魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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【従者とは】

 時の流れは早い。

 いつの間にか長かったようで短かった夏休みが終わると、次にやって来るのは生徒会選挙。そんな時期になったということで、色々と浮き足立っている者達も多い時期であるが……

 

 まあこの女には関係のない話。

 この女が生徒会などやる訳もない。

 選挙になど興味さえない、それはもう仕方がない。

 

 

「じゃあ達也は核兵器みたいな存在ってこと?」

 

「まあ、言ってしまえばな。というかお前は知っている話だと聞いていたが?少佐の話を聞いていなかったのか?どころかお前が聞き出した話とかいう噂もあったが?」

 

「ん?……まあ安心して。もし達也が間違えて爆発しちゃっても、私が無かったことにしてあげるから」

 

「……まて、それはどういう意味だ」

 

「達也」

 

「なんだ」

 

「核兵器とか戦略級魔法とか色々あるのに、未だにこの世界が滅んでいないのは奇跡だと思わない?」

 

「っ、まさか……」

 

 

 

 

「――っていう小説を昨日読んだの、貸してあげる」

 

 

 

 

「…………お前な」

 

 

 そうして手渡された小説は正に昨日発売されたものらしく、よくよく見てみると監修者として詩織の名前が書かれている。つまり布教をされたらしい。

 ……いやまあコイツのことなので、その可能性を完全に否定することまでは出来ないが。なんなら予言の書を持っていることは知っているのだし。

 

 

「しかしまあ、お前を見ていると安心するのも事実か。この状況だ、何も変わらない奴が居るというだけで一息を吐ける。今ではこんな人目を気にしない時間というだけでも貴重だ」

 

「達也か深雪、生徒会長になるの?」

 

「ならない。なりたくないから色々とやっている」

 

「へぇ」

 

「……まあ興味はないだろうな」

 

「生徒会長になったら、紙の本の図書館を作ってくれてもいいよ」

 

「それをやったとして、お前以外の誰が喜ぶんだ」

 

「私」

 

「知っている」

 

 

 そんな適当なことを話しつつ、2人で人気の少ない食堂でゆったりと珈琲と紅茶を嗜んでいる。互いに読みたい本と書類を読みつつ、適度に流れる心地の良いジャズの音色もまた良い。

 なによりそれを邪魔する人間が近寄って来ないというのも良い。なにせ詩織がそこに"人払い"の異常を持った本を置いているからだ。

 

 ……定期的に彼女が姿を消すのは、どうやらこの本も要因の一つとしてあるらしい。食堂の売上としてはたまったものではないとは思うが、まあランチの時間も過ぎているので大きな影響もないだろう。達也だってそんな言い訳をしつつ、この静かな空間に甘んじている。

 もちろん魔法の形跡はない。魔法とは無関係の人払い、しかし流石に達也も慣れてきた。もう何を言われたところで大抵のことは気にならない。いや気にはなるが。

 

 

「そういえば清冷、CADの調整はどうだ」

 

「うん、すごく良い。使わないけど助かってる」

 

「……確かにお前が魔法を使っているところを見たのは、あの一度だけだな。あとは授業くらいだったか」

 

「趣味で作った魔法、一回使ったらもういいかなって」

 

「使い所としては難しいだろうな」

 

「不思議の国のアリスって童話、好きだったから」

 

「……言われてみれば。お前には色々な本を紹介して貰ったが、清冷自身の好みの本というのは聞いたことがなかったな」

 

「そう?」

 

「ああ、他に何かあるのか?」

 

 

 

「ドラゴンボール」

 

 

 

「……」

 

 

「……」

 

 

「……いや、面白いのは分かるが」

 

 

「漫画としては至高の領域。特に後半からは少年誌として完璧な設定とシナリオで、構図なんかは300年先取りしてるくらい神がかってる。あれは当時の状況で、当時の作家と編集でなければ作れない奇跡の作品」

 

 

「そうなのか」

 

「人気な作品には人気な理由がある。だから好きな作品が世間的に人気な作品になることは決して不思議じゃない、当然の話」

 

「お前らしい意見だな。だが道理だ」

 

 

 ここでなんとも珍しい作品を出して来そうかとも思ったが、普段から変な作品を紹介してくるとは言え、やはり好みは面白い作品なのだろう。つまりそれは人気だということだ。一般人とは順序が逆と言ってもいい。

 まあ別に変な作品が必ずしも面白いとは限らないし、目の肥えた彼女の趣向が色々と巡った結果、最終的にメジャーどころに戻ってくるのは必然とも言えるだろう。何も不思議はない。

 

 

「お前は魔法にはあまり興味がないんだな」

 

「知識としてはあるよ」

 

「それは作品を理解する前提知識のためだろう?」

 

「うん、魔法で何かをしたいとはあまり思わない」

 

「自衛手段くらいはあっていいと思うが」

 

「……私の才能だと銃を持ってた方が早い」

 

「……撃てるのか?」

 

「撃てない」

 

「ならダメだろう」

 

「……練習めんどう」

 

「それが本音か」

 

「論文ならいくらでも読む」

 

「普通は逆だ」

 

 

 今後の諸々を考えると、いつまでも自衛能力なしでフラフラされると非常に困る。まあオカルトの力があるとは言え、異なる力を持つ両者がぶつかり合った時、互いに想定外が生じるのは当然のこと。

 そればかりは理論をどれほど理解していても分かるものではない。達也でさえも想定出来ない。

 

 

「……そんなに周りが心配なら巻き込まなければいい」

 

「……!」

 

「達也が軍人や戦術級魔法師なんて教えなければいい、やらなければ良い、ずっと家の中に引きこもっていれば良い」

 

「………」

 

「けど、それが嫌なんでしょ?」

 

「………ああ」

 

「なら、予測不可能な混沌を受け入れるしかない。その末に生じる損害も仕方のないことだと割り切るしかない。自分が居なかった時の"もしも"なんて、考える意味ないよ」

 

「心配するなと?」

 

「ん、心配するなら徹底的に心配して。使えそうな魔法を教えるとか」

 

「…………珍しく良いことを言ったかと思えば。お前が楽したいだけだろう」

 

「そうとも言う」

 

「そうとしか言わない」

 

 

 困った奴だ、というのはいつものこと。

 しかしまあここまで素直に甘えられては仕方がない。

 何かしらの工夫はしてやるべきだろう。

 

 

「やれやれ……何かしら考えるとして、どういう魔法がいいんだ?」

 

「何もしなくても自動でバリアを張ってくれるみたいな」

 

「無茶を言うな」

 

「……本なら出来るのに」

 

「は?」

 

 

 

「『Fragment -極星のテンタクルス-』〜」

 

 

 

「……なんだ、その秘密道具みたいなノリで出て来た本は」

 

「懐に入れておくと近くに発射された銃弾が何故かこれに着弾する様になる本」

 

「は?」

 

「主人公が章に1度は銃弾を受けて生き残ることが馬鹿にされてた作品だから、多分それが原因」

 

「は?」

 

「エリカも達也みたいに納得できないって反応してた」

 

「待て、待て…………なんだそれは、生涯納得できる気がしないんだが」

 

 

 そんなふざけた理由で、そんなふざけた異能を持つ本が生まれてたまるか。いくらオカルトだからと言って、限度があるだろう。賢い達也だからこそ受け入れられるものか。エリカとは違うのだ、エリカとは。

 

 

「『魔女の烙印-世界は間違っている-』〜」

 

 

「……この本は?」

 

「所持者に干渉する全ての魔法がこの本に吸い込まれる」

 

「なんだその本は」

 

「中に16世紀ドイツで大暴れした本物の魔女が封印されてる。吸収した魔法を使って蘇ろうとしてる」

 

「なんなんだその本は……!」

 

「安心して。定期的にガス抜きしてるから、封印が解けることはない」

 

「せめて何かしらの理論に基づけ。オカルトで理論を省略するな」

 

「現代まで定期的に本を変えて封印し続けてきたんだって。私が死ぬ時に道連れにしないといけない本の1つだよ」

 

「……どこまで本当の話だ?」

 

「これは全部本当。中の魔女も完全に気が狂ってるから、説得も出来ない。出て来たら見境なく虐殺を始めると思う」

 

「……そんな本がいくつもあるのか?」

 

「結構処理したし、あとは私が道連れにしたらほとんど無くなると思う」

 

「……死に方まで決めているのか」

 

「この一冊を封じ込めるために毎年1人の赤子を犠牲にしてきた。私がやらないと、また同じことを繰り返す羽目になる」

 

「そうか……」

 

 

 そんなことを紅茶を啜り、読書をしながら軽い感じで話すその様子。つまり彼女にとってそれは特別なことでもなんでもなく、悩むようなことでも無いということ。

 ――当然、それによって身を守れているのだから。清冷詩織にとっては単なる等価交換なのかもしれない。

 

 

「……清冷」

 

「なに?」

 

「お前はもしかして、その気になればこの世界さえ破壊する可能性を握っているんじゃないか?」

 

「……」

 

「お前の持っている本の中には、そしてお前がその本を利用さえすれば、世界を破壊するとまでは言わずとも、何らかの形で改変することが出来るんじゃないか?」

 

「……」

 

 

 それは否が応でも行き着いてしまう当然の結論、当然の疑問。こんな場所で話すべきことでもないのかもしれないが、しかし彼女の持つ数多な異常を知ってしまった以上、これを見過ごすことなど達也には出来ない。

 そして達也は知っている。本のことに関していえば清冷詩織は教えてくれる。それはまるで、いつものように。

 

 

 

 

 

「…………ドラゴンボールの話?」

 

 

 

 

「違う」

 

 

 

 

 違う、そうじゃない。

 こういうところも相変わらずだ。

 

 

 

「ん……確かにそういう本はある。だからそれを使えばできないことはない」

 

「やはりそうか……」

 

「けど、別にそれは特別なことじゃないと思う」

 

「?」

 

「世界を壊す力なんて、誰でも持ってる」

 

「……どういうことだ?」

 

 

 思いもかけない彼女のその言葉は達也も理解することは出来ない。そんなものが普通ではない異常であることなど、誰の目にでも明らかだろうに。

 

 

「世界は誰にでも変えられる、国くらいなら誰にでも壊せる」

 

「それは理想論や根性論の話か?」

 

「現実的に。――だって今の時代、努力さえすれば誰でも原子炉で働ける。隙さえあれば誰でも政治家を殺せる。どんな情報でも簡単に漏らせる」

 

「………」

 

「この世界の何万人もの人が、そんなスイッチを持ってるんだよ。魔法なんか使う必要もない。本を読む必要もない。人差し指を少し動かすだけでそれを成せる」

 

「………」

 

「私もそれと同じ。原子炉を管理している人や、大臣の秘書をしている人達と同じ。違う?」

 

「………お前にとっては孫悟空も総理大臣も変わらないということか」

 

「悟空が外交とか出来るわけない」

 

「確かにな」

 

「けど政治の分野にも悟空くらい無縫な人はいる」

 

「そうかもな」

 

 

 だから戦略級魔法師であっても、軍人であっても、総理大臣であっても、彼女にとってさしたる違いはない。四葉だろうと九島だろうとホームレスだろうと、それはきっと。

 

 

「……清冷、何か本を貸してくれないか」

 

「ん、珍しいね」

 

「偶にはそういう気分の時もある」

 

「そっか……なら、今日はこれかな」

 

「何の本だ?」

 

 

 

「『乙女の彩る雪下の花園』」

 

 

 

「……タイトルはまともだな」

 

「人気小説だからね」

 

「それこそ珍しいな」

 

 

 そんな一般的に受けている人気小説をこの女が持って来るなど、あまりにもあまりにもである。まあそれこそ変な内容ではあるのだろうけれど、見た目だけならライトノベルのよう。表紙には可愛らしい女の子2人が描かれている。けれど画風は割と硬派で、アニメらしさというものはそれほどない。おとなしめなデザインである。

 

 

「どういうものなんだ?」

 

「主従恋愛モノって感じ。一年を通して雪が降り続ける"女学園"で出会った2人が、主従という関係から少しずつ信頼を築きあげて、恋愛関係になっていくっていう定番」

 

「ほう、どういう展開なんだ?」

 

「主人公は幼い頃に母親を亡くして父親も仕事で忙しかったから、家事全般が得意だった。それを見込まれて同級生のお嬢様に、寮生活におけるメイドとして雇われることになるところから話は始まる」

 

「学生の主従か」

 

「うん。主となった同級生は最初は本当に身の回りをさせるバイトとして、便利で大人しい主人公を雇っただけで、それ以上の感情はなかった。むしろ彼女は複雑な家庭事情や親との関係もあって強いストレスを抱えていて、その発散のために酷い扱いをしたりする」

 

「なるほど」

 

「それでも主人公は決して彼女のことを見捨てることはせず、献身的に働き続ける。もちろん互いに出会ったばかり、愛情も友情も存在するはずがない。……それなのに横暴な自分に対しても一切手を抜くことなく仕えてくれる主人公に対して、彼女も少しずつ心を開いていく」

 

「それは……良い王道だな」

 

「うん、この辺りの描写がとても良い。素直で直向きで優しい主人公の想いに、ストレスと罪悪感に押し潰されつつも確かに救われていく少女の気持ちの変化。それに伴って言葉遣いや態度も変わっていって、雪界の下で少しずつ愛情の芽が育っていく感じを、じっくり描いてくれる」

 

 

 主従による信頼関係、そうして少しずつ芽生え育てられていく愛情。仮にもガーディアンである達也としては少しだけ親近感を持ってしまう話であり、そんな素敵な小説なら読んでみたいとも思ってしまう。

 ……ただ問題は、何が変なのかという話。

 

 

「それで?何を隠している?清冷がそんなまともな小説を勧めてくる筈がない」

 

「……なんだと思う?」

 

「……挿絵が恐ろしいほど下手だとか」

 

「んー、そういうのじゃない」

 

「ならどういうことだ?」

 

「うん。タイトルを見た時点で業界の人なら直ぐに分かるんだけど……」

 

 

 

「この小説、元はエロゲなの」

 

 

 

「……………………………………………そう来たか」

 

 

 

「しかも女装潜入モノ」

 

 

 

「………………そんなジャンルがあるのか」

 

 

 

 世界は広い。

 色々なゲームがあって、色々なジャンルがある。

 

 達也だって知らないことはたくさんあって、これはその中の1つである。世の中には男性主人公が女装をして女学校に潜入するジャンルのエロゲというものもあるのだ。

 そしてエロゲの中にも性に乱れるタイプもあれば、愛情の表現として各ルートで1〜2回程度しかそういったシーンが存在しない硬派なタイプもある。これは後者だった。

 

 

「元々は名作エロゲとして有名だったけど、全年齢版としてリメイクされた。けど全年齢版はあんまり売れなかったから、今度は小説として出したら、これが爆発的にヒットした」

 

「……まあ言われなければ分からないかもしれないが」

 

「小説としての完成度が高過ぎたから仕方ない。主従として理想に近いってウチのメイド達も読んでたくらい」

 

「……」

 

「だからこの小説は実際にはただの主従恋愛モノじゃなくて、性別偽装主従恋愛モノなんだよ」

 

「いや待て、まさか雇い主は主人公が男であることを知らないのか?」

 

「知らないよ。だから同性に恋心を抱いてしまったことに苦悩するし、主人公も騙し続けていることに苦悩する。互いに愛し合っているのに、出来ることは手を繋ぐくらい。相手を不幸にするからと気持ちを伝えることも出来ずに……」

 

「……そうか、むしろその要素が2人の関係に更なる深みを与えているのか」

 

「ただそんな2人を引き裂くように家庭や学内の事情が押し寄せて来て、色々な壁が立ち塞がる。そしてそれを乗り越える度に絆は深まるが、どうしようもない溝だけが互いの間に在り続ける。それでも2人は最後まで手を繋いだままで居られるのか。真実を知っても関係が変わることはないのか。この恋は成就するのか。そもそもどうして主人公は女装することになったのか」

 

「……言っては悪いが、仮にも恋愛小説なのだし、結局は上手くまとまるだろう」

 

「達也、忘れないで。これの元はゲームだよ」

 

「っ、そうか……当然バッドエンドもあるという訳か」

 

「特にこのゲームはバッドエンドもノーマルエンドもグッドエンドも全部評価が高かったからね。作者としても読者としても、どのルートになっても良かった訳だよ。……だから本当に何もかもが上手くいくのか、ハッピーで終わるのかは誰にも分からない」

 

「そういうことか……」

 

「ちなみに私のオススメはバッドエンド」

 

「ゲームまでやったのか……一応聞くが、全年齢版の方だな?」

 

「………」

 

「おい」

 

 

 本当の意味で予測が出来ない。恋の行方が分からない。最後には成就しない可能性だって確かにある。……それはなるほど、原作をやったプレイヤー達だって気になって買ってしまうだろう。

 そしてそれを聞いてしまった達也もまた、割と普通に楽しみになってしまった。なんなら他の知り合いにも読ませたいと思うくらいに。

 

 

「ちなみに電子化はされているのか?」

 

「むしろ書籍の方は初版しか出てないから、割とレア物。基本は電子だよ」

 

「そうか、ならこれは返しておく」

 

「残念」

 

「……しかし、割とあるモノなのか?そういったゲームが書籍化されていることは」

 

「あるにはあるけど、ここまでヒットすることは珍しい。特にこのゲームは60年くらい前の作品だし」

 

「なに?」

 

「原作はもう骨董品扱いの作品だよ。『乙女』って付いてるエロゲは女装モノ、なんて風潮も当時のものだし」

 

「……つまり読者の大半は原作のことなど知る由もなく、オリジナル作品だと思い込んでいるということか?」

 

「60年経っても評価されるって考えると、夢があるよね」

 

「そう、かもな……」

 

 

 原作を作った人々は年代的にもう亡くなっているだろうに。まあそれでも死後にも愛される作品を作れたというのは嬉しいことなのかもしれない。

 いずれにせよ、この作品はまだ魔法というものがそれほど普及していない頃の作品故に、世界に全く魔法が存在しない前提で描かれている。ある意味そういった部分が新鮮というのもあるかもしれない。魔法師としては喜ばしくない影響を齎しそうではあるが……

 

 

「それで?他にも何か変な部分はあるのか?」

 

「……これは全年齢版のゲームでもそうなんだけど。明らかにこの後にベッドインするって展開で、読者的だってそうして欲しいのに、普通に添い寝とかし始めるから、感想やコメント欄の大半が『抱けーーっ!!!(血涙)』になってる」

 

「気持ちは分かるが無茶を言うな」

 

「事後を仄めかすくらいしても良かったとは思う、流石にチキン」

 

「それも全年齢版としてはどうなんだ」

 

「昔の野球ゲームとかでも売春を仄めかしたりヒロインが自殺したりしてるし、きっと大丈夫だよ」

 

「そっちの方が変だろう……」

 

 

 世の中は摩訶不思議。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という本を清冷に勧められたのだがな」

 

「はい、どうでしたか?」

 

「納得のクオリティだった、これは人気が出るのも頷ける。60年前の作品を書き直した人物の手腕も大きいだろうな。当初の偏見も崩された」

 

「お兄様がそこまで仰るなんて……私も後で読んでみたいと思います」

 

「ああ…………ところで話は変わるんだが、どうも文弥に聞いたところ、四葉の中にもこの本の愛読者が何人か居るらしい。布教をしているのだとか」

 

「え?四葉にですか?それはまた意外ですね、一体どなたが?」

 

 

「堤 琴鳴だ」

 

 

「……ああ、なるほど」

 

「葉山さんも『主人と恋に落ちるという従者としての在り方はともかく、良い作品ではある』と評した……なんて根も葉もない噂もあった」

 

「どうしてそんな従者のバイブル的な扱いに……」

 

「俺もそれには同意する」

 

「お兄様!?」

 

「確かに従者としての訓練を受けていない主人公は未熟で心構えも成っていないが、それでも主人に対する直向きな想いと敬愛については十分な評価をされるべきだろう。むしろ訓練をしていないにも関わらず、雇われただけの主人にあれほど愛を持って尽くせるというのは、従者としての美しさを感じざるを得ない。主人のためにと未熟を克服しようと懸命に努力を続ける姿にも好感が持てる」

 

「……あの、お兄様?もしかして言葉以上にこの作品のことを気に入っていませんか?」

 

「ガーディアンとしての在り方を考え直させられた、その自覚はある」

 

「そのままでいいですからね!?深雪はありのままのお兄様こそ素敵だと思います!」

 

「そうか……」

 

「どうしてちょっと落ち込んでしまうんですか!?これも全部清冷さんのせいです!」

 

 

 ……という話を聞いた清冷詩織は深雪に無言のダブルピースで返した。

 

 手元の紅茶が凍った。

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