このすば*Elona 作:hasebe
あなたが冒険者からハンマーのレベルを上げる機械に転職したある日の事、ダクネスが一通の手紙を携えてあなたの家にやってきた。
普段は凛々しく輝いているか情欲に塗れているダクネスの美貌はどういうわけか梅雨の空の如く曇りきっており、心なしかその特徴的な長い金髪と純白の鎧もくすんでしまっている。
「……つい先日、私の実家であるダスティネス家に届いた手紙だ。あなたに渡すように、と」
品の良さと格式の高さが滲み出ている煌びやかな手紙には封蝋が為されていた。
あなたの家に直接手紙を送るのではなく由緒正しい貴族であるダクネスの実家を介してきた事といい彼女の憔悴っぷりといい、送り主は相当の相手なのだろう。
「あなたは知らないと思うが、この封蝋の印はこの国の王家の人間だけが使う事を許されている特別な指輪なのだ。つまりこの手紙の送り主は……まあ、うん。そういうわけだ」
送り主は王族だったようだ。
始まりは偶然と成り行きだったとはいえ、ノースティリスにおいて王家からの依頼でレシマスという迷宮を踏破し、迷宮に眠る秘宝を持ち帰ったあなたは今も王家との太いパイプを持っている。
故に王族からの便りが初めてというわけではないのだが、当然この国の王族とそのような繋がりは無い。
アルダープならまだしも、王族が自分に何の用事だろうと特に気負う事も無く手紙の封を開けて読んでみれば、中には丁寧な文字で長々とした文章が。
世界は違えどもこういう所は変わらないようだ。王侯貴族らしい回りくどい時候の挨拶などは読み飛ばしていくと、手紙の終盤になってようやく本題が書かれていた。
王都の防衛戦を始め、春一番や機動要塞デストロイヤー、魔王軍幹部のハンスの討伐等、あなたはこの国の平和にそれなりに貢献している。
それらの功績を称えて王家からの使者を送って表彰と会食を行うつもりらしい。
場所は王国貴族であるダスティネス家の屋敷で、共にハンスやデストロイヤーと戦ったカズマ少年達と共に来るように、とのこと。
日程は領主アルダープからの依頼で王都に向かう日の前日。流石に王家が相手では自分を優先しろとは言わないだろうが、実にギリギリのタイミングだ。
「すまない、どんな内容だったか聞いても構わないか?」
差出人が王族とはいえ手紙自体はごく普通の表彰と会食の通知である。ダクネスも無関係ではないし、秘密にする必要があるとも思えない。
あなたが手紙の内容を教えると、ダクネスはガクリと項垂れ、諦めともとれる乾いた笑みを浮かべた。
「や、やはりか。まあそうだろうな……手紙に書かれていたことからも分かると思うが、実は私達のパーティーにも同じような手紙が届いているんだ」
あなたには何故ダクネスがここまで憔悴しているのか理解できなかった。
王都に呼び出して大々的に表彰式を行うならまだしも、遠く離れたアクセルに王家の懐刀とまで呼ばれるダスティネス家の令嬢が焦る程の重要人物が出向いてくるとは思えない。
「そうなら良かったんだが、……やってくる使者はまず間違いなくこの国の第一王女、アイリス様だ。このような催しにアイリス様が来ない筈が無い。あなたもアイリス様の事は知っているだろう?」
アイリス。
あなたは会った事が無いが、普段は王都で活躍しているキョウヤから何度か聞かされた名前である。
――アイリス様は十二歳だったかな? 背丈の小さい女の子でして、僕が頭を撫でると顔を赤くして柔らかく微笑んでくださるんです。王女っていうと堅苦しそうに思えますが、実際はとっても気さくで可愛らしい方ですよ。
――シェルターに行くぞキョウヤ……久しぶりに……キレちまったよ……。
――ええっ!? い、いきなりどうしたんですかベアさん!?
王女のついでにどうでもいい事まで思い出してしまった。
あなたは天然ジゴロと大人気ないデュラハンの記憶を頭から追い出してダクネスに話の続きを促した。
「私がアイリス様の話をしたところ、激しく食いついたカズマ達はそれはもうアイリス様に会う気満々になってしまってな……カズマ達は貴族の私にも物怖じしない気の良い連中だが、その、物怖じしなさすぎるのが玉に瑕というか、はっきり言ってしまうとちょっと
泣きそうな顔で呻くダクネスはあなたを上目遣いで見つめてきた。
その瞳はいつになく弱々しい。
あなたはいざとなったらクーデターでも起こせばいいのでは無いだろうか、と思ったが流石に無理だろうか。そもそも魔王軍という脅威が迫っている現状、この国にクーデターで遊んでいる余裕は無い。
「あ、あなたはどうするつもりなのだ? 栄達などに興味は無いのだろう? もし面倒だというのであれば私の方から丁重に断りを入れさせてもらうが……」
使者が何者であれ、あなたはこの申し出を受けるつもりだった。
キョウヤに聞いた話だが、箱入り娘である王女アイリスは冒険者に冒険譚を聞くのが大好きで、腕の立つ冒険者を城に呼び出して冒険譚を語らせる程に冒険者が大好きなのだという。ダクネスの言うとおりであれば、王女はデストロイヤーやハンス戦の話を聞きに来るのだと思われる。
あなたはアクセルならず王都でも活動しており、敬遠されこそすれ、数々の高難易度依頼を達成し、王都防衛戦でも活躍するなどして良くも悪くも非常に名の売れている冒険者だ。
にも関わらず冒険者が大好きだと言う王女から今の今まで声がかからなかった事は若干気にかかったが、わざわざ断って相手の心象を悪くする理由は無い。
「そ、そうか……そうだな……」
あなたはふと思う。
箱入り娘といい冒険譚といい、王女アイリスはあなたのよく知る人物にどこか似ている、と。
……そう、先日会った際は“両手両足を前に突き出して階段に全身を震わせながら尻を擦り付けたかと思えば、その姿勢のまま超高速で階段を滑るように登ってそのままどこかにかっ飛んでいった”としか形容できない変態的な挙動を見せ付けてくれた幽霊少女のアンナにそっくりなのだ。
ノースティリスでも見ない変態機動で縦横無尽に屋敷内を飛び回る幽霊少女の話を彼女から譲り受けたルゥルゥに語って聞かせた際には物言わぬ人形であるルゥルゥの頬が引き攣っていたように見えたが、きっと大事な友達の壮健っぷりに喜んでいたのだろう。
あるいはヤバいキノコでもキメているのかもしれないが、アンナは幽霊なので何も問題は無い。
「どういうわけかあなたからはやけに貴族慣れしている雰囲気を感じるし、アイリス様の話を聞いた今も浮き足立っていない。そういった意味ではカズマ達ほど心配はしていないのだが、その……あなたの異名の事もある。だからこの通りだ! どうか、どうか当家の顔に泥を塗るような真似だけは!」
この地を治める貴族の娘であるダクネスはそう言ってあなたに深く頭を下げた。
人目が無いとはいえ、仮にも貴族が軽々しく平民に、それも冒険者に頭など下げるべきではないし、あなた達は互いに知らない仲でも無い。
あなたはとても気まずいので止めてほしいと訴えた。
若干性癖に難があるとはいえ、ダクネスはカズマ少年のパーティーでも随一の常識人かつ良識派であり、対してあなたは世間では頭のおかしいエレメンタルナイトというあなたからしてみれば大変不本意な通り名を持つ冒険者だ。
王女アイリスに不敬、狼藉を働くのではないか、というダクネスの懸念は理解できないでもなかったが、少なくとも自分に関しては心配はいらないと彼女を安心させるように声をかける。
所持している神器や滞納した税金を王家に納めて人類に貢献しろ、さもなくばウィズの店を潰す、あるいはウィズを殺すなどといった喧嘩を売っているとしか思えないトチ狂った事を言い出さない限りはただ会って表彰を受け、食事をしながら軽く社交辞令的に話をするだけで終わる筈だ。
「そ、そうか。そう言ってくれるのであれば私も安心でき……いや待て、それは本当に安心していいのか!? 私の耳には理由があれば王家に反旗を翻すと言っている様に聞こえたのだが!?」
錯覚だろう。
あなたは心配性なダクネスの追求をそしらぬ風を装って笑い飛ばした。
■
さて、思いもよらぬ一報が届いた日から若干経ち。
ウィズ魔法店において前々から告知されていた新商品の販売が始まった。
異次元の商才を持つ店主が経営するウィズ魔法店がアクセル随一の客入りの無さと赤字っぷりから悪い意味で名物店だったのも今は昔。
ウィズが良品として推薦する
相変わらずあなた関係と回復ポーション以外の売り上げは帳簿を見たバニルが両手で仮面を覆って嘆きの声をあげるほどにサッパリだが、それでもあなた以外のお客さんも買い物をしてくれる立派なお店になりましたと笑う彼女はとても幸せそうに毎日を過ごしている。あなたが買っていく品やポーションと同じように、いつか他の商品の価値も分かってもらえる日が来る、といういじらしくも悲しい幻想を胸に秘めて。
そんなウィズ魔法店で新たにカズマ少年が考案と作成を担当しバニルが量産化した、カズマ少年の国で使われている道具を再現した便利グッズの販売が始まったのだ。
カズマ少年はあまり客がいないようなら女神アクアに客引きをさせようと考えていたようだが、あなたや女神アクアが客引きをするまでもなく開店前から客は店の前に並んでいたし、今もバニルが街中を走り回って配っているチラシで十二分に客は集まっている。
元よりあなたは演奏による客引きは深刻な営業妨害になるから絶対に止めるようにと今日という日に全力を注いでいるバニルから釘を刺されているわけだが。
「……しかし、凄い人の数だな」
「そうだな、まるで新装開店日の時の再現のようだ」
開店直後から真新しい店の前に押し寄せる凄まじい人だかりに圧倒されたのか、カズマ少年がぽつりと呟き、ダクネスが相槌を打った。
確かにいつもは人気の少ないこの通りにこれほどの人間が集まるのは久しぶりだ。
新装開店にしてウィズお手製の回復ポーションを売り始めた日ほどの盛況っぷりではないが、あれはあなたの演奏と女神アクアの宴会芸を目的にしていた客が多かった。純粋に商品目当てで訪れた客の数は同等か、あるいは今日の方が上回っているかもしれない。
「ありがとうございます、お買い上げありがとうございます!」
店の中からは客のざわめきに混じってウィズの声が聞こえてくる。
忙しくも嬉しそうで何よりだ。
「ねえねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」
ほっこりした気分で友人の経営する店を眺めていると、女神アクアがひそひそと声をかけてきた。
「もうすぐこの国のお姫様がアクセルに来るっていうのは知ってるでしょ? お姫様に会う機会なんて滅多に無いし、ダクネスが恥をかかない様に、私も気合を入れてとっておきの宴会芸で場を盛り上げようと思ってるの」
意気込む女神アクアだが、あなたはとてもおかしな話を聞いている気分になった。
あなたと女神アクアはこうして気軽に顔を合わせる間柄だが、冷静に考えるまでも無く、王女に会うより女神に会う機会の方が稀である。
ましてや彼女はアクシズ教が崇める高名な水の女神だ。その権威や希少価値は比較にならない。
女神アクア以外にもあなたは彼女の後輩にして国教になっている女神エリスと何度か会ったり電波を送受信しているし、二柱以外にもあなたにはリッチーの
改めて考えてみると人間関係のインフレが酷い。オマケに後ろの四人が全員元含め魔王軍幹部だった。
いつからアクセルは最終戦争が始まりそうな人外魔境になってしまったのか。
紅魔族とはいえ普通の人間の友人なゆんゆんは数少ない癒しだと言えるだろう。
あなたが遠い目になったとしても、それを誰も責める事は出来はしない。
「どうしたの? 頭がおかしいの? ヒールしてあげましょうか?」
心配そうな女神アクアに大丈夫なのでお構いなくと返す。
それにしても宴会芸とは、女神アクアは会食ではなくパーティーにでも出るつもりなのだろうか。確かに以前間近で見た女神アクアの芸は素晴らしいものだったが。
「宴会芸って言っても派手に騒ぐだけが全てじゃないの。芸の道はもっと奥深いものなのよ? あなたもあんな演奏ができるんだから芸能活動の奥深さはわかるでしょう?」
いかに芸が奥深いものであるかを訥々と語って聞かせてくる水の女神に首を傾げるが、ここは異世界だ。
あなたは自身の常識が通じない事が何度もあったと身に染みているし、この世界ではそういうものなのだろうと深く納得した。
世の中には水芸というものもあるし、水と芸は切っては切れない関係なのかもしれない。
「話を戻すわね。で、私はお姫様の前で帽子から虎が出る芸をしようと思ってるんだけど、そもそも虎がいないのよ。探してる時間も無いしこの際虎っぽい初心者殺しで我慢するから、ちょっと捕まえるのを手伝ってくれない? 魔王軍の幹部を倒した私達なら初心者殺しに勝つのは簡単だけど捕まえられるかっていったらちょっと難しそうだし。あとついでに当日私のバックで演奏して場を盛り上げてほしいんだけど」
この世界の宴会とは一体。
軽く戦慄しつつもどうしたものかと頭を悩ませる。
あなたはダクネスからくれぐれも大事を起こしてくれるなと釘を刺されているのだ。
演奏や多少の芸を披露するくらいならまだしも、流石にモンスター、それも初心者殺しほどの大きさのそれを使うのは明確に一線を越えていると思われる。
「演奏はいいけど初心者殺しは駄目? むぅ……これが私の依頼って言っても?」
あなたは一度受けた依頼は絶対に完遂すると決めているし大抵の依頼は受けるが、全ての依頼を機械的に無条件で引き受けているわけではない。
せめてダクネスの許可を得る事ができたら考えなくも無いのだが。
「アクア、何の話をしているんだ?」
「あ、丁度いいところに。ねえダクネス、ちょっとお姫様の前で初心者殺しを出す芸をしたいんだけど、やっていい?」
「いいわけないだろう!? 頼むから過度な芸は止めてくれ! 特に危険が及ぶようなものは絶対に禁止だ!! めぐみんもだ、いいな!?」
「なんですかダクネス、まさかダクネスは仲間の私が信頼できないとでも?」
「しているとも。短期間とはいえギルドを出禁になっためぐみんなら本気でやりかねないと信頼しているからこうして不安になっているのだ……!」
さもあらん。
あなたは再び店に目を向ける。
新商品目当ての客足は一向に落ち着く気配が見えない。それどころか今も尚増え続けている。
バニルがビラ配りを頑張りすぎているのか、今日までの積み重ねがあっての事なのか。
あなたとしては是非とも後者であってほしいが、流石にこの人数の客をウィズ一人で捌くのは無理なのではないだろうか。
せめてバニルが帰ってきていれば何とかなったのだろうが、明らかにキャパシティをオーバーしている気がする。ベルディアは今日も元気に終末だ。
この後はダンジョンに潜って夜までハンマーのレベル上げに励もうと思っていたあなただったが、現状を見かねて少しばかりウィズを手伝う事にした。
店の中は客でごった返している。こっちの方が楽だろうとカズマ少年達に別れを告げて自宅に戻り、ウィズの部屋を通って彼女の作業場兼バックヤードに足を運ぶ。
「い、忙しい……お客さんが沢山で嬉しいけどすっごく忙しいです……!」
丁度バックヤードでウィズが嬉しい悲鳴をあげながら泡を食ったように在庫を開封している最中だった。
つまり客を待たせっぱなしである。大変よろしくない。
あなたが声をかけるとウィズはハッと顔を上げた。
「あっ、す、すみません。もう晩ごはんの時間でしたっけ? 大変申し訳ないのですがちょっと今お店で手が離せないので……」
昼もまだだというのに、ウィズは忙しさのあまり時間の感覚も曖昧になっているようだ。
それにしてもよもや彼女の口から
得も言われぬ感情に胸中を支配されつつ、あなたは自身がここに来た理由を告げる。
「へ? 自分も手伝うって……いえいえ大丈夫です! お店の人でもないのに、あなたにそこまでしてもらうわけには!」
マシロの手も借りたい状況だろうに、ウィズはこの期に及んで何を遠慮しているのか。
大丈夫に見えなかったからあなたは今ここにいる。それに客を待たせ続ける方が余程問題である。
「…………」
あなたの説得にウィズは一瞬だけ逡巡するかのように扉の向こう、無数の人の気配がする店内に目を向けた後、ガックリと肩を落として息を吐いた。表情と吐息に確かな安堵の色を滲ませながら。
あなたはもう少し粘られると思っていたのだが、やはりウィズも限界を感じていたのだろう。
「ううっ……すみません、お手伝いをお願いします。正直とっても助かります……」
大船ならぬドラゴンに乗った気分でいてほしいとあなたは笑った。
歴戦の冒険者であるあなたの手にかかれば客引きから接客、在庫補充にレジ打ち、
――お兄ちゃん、こういう時こそ交渉スキル持ちでよくお兄ちゃんのお店で店番をやってる私の出番じゃないかな!? ウェイクアッ! ヘイマイブラザーハリアッ!
なるほど、一理ある。
妹はまさにうってつけの人材といえるだろう。
だがあなたは自分一人で十分だと聞かなかった事にした。質量を持った幻影も必要ない。
――お兄ちゃんのいけず! 秘密兵器は秘密のままだと秘密兵器にならないんだからね! でもそんなところもやっぱりお兄ちゃんだって私は分かってるよ! だってお兄ちゃんはいつでもこうやって私とおしゃべりができる方を選んだって事だもんね!
あなたの中でこの妹の本は秘密兵器どころか最後の手段、後は野となれ山となれと後先考えずに玉砕覚悟で使う特攻兵器という位置付けになっている。
そもそもこの程度で妹を呼び出すのであれば、あなたはもっと早くに呼び出していた。
■
そんなこんなでヘルプに入ったあなただったが、新商品の数々はひっきりなしに売れていくし絶え間ない客入りはアクセル外からも客が来ているのではないかと錯覚してしまうほど。
だが一人が二人になった影響は大きく、二人三脚で頑張れば何とか店を切り盛りできる程度の忙しさにはなった。応援を名乗り出たあなたの判断は間違っていなかったようだ。
「はいっ、ポーション二つにバニル仮面ですね! ありがとうございます!」
あなたという金蔓がいても、やはり店が繁盛するというのは店主冥利に尽きるものなのだろう。先ほどまでは店の外なので彼女の顔が見えていなかったが、店員である事を示すお揃いのエプロンを身に着けたあなたの真横で働くぽわぽわりっちぃの笑顔は普段の五割増しで輝いている。
「ふふっ……忙しいのは相変わらずですけど、なんか、こういうのってすっごくいいですよね」
幸せいっぱい夢いっぱい。
そんな言葉が自然と浮かんでくる溢れんばかりの尊い笑顔があなたに向けられた。アンデッドも一撃で
現に今も客の多くがウィズに優しい目を向けている。
閑古鳥が鳴いていた毎日から脱した彼女を労っているのだろう。
慌しく、騒がしく、しかし楽しく客をさばくあなた達だったが、やがてバニルがチラシ配りから戻ってきた。
ようやく落ち着けるかと思ったあなただったが、バニルは店内の様子を見るやいなやあなたとウィズだけで十分なんとかなると判断したのか、あなた達にニヤリとした笑みを向け、そのまま店の外で客引きを始めてしまった。
「フハハハハハ! さあよってらっしゃい見てらっしゃい! ウィズ魔法店で新商品大売出しの開催中である! 今なら一万エリス以上お買い上げのお客様には特別に夜中に笑うバニル人形をプレゼント中! 五万エリス以上をお買い上げの方には、なんと! 我輩とお揃いのバニル仮面をプレゼント! 是非ともこの機会をお見逃しにならぬよう……!」
笑い声も高らかに、威勢のいい呼び込みを行う地獄の公爵。
特に子供と中年女性からの人気を集める彼のアクセルへの馴染みっぷりは目を見張るものがある。
あなたはウィズと顔を見合わせて笑い合うのだった。
こうして大盛況を見せたウィズ魔法店だが、最終的に閉店までかなりの時間を残して新商品はおろか、あなたが手を出さない普通に役立つ超高額商品を除いて在庫が底を突く事になる。
予想以上の結果に終わってウィズは勿論バニルも大満足な様子だった。
カズマ少年が作った品々の中でも特に高い人気を誇り、真っ先に売り切れたのは、火付け道具であるオイルライターだ。
日常的に核が飛び交いバイクだの自走砲だのエーテルを撒き散らして飛び回る機械人形だのといった存在が跋扈するノースティリスの冒険者であるあなたもよく知るこれは、ノースティリスでは日常的な着火道具として用いられる以外にもあなたのペットのお嬢様が火炎瓶に着火する際に使っている。
彼女はいわゆるノーコンのドジっ子で、よく手元が狂って自分を燃やしているのだが、たまに照れ隠しで「これで私はファイアーお嬢!」と奇々怪々な口上を飛ばすのは勘弁してほしいとあなたは思っている。どうせ火炎耐性は完璧なのでダメージは無いが、あれはただの火達磨だ。
ドジっ子のお嬢様はさておき、この世界において初めて販売されたライターは野外でキャンプする事が多い冒険者のみならず、一般家庭にも飛ぶように売れた。
この世界の一般家庭では火付け道具に火打石が用いられており、このような手軽に火をおこす道具が存在しない。
似たような火付けの魔道具自体は存在するのだが、非常に高価な代物で貴族のような一部の上流階級の人間しか所持していないのだという。
ティンダーという着火魔法があるから誰も似たようなものを発明しなかったのかもしれない、とはカズマ少年の考察である。
あなたやウィズも日常的に世話になっているティンダーは初級といえど魔法であるが故に誰でも使えるわけではなく、初級魔法は着火以外にも超低コストで綺麗な飲み水がいつでもどこでも飲めるようになる素晴らしい魔法だというのに何故か習得する人間が非常に少ない。
しかし先日あなたが請け負った講習では如何に初級魔法、というか主にクリエイトウォーターが素晴らしいスキルであるかを説いて軽く啓発したので初級魔法を習得する駆け出しは増えるだろう。
緑髪のエルフには「まるで洗脳だな。しかも手口が非常に手馴れている人間のそれだ」と皮肉げに言われてしまったが、実際ダンジョンや砂漠だろうと綺麗な水が手軽に確保できるクリエイトウォーターはイルヴァ云々を差し引いても非常に有用だ。冒険者であればパーティーに最低一人はクリエイトウォーターが使える人間を入れておくべきだろう。
■
「これがそのライターとかいう着火道具か」
その日の夜、ベルディアはサンプルとして残っていたライターの蓋を開け閉めしたり火を点けたりと異国の道具に興味津々になっていた。
こんなのがあれば騎士時代の行軍の火起こしも楽だっただろうな……という呟きが切実である。
「しかし便利は便利だが、ちょっと危ないかもしれんな。中身がオイルだし、何よりコイツは火打石と違って子供でも簡単に火を点けられすぎる。使い方を誤ったらあっという間に火事になりかねん」
ベルディアの懸念はカズマ少年も気にしていた事だ。なのでライターは子供には売っていない。
更に子供の手の届かないような所に保管しておくように、というような説明書きも同封している。
完璧な対策とは言えないが、火炎魔法が存在するような世界で子供が簡単に火を起こせるから危ないと言われても困りものだ。刃物のようなものだろう。
あなたがそのように語ると、ベルディアはそれもそうかと納得を示した。
「しかし道具作成か。人間だった頃から武術に一辺倒だった俺には縁が無かったが、ご主人はこういう道具を作る技能は持っていないのか? 鍛冶以外で」
あなたはカズマ少年のように多岐に渡るアイテムを作成できるわけではないが、ウィズにプレゼントした道具でのポーション作成は勿論、他にも手持ちの道具で
材料の大半はノースティリスでしか手に入らないので、無限に作れるというわけではないが。
「ほう。具体的にはどんなものが?」
ベルディアは異世界の巻物に興味があるようだ。
あなたは夕飯ができるまでの時間つぶしを兼ねて軽く実演してみせる事にした。
とはいっても作成可能な巻物の大半はあなたが使う魔法と被っているので面白みが無い。
今必要とされているのは材料の無駄遣いにならない、つまり魔法で代替できず、なおかつネタになりそうな巻物。
とくればこれしかないだろうと、あなたは作業を開始して数分も経たずに素材変化の巻物を完成させた。
効果については説明するより実際に見せた方が分かりやすいだろうと、あなたはベルディアが持っていたライターを借りて素材変化の巻物を使う。
鉄製のオイルライターは生もののオイルライターに変化した。
ハズレを引いてしまったが珍しい話ではない。
「ライターが生ぬるくてぐにぐにした気色悪い物体に……は? 生もの? 腐らないからいざという時には非常食にもなる素材? いや、味とか聞いてないし興味も無い。小麦粉を水で練っただけの味とか言われても腐らない生ものとか怖すぎて絶対に食べたくないから」
流石に生ものはお気に召さなかったらしい。
もう一度巻物を作って使うと、今度はミスリル製のオイルライターになった。
他にも金銀ダイヤ、時にはアダマンタイトにも変化するのだが今はこれでいいだろう。
「ああ、うん。素材変化、素材変化な……。大体分かった。またご主人が市場を壊そうとしてるって事が分かった。これ岩とかに使ったら大変な事になるからあんまり使うなよ。あとこのライター貰ってもいいか?」
ベルディアはミスリル製のオイルライターが気に入ったのか離そうとしない。
ウィズに断りを入れておけば別にいいのではないだろうか。
「ふっふっふ……ティンダー!」
魔法使いでもないくせにいきなり何を言い出すのかとあなたが顔を上げると、そこにはライターを手で覆い隠し、人差し指の先から火が灯っているかのように見せかけるベルディアの姿が。
これで俺も魔法使いの仲間入りだな、と渾身のドヤ顔を決めるペットにあなたは無言かつ無表情で軽く拍手を送って再び読書に戻った。
「この辛辣っぷり! そこは何か一言突っ込むとか呆れるとかしろよ! はいはい凄い凄いお疲れさま、みたいな雑な扱いされるのって地味に無視されるのと同じくらい傷つくんだからな!? というかご主人はウィズに向ける優しさの一割でも俺にも向けるべきだと思う!」
他のペットと同程度には優しくしているつもりだし、これはどう考えても自業自得である。
一発芸のつもりだったのかもしれないが、彼には合体と分離スキルがある。
子供だましにもならない小手先の一発芸よりもそちらを磨くべきだ。
「あれは芸とかそういうスキルじゃねーから! もっと得体の知れないおぞましい……うおおおっ!?」
あなたが分離スキルを念じて発動させた事によってベルディアの頭部が床に転げ落ちた。
今やったように会話の最中に首がポロリする一発芸は絶対にウケる。あなたはそう信じている。
「幾ら家の中だからって前振りもなく俺の首をもぐのは止めろ。いや、宣言すれば首をもいでいいとかそういう話じゃなくてな?」
「ご飯できましたよー」
首を拾ったタイミングでウィズがやってきた。
今日は店の商品の殆どが売り切れためでたい日なのだから、お祝いとしてどこかいい店でご馳走でも、とあなたは思っていたのだが、ウィズはこんな特別でおめでたい日だからこそ、家でご飯を食べたいと主張してきた。
「今日はあなたにも凄くお世話になっちゃいましたから、腕によりをかけてあなたの好きなものを沢山用意……ベルディアさん、どうしちゃったんですか!? 首が取れちゃってますよ!?」
「ホラ見ろ。やっぱりドン引きされっておいウィズ! ご主人分を摂取しすぎだこの天然リッチー! ちょっと大声で俺の種族を言ってみろ!」
「……? ……!! 今のはちょっとしたお茶目な冗談です」
「キリっとした顔で明後日の方向いてないで俺の目を見ろ。……そっちじゃねえよバカ! お前はちょんぎれてる俺の首の上に何が見えてんの!?」
コントのようなやり取りを繰り広げる同居人達と共にダイニングに向かうあなただったが、今まで読んでいた本……例の交換日記に現在進行形で書き込みが増えている事に気付いていなかった。
『ゆんゆん:こんばんは、ゆんゆんです』
『ゆんゆん:自分の番でもないのにいきなりお邪魔してしまってすみません。今誰か日記を見てらっしゃいますか?』
『ゆんゆん:もしよろしかったら助けてほしいんですけど……いえ、本当に余裕があったらで構いませんので』
『ゆんゆん:あ、何があったか書いてませんでした。実は私の泊まってる部屋の隣で火事が起きちゃったんです。原因は酔った冒険者の方が何かの道具でお酒に火を点けて「これで俺も魔法使いだな!」と遊んでいたら手元が狂ってしまったんだとか。その人は衛兵さんや女将さんにボコボコにされてました』
『ゆんゆん:幸い火事といっても小火程度のもので、火そのものもすぐ鎮火したんですが、私が泊まってる部屋も結構水浸しになっちゃったんです』
『ゆんゆん:なのでもしご迷惑でなければ、今日だけでもそちらのお家にお世話になりたくって……めぐみんの家にも行ってみたんですけど誰もいなかったし……』
『ゆんゆん:あの、ひょっとして今誰も見てない感じですか? そうですよね、ごめんなさい。この文章は見なかった事にしてください……』