「えー……っと、今回のスターピースラジオ……特別なゲストと共にお送りしましたー……」
その音声だけで、ラジオのパーソナリティーが顔を引き攣らせていることを想像できた。
オンラインで参加していたラジオを滅茶苦茶にしてやったのだ。途中で向こうが回線を切ろうとしたが、それも妨害して徹底的に。
「このくらいで済ませてあげたんだから、もっと感謝してほしいかな」
番組プロデューサーから早速届いた抗議文に対して、呟いた文章が入力されて送られた。
ついでに。
「本当に騙されたわけじゃないけど……二度はないから」
その呟きもまたメッセージとして送られて、相手からはしばらく「入力中」と表示されていたものの、結局何も送って来なかった。
どれほどの覚悟があってヘルタに対して詐欺まがいの行動を取ったのか。興味がないわけでもなかったが、番組プロデューサーの態度から理解してどうでも良くなった。
騙せると思っていたわけでもなければ、騙すつもりもなかったのだろう。
ただ、短慮なだけ。
結果として行き場を失った苛立ちは、ルアン・メェイのお菓子と共に飲み込んだ。
折角だからとオンラインでラジオ番組に出演しながら、お茶会をしていたのだ。
相変わらずルアン・メェイのお菓子は美味しい。怒りの感情が仄かな甘さの中にしっとりと溶けていく。単純な話、糖分を取って脳が幸福を感じているのだ。
彼がいなくなってから精神的な幸福について、何度か考えたことがある。
充実した生活。裕福な環境。恵まれた才能。満たされ満たされ満たされ満たされ。後は何かが足りない。その足りない何かを、もうヘルタは理解しているつもりだ。
遠くに控えさせている人形。昔の自分に似せた人形たちを見ては、彼と初めて会った時はもうちょっと幼かったかな、なんて思い返す。
「……」
ルアン・メェイはそんなヘルタをしばらく眺めて。
「彼は、持明族ではありません」
「そうだね。私と同じ人間」
言外に、無駄なことはもう諦めろと言われても、ヘルタは適当に受け流した。
アネモスが死んでどれくらいの時間が過ぎただろうか。
死後カンパニーに利用されるのを嫌って、ヘルタは上手くアネモスの身柄を抑えて、その最期を看取った。最期はほとんど寝てばかりだったけれど、側にいられたのは幸福で。それなのに思い返すと未だに泣きそうになる。
スマートフォンには遺書が残されていて、厳重にロックされていたが、やはりヘルタの敵ではなかった。
死後、どこでもいいから大気のある惑星に落として、火葬してほしいこと。
それからヘルタに宛てたラブレターがその内容であった。さすがのヘルタも苦笑してしまったほどに恥ずかしいそれは、彼の尊厳の為にも他の誰からも見られない場所に厳重に封印してある。
ヘルタが例え遠隔とはいえラジオ番組なんかに出演したのは、その番組のプロデューサーから届いた出演依頼にある。かつてヘルタの助手をしていたという、前世の記憶を持つ人間の子供が出演すると言うのだ。ゲストとして、その子供と少し話すだけで良いと言われて。
ほんのちょっとだけ少年の発言の矛盾点を指摘して、少年の母親の誘導を封殺して、パーソナリティのフォローをさらに論破して。
軽く地獄みたいな空気になってラジオ番組は終わった。
ルアン・メェイは、その様子を特に面白がることもなければ止めることもなく、聞き流していた。
お菓子に会うお茶を一口だけ含んで、ゆっくりと鼻で息をする。口内の空気が逆流して混ざり、柔らかくも薫り高い。やはり幸福を感じた。
ヘルタがお茶を楽しむのを待っていたらしい。ヘルタがほっと溜息をついてから、ルアン・メェイはまた口を開いた。
「……万が一彼が生まれ変わることがあったとしたならば」
「そうだね。自分から私に会いに来てくれる。ラジオなんかで私に会おうとはしないかな」
☆
宇宙ステーション「ヘルタ」に、時折ヘルタは顔を出す。本来出不精であるヘルタにとっては珍しいことだ。
主制御部にて、ヘルタは資料を整理して思索にふけっていた。
「久しぶりだな」
そんなヘルタに軽々しく声をかけてくる人物は少ない。ヘルタの一瞬の思考は普通の人間の生涯よりも価値が高いと誰もが知っている。
例外の一人。星核を体内に埋め込まれた、星穹列車の彼。
不満げに振り返ると、なぜだか知らないが自信満々に胸を張っていた。
そういえば星穹列車が宇宙ステーションを訪れているのだったか。
久しぶりも何もオンラインの人形越しに、つい数システム時間前に会話したはずだ。
「模擬宇宙ならこの間付き合ってもらったばかりだけど?」
今は構っている時間はないからと、適当にあしらう。大概の相手はこれで察して出直してくるのだが、やはり彼は違った。
「少し前から星穹列車に乗車している奴が、ヘルタに挨拶したいって」
星核が埋め込まれた結果、図々しくなるとかあるのだろうか。それとも彼がもとより持ち合わせていたものなのか。研究してみたい気持ちはあるけれど、それほど暇ではないのだ。
「挨拶? それなら別にこの私でなくてもいいでしょ?」
星穹列車が滞在して割と時間が経っている。人形越しに挨拶すればよかったのに、本人に挨拶したいだなんて、よほど傲慢なのか、それとも。
「もっと前に来た時にも機会はあったけど、温もりが感じられないと意味がないって。本体が来るのを待ってたんだ」
「……」
ヘルタはあたりを見渡した。資料を読むのに没頭していて気づかなかったが、人払いが済まされている。誰もいないのだ。静かで、上を向けば満天の星々が瞬いている。
目を瞑って、主制御部に入ってきた誰かの足音を聞く。
そんなわけがないと思いながらも、経験したことのない――――いや、随分と久しぶりに感じる緊張。胸がきゅっと締め付けられて、額が熱くなる。呼吸が浅く、口角が上がりそうになって抑えて。
慌てて鏡を見た。今まで見たことが無いような顔をしている自分に、ヘルタはたまらず笑いだしてしまった。
さて、まずは何と言おうか?
どんな表情が良いだろうか?
そもそも、思い通りに出来るだろうか。
「待っている間に、ビッグバンが起きるかと思っちゃった」