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反省の色ないメディア、不起訴になっても広がる「犯人視」…産地偽装事件で実名報じられた社長の切なる願い
「自分がどんな気持ちになるのかわからないのでニュースはまだ見られない」と話す並木商店の代表取締役の男性(2025年8月6日/東京都千代田区/弁護士ドットコム撮影)

反省の色ないメディア、不起訴になっても広がる「犯人視」…産地偽装事件で実名報じられた社長の切なる願い

「警察の情報を丸呑みにして報道してきたみなさんの姿勢を検証してください」

違法な捜査によって「大川原化工機」の社長らが冤罪に巻き込まれた事件では、無実を知ることなく亡くなった元顧問の遺族がメディアの責任を問いかけた。

しかし、その後も事件報道の基本的なあり方は変わっていない。最近も「犯人視報道」にさらされた“被害者”がいる。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●警察発表で作られる逮捕ニュース

今年6月、東京都府中市の学校給食用の鶏肉を外国産と知りながら国産と偽ったとして、都内の有限会社「並木商店」代表取締役の男性(当時41歳)と委託先の会社の代表が不正競争防止法違反の疑いで警視庁に逮捕された。

マスコミ各社は実名で報じ、顔写真や移送される姿を放送するテレビ局もあった。

並木商店の男性は任意の取り調べの段階から捜査に協力し、容疑については一貫して否認していた。にもかかわらず、委託先の代表者の共犯者と疑われて逮捕されたためか、多くの報道は「認否を明らかにしていない」などと警察から聞いた内容をそのまま報じた。

日経新聞は「納入業者による産地偽装が目立っている」との文脈でこの事件を取り上げていたが、被疑者側の主張を伝えたのは、確認できた限り、朝日新聞だけだった。

朝日新聞は、並木商店にも取材して「国産の料金で見積もりを受けて納品されて、それを信用していた」というコメントを盛り込んでいた。

画像タイトル 給食に関する産地偽装事件で男性の逮捕を報じるマスメディア各社の記事(弁護士ドットコムニュースが作成)

●大川原化工機の冤罪事件と重なる構図

こうした報道のされ方は大川原化工機の冤罪事件と重なる。

同社の社長ら3人は当初から一貫して容疑を否認し、会社としても事件への関与を否定していた。だが、その声を掲載したのは、読売新聞と毎日新聞だけだった。

「被疑者の認否を明かさない」とする警視庁発表をそのまま報じた社があった点も今回と同じだ。

画像タイトル 大川原化工機の社長らが逮捕された当時の報道について、容疑を否定する被疑者の主張を掲載しなかったことなどを説明する朝日新聞の記事(弁護士ドットコムニュース撮影)

●不起訴でも広がる誤解

並木商店の弁護人をつとめた斎藤悠貴弁護士によると、同社は国産鶏肉の仕入れを依頼した別の会社から勝手に外国産を納品され、国産の金額をその会社に支払っていたという。

その意味で、斎藤弁護士は「外国産の鶏肉を国産と偽ったという刑事事件との関係では、並木商店は加害者ではなく、騙された被害者の立場です」とうったえる。

東京地検立川支部は7月15日付で、男性を不起訴としたが、当初これを報じたメディアはなかった。

会社ぐるみで事件に関わっていたという「社会の誤解」を解く必要があると考え、斎藤弁護士は7月下旬、マスコミ各社に「不起訴処分となったことも報じてほしい」などと要望書を送った。

その翌日以降、不起訴が次々と報じられた。

それでもネット上には、「また不起訴…」「悪いことしてもOKってことですね」などと、男性が犯人だと決めつける人たちの書き込みがあふれた。

画像タイトル 不起訴になったことを伝えるため、並木商店のHPに掲載された文書

●逮捕の余波で経営悪化

逮捕報道は生活にも影響を与えた。

取引先が食材の発注を相次いでキャンセルするなどし、1カ月あたり数千万円の売り上げがなくなったという。経営は悪化し、退職する従業員が出て、解雇にも踏み切らざるを得なかった。

同社は現在、同様の問題が起きないよう、仕入れや納品において外部委託を通さないなど、自社の管理体制の見直しを進めているという。

画像タイトル 不起訴になった並木商店の代表取締役の男性(弁護士ドットコムニュース撮影)

●逮捕時のフラッシュ「今もニュースは見ない」

男性は「別の会社に業務を委託していた立場として、外国産の鶏肉が使用されていたことに気づけなかったことはたしかで、ご迷惑をおかけした方がいるのは事実です。申し訳ない気持ちです」と話す。

「ただ…」と言ってこう続けた。

「私が事件に関わったと決めつけたり、容疑を否認しているのに『認否を明らかにしていない』としたりするような報道の仕方は悪影響が大きすぎると思います。

警察署に移送されたとき、ものすごい数のメディアがいて、一斉にフラッシュをたかれて撮影されました。それまでは逮捕のニュースを見ても自分の身に関係ないことだと思っていましたが、今はトラウマというか、いろいろと思い出してしまうのでニュースを見ないようにしています」

画像タイトル 「逮捕を報じた以上、不起訴も報じないと誤った認識が広まってしまう」と話す斎藤悠貴弁護士(2025年8月5日、東京都千代田区で、弁護士ドットコムニュース撮影)

●不起訴後の名誉回復は困難

斎藤弁護士もうったえる。

「逮捕時には、被疑者の言い分もしっかりと取材してほしい。今の報道は『逮捕された人=悪いことをした』という印象を与えがちです。事件の内容に応じて、逮捕段階でどこまで実名を出すべきかについても考えてもらいたいです」

さらに、不起訴時の扱いにも疑問を呈する。

「逮捕された段階で報じた以上、メディアが不起訴についても報じないと世の中に誤解が広がってしまいます。被疑者とされた側が自力で名誉を回復するのは極めて難しいんです。

今回、委託先の代表者は起訴されていますが、一部のメディアは不起訴だけを報じていて、給食で産地偽装をして不当な利益を得ていても不起訴となるという誤った認識が一部に広がっています。

起訴された人と不起訴となった人がいる事件の場合、起訴と不起訴の両方を報じることも必要だと考えています」

この記事は、公開日時点の情報や法律に基づいています。

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