ヘルタに尽くしたい男の一生


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作:ゆうたんたん
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前編


 僕は転生者である。

 地球でそこそこ長生きして死んだ、特に優れた才能もなければ変わった人生も歩んではない男だ。子供の頃に、防空壕に逃げる際にやけどしたエピソードが一番の、本当に平凡極まれる人生だった。

 

 恐ろしかったのはそれだけれど、人生で一番感動したのはアポロが月に行ったことだろうか。我が家はカラーテレビがあって、時々近所の人間が見に来ていたくらいなのだけれど、月面の映像は白黒だった。毎日見ているのに一生手が届かない月の映像というのは、本当に神秘的だった。自分が生きている間に月面旅行くらいは出来るだろうと、ぼんやり期待していたものが、そうはならず残念だ。

 尿道カテーテルが膀胱を刺激し、常にトイレに行きたいような感じがして、窓の外には青い空が見えるだけ。時折やってくる家族に、けれど自分が思ったような元気な反応を返すことも出来ず。ただ、死を待つのみ。胸に抱くのはきっと、死の間際まで変わらずに、憧れだけ。幼いころに見た、あの月を。

 

 

 最期に大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 次の瞬間、泣き声と共に呼吸をしていた。

 

 

 僕は転生者である。産まれ直したのだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 僕は天才である。

 

 まずは両親がそうだった。大学でそれぞれ、教育学と心理学を研究していた。

 そんな両親にとって僕は実験台でもあった。かなりの負荷を掛けられて、人間の限界値を試すような教育を施されて。僕が大学を卒業したのは、4歳の時だった。

 

 ヘルタと初めて会ったのはそのころだったから、もしかしたら幼馴染と言えるのかもしれない。

 

 同時期に活躍している幼き天才同士として、無理やり会わされた。どこかの会社のPRだったのか、新聞社の企画だったのか、興味が無いので未だに知らない。

 

 親に連れられてヘルタと会った。可愛いとは思ったが、それ以上に興味がなかった。

 

 ヘルタもそうだったのだろう。きっと僕と同じように、天才と謳われていたとしても、自分に匹敵することは無いと思っていたのだ。

 片方は驕り高ぶった勘違いであったが、もう片方の考えは妥当で、それを僕が知るのは比較的すぐのことだった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 憧れは未だにある。空を見上げる。夜になれば、星々が輝き、前世に比べて幾分も上等な脳は、それらの恒星の名前を自動的に読み上げるみたいに思い出した。

 その恒星にある惑星の特徴はもちろん、どんな環境なのかすらも諳んじていた。行こうと思えば行ける、そんな事実にはまだ慣れない。

 

 三つ子の魂百までというように、前世の記憶がやはり基準だ。

 この世界の文明が前世よりずっと進んでいることも、そもそも不思議な力に溢れていることも、僕の感覚からしたら非日常である。生涯、その感覚は変わらずにいるだろう。

 

 そんな不思議な人生でもやはり生きている間は日常で、僕にとってヘルタとの日々は、そんな大切な日常になった。

 

 

 ヘルタ。

 彼女の名前を知らない人はいない。僕の名前を知らない人は、きっといるだろうけれど。

 

 

 自分で言うのは何だが、それでも僕も負けてはいない。彼女と比べてしまえば吹けば飛ぶような功績ばかりではあるが。

 数学や物理学、工学、自然神学。あらゆる分野で僕は自らの非凡を証明してきた。それでも、彼女の輝きには劣るのだ。

 

 

「じゃあ、この情報を纏めておいてね」

「……あぁ」

 

 僕は現在、ヘルタの研究を手伝っている。

 出会った時こそは無根拠に自分の才能の方が上だと思っていたが、今ではこれ以上ないほどに分からされてしまった。彼女の研究で、理解できない個所もある。

 それでも殆どは理解でき、かつ手伝う意思のある僕をヘルタはよく使ってくれた。

 

 ヘルタほどの才能のために、自分の生涯を使う事が出来るのは喜びだ。

 凡人たちはそんな僕を蔑む。

 同じくらいの才能があるのだから、もっと自分で研究すればいいと言うのだ。

 

 住んでしまえば、どんな惑星でも大きさが分からなくなるのと同じだ。地平線より先の景色を見ることは叶わない。全貌が見えないという意味では等しくなるのだ。

 

 凡人には僕もヘルタも、比較にならないほどの天才という意味で同格なのだろう。

 僕から見たヘルタはずっと偉大で、尽くしたいと思える存在なのだ。

 

 

「そうだ。今度買い物に行くんだけれど。何か欲しいものある?」

 

 僕とヘルタは僻地で隠居老人みたいな生活をしている。一緒に暮らしてはいるが、色気のある話はなく、まあ、少し残念ではある。

 ヘルタは今研究していることの他に関心を向けることは少ない。生活の世話が出来るのは役得といえるかも。

 そんなヘルタは外に出ることも稀で、生活必需品の類は配達に任せているが、僕自身は買い物が好きだ。目的もなしに店に入って、その瞬間の出会いに任せて商品を買った結果、予期せぬ出会いに恵まれることもある。

 一応買い物に行く以上はヘルタにもそんな風に声をかけてみるのだ。大抵は無言が返ってくるわけだが――

 

「いつ行くの? 私も行く」

「え? 本当に?」

「なに? 私がついて行くと何か都合の悪いことでもあるの?」

「いや、寧ろ嬉しいけれど」

 

 いったいどんな風の吹き回しだろうか。あのヘルタが外へ出るなんて。

 

「じゃあ、楽しみにしてるよ。デート」

「デート? ふざけてるの?」

 

 ヘルタは少しだけこちらを睨んだ後、またすぐにデータへと視線を戻した。

 こんな対応だが、ヘルタの僕に対しての好感度はかなり高い方だと思う。なんだかんだ、僕という存在を重用してもらえている気がするし。

 

「それよりもLHCで追加の実験がしたいんだけど」

「分かった、調整しておく」

 

 ヘルタから聞いた内容を頭に刻みつけて、適当に買い出しの準備も進めておくことにした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 待ちに待ったデート当日。

 まあ、男女が出かけるのだからデートで間違いはないだろう。最近は友人と出かけることもデートということがあるらしいから、完膚なきまでにデートなのである。

 

「というか、ヘルタは何の目的があって?」

「以前注文しておいた肖像画を受け取りに行くのよ」

「肖像画? 電子じゃなくて?」

「物理的なものも保管しておきたかったの」

 

 買い物と言っても、前も話した通り必需品は自動的に家に届く。今回はすぐに手に入れたかった書籍と、なるべく目で見て買いたい生鮮食品などが目的だ。

 それも、店で注文した後は配達に任せるので、すぐに手持無沙汰になる。

 

 ヘルタが肖像画を受け取りに行く約束をしている時間まで、まだしばらくあるし、どこかで時間を潰す必要が出て来た。

 僕は適当に過ごせばいいが、一応はデートのつもり。ヘルタに退屈な思いをさせたくはないと、街を見渡す。

 

「どう? 私が興味を持てそうなものはある?」

「うーん……」

 

 というか、僕が街を見渡しているのを、ヘルタは自分のためだと当然のように理解しているのが憎い。可愛くて。

 これ見よがしに街を眺めてはみたが、もちろん事前に準備してある。

 

「まあいくつか有名な菓子店と、レストランは押さえているけれど」

 

 ヘルタが来るかもしれないと言うだけで、席は押さえられた。店は本当に来る保証はなくても、そのくらいの投資はする。ヘルタにはそれほどの価値があるのだから。

 

 とはいえ、ヘルタが僕のお勧めに乗ってくれるかどうか。自分である程度決めているかもしれない。

 そんな不安を胸にヘルタの様子を窺うと、顎に手を当てて少し考える様子を見せてから。

 

「いいよ。じゃあ、案内して」

「あ、うん。えっと、了解」

 

 これって本当にデートじゃないかと、ちょっとテンションが上がりながらも、紳士的にエスコートしてみせた。

 

 

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