山田孝之が「日本の俳優のギャラは安い」とNetflixに直談判した意義
俳優の山田孝之さんが、Netflixの10周年記念イベントで、日本の俳優のギャラは安いので、もっとあげてほしいとNetflixに直談判したことが、ネット上でも大きな話題になっています。
参考:山田孝之、日本俳優の待遇改善を訴え「安い!」 Netflixに直談判「ギャラをあげてほしい」
特に当日の議論の流れを知らない一部の方からすると、山田孝之さんのような有名俳優が、なぜ生々しいギャラの話に言及したのか分からず、脊髄反射的に批判的な反応をしている方も少なくないようです。
ただ、山田孝之さんの問題提起は、Netflixのギャラの水準だけを指摘しているのではなく、日本の芸能界の根本的な構造問題への問題提起だったと思いますので、ご説明したいと思います。
山田孝之さんが主演した「全裸監督」ヒットの意味
まず、山田孝之さんといえば、Netflixの直近の話題作である「グラスハート」に出演したり、今後公開予定の「国民クイズ」の主演が発表されていたりと、Netflixと関係の深い俳優です。
ただ何と言っても、そのNetflixにおける代表作は「全裸監督」でしょう。
2015年にNetflixが日本に上陸した後、しばらく日本ではNetflixはあくまで海外ドラマを見るための有料サービスというイメージが強く、日本でのユーザー獲得でも苦戦が続いていました。
その流れを大きく変えたのが、2019年に山田孝之さんが主演をして大きな話題となった「全裸監督」です。
このドラマシリーズは、AVという日本のテレビ局では絶対に取り上げることがありえないテーマを取り上げたことが大きな話題となりました。
実際にドラマを見ていない方からは「エロだから」ヒットしたと誤解されやすい作品でもありますが、実は映像制作現場ではそのクオリティの高さが大きな話題となることになります。
さらに「全裸監督」は日本だけではなく、世界中の様々な国でもヒット。
日本の実写ドラマも世界に通用することを証明することになります。
参考:Netflixのドラマ「全裸監督」は、なぜ世界で求められたのか
このことが、その後のNetflixの日本チームによる実写ドラマ快進撃の扉を大きく開くことになるわけです。
山田孝之さんが反対を押し切って出演したからひらかれた道
ちなみに、山田孝之さんはNetflixからの「全裸監督」への出演オファーを、即答に近い形で快諾されたそうですが、実は当時の業界関係者からは「なんでNetflixでやるの?」と驚かれたり、「Netflixも日本は業績悪いから撤退するみたいだよ」と反対されたことも多かったようです。
ただ、山田孝之さんとしてはそういう反対を「逆にチャンスじゃん」と受け止め、「後輩の選択肢が増えると思ってお受けしました。」という発言が非常に印象的です。
逆に言うと、もし山田孝之さんが「全裸監督」出演を断っていたら、Netflixの日本展開にとっても全く違う未来が待っていたかもしれません。
今回の10周年記念イベントでも、山田孝之さんに質問をしていたNetflixのプロデューサーの髙橋信一さんが、自身が映画会社で働いていたときに、撮影現場でみんなが「全裸監督」のことを話すぐらい話題になり、それが髙橋さん自身のNetflixのきっかけであったことを話すくだりが象徴的だったと言えるでしょう。
その髙橋さんは、昨年Netflixで大ヒットした「シティハンター」「地面師たち」「極悪女王」などを手がけたプロデューサーですので、まさに「全裸監督」がつないだNetflixのヒットの道と言えるわけです。
参考:「地面師たち」はエンタメに向かない? Netflixの日本ヒット立役者が語るオリジナル作品の裏側
当時日本でまだユーザー獲得に苦戦していたNetflixからすると、「全裸監督」への出演を快諾し、その後のNetflixの日本の実写作品の快進撃への道を開いた山田孝之さんは、文字通り「恩人」なわけです。
Netflixの専属契約を打診したことをカミングアウト
そのNetflixの「恩人」である山田孝之さんが、なぜNetflix10周年記念イベントで、わざわざ日本の俳優のギャラは安いからあげて欲しいと、Netflixに直談判したのか。
これは山田孝之さんの一連の発言を良く聞くとその背景が見えてきます。
筆者も今回のイベントにご招待いただいて一連の発言を目の前で聞かせて頂きましたが、実は山田孝之さんが「僕も過去に専属契約を結んでくださいよって言ったら、ひと笑いされて」とNetflix側に専属契約を打診したことを話されているのが一つの重要なポイントです。
この専属契約とは、当日山田孝之さんと一緒に登壇していた大根監督がNetflixと5年などの長期契約を結んだ形を指しており、ある意味で驚きのカミングアウトだったと言えます。
つまり、山田孝之さんとしては、俳優人生の5年という長期間をNetflixに預けても良いと思うぐらいNetflixの環境を魅力的だと感じているという、Netflixへのラブレターとも言える発言と言えます。
「日本の俳優ももう少しギャラをあげてほしい」と発言した後に、「他の映画と比べてNetflixはギャラはいいです」と前置きされていたのがポイントと言えるでしょう。
おそらくは、Netflixが苦戦していたときに「後輩の選択肢が増えると思って」出演を受けた山田孝之さんのことですから、山田孝之さんのようなトップ俳優が良い条件でNetflixと専属契約を結ぶことで、後輩たちのあたらしい事例になろうとしていたということでしょう。
日本の俳優はテレビCMの出演料に頼る業界構造になっている
さらに山田孝之さんの一連の発言で最も重要なポイントとなるのが「やっぱり日本の俳優はまだ企業さんのCMに頼らないとという部分が事務所も含めてある」と発言していた点でしょう。
これは業界でも良く言われる話のようですが、日本のテレビドラマの出演料などは世界的に見ても非常に低い水準のまま推移しているそうで、その一つの構造が「俳優はドラマに出演して知名度が上がればメリットがある」と出演を依頼する側も受ける側も考えている人が多い点にあるようです。
日本はテレビCMの市場が世界的に見ても珍しく長期間維持されていますので、そのため事務所側も、ドラマの出演料を高くして出演できなくなるよりは、出演料を低くしてでも多数ドラマに出演して知名度を上げることで、広告の出演料で稼いだ方が良いと考える面もあるようです。
そうしたビジネスモデル上、日本の俳優の出演料は低い水準のままとなっているのであり、Netflixのグローバル水準から考えれば、もっと適切な水準にあげられるはずだ、という期待の裏返しとしての直談判と言えます。
逆に言うと、山田孝之さんからすると、Netflixとの専属契約の希望をカミングアウトすることで、間接的に日本のテレビドラマ等ではそうした問題を解消して俳優のギャラをあげることは難しいと考えていることをほのめかしている構造になります。
Netflixに、日本の俳優のギャラの構造問題を解消できるパワーがあると期待しているからこその直談判と言えるわけです。
韓国の俳優のギャラは世界で成功して大きく高騰
日本では、地上波のテレビドラマの出演料は主演俳優でも1話200〜300万円台が相場だと報道されています。
Netflixはそれよりも高い水準のギャラを提示していることは、山田孝之さんの「他の映画と比べてNetflixはギャラはいいです」という発言からも想像することができます。
しかし、お隣の韓国では、「イカゲーム」など韓国制作のドラマが世界で大ヒットしたことにより、韓国の俳優がハリウッドからオファーを受けることも増え、韓国の俳優のギャラの相場が1話数千万円どころか1話1億円を超えるケースも出てきているそうです。
参考:韓国ドラマ制作に危機?主演俳優たちの高すぎる出演料に懸念の声…1話当たり1億円の時代に
その結果、予算が上がりすぎてしまったり、利益が出にくくなってしまったりという問題も出ているそうですが、日本の俳優のギャラの水準が、ハリウッドどころか韓国に比べても低い水準にあるのは明白と言えるでしょう。
さらに、今回のニュースを知ってか知らずか、俳優の黒沢年雄さんがブログで、俳優のギャラが60年前の10分の1以下になったと問題提起されていることを踏まえると、日本はギャラが上がるどころか下がっている面もあるようです。
参考:81歳大御所俳優「NHKだけは出たくない」芸能界のギャラ事情に「夢がない」
当然、同じ問題意識を持っている俳優は、当然山田孝之さんと黒沢年雄さんだけではないはずです。
サッカーや野球同様に日本のテレビドラマもなる可能性
最近は「今際の国のアリス」や「シティーハンター」など、Netflixで日本制作のドラマや映画が世界でヒットすることも増えていますし、Disney+での「SHOGUN 将軍」のヒットなど、日本を舞台にしたドラマへの注目度も高まっていますから、日本の俳優陣が韓国同様にハリウッドの作品からオファーが来る機会が増える可能性は十分あります。
そうなれば、当然日本の俳優陣のギャラの水準も韓国同様に高くなるはずで、山田孝之さんはそれをNetflixなら前倒しで可能だからこそ、わざわざイベントの壇上で直談判したと考えられるわけです。
既にサッカーや野球では、日本のJリーグやプロ野球でキャリアを積んでから、海外に移籍して大きな契約金を獲得することが普通になってきていますが、ドラマの世界でもレベルの高い俳優ほど地上波のテレビドラマではなく、Netflixなどの世界的な配信サービスのドラマの専属俳優として移籍していくという未来は十分ありえます。
今は日本の芸能界では、どちらかというと、ピエール瀧さんや、唐田えりかさんのような、何かしらの不祥事によってテレビドラマへの出演ができなくなった俳優が、Netflixのみで活躍するようになることで「ネトフリ専属俳優」としていじられる構造になっていますが、将来的にはこの構造は逆転する可能性が高いわけです。
参考:ピエール瀧、“ネトフリ俳優”の異名に苦笑い「10作品出るタダでネトフリが見られるらしい」 命名者は大根仁監督だった
そう考えると、今回の山田孝之さんの直談判は、単なるNetflixへのギャラの値上げ交渉ではなく、間接的に日本のテレビドラマや芸能界の構造への問題提起でもあったように感じます。
直近では、WBCがNetflix独占になることが大きな話題となっていますが、このままの状況が続けば日本のトップ人気俳優のドラマは、WBC同様に海外の配信サービスでしか視聴できないという未来も十分ありえます。
日本の芸能界が、今回の山田孝之さんの問題提起を、他人事としてではなく自分事として受け止められるかどうかが、後から振り返って大きな分岐点になるかもしれません。