「あの戦争は今を生きる人々が始めたものではないが、国家は連続している。二度と戦争を起こさないために『反省』という言葉は欠かせないんだ」。戦後80年の節目の終戦の日である8月15日の前夜、石破茂首相は周囲に、熱心な口調でこう語った。翌日の全国戦没者追悼式の式辞で石破氏は「あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばならない」と述べ、2013年の第2次安倍政権以降使っていなかった「反省」の言葉を復活させた。式辞の「進む道を二度と間違えない」「不戦に対する決然たる誓い」の文言も石破氏の強い意向で入ったという。
石破氏は就任以前から「自分の言葉で語る政治家」と言われてきた。広島、長崎での式典でも随所に独自の言葉を盛り込み、世論調査での支持率も上昇傾向に入ったことで、「石破らしさ」の打ち出しに手応えを感じ始めていた。
だが、それはあまりに遅すぎた。「在任中に何があっても出す」とこだわってきた戦後80年のメッセージも、自民党内保守派に配慮して見送った結果、発出の見通しが立たないまま、退陣を表明することになった。
退陣を表明した7日の記者会見。石破氏はこう悔やんだ。「党内で大きな勢力を持っているわけでもない。融和に努めながら『らしさ』を失うことになった」。そして、こんな本音を漏らした。「どうしたら良かったのかな、と思う」
党内基盤固めようと「融和」を優先
「空気が読めない人」「与党内野党政治家」――。石破茂首相(自民党総裁)は就任前、党内でこんな陰口をたたかれ続けてきた。最大派閥・安倍派など党内主流派の意見や政策に異論を唱えるため、組織の和を乱すとうとんじられた。党や政府の要職からは干され続けていたころ、「権力から遠ざかると感覚が鈍ってくる」と弱音を吐いたこともある。ただ、裏を返せば、組織優先の「永田町の論理」にとらわれず、正論を真正面から唱えるという強みのある政治家でもあった。
そんな石破氏が、5度目の挑戦となる昨秋の総裁選で有力候補に躍り出たのは、派閥の裏金事件をめぐる「政治とカネ」の問題で自民が壊滅的打撃を受けたからだった。石破氏は出馬を表明した際、「政治は変わる。自民党は変わる。それを実現できるのは自分だ」と強調。過去最多9人の混戦を制し、党総裁に選出された。
権力をつかんだ石破氏が真っ先に取り組もうとしたのが、党内基盤の安定化だった。以前のように理想を前面に打ち出して対立勢力を作るよりも、党内融和を図って政権の足場を固めることが、着実な政策実現につながると考えた。裏金問題でも実態解明を主導しようとせず、周囲には「本気でリーダーシップを発揮しようと思ったらいくらでもするが、その代わり党がぶっ壊れるだけだ。そんなまねはできない」と打ち明けた。
石破氏は党運営の要である幹事長に、党内で幅広い人脈をもつ森山裕氏を起用。昨秋の総選挙で大敗すると、野党にもパイプをもつ森山氏に依存する姿勢をさらに強め、周囲に「(党運営は)森山さんにお任せモードだ」と語った。
ただ、党内融和に最優先に取り組むことがのちに政権の首を絞めていくことに、石破氏は気づいていなかった。党内融和を重視すればするほど、石破氏が実現を目指す理想は打ち出しづらくなり、党内を刺激するような政策は水面下でつぶれていくことになる。
「期待裏切る」結果に
象徴的なのが、核兵器禁止条約締約国会議への日本のオブザーバー参加だ。首相は公明党の斉藤鉄夫代表との電話で、政府としての実現は難しいが、自民議員の派遣を検討すると伝えた。だが、党内には「トランプ政権への誤ったメッセージになりかねない」といった慎重論が根強くあり、森山氏と面会した岸田文雄前首相がこうした懸念を伝達。森山氏が記者会見で自民議員の派遣について「考えていない」と明言すると、石破氏は沈黙した。
就任前に「やらない理由がわからない」と前向きな姿勢を示していた選択的夫婦別姓も、実際に国会で議論が始まると、反発する党内の保守派に配慮。「自民党内でさえ議論がまとまっていない」として先送りした。
石破氏に近い閣僚経験者は、約1年間にわたる石破氏の政権運営について「『これだけはやる』という覚悟が見えるものが何一つなかった」と厳しい評価を下す。
石破氏の最大の失敗は、党内融和による政権存続を優先する余り、自身の掲げた理想を実現するための決断と行動から回避し続けたことだったといえる。
「『石破であれば変えてくれる』という期待を裏切った。『石破らしさ』というものを失ってしまった」。石破氏は2日の参院選総括に伴う両院議員総会で、反省の言葉を口にした。退陣表明は、その5日後だった。
石破氏が首相就任前に語ってきた理想は、なぜ実現しなかったのか。3回の連載で検証します。次回は9日配信予定です。
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石破茂首相 退陣表明
石破茂首相が9月7日、退陣を表明しました。2024年10月に首相に就任してから11カ月あまり。これまでの経緯とともに、最新の動きをお伝えします。[もっと見る]
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