私が七歳の頃の話。
昔の私は今よりも人と接するのが苦手だったから、親の手伝いを済ますとすぐに人目のない場所で時間が過ぎるのを待っていた。
その日の私はいつも行く花畑に向かわず風車がある丘へと足を運んだ。
たまには違う場所に行ってみようと思ったから。
そこに彼はいた。
私は丘の中腹で寝転んでいる彼を見つけてとてもびっくりした。
男の人は子供でも夕刻まで働き詰めなのに、彼はそんなことお構い無しに丘で気持ちよさそうに眠っていたから。
どうして彼は働いてないのだろう?そう思いながら近付いて行くと私は彼の顔を覗き込んだ。
「……綺麗」
村では珍しい銀色の髪に端正な顔立ちをしている彼の顔を見て、思わず口に出してしまった。
「んぁ?…………誰?」
ソレが聞こえたのだろうか。彼が目を覚まして私と目が合った。
「!」
私はびっくりして後ろに下がろうとするが驚いた私は上手く足が動かず躓いてしまう。そのせいで丘を転げ落ちそうになった。
「ちょ!大丈夫?!」
それを彼が抱き止めてくれた。
ギュッと抱きしめられて心臓が飛び出すくらいドキドキする。男の人と密着する事なんて初めてで、混乱して言葉が出ない。
「危ない危ない!間一髪だったね!」
そう言って彼は私を離すと服に付いた汚れを払ってくれた。
私は上手く喋れないまま感謝を伝えると彼は優しく微笑んだ。
「女の子を守るのは当たり前のことさ!」
ニコリと笑った彼に私は見惚れてしまった。父以外男の人と喋ったことがない私が、かなり整った顔立ちをした彼の笑顔に目を奪われるのはしょうがない事だと思う。
「俺はヤマ!きみの名前は?」
「……ゆ、ユミル」
「ユミルちゃんか!良い名前だね!」
そう言ってまたニコリと笑う彼。
初めてだった。名前を褒められるなんて。
自分の名前なんて今まで気にしたことは無かった。ただそれぞれを分けるためにつけられた意味のない名前。好きでも嫌いでもなかったけど良い名前と言われた私は少し嬉しかった。
「……ありがとう」
「いえいえ!ところでユミルちゃんはどうしてここに?」
「……お母さんたちの手伝いが終わってやる事が無かったから」
「時間を潰すためにって感じかな?俺と同じだね」
「同じ?」
「うん。親の手伝いはしてないけど時間を潰すって言う点では同じさ」
「……手伝いしないの?」
親の仕事を手伝わないと怒られるしご飯が貰えない。それが普通なのに何故?そう思っていると、
「しないよ。させてくれないって言うべきかな」
彼は苦笑してそう言った。
「させてくれない……?どうして?」
「聞いたことある?"悪魔の子"ってさ」
"悪魔の子"確か父から聞いたことがあった。銀髪の子供は災いを呼ぶ悪魔の子だから近付くなって。
「あるけど………あ!」
「そう俺がその悪魔の子ってわけ。そのせいで村の事には関わるな!ってね」
彼がみんなの言う悪魔の子?
そんなこと全然思わなかった。
髪が銀色のこと以外私と同じ普通の子供の様で、災いを呼ぶなんて信じられなかった。
「って事で俺には関わらない方がいいよ。一緒にいる所を見られたら何を言われるか」
さあ行った行った。と手で追い払うようにする彼は私に背を向けるように座ると黙ってしまった。
私は彼の寂しげな背中を見て
「……大丈夫だよ。こんなところ誰も来ないし」
彼の隣に座った。
他人が苦手だった私がなんでそんな事をしたのか今でも分からない。だけどひとつ言えるのは、私は彼に興味が湧いたんだと思う。
そうしてわたしは彼に聞いた。なんで悪魔の子なんて呼ばれているの?って。
彼は少し考えて教えてくれた。
「俺は生まれながらにして
「そのせいで俺は殺されかけて、庇った俺の父親は死んでしまった。そのおかげで今では災いを呼ぶ悪魔の子さ」
そう話す彼に私は驚きで言葉が出なかった。
それに信じられなかった、生まれながらにして知恵があるなんて。でも彼が私と同じ子供なのに変に大人びてるのにも納得がいった。
父親の死。
それについて私は彼になんて言っていいか分からず俯いてしまった。
すると彼は私の頭を撫でて「もう過ぎたことだし気にしてないさ」と笑った。
その日から私は手伝いが終わると毎日彼のいる丘へと行った。
最初のうちは私が来るのを拒否していた彼だったけれど、言っても無駄だと分かったようで何も言わなくなった。
その日の出来事や好きな物、将来やってみたいこと、そんな他愛もない話をして過ぎていく日々。
両親には最初怒られたけど、言っても聞かない私に諦めたようで食事の配達係を任された。
村のみんなには悪魔の子と関わってる私も悪魔なんじゃないか。なんて言われたけど私は気にせず彼の居る丘へと通った。
私は彼が悪魔の子なんて思わなかったから。
ある日、いつも通り彼の食事を運んでいる時の事。
丘のふもとまで来た私は少しの休憩をとるために切り株に座った。
その時側の草むらから犬がでてきた。首に付いた首綱がちぎれており狩猟の人達から離れたんだとわかった。
犬はお腹が空いているようで私の持っている食事を見て唸り声をあげはじめた。
「……これは、ダメ」
食事を隠す様に抱えて1歩下がる。
犬は歯をむき出しにして吠えて威嚇してくる。
私は逃げようとして全速力で走った。でもすぐに犬が追いついて来た。
「あっ!」
石に躓いて転けてしまう。持っていた食事は地面に散らばって台無しになる。犬はもうすぐ近くまで来ていて私は頭を抱えてうずくまった。
その時だった。
「何しとんじゃ糞犬!!」
ちょうど丘から降りてきていた彼が助けに来てくれた。
彼は近くにあった棒を地面に投げて威嚇すると、地面に散らばった食事の一部を掴んで投げた。
「ほらどっか行け糞犬!」
すると犬は投げられた食事を追って走り去っていった。
「ユミルちゃん大丈夫!?」
「っ!!」
「おわっ!」
心配して側まで来てくれた彼に私は抱きついた。怖かった。誰も助けに来てくれないと思ったから。
でも彼が助けに来てくれた。
「もう大丈夫だよ。怖かったね」
そう言われて私は彼の胸元に顔をうずめた。
この時から私は彼のことが好きになったんだと思う。
_______________それから数年。
その日も私は彼の食事を運びに丘へと向かった。
いつも通り寝そべっている彼の元に着くと彼の側に座る。
食事を渡して話をしていると彼が急に言った。
「もしかしてユミルちゃんって俺に惚れちゃったりしてるー?」
時間が止まったように思えた。
私の心臓の音がどんどん大きくなって顔が赤くなっていく。
「冗談だよ!じょーだ……」
否定しようにも声が出ない。彼が何か言ってるけど心臓の音がうるさくて聞こえない。
こちらを向いた彼と目が合った。
「まじか」
顔を見られた。恥ずかしい。
すぐにうつむいて見せないようにするけど手遅れだろう。
どうしよう。どうやって言い訳をしよう。
「ユミルちゃん!」
混乱している私の手を彼が両手で握った。
突然の事に理解が追いつかない。
「もうちょっと大人になったら結婚しよう!」
私の顔がより赤くなって林檎みたいになっているのがわかる。
もう何が起こっているのか理解できない。
突然彼に私の気持ちを当てられて、なんて言い訳しようか考えていたら結婚を申し込まれた。
嬉しい気持ちと恥ずかしさが合わさって頭がどうにかなりそう。
私が混乱して黙っていると、彼が不安そうな顔をして私を見つめていた。
そうだ。早く返事をしないと。
でも声がまともに出る気がしない。
だから私は握られている手を彼の手に絡めて
「ユミル、さん?」
__________コクリと頷いた。
次の瞬間に彼は喜びのあまり叫んだ。
その声は村に響くほどで、この後門番さんから怒られるぐらいは大きかった。
それから私達は落ち着きを取り戻すと手を繋いで村へと帰った。
私はその夜眠れなかった。
好きな人と一緒になれる。その事が私はとっても嬉しくて将来が楽しみになった。
きっと明日から彼との楽しい日々が続くんだろう。
私はそう思うとどうしても眠れずいた。
______________to be continued?