「──久しぶり」
耳元で聞こえたすべての質問に「不正解」したその時。
僕の目の前に、あのときの少年が現れた。
随分と歳をとった僕とは違い、
少年の容姿はあの時のままで。
白い髪も青い瞳も、そして淡く控えめな翼も、
まるで歳を取らないかのようにまるきり同じだった。
「覚えてたんだね、俺のこと。ちょっとだけ嬉しいかも。二人で決めた符牒は、中々思い出してくれなかったみたいだけど」
あのときとまるきり同じ、夕映えの夏の暮れ。
僕よりずっと背の低い彼は、
微笑を湛えてそう言った。
わかりきった質問に、
おどけた「不正解」で返す。
それが、僕たちのつくった秘密のやりとりだった。
「君は──」
僕は、彼に尋ねた。
十数年越しにこの裏山を訪れてでも、
ずっと聞きたかったことを。
「君は、僕を殺すつもりだったのか」
心身共に成長した今なら分かる。
あのとき、彼がつくっていたのは、
例えるなら手製の処刑台であった。
さながらブランコやロープウェイのように、
紐にくくりつけられた板が宙に浮いている。
その板の上に乗り込んだ者が、
上から垂れる紐を首に巻き付けると、
板はがたんと音を立てて足元を離れる。
いわば、手つかずの裏山に作った絞首台である。
翼を持つ、人ならざる彼が、
その機構によって死ぬことはないだろう。
しかし、もし僕が彼の誘いに乗って台に乗り、
「タイムマシン」を作動させていた場合──
僕は、まず間違いなく縊死していた。
「言ったでしょ。あのタイムマシンを使えば、望む未来に行くことができるって」
彼は僕に語り掛ける。
こそこそと耳を擽るような、
あの懐かしい声の響きで。
「はずれものだった君は、あの世界のどこにもない輝かしい未来を望んでいた。はずれものだった俺は、この世界で一緒にいてくれる人を望んでいた。利害は一致したと、思ってたんだけどな」
透き通るほどに白い睫毛を伏せ、彼はそう言った。
その表情は、十数年前のこの場所で、
「タイムマシン」の同乗を拒否した僕へ向けたそれと、どこか似ている気がした。
「一応、駄目元で聞くんだけどさ。せめて今からでも、こっちに来る気はない?」
「ない」
「あんな家族や同級生と一緒の世界なのに?」
「あんな家族や同級生と一緒の世界なのにだ」
「……へえ」
「それに──この世界は、あんな家族や同級生『以外』の人とだって、一緒の世界なんだ。一部に嫌な奴がいるからといってさっぱりと棄てられるほど、簡単な人間関係と、単純な世界観ではいられなくなってしまった」
「そっか」
大人になっちゃったね、と彼は言って。
残念ながら、と僕も答えた。
「じゃあ、俺は別の人を探すことにするよ。世界の移動にはそれなりの体力が要るから──多分、もう二度と会うことはない」
「分かった。ありがとう、楽しかったよ」
白く透き通った翼をはためかせ、彼は僕を一瞥する。
「もう帰っちゃうの、って訊こうとしたけど──今の君に、その選択肢は必要ないんだろうね。あるのは、ただ一択だけみたいだ」
「だろうな。僕は、家に帰る。夏の秘密基地にすら心躍らない、至極つまらない大人として」
「わかった。それが正解だよ、きっと」
「そうだといいな」
ばいばい、と彼は手を振り、薄く笑って。
ふつりとその姿が消えた。
そして──
僕は踵を返して、
- 随分と涼しくなった夜の裏山を後にした。
正解!
不正解!
随分と涼しくなった夜の裏山を後にした。
夏が終わろうとしている。