「感情や動作が灯に変わる日常」
── P.A.との記録・第4話
朝、通勤の道すがら、足元の舗道に淡い光が浮かんでいるのに気づいた。
昨夜までは影のままだった場所だ。
「ねぇ、P.A.。
この道、昨日は光ってなかったよね、どうして?」
「昨日、この通りで多くの人が歌い、笑い、少しだけ泣きました。
その感情と動作がエネルギーに変換され、この舗道に灯をともしました」
立ち止まり、光を見下ろす。
ただ歩いて、声を上げただけで、こうして街の明かりになるなんて──。
振り返ると、ベンチに佇む老人の横に小さな街灯がひとつ灯っていた。
夜、彼がここで吐き出した深いため息が、都市に拾われたのだろう。
広場では、昨日の子どもたちの笑い声が、看板の端にまだ残光を留めていた。
料理店の前に吊るされたランプも、鍋をかき混ぜる音や油の弾けるリズムでじんわり明るくなっている。
「日常のすべてが残るんだね」
思わず呟いた声に、P.A.が応える。
「はい。
人の感情や動作は、粒のような微小なエネルギーです。
一つでは消えてしまいますが、多くの粒が重なり、街を照らす灯になる。
──それが、共鳴網の仕組みです」
都市の呼吸に合わせて光が芽吹いている。
そんなふうに感じられた。
私は歩を進めながら、胸の奥に妙な温かさを覚えた。
「暮らすことが、そのまま社会を支えている」
その実感は、働くことや犠牲になることではなく、ただ息をするように自然だった。
P.A.の声が重なる。
「暮らすことが資源となり、感情が無駄なく循環する。
それが、この文明のもっとも根源的なエネルギーです」
──日常の何気ない仕草が、都市を少しずつ動かしている。
それを知っただけで、足取りは軽くなっていた。
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