中国のデモ・白紙運動とは 反スパイ法改正による日本の影響
東京や大阪の繁華街で「共産党やめろ」と叫ぶ中国の若者たち。白い紙を掲げるこのデモは『白紙運動(はくし・うんどう)』と呼ばれ、中国政府が行った“ゼロコロナ政策”への反発から生まれた抗議活動です。今、この活動は、北米やヨーロッパ、オーストラリアなど海外にも広がり、日本も重要な拠点の一つとなりました。中国政府は、その後、言論統制を強化。それでも“中国政府に民衆の声を届けたい”と一部の中国の若者たちが発言の場を求め、来日しています。
しかし7月、中国で改正反スパイ法が施行され、法律を広義に解釈すれば、海外での中国政府への批判的な言論が取り締まりの対象になるのではないかと危惧されています。「白紙運動」、「反スパイ法」の改正、一連の動きが日本に与える影響について専門家に聞きました。
(クローズアップ現代取材班)
Q.「白紙運動」とは?
「白紙運動」とは、中国政府によるゼロコロナ政策に対し抗議の意を示そうと自然発生的に起きたデモ活動です。
新型コロナの世界的流行の中、中国政府は感染を徹底して押さえ込もうと、1人でも感染者が出ればその地域をロックダウンし封じ込める政策を3年に渡り続けてきました。
極端なやり方に「人権が無視されている」と市民の不安が爆発したのです。
去年11月、「白紙運動」のきっかけとなる事件が起きました。新疆(しんきょう)ウイグル自治区・ウルムチで起きたマンション火災です。感染対策で逃げ道が封鎖され、避難できなかった住民10人が死亡。住民がベランダから助けを求める動画はSNSで拡散されました。この事態を目の当たりにした多くの若者たちが“非人道的で理不尽だ”として、SNSで抗議の意を示したのでした。
実は、「白紙運動」は、南京の1人の大学生が抗議の意を示すため、校内で白い紙を掲げたことが始まりでした。
その後、SNSを通じ賛同者は中国全土に増え、抗議デモに発展し、上海や北京など20以上の都市に広がったのです。さらに、欧米や日本など海外でも「白紙運動」は行われ、世界中で報道されました。
なぜ、人々が白い紙を掲げたのかというと、習近平体制では厳しい言論統制が敷かれているため、“自由に発言できない故、無言の抵抗である”ことを示すためです。
市民が習主席や共産党を直接批判するのは、極めて異例のことで、「共産党の指導部に向けられた、これだけ大規模な抗議活動は1989年に起きた天安門事件以来だ」という見方が出ているほどです。政府は、「白紙運動」の直後、ゼロコロナ政策の緩和に転じました。市民の声が政策転換につながったことは、この10年に及ぶ習近平体制のもとでは異例の出来事だといわれています。
一方で、抗議活動を行った若者たちが相次いで拘束されるなど、習近平指導部は言論統制を強化。
一部の人たちはすでに解放されたものの、最初に白い紙を掲げた南京の大学生はいまも拘束されたままだとみられています。
若者たちの一部は海外に移り住み、“ゼロコロナ政策”終了後も、「祖国をよくしたい」と今も声を上げ続けています。特に中国の隣国の民主国家である日本は彼らの重要拠点の一つです。
背景にあるのは、中国の若者たちにとって日本は、アニメや映画を通して文化的に親しみがあることに加え、円安という経済事情も追い風になっているとみられます。
Q.反スパイ法とは?
日本で抗議活動を行う中国の若者たちが危機感を募らせているのが、7月1日に施行された「改正反スパイ法」です。これまでと何が変わるのか、ポイントを挙げます。
▼「安全の定義」があいまい
もともと、この法律はスパイ行為の対象を、外国の機関などと共謀して「国家機密」を盗み取ることや提供することなどとしていました。しかし、今回は対象を拡大し、新たに「国家の安全と利益に関わる文書やデータ、資料」なども加えたのです。
肝心の「国家の安全と利益」が何なのかについては、具体的な定義はなく、あいまいなままで、広義の意味で法律を捉えれば、海外での発言も取り締まりの対象になるのではと一部では危惧されています。
▼スパイ活動の摘発への協力の義務化
中国国民に対しては、スパイ活動の摘発に協力することを義務化しました。
また、情報提供のための窓口も設置するとしたほか、重大な貢献が認められた場合は表彰や報奨も与えるとしています。密告を奨励するこの法律によって、中国社会では人々が相互監視を強めていくことも懸念されるほか、来日した若者の中国国内にいる家族が捜査協力を強要される可能性も指摘されています。
▼ネット事業者への協力の義務化
この法律では、インターネットの事業者に対しても、スパイ捜査への支援と協力を義務化しています。ネット上でやりとりされる情報やデータも取り締まりの対象となることで、SNSなどの書き込みにも中国当局はさらに目を光らせると予想されます。中国国内の軍事的な施設などの写真などを投稿することにも注意が必要です。
Q.強化される言論統制 私たちへの影響は?
一連の動きは、私たちにどのような影響を及ぼすのか?
元時事通信社の北京特派員で白紙運動後の言論統制の現状に詳しい北海道大学の城山英巳教授に聞きました。
―スパイ法が改正されたが、ビジネスへの影響は?
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城山教授
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経済活動には非常に大きな影響が出てくると思います。
当然のことながら日本人が日本国内で反スパイ法で逮捕されることはありません。ただ、中国でビジネス活動を行ったり、中国に行ったりする場合には気をつける必要があります。
例えば、駐在員の多くは中国通です。中国国内に友人をつくり、情報をもらい、時には便宜を図ってもらう。経済活動に有益な内部情報を独自に入手することは、駐在員の基本的な仕事です。こうした前提に立った場合、今回の反スパイ法の改正は、駐在員が中国での人脈形成や情報入手を妨げる可能性があります。
経済減速に直面する中国政府は、外国企業を誘致したいのが本音でしょう。巨大中国市場を餌にして招き入れつつも、駐在員には、内部情報の入手につながる人脈は築かせない。こうした環境を作ることで、自分たちの経済政策を有利に進めたいという思惑もあるのでしょう。そういう意味で、日本の経済活動には極めて大きな影響を及ぼすだろうと思います。
―言論の自由を求めて来日する中国人にも影響はあるか?
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城山教授
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反スパイ法がまず対象としているのは、中国共産党・政府幹部や中国国内で影響力のある改革派知識人、ジャーナリストです。法律を厳格に解釈すれば、国外で声をあげる若い中国人を対象にすることはできないでしょう。彼らが、“国家の安全に関わる情報”を持っていると判断することは難しいためです。
しかし、法律を広義の意味で解釈した場合は、国外の中国人が摘発される可能性も否定できません。なぜなら反体制派の中国人は、インターネットを通じて反体制派に関わる情報などを持っている場合があるためです。
例えば、当局に捕まった民主派や人権派の判決文や起訴状、これら反体制派を取り締まる公安当局の情報などです。こうした情報は、国家機密と解釈される可能性もあります。彼らは、中国共産党幹部個人に関わる情報を持っている場合もあり、外国の機関や外国人と情報をやりとりした場合、若者といっても、反スパイ法に問われないだろうということはありません。日本にいれば捕まりませんが、中国に戻ったら拘束されるリスクがあります。広い意味で捉えれば、反スパイ法は日本に逃れてくる若い人たちにも関わってくる可能性があります。
さらに先月(8月)恐ろしい動きもありました。スパイを摘発する国家安全部が、中国のSNS「ウィーチャット」にアカウントを開設し、改正反スパイ法の宣伝と教育を強化し、密告を奨励しているのです。これは、海外にいる共産党に否定的な中国人には恐怖です。例えば、海外でデモに参加している中国人の中に、実は共産党とつながっている人物がいて、デモ参加者が「外国とつながっている」と密告されれば、おそらく中国国内にいる家族の元に国家安全当局者が行き、本人が帰国した際に拘束される可能性があります。
中国政府は、この手法を用いることで、海外デモ参加者を萎縮させ、反中デモを行う海外組織の人間関係に「不信感」を植え付け、組織を壊滅させる狙いがあるのでしょう。「恐怖」を植え付けて、体制に服従させるのが共産党の伝統的な統治手法です。逆に言えば、そういう卑劣な手法を用いないと、統治できないほど、共産党体制に不満を持つ若者が増えている、ということです。
いま、中国が国外に設置する"警察拠点"も問題になっています。去年11月、スペインに拠点を置く人権団体「セーフガード・ディフェンダーズ」が発表した報告書では、中国の"警察拠点"は、アメリカやヨーロッパ、アジアなど少なくとも53か国、102か所に設置されており、日本国内にも2か所に存在しているとされています。
―"警察拠点"の存在は、国外の中国人に対する言論統制の側面もあるのでしょうか?
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城山教授
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私も調査しているところですが実態はつかみきれていません。その上で、日本の“警察拠点”についてみてみると、福建省や江蘇省など海外に華僑(中国国籍を持ったまま海外に居住する人)を送り出すことの多い地域の地元当局が開設しているケースが多いです。
その拠点が発展した形で、海外における反体制派の監視や連れ戻しにつながっているのではないかとみています。ただ、拠点がなくても、おそらく人だけを送り込むということは、前々からあったと思います。今回、国外の“警察拠点”が問題となっていますが、中国共産党にとっては、報道されることで、かえって反体制派への“抑止効果”が働くと考えられるため、皮肉ながらも好ましいことと考えているかもしれません。
―国外の中国人に対する圧力とは具体的にどのように?
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城山教授
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無理やり連れ戻すことは国際社会の批判を浴びることになりますから、中国にいる家族に圧力をかけて帰国させるということが多いと思います。家族を呼び出して「お前の子どもは変な発信をしているな」「やめさせろ」と圧力をかけるやり方です。本人には「あなたが帰ってくれば、家族にはもう何もしませんよ」というような甘い言葉をかけて、連れ戻すというのが伝統的なやり方です。中国共産党が敵対する人物に対してかける圧力というのは“連座制”なんです。
つまり、本人が言うことを聞かなければ、親や配偶者に圧力をかける。親や配偶者がいなければ、親戚に圧力をかける。それでも動かなければ、周辺の人たちに圧力をかけるというようなやり方です。このほかに、最近では、SNSのアカウントを突然凍結するやり方もあります。「次は何をするか分からないぞ」という一種の脅し、嫌がらせです。
―圧力にさらされながらも、中国の若者が日本で声を上げています。私たちは彼らとどう向き合っていくべきか?
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城山教授
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日本は民主主義国家です。弾圧によって逃れてきた中国人に対しては、寛容な態度で受け入れるべきです。"日中関係に影響するのではないか"という意見もありますが、中国共産党にそんたくするのは間違いだと思います。
白紙運動をきっかけに立ち上がった学生たちは、ジェンダーや差別、格差などさまざまな社会問題について真剣に考えるようになってきています。共産党と対じする中国の若い人たちの考えを理解し、現在どのような状況に置かれているのか、中国は今後どこに向かおうとしているのか、日本で声を上げる若者らの姿を通して、客観的に分析することが求められているのではないでしょうか。
私たち民間のレベルでは、一言で中国と言っても、文化や経済などの魅力的な部分と、言論統制や反スパイ法など認めがたい現実という両側面をバランスよく理解すること、つまり“チャイナリテラシー”を持ち、中国と偏見なく正しく向き合うことが大切です。また、関心を持ち、支え合いながらつきあっていくことで、本当の意味で、日中関係が深化していくのではないかと思います。
※記事の一部に誤字がありましたので修正しました(2024年9月5日)