ことし4月、川崎市の岡崎彩咲陽さん(20)が元交際相手の白井秀征被告(28)の自宅の床下から遺体で見つかり、その後、白井被告が去年12月に岡崎さんを殺害したとして逮捕・起訴されました。
川崎 ストーカー殺人事件 県警が対応ミス認める 40人処分
川崎市の20歳の女性が、元交際相手からのストーカー被害などを警察に相談していたにもかかわらず殺害された事件を受けて、神奈川県警察本部は4日、組織としての対応にミスがあったと認めたうえで、「ストーカー事件などに対処する体制が形骸化していた」とする検証結果を公表しました。
また、相談を受けていた警察署の幹部ら5人を懲戒処分にするなど、計40人を処分しました。
この事件では警察にストーカー被害などを相談していたのに十分な対応がとられなかったと遺族が訴えていて、神奈川県警察本部は当時の対応について検証を進め、その結果をまとめた報告書を4日、公表しました。
岡崎さんは行方が分からなくなった去年12月、9回にわたって「元交際相手が自宅近くをうろついている」などと警察署に電話をかけていましたが、報告書では▽電話を受けた警察官全員が危険性・切迫性を過小評価したため、本来とるべき組織的な初動対応がほとんど行われなかったと指摘しています。
また、▽行方不明になって以降も遺族から捜査の要望などが寄せられていたのに被害者に危険が生じているという認識に至らず、犯罪被害を視野に入れた捜査の機会を逃し続けたとしています。
そのうえで、警察署だけで県警本部の指導や助言を受けることなく判断していたことや、県警本部も情報の一部を把握していたのに積極的な対応を行わなかったことで「ストーカー事件などに対処するそれぞれの体制が形骸化し、機能しなかった」と結論づけています。
そして、報告書では「相談を受けていた女性が殺害されるという重大な結果を重く受け止め、不適切な対応について深くおわび申し上げる」と記し、組織としての警察の対応にミスがあったことを明確に認めました。
40人を処分
県警本部は検証結果を踏まえ、相談を受けていた川崎臨港警察署の幹部ら5人を懲戒処分にするなど、計40人を処分しました。
川崎臨港警察署の幹部ら5人のうち、署長と副署長は指揮が不十分だったとして「戒告」、当時の生活安全課の課長は速やかにストーカー規制法違反などで捜査すべきであったにもかかわらず、捜査を開始しなかったなどとして「減給10分の1、1か月」にしました。
このほか、不適切な対応などが認められた県警本部や警察署の職員、それにすでに退職した元職員あわせて35人を処分しました。
一方、警察庁は和田薫本部長や当時の刑事部長ら3人について、必要な指揮を欠いたことにより一連の不適切な対応を招いたなどとして口頭厳重注意としています。
県警本部長「組織的・構造的な問題点があった」
検証結果を受けて、県警本部の和田薫本部長は4日午前、会見を開き、「警察として相談などを受けていた女性が殺害されるという重大な結果が発生したことを重く受け止めており、不適切な対応について深くおわび申し上げます。亡くなられた女性のご冥福を心からお祈りを申し上げます」と謝罪しました。
そのうえで「不適切な対応を招いた背景には『人身安全関連事案』の警察署と県警本部の対処体制がそれぞれにおいて形骸化し、組織的・構造的な問題点があったと考えられる。私自身、本日、警察庁から口頭厳重注意を受けた。県警察の最高責任者として県民の皆様の信頼を損ねるものであり、責任を痛感し改めておわび申し上げます。今回の検証で明らかになった問題点を職員一人ひとりが深く胸に刻み、再発防止に取り組んでいく」と述べました。
会見の中で和田本部長は、ストーカー事案として認知して本来とるべき組織的な初動対応が行われていれば、警告や禁止命令の措置や被害者の安全を確保する措置を講じることができた可能性があったとする一方で、「警察の不適切な対応と被害者が亡くなったことへの因果関係については、一概に申し上げることは困難である」とも述べました。
また3日、被害者の父親に面会し、直接謝罪したことも明らかにしました。
父親「娘が帰ってくるわけではない」
岡崎さんの父親の鉄也さんは、検証結果が公表される前の今月1日、ストーカー被害などを繰り返し訴えていた川崎臨港警察署を訪れました。
警察などによりますと、この際、警察署の署長らは鉄也さんに対し「たび重なる被害者のご遺族からの要望などを真摯(しんし)に受け止めることができず、深くおわび申し上げる」などと述べて謝罪したほか、検証結果の内容について説明したということです。
鉄也さんは「納得できないことはまだまだあるが、追及しても結果は出てこないので半ば諦めている状況もある。警察は対応をとにかくすべて間違っていたと話していたが、謝罪されたところで娘が帰ってくるわけではない」と苦しい胸の内を語りました。
そのうえで、「警察が最初からしっかり対応していればこんな結果になっていなかった。娘と同じような被害に遭う人が出ないようにしてほしい」と話していました。
検証結果が公表されたことを受けて、岡崎さんの祖母の須江子さんは「警察が非を認めたので一歩進んだと思うが、孫のことを思い出すと悲しいし、守ってあげられなかったという思いは消えない」と今の心情を語りました。そのうえで「警察の対応が変わり、同じような思いをする人がいなくなってほしい」と話していました。
また、彩咲陽さんが行方不明になる前日まで一緒にいたという大伯母の岡崎幸子さんは、「今まで何回も同じような被害があって、警察がどのように変われるのか私にはわからない。失われた命は戻らない」と話していました。
事件の経緯
4月30日、警察が白井被告の自宅を捜索したところ、岡崎さんが遺体で見つかりました。
この1か月ほど前に海外に出国していた白井被告は5月3日に帰国し、遺体を遺棄したなどとして逮捕・起訴されました。
その後、被害者が行方不明になる前の去年12月に繰り返しつきまとったなどとして、被告は逮捕・起訴されました。
被害者が死亡したいきさつについて捜査を続けていた警察が、状況証拠を積み重ねて殺人の疑いでの再逮捕に踏み切ったのは、被害者が遺体で見つかってからおよそ2か月半後のことし7月12日でした。
捜査関係者によりますと、遺体を遺棄した疑いで最初に逮捕された際の調べに殺害を認める供述をしていたということですが、殺人の疑いでの再逮捕のあとは黙秘していたということです。
先月1日、殺人の罪で起訴されましたが、殺害の方法については不詳、場所については神奈川県内やその周辺としていて、捜査で詳しい状況は特定できなかったとみられています。
専門家「ここまでひどい対応 驚がくした」
ストーカー対策に詳しい千葉大学の後藤弘子理事
「最初から最後にいたるまで時系列を追って、何が問題だったかというのを確認している点は評価できるが、ここまでひどい対応しかしていなかったのかと驚がくした。
これまで数々の事件を経て『人身安全関連事案』というカテゴリーが成立したが、今回の対応は、ストーカー規制法が成立するきっかけとなった桶川での事件の時のような対応しか取られておらず、まるで“先祖返り”のようだ。
ストーカーやDVの事件に対し適切に対応するというシステムが警察にできているのにもかかわらず、機能していない原因に、恋人どうしのけんかだという意識がまだまだ抜けていないのではないか思う。
その原因が警察官個人に帰するものなのか、それとも警察文化に起因するのかという点についてきちんと分析をしなければ、同じことが繰り返されるのではないかと思う。今回の問題をほかの都道府県警察も自分のこととして考えて、見直してほしい」
神奈川県知事「猛省をしてほしい」
神奈川県の黒岩知事は4日の記者会見で、検証結果について和田本部長から事前に説明を受けたことを明かしたうえで、「県警みずからがしっかり検証した結果で、非常に重く受け止めている。警察の対応に問題がたくさんあったということで、猛省をしてほしい」と述べました。
県警の捜査幹部「危機感足りていなかった」
今回の検証結果について神奈川県警の捜査幹部はNHKの取材に対し、「警察署にはストーカーなどの相談が毎日のように来るが、どの事案でも最悪のケースを想定して早めの対応が求められているのに、今回の事件は危機感が足りていなかったのではないかと個人的には思う。一方、警察署は限られた人員で多くの事案に対応していて、インターネットを通じたストーカー事案なども増える中、人員をどう補充するか考える必要もある」と話していました。
「桶川ストーカー殺人事件」の遺族は
埼玉県の「桶川ストーカー殺人事件」の遺族は、「いまだに被害者のために動かない警察官がいるのだと失望し、打ちのめされた」と率直な心境を述べました。
1999年、埼玉県桶川市で21歳の女子大学生だった猪野詩織さんが、ストーカー被害のすえに殺害された事件は、当時の警察の対応が不適切だったとしてストーカー規制法が成立するきっかけになりました。
父親の猪野憲一さんはストーカー被害をなくそうと、いまも警察や学生などに講演活動を続けています。
猪野さんは神奈川県警察本部が公表した検証結果について「また、殺害されてしまったのかと非常に怒りを感じる。第2、第3の詩織になってしまった。人生これからという命が絶たれた。遺族の心痛を考えるといたたまれない」と話しました。
そして「私たちも当時は警察が話を聞いてくれず、“敵”に見えた。今回の事件でも9回も警察に電話で相談したのに、真剣に聞いてくれなかった。いまだに被害者のために動かない警察官がいるのだと失望し、打ちのめされた。ストーカー事件は被害者が殺される、命までなくなってしまう大変なことなのだと分かってほしい」と強く訴えました。
その上で、「事件化できるところまで踏み込めるのも警察官だけです。『防げるのもあなただ』と伝えたい。今回の報告書で警察がミスを正直に赤裸々に出したのは評価できる。この報告書をいかしてすぐに組織を変えてほしい」と話していました。
警察庁 実効性ある体制 構築するよう指示
川崎市の事件を受け、警察庁は全国の警察本部に対し、ストーカー被害など人身安全関連の事案に対応する司令塔役の幹部を新たに配置するなど、再発防止に向けて実効性のある体制を構築するよう指示しました。
警察庁が去年、全国の警察本部に向けて出した通達では、ストーカー被害など人身安全関連の事案への対応について、危険性を正確に評価し適切に検討するため、警察本部が主導することが欠かせないとしています。
しかし、川崎市の事件では、これに反して組織としての対応にミスがあったとして、改めて通達を出しました。
この中で、警察本部の中に警察署から報告を受ける生活安全部の部門と、殺人など凶悪犯罪の捜査を担う捜査1課の両方を統括する司令塔役の幹部を配置することや、ストーカー被害者などの行方が分からなくなり、重大な犯罪に巻き込まれた疑いがあるケースなどについては、トップの本部長まで報告することを求めています。
その上で、再発防止に向け指揮系統を明確にした上で、実効性を伴ったすきのない体制を構築するよう指示しました。
警察庁の楠芳伸長官は4日の定例会見で、「被害者がお亡くなりになるという重大な結果が生じ、重く受け止めている。このようなことは二度とあってはならないという認識のもと、今後は再発防止策の徹底が急務だ。全国の警察本部で本部長のリーダーシップのもと、実効性のある再発防止策が速やかに講じられるよう指導を強化したい」と述べました。
ストーカー関連の凶悪事件
「ストーカー規制法」は、1999年に起きた埼玉県桶川市で女子大学生が交際を断った相手から執ような嫌がらせを受け、殺害された事件をきっかけに翌年施行されました。
しかし、その後もストーカーが関連する凶悪事件は相次ぎます。
2011年に長崎県西海市でストーカー被害を受けていた女性の家族2人が殺害された事件や、2012年に神奈川県逗子市で起きた元交際相手からストーカー行為を受けた女性が殺害された事件、それに2013年に東京 三鷹市で女子高校生が元交際相手に殺害された事件などでは被害者や家族が事前に警察へ相談しながら防ぐことができませんでした。
こうした事件のたびに警察の対応が問われ、ストーカー規制法が改正されるなど、対策の強化が図られてきました。
しかし、今回の事件では、被害者の女性が地元の警察署に「元交際相手が自宅近くをうろついている」などと連絡していましたが、ストーカー規制法に基づく警告や禁止命令は出されていなかったことが分かっています。
一方、警察庁によりますと、去年1年間に全国の警察に寄せられたストーカー被害の相談や通報は1万9567件と引き続き多くなっていて、ストーカー規制法に基づき、つきまといなどの行為を禁止する「禁止命令」は2415件と、これまでで最も多くなったということです。