金持ちのくせに何言っているの…無実のジャニタレも社会的制裁を求めた新浪剛史氏「無罪だから辞めたくない」は通じるのか
言動に潜む欺瞞性は徹底的に批判されなければならない
サントリーHD会長職は追われたが、経済同友会代表幹事の職には留まろうとする姿勢も、この矛盾を象徴している。サントリーという一企業のトップとしての資質は欠くと判断された人物が、なぜ日本経済全体を代表する団体のトップには留まる資格があると考えるのか。ここにも、自分にだけ通用する特別な論理が存在する。 新浪剛史という経営者が、類稀な才覚の持ち主であることは間違いない。その功績は歴史に刻まれるだろう。人間は誰しもが矛盾を抱える不完全な存在である。しかし、社会的な影響力の大きい公人には、より高度な倫理観と、自らの言葉に対する重い責任が求められる。新浪氏が露呈したのは、その責任感の決定的な欠如であった。今回の辞任劇は、新浪氏個人の問題に留まらない。経済界のリーダーたちが語る「コンプライアンス」や「社会的責任」といった言葉が、どれほど空虚なものであるかを浮き彫りにした。新浪氏が無罪であるから社会的制裁を受ける必要がないというのであれば、旧ジャニーズ事務所の所属タレントも無罪であるから社会的制裁を受ける必要はなかったのである。これまで新浪氏が主張していることが事実なら、新浪氏には大きな同情を寄せたいが、であるなら過去の責任ある立場からの無責任な発言については深く反省すべきだろう。 人間社会は複雑であり、単純な善悪二元論で割り切れるものではない。新浪氏の功績を認めつつも、その言動に潜む欺瞞性は徹底的に批判されなければならない。良い行いは賞賛し、悪い行いは断罪する。その健全な批判精神こそが、社会を腐敗から守る唯一の道である。
小倉健一