魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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【私の信仰】

「あんな本を深雪に勧めるな」

 

 

「モンペ」

 

 

「そうか、あと3回転追加だな」

 

 

「あっ、あっ、ごめんなさい、やめて……」

 

 

「反省しろ」

 

 

「ああぁぁぁ………」

 

 

 ぷらーんと縄で吊るされた詩織を、クルクルと回転させる達也。とても可愛らしいお仕置きである。これには周りの者達も苦笑いをしながら見て見ぬ振り。

 むしろ深雪の借りたその本が気になって、そちらに集まっていくような有様である。やはり有害図書は人を惹きつける。規制しなきゃ……

 

 

「ぅぅ、気持ち悪い……」

 

「深雪の面倒を見ていてくれた事には感謝するが、絶望させてどうする。変なものを見せるな」

 

「面白いのに」

 

「それは否定しないがな」

 

 

「……あ、ほのかの告白は成功した?」

 

 

「…………気付いていたのか?」

 

「うん」

 

「……まあ、期待に添える答えは出せなかったがな」

 

「勿体無いね。ほのかなら達也に普通の幸せをくれるよ、今の世の中では珍しい人」

 

「……そうかもしれないな」

 

 

 夜の海で2人きり、誘われて部屋を出て。そんなシチュエーションを見てしまえば誰だって何が起きるか想像が出来る。

 幸いにも深雪は貸された本に夢中で気付かなかったけれど、それでもその告白が上手く行くと考えていた人間は少なかっただろう。達也がその想いを受け入れてくれる想像は、あまり出来なかったから。

 

 

「ほのかにも言ったが、オレは子供の頃の魔法事故で精神機能の一部を消されている。恋愛という機能自体が恐らくないんだ。そんな状態のまま応えられる筈がないだろう。相手がほのかで無くともそれは同じだ」

 

「そっか、ちなみに私も無い」

 

「………まあ、だろうな」

 

「事故も起こしてないのに……」

 

「そうか、清冷に比べたらまだ俺の方が人間だったということか」

 

「けど私は本に恋してるから」

 

「三十路の独身が使いそうな表現だな」

 

「呪う」

 

「やめろ」

 

 

 デコピン1発で沈む詩織はあまりにも哀れであるが、この女の「呪う」発言は本当に洒落にならないのでやめて欲しい。まあ人となりを知った今なら別に警戒することもないが。

 

 

「……でも、じゃあ達也は将来どうするの?」

 

「将来?」

 

「うん、深雪と結婚するの?事実婚?」

 

「そんな訳がないだろう。深雪を俺の存在で縛るつもりもない」

 

「なら生涯独身?」

 

「……そうだな、それでも構わないとは思っている。幸せになった深雪を見守りながら人の少ない場所でひっそりと研究に生涯を費やすというのも、俺なりの最終的な幸福の形なのかもしれない」

 

「分かる」

 

「……まあ、お前は分かるだろうな」

 

「実は沖縄の南部海岸沿いに昔もらった別荘がある。使わないのに維持費がかかるし、譲ってあげてもいいよ」

 

「急に魅力的な話を持って来たな」

 

「偶に掃除しに行くけど、のんびりしてて隠居におすすめ。空港まで車で30分かからないし、ショッピングモールも近い。あと家の裏手にある個人経営の食堂が安くて美味しい」

 

「そうか、後で資料を送ってくれ。検討したい」

 

「分かった」

 

 

 バッチリ話に食いついた達也。

 けれどこれは仕方ない、流石に乗る。

 これから先の将来のことについて考えられるほど今の状況は緩くないが、具体的なイメージを出されると夢想してしまう。

 

 基本は屋内で研究をしつつ、昼になったらいつもの食堂へ。海岸沿いを歩きながら気分転換をしたりして、必要になれば空港から各地に出向けば良い。

 時には深雪が自分の甥や姪と共にやって来て、楽しそうに海で遊ぶ姿を眺めたり、買い物や観光に連れていったりなんかして……こうして高校でできた友人を呼ぶのもいいだろう。静かで楽しい老後になる。

 

 

「いいよね、普通の幸せ」

 

「そうだな……」

 

「その隣にほのかが居る将来もアリなんじゃない?そういう形の恋愛もよくあると思うけど」

 

「……そういうものか?」

 

「うん、それとも間を取って私にしとく?」

 

「お前の何処が普通なんだ、何処の間を取ればお前が出てくる」

 

「優遇措置目当てに籍だけ入れておく形も世の中にはある」

 

「そんな形はお断りだ」

 

 

 悲しいことに恋愛感情が欠如している2人であるが、だからと言って普通の幸福を諦めなければならないという訳でもない。恋愛感情なんて曖昧なもの、別に無くとも生きていくことは出来るのだ。楽しく生きていくことは出来る。

 

 

「きっと大丈夫だよ、達也。恋愛感情が持てないっていうのは、まあ実質EDみたいなものだから。そんなに特別なことじゃないよ」

 

「………理屈云々は置いておいて、取り敢えず一回殴っていいか?」

 

「EDはよくてもDVはよくないと思う」

 

「家庭内ではないからセーフだ」

 

「せ、籍入れる……?」

 

「いや吊るす」

 

 

 そうして本日2度目の吊るし刑が始まった。

 悲しいかな。この女に抵抗の術はない。

 

 

「ああぁぁぁぁ……」

 

「吐くなよ、清冷」

 

「ひどい……」

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってことがあったの!!どう思う雫!?」

 

「……ん?」

 

 

 そんな2人のやり取りを実は隠れて見ていたほのかは、アイスを食べていた雫を自身の部屋に連れ込んで相談を持ち掛ける。

 だって悔しかったのだ。自分は意を決して達也に告白して、なんだかんだありつつも、それなりに良い雰囲気で纏めることが出来たのに。直後にあの2人の妙な関係性を見せつけられた。悔しい、とても悔しい。ほのかからしてみれば、2人の関係は何だか特別に見える。

 

 

「達也さんと詩織が結婚?…………税金対策とか?」

 

 

「本人達以外もそう思うんだ!?」

 

 

 まあ他の人からしてみれば、あの2人が結婚とかしたら間違いなく打算を疑うところから始まるのだが。

 

 

「うん……前も言ったけど、詩織は自立してるから。あの2人の会話が特別に見えるのは仕方ないよ。羨ましいなら、ほのかも自立するしかない」

 

「そ、それは、そうかもだけど……」

 

「それに気持ちを伝えて拒絶されなかった、それだけで十分だと思う。実はほのかが今一番前を走っているかもしれない」

 

「そ、そうかな……あんまりそうは思えないっていうか……」

 

「そもそも詩織は誰にでも『結婚する?』って聞いて来るから、考えるだけ無駄」

 

「え、なにそれは」

 

「あれは一生隣に居てくれる人が欲しいだけ。自分が子供を産めるとは思ってないから、男でも女でも気にして無い。私も言われた」

 

「えっ!?えぇ!?そ、それどうしたの!?受け入れたの!?」

 

「断った」

 

「そ、そっか……そっか……」

 

「なんで受け入れると思ったの……」

 

「い、いや、だって……2人とも仲良いし……」

 

「私はまだ人生捨ててない」

 

「その言い方もどうかと思うけど……」

 

 

 まあ実際これと同じことを詩織はエリカにも言っているのだし、断られたからと言って何か反応を示すわけでもない。本当にただそれだけの質問であり、気にするだけ無駄なことではある。

 つまり達也に対しての言葉もそれと同じなのだから、考えるだけ無駄なのだ。達也だってそれはよく分かっているはず。問題は周りの聞いている全員がそうではない、ということくらいで。

 

 

「でもほのかがそんなに気になるなら……」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「え?お兄様と詩織が結婚?…………何か都合の良い制度でもあるのかしら」

 

 

「みんな同じ反応する!!」

 

 

 ということでお呼びしました、実の妹。

 なんだか若干面倒くさくなって来た雫は、ここで爆弾を投下する。こっちの方が面白いから。親友の告白も一応は成功(?)したのだし、少しくらい遊んでもよかろう。

 

 

「ま、まあ私としては意外と相性が良さそうな気はしないでもないけど……2人はどちらかと言うと『悪友』って感じじゃないかしら。『腐れ縁』みたいな」

 

「悪友の『悪』は間違いなく詩織の方」

 

「まあそうね」

 

「酷い言いよう!?」

 

「偶にサラッと悪夢みたいな本を貸して来るし……」

 

「ほんとうにね……」

 

「実感こもってる!?」

 

 

 なんなら深雪はつい先程までその酷い本を読まされていたのだから、それは実感もこもるだろうよ。結局それを読む手が止まらなくなってしまうのだから、よりタチが悪い。面白いのは間違いないという悪質さも。

 

 

「分かった、ならほのかも同じ目に遭えば良い。それで私たちの気持ちが分かる」

 

「そうね、それが良いわ」

 

「何も良くないよ!?」

 

「ちょうど詩織に借りてる酷い本がここにある。又貸しになっちゃうけど、はい」

 

「え、え、えぇ……?」

 

 

 分からないのなら被害者になれ。

 そうすればこっちの気持ちも理解できる。

 

 そんな親友としてあるまじき酷い思考の元に手渡された一冊の本。いつもは貸し出される本については詩織が直接解説してくれるが、今回はそれを雫が行う。そういう日もある。

 

 

「へぇ、これは私も見たことがないわ。何の本なのかしら」

 

「『儚き人々へ贈る信仰の唄』、ホラー系の小説」

 

「ホ、ホラー!?……うぅ、なんでそんな物を」

 

「詩織が勧めるってことは間違いなく変な本なのでしょうけど……雫は読んだのよね?どうだったの?」

 

「神様が怖くなった」

 

「意外とシンプルな感想……」

 

「単なる怖い本ってことかしら」

 

 

 

「2度と"神頼み"なんか出来なくなった」

 

 

 

「こっわ!?!?」

 

「トラウマ植え付ける類の本なのね……」

 

 

 いやまあ小説のタイトルからしても信仰と付いているのだし、そういう類のものなのだろうけれど。それに彼女のことなのだから事前に本の恐ろしさは周知しているとは思うが、それでも読み終えたらしい雫の目は虚ろである。つまり忠告にあまり意味はない。

 

 

「この本の作者は40年くらい前の死刑囚、獄中で書き上げたらしい」

 

「へ、へぇ……」

 

「著者は海外旅行中にとある宗教の過激派組織によるバスジャックで妻と娘を失ってる。そのバスはそのまま政府機関に突入して爆散、乗客の生存者はゼロ。日本人も巻き込まれたテロとして当時は相当な騒ぎになったらしい」

 

「「………」」

 

「著者が凶行に及んだのはそれから5年後のこと。日本に戻っていた彼は国内における新興宗教の本殿5箇所を手作りの爆弾で事前予告なしに同時起爆。その後に献金を受けていた野党議員を刺殺、死傷者40人を超える大事件として記録されてる」

 

「「う、うわぁ……」」

 

 

 大事件も大事件、当時の日本において宗教に対する考え方を考え直すこととなった一件である。けれど同時に犯人の経緯を知り、八つ当たりだとか、賞賛だったりとか、色々な意見もまた吹き上がった。

 

 

「そんな人が書いた本ってなると……宗教に対する憎悪、みたいな?ネガティブな内容とか」

 

「うん、そんな本。それだけの本。……の筈だった」

 

「筈だった?」

 

「この本は異常性を失った普通の本。簡単に言うと、詩織が異常性を打ち消した後の本」

 

「う、うわぁ……」

 

「ああ、そういう……」

 

 

 それだけの大事件を起こしたのだから、犯人も少しは満足しただろう。……というのは、こちらの勝手な思い込み。そんな筈がない。そこまでやっても、彼の家族を殺した者達に対する憎悪が収まることはなかった。その全ての憎悪が、この本には刻まれていた。

 

 

「元々この本の異常性は、今から10年前の彼の死後を境に、日本国内における凡ゆる宗教報道に対する国民の反応が過激化していることが発端として見つかった。つまり日本人が無意識的に持っていた宗教に対する不信感が統計として現れる程度に煽られていた」

 

「それは……単にそれほどのニュースだったからなのでは?」

 

「それもある、だから誰もがその程度に考えていた。詩織がそれに気付かなかったら……って言うか、もう半分手遅れだった」

 

「て、手遅れって、具体的には?」

 

「出版後の5年間で幾つか宗教と外国人への規制法案が通ってる。この影響で国内の宗教団体が7つ破綻してるし、幾つかの寺院の維持が困難になって、外国人移住者が2割減ってる」

 

「そ、そんなに!?」

 

「けど数字としては出版された本による風潮として考えられる範囲……それがオカルトによるものなんて誰も思わない」

 

 

 もしそれについて詩織が気付いていなかったら、今頃はより排斥の風潮は増していたかもしれない。それが大きな印象として残ることがなかったのは、誰の頭にも今や朧げにしか記憶に残っていないのは、詩織のタイミングと周囲の努力によるものとしか言えない。

 

 

「……こういうことが定期的に起きてるってことよね?」

 

「清冷さんはそういう処理をいつもしてるってこと……?そんな、国家規模のオカルト現象を?」

 

「詩織は『行き過ぎてたから止めた』って言ってた」

 

「行き過ぎてた?」

 

「ある程度は良かったんだって。実際にそれでマフィアの隠れ蓑になってた新興宗教が潰れて、国内における外国人犯罪率は低下してたから。そこで満足していれば手を出すつもりはなかったって、尊重するつもりだったらしい」

 

「……」

 

「けど流石にやり過ぎたから無力化した。だから今この本に残ってる力は精々、読んだ相手に"神"という存在の本来の在り方を思い出させるくらい……だったかな」

 

「……それはそれで怖くないかな?」

 

「無力化できてるのよね……?」

 

「多分」

 

 

 詩織はそう言っているし、雫も読んでみたが別に本当に神が怖くなったという訳ではない。そこから導かれる意味とは、意図とは、その辺りを考えると……

 

 

「……著者が本当に怒っていたのは、宗教ではなく宗教を利用した人々なんじゃないかしら」

 

「え?それって……」

 

「ええ。詩織が本を完全に無力化せずに、そんな力だけ残したのには意味があると思ったの。というか、治安のことについて詩織がそこまで考えてたとは思えないから、九島老師あたりの助言があったんじゃないかしら?」

 

「なるほど……」

 

「つまり詩織が本に残した力は、きっと著者が本当に残したかった意思……」

 

「それはもしかして……家族を奪った"宗教"への憎悪ではなく、神を利用して好き勝手する"人間"への憎悪?」

 

「ええ、もしかしたら彼自身も何かしらの神を信仰していたんじゃないかしら?そう考えるとほら、この小説のタイトルにも納得がいかない?雫が怖くなった"神頼み"なんて行為も、本来は間違った行為……なんて解釈もあるくらいだし」

 

 

 だから清冷詩織は完全に本を無効化したのではなく、あるべき姿に戻したと言うべきだ。彼がその本を憎悪だけではなく、『神との向き合い方について考え直して欲しい』という理念の元に書いたことだけは確かだったから。自分自身に捻じ曲げられていた理念だけを、憎悪から救った。

 そんな風にも考えられる。

 

 

「ただ……その話を聞くと2点、気になるところがあるのよね」

 

「2点?」

 

「ええ。まず1つ目として、まさか雫が今持ってるその一冊だけが呪われてた訳ではないでしょう?全国各地に散らばってる筈の全ての本に、詩織はどうやって干渉したのか……」

 

「……ま、まあ、そこを考えると、そもそもどうやって無力化してるのかって話にもなるし」

 

「それと2点目。……雫の持ってるその本。もしかして市販に出回ってる印刷物じゃなくて、著者が最期まで手元に持っていた特別な一冊だったりしない……?」

 

 

「「…………あっ」」

 

 

 

 そう、考えてみれば。

 もし雫が実感出来るほどに異様な効果を発揮しているその本が世間で出回っていたのなら、もっと話題になっている筈だ。しかし実際にはそうなっていない。

 

 つまり、今この場にある一冊だけが異常なのだ。

 

 そこが勘違いだった。

 

 じゃあ何故異常なのか、異常性が強いのかを考えると……もうそうとしか考えられなくて。そういうことなら全ての書物を無力化するための起点ともなり得るのだし。

 

 

 

「……深雪、ほのか」

 

 

「う、うん」

 

 

「今から詩織を殴ってくる」

 

 

「あ、あははは………」

 

 

「これは流石に……自業自得ね……」

 

 

 

 誰も助ける者は居ない。

 詩織は達也に吊るされたまま、雫によってしばかれるという悲しい最後を送るのだ。

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