プーチンが気にしているのは米国の反応や国民への自己正当化
黒井 なるほど。ミンスク合意をめぐる駆け引きに着目したわけですね。そこは私と着眼点が異なっていて、興味深いですね。私はミンスク合意をめぐる交渉に、プーチンは本気ではないと見ていました。それまでの経緯でも、両陣営ともに重視していないように見えたからです。
プーチンが気にしているのはウクライナというより、米国の反応や、ロシア国民への自己正当化というのが私の仮説です。そう仮定したうえで、私はプーチンが語る言葉のなかの、自己正当化の文言の比重に注目していたので、全く逆の見立てでした。
彼の2021年7月のロシアとウクライナの一体化の論文もそうですし、米国に向けたNATO不拡大要求もそうですが、本人の言葉では東部のことよりウクライナ全体のことをメインに話していました。そのため、侵攻するとすれば、東部に限らず広いエリアでの侵攻になる可能性が高いと推測していました。もっとも、いきなりウクライナ全土への攻撃は軍事的に容易ではないので、南北を流れるドニプロ川で分けて、ウクライナの東半部をまず狙うのではないかと推測しました。
ところが、先ほどお話に出たように、プーチンは2月21日に東部の自称国家の独立を承認し、その地域での治安維持活動を軍に命じます。それを見て私は、プーチンの最終目標はウクライナ全土だとしても、とりあえず東部での攻撃からいくのだろうと推測を変えました。承認した東部の新“国家”と防衛協定を結び、そこからの要請の形式でロシア軍を進め、そこでウクライナの攻撃に対する防衛という形式にする気なのではないかと思ったのです。
結果的に、あれはプーチンの自己正当化の雑なステップでした。21日の東部2州の独立承認の際の演説で、彼は「ウクライナはロシアによって創造されたにすぎない。独立した国として存在すべきではない」「ウクライナはNATOの傀儡。NATOから武器を提供されたウクライナはロシアにとって脅威だ」と語っており、後でウクライナへの全面侵攻を行っても自己正当化できるように布石を打っていました。
その3日後の24日にロシア軍に全面侵攻を命じるわけですが、その時の演説では「(1)新しい2国がロシアに助けを求めてきた」ので「(2)(2国との)条約を履行するために特別軍事作戦を実施する」とし、「(3)キーウ政府に虐げられ、ジェノサイドに晒さらされてきた人々を保護するため」に「(4)ウクライナ全土の非ナチ化と非軍事化を目指す」としました。この(4)の非ナチ化とは、キーウの政権を打倒してロシアの傀儡政権にすることを指していて、非軍事化とはウクライナ軍の解体を意味します。事実上の全面征服のことです。
プーチンのこの理屈はおかしなものです。(1)(2)(3)は東部の話で、それを正当化するために3日前に独立承認したわけです。プーチンの考えそうなことです。となれば、侵攻するエリアは東部となるところが、(4)でいきなり「東部の人々を保護するためにウクライナを降伏させる」と話が飛躍しています。
それについて、初めは“東部を攻めると敵に思わせる欺瞞工作”ではないかとも思ったのですが、後から考えるとそうではなくて、おそらくプーチンなりの屁理屈の自己正当化なんですよね。侵略するにも大義が欲しいので、同盟国からの要請という形式にする。ロシア同胞を助けるというナラティブは、ロシア国民にもウケがいいですし。
そのうえで、全面的な侵攻への正当性は屁理屈で無理やり通す、ということです。もちろんそんな屁理屈は国際的に通用しませんが、プーチンからすればロシア国民を騙したことにならなければいいだけです。攻め方も、より大きくなっているので、弱気になって日和ったことにはなりません。