このすば*Elona 作:hasebe
これは、ウィズとゆんゆんが温泉巡りを行っていた時の一幕である。
「ウィズさん、恋バナとかしてみませんか?」
「鯉花? すみませんゆんゆんさん、それってどういう花なんでしょう? 寡聞にして知らないのですが」
頬に人差し指を当て、不思議そうに首を傾げるウィズにゆんゆんは苦笑した。
「そうじゃなくて、その……女子トーク、的な感じで。お友達って恋バナをするものなんだそうです」
「あ、ああっ、なるほど、そういう意味でしたか。……恋バナ……」
「駄目、ですか?」
「勿論駄目なんかじゃありませんよ。ただ大変お恥ずかしい話なんですが、実は私、そういうのをあまり考えた事が無かったものなので」
「そうなんですか?」
若干の驚きと共に聞き返す。
「はい、現役時代のパーティーメンバーは皆くっ付いたりいい雰囲気だったりしたんですが、どうにも私にはそういう浮いた話も縁も無くって……」
力なく笑うウィズのそれは、非常に意外な発言であった。
同性であるゆんゆんから見ても、ウィズは非常に魅力的な女性だからだ。
異性が放っておかないだろうと思う程度には。
「でもそうですね、私にも好みというか、希望はありますよ」
「といいますと?」
「年齢や素性は気にしないですから、やっぱり一緒にいて落ち着く人がいいですね。こう……子供みたいに思いっきり甘えてみたくもありますし、私を護ってくれる人にもちょっと憧れたりします」
現役の頃はそういうのは無かったですから、と苦笑しながらも、かつては氷の魔女と呼ばれ、天才アークウィザードの名を恣にし、今はしがない魔法道具屋の店主である
「あとは……私におかえりなさいって言わせてくれる、
目を瞑って、噛み締めるように言の葉を紡ぐウィズは、まるでここにはいない
「ところで、ゆんゆんさんはどうなんですか?」
興味深々といった風に問いかけてくるウィズ。
いかに彼女が強い力を持った存在であろうとも、ここら辺は一人の女性に変わりないのであった。
「私は、その……物静かで大人しい感じで、私がその日にあった出来事を話すのを、隣で相槌を打ちながらちゃんと聞いてくれるような、優しい年上の人が……」
「あらあら、もしかして気になる方がいたりしちゃったりするんですか?」
「そ、そういうわけじゃないんですけど……」
ここぞとばかりに女子トークに花を咲かせる両人は気付いていないが、奇しくもゆんゆんが要求する条件を完璧に満たす相手が彼女のごく身近にいたりする。
物静かで大人しく、ニコニコと微笑んでゆんゆんの話を聞いてあげる優しい年上の人。
言わずもがな、ウィズの事である。
「ずっと気になってたんですけど、お二人はどういう経緯でお知り合いになったんですか?」
楽しげに女子トークを続ける中、何を思ったのか、ゆんゆんが突然そんな事を言い出した。
キョトンと呆けた顔のウィズ。
「えっと……二人っていいますと、私と……」
問いかけというよりは、むしろ確認に近いその言葉に首肯するゆんゆん。
勿論ゆんゆんが言ったのは、ウィズとこの場にいない、ゆんゆんの師匠にしてウィズの友人であるあなたの事である。
「もし良かったら、お二人の馴れ初めとか聞いてみたいなあ、なんて……」
「なっ、馴れっ!? 違いますよゆんゆんさん! 馴れ初めって、私と彼は
語るに落ちるとはまさにこの事か。
バシャバシャと湯船に手の平を打ちつけて暴れるウィズの顔が真っ赤になっているのは、決して温泉のせいだけではないだろう。
そしてウィズが腕を振るたび、湯の中でぽよんぽよんたゆんたゆんと別の生き物のように元気よく揺れるそれが嫌でも眼に入る。彼我の女子力の違いをまざまざと見せ付けられた気分になった。
無性に不貞寝したくなったが、温泉の中ではそれも叶わない。ジーザス。
駄目だ。この思考は大変よろしくない。ゆんゆんは再度澱み始めた精神を漂白する為に湯船に沈む。
「
「ど、どうしたんですかゆんゆんさん!?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「ゆんゆんさん!? ゆんゆんさーん!!」
ウィズが声をかけてくるが、水の中では何も聞こえはしない。
興味本位から余計な事を口走った自分のせいとはいえ、とてもではないが本心を声に出さなければやってられない気分だった。
■
ほぼ同時刻。
奇遇にも、あなたは友人にして同居人であるウィズと初めて出会った時の事を思い返していた。
あなたがこの世界に来て殆ど時間が経っていない時期の事。
二度目の駆け出し冒険者として幾つかの依頼を終え、それなりにまとまった資金を手に入れたあなたはこの世界のアイテムを蒐集すべくアクセルの道具屋や武器屋を巡った。
しかしアクセルは駆け出し冒険者の街である。
どの店にもよく言えば無難で、悪く言えば面白みの無い物しか売っておらず、これならばノースティリスでも普通に手に入ると少なからず異世界特有の物品に期待していたあなたを大いに落胆させた。
旅費は十分に稼いでいたので、テレポート習得前だったがさっさと別の街に拠点を移そうかと考えたあなただったが、そこで一つの魔法道具店の存在を知る事になる。
アクセルの街の一角にぽつんと立っている、マジックアイテムを販売している小さな店。
その名はウィズ魔法店。
今こうして思い返しても、運命の出会いであったと断言出来る。
――いらっしゃいませ!
――そちらの棚は爆発ポーションの棚になってます。私のイチオシの品なんですよ。
――か、買っていただけるんですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!
――お願いします、私がリッチーである事は街の皆さんにはどうか秘密に……。
あの日からかなりの時間が経ち、ウィズは両手の指の数に足りない人数しかいない、あなたの掛け替えのない友人の一人となった。
よもやこのような異邦の地で友人が増えるなど、更に当初は貧困に喘ぐ貧乏店主と客の一人でしかなかったあなた達の関係がこうも大きく変化するとは、当時のあなたは予想だにしなかった。
……そう、全く予想していなかった。
「何を梃子摺っているの! 相手はたったの二人なのよ!?」
「全く我等のボスは無茶をおっしゃる!」
「二人とも魅了が効かない、麻痺が効かない、睡眠が効かない。オマケに障壁魔法はワンパンで粉砕されるとか何これひっどい。とんだインチキだわインチキ」
周囲で半裸の女達が何かを言っているが、それどころではない。
慰安の為に訪れた観光地でこんな痴女の群れを相手にしなければならないなど、全くの予想外である。
あなたは無性にウィズに会いたくなった。
「くそ、複数相手の対人戦が久しぶりすぎて勝手が分からん……というかやけに強くないかこいつら!?」
日頃終末で竜種と巨人を相手にし続けているせいか、ベルディアの動きはどこか精彩を欠いている。本来であれば苦労しない相手の筈なのだが、近寄ってきた女を投げ飛ばしたりするくらいで全くノックアウト出来ていない。更に激しい動きで着ている浴衣はあなたと違い若干乱れてしまっており、それがまた女達の視線を釘付けにしていた。
「なんという熱視線。凄く嬉しくないぞ」
「あれ? もしかしてパンツ穿いてない?」
「穿いてるに決まってるだろ!!」
彼の不調は相手が殺意も戦意も無い女達というのも関係しているだろう。魔王軍で幹部をやっていた時も、彼は非戦闘員には手を出さなかった事で有名だ。
「っていうかいい加減ご主人も真面目にやれ! このままだと俺が食われるだろ! 性的な意味で!」
ベルディアから泣きが入った。手抜きしていたのがばれていたらしい。
しかし素手ではみねうちが使えないため、手加減が難しいのだ。
現実逃避を終え、ベルディアの言うとおりにそろそろ真面目にやるかと考え始めた所で、比較的幼い子が目に涙を滲ませ、前に出てきた。
少女は祈るように手を合わせ、その場に跪く。
「お兄ちゃん……どうしてこんな酷い事するの? 私達はただ、お兄ちゃん達と仲良くしたいだけなのに……」
「うっ……」
当然だが、彼女はあなたの妹ではない。
弱々しく、男の庇護欲を掻きたてずにはいられないそのあざとさ全開の仕草は特殊性癖の男でなければ良心が痛む事請け合いである。
現にベルディアが気まずそうに彼女から目を背けた。効果は抜群だ。
しかしそれは、あなたにとっては悪手以外の何物でもない。
むしろ全力で地雷である。核地雷である。
彼女はそれを盛大に踏んでしまった。
《オマエをコロス! フシギなマホウでコロス!》
「ヒッ!?」
案の定、自身の
虚空から突然出現し、凄まじい勢いで飛来するルビナス製の包丁を間一髪の所で回避する少女。包丁はズドン、という明らかに危険な音と共に床に突き刺さった。弁償モノである。勿論あなたは払うつもりは無い。
包丁は眉間を狙っていた。直撃していれば確実に頭蓋を弾けさせ、少女は無惨に即死していただろう。
血を連想させる、紅の刃が完全に床に埋まったその包丁はそのまま音も無くどこかに消え去った。
不思議な魔法と言っておきながらその実思いっきり物理攻撃である。
《これが私の愛の力だよお兄ちゃん! あんなガバガバでユルユルのクソビッチはお兄ちゃんの妹に相応しくないよ! お兄ちゃんが病気になっちゃったらどう責任取ってくれるの!? あんなのに絶対お兄ちゃんは渡さないんだから! 死ね!》
酷い。もう酷いとしか言いようが無い。
この世界に来る前の自分はどうして気まぐれにあんな物を拾ってしまったのだろう。
いつものように捨てておけば良かった。
一応は幼い少女のものである声から紡がれる下品極まりない物言いと、遂に四次元から現実世界に侵食してきた脅威にあなたは頭痛を覚える。
一体全体どうしたものか。一度、エリス教の教会でお祓いしてもらった方がいいかもしれない。
《教会!? つまり私とお兄ちゃんの結婚式を挙げるんだねお兄ちゃん! いいよ、ばっちこいだよお兄ちゃん! エンダアアアアアアアアアアアアアアアイヤァアアアアアアアアア!!!》
やはりアレは話が通じない。
内心でげっそりとしながらも、悪意をこの世に解放するべきではないとあなたは決意を新たにした。
「隙ありぃ!!」
そんなものは無い。
背後から飛び掛ってきたまた別の少女の強襲を、あなたは裏拳で迎撃する。
「ぐえー!」
飛び掛ってきた痴女の顔面に拳が突き刺さり、痴女は後方に派手に吹き飛ばされる。
何故かベルディアがうわあ、と呟いた。
「だ、大丈夫か?」
「前が見えねェ」
倒れ伏したまま答えた彼女は愉快な感じに顔面が陥没していた。
どうやら大丈夫なようだ。
「躊躇なく女の命に手を出してくるスタイル……嫌いじゃないわ!」
「とでも言うと思ったかバーカバーカ! この鬼畜!」
「顔は止めなさいよ顔は! 商売道具なのに!!」
怒号の如き、凄まじいブーイングの嵐である。
何がいけなかったのだろうと、あなたは素で困惑した。
彼女達は女である以前にこちらに襲い掛かってくる敵であり、敵に情けは無用と相場が決まっている。
しかし、あなたは敵を相手にしているにも関わらず、これ以上無いくらいに手加減して戦っていた。
問答無用で襲い掛かってきた手前、むしろ彼女達は殺されていない事に涙を流して感謝して然るべきなのではないだろうか。
少なくともノースティリスの冒険者であれば五体倒地で神に感謝と貢物を捧げるだろう。賭けてもいい。
故にあなたはいかに自分が優しく相手を思いやって加減しているのかを主張した。
何故かブーイングが増した。
「どこらへんが手加減したのか言ってみなさいよコラー!」
頭部が原型を留めているし、何より生きているではないか、とあなたは肩を竦めて答えた。
床に倒れてピクピク痙攣しているが、あなたが撃退した敵手は今も尚、元気に生きている。
生きていればどんな重症であろうとも治療出来るではないか、と。
何故かブーイングが一斉に止んだ。
「げんき……元気?」
「前が見えねぇ」
「ご覧の有様だよ!」
ああやって言葉が話せるくらいに元気だ。
これは
仮に本気だった場合、あなたの拳で頭蓋は爆発四散していただろう。
もしくは球技しようぜ! お前ボールな! とばかりに顔面に蹴りをいれていた。満面の笑顔で。
というか普通に愛剣を抜いてサックリ皆殺しにしている。
「やだ、この方マジだわ。マジモンのサイコの目だわ」
「ちょっと何を言ってるのか分からないですね」
「どうしてこんなになるまで放っておいたの?」
「俺に言われても困る。ご主人は最初に会った時からこんな感じだったし……生きてるなら何やってもいいだろって本気で思ってるっぽいし……」
「oh……」
何故か痴女達からドン引きされてしまった。味方である筈のベルディアからも。
だが相手は人外で敵対者なのだから遠慮はいらないだろう。
むしろあなたは、この旅館の経営者や街に対して極限まで遠慮しているという自負すらある。
その証拠にまだ核だって使っていない。己のあまりの慈悲深さに惚れ惚れする勢いである。
温泉を堪能して心身ともにリラックスしたおかげで精神の箍が弛み、行動と考えの指針が慣れ親しんだノースティリスの側に激しく傾いているあなたであっても、この世界の温泉街を更地にしてはいけないと判断出来るくらいの分別は残っているのだ。
「え、何、エリス教徒?」
「もしかして私達身バレしてる?」
「……あっ」
「どしたの?」
「そういえばさっきご主人って……」
周囲の視線がベルディアに集中する。
それは、あなたの友人達が
「そっかぁ……道理でね……」
「ホモだったかあ……」
「おい止めろ。……マジで止めろ! そんな目で俺を見るな! ちげーから! 俺もごすもノーマルだから!」
ところで性転換した元男が男を好きになった場合、それは同性愛になるのだろうか。
「知るかバカ! なんで今俺にそんな事を聞いちゃうの!?」
「ホモ? やっぱりホモなの!?」
「同性愛は駄目よ! 非生産的な!」
喧々囂々の大騒ぎを眺めながら、あなたは内心で一つの結論に至っていた。
元男だろうが、今が女ならそれでいいのではないか、と。
あと素手は手加減に向いていない。
威力が弱すぎてはダメージが無いし、強すぎると即ミンチだ。
当初は素手でもいけると踏んでいたが、相手がこちらの想定以上にタフなのが災いした。
幸いにして今の所事故は起きていないが、いつ力加減を間違えて相手の頭蓋が綺麗な花を咲かせるか分かったものではない。
やはり安全を考慮してみねうちを使うべきだろう。
《――――》
だが、そこで唐突に物言いが入った。四次元ポケットに収納している愛剣である。
愛剣はみねうち前提で振るわれるのはお気に召さないらしい。
結果がどうあれ、自分を振るうなら相手を殺す気で使えと言ってきている。
かつてあなたはベルディア相手に愛剣でみねうちを行ったが、あなたはノースティリスでは愛剣を殺す為だけに振るってきた。
それもその筈、比類なき切れ味を誇る愛剣に手加減などという繊細な加減が要求される事は向いていないのだ。
草むしりに核爆弾を使うようなものである。
というわけで、もう片方を使う事にした。
決意した瞬間、愛剣が盛大に舌打ちしたが黙殺する。
あなたが異空間から取り出したのは、およそ2.5メートルほどの大きさの、円錐型の突撃槍だ。
女神の加護も声も届かない、遥か遠き異邦の地においても、女神の祈りと祝福が込められたその純白の刀身には一点の曇りも無く、その威容を存分に示している。
これこそがあなたがかつて癒しの女神から賜った神器、ホーリーランスである。
実戦での使用は久方ぶりだが、手入れは当然欠かしていない。
試しに一振りしてみれば、愛剣が放つ寒々しいエーテルの青い燐光とは違う、温かみのある光の粒子が舞った。
「うげえっ!?」
四次元から取り寄せたホーリーランスを見たその場のあなた以外の全員が、奇声と共に大きく目を剥いて一歩あなたから距離を取った。全員という事はつまりベルディアもである。
「どういう……事だ……!?」
「アンデッドとか悪魔に滅茶苦茶効きそうな武器なんですけど、それは」
「やだ……あんなおっきいので突かれたら一発で昇天しちゃう……」
あなたはこの神器を扱う権利を得る為だけに愛剣と大喧嘩をし、幾度と無くその大して重くも貴重でもない命を散らしてミンチになった。
五体と臓腑を幾度と無く弾けさせながらも一歩も引かない様を見続けた女神は激しくうろたえ、別にそこまでして使わなくても私は別に気にしないし……、と遠まわしにあなたを諌めたが、当然その程度の説得であなたが諦める事は無かった。あなたは諦めの悪さならノースティリスでも有数の持ち主なのだ。
そうやって遂には愛剣を根負けさせ、見事に使用する権利を勝ち取った後は愛剣からネチネチと文句を言われながらも一から槍の修練を始めた。
そして久々に神器を開放したせいだろう。現在進行形で愛剣がいじけて弱めの呪詛をあなたと神器に向けて吐いてきている。弱めといっても駆け出しが食らえば口から血反吐をぶちまけて死ぬレベルだが。
愛剣の呪いを言葉にするならばファックファックファック、あるいはあなたには私がいるじゃない……だろうか。
嫉妬する愛剣も可愛いといえば可愛いのだが、後でご機嫌取りをしなくてはいけないだろう。
《――――》
どうやら愛剣は温泉に入りたいらしい。
宿に帰ったら浸けて磨く事を約束すると、ご機嫌な念を飛ばしてきた。
相変わらずちょろい。といっても、扱い方を間違えると死ぬのだが。
「先にぶっ飛ばしてからヤっちゃう方向で」
「賛成」
「異議無し」
神器を前にした痴女達が放つ雰囲気が変化した。
今までのどこか浮ついたものとは違う、ひり付くような戦意があなたの肌を刺す。
どうやら神器という脅威を前にした事で、彼女達を本気にさせてしまったらしい。
だが、それはあなたからしてみれば願ってもない展開だった。
所詮はあなたも切った張ったを繰り返す日常的に野蛮な冒険者に過ぎない。喧嘩は決して嫌いではないのだ。むしろ大好きである。
「アイツ、笑ってる……バカにしてっ!」
気炎を上げる女達を無視して、あなたは部屋の円形のテーブルを盾代わりにする。
初めて持ったにも関わらず、テーブルはやけに手に馴染んだ。高級旅館だけあって、備え付けの家具もいい物を使っているようだ。
たかが家具と侮る事無かれ。
頑丈なテーブルは伝説の盾を凌ぐ程の守りを発揮し得るし、刀剣縛りを強いられているあなたは使えないが、巨大なタンスは敵をひき潰す強力な武器として運用が可能なのだ。どちらも重過ぎるのが難点だが。
槍と盾で武装し、油断無く構えた所であなたはふと思った。
この槍を使い、みねうちで敵の心臓や頭を串刺しにするといった即死攻撃を放った場合、それでも敵は死なないのだろうか。
ベルディアに聞いてみる事にした。
「マジか……マジでやっちゃうのかご主人は。いや、そういう人間だと知ってたけど」
結果から言えば、みねうちで即死攻撃を放っても相手は死なないらしい。
正確には致命傷にならない程度の所で止まってしまうのだとか。
それなら安心だとあらためてみねうちの利便さに舌を巻くあなただったが、気付けば痴女達の溢れる戦意が揃って鎮火していた。
「アンタが最初に逝きなさいよ……」
「いやいや、そっちこそ」
互いに目配せしあい、逃げ腰になっている。
その中の一人がおずおずと手を挙げた。
あなたとベルディアをここまで連れてきた少女だ。
「……あの、話し合いで解決しませんか?」
お断りである。考慮にすら値しない。
先に手を出してきたのがあちらである以上、彼女達には全員揃って聖槍の錆となってもらう。一人たりとて逃がしはしない。
勿論これは言葉の綾であって、本当に聖槍に錆を浮かせるわけではない。
なので安心して死なない程度にぶっ飛ばされて欲しいとあなたは少女に笑いかける。精々軽く血祭りにあげる程度だ。
何故か泣かれた。
■
それからどれほどの時間が経過しただろうか。
時にベルディアを囮にして彼をマジギレさせ、時に凄まじい迫力で迫り来るケダモノの群れをみねうちとシールドバッシュで血祭りにあげ。時に泣いて逃げ出す少女を追い討ちで粉砕するなどして、一頻り大立ち回りを演じたあなたとベルディアは外のベンチに腰掛けていた。
相手が張った結界には遮音の機能もあったようで、あれだけ大暴れしたにも関わらず旅館の経営者に憲兵を呼ばれるような事は無かった。相手が助けを求めなかったのはきっと彼女達が人外だったからだろう。
「うぐへぁ……酷い目にあった。本当に酷い目にあった……」
げっそりと頬をやつれさせ、風呂から出てそこまで時間が経っていないにも関わらず汗だくになったベルディアがぽつりと呟く。
あなた達の浴衣は激しい戦いの末、早くもボロボロになったり返り血を浴びたり妙な臭いが付いてしまったので今は別の物を着ている。
「他の部屋にも同じような奴らがいたとか聞いてないんだが……」
ベルディアの言うとおり、餓えたケダモノが収容されていたのはあの部屋だけではなかった。
数えてはいないが、あなた達が倒した最終的な数は全部でざっと百名ほどに上るだろうか。
乱戦中に次々と目を血走らせた増援が湧いてくる様は中々におぞましいものがあった。例え相手が美女、美少女揃いであったとしてもだ。
こうして無事に撃退出来たものの、やはり彼女達は手練揃いであった。
圧倒的な数的不利に加え無手で不殺縛りとはいえ、今のベルディアを梃子摺らせていたのだから相当のものである。並の冒険者ではアッサリと食われて終わっていただろう。性的な意味で。
「なんだったのだアイツらは。耳が長かったし、エルフとオークの合の子か」
どちらかというとアレは
ベルディアは気付かなかったようだが、あなたは乱闘の最中、彼女達に悪魔の尻尾、あるいは頭部に蝙蝠の羽根のようなものが見え隠れしていたのを確認していた。
「あー……サキュバス、サキュバスな……そうか、だから回復魔法を拒否したのか……しかしやけにレベル高かったから上位種のリリスとかだろうな……なんでこんな所にいたんだ、本来の生息地は魔界の筈だぞ……観光に来た筈なのにとんだ
確かにいずれ劣らぬ美女、あるいは美少女揃いであった。サキュバスは人間の男を誘惑する魔族なので当たり前だが。
それに幾ら美女の群れとはいえ、
「いや、そうじゃなくてだな。それも間違ってはいないんだが」
まあいいか、と深い溜息を吐く元首無し騎士。
溜息を吐くと幸せが逃げるというが、それならば既にベルディアの幸運値は底を突いていそうだ。
「ところでご主人が沈めたサキュバスなんだがな、何人か首とか手足が曲がってはいけない方に曲がってなかったか?」
気のせいだろう。
あなたは乱戦の中でも、相手をミンチにしないようにしっかりみねうちで手加減していたのだ。
度重なる増援に嫌気が差し、若干本気で殴ったり突いた気もするが、みねうちなので問題は無い。
最後の方は泣いて逃げ出すサキュバスを盾で叩き潰したりぶっ飛ばしていたが、みねうちなので問題は無い。何をやっても絶対に死なないみねうちは本当に素晴らしいスキルだ。
「そうか、そうだな。実際俺としては滅茶苦茶助かったからこれ以上この件について言及するのは止めておこう。みねうち万歳だなごす……。生きてる時に俺も取得しとけばよかった。俺も冒険者カードがあれば良かったんだけどな」
ベルディアは既にデュラハンのスキルをコンプリートしているらしく、現在はスキルポイントが完全に死蔵されている状態だ。そしてデュラハンのスキルにみねうちは存在しない。
人外には人間側の冒険者カードのような物が無いのだが、スキル取得の仕組みは殆ど同じである、とあなたはウィズから聞いている。
すなわち、ポイントを貯めてスキルを覚える。
勿論自力で開発した魔法やスキルについてはポイントが不要なので、ウィズの取得スキル総数は相当のものになっているらしい。流石の才覚だと感心する。
彼女ならば、宝島採掘の際に覚えた轟音の波動もこの世界の魔法で再現出来てしまいそうですらある。
などと考えていたら、まさにそのウィズがゆんゆんと共にこちらに向かって歩いてきているのが遠目に見えた。温泉饅頭が入った袋を抱えている。
大乱闘を繰り広げてきたこちらと違って、二人はしっかりと温泉巡りを堪能してきたようだ。
ニコニコと笑って手を振ってこちらに近付いてくるウィズに、あなたも手を振って応える。心持ちウィズが早足になった。サンダルなのでこける心配は無い。
「あんな連中を見た後だとあれだな。ウィズはとことん癒し系だな」
何を今更、とあなたは笑った。
ウィズが癒しなのは今に始まった事ではない。
ホーリーランスを振るえば癒しの雨が降るが、ウィズは常時癒しの波動を放っている。間違いない。
「前にも言った気がするが、ウィズの事好き過ぎるだろ……」
ウィズの事を好きではないと言ってしまえば、それは嘘になる。
あなたはウィズの為ならば自身の命など惜しくはないし、世界を相手取る事すら厭わない。例えウィズ本人がそれを望まなかったとしても、あなたは他の何よりも彼女の生存を優先して動くし、それを邪魔する者を排除する事に一分の躊躇も起きないだろう。
もっともこれはあなたの友人全員に共通する話であり、ウィズに限ったわけではないのだが。
余談だが、あなたとベルディアは今回の件を機にサキュバス界で百八人切りの男達として伝説を残す事になる。
どこぞの駆け出しの街で男性冒険者達に匿われながらひっそりと生きているサキュバスとはレベルが違う、百戦錬磨の高位サキュバス達を一人残らずノックアウトしてみせた名も知れぬ謎の二人組は、戦慄、あるいは畏怖をもって語られる事になるのだった。勿論性的な意味で。
■
……ふと、目が覚めた。
周囲を見渡せば、湯煙に包まれた露天風呂が広がっている。
やけにふらつく頭で記憶を探ってみれば、夕食の後、ベルディアと共に温泉に入り、約束通り愛剣の手入れをした所で記憶が途切れている。
どうやらあなたは温泉の中で眠ってしまっていたようだ。
頭がふらつくのは汗のかきすぎによる脱水症状だろう。
他の入浴客はいない。
入った時はそれなりに数がいたのだが、既に全員上がってしまった後のようだ。
自分も上がろうと湯船を出た所で、ひたひたと足音を鳴らして誰かが浴場に入って来た。
「……どうも」
果たして、浴場にやってきたのは赤毛のショートカットの女性であった。
年齢は見た感じ二十歳前後。猫のような縦長の瞳孔をした、黄色い瞳が印象的なスタイル抜群の美女である。人外、それも恐らくは女神アクアや女神エリスと同じ神格持ちな事については最早何も言うまい。きっとこの世界は意外とそこら辺に神が降りてきているのだろう。
そんな彼女が堂々と男湯に入ってきている事から、あなたは今が混浴の時間帯である深夜な事、そして自分が風呂場で寝すぎた事を理解する。意外に乱闘で疲労していたのかもしれない。
「あ、お帰りなさい」
特に赤毛の女神と何かを話す事も無く温泉からあがり、火照った頭と身体を冷ます為に静かな旅館内を適当にぶらついていると、旅館の休憩所でソファーに座っているウィズと出会った。一人だったのか、周囲にゆんゆんとベルディアの姿は無い。
「ゆんゆんさんとベルディアさんは先に寝ちゃいましたよ」
二人とも疲れが溜まっていたのだろう。
今回の旅行は二人の為のものなので、ゆっくり疲れを癒して欲しい。
「ところであなたはどこに行っていたんですか?」
行き先も告げずに行方を眩ましたあなたを咎めているのではなく、確認の体で問いかけてくるウィズに風呂で寝ていたと素直に白状する。
「もう、温泉が気持ちいいのはよく分かりますけど気を付けてくださいね?」
苦笑しながら自身が座っているソファーの隣をぽんぽんと叩くウィズに促されるまま、あなたは彼女の隣に腰を下ろした。
「…………」
肩が触れ合いそうな距離で、互いに何を言うでもなく沈黙を保つ。
しかしそれは決して気まずいものではなく、ただひたすらに穏やかなもので。
「少し、昔話をしてもいいですか?」
沈黙を破ったのは、ウィズのそんな一言だった。