2025年1月に誕生したアメリカ・トランプ政権は、国際安全保障の領域にも大きな影響を与えている。ロシア=ウクライナ戦争では停戦の仲介に名乗りを上げ、実際に両国との交渉を進めたが、ロシアのプーチンは動かず、事実上失敗した。この時のトランプの“真の意図”は、一体どこにあったのだろうか。
ここでは、ロシアの軍事・安全保障専門家・小泉悠氏とインテリジェンス・軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏による対談をまとめた『国際情勢を読み解く技術』(宝島社)より一部を抜粋。トランプによる停戦交渉の仲介について、両氏の評価を紹介する。(全2回の1回目/続きを読む)
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ウクライナ停戦交渉の仲介
――トランプのロシアウクライナ停戦仲介をどう評価するか?
小泉 トランプが言うウクライナ戦争の「早期停戦」というのは、米露の圧力によってウクライナを事実上、降伏させてしまうという話だったのだと思います。
プーチン大統領は2024年6月の外務省演説において、停戦に向けたロシアなりの条件を提示していました。まずプーチンが主張するのは、(1)現在戦場になっているウクライナ南東部の4州(ルハンシク、ドネツク、ザポリージャ、ヘルソン)を未占領地域も含めて丸ごとロシアに引き渡すこと、(2)ウクライナがNATOに加盟しないと約束することの2点です。この2点を呑むと表明すれば停戦交渉のテーブルに着く、と言っています。
重要なことは、これが「テーブルに着く」ための条件であって、「戦闘を停める」条件だとは言っていないという点です。実際、プーチンは6月の外務省演説でも、その他の場所でも、ウクライナ戦争の最終目的は別にあると公言してきました。
時期や場面によって挙げられている項目は少し変わりますが、一貫して常に入っているのは次の3点です。先ほどの「テーブルに着く」ための2条件の続きで番号を振っていくと、(3)非ナチス化、(4)非軍事化、(5)中立化です。
「非ナチス化」と言うとウクライナがナチズム国家であるかのようですが、これがロシアのナラティブ(物語)の核心なんですよね。2014年のマイダン革命(※1)でウクライナはナチズム国家になった、とロシアは主張してきました。だから国内向けには、「これは大祖国戦争の再来である」ということになるし、対外的には「正統性のある戦争だ」と主張する根拠となる。
ただ、ウクライナは現実にはナチズム国家ではないので、具体的な要求は「2014年以前に戻れ」ということでしょう。つまり、ゼレンシキー政権をおろして、より親露的な政権を樹立しろということです。
加えて非軍事化(4)と中立化(5)です。2022年3月と2025年6月にロシア側が提示した要求文書を見るに、軍事力をほぼ解体し、NATOにも入らず、ロシアに対する国際訴訟その他も取り下げろというのがロシアの要求です。
黒井 徹底して強気なんですよね、プーチンは。