小さなツナの缶詰。齧る。

サブカルクソ女って日本語、すごく好きだったよ。

阿刀田高『あやかしの声』-もしもし文学。-

 

 

 

もしあの時、

もしあそこで、

もしあれを、

もしあの人だったら・・・・。

 

 

 

阿刀田高『あやかしの声』(新潮社 1999年)の話をさせて下さい。

 

 

 

【あらすじ】

わけもなく他人におそれられる恐怖。

自分が誰か、どこにいるのか急に分からなくなる恐怖、

悪い予感が次々的中してしまう恐怖、

夢に隠された潜在意識がしだいに形を取ってくる恐怖、

古い書物の呟きが追ってくる不可思議な恐怖ーーー

名手が繰り出す奇妙な色合いの恐怖11種は、あなたの心に複雑な波紋を残します。

あなたを悪夢に誘う”あやかしの声”が、ほら、どこからか、聞えてきますよ。

裏表紙より

 

【読むべき人】

・昭和時代を生きた人

・20代前半の男女:「愛のすみか」はp今後の人生において糧を持つ時に絶対おもいだす一篇だと思う。今の若者に絶対読んでほしい。あわよくば、高校三年生の現代文の教科書にも収録しちゃっていいと思う。

 

【感想】

「心の旅路」「怪しいクレヨン箱」「ナポレオン狂」「奇妙な昼下がり」は、読んだことがある。どれも最高の短編集だった。

一番初めに読んだのはもう10年も前。あまりにも続きが気になりすぎてページを繰る手が止まらなくて、午後からの大学の授業をサボった。「奇妙な昼下がり」が齎すは怠惰な昼下がり。

でも最後に阿刀田高を読んだのは何年前だったか。「心の旅路」だったと思う。ブログに記事を書いた覚えがあるけどもうだいぶかなりの昔だった気がする・・・久々に読もうかなぁと思って、ブックオフの安価コーナーで手に取った次第。

結論うん、まぁうーん、悪くないけど面白かったか?と言われると微妙。ページの割にボリュームがなくて、満足しなかった。なんか、どれもこれも一昔前の匂いがする。全部もう読まなくてもわかるというか・・・。後仕方ないけれど、価値観が圧倒的に昭和で一昔前。前すぎる。男は会社に行きすぎている。女は家にいすぎている。

スラスラ読める文章は凄いし、足りない部分はないんだけど、なんか、なんか、うーん。これに尽きるのである。

でもまぁ「愛のすみか」。この一篇に出逢えただけでも本書を手にした意味はあったか。

 

机の上が汚い



 

以下簡単に各短編の感想を書いていく。

ネタバレありき。一番好きなのは、群を抜いて「愛のすみか」

 

「背後の足音」

追記 この短編は、当初、1995年3月20日の早朝、地下鉄霞ヶ関駅を想定して創りました。つまり、サリン禍という、全く予期できない死をテーマとしたわけです。p.30

突然人が死ぬ話である。

人は死ぬ直前まで、死の「背後の足音」に気付かない、といった具合の話。

なるほどなぁ、とは思うんだけど・・・うーん。別になぁ。

そういうことは常日頃から私は想像してるし。

というのも、テレビのニュース。

夜11時。バラエティ番組が終わるとニュース番組がはじまる。ほとんどど毎日殺人事件や交通事故がこの日本のどこかで起きている。私はその度に想像する。

「昨日、この被害者のAさん(19歳女性)はまだ生きていた・・・し、こうやって交通事故自分が死ぬことも全く予期していなかっただろう。きっと家族と団欒していて、昨日もまさしくこの同じニュース番組を見ていたんじゃないのか?」

「昨日、この被害者Bさん(65歳男性)はまさか自分が殺人事件の一被害者として、六十数年の人生の幕を下ろすとは思わなかっただろう。昨日の今頃は発泡酒か何かを飲んで、妻にそれをとめられて不服そうにしていたのかもしれない。否、案外独居老人なのかも。テレビはまぁ絶対公共放送の空虚な歴史バラエティだろう。」

被害者の昨日に想いを馳せるのである。

同時にそのニュースを見ている今日、

今、この瞬間の自分の生を強く意識する。

私は生きている。

私は生きてる。

私は。

そんな具合なので、この短編はあまり刺さらなかった。

何故なら毎晩読んでるから。

 

「死の匂い」

俺は親しい人の死の瞬間に、その死にちなんだ匂いを嗅ぐp.47

これも悪くないけど、面白いかと言われると微妙だった。

「背後の足音」と同じく、「もし・・・」がベースになっている。

もし、あなたが明日突然事故で死んだら?

もし、最後に女が死なず主人公の圭介に声をかけていたら?

もし。もし。もし。

昭和(生きた時代が長い人)のこういう創作奇譚って「もし」がベースになっていることが多い気がする。

今より医療も発達しておらず、いつ死んでもおかしくない中で、生き抜いて仕事に従事していた企業戦士達の内心を、そのまま映している。気がする。

仕事にゴルフ家族関係・・・常に緊張感ある中で、読書は数少ない緊張を解ける時間だったのではないか。そこで初めてもしも・・・と思いを馳せるのである。

血肉の匂いがする。

・・・まぁ時代性ってやつなのかな、ってやーつ。

 

「愛のすみか」

「山形って、背の低い人が多いみたい」p.43

共働き夫婦物語である。

さすが昭和の作家、やはり女性差別的要素も多分に含まれるけれども、そこはさすが昭和の作家、女はか弱いものだから男が守ってやらなければならない幸せにしてやらなければならない。女を幸せにすることが男の幸せなのである。

そして私はその考えに、賛同する、ところがある。専業主婦ではなく女も働くべきだと思うが、男は外で働き女は内で働くことをベースにした方が、うまくいくことが多いのではないか。無論例外の家も沢山あると思う。でも何も考えずむやみやたらと女性の社会進出!を主張するのはどうなんだろうなぁと思う。結果、この主人公のように内心ずっと子供が欲しいと思っているが、妻に子供が欲しい!とはっきり言えないジレンマが生じている男が大量発生し、少子高齢化につながっているのではないか。

共働きに対するむしゃくしゃした男の葛藤である。ことあるごとに男は、山形で過ごした新婚時代を思い出して心の安寧を保つ。

しかしその山形の住まいには、ある大きい秘密があり、それが最後に判明する。「女はか弱いものだから男が守ってやらなければならない。幸せにしてやらなければならない」は、もう化石の価値観なんだ、俺はもう化石の人間なんだという作者の自嘲か。

ともかく、なんだか、いろいろ考えさせられた小説なのである。

令和の現在こそ多くの人が読むべきではないか。

 



 

車輪の下

わがごとながら潜在心理は恐ろしい。p.91

怖い夢がどんどん現実化していく、みたいな掌編。ほーん、で終わる話なんだけれども短い分、本書の中で一番インパクトがあったし、終盤は特にスリリング。ゾクゾクした。・・・夢なぁ、悪夢を見て結構うなされること多いけれど、繰り返し同じ夢を見たことはないなぁ。

タイトルはヘッセのパロディ。さすが長年企業戦士たちを相手に作品を書き続けた作家・・・全国のうだつが上がらないサラリーマンへの応援歌(ただし短調ともとれる内容。

 

「気弱な恋の物語」

「川口さん、この頃、見かけないけれど、お休みですか」p.111

令和風に言うと「チー牛片想い物語」である

もじもじするな!自信がないならとりあえず身なりを磨きに磨いて数回デートしたのちに告白でもしておけ!・・・うーん、いやでも今日はいいや明日にしよう・・・。デートのお誘いは先送りするにもかかわらず、相手の転職先にまで足を運んじゃう。ストーカー一歩手前。内心と行動のちぐはぐさが生々しくて厭。

告白すればいい。正面突破すればいい。簡単なことなのに、男はその場その場で隠れるような楽なルートを選択し続け、結果恋は実らないのである。隠れれば隠れるほどゴールにたどり着く難易度は爆上がりしているというのに・・・。目の前の障害におそれずぶつかり、そのままゴール目指した方が早いというのに・・・。

令和風に言えばチー牛以下略、平成風に言えば「気弱な恋の物語(笑)」。

 

「鼻のあるスクープ」

「藤尾さんは紳士だよ」p.122

一種の叙述トリックを使った娯楽小説。実験的。

鼻が「右曲がり」「左曲がり」という表現が出てくるが、本当に曲がっているのは鼻か?と勘繰りたくなってしまう。

クライマックスが微妙。最後に犯人を追い詰めるのにそこまでできるのか。手段が非現実的すぎやしないか。昭和だからできた、っていうのもあるんだろうけどさ。

 

「灰色花壇」

花壇を囲んで、家族がみんないる。p.171

中盤の過去篇から出てくるおばさんが、生々しくて怖かった。

年齢と服の好みと化粧と何もかもがちぐはぐで、言っていることも妙に頭が弱い。乙女チック、とプラスに作用すればいいんだけれども、大抵は誰も何も言わず、そっと彼女から距離を取る。

私は今、31歳。高校生や20代前半大学生から見れば、自分もそういうおばさんになっていないかヒヤヒヤする。

恐らく本書の中で一番ホラーしている。車輪の下がそのままヘッセを下敷きにしているのならば、本作が下敷きにしているのはポー「黒猫」か。

 

「弁当箱の歌」

三日前に人間ドッグへ入った。p.174

分かる。私も最近一番怖いのは、こういう健康診断の結果です。

この前、肩のあたりが物凄く痛くて、え、もしかして癌とか・・・?と思ってはらはらしながら病院でガッツリめの健康診断受けてきたんだけれども、姿勢の悪さによるただの痛みでした。病院で処方された湿布を貼ったらまぁなんときもちのいいこと・・・。私は31歳。いつまでも若くないのだと実感。湿布なんて、ただのくっせえ濡れた布と言う認識だったのに・・・。

 

「俺の力」

たった一人の、些細な行動の変化が、この事件を変えることはなかったのだろうか。p.210

本読む人は一度は考えたことがあるよね、という短編。ジャンルとしては「死の匂い」同様もし・・・もし・・・もしもし文学。

こういう心情、恐らく純文学の作家だったら書かないと思うんだけど、阿刀田先生は書いてしまう。単刀直入。あっさり。ばっさり。

純文学は余地があるからこそそこに思いを馳せる。けれども、本作のように主人公の心情を好きなく書き尽くすことで読者は考える余地がなくなる分、物語に脳味噌全ツッパできる。考えなくていい。ただ読むだけでいい。徹底して、娯楽小説作家だなぁと思う。最近の小説の中には、そこの境界があやふやで、あやふやなあまりに駄作に成り下がってる作品もあるよね。

 

鉢伏山奇譚」

しかも、その美しさは、たくましいというより、むしろ嫋やかであり、わけもなく女性的なものに感じられた。p.220

杉の木に異性としての魅力見出す、やべぇ大学生の話である。上記の一行は一本杉の描写である。エロ杉だろ・・・・・・。

最後花粉症になってたのはちょっとおもろかった。そりゃなるだろ。

ちなみに私も花粉症です。なので杉は絶対に恋愛対象外。タイプじゃない。絶対ない。まじない。ありえない。滅亡してほしい。まじで。

 

「あやかしの声」

「本には命があります。言いたいことが沢山あるのに聞いてもらえない。」p.252

本に命があったら・・・というホラー風味の小話。

私は本に命が宿るとは思わない。

けれど、物語には命が宿ると思う。

それを再分配した命の欠片が宿るのがせいぜいという認識。私にとっては、あくまで本は無機物。

例えると、「本→不気味な市松人形」「物語→人間の魂」。この関係性。

 

昔の本特有の頑張ったら描けちゃいそうなイラスト表紙、嫌いじゃない

以上である。

さっくり読めてまぁまぁ面白かった。

大御所、さすがに文章が匠。

でも全体的に、恐らくターゲットはが50~70代くらいで要するに、31の私はこの本を読むには若すぎた。そこが少し惜しかった。でも私はブックオフで110円で買ったこの本を、その年齢まで大切に持ったりはしない。本は無機物とみなしているので。

図書館で時間を潰すおじいちゃんが喜んで読みそう。

老人ホームの本棚とかにも挿しておきたい一冊。

 

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LINKS

同じ作者の作品。角川ホラー文庫の初期作品の表紙は独特の味があっていいんだ。

tunabook03.hatenablog.com

 

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20250618

読んだのは恐らく去年の秋くらい。11月とか12月とか。

結構支離滅裂なことが書かれていたので、思ったより推敲に時間がかかった。

BOOKOFFの100円コーナーに行くと必ず阿刀田高は見る。おもろそうな短編集ないかな?という具合に。