黒井 トランプには、もうまともな助言者はいませんからね。もともと対外安全保障政策を担当している国防総省、国務省、CIA(米国中央情報局)などにトランプ支持のスタッフはあまりいなかったのですが、2020年の大統領選でバイデンに負けた際に「選挙が盗まれた」との陰謀論を大々的に主張したことで、さらに政府内外の主流の人脈とは距離ができます。代わりにバイデン政権時には主流から外されていた傍流のスタッフ、あるいは陰謀論者の人脈が擦り寄ってきます。

黒井文太郎氏 

 そんななかにキース・ケロッグがいました。彼は空挺部隊畑の陸軍将官で、2016年の選挙でトランプ陣営の外交防衛顧問となり、第1次トランプ政権でペンス副大統領の国家安全保障担当補佐官を務めた人物ですが、バイデン政権時にもトランプ陣営と良好な関係を維持した数少ない元高級将官の1人です。彼が2024年6月にロシア=ウクライナ和平仲介案の論文を発表します。

 内容はひたすらバイデン批判で「もしもトランプが大統領なら、こんなことにはなっていない」というような仮定論が全開なのですね。ひたすらトランプに媚びる文章ですが、これをトランプが気に入って「自分なら停戦仲介を簡単にできる」と言い始めたわけです。ケロッグ案の中身は、実際にはロシアにもけっこう厳しい内容なのですが、トランプは前述したように、経済制裁解除とロシア経済への利益を提案すればプーチンは簡単に交渉に応じると思ったようです。

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両者ともにトランプを邪険に扱えないワケ

小泉 トランプは自分は平和の側だと、何かとアピールしたがりますよね。

黒井 それで停戦の仲介に乗り出すわけですが、もともとゼレンシキーもプーチンも希望していたわけではなかったので、うまくいくはずはありません。ただし、両者ともにトランプを邪険に扱うわけにはいきません。なぜならトランプの機嫌をどちらが損ねるかが、その後の戦争の行方を大きく左右するからです。

 ウクライナが戦力に勝るロシア軍の攻撃に耐えられたのは、西側の軍事支援があったからですが、そのなかでも最も多かったのが米国からの支援です。しかし、トランプはバイデンが行った無償の軍事支援を批判していて、米国の損になる支出に消極的な姿勢を示していました。トランプがやはり軍事支援を全部停止するのか、あるいは減額するのか、あるいは今後も相当なレベルで継続するのかが、戦局を大きく左右します。

 そこでゼレンシキーもウクライナを支援する欧州のNATO主要国首脳も、トランプ批判を手控え、トランプの提案する停戦交渉につき合いつつ、交渉の中身をロシア有利にしないようになんとか持っていくことに注力します。

小泉 ただ、問題はウクライナ側ではなくロシアですからね。

黒井 ロシアとすれば、対ウクライナ軍事支援に消極的なトランプがそのまま軍事支援を停止すれば、戦局は間違いなく有利になります。プーチン側からすれば、現状の制圧地のラインで停戦するメリットはありません。プーチンは侵攻を始めた当初から、軍を侵攻させつつ同時に「ロシアは平和を望んでいるので、和平交渉を呼びかける」と、あたかも自分たちは平和志向であるかのような体裁を取り繕ってきました。