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二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1746807430364.jpg-(38803 B)
38803 B25/05/10(土)01:17:10No.1310979107そうだねx13 07:32頃消えます
「花を手向けに行きましょう」
祥が言う。朝の爽やかな空気を纏いながら、小さな花束を片手に。だから、私も一緒に行くと決めた。
二人で電車に乗る。今日はオフだった。学校も仕事もない、何もない休日。
車内は少し騒がしい。休日をいかに満喫するかを考えている人が多くて、私たちを見ている人は不思議と居なかった。
「少し騒がしいですわね。今日は、良い日になりそうですわ」
祥も同じことを考えていたみたい。良い日になる、の方はまだ読めない。
近頃の祥の考えていることが、分からない。昔の方がまだ分かっていた。
私の欠けた記憶が持って行ってしまった余白。脳内の無数の自分に聞いても埋まらない空白。
昔から祥とは一緒に居たのに、今はもう伝わらない。私の役が独り占めしてしまった、思い出。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
125/05/10(土)01:17:25No.1310979155そうだねx3
「祥、どこへ行くの?」
祥に連れられて電車に乗っているけど、目的地を聞いていなかった。
花を手向けるのだから、祥のお母さんの所かと思っていた。けど、違う気がする。
「月ノ森ですわ。懐かしいですわね」
「祥は、入れるの?」
「事前にアポを入れたので大丈夫ですわ。それにOGですもの」
祥とは幼稚舎から月ノ森で一緒に過ごしていた。今は他校に通っていても、事前に話を通していれば入れるらしい。
この手向けの旅は、前々から準備していたのだろう。
脳内の睦たちに月ノ森での思い出を持ち寄ってもらう。
虫食いだらけの思い出は、祥の手向けが誰に向けたものなのか教えてくれない。
けれど、今の祥との記憶は摂り溢したくないから、できるだけ話しを合わせられるようにしたかった。
月ノ森の最寄りで降りて、祥子と二人、並んで歩く。
225/05/10(土)01:17:35No.1310979183そうだねx3
徒歩で二人並んで歩いた記憶は、多くはない。幼い頃だと送迎車があったから。中等部の頃は、記憶の抜けが多い。
だから、こうして歩いていくのは、今更なのに少し新鮮だった。
「まずは幼稚舎から行きましょうか」
祥の声は明るい。私を見て昔みたいに微笑んでいる。柔らかい記憶に触れに行くような、温かな雰囲気を纏っていた。
私は、どうだろう。表情が変わっている気がしない。でも祥は変わらず私と接してくれている。
「幼稚舎からどこまで行く?」
「幼稚舎から初等部、中等部まで巡ろうかと思いますわ。高等部は、通っていませんので」
「案内する?」
「またの機会に取っておきますわ。楽しみは多い方が良いですもの」
「そう」
月ノ森に着いて中に入る。祥は一応身分証を確認されていたけど、すんなり入れていた。
幼稚舎のこじんまりとした校舎を歩く。懐かしい場所。祥と一緒に学び、遊んでいた校舎。
建物も設備も小さくて可愛らしい。まだまだ思い出せる記憶が多く残されている頃。
325/05/10(土)01:17:45No.1310979220そうだねx2
脳内の睦たちが昔を懐かしがって騒いでいる。
祥との思い出話をしながら歩く校舎は、色鮮やかに見えた。
「懐かしいですわね。確か、ここで睦が転んで大泣きして」
「祥はやんちゃで、よく注意されてた」
「この教室で絵本を読むのが好きでしたわ」
「祥とお芝居しながら読むの、楽しかった」
無数の思い出。私の思い出。ムツミの中にも多く残っている思い出を、祥と語り合う。楽しい時間だった。
「次は、初等部に行きますわ」
「わかった」
全てが同じ土地に集まっているから、移動は楽。ちょっと歩くけれど。
また、二人で並んで歩いていく。敷地内を一緒に歩いていた記憶はたくさんある。
ずっと祥と二人で。こうやって過ごす時間が、永遠だと思っていた時期もあったくらいに。
初等部の校舎も隈なく歩きまわる。そこでも思い出話がたくさん。
425/05/10(土)01:17:57No.1310979246そうだねx2
「祥が階段を飛ばして降りて、転びそうになってた」
「睦は勢い余って上級生の教室まで行ったことがありましたわね」
「校舎と校舎の移動だけで、二人でずぶ濡れになった」
「あの時は参りましたわね。体操着が無ければどうなっていたか」
脈絡なんてない。その時々で睦たちがアレコレと思い出を主張して、触発された祥も懐かしがってくれている。
共有してきた思い出の数々。こうして記憶に浸るのが楽しい。
だけど、今日は目的があってここに来たはず。祥の手には、まだ手向けの花が残っていた。
「次は、中等部ですわね」
祥の声が硬くなる。日はまだ高い。なのに影が差したように、祥は曇っていく。
ここから先は、私の思い出も減っていく。欠けてしまっている。大事な記憶と共に、居なくなってしまったから。
「ここでも、色々とありましたわね」
私も祥も口数が減っていく。思い出はある筈なのに、口に出すのが憚られている。
何も語れない。語り足りないくらい、ある筈だった。でも塗り替えられてしまった。
私と祥で、最後に過ごした校舎を回る。
525/05/10(土)01:18:07No.1310979273そうだねx2
永遠だったのに、終わらないと思っていた。
この先も、一緒に過ごせて行けるんだと思っていた。
睦たちも口々に語っている。祥との過去や、行いを。どうするのが正解だったのかなんて、今はもう分からない。
中等部の校舎を後にする。この先、祥はどこへ行くつもりなのか。
「このあと、どうする?」
「どこへ行きましょうか」
「決めてない?」
「ええ。睦と、月ノ森を歩きたかっただけですので」
「手向けは?」
「それも、大事なことですわね」
祥は私の少し先を、ふらふらと、行く当てを決めていないみたいに敷地内を歩いていく。
手向けの花を持ちながら、どこまでも、どこまでも。
「祥は、誰に花を手向けたかった?」
埒が明かない気がした。たぶん、私から聞かないといけないような話だから。
私の前を歩く祥の顔は分からない。表情を窺わないと、上手く睦を演じられないような気分だった。
625/05/10(土)01:18:19No.1310979323そうだねx4
「わたくしは」
祥子がポツリと呟く。足を止めて、私を振り返った祥は、少しだけ泣きそうだった。
「わたくしはいったい何人の睦と共に過ごし、何人の睦を知らず知らずに見送っていたのでしょうね」
これが、本題だった。だから祥は、花を手向けたかったんだ。
「私との思い出を振り返っていた?」
「睦との思い出を、辿っていましたわ」
「それは、私?」
「貴女も睦でしょう。わたくしと一緒に過ごしてきた睦」
「でも、睦は死んでしまった」
「でも、睦は生きていますわ」
死。それは「モーティス」と名付けられた私の役の一つがした定義。でも言葉選びが良くない。
正確に言えば、役を降りた、だと思う。
私の中の無数の私。その中にきっとギターを愛していた私と「モーティス」と呼ばれた私は残っているはず。
出てこないだけで。
見つからないだけで。
725/05/10(土)01:18:33No.1310979366そうだねx4
私と祥の思い出をたくさん持って行ってしまった私が、私のどこかにはまだ居るような、そんな気がする。
祥は、睦は生きていると言った。
なら、きっとどこかに生きている。
それとも、このムツミに対して言っているのか。
祥にとって、幼少期を共に過ごしていたのは、睦よりもムツミだった。
一個の大きな役の睦ではなく、無数の役を使い分ける睦。
祥にとって、もっとも馴染みのある睦は、だれだったのか。
私は、私が分からなくなる。
「睦、貴女の中に居る睦に、花を手向ける事を許して頂けないかしら」
祥がくしゃくしゃな顔で言う。今にも泣きそうなのに、それでも泣けないような顔で。
祥は悲しんでいた。たくさんの私を知らずにいたことも、親しかった睦を失ってしまったことも、悲しんでいる。だから、花を手向けたかったんだ。
私の為に。私の中の睦の為に。ムツミと睦たちの為に。
それで、祥の感情が整理できるなら良いと思った。
私の在り方は変わらない。変えていけるかなんて、もっと分からない。
だとしても。居なくなってしまった、役を降りた、死んでしまった睦たちに対する祥の想いを、私は受け取りたい。
825/05/10(土)01:19:01No.1310979444そうだねx5
「祥、いいよ」
手向けの花を受け取ろう。
そして二人で供養する。
私と祥の思い出を焚べて、居なくなってしまった私の手向けにしよう。
埋まらない空白。
欠けている記憶。
また、新しく祥と思い出を作っていこう。今度は、一つの役に持って行かせないような、大きな思い出にして。
「全ての、睦たちに」
「うん、私たちに」
祥から受け取った花を胸に抱える。小さな花束からは、記憶を擽る匂いがした。
脳内で「祥、嬉しい」「祥子ちゃん、たまには良いことするんだ」そんな自分の声が聞こえた。
925/05/10(土)01:19:37No.1310979550+
深夜のむつさき…
1025/05/10(土)01:20:33No.1310979722そうだねx2
なんちゅうキレイなもんを読ませてくれるんですか…
感涙しました
1125/05/10(土)01:30:31No.1310981490+
良かった
1225/05/10(土)01:30:56No.1310981558そうだねx1
お前が公式になれ
1325/05/10(土)01:38:29No.1310982849+
こういう未来があってほしい…そんな願い…
1425/05/10(土)01:56:23No.1310985869+
エピローグに欲しい良文
1525/05/10(土)02:37:31No.1310991477+
めっちゃ良かった…
1625/05/10(土)02:44:24No.1310992203+
いい……
ムツミちゃんもつらくないはずがないんだよな…
1725/05/10(土)03:03:01No.1310993973+
ムツミちゃんはこういうシリアスも出来るしギャグ展開も出来る美味しい存在だと思う
1825/05/10(土)03:05:47No.1310994219+
人格の消失と引き換えに死別が書けるという唯一無二の長所を得たモー睦
1925/05/10(土)03:19:16No.1310995270そうだねx4
フィッシュアンドチップス…迷ったけど仕込まなくて良かった…
2025/05/10(土)03:21:08No.1310995389+
>フィッシュアンドチップス…迷ったけど仕込まなくて良かった…
イギリスは…空気読んで…
2125/05/10(土)03:23:57No.1310995585+
実際自分が覚えてない思い出を楽しそうに話されると反応に困る事あるしね…
2225/05/10(土)03:38:35No.1310996636+
睦ちゃんの役って記憶共有していないのが公式なのかどうか分からなくなってる...
2325/05/10(土)04:20:06No.1310998981+
こういうのが見たかったんだ…
とてもいい…


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