映画『8番出口』解説—あれ何だったの?という人向け
すでに感想は書いたんだけれど。
8番出口がめちゃくちゃ刺さったのでツイッターで感想をあさり倒す日々なんだけど、思ったよりも「よくわからない」「つまらない」という感想が多くて。
だから「見たけどよくわからなかった」という人向けに解説っぽいものを書いてもいいなと思いました。
この映画じつはかなりヤバくて。
内容とマーケティングがものすごい乖離していて、壮絶なミスマッチを起こしています。
「8番出口てw映画にならんでしょ?」という半信半疑の態度で一応見に行く重度の映画オタクほど、その内容の深さにハマるタイプの映画です。
なぜその態度でわざわざ見るのかって?映画オタクは普通にハシゴ前提なので上映時間がかみ合うなら興味5%くらいの映画でもつなぎで観るので・・・・・・。
半面、現行のマーケティングで素直に見に行きたくなる、年に2、3回ほどしか映画館に行かない層の人にとっては、困惑させられる可能性があります。
まだ観ていない人は「この映画は人生のメタファー(たとえ話)である」とざっくり意識して観に行ってみてください。
それだけで体験が変わる可能性があります。
正直見る前はバチクソに舐めてたし、「カンヌ出展」って煽りも、8番出口とカンヌの距離が遠すぎて全然ピンと来てなかったです。
でも、見てみれば納得で、これは確かにアート映画の部類だなと。
しかもエンタメ性を維持しながら話題作でこれをやってのけるのかと脱帽しました。
ここからはネタバレ全開の解説パートです。
観たけどモヤモヤしている人は、そのままどうぞ。
特に、目に入った感想で文句言われてたところをやってます。
注意
個人の感想ベースです。「俺はこう受け取りました」という話でしかないので、正解かは知らんです。
まだ一回しか見ていないので細かい記憶違いは多分あります。
あと原作未プレイです。なので映画の中だけの話です。
小説版も未読です。
「おじさんパートいる?あれのせいで無駄に上映時間長くしてない?」
→いります。めちゃくちゃいります。
おじさん(歩く男)はゲームでもめちゃくちゃ存在感があるわけですが、まさかの「おじさん編」があるのは中盤の大きな驚きでした。
おじさんの行動自体は特に二宮(迷う男)の行動に影響しないので、尺稼ぎのサブエピソードのように見えるかも。
だけど、あのパートで実はいろいろなことが説明されています。
主なおじさん編の役割
1:脱出できないエンドを見せる
2:男の子の「できること、できないこと」を見せる
3:二宮との対比を見せる
4:ファンサービス
1:脱出できないエンドを見せる
これはわかりやすいと思います。
「もし8番出口から外に出られなかったらどうなってしまうのか」
その末路を観客に開示しました。
これは4:ファンサービスにもつながりますが後述。
2:男の子の「できること、できないこと」を見せる
二宮と男の子が出会うと同時に始まるおじさん編。
それまで男の子はおじさんと行動を共にしていました。
そこで男の子は「異変を上手く見つけられる」「ただしそれを上手く伝えられない」という、不完全なサポートキャラとしての性能を開示しました。
この、「不完全なサポートキャラ」の男の子にどう接するのか?
その差である3:二宮との対比を見せる、につながっていきます。
3:二宮との対比を見せる
「脱出できない担当」のおじさんと、最終的には脱出するであろう二宮の対比を描くことは重要です。脱出できない・できるの分かれ目を説得力をもって描くために避けられません。
おじさんは男の子に努めて優しく接しますが、彼が異変を見つけられることに最後まで気が付きませんでした。結果、偽の出口に飲み込まれてしまったわけです。
なぜそうなってしまったか?おじさんは男の子を「助けよう」とは思っていましたが、彼が何か重要なことに気が付いているとは考えもしていなかったからです。彼の手を引いてあげますが、彼が足を止める理由には思い至らないのです。
反面、二宮は彼が足を止めたときに寄り添い、同じ目線に立つことで異変を見つけました。ここはまた後でじっくり解説しますが、つまり男の子との接し方の差を描くことで、脱出するために必要なものは何なのかを観客に開示しています。
4:ファンサービス
これもわかりやすい機能です。
いうなれば「おじさんオリジン」ですから。
「なぜあのおじさんは地下通路を延々と歩いているのか?」
それが開示される、ゲームファンこそうれしいパートだと思います。
かつておじさんも地下通路を迷う男だったなんて・・・・。
映画全体の流れとしては、二宮がひととおり「原作再現パート」をやったあとにおじさん編に入ります。
ここで一気にこの映画の物語、主題に迫る条件を開示することで、ここから先の展開がわかりやすくなるんです。おじさんの尊い犠牲に感謝ですね。
この映画の物語、主題についてはおいおい。
「男の子がいらつく。異変をちゃんと教えろ」
→それができないからこそ意味があります。
「異変を上手く見つけられる」「ただしそれを上手く伝えられない」
この男の子との接し方こそが明暗を分けるというのは先述した通り。
なぜこんなキャラが導入されたのか?それはこの映画の異変とはいったい何のメタファー(たとえ話)なのか?をはっきりと打ち出すためです。
この映画における異変とは単なる怪奇現象ではなく、もっとありふれたものです。誰か困っていないか?おかしなことが起きていないか?
つまり、映画冒頭でサラリーマンに恫喝されて困っているお母さんのようなものこそが、この映画が訴える異変です。それを、みんな見て見ぬふりをしているじゃないか?と。
ゲームのギミックでしかなかった異変を、現実の問題に接続させたわけです。
この映画ではそれを、不器用な男の子を通じて強烈に訴えかけてきます。
男の子が異変に気が付き足を止める。
これ自体をちゃんと異変だと気が付いて受け止められるか。
おじさんはこれが出来ませんでした。
彼は最後まで男の子の「声なき声」に耳を貸さず、最後は偽の出口に通じる階段の「上」から引っ張りあげようとしていました。それも善意であることは間違いないのですが。
二宮は彼と違い、男の子が足を止めた場所まで戻り、同じ目線に立ったことで異変を見つけました。そして同時に、彼が上手に異変を見つけられる、ということも見つけられたわけです。
異変=困難に対して寄り添い、同じ目線に立とう。
これは多分、この映画が訴えるメッセージでもあります。
ラストシーン。脱出した二宮は(元)彼女に電話で「そっちにいくよ」と伝えます。「生んでよ」でも「堕ろそう」でも「結婚しよう」でもなく。
ここで独りよがりに結論を出すのではなく、まず相手に寄り添おう。
これも男の子に対して寄り添ったのと同じ姿勢です。
この視座を持った人間でないと、あの地下通路からは脱出できません。
途中から男の子がしゃべり始めたのも、二宮がちゃんと彼に向き合ってくれることが伝わり、緊張が解けたとか、そんなとこでしょう。
ある意味でそれは、男の子の変化ではなく、二宮の変化が男の子に反映された、と捉えるほうが正確かもしれません。
二宮がちゃんと男の子に向き合っているから、男の子も二宮に意見を言えるようになったわけです。
それまでは、男の子は自分で異変に気が付いていながらも、最後は大人に追従する形で誤った選択を繰り返していましたし。
「結局なんの話だったの?」
→あなたの周りの「異変」を見逃さないで、という寓話
この映画において異変は、実は3つの方法で表現されています。
1:ゲームまんまの意味での異変
2:異変を見つけると足を止める男の子
3:恫喝されるお母さんのような、現実の出来事
1については説明不要でしょうし、2の男の子についても先述した通りです。
大事なのは3の現実です。
8番出口にたどり着くための地下通路の探索を通じて、二宮は人間的に大きく成長しました。
それを端的に表現しているのが、冒頭とラストシーンです。
同じ電車で、同じように恫喝される親子に出会います。
ここで二宮が取る行動の違い・対比をもって、それを描いています。
冒頭では見て見ぬふりをし、イヤホンで泣き声もシャットアウトしてやり過ごしていました。
でもラストでは、どうするのかはわかりませんが、何かはすると断言できる描き方をされています。
異変を見逃さないこと
赤ちゃんが泣いていて、それを理不尽に恫喝され、お母さんが困っている。
異変だろうがよ。見て見ぬふりしてそのまま進んでんじゃないよと。
あえてゲームに寄せていうなら、冒頭の電車からもう異変探しは始まっていたのかもしれません。
最初に見て見ぬふりをしてしまったからこそ、正しい出口にたどり着けなかった。だから、ここでちゃんと異変を見つけないといけないわけです。
二宮がそういった行動をとれるようになったのは、地下通路で男の子に出会い、彼と寄り添って助け合って脱出したからこそです。
そして、そういった成長を観客にも求めているのが、この映画のメッセージだと思ってます。
つまり寓話。おとぎ話です。
「まじめに働こう」っていう『アリとキリギリス』とか
「正直者は報われる」っていう『金の斧』とか
そういうメッセージありきの話です。
「現実にも異変はある。見逃さないこと」
そしてここまでに述べたように、その異変に対して強引に解決を迫るのではなく、まずは寄り添ってほしい。
「異変を見逃さないこと」「それに寄り添うこと」
二宮がいかに地下通路を脱出したかを通じて、このメッセージを観客に訴えかけている映画が『8番出口』でした。
あとがき
とりあえず、この映画のテーマは解説できたかなと思いますが、どうでしょうか。
重ねてことわりますが、あくまでも「俺は観てこう思った」という話でしかないので、正解とはまた別かもしれません。
そういうのはパンフレットとか監督インタビューをあたってください。
小説版もいいかもしれません。
個人的には良い意味で、今年もっとも裏切られた映画です。
だからこそ、その良さが伝わってないことがもどかしく、こうしてせっせと書いたわけです。
マーケティングとのギャップに驚いて楽しみ方が分からなくなってしまった人もいるかもしれません。もっとわかりやすいホラー展開を期待してたりとか。
でも映画の表現に寄り添って見ていくと、ものすごく真摯で前向きなメッセージが込められた映画でした。
このメッセージを映画から受け取れるかどうか。
ここにもおじさんと二宮の対比に似た関係を感じました。
自分のイメージを押し付けるのではなく、映画の表現に寄り添って楽しむことで、これを読んだあなたが8番出口から脱出できたなら幸いです。
まあそれも俺個人の解釈でしかないので。
延々と同じところを歩いているのは俺なのかもしれないけれど。




コメント
6タレントが主演でゲーム原作の映画なんてコケる要素しかないじゃんwwwくらいの感覚で見に行ったら見覚えありすぎる地下鉄ホームが出てくるわ、あの災害の再現があるわで現代人が忘れてるリアルとモラルを突き付けてきた良作だった
ゲーム実況等の前情報何もなしで映画を観ました。
自分が感じていて上手く言語化出来なかった所が全部言語化されててとてもありがたい!
観る人のバックグラウンド、どう思考し想像するかでかなり感想が変わるだろうなと思う映画です。
とても的確な表現とわかりやすい言語化に膝を打ちながら拝読しました。
まだ見てないのですがこれは自分の目で確認しに行こうと思います😊
ありがとうございます。
通りすがりにコメント失礼します。私はゲーム実況入りで映画になるのか?これという感じで見て大感動して帰ったんですが周りはあまりハマっておらず…まさに冒頭に書かれていたとおりでした笑
私も思ってたことがうまく言語化されていてとても納得しました。なんだかスッキリしました、ありがとうございます!