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苦情が相次ぐ看護師、事務職への配置転換は可能?

2025/09/10
服部 英治(社会保険労務士法人名南経営)

 このコラムでは、2025年6月発行『50ケースで学ぶ 医療・介護の人事労務入門』(日経BP)に掲載された事例を抜粋して紹介します。
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A院長 当院は産科婦人科の診療所で、1年前に看護師としてB子を採用しました。彼女は看護師の職務経験が少なく、例えば注射はまともに打てず、患者からそのことを指摘されると言い訳をしたり、態度が横柄になります。

社労士 なるほど。

A院長 先輩の看護師がいろいろと指導しているのですが、なかなかうまくいきません。B子の態度に不快感を示し、「二度と来ない」と言って来なくなった患者が2人います。何も言わずに来なくなった患者も何人かいるように思います。


社労士 A院長自ら注意や指導は?

A院長 はい、怒って帰った患者の件は、他の職員から私に報告があり、B子に厳重注意をしました。ただ、技術レベルは向上せず、先輩看護師も教育に疲弊しています。


社労士 それはまずい状況ですね。

A院長 そこでB子を事務職に配置転換したいのですが、「職種限定の人に対しての配置転換は違法」といった最高裁判決の記事を見て、混乱しています。

社労士 職務の変更を含めた配置転換を巡るトラブルは多く、関連する労働裁判も少なくありません(表1)。A院長が目にした記事は恐らく、滋賀県の社会福祉協議会における福祉用具技師の配置転換の事件(2024年4月26日最高裁判決)でしょう。

表1 配置転換に関する主な判例

配置転換の際に同意が必要

Yusei/stock.adobe.com

社労士 この労働裁判の事案は、福祉用具を取り扱う技師として採用され18年間勤務をしていた職員に、福祉用具の改造業務の受注減少に伴い、その事業を廃止する前提で、欠員が生じていた総務課への配置転換を命じたというものです。社協としては、雇用を守るために総務課への異動を命じたのですが、最高裁の判決は、「職種限定の合意がある雇用の場合は、本人の同意なく配置転換を命じる権限はない」として、配置転換命令は違法としました。


A院長 ちょっと分かりにくいですね。

社労士 一般企業では就業規則において「業務上の必要に応じて配置転換を命じる」などの規定があり、これらを根拠に実際に職員の職種を変えることは普通に行われています。ところが、看護師など特殊な資格や技術を必要とする職種に限定した労働契約を締結している職員を、他の職種に配置転換することは、原則としてできないということです。今回のB子さんのケースは典型的ですね。

A院長 B子の雇用契約書では、業務内容を看護業務に限定しています。

社労士 職種限定で採用した職員に対して、労働契約の範囲内での配置転換は可能ですが、職種の変更など契約の範囲を超える場合は契約内容の変更に当たります。だからこそ、判例では本人の同意を必要としているのでしょう。先の社協の事件では、本人の雇用の確保を考慮して総務課への配置転換を命じていますが、それでも最高裁判所は本人の同意を得ることを求めています。

A院長 そうだったのですか。


社労士 労働契約に関しては、「合意に基づいて締結し、または変更すべきもの」との規定があります(労働契約法第3条)。その前提も含めて、個別の事情にもよりますが、少なくとも職種限定の職員の配置転換の際には本人の同意が必要だと考えてよいでしょう。また、職員を退職に追い込むためなど不当な動機・目的のある配置転換であれば、当然無効になります。この点、トラブルを避けるためにも職員に誤解を与えないよう細心の注意を払うことが重要です。

A院長 なるほど。

社労士 問題は「同意」を得る方法です。判例を「同意さえ得られればよい」と曲解し、半ば丸め込んで同意させるといったようなことや、不当な契約書などに強引に署名をさせるといった短絡的な対応が発生しないかが危惧されます。

A院長 そういった経営者は少なからずいるでしょうね。


社労士 別の労働裁判では、単に同意を得るだけでは足りず、意味や内容などをしっかりと本人に対して説明をして理解してもらった上で同意を得ることが必要だとも示されています(KSAインターナショナル事件、2018年2月28日京都地裁判決)。

A院長 B子の件についても、本人に状況や背景などをしっかりと説明した上で、同意してもらう必要があるのですね。

社労士 同意を性急に求めるのではなく、しっかりと考えてもらう時間を与えた上で返答をもらうといったプロセスは踏んでおく方がよいでしょう。特に処遇面で、看護師から事務職に変わることで給与がどう変わるのかという点は重要な要素ですから、この説明は必須です。


A院長 当院の看護師は月額2万円の資格手当がありますが、事務職となれば外すことになります。

社労士 配置転換をスムーズに行うために処遇を変えないケースもあります。賃金を下げることは職員の同意を得られにくい場合も少なくなく、トラブルになる可能性があるからです。

A院長 そうですね。

社労士 職務内容の変更などを巡るトラブルが多発していることから、2024年4月から採用時の労働条件通知書の中で、就業の場所や従事すべき業務の内容について、雇い入れ直後と変更の範囲を記載しなければならなくなりました(表2)。職種限定が基本である医療機関では、入職時の雇用契約書をより詳細に書いておく対策も重要です(表3)。

表2 厚生労働省が示す労働条件通知書の様式例の一部

表3 職員の配置転換の可能性がある場合に入職時に交わすべき承諾書の内容(作成:名南経営コンサルティング)

A院長 まずはB子としっかりと話し合う方がよいですね。その上で、配置転換を検討しようと思います。

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著者プロフィール

服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。

連載の紹介

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