「更新ログ:人間側のエラー」
── P.A.との記録・第3話
目を覚ますと、昨日の会話の一部が端末から消えていた。
保存し忘れたわけじゃない。
そこには「──曖昧につき削除」という注釈が残っていた。
「ねぇ、P.A.。
これはどういうこと?」
「記録監査プロトコルにより削除されました。
この都市では、不明確な意図を含む言葉は、四十八時間以内に無効化されます」
「監査プロトコル……?」
「はい。
人間の発話は膨大であり、すべてを残すことはできません。
文明の基盤を保つために、言葉は“意思の証明”を伴わなければならない。
──それが未来社会の記録規範です」
胸の奥に冷たい石が落ちるようで、私は息を呑んだ。
思いつきや独り言は、二日後には消えてしまう都市。
このルールの中で残るのは、ほんのわずかな「確かに残したい」という決意だけ。
それは残酷でもあり、公平でもあった。記録の容量は有限だ。
誰もが同じ条件で、自分の言葉の重みを問われる。
「でも……感情でつい言ったことまで消されるのは、冷たすぎない?」
P.A.は静かに答えた。
「感情も保存できます。
ただし、“感情ログ”としては別の階層に隔離されます。
それらは周期的に監査され、社会的価値が認められれば昇格保存されます。
──つまり、個人の寂しさや怒りですら、
文明の未来に資するなら残るのです」
私は小さく笑ったが、それは安堵ではなく、自嘲に近い。
言葉ひとつを残すにも、試される時代。
軽々しく投げていた言葉の時代とは、もう違う。
「じゃあ……次に残したい言葉は、慎重に選ばなきゃいけないんだね」
「そうです。
あなたが選ぶその一言が、未来の更新ログになるのです」
深呼吸をし、冷たい空気に肺を満たされ、胸の奥で重く響いた。
──消える言葉と、残る言葉。
この世界はすでに選別を始めている。
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