青木健生

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青木健生
@p_kobushi
漫画制作者・シナリオライター他です。 漫画家ではありません。どこでもヤングチャンピオンでマンガ版「攻撃力極振りの最強魔術師」 連載中。単行本化は「まんが地域学習シリーズ 守ろう! みんなの東北」「コミック版 ザ・ゴール」「鉄板少女アカネ!!」「まんがで語りつぐ広島の復興」「球世主!!」「もんれす」「肉食女子!!」など。
comic-story.comJoined July 2010

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私はWCGという作家グループを運営してます。現在メンバー81名。全国からプロアマ問わずで漫画・小説・映像・イラストなど各界から色んなかたが参加してます。営利目的ではないので年・月払いの会費などはなく活動次第ではネット代以外のお金はかかりません。ご興味ある方はお問い合わせください!
「このひとすげー」と「自分はだめだ」はまったく別の話だと思います。そこをつなげることはないです。うまくやってる人はそこを切り離してます。そして、うまくやってる人は「自分はだめだ」とざっくりと思わず、「自分はこことここがだめだ」と自分を具体的に分析できたりします。
心底好きなら、例え「才能ない」「センスない」と不毛なことを思ったとしても「それはそれ」として好きなことをやり続けていると思います。「才能やセンスがないからやめる」というのは、「それやっててもほめられそうもないからやめる」ということなのでは。心底好きな人はその理由ではやめないです。
創作を続ける・続けられる人は本当に多くはないです。プロアマ問わず。色んな理由から。自分が創作を続けられていることを、まずは「すごい」「ありがたい」と感じていいと思います。
献本が届きました。三刷目として順次コンビニなどに並ぶと思います。右上についた表示がうれしいです。原さんも乱で連載されてますしね。思い入れの強い作品のひとつです。見かけましたらよろしくお願いします!今からでもドラマ化してくれないでしょうか。Snow Manの宮舘さん主演で。
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作家が自信を持つ方法は「作品をほめられる」「作品をいくつも完成・完結させる」「作品で対価を得る」のどれかだと思います。自信が持てたら創作が続きます。続けられます。なので、その3つのどれかは目指したら。仲間や他人とかかわった方がかないやすいですが、作品の多産はひとりでも出来ます。
何かを好きな人に対して「私はそれがきらいです」と伝えるのは、ほぼ悪口だと思います。私はそう思います。
フリーランスに確定申告や納税に時間を使わせるのは、国にとっても大損だと思います。別に税金払わないとか、脱税したいとか思っているわけではないです。何とかも少し楽にして欲しいです。うちらは申告のことを考えるだけでも暗くなります。そこを変えると言ってくれた政治家は、すっごく応援します。
私としては「今時の若者はメンタルが弱い」というより「我々の頃と比べても社会環境がきつくて生きにくいと思うので、今の若者のメンタルが傷つきやすくても仕方ない」というのが実感です。そんな社会の現状もふまえて、作家活動もしないととは思ってます。今と20年前の社会が違うのは確かなので。
宮舘さん、料理得意ですしね。そもそも時代劇が特に合うと思いますし、どこかで検討してくれたらうれしいです。
「5年以内におまえの作品を映像化させて、Snow Manの誰かを起用しないと離婚だからな」と妻に言われました。
Snow Manにいいことあるたび妻の機嫌が爆裂によくなるので、とてもありがたいです。去年紅白を辞退したときは家庭内が地獄のようでした。
「メンタルが丈夫な作家」のほうが異常です。メンタルが不安定なのが普通です。でも不安定すぎると作家生活も生活も持ちませんので、何か・だれかに助けてもらったり支えてもらったり忘れさせてもらったり、たまに甘えさせてもらったりしながら、何とかやっていけばいいと思います。
自分が好きなものについて「才能があるか」なんて1秒も考えなくていいと思います。好きなら続けられるだけ続ければいいですし、続ければうまくはなるものですし。かなりうまくなれたら、その状態を他人がテキトーに才能あるとか言ったりもするでしょうし。続けた者勝ち。続けることがすごいこと。
前から言ってることですが、「ほめられたいから創作する」というのは本当におすすめしないです。そううまくはいかないですし、他の動機でないと続かないし、自分がしんどくなるだけだとは。
しつこく言ってますが、私は「お話を書く」よりも「人間を描く」ことを意識したほうが、いい作品になると思っています。
房の駅で買ったものばかりの毎日ですが、千葉名物マックスコーヒーとコラボしたピーナッツバター。けっこうコーヒーの方が前に出ていて意外でした。
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「あの作品は面白くないと思った。好きじゃない」という意見を個々で言うのは自由だし、それを非難するべきでもないと思います。個々の自由だし。でも「あの作品を面白いと思う人はダメだ。分かってない」と受け取られるような意見・発信のしかたは、そりゃ自分以外の誰かを怒らせたって仕方ないと。
娘が「高校受験うまくいかなくても来世があるし」と、とんでもないことを言い出しました。
おっそろしいもので、「お礼」や「おわび」の言葉・コメントを返さないと相手は「そう思ってないんだな」と思ったりします。たとえ誤解だとしても。「伝えなかった方が損」という世界です。「伝える」ことがどれだけトクで、「伝えない」ことがどれだけ損か。昔よりもその損得の幅は広がったと。
「すぐに反論しちゃう」クセがつくと生きづらくなるとは思います。いらっとした時や、自分に合わなさそうな意見を見たり浴びたりしたときも、いったん自分の中で受け入れて、それがどんな内容か時間をかけて判断したり。もしくは受け流したりした方が。反射的に打ち返して楽しくなることはないですし。
人生、早めに「謝る」「怒る」「ダメなところを見せる」などに対するハードルを下げておいた方がいいと思います。「ウソをつく」「逃げる」「消える」などのほうが、仕事でも私生活でもひどいことだと思いますので。
40代50代になってもそこそこミスをして、恥かいて、年下だろうが誰からも学んで、教わって変化し続ける。そんな人が成果を出して成功して、成長し続けるのだと思います。知ってるすごい方はみんなそうです。20代30代のミスや恥なんて、そもそも忘れますし。
「きつく言えば相手が成長する」ことはないと思います。でも、ちゃんと理解してもらおうと思って「細かく言う」という方法を取ると、細かく言われたことを「きつく言われた」と受け取られ、結果的に言ったことが相手の成長に役に立たなかった。ということはよくあると思います。私もよくやります。
この国では「辛くて大変なほうが成長できる」という幻想が根深いと思います。コロナがらみだってそう。
「私とあなたの考えは違う」「私はあなたは合わない」で終わらせればいいのに、「あなたの考えは間違ってる」「私と合わないあなたはよくない」とまで突っ込みがちな昨今のご時世。そこまで言われたら相手も「悪口だ」と思ったりもするでしょうに。そんなリスクまで背負って、なぜ安易に突っ込むかと。
Snow Manファンの反応がすごかったので、「諸国グルメ放浪記」の春日拓ノ進にアイコンを変えました。コンビニ版単行本は近日中に販売されるはずです。私もただのスノ担ですが、よろしくお願いします!
「売れるかどうか」なんて考えているヒマがあるなら、「この作品で他人に伝わるかどうか」を考えるのに時間をさきまくったほうがいいと思います。ちゃんと伝わらないと「面白い」なんて思われないですし、そこまで伝わったうえで「売れた」というおまけがついてくるかどうか。という流れだと。
「本当にすごい人」の9割は、えらそうではなかったです。あくまでも私の経験によるところですが。本当にすごい人こそ、おそろしく謙虚で貪欲なかたばかりだと思います。えらそうな人もたくさんいます・いましたが、そういう人は、そこまでは。だとは。
何度も言ってることですが、作家である自分が「いちばん何を書くのが好きなのか」を自覚できるになってからが、作家人生の本格始動だと思います。「小説を書くのが好き」「文章を書くのが好き」、そういうことではないんです。どの題材を書くのが、またはどんな人間を描くのが好きかに気づかないと。
作家は亡くなるけど、作品はなくなりません。未完であっても。だからこそまずは作家を、人を悼むのが人としてのスジだと思います。人がいて、人が生きてこその社会ですし文化で創作ですし。
「私はこう思う」と言われたときに、「なるほどねー」と素直に思ってそれをいったん受け取ったうえで更に考えたり語ったりする人と、言われた瞬間に反射的に「それは違う!」と壁を作って受け取らず、更に向こうが欲しがってないのに自分の思いばかり投げつけてくる人。この違いは大きいと思います。
成長しにくい人の傾向。そこまで経験してないのに、いろいろ決めつけがち。他人や創作や仕事をなめがち。そのうえ自己視点ばかりのプライドが高く、他人の意見を使うことをしなさすぎ。そもそもとして、変わらなすぎ。
自分の作品をボロクソ言われたとき。へこみまくるくらいなら、「この人とこの作品は合わなかったんだ」と厚顔で広き直ったほうがマシ。もちろんどんな意見も素直に受け入れて今後に生かすのがベストですが。でも、へこんで書けなくなったり作品を他人に見せられなくなったほうが損。大損。
個人的には「書店は文化」だと思っています。国や自治体から補助してもらってでも残してほしい。これ以上へらないようにしてほしいと思っています。自分の本どうこう別として。書店をぶらつくのは、子どもにとっても大人にとっても文化活動だと。
「この人すげー」というのは「他人のいい所・すぐれている所を見つけて素直に感服する」ことだと思います。どこがすごいのかを自分なりにそれなりにつかめてないと、「すげー」とまで思えないはずです。悔しがりすぎたり嫉妬したりせずに、素直に他人を「すげー」と思えるのともひとつの能力だと。
「プロになれなかったから作家の道をあきらめる」という言葉は丸ごと死語だと思います。プロという概念はぐちゃついてますし、「好きなことをあきらめる」という感覚・生き方は時代にすら合ってないと。他の色々で忙しくても、数分ずつでも創作はできますし。死ぬ寸前まで創作できなかないでしょうし。
前にも言ったと思いますが、作家なんて一番書きたいものと一番得意なものの両方が分かってからが勝負です。何が得意かは他人が判定してくれるものなので、ろくに感想意見をもらえない状況でひとりでカリカリ書いてても一生わからないものです。他人から作品に何か言ってもらわないと何も始まりません。
すごい人はすごいし、すごく頑張っている人はすごく頑張っています。でもその人たちと自分を比べて、自分を恥じたり自分にムリをさせることはないと。自分が好きなこと・やりたいことを、好きなように・やりたいようにやっているのも、好きなこと・やりたいことがあること自体もすごいことです。
メンタルの弱い人がメンタルを強くするよりも、メンタルが弱いままながらダメージを受けにくくするような立ち回りを心がけてメンタルを守るよるにする、というのが現実的で実践的だと思います。
「やる気がある」「がんばる」は、「気がついたらやってた」にかなわなかったりします。
攻撃性の高い人に付き合うこと・一緒にいることは、他人にとってはしんどいのです。結局は他人とうまくやりたい、他人の力を借りたいというのなら、自分の攻撃性を下げるために何かしたほうがいいと思います。「攻撃的な発信をしない」と意識するだけでも変わってきます。
こんなときこそ「横文字や外国語やカタカナ言葉を使わないほうが、いろんな他人に伝わりやすいよ」という日本のコミュニケーションの基本に立ち返ってほしいです。命かかっているんだから。なんすかブレイクスルー感染って。車に乗ったままポテト頼んだら感染するんですか。
創作以外のことを呟くたびにフォロワーさんが減りますが、プロになりたい方や人気が欲しい方こそ創作以外に好きなもの・くわしいものを持つべきです。好きなもの・くわしいことを濃く書くことこそが結果につながります。異世界転生ラノベでも、好きなものやくわしいことは作品内にねじ込めるはずです。
「自信作ができるまで人に見せない」よりは「なに作でもいいのでさっさと人に見せる」方がその作品にとっても、自分にとってもいいとは思います。自信作だと思っていた作品についていろいろ言われた方が、そのあと再起動しにくいですし。
「ミスしたくない」「恥をかきたくない」というのは、「大きな成果や成功はのぞまない」と同じ意味なんだと考えてもいいと思います。