていると、アシュトンがそんな事を言った。
顔を見合わせるネバーアローンの面々。当然だがあなた達は彼の言葉に心当たりが無い。
「……ん? 三丁目の宿の女将から腕利きの鍛冶屋の話を聞いて来たんじゃなかったのか? 今回のループでウチの店に来たのは女将だけじゃぞ」
あなた達は揃ってハッとした表情になった。
予想だにしない生きた亡霊との遭遇の衝撃で、完全に当初の目的を忘れていた事を今になって思い出したのだ。
このまま彼とお別れしてしまっては、何のために出向いたのか分かったものではない。
「違うとなると……まさか偶然ウチに辿り着いたってのか? このクソ広い区画の、何十軒もある鍛冶屋の中から? 幾らなんでもそりゃ出来すぎだろ」
「いえ、偶然ではないんですが……その……」
ウィズのアイコンタクトにあなたは頷き、一歩前に出た。
そう、あなた達が彼と出会ったのは決して偶然ではない。
導かれたからこその必然である。
あなたは自分達をここまで導いてきた武器を、ずっと沈黙を保ち続けていた剣を取り出し、この武器に見覚えはあるかと尋ねた。
「…………」
金字で複雑な魔法陣が刻まれた、漆黒の鞘に収まった長剣。
果たして、それを眼前に突きつけられた亡霊は、驚愕に目を見開いていた。
「……生前で最も脂が乗っていた頃。神の使いを自称する胡散臭い輩に、最高の素材を用意するから、最高の剣を作れと注文を受けた」
あなたから剣を受け取ったアシュトンは、静かに鞘から剣を抜いた。
「…………素材、情熱、技量。全てにおいて、あの時の儂は、これ以上無いほどに恵まれておった」
後世において数多の悲劇を生み出してきた、血塗られた魔剣の忌み名を持つ神器を。
「忘れるものか。儂の生涯における最高傑作をどうして忘れられるものかよ。ダーインスレイヴ。我が最愛の娘……まさか、再びこうして会える日が来るとは夢にも思わなんだ。おかえり。本当に久しぶりじゃなあ……」
手を離れた今、あなたにダーインスレイヴの声は聞こえない。
だがきっと、彼女はこう言っていると確信していた。
――ただいま、お父さん。
と。
感無量とばかりに涙ぐんだ鍛冶師が目を瞑って十秒。
彼はいきなり叫んだ。
「――うぅわ!! きっしょ!!」
しんみりしたちょっといい感じの雰囲気をぶち壊す、魂の奥底から溢れ出たかの如き叫びだった。
あまりの変貌にウィズとゆんゆんはおろかダーインスレイヴもびっくりだ。
しかもどういうわけなのか、アシュトンはあなたを凝視して後ずさりしている。
「お前、びっくりするほど気持ち悪いな!? 信じられんぞ!! 正気か!?」
耳を疑う謂れの無い罵倒。
あなたはノースティリスの冒険者であり廃人だ。正気を疑われた回数は数えていないが、気持ち悪いと形容された事は殆ど記憶に無い。
魔剣を抜いたせいで狂ってしまったのだろうか。
あなたは彼をぶちのめして正気に戻すべきなのか少しだけ本気で迷った。
「ど、どうしたんですかいきなり」
「どうしたもこうしたもあるか! この男、こんな澄ました顔してあれじゃぞ! ほんとアレじゃぞ!」
「ええっと、よく分からないですけど、多分大丈夫ですよ? 割といつもの事ですから」
あなたはグーでゆんゆんの頭を強めに引っ叩いた。
聡明なゆんゆんの貴重な脳細胞が死滅する音が聞こえる。
「ダーインスレイヴには、ダーインスレイヴがこの者こそは、と思うほどの担い手と出会った時の為に、担い手の抱くイメージを反映させた上で一度だけ直接精神の中で会話が出来るようになる機能を与えたんじゃが、そのイメージを反映させた姿がただひたすらに気持ち悪い!! 見た目が悪いとかじゃなくてむしろ逆で造形が良すぎてこれを考えた奴の歪な欲望と偏執的なこだわりが感じられて怖い!! キモい!!」
「物凄いボロクソ言ってる……どんな姿なんですか」
「ちょっと待て今描いて教える!!」
言うが早いがガリガリと絵を描き始めたアシュトンにあなた達は目を丸くした。
本業顔負けの凄まじい速度と技量である。
「あー……絵、お上手ですね?」
「武具のデザインは凝る方じゃし繰り返しの中で絵の練習もやったからな! しかしほんっと気持ち悪い!! お前これ絶対自分が考えた最高に可愛い女の子とかそういう表題じゃろ! あわよくば現実に出てきてほしいとか考えとるじゃろ! カーッ!!」
あなたをメタクソに誹謗中傷しつつ、アシュトンは見事な絵を完成させた。
大清楚博愛子犬系薄幸不憫健気感情激重銀髪碧眼超絶美少女ことダーインスレイヴの化身の絵を。
産みの親だからだろうか。彼は深い部分でダーインスレイヴとの交感を果たせるらしい。
「見ろ! この男はダーインスレイヴの人格がこんな姿だと思っとる!」
「…………」
「…………」
あなたは自身のイメージと夢の中で出会った白銀の化身の姿を完璧に再現してみせたドワーフに拍手と心からの賞賛を送ったのだが、三人からの視線の温度が更に低下した。
だがそれも致し方の無い事だろう。人格持ちの神器との交流が少ない者では、あなたの
あなたはノースティリスの冒険者だ。
異邦人であるがゆえに、このように他者と価値観を共有出来ない事が往々に起こる。
この場に自身の理解者はいないのだと悟ったあなたは、己を苛む孤独にニヒルに笑った。
「何を考えているのかなんとなく分かるので言いますけど、それとこれとは関係無いです。絶対に」
ウィズが真顔で発した発言に仲良く頷くゆんゆんとアシュトン。
《――! ――――!!》
あなたはアシュトンの背後であなたに向かって必死に頭を下げているダーインスレイヴの化身の姿を見た気がした。
数十分後。
女性人格の強力で貴重な神器のイメージが美しくなるのは万人が有するいたって普遍的な感覚であり常識である。
あなたは誰もが認めざるを得ない完全無欠の正論を振りかざす事で三人の反論を完全に封殺してみせた。
三人があなたの説得と翻心を諦めたように感じるのはきっと気のせいだろう。
「まあなんだかんだでダーインスレイヴが大層世話になった恩人のようじゃし? 本人も喜んどるみたいじゃし? これ以上は儂も突っつかんが……でもなあ……」
ダーインスレイヴの刀身を磨きながらブチブチといちゃもんを続けるアシュトン。
そんな偏屈な老人に向かって、ゆんゆんが一つの問いを投げかけた。
「アシュトンさんは、その、ダーインスレイヴについてどれくらいご存知なんですか?」
常識的に考えれば、彼がダーインスレイヴの血塗られた半生を知っているわけがない。
だがゆんゆんの問いかけを受けたアシュトンは、ぴたりと剣を磨く手を停止させ、身に纏う雰囲気を豹変させた。
まるで痛いところを突かれたとばかりに顔を顰めた彼は、低い声で答える。
「過去から今に至るまでのおおむね全てを、と答えておこう」
「え、でもアシュトンさんはずっとここに……」
「無論直接見聞きしたわけではないが、それでも自分が作った剣じゃぞ。直接手に持って刀身と中身を見れば、この子がどれだけ自身の意に反した生を送ってきたのかは分かる。どれだけの血を吸ってきたのかも。そして、同時にそこの変態との出会いが、この子にとってどれだけ救いになったのかも」
血塗られた魔剣の異名を与えられた武器の産みの親は、自慢の娘に、次いであなたに複雑な眼差しを向けてきた。
「所有者を選ぶような武具はそれだけで三流。今も掲げる己のポリシーが間違っていたとは微塵も思わん。どれだけの悲劇を生み出そうとも、悪いのは決してこの子ではなく力に魅入られた者達の方じゃと儂は断言しよう」
それでも、と続けた言葉に滲むもの。
それは彼の深い悔恨と自身への失望。
「この子が送ってきた境遇については、人の愚かさと悪意に限りは無いのだと考えもしなかった、歴代の所有者以上に無知で愚かな儂に全ての責任があり、この子が傷ついてきたのは間違いなく儂が原因である……すまなかった」
歴史に類を見ない、豊かで満ち足りた平和の世で生まれ育ったが故に、貪欲に力と栄光を求める者達の醜悪さ、人の心の弱さを知らなかった老匠の痛切な謝罪に応える声は無く。
ただ震える父親を慰めるように、一本の剣が柔らかで温かい光を放ち続けていた。
■
いくらここが不死王の庭とはいえ、四六時中気を張っていては戦う前から疲れてしまう。
そういうわけなので、宿の一室であなたはゆんゆんと遊んでいた。
いかがわしい意味でも血腥い意味でもなく、文字通り普通に。
「私のターン、ドロー。先王リカルドをコストに黄金の英雄姫を召喚します。そのまま黄金の英雄姫の効果発動。このカードよりレベルが低いユニットを種族ごとに一枚ずつ選んでデッキから直接ユニットゾーンに召喚する事が出来ます。そのまま全員で邪竜王ゲヘナに攻撃。何かありますか?」
あなたは肉の壁の罠カードを発動した。
多種多様の種族が砦の壁に生き埋めにされている絵のカードだ。
壁には顔だけが見えるようになっており、老若男女問わず集められ埋められた彼らは、一様に苦悶と嘆きの表情を浮かべている。
「うわ、びっくりするほど絵と効果が邪悪」
カードイラストの醜悪さにドン引きするゆんゆん。
肉の壁の罠カードは邪竜王ゲヘナが場に出ている時しか発動出来ないという実質専用カードだが、そのぶん強力な効果を持っている。
具体的には破壊された時に自爆して相手を一掃する。
「こんな外道戦法を実際にやったっていうんだから怖すぎですよね、この邪竜王とかいうの。魔王軍だってここまで卑劣じゃありませんよ」
ちなみにこの邪竜王ゲヘナとは、英雄姫の冒険譚、その魔領編におけるラスボスである。つまり過去に実在していたドラゴンという事だ。
現代の魔王に相当する竜族であり、その傲慢さと卑劣さ、そして何よりも強大さをもって英雄姫とその仲間達を何度も苦しめてきたのだという。
その最期は最終決戦でボロボロに傷つきながらも仲間達の力と想いを一つに結集した黄金姫によって滅ぼされるという、強大な邪竜かくあるべし、というものだった。
閑話休題。
あなた達がアシュトンを訪ねてから数日が経過した。
現在あなたの手元にダーインスレイヴは無い。アシュトンに預けてある。
一時的にも神器を手放すなど普通ではありえないが、ダーインスレイヴのメンテナンスをしたいと真摯に頭を下げられては所有者であるあなたとしても断れないし、永い時を経て里帰りを果たしたダーインスレイヴの心情を汲んであげたかったのだ。
「ほんと、所有物にはびっくりするほど寛容で優しいですよね。所有物には。あとこの期に及んで言うまでもないですけどウィズさんにも。その寛容さと優しさを十分の一でいいですから私にも向けてくれると不肖の弟子としては涙がちょちょぎれるほど嬉しいんですけどね」
あなたと対戦型トレーディングカードゲーム(千年王国産)に興じるゆんゆんの言葉には確かな棘と毒がある。
あなたは悲しい気持ちになった。自分はこんなにもゆんゆんを慈悲深く思いやっているというのに、全く伝わっていなかったのだろうか、と。
「今日の昼間に私に何をやったのか思い出してからそういう事言ってくれます?」
日課であるゆんゆんとの修行中、アシュトンがダーインスレイヴを持ってきてあなたにこう言った。
使用者が実際に剣を振っている所を確認したいから、ちょっとダーインスレイヴを使ってみろ、と。
了承したあなたはダーインスレイヴを使って即座にゆんゆんをぶちのめした。目の前で起きた突然の惨劇にアシュトンは泡を食ったように慌てていた。根がとことん善良なのだろう。みねうちなので大丈夫だと教えると信じられないものを見る目で見られたのはあなたの記憶に新しい。
「人の心が無いのか!? って叫んでましたね。とにかくそういう事です」
ゆんゆんが修行で半殺しにされるのは特筆に値しないただの日常風景である。
となると六連流星を使ってほしかったのかもしれない。
加速時間の修練中にウィズに向けて六連流星をぶっぱなした回数は数え切れないが、ゆんゆんはあの必殺剣を身に受けた事が無い。
あなたは次の修練で彼女に完成した六連流星を味わってもらう事を確約した。
「もしかして無慈悲って概念が擬人化した存在だったりします? 六連流星は絶対にやめてください。死にます。みねうちが乗ってても本気で死にます」
慈愛に満ち溢れた冒険者であるあなたは朗らかに笑った。
ゆんゆんは冗談が上手だ。
死ぬほど痛いだけで絶対に死なない、死ねないみねうちスキルで死ぬとはこれ如何に。
「心が死にます」
メンタル面への配慮がおざなりになりがちなのはあなたの悪い癖だろう。
友人達やベルディアからも度々注意を受けている。
だがあなたは知っている。
折れて砕けた心は放っておけばそのうち勝手に治るのだと。
実質ノーダメージに等しい。
妹も同意してくれている。多数決によりあなたの圧倒的勝利は確実だ。
「そういうところですよ! 本当に、本当に、そういうところなんですよ!!」
真面目な話をすると、あなたとウィズを目指す以上、ゆんゆんのメンタルが何度も何度も粉砕骨折するのは規定路線なので、盛大に闇堕ちしたりガンバリマスロボにならない範囲であればあなたは彼女の精神面での健康に配慮する気が基本的に無かった。そもそもゆんゆんのメンタルケアはウィズの担当だ。
そんな内心をおくびにも出さず、キャンキャンと可愛らしく吠えて威嚇してくるわんわんゆんゆんを構い倒す。
顔を真っ赤にしてキレ散らかしたゆんゆんから明らかに調整をミスっているとしか思えないクソのような鬼畜カードコンボでボコボコにされていると、ダーインスレイヴを携えたアシュトンがあなた達を訪ねてやってきた。
「二人だけか。あの姉ちゃんはどうした?」
「ウィズさんはご近所の錬金術とか魔法関係のお店を見てくるって言ってました」
「ふむ、そうか」
ソファに腰を下ろした彼は、しばらくあなた達を眺めていたが、やがて一つの問いを投げかけてきた。
この数日で何度も発した問いを、改めて確認するように。
「なあおい。お主等は本気で陛下に挑むつもりなのか?」
あなたもまたこの数日で何度も発した言葉を返す。
ネバーアローンは千年王国を支配する不死王をぶち殺すためにここに来たと。
そもそもそれ以外にこの封印と隔離された箱庭から脱出する手段が思い浮かばなかった。
「そうか……」
「まあ私は交戦した瞬間即死するのが分かりきってるので二人に守ってもらうしかないんですけどね……」
ゆんゆんの乾いた笑いに気が抜けたのか、表情を柔らかくしたアシュトンはこう言った。
「白状するが、久方ぶりに生者に会えて嬉しかったというのは嘘ではない。それでもお前さんらがどうなろうと儂は知ったこっちゃなかった。それこそ陛下に敗れて死のうともな」
だが、と言葉は続く。
「ダーインスレイヴを所有し、なおかつ真に認めるほどの主が相手であれば、儂としても便宜を図らんわけにはいかん」
「つまり?」
「勝率を上げてやっても良い」
廃人に向けて手を差し出す鍛冶廃人。
その真意は明確であった。
彼は、あなたの武器を強化すると言っている。
「持っとるんじゃろ? ダーインスレイヴを差し置いて常用しておる剣を。ダーインスレイヴが先輩と呼ぶ剣を。ダーインスレイヴを淫乱尻軽クソビッチ呼ばわりする阿婆擦れ魔剣を」
「最後のやつで雰囲気が台無しすぎる……」
「言ってくれるな嬢ちゃん。実は儂もちょっと反省しとる」
あなたはここでカードゲームを止め、アシュトンに向き直る。
その上で断りを入れた。
気持ちだけ受け取っておく、と。
「この身では不足か」
首を横に振る。
あなたは要不要ではなく、可能か不可能かを論じている。
そしてこればかりは能力の問題ではないのだ。
あなたも出来る事なら愛剣を強化してほしいと思っているが、アシュトンが直接愛剣に手を加える事は不可能だろう。
今のゆんゆんがあなたとウィズのコンビにガチンコ戦闘で勝利するレベルの難題だ。
「そう言われてもな。こっちにゃ具体的にどれくらい難しいのか伝わらんぞ」
「はい! 世界がひっくり返っても絶対に無理って事です!」
清々しい笑顔のゆんゆんはノータイムで匙を投げた。
当然だろう。
ここでゆんゆんがワンチャンありますなどと言い出した日には偽物と断じて即座にみねうちでぶちのめすところだ。
「試してみねば分からんぞ?」
苛立たしげな声色。口元もひくついている。
あなたのそっけない対応とゆんゆんの発言が職人のプライドを刺激してしまったようだ。
こうなれば千の言葉を尽くすより直接見せた方が早いと思ったあなたは愛剣を解き放つ。
エーテルの燐光が部屋に散った。
「何度見ても綺麗な剣ですよね」
「おおう。なるほど、初めて見る素材の剣じゃな。非常に興味深い。しかし儂の目には手を加える余地がまだ残ぅおぼろろろろろろろろろろろろ」
「ちょちょちょアシュトンさん!?!?」
結果として、亡霊が盛大にゲロゲロするという非常にレアすぎる光景が生まれた。
「無理! 無理じゃあああああああ! 無理無理無理絶対に無理!」
悲痛な表情のアシュトンは一瞬で匙を投げた。
全力で明後日の方向に投げ捨てた。
匙投げ選手権で世界新記録を叩き出しそうな勢いで投げ捨てた。
「生理的に無理だし物理的にも無理! こんなんあらゆる意味で無理に決まっとるじゃろクソボケがぁ! 死ぬ、実際ガチで死ぬ! 死んでるのに死ぬ! 主を選ぶとかそういう次元じゃないこやつ儂のポリシーに全力で喧嘩売っとるな!? つーか自己主張と儂への殺意が強すぎる! 巻き戻しすら利かないレベルで魂が抹消される幻が見えたぞ! 魔剣どころか邪剣とか狂剣の類じゃろそれぇ!!」
流石は鍛冶廃人。
一目で愛剣の性質を理解してくれたようだ。話が早くて助かるし、あなたとしても無用な犠牲者を出さなくて一安心である。無論この場合における無用な犠牲者とはあなた自身の事である。
あなたはアシュトンに向かって中指を突き立て唾を吐き捨てながら罵詈雑言を浴びせかけるが如き態度と機嫌の悪さを発揮している愛剣を撫でて鞘に納めた。
アシュトンが愛剣を強化するのであれば、また別の手段が必要になってくるだろう。
この世界ではまだ一度も実行していないが、愛剣は他の武器を
主にして最大の理解者であるあなたをして素直に認めざるを得ないほどに性格に多大な難を抱えてこそいるが、ぼくのかんがえたさいきょうのぶきを実現可能な剣なのだ。性格に多大な難を抱えているが。
では何故この世界の武器を合成していないのかというと、愛剣を含めたイルヴァ産の武器には単純に装備に付与出来るエンチャントの数に上限が存在し、なおかつ長年に渡るイルヴァでの冒険もとい重ねに重ねた厳選と継承により、愛剣のエンチャント枠はとうの昔に限界まで埋まってしまっているし、エンチャントの強度も凄まじい事になっているからだ。
そしてこの世界において、あなたが目を引くほどに、既存のエンチャントを上書きするほどに強力なエンチャントが付与された汎用装備は見つかっていない。
逆に言えば神器のような一点物を砕くというのであればエンチャントの更新も見えてくるのだが、あなたは言わずと知れた蒐集癖持ち。考慮にすら値しない。論外の極みである。
「お、おぞましいものを見た……」
一瞬で恐ろしく憔悴してしまったアシュトン。心なしか体が強めに透けているような気もする。
ついでに狂気度が上がったかもしれないが、彼は無貌にならない程度には頭がおかしいので特に問題は無いだろう。
「トラウマになりそうじゃあ……いっそ巻き戻しでこの記憶を消してくれ……」
「そんなにですか……」
「やばい。あの剣は本気でやばい。強さ以前の問題としか言えん。何がどうなったらあんなザマになるのか分からんし、分かりたくもない。何よりあんなもんを平気な顔で使える精神構造がこれっぽっちも理解出来ん。狂うどころか完全に精神が壊れてないと無理じゃろ……唯一無二の主に使われる事、主の敵を殺す事が存在理由の全てでありながら故あれば平然とその主を傷つけ殺そうとする剣じゃぞ……」
言葉尻だけ捉えれば矛盾ここに極まれりといった有様だが、それについては命の重さがペラ紙以下の塵芥な世界で生まれ育った剣なのでしょうがないとしか言いようが無い。
だがそんな事まで彼に教える理由は無いのであなたは口を噤んだままだ。
「こんな頭おかしい人間にダーインスレイヴを任せたくねぇー……なあ嬢ちゃん、アレの代わりにダーインスレイヴの主になってくれんか? 剣と主双方の意向で専用調整を施したから他人が使うとちょろーっと精神汚染が入るかもしれんが、優しくて気立てのいい子じゃぞ」
「いいえ、私は遠慮しておきます」
「そこをなんとか。今なら特別サービスで防具も新調してやるから」
「いいえ、私は遠慮しておきます」
「よーし分かった! 杖も付けてやる!」
「いいえ、私は遠慮しておきます」
ノーと言える女に成長したゆんゆんにあなたは鼻が高い気分になった。
だがその応対は実に塩である。取り付く島も無いとはこの事か。
この分ではいつかウィズの氷の魔女という異名を引き継ぐ日が来るのかもしれない。
そうなれば、ウィズを敬愛しているゆんゆんはきっと素直に喜ぶだろう。ウィズの方はお察しだが。ほぎゃー! と叫んでくれそうである。
羞恥心から涙目で顔を真っ赤にしてぷるぷる震える友人の姿を思い浮かべたあなたは、ほっこりした気分になるのだった。
■
そうして、新しい顔ぶれを加えた楽しい時は瞬く間に過ぎ去っていき。
アシュトンとの別れの日、そして不死王の居城に赴く日がやってきた。
千年王国中枢都市の中央。
そこにはまさしく国の心臓、千年王国の象徴と呼べる建造物がある。
あなた達は事前の調査でそう聞いていたし、史書や観光パンフレットなどで王城の姿を確認していた。
いたのだが。
「まあ、ご覧の有様じゃよ」
親切心から道中の案内を買って出たアシュトンの声は硬い。
「あの日からずっとこうじゃ。今となっては在りし日の姿を思い出す事すら出来ん」
闇。
あなた達の眼前には闇があった。闇しかなかった。
かつて王城があったというその広大な敷地には、光を拒む深く巨大な闇だけが広がっている。
これまでとは比較にならないほど澱んだ死の気配に満ちたそれは、間違いなくこの先で不死王が待ち構えているのだと教えてくれていた。
「…………」
あなたとウィズは顔を見合わせ、互いに何を言うでもなく頷き合う。
巻き戻しの日は近く、退路は無い。
後はぶっつけ本番の出たとこ勝負である。
「アシュトンさん、ここまでありがとうございました」
「……おう。悪いがこれ以上は無理じゃからな。戦闘力皆無の鍛冶屋に何か出来るとも思えんし。今更になって陛下の顔を見るのは怖い」
彼にはダーインスレイヴの件のみならず、色々とお世話になってしまった。
もし全てが終わった後に彼が消滅していなかったら、外の世界を見せるのも悪くはないかもしれない。
その時はウィズになんとかしてもらおうとあなたは思った。なんなら本人が望めばノースティリスに連れて行ってもいいとも。
「……ゆんゆんさんは、どうしますか?」
「わ、私も、二人と一緒に……一緒に行きます! 行かせてください! 死ぬほど怖いですけど! 絶対何の役にも立てないですけど!」
あまりの恐怖と圧力と己の無力に屈しかけ、それでも真っ青な顔で震え竦む体に活を入れ、精一杯の啖呵を切ったゆんゆんの姿はまさに勇者と呼ぶに相応しいものだった。
くすりと微笑むウィズは小さく頷き、彼女の小さな手を握った。闇の中ではぐれてしまわないように。
「では、行きましょうか」
そして、あなた達、ネバーアローンは。
廃人とリッチーと紅魔族は。
黄金の不死王が待ち受ける、闇の中に足を踏み入れた。
■
闇に身を躍らせた瞬間、あなたを襲うのは強い浮遊感。
あなたの身はこの浮遊感は転移の感覚であると伝えてきている。
だが転移していたのはほんの一瞬。
気付けばあなたは闇の中ではなく、広い空間に出現していた。
「ここは……」
ゆんゆんとウィズも同様に転移していたようだ。
困惑したように、しかし油断無く周囲を見渡している。
あなた達が転移したのは人の気配が無い、人の手で作られたと分かる広い空間だった。
壁から床、天井に至るまで極限とも呼べる荘厳にして優美な装飾が施されており、空間そのものがまるで神の御前を思わせるほどの威圧で溢れていた。
「謁見の間、でしょうか……」
「いかにも」
薄暗い空間の奥。
赤いカーペットの先から、声が聞こえてきた。
喜びの感情を隠そうともしない、本当に嬉しそうな声が。
「ようこそ同胞。待っていたよ。本当に、本当に待っていた」
そこには、黄金がいた。
あなたが今まで見てきた中で、最も美しく、最も眩く輝く黄金が。
「こうして客人を迎えるなど何年ぶりだろう。もし無礼や不手際があれば許してほしい」
闇に煌く黄金の髪。
どんな宝石より尊い黄金の双眸。
穢れを知らぬ純白の王衣。
おぞましい闇を纏う漆黒の長杖と長剣。
「お初にお目にかかる。幼き同胞。名も知らぬ不死王よ。歓迎しようじゃないか、盛大にね」
在りし日の英雄にして、千年王国の支配者。
腐り堕ちた黄金の不死王が、玉座からあなた達を見下ろしていた。
「――ああ、だが。
不死王からウィズに向けられていた微笑みと友好が消え去り、どこまでも無感情で無機質な冷酷さが声に宿る。
「確かに私は言ったはずだ。余人を交えず二人で語り合おう、と」
腐った黄金瞳があなたに、次いでゆんゆんに向けられる。
「その他大勢はお呼びじゃないんだよ。始めまして知らぬ人達。そして永遠にさようなら」
侮蔑に満ちた視線を向けてくる不死王が長杖を地面に一突きした瞬間、あなたとゆんゆんは巨大な闇の牙に飲み込まれ――謁見の間から消失した。
★《ロングソードSS》
鉄製の凡庸なロングソードを極限まで強化した結果生まれた、ロングソードのような何か。
人格は宿っていないし特殊な効果を持っていたりもしない。
ただし誰が持ってもまるで長年の相棒だったかのように手に馴染む。
凄く使いやすくて凄く強い。ただそれだけの、シンプルイズベストを体現する剣。
見た目は完全に無個性かつ平凡な量産品。
いわゆる「誰がどう見てもEランクだけど実はSSランク」な武器。
出展:ふしぎの城のヘレン