読みもの
2024.07.05
鈴木淳史の「なぜかクラシックを聴いている」#9 

コロンブスが聴いたかもしれない音楽~一方通行ではない文化の混交

音楽評論家の鈴木淳史さんが、クラシック音楽との気ままなつきあいかたをご提案。今回は、音楽と決して無関係ではない植民地主義について。重いテーマと裏腹の愉悦に満ちた音楽からは、一方通行ではない文化の混交が聞こえてきます。

鈴木淳史
鈴木淳史

1970年山形県寒河江市生まれ。もともと体育と音楽が大嫌いなガキだったが、11歳のとき初めて買ったレコード(YMOの「テクノデリック」)に妙なハマり方をして以来、音楽...

新大陸を征服するコロンブス

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コロンブス、ナポレオンに加えて、なぜベートーヴェンなのだろう?

先日、Mrs. GREEN APPLEが公開したミュージック・ビデオに、人種差別的な表現があるとして炎上した件のことだ。このビデオには、類人猿を思わせるキャラクターが登場し、コロンブスら3人の「偉人」に扮したメンバーらが乗る馬車を引かせる演出が問題となった。ベートーヴェンらしき人物が類人猿に音楽を教えるというシーンもある。

この場面をつぶさに見てみると、譜面台に乗せられた楽譜は、ベートーヴェンの「交響曲第3番《英雄》」のピアノ独奏版の冒頭部分だ。

この交響曲ついては、ナポレオン絡みの有名なエピソードが知られている。ナポレオンに捧げるために書いたが、権威的な社会から自由な社会へと切り開いてくれる英雄だと思われた彼が皇帝に即位したために、献呈を取りやめたという話。まあ、かなり芝居がかった事後創作的なエピソードであることは間違いなさそうではあるのだが。

意外に細部を詰めて作ってあるじゃん、と思った。いかにも広告代理店の臭いが漂ってくるかのような、貧弱なコンセプトで作られたミュージック・ビデオにだって、現場の作り手の魂は宿っているのだ。

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サラバンド、シャコンヌと文化的「侵略」

それにしても、侵略者で奴隷商人、独裁政治を行なった軍人と並べられてしまった、俺たちの輝ける楽聖。気の毒としか言いようがない。とはいえ、ベートーヴェンが生まれる300年前には、新大陸への音楽による「侵略」も行なわれていたのは事実だ。

こうした音楽は、もちろんキリスト教と一心同体。ヨーロッパの音楽が次々に新大陸へと渡ったのは布教のためだった。キリスト教を信仰しないと地獄へ落ちるぞという脅迫のもと、当時のルネサンス期の音楽が新しい地で奏でられたのだ。いわゆる、軍事力で勝ったほうが文化的なヘゲモニーも握っちゃうという構図である。

でも、文化の波及は、決して一方通行にはならない。たとえば、サラバンドという舞曲がある。あるいは、シャコンヌという音楽形式。これらは、スペイン由来の音楽だが、その実は新大陸からもたらされたものなのだ。

▼J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第3番よりサラバンド ジャン=ギアン・ケラス(チェロ)

▼ルイ・クープラン:シャコンヌ ニ短調 バンジャマン・アラール

ヨーロッパの世界征服の拠点となったイベリア半島には、フラメンコに代表されるような独特な濃ゆい文化がある。それらが醸成されたのは、新しい大陸から持ち帰ったものが大きく影響しているはずだ(加えて、イスラム教徒によって征服されていた地域もあり、その文化混入も大きい)。

音楽文化の「サラダ」という名の音楽

スペイン・カタルーニャが生んだジョルディ・サヴァールは、さまざまな文化が混交した音楽につねに意識的なアーティストだ。彼が2017年にリリースしたアルバム「奴隷制の道〜アフリカ、ポルトガル、スペイン&ラテン・アメリカ 1444-1888」は、ヘヴィなテーマを扱いながらも、収められている音楽はじつに愉悦に満ちている。

南米やアフリカに伝わる伝承曲をアレンジした音楽を中心に、主に中南米でヨーロッパの音楽を書いた作曲家の作品も収録。モンテヴェルディやバッハ、ベートーヴェンを演奏する、いつものアンサンブルに、アフリカや南米のミュージシャンを呼んでのコラボレーションだ。

▼マテオ・フレチャ:ラ・ネグリーナ/ググルンベ

サヴァールと同郷カタルーニャの作曲家マテオ・フレチャ(1481-1553)は、エンサラーダの作曲家として知られている。エンサラーダとは、イタリアのマドリガーレ*のような多声歌曲だが、さまざまな言語や民謡がごちゃまぜになった、その語源でもある「サラダ」のような特徴をもつ。

*マドリガーレ:イタリアの世俗声楽曲の一分野

この《ラ・ネグリーナ(黒人の女性)》も、その一つ。途中で打楽器のリズムに誘われて「サン・サベヤ、ググルンベ、アランガンダンガ、ググルンベ」というリズミカルな呪文のような言葉が繰り返される。「アレルヤ」で締めくくられたあと、ソン・ハローチョの伝統曲が付け加えられている。

ソン・ハローチョとは、メキシコ先住民の音楽をベースに、奴隷として連れて来られたアフリカ、征服者のスペインからの影響によってできた、まさにサラダそのものの音楽。サヴァールたちは、アルバムのコンセプトに合わせ、ごちゃまぜ感をより増したアレンジと組み合わせで演奏しているのだ。ちなみに、この曲をもっと西洋風(正統派の古楽風?)に演奏すると、こんな感じ。

▼マテオ・フレチャ:ラ・ネグリーナ

サラダ音楽としてのソン・ハローチョ。サヴァールは、こんな曲も演奏している。間寛平を思い起こさせる「アヘアヘ」という合いの手が印象的である。

▼ラ・イグアーナ(ソン・ハローチョの伝統曲)

ほかにも、作曲家不祥の伝統曲がずらりと並ぶアルバムだ。「シランダ」はブラジル北東部の舞曲。「グリオ」とは西アフリカの吟遊詩人のことで、彼らの歌はラップの源流となった音楽でもあるという。

▼サイ・ダ・カーザ(シランダ)

▼サンジン(グリオの歌)

征服された側が征服した側に音楽で侵食していく

フアン・グティエレス・デ・パディーリャ(1590-1664)は、スペインに生まれ、30代でメキシコに渡った作曲家だ。現地のプエブラ大聖堂のカペルマイスターを務め、ミサ曲やモテット*などを書いた。民族的な舞曲を取り入れたビリャンシーコ(クリスマス・キャロル風の小品)も残している。《タンバラグンバ》はその代表的な音楽だ。

*モテット:13世紀前半に成立したポリフォニー(多声音楽)声楽曲の一分野

▼フアン・グティエレス・デ・パディーリャ:タンバラグンバ

そのデ・パディーリャに学び、プエブラ大聖堂のカペルマイスターを継いだのがメキシコ生まれのフアン・ガルシア・デ・セスペデス(1664-78)だった。《おお、なんと身を焦がすことか》は、グアラチャと呼ばれるスペインの植民地で流行ったジャンル。この曲をサヴァールは過去に複数回録音しており、そのたびにアレンジが違う。今回は、さらに混交の度合いが深く、ノリノリな音楽になった。

▼グアラチャ《おお、なんと身を焦がすことか》

かつて奴隷として連れて来られた黒人の音楽が、世界のヒットチャートのベースとなっている現代。負けた側、征服されたほうの文化が、勝ったほう、征服した側の文化に入り込んで、それを侵食していく。それはある種、痛快な復讐劇でもあるのだが、美しく、楽しい音楽の裏を掘り返せば、そこには悲惨な歴史が横たわっていることに気づかせられることでもある。果たして、ベートーヴェンの音楽にも?

鈴木淳史
鈴木淳史

1970年山形県寒河江市生まれ。もともと体育と音楽が大嫌いなガキだったが、11歳のとき初めて買ったレコード(YMOの「テクノデリック」)に妙なハマり方をして以来、音楽...

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