魔法科高校で変な本ばかり読んでる女の話   作:ねをんゆう

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【愛に溢れた世界】

「詩織、今日こそは負けない」

 

「今日も勝つ」

 

 

 

「「じゃんけん………ぽんっ」」

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 

「また……負けた……?」

 

 

「ん、雫の奢り……私は"宇治金時アイス練乳あんこ乗せ"、雫が"濃密メロン果汁100%かき氷"で」

 

「少しだけちょうだい……」

 

「三口あげる」

 

「優しい……」

 

 

 

 

「……え、なんですかあの癒し空間」

 

「ほんとにジャンケン勝負してるんだ……」

 

「まあ、うん、2人とも雰囲気は似てるけどさ」

 

「見てる分には平和でいいじゃねぇか」

 

「ずっとあの調子だと良いんだがな」

 

「そもそもあれ、清冷さんが1人で食べきれないだけではありませんか?食べ残しが雫に行くだけでは……」

 

 

 海の家のパンフレットを端末で見ながら、どちらがどのカキ氷を注文するのか。そして奢るのかをジャンケンで決めようとしている雫と詩織を見守る。

 

 今は雫の父親を待っている時間帯。

 

 詩織はどうやら、行くかどうかはさておき、観光地やグルメにもそれなりの興味自体はあるらしく、割と楽しそうにパンフレットを見ている。

 ……もちろん表情はそれほど変わらず、あくまで雰囲気だけだが。そもそも1人でかき氷を1つ食べられるかどうかも怪しい所。

 

 

「……あ、お父さんが詩織のこと呼んでるって」

 

「ん、行ってくる。みんな少し待ってて」

 

 

 とは言え、今日の本題はそこではない。詩織が今日ここに来たのは、取引という点が大きいのだから。

 事前にエリカには話してあった心霊現象を引き起こす本と、あのエリカが散々に馬鹿にされた本。それを交換しなければならない。

 

 

 

 

「……で、引き取って来た本がコイツなのか」

 

「うん、『消えた炭鉱夫達の奇跡』っていう小説。これ自体はかなり古いけど普通に面白い、電子化もされてる」

 

「へぇ、でもこれが心霊現象をね……僕としては気になるところだけど、見たところ特に不審な点は見当たらないかな。柴田さんには何か見えないかな」

 

「……なにか、こう、半透明のオーラみたいな物が微妙に見えるような、見えないような……見てると気のせいな気もしてきて……」

 

「取り敢えず既存の魔法と別系統の何かなのは分かった」

 

 

 場所は変わって北山家のプライベートビーチ。

 ここには自分達以外の人の姿は殆どなく、そんな所にパラソルを引いて早速ゴロゴロしながら厳重に保管した本を眺め始める怠惰な詩織の姿。

 

 そしてまさか心霊現象が起きる本があるだなんて、これを気にならない学生もおるまい。海を背中に友人達も集まってくる。

 

 

「しかし清冷、その本はどうするんだ?また倉庫の中にでも押し込むのか?」

 

「ん……本当はこのまま残しておきたいけど、流石に可哀想だから。持ち主の故郷のお寺に持ってく。それでもどうにもならないなら、手荒な真似をする」

 

「手荒な真似……」

 

「書きかえる」

 

「それは手荒だな……」

 

「書き換えるとどうなるんだい?」

 

「書きかえるんだよ」

 

「……?」

 

「……清冷、それは中身と共に存在そのものを書きかえるということか?」

 

「……?それ以外に何かあるの?」

 

 

「「「………」」」

 

 

 この本に意思があるのかどうかは分からないが、もしあったとしたら恐怖で震えているのではないだろうか。大人しくしなければ人格を書き換えて無理矢理に言うことを聞かせるぞ、と言われているのだから。

 まあ慈悲と言えば慈悲はあるのだろう。ただその一時しか与えてくれないだけで、与えてくれるだけ優しいのだが。

 

 

「まあそんな話はさておき!詩織!あんたの水着もみんなに見せたげなさい!」

 

「?」

 

「せっかく選んであげたんだから!ほらほら上着脱いで、見せなさいっての!」

 

「雫より貧相な私の身体なんて見ても誰も楽しくない。ほのかを見せつけるべき」

 

「ふえっ!?」

 

「は?詩織、立って」

 

「う……」

 

「今サラッと私のことを引き合いに出したのが許せない、詩織も同じ目に遭うべき」

 

「うあ……」

 

 

 雫に無理矢理立たされて、エリカに着ていた上着を剥ぎ取られて、詩織はその水着を披露する。

 九校戦の際にもフォーマルな姿を見せていたし、制服の姿しか見たことがない故にギャップを感じたものであるが。……今回もまた普段のイメージもは異なるものであった。

 

 

「か、かわっ!?」

 

「これは……エリカちゃん、もしかして麦わら帽子も一緒に?」

 

「もちろん、なんか嫌がるけど。ほら被ってなさい」

 

 

「うみゅ」

 

 

「……何と言うか、清楚だな」

 

「ええ。私も意識したのですが、これを見ると少しだけ悔しく思います」

 

「詩織、そのチョイスは狡いと思う」

 

「雫の水着も可愛い、子供みたい」

 

 

「沖に沈める」

 

 

「ぅぐ……達也助けて、殺される」

 

「今のはお前が悪い」

 

「ほのか、ボート」

 

「う、うん……」

 

「あぁぁ………」

 

 

 真っ白なワンピース型の水着を着た詩織は、麦わら帽子を被ったまま、雫にボートへ向けて連れて行かれる。彼女はこのまま沖まで運ばれて沈められるのだろう。可哀想に、自業自得である。……流石に冗談だが。

 

 

「そ、そんなこと言ったらエリカの水着の方が面白くない」

 

「な、なにおう!」

 

「エリカは体育中にブルマをはいたり、プライベートビーチで競泳水着を着たりしてる。センスより前に常識を疑う。エリカこそ着飾るべき」

 

「まあ、正論ね」

 

「確かにな」

 

「他人の物は選べるのに……」

 

「自分が着るとなると途端にね」

 

「チキンになる」

 

「ラインが変」

 

 

「こ、この……!みんなして好き勝手言うじゃない……!」

 

 

 ここぞとばかりに指摘を受けるエリカは、しかしその通り。彼女のファッションセンスは普通に良いにも関わらず、どうにもそれが自分のことになると一線を引いて逃げるような所がある。

 もちろん時々それらしい可愛い服装もしてくるのだが、それに気づかれると途端に恥ずかしがるのだから。容姿も良くて似合っていると誰もが思っているのに。

 

 

「ええい!もういいから、詩織!さっさと海に行くわよ!」

 

「え……」

 

「詩織、海に行くよ」

 

「や……今日はこのまま砂浜でゴロゴロ……」

 

「清冷さん、せっかくの海なのにそんなことを許して貰えると?」

 

「……泳げない」

 

「達也君!浮輪!」

 

「ああ、準備は出来ている」

 

「みんなが私をいじめる……」

 

「はいはい」

 

 

 さて、言うまでもないが。

 清冷詩織の水泳能力はカスである。

 

 それでも一応は人間なので水に浮くことは浮くのだが、そんなに浮かない。バタ足は10m程度で身体に限界が来る。クロールは三掻き程度で筋肉痛だ。なんならその前に息が続かなくて助けを求め始める。それを放置すると死ぬ。死ぬ。

 

 故にこうして達也が事前に準備をしていた浮輪を常に身に付けさせて、その上でボートに乗せなければならない。10秒目を離したら死にかねない人物である。赤ん坊と変わらない。なんなら浮輪をしていてもボートから転落したら、そのまま海底に沈んでいく可能性もあるかもしれない。あまりに雑魚。

 

 

「……かふっ」

 

「……詩織、アンタちょっと私の腕に捕まってなさい。このまま浅瀬に戻るから。ボートの上でさえアンタを沖に連れて行くのは怖過ぎるわ」

 

「ぅ、レオと幹比古もありがと……」

 

「お前な、なんであの短時間であそこまで流されるんだ。かなり探したぞ」

 

「水の流れに全く逆らってなかったからね……されるがままだった」

 

「雫は……?」

 

「アンタがこっちで溺れてるのと同時に、向こうで"ほのか"が溺れてたのよ。達也くんが助けたみたいだけど、まあそっちも色々あったみたい」

 

「……?」

 

「うん、とりあえず陸に行くわよ。浅瀬で遊びましょう」

 

「浅瀬でさえ波に攫われそうだけどな……」

 

「彼女はプールの方が良いかもね……」

 

「それも子供用のな……」

 

 

 ということで、清冷詩織の海水浴は終了。

 

 その間、僅か8分。

 

 詩織はそのまま丁重に陸に届けられると、まるで定位置のようにパラソルの下に格納された。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「大変そうだね、深雪」

 

「……本気で溺れて死にそうになってた人にそう言われると、流石に返せる言葉が。清冷さんは大丈夫でしたか?」

 

「うん、まだ生きてるから」

 

「そ、そう……」

 

「それとそろそろ、詩織って呼んで。もっと気軽で良いよ」

 

「……ええ、そうね。そうするわ」

 

 

 ゴロゴロとしながら手持ちの本を読み始めてしまった詩織の横に、少しだけ機嫌の悪そうな深雪が座る。

 (意図的に)溺れてしまった"ほのか"を助ける際に、誤って水着の下まで見てしまうという事故を起こした達也。彼は今その謝罪として思うがままに"ほのか"に付き合わされている訳であるが。

 まあ兄大好きの深雪からしてみれば、そんな現状は全く面白くないのだろう。しかし事情が事情なだけに口を挟むことも出来ず、ここに来たという訳だ。清冷詩織ならこの気分を晴らしてくれるような、気を逸らしてくれるような何かを持っているのではないかと。そう思って。

 

 

「幸せだね」

 

「え?」

 

「今の時間は、すごく幸せ」

 

「……まあ、楽しくはあるわね」

 

「こんな夏の夏らしい時間なんて、なかなか味わえない」

 

「そう、なのかしら……」

 

「うん、世界中の誰もがこんな時間を味わえる訳じゃない。こんな日々に憧れて、こんな日々を恋焦がれて、手を伸ばしたくても伸ばせない人達がたくさん居る」

 

「……?」

 

「だから体力付けないとね」

 

「そ、それはそうね」

 

 

 また訳の分からないことを言い始めた彼女だが、体力を付けるというならそれは良いことだ。まあ彼女が努力したところで何処まで改善されるのかは怪しいところだが。今日のように簡単に死に直面するようなことは避けたい。

 

 

「深雪も本、読む?」

 

「……何か面白いものがあれば」

 

「それなら……はい、これ」

 

「これは?」

 

 

「『愛で作られた世界 -1巻-』」

 

 

「……珍しくシンプルな題名、普通の小説かしら?」

 

「ライトノベルかな」

 

「へぇ、どんなお話?こういうのを読むのは初めてかもしれないわ」

 

 

 いつもの変な本とは違うような気がするが、しかしこれまでも題名は普通でも中身が異様なものだっていくつもあった。さて、では今回はどんな変な本だというのか。

 これまでの経験から色々と予想は出来るけれど、流石の深雪もライトノベルには知識があまり無い。まさか予言書だったりはするまいし。

 

 

「話の内容は、魔王を倒すために勇者が旅をしている所から始まる。設定自体は典型的だから分かりやすいと思う」

 

「……それだけ?」

 

「うん、それだけ。魔王を倒すために勇者が多くの困難に打ち勝ち、歩みを進めて行く」

 

「……本当にそれだけ?」

 

「うん」

 

「……え?」

 

 

 割と題名は不穏なのに?

 あの清冷詩織がお勧めして来たのに?

 

 いやいや、まさかそんなことはあるまい。

 

 これだって実は内容が全て独自の言語で書かれた本とかに決まっている。若しくは横から読んでも成り立つ本だとか。

 

 

「ええと……面白いポイントとかはあるのかしら」

 

「うん。基本的に読んでる読者へのダメージが酷い」

 

「……読者へのダメージ」

 

「うん。自殺者が出てるくらいエグい」

 

 

「…………自殺者!?」

 

 

 なんか突然怖い話が出て来た。

 ライトノベルで自殺者?なぜに?

 

 

「この小説は読みやすい、とても読みやすい。すらすら読める。勇者は強いし基本的に苦戦することは少ない。難しい言葉も少ないし、テンポが良い。この分厚さの小説とは思えないほどの短時間で読める」

 

「……そ、それで?」

 

「ただ中身があまりにも毒」

 

「毒!?」

 

「本当に酷い、どんな環境で生きたらこんな小説を書けるのかってくらい酷い。具体的に言うと読者の大半がギブアップしたせいで売り上げが落ちて途中で打ち切られたくらいに酷い。アニメ化も深夜枠で検討されてたけど結果的に実現しなかった。全13巻」

 

「そんなものを服毒させようと!?」

 

「通称:文字で摂取出来る猛毒」

 

「どんな小説ですか!!」

 

 

 単なる小説程度でそうはならないだろう、悲しいお話であってもそこまでにはならない。そもそも、どう言う意味で酷いのかによって捉え方も変わる。

 

 

「あの……具体的にはどんな風に酷いの?」

 

「基本的に物語の登場人物はみんな優しくて善良、過酷な世界の中でも誠実さを失っていない。ただ酷いのは、この世界においては何故か何もかもが噛み合わない」

 

「……?」

 

「倒せなかった魔物が狂乱状態で村に乗り込む……だけならまだしも、幼馴染の少女が命を落とす」

 

「……ま、まあ、悲しい話だけどその程度ならいくらでも」

 

「それなのに誰も勇者を責めることなく、少女の親でさえ恨んでくれることなく優しく慰めてくれる。別世界の記憶を持つ勇者はそれに酷く苦悩する」

 

「……」

 

「それから勇者への愛を綴った日記を手渡されて、旅に出るのをやめて少し休むように周りの人達が配慮してくれる。勇者を傷付けないように村の人達で魔物の討伐を密かに続けて、彼に頼らなくても生きていかないといけない、悪いのは弱い自分達だった、と奮起し始める」

 

「……」

 

「けれど勇者は選ばれた存在、いつまでもこうしてはいられない。守られるだけではいられない。立ち上がった勇者は以前に敗れた魔物に再挑戦し、それを見事に討ち果たした。そうして村の人々に見送られながら、新たな町へと進む」

 

「はぁ……」

 

 

「3日後にその村が滅んだという知らせを受けた」

 

 

「……んん!?」

 

 

「急いで戻った村で勇者が見たのは、死んだ筈の幼馴染がアンデッドになって村人達の遺体を貪っている光景。傷ひとつなく」

 

「……あの」

 

「アンデッドになって蘇ったのは死んだ友人や親族達。村の人達は遺体とは言え傷を付けられなかった。なんとか元に戻せないか、無駄な足掻きをしていたらしい。……そんな奇跡は起きずに全滅したけど」

 

「す、救いとかは……」

 

「この小説に救いなんてないよ、大体こんな感じ」

 

「そんなあっさりと……」

 

「人の優しさや絆さえも毒になる。主人公補正も神の奇跡もない。何もかもが掛け違えて、あと一歩が届かない。救った相手が悪意なく災厄を振り撒くし、殺すべき相手を殺せず地獄を産む。手に取った選択肢が全て間違いで、悲劇が連鎖する。それなのに誰もが勇者を尊び、敬い願う。そうして数多の血と涙を流しながら、勇者は少しずつ世界を取り戻して、また感謝されてしまう」

 

「……も、もう少し手心とか」

 

 

 言うまでもなく、少しずつ壊れていく勇者。けれどそんな彼もまた救われる、人の優しさによって。人の優しさに傷付き、人の優しさに救われる。

 怒ってくれる人も悲しんでくれる人も、全てはそんな勇者の心を察して。善意と優しさという顔の上に薄っぺらい悪意を貼り付けて、人々は彼を支える。倒れることのないように、折れることのないように、まともで居られるように。いつの日か必ず笑顔で幸福になれる時が来るように。

 

 優しさと善意で、この悪意に満ちた世界で生かせようとする。

 

 死体の山の上で幸福で居ろと願う。懇願する。

 

 自ら進んで山の一部に成り果てながら。

 

 

 

 

 

 

 

「あの……主人公以外で初めて共感出来たキャラが魔王だったのだけど……こんな世界守る価値あるのかしら……」

 

 

「え、なんか深雪が恐ろしいこと言い始めたんだけど……」

 

 

「けど優しい人達ばかりだよ?」

 

「分かって言ってるわよね?詩織、その一言は完全に私を攻撃しに来てるわよね?」

 

「詩織、あんた今度は何を貸したのよ。深雪の目から光が消えてるわよ」

 

「達也に怒られる」

 

「分かってたのならそんなもの貸すな」

 

 

 

「はぁ、魔王には頑張って欲しいわ……こんな世界サクッと滅ぼしてあげて……」

 

「なお無敗の勇者」

 

「いくらなんでも強過ぎないかしら、何であの状況から生き残って敵を殲滅出来るの?敵も味方も生存者ゼロはもうただの地獄で……」

 

「それでもこの世界は愛で作られてるから」

 

「素材が愛でも完成品が地獄なんだから何の意味もないじゃない……」

 

 

 この日、深雪は少しだけ大人になった。

 

 詩織は達也に吊るされた。

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