誰が彼女を殺すのか ⑦
燃え立つ炎の熱気と極寒の冷気が、代わる代わる肌を撫でる。
妹さん……いや、スノーフレイクは本気だ。 怒りに満ちた魔力に気圧されそうになる。
「スノーフレイク、誤解です! 私はあなた達と戦うつもりはない!!」
「私にはあるんだよ、だから……剣を抜いて!!」
取り付く島もなく、何もないはずの空間から打ち出されたのは氷の礫だった。
空気を裂いて飛来する礫の威力は弾丸と変わらない、狙いが逸れて私の耳元を掠めたのは、照準を外したわけではないだろう。
「次は当てるよ、お兄ちゃんと会いたければ私を倒して!!」
「そんな……」
何かがひび割れていく音が聞こえる、それは彼女の命が削られている音だ。
ただでさえ立っている事すら怪しい状態なのに、これ以上魔力を行使して体に負荷を与えればどうなるか、分かっていないわけがない。
それでも、スノーフレイクは全身全霊を掛けて私を倒そうとしている。
「……そうだよ、それでいい。 でないと殺しちゃうかもしれないから」
鞘に納めた刀を抜く。 彼女の言う通りだ、こちらも本気で抵抗しなければ命が危うい。
ドクター製のペンダントと、纏う炎のお蔭で極寒の中でも身体は動く。 問題は魔力がどれだけ持つか。
熱源が無くなればこの氷の世界は彼女の独壇場だ、長期戦は望ましくない。
「申し訳ありません、あなたを倒して私は進みます」
「謝らなくていいよ、私が勝手にやってるだけ。 こんなことに意味はない」
「なら―――」
これ以上の問答は不要とばかりに、私の言葉を遮って再び氷の礫が飛んで来く。
半歩下がり、なんとか射線を炎と刀で遮り礫を防いだ。 初見ならば恐らく被弾していただろう。
スノーフレイクの魔法は間違いなく強烈な凍結能力、それも空気中の水分を糧に予備動作も無く攻撃に移ることができる。
「だったらこちらから――――っ!?」
攻めようと踏み出した足が滑る。
いつの間にか地面からは凹凸が消え、鏡のような氷でコーティングされていた。
「チッ!!」
崩れた姿勢を風圧で無理やり戻し、地面を転がってその場を離れる。
先ほどまで私がいた場所には無数の氷柱が突き刺さり、さらにその上から巨大な氷塊が落ちて来た。
魔法の行使が正確で速い、そのうえ攻撃に一切迷いがない。 強い魔法少女だ。
「足元に意識を向けたうえで頭上からの攻撃……容赦がないですね」
「評論してる暇があるなら好きにすれば、こっちは容赦しないけど」
一通り手札を見せたから遠慮はいらないという事か、次に始まったのは今までの手段を全て絡めた波状攻撃だった。
右に左に上に足元に、息つく暇もなく氷のコンビネーションが展開される。
恐ろしい事に、ここまでの流れでスノーフレイクはその場から一歩も動いていない。 それなのに私は防戦を強いられていた。
「……ムカつくなぁ、この期に及んでまだ本気を出してないよね?」
「出す必要が、ありませんからねッ! あなたに、刃を向ける必要が……あぐッ!」
激しい攻撃が続く中、打ち漏らした氷の礫が肩に直撃し、鈍い痛みと共に嗚咽が零れる。
「その様子でよく言えるよね、それとも同情のつもりなの? バカにしてる!?」
「違い、ますよ……! あなたをできるだけ傷つけたくはない!!」
「それを馬鹿にしてるって言うんだよ! 私はあなたを殺そうとしているのに……」
「―――それでも、これが私の矜持です」
動揺からか、精緻な氷の連携に僅かな歪みが生じた。
左右上下から襲い掛かる全ての攻撃のタイミングが重なった瞬間、一気に解放した火炎で溶かし砕く。
砕いたところですぐにまた次の氷塊を作ればいいだけだ。 しかし、スノーフレイクの猛攻は……そこで一度止まってしまった。
「ようやく、私に……目を向けてくれましたね……」
乱れた呼吸が白く吐き出され、空気中でキラキラした氷の結晶となって落ちていく。
「……矜持なんて、私にはない……お兄ちゃんしか、ない」
「だから……奪われるのが怖かったんですね」
一呼吸、二呼吸と、その間に流れた沈黙は肯定と受け取って良いはずだ。
賢者の石によって形作られた死者の亡霊という彼女の存在を考えれば、唯一の肉親に依存してしまうのも無理はないかもしれない。
「ごめんなさい、私はデリカシーのない事を言ったのかもしれない。 ですが……」
「退けないんだよね、分かるよ」
「はい、なので申し訳ありませんがあなたの後頭部を強打して、気絶させてから進みます」
「本当に申し訳なさそうに物騒な事言って来るなあ」
可能な限り傷つけたくはないが、道を阻むというのならこのくらいは必要経費と割り切るほかない。
「……私は私の理由を話したつもりだよ。 だから、今度はそっちの言い分を聞かせて」
「私の、ですか? それは最初に述べた通り、ブルームスターを―――」
「ちがう、ブルームスターじゃない。 どうしてあなたは――――お兄ちゃんの事が好きなの?」