第10話 十人目
【病院サーバー室の死闘】
夜は深まり、聖アスクレピオス中央病院の夜間通用口には、冷たい雨が降りしきっていた。けたたましいブレーキ音と共に乗り付けたタクシーから飛び出したのは、黒崎アゲハだった。彼女の視界に映るのは、不気味なほど静まり返った廊下の奥、目的のサーバー管理室の重いドア。そのドアが、彼女を待っていたかのように、そっと内側から開いた。
部屋の中から顔を覗かせたのは、今宮だった。彼は、派手な柄シャツの袖をまくり、すでに部屋の中央で胡座をかき、無数のケーブルで自らのノートパソコンをサーバーラックに直結させていた。その色付きメガネの奥の瞳は、青白いモニターの光を反射して、鬼気迫る集中力に満ちている。
「……遅えよ、姫」
今宮は、画面から一切目を離さずに、ぶっきらぼうに告げた。彼の声には、いつもの軽薄な調子はない。ただ、張り詰めた緊張感が、重く澱んだサーバー室の空気を震わせた。
「兄貴は精神世界に行った。長い戦いになるぞ」
その言葉に、アゲハの胸に、ちくりと痛みが走った。圭佑を、そして莉愛を一人で戦場に送り出してしまった自責の念が、鉛のように胃の腑の底で冷たく沈む。彼女は悔しそうに、唇を噛み締めた。
「…本当に、これで良かったのかよ。あたしは、圭佑やみんなを裏切ったんだぞ…?」
その声は、震えていた。いつも粗暴な彼女には珍しい、弱々しい響きだった。
今宮は、わずかに顔を上げ、アゲハの瞳をまっすぐに見つめた。彼の視線の奥には、仲間を見捨てたことへの非難も、軽蔑もない。ただ、深い理解と、そして、有無を言わせぬ覚悟だけがあった。
「ああ。だが、それでいいんだ。兄貴は『王子』として、光の世界で、姫を救う。だがな、アゲハ。どんな物語にも、『光』の届かねえ、汚ねえ場所がある」
今宮は、静かに、しかし力強く続けた。その声は、アゲハの凍りついた心を、ゆっくりと溶かしていくかのようだった。
「俺と、お前は、このサーバー室を死守する。黒幕が次に狙うとしたら、間違いなくここだからな。兄貴と姫は、今、親父さんの『ヘッドセット』で精神だけが繋がってる状態だ。だから、この病院のネットワークは、兄貴たちの魂に直接通じる『裏口』になってる。奴らはそこからウイルスを送り込み、兄貴たちの精神(データ)を、直接破壊するつもりだ!」
今宮の言葉は、まるで鋼の鎖のように、アゲハの心に絡みつき、迷いを断ち切った。そうだ、ここは、圭佑と莉愛の生命線。そして、光の届かない場所を守ることこそが、自分にしかできない、騎士としての使命なのだと。
「俺は中で端末繋いで侵入者を見張る。…門番は、任せたぜ?」
「任せとけ!」
その言葉に、アゲハの瞳に、再び強い光が宿った。彼女は、首筋に巻き付いた鎖を振りほどくように、大きく息を吐いた。もう迷いはない。獰猛な戦士の血が、再び全身を駆け巡る。
遠く、廊下の奥。エレベーターホールの方から、複数の足音が、アスファルトを擦るような不吉な響きと共に、明らかにこちらに向かってきている。金属の擦れる音、低い唸り声、そして、どこからか漂う、異質なデジタルノイズの気配。それは、物理的な存在でありながら、同時に電脳空間の悪意をまとった、得体の知れない脅威の接近を告げていた。
アゲハは、フッと息を吐くと、まるでコンビニにでも行くような、気軽な口調で言った。その声の奥には、研ぎ澄まされた刃のような殺気が潜んでいる。
「…長くなりそうだな。自販機、行ってくる。何飲む?」
今宮は、再びモニターに視線を戻し、キーボードを叩きながら、ぶっきらぼうに答えた。
「…缶コーヒー。ブラックで頼む」
「了解」
アゲハは、そう短く答えると、愛用の漆黒のマイクスタンドをぎゅっと握りしめ、指の関節をポキポキと鳴らしながら、迫り来る敵に向かって、ゆっくりと歩き出した。その表情は、獰猛な獲物を見つけた獣のそれだった。
「…はっ、言ってくれるじゃねえか。…上等だ。門番は、派手にやろうぜ」
サーバー室の重いドアが、背後で、ガチャン、と音を立てて閉まる。今宮は、迫り来る無数の脅威を示すアラートが点滅するモニターを睨みながら、ハッキングによって病院のシステムへと深く潜り込んでいく。
【展開①:ハッキング・ミスと神業のカバー、そしてアゲハの精神世界での死闘】
「いいから聞け!」今宮が、鋭く叫んだ。その声は、アゲハのリストデバイスを通して、彼女の脳内に直接響く。
「アゲハ! お前の腕時計(リストデバイス)を起動しろ! 今すぐダイブして、兄貴たちの精神データを守るぞ! 俺がナビゲートする!」
「…言われなくても、そうするつもりだ!」
アゲハは、ポケットにしまっていた、メンバーに支給されたままになっていた腕時計型端末を起動させた。その冷たい金属の感触が、彼女の闘志をさらに燃え上がらせる。
「急げ! 敵はもうそこまで来てる!」
今宮は、凄まじい速度でハッキングを開始した。病院のネットワークは、物理的な襲撃と同時に、神宮寺側からの苛烈なサイバー攻撃によって、嵐のように荒れ狂っていた。無数のデータが衝突し、光の奔流が逆流する。圭佑たちが精神世界にダイブしているこの瞬間が、最も脆弱なのだ。
「クソッ…! 回線が安定しねえ…! だが、無理やりこじ開けるしか…!」
今宮の焦りが、焦げ付くようなデジタルノイズとなって、アゲハの意識を揺らす。だが、彼の神業とも言えるハッキングによって、アゲハの精神(アバター)は、圭佑たちがいるであろう安全な待機領域へと、光の粒子となって送り込まれていく。
アゲハが降り立ったのは、壁や床から、不気味なウイルスたちが次々と生まれ出ている、コピーされた偽りのゲームセンターだった。それは、クレーンゲームの景品のぬいぐるみが凶暴化したような**『プラッシュ・ビースト』**や、アーケードゲームのドット絵キャラクターがそのまま実体化したような『ピクセル・ソルジャー』たちだった。彼らは空間の向こう側にあるであろう「本物」を目指して、じりじりと、その歪んだ体を動かし始めていた。
「…はっ、上等じゃねえか」
アゲハは、絶望的な光景を前に、獰猛な笑みを浮かべた。その瞳の奥には、孤独な戦士の狂気にも似た、しかし揺るぎない決意の炎が宿っている。
「圭佑が姫を救うまで、ここをぶっ壊させやしねえ。――てめえら全員、あたしのデスボイスの餌食にしてやるよ!」
招かれざる客であったはずのアゲハは、偽りの遊戯場で、たった一人の「守護騎士」となった。彼女の魂の絶叫が空間そのものを震わせ、肉体を持たないウイルスたちを、まるで紙屑のように吹き飛ばしていく。だが、敵はあまりに多い。一体を消し去っても、すぐに新たなウイルスが生まれてくる無限のループ。
「…チッ、キリがねえな…!」
アゲハが忌々しげに舌打ちした、その瞬間。
「――オラァッ!」
彼女が再び叫ぶと、その手に握られた漆黒のマイクスタンドが、禍々しいオーラを放ちながら変形する。マイク部分は消え、スタンド全体が鋭いトゲのついた漆黒の金属バットへと姿を変えた。アゲハは、荒れ狂う嵐の只中で、たった一人、怒りと覚悟をその体に叩き込み、叫び続けた。彼女のデスボイスは、ただの攻撃ではない。それは、遠く離れた精神世界で、仲間たちの魂を鼓舞する、反撃の狼煙だった。
【展開②:父と子の再会と、揺れ動く世界】
その頃、病院の休憩スペースでは、圭佑が父・正人と向き合っていた。父は、どこか居心地が悪そうに、缶コーヒーを差し出す。
「…お前が引きこもっていた時、酷いことを言って…すまなかった」
父は、これまで見たことのないような、少しだけ困ったような顔で笑った後、深々と頭を下げた。その姿に、圭佑は戸惑いを隠せない。喉の奥に、鉄錆のような虚無感が広がる。
「…急にどうしたんだよ。やめてくれよ、こんなところで」
圭佑は、照れ臭さと同時に、長年のわだかまりが、まるで砂城のように崩れていくのを感じていた。
「…キューズのことだ。あの子は、お前の精神データを元に生まれた、いわば、お前の妹のような存在なんだ。なのに、私はあの子をただのAIとしか見ていなかった…。父親、失格だ」
父の言葉は、彼の科学者としての傲慢さ、そして父親としての後悔を、同時に物語っていた。圭佑は、それ以上何も言えなかった。ただ、冷めかけた缶コーヒーを受け取る。その冷たさが、現実の重さを改めて彼に突きつけるかのようだった。
その時だった。病室のドアが、ノックもなしに勢いよく開いた。今宮が、汗だくの顔で、慌てた様子で飛び込んできた。
「兄貴、大変です! 神宮寺が、クロノス・インダストリーの代表取締役に就任しました! 今、緊急記者会見やってます!」
今宮は棚のリモコンでテレビをつけ、チャンネルを変える。画面には、無数のフラッシュを浴びる神宮寺のスーツ姿が映し出されていた。自信に満ちたその表情の裏には、昏い野望が透けて見える。その場にいる圭佑、父、今宮は、誰もが固唾を飲んで画面を見つめる。
記者「神宮寺新社長! 前任の城之内氏の裏金ルートを暴いたのは本当でしょうか!?」
神宮寺「ええ、本当ですよ。膿は出し切らねばなりませんからな」
記者「城之内氏の解任は、事実上の追放だと囁かれていますが、その点については?」
神宮寺「さあ、どうでしょう。市場の判断に任せますよ」
その会見を見ていた父が、苦々しげに呟いた。その声には、過去の苦い記憶が滲む。
「…また同じ手口か。あいつは月音の父親…俺の親友だった男も、同じやり方で会社から追放したんだ」
月音…? 圭佑はその名前に息を呑んだ。脳裏に、何か見覚えのある、しかし掴みきれない女性の顔が、一瞬だけ陽炎のように揺らぐ。
今宮が、自分のスマホを見てさらに驚愕の声を上げる。「うわっ、マジかよ! YORU、電撃引退だと!?」
ネットニュースの速報が、アイドル界の女王の、唐突な終焉を告げていた。圭佑は、そのニュースにも、どこか見覚えがあるような、しかしやはり曖昧な既視感を覚える。そして、自分のアカウントの現状を思い出し、今宮に尋ねる。
「…なあ今宮。俺のアカウント、戻るのか?」
「それが…兄貴のアカウント、ハッキングしてるんですが、佐々木の置き土産のプログラムが思ったより厄介でして…」
今宮は、申し訳なさそうに眉をひそめた。
【展開③:闇の騎士の休息と、新たな絆の兆し】
一方、病院での激戦を終えたアゲハは、誰にも告げずにタワマンへと帰っていた。夜風が火照った体を冷やし、都会の喧騒が疲労困憊の精神を包む。エントランスで、友達と遊びに行った帰りのまりあとばったり遭遇する。今日のまりあは、流行りのオフショルダーのトップスに、ふわりとしたロングスカートという、清楚で可愛らしい出で立ちだった。その姿は、先ほどの血生臭い戦場とはあまりにもかけ離れた、平和な日常の象徴のようにアゲハの目に映る。
「アゲハさん、どうしたんですか?」
まりあの純粋な問いかけに、アゲハは一瞬、言葉を詰まらせた。自分の身に起きた出来事を、この純粋な少女にどう説明すればいいのか。
「…勢いで出ちまったけど、あたしの家はここだからさ。…なんつうか、また仲良くしようぜ」
アゲハは、照れくさそうに、しかし精一杯の誠意を込めてそう言った。その声の奥には、孤独な戦いから解放された、微かな安堵が滲んでいる。
まりあは、アゲハの言葉に、嬉しそうに目を輝かせた。
「アゲハさんは、芯の強い人ですね。私なんか、まだチームに馴染めてなくて…」
まりあは、自信なさそうに俯いた。その華奢な肩が、わずかに震えている。
アゲハは、そんな彼女の気持ちを見透かしたように、ぶっきらぼうに言った。
「…まだメンバーとは会いたくねえんだよな。近くのファミレス行こうぜ。まりあの話、聞くからさ」
アゲハの不器用な優しさに、まりあの顔に、一瞬で笑顔が咲いた。
「…はい!」
ファミレスのボックス席で、アゲハがメニューを指差す。「あたし、これ。チーズインハンバーグセット」。まりあは遠慮がちに指をさす。「わ、私はこのケーキセットを…」。アゲハは店員に「あと、山盛りポテトフライも追加で」と告げると、まりあに向き直った。「そんなんで悩むことでもねえよ。少しずつ、チームに馴染めばいい」。アゲハの言葉は、まるで固く閉ざされた心の扉を、少しだけこじ開ける鍵のように、まりあの心に響いた。
「でも、私、圭佑くんのことが好きだけど、オーディションに応募したこと、後悔してて…」
まりあは、俯きながら、胸の内を吐露した。その声には、チームに迷惑をかけてしまうのではないか、という不安が滲んでいる。
「チーム抜けたら、あたしが許さねえからな! あたしも、圭佑のガチ恋なんだ。だから、ライバルだろ?」
アゲハは、はっきりと、しかし力強く言った。その瞳には、嘘偽りのない、純粋な闘志が宿っている。
「…はい」
まりあは、堰を切ったように泣き出した。それは、不安や後悔の涙ではない。アゲハの言葉に救われた、安堵と、そして、新たな決意の涙だった。
「おいおい、泣くなよ。まりあも、ケイVenusの一員だろ? 皆んなで、乗り越えようぜ」
アゲハは、泣きじゃくるまりあの頭を、ガシガシと、少しだけ乱暴に、でも優しく撫でた。その手つきは、まるで妹をあやす姉のようだった。二人の少女の間に、ライバル関係を超えた、確かな絆が生まれ始めていた。
【展開④:復讐の女神と、新たな家族の誓い】
翌日、圭佑は執事の運転する車で、初めて天神家の本宅へと足を踏み入れた。巨大な噴水のあるロータリーを抜け、宮殿のような玄関へと続くアプローチは、まるで映画のワンシーンのようだった。磨き上げられた大理石の床、高くそびえる柱、そして、頭上には、まばゆい光を放つ巨大なシャンデリア。その全てが、圭佑のこれまでの世界とは、あまりにもかけ離れた、異次元の空間だった。
車を降り、玄関先で純白のエプロンドレスを着たメイドが出迎える。そこへ、燕尾服を完璧に着こなした執事がやってきた。
「お客様がお見えです」「どちら様?」「ルナ様です」
執事は、圭佑の方に向き直ると、恭しく尋ねた。「圭佑様、どうなさいますか?」
圭佑の『神眼』が、その名前に見えざる運命の糸を感じ取る。莉愛の記憶に残る「YORU」という名前と、どこか重なる響き。
「…会います、案内してください」「かしこまりました」
屋敷の中は、高い天井から巨大なシャンデリアが吊り下げられ、壁には歴史を感じさせる絵画が飾られている。執事に案内され、ベルベットのソファが置かれた豪華な応接室に通され、圭佑は一人、その場違いな豪華さに圧倒されていた。心を病んでしまった莉愛を見舞うためだ。応接室で圭佑を待っていたのは、地雷系の私服に身を包んだ少女だった。
「君は…?」
圭佑はソファに腰下ろし、向かいの少女と向き合う。その瞳には、警戒の色が滲む。
「…ル、ルナです」
彼女は気まずそうに一瞬顔を逸らし、圭佑に一枚の写真を見せる。それは、神宮寺が海外マフィアと密会している、決定的な証拠写真だった。
「この写真は?」
「父の仲間が撮った写真です」
「ヤバそうな組織と繋がってるな。…どんな組織だ?」
「…分かりません。ただ、神宮寺の後ろには、巨大な闇の組織がいると、父から聞いています」
圭佑は、深く考え込んだ。その情報は、神宮寺の背後に、さらに巨大な黒幕が存在することを示唆している。
「私の父はあなたの父・正人さんの研究仲間でした。父はクロノス・インダストリーに潜入していましたが、神宮寺にバレて追放され、私に関する根も葉もないスキャンダルをでっちあげられ、引退させられたのです」
彼女は、静かにカツラを取った。その下から現れた銀色の髪が、シャンデリアの光を浴びて輝く。彼女こそ、伝説のアイドル「YORU」その人だった。
「マジかよ」
圭佑は、驚愕に目を見開いた。まさか、あの伝説のアイドルが、目の前にいる少女だったとは。
「私はもともと引き篭もりでした。マネージャーがある配信者の動画を見せてくれました。『この人もあなたと同じ痛みを抱えながら戦っている』って…。それがKチャンネルだったんです」
そして彼女は圭佑の前に跪き、狂信的な瞳で告げる。
「だからお願いします。私も圭佑さまの『剣』にしてください。圭佑さまのガチ恋です」
「…気持ちは嬉しいが、俺はガチ恋なんて募集してない」圭佑は一度、冷静に断る。すると、夜瑠は懐からスマホを取り出し、一枚の画像を見せてきた。それは、先日圭佑が本屋のラノベコーナーで熱心に新作を物色している、圭佑自身の盗撮写真だった。
「…お前、まさか」
圭佑の『神眼』が、彼女の魂の奥底を見抜く。こいつは、ただのストーカーじゃない。その異常なまでの執着心と行動力は、使い方次第では、神宮寺の秘密を探る最強の『情報屋』に化ける…!圭佑は、迷いを断ち切り、決断を下す。
「…わかった。お前も俺の『家族』だ」
圭佑と夜瑠は、莉愛の部屋の前に立つ。圭佑が扉をノックするが、中からは「…会いたくない」というか細い声が返ってくるだけだった。「莉愛さん、私のソロ曲のCDを持ってきました。執事の方に渡しておくので、良かったら聴いてください」夜瑠が扉越しに語りかける。返事はない。二人が去った後、部屋のベッドの中で、莉愛は布団に潜り込んで、静かに泣いていた。その心には、まだ深い闇が巣食っている。
屋敷を出た後、圭佑は執事の送迎を断り、夜瑠とタクシーに乗り込んだ。
「送ってやるよ」
「…ありがとうございます。もしよかったら、このまま…」
「デートか?」
「はいっ!」
タクシーが走り出す。圭佑が窓の外を眺めていると、隣の夜瑠がもじもじしているのが視界の端に入る。その顔は、ほんのり赤く染まっていた。
タクシーは、都心にある巨大なデパートへと向かう。その最上階にある水族館で、二人は普通のカップルのように、ペンギンのショーを見て笑い、巨大な水槽の前で、泳ぐ魚たちを静かに眺めていた。水槽の深い青色が、夜瑠の銀髪を幻想的に照らし出す。帰り道、タクシーの後部座席で、夜瑠はそっと圭佑の肩に頭を凭せ、その手を固く握りしめていた。その温もりが、圭佑の凍りついた心を、ゆっくりと溶かしていく。
その夜、完成したばかりのタワマンの事務所に、新メンバーの夜瑠を連れて行った。リビング兼司令室の広大な空間は、最新鋭の機材が並び、ガラス窓からは、宝石を散りばめたような東京の夜景が一望できる。
「…おい、お前ら! 新メンバーの夜瑠だ! あいつ、伝説のアイドルYORUだってよ!」
圭佑の言葉に、メンバーたちは驚きの声を上げた。特にキララは、目を輝かせながら夜瑠に駆け寄る。
「…え! YORUさん!? 本物なんですか!?」
アゲハはニヤリと笑い、詩織は冷静に、しかし興味深そうに夜瑠を見つめる。あんじゅとみちるは、スマホでこっそり夜瑠の写真を撮りながら、興奮を隠せない様子。
「その一言で、事務所の空気は一変し、いつもの賑やかさを取り戻した。
タワマンから徒歩数分の焼肉屋で、圭佑はスマホを取り出し、ゲリラ配信を開始した。「よぉ、お前ら! 今日は、傷心の莉愛を元気づけるための、緊急焼肉配信だ! みんなで最高の肉食って、莉愛に元気を届けようぜ!」
テーブルに運ばれてきた霜降りの特上カルビや、山盛りのネギタン塩。肉が焼けるジュージューという音、香ばしい匂いが食欲をそそる。キララは「圭P、あーん♡」と圭佑に肉を差し出し、アゲハは「てめえ、俺の肉食うな!」と今宮と肉の争奪戦を繰り広げ、あんじゅとみちるは、その様子をスマホで撮影しながら笑っている。夜瑠は、少しはにかみながらも、メンバーたちの賑やかな雰囲気に、ゆっくりと溶け込んでいく。
その流れで、圭佑たちはボウリング場へと向かった。「チーム対抗ボウリング対決だ! 負けたチームは、次の動画で罰ゲームな!」圭佑の提案に、メンバーたちは大いに盛り上がった。夜瑠は初めてのボウリングに戸惑いながらも、ピンク色のマイボールを選び、ガーターを連発。アゲハは、見た目に似合わず繊細なコントロールで次々とストライクを決め、キララは「まぐれよ、まぐれ!」と悔しそうにそれを睨みつけていた。K-MAXという、歪で、しかし温かい家族の絆が、着実に深まっていく。
【結び:黒幕の陰謀と、世界の終焉を告げる咆哮】
その頃、クロノス・インダストリー社長室。
綾辻響子は、一人、巨大なホログラムモニターに映し出された圭佑の切り抜き動画を、冷徹な視線で見つめていた。その表情には、微かな焦燥と、そして、底知れない愉悦が混じり合っている。
「…佐々木の一件、例の大学生との一件、そしてこれが、うちの元ハッカーだった今宮です。面白いように、あなたの駒だった者たちが、彼の元に集まっていますわね」
響子は、隣に立つ神宮寺に、優雅に、しかし冷酷に報告する。
神宮寺は、巨大な革張りの椅子に深く腰掛け、両手の指を組み合わせていた。その指先が、まるでこの世界の運命を操るかのように、ゆっくりと動く。彼の瞳は、モニターの圭佑ではなく、その遥か奥、この世界の未来を見据えているかのようだった。
「――その時こそ、究極のウイルスモンスターキング…『サイバードラゴン』**が、この世に再臨する」
神宮寺の声は、感情を一切含まない、しかし絶対的な重みを持っていた。それは、預言者の言葉のように、響子の心の奥底にまで響き渡る。
「世界経済の崩壊など、始まりのゴングに過ぎん。私こそが、破壊と再生を司る、この世界の、真の『神』となるのだ」
彼の言葉は、圭佑たちが戦っている世界の裏側で、遥かに巨大で、そしてより深淵な「戦争」が、今、まさに始まろうとしていることを告げていた。王国の本当の反撃と、世界の終焉を告げる本当の戦争が、今、同時に始まろうとしていた。
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