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Jun 17, 2014 / 6 notes

カナダ人権法13条/かなだじんけんほうじゅうさんじょう

「Newsweek」日本版2014年6月24日号に掲載された「『反差別』という差別が暴走する」(執筆者はNewsweek記者の深田政彦)より引用。

  

 カナダでは今月、70年代以降ヘイトスピーチ規制の根拠になってきた人権法13条が廃止される。英米法に詳しい静岡大学の小谷順子教授によれば、もともと過激な反黒人・反ユダヤ人団体を想定して制定された人権法を盾に、例えば職場での軽口まで人権委員会に訴えるケースが目立つようになったためだ。
 00年代以降はイスラム団体による訴えが増え、ムスリム社会に対する一般的な批評や開祖ムハンマドの風刺画を載せたメディアまで「ヘイトスピーチ」として訴えられるようになったため、法規制廃止には目立った反対が起きていない。


これをもって欧米ではヘイトスピーチ規制の見直しが進んでいる例としているのだが、デタラメである。他の記述を見ても、海外のヘイトスピーチ規制法について一度として調べたことのない記者であることは歴然としている。国内事情についても間違いだらけで、何を書いても正しいことが書けない人物の暴走による記事だと断じていいだろう。小谷教授の発言も、自分の記事のために曲解したか、理解ができなかったものと推測するしかない。

ここではカナダ人権法を取り上げて、この記者の悪意による詐術あるいは無能さによる誤解をしっかり見ておく。

カナダ人権法13条は以下

13. (1) It is a discriminatory practice for a person or a group of persons acting in concert to communicate telephonically or to cause to be so communicated, repeatedly, in whole or in part by means of the facilities of a telecommunication undertaking within the legislative authority of Parliament, any matter that is likely to expose a person or persons to hatred or contempt by reason of the fact that that person or those persons are identifiable on the basis of a prohibited ground of discrimination.

(2) For greater certainty, subsection (1) applies in respect of a matter that is communicated by means of a computer or a group of interconnected or related computers, including the Internet, or any similar means of communication, but does not apply in respect of a matter that is communicated in whole or in part by means of the facilities of a broadcasting undertaking.

(3) For the purposes of this section, no owner or operator of a telecommunication undertaking communicates or causes to be communicated any matter described in subsection (1) by reason only that the facilities of a telecommunication undertaking owned or operated by that person are used by other persons for the transmission of that matter.
 

 
第1項は電話通信施設を利用して個人又は集団を憎悪又は侮辱にさらす可能性の高い事柄を繰り返し伝達する又は伝達させることを禁止した内容。第2項と第3項は放送施設を用いて伝達される場合や主体的に表現を発信していない電話通信運営者には適用されないとの除外を定めた内容。

この法律に先立ち、カナダは1970年に人種差別撤廃条約を批准して、同年、連邦刑法に憎悪宣伝を禁止する条文を盛り込んでいる。この刑法319号には免責事由として「真実性がある場合」「公共性がある場合」などと並び、「カナダ内の特定集団に対する憎悪感情を生み出す又は生み出す傾向のある事柄を、その除去を目的として指摘することを誠実に意図していた場合」が挙げられている。つまり、ヘイトスピーチとそれに対抗する言論の区別をつけることもできない深田政彦のような人物が訴訟を起こしたところで、それを退ける内容が明記されているのである(「それがヘイトスピーチであっても」ということであって、「ヘイト豚 死ね!」と罵倒したところで、この免責事由に該当する例にさえならないわけだが、深田政彦や「Newsweek」日本版編集部には難しすぎよう)。

続いて1977年に当該の人権法を制定。13条は電話回線を使ったサービスを利用して、ネオナチがヘイトスピーチを繰り返していたことを規制するために制定されたもので、その後はもっぱらインターネットに適用されてきた。

連邦刑法319条と人権法13条は表現の自由を侵犯するものとして裁判で個別に争われたが、いずれも連邦最高裁判所で合憲と判断されている。

しかし、2000年代に入って、インターネット上の反イスラム表現に対する申し立てが相次いで、人権法規制廃止の動きが強まり、2008年、人権委員会の委託を受けた報告書が出て以降、数年にわたる議論が続き、2012年から翌年にかけて下院、そして上院での審議によって、13条廃止が決定された。簡単にまとめると、免責事由のある刑法と違い、人権法13条は、適用される範囲が制限されるにしても、最小限であるべき規制の範囲を超えており、規制は刑法で事足りるという判断であった。

以上のように、包括的にヘイトスピーチを規制してきたのは刑法であり、人権法13条のみを取り上げて「70年代以降ヘイトスピーチ規制の根拠になってきた」とするのは間違いと言っていい。人権法13条によって「職場での軽口まで人権委員会に訴えるケースが目立つようになった」なんてことがあるとも思いにくい。なんでもかんでも「差別だ」として訴えでるような人たちが法規制によって増大する可能性はあるが、それを引き起こした可能性があるのはおもに刑法319条であろう。

その刑法の存在について一切触れず、つまり、そちらによる規制は継続するにもかかわらず、人権法13条の廃止のみをもってヘイトスピーチ規制の反省とするのは杜撰すぎる。免責事由が定められている刑法があるからこその廃止であり、この例で見る限り、問題はヘイストピーチ規制ではなく、些細な用例や合理性のある言論にまで法が適用されることにあったと言えるだけである。

もちろん、人権法13条廃止自体は大いに示唆に富む。要件を厳しく定めない法律、あるいは免責事由を的確に定めない法律は危険ということをここから学ぶことまではいい。無闇矢鱈に法規制を主張する人たちはよくよくこの法律とその効果について調べるべきだろう。しかし、深田政彦のような人間、日本版「Newsweek」のような雑誌のゼニ儲けに利用できる余地など一切ない。

日本版「Newsweek」の記者にこれほどまでいい加減な原稿を書く記者がいることも、編集部がこれを掲載したことも決して忘れないようにしたい。(松)

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