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皆底に沈む ① 

「ハク―――!!」


「バカ、君まで呑まれるぞ!」


「撤退撤退、どんどん膨れるっしょこれ!」


深追いする私の体をドクターが引きずり出し、ヴィーラと合わせて逃走を図る。

黒い液体は徐々にドロドロとした一塊となり、風船のようにその体積を増していく。

あの液体の中はどうなっているのか? 今の私には知る由もない只中にハクは呑み込まれたのだ。


追いすがる様に伸ばした掌には、まだすり抜けた彼女の体温が残っていた。



――――――――…………

――――……

――…


「……で、あれはなんだ?」


「分からないヨ……ただ、呑まれた子なら知ってるカナ」


「なんか自分から手ぇ離したように見えたけど、何か策でもあったわけ?」


「そうだヨ、ハクはどうして……」


「ショックを受けるのは後だ。 液体の増大が止まらない、このままでは街に届くぞ」


こんな状況でもドクターは憎いくらいに冷静だ、しかし彼女の言葉も無視できない。

辛うじて人の形を保っているような液体の塊は、今もなお周囲のものを呑み込みながら膨らみ続けている。

体積の増加に反比例し、膨らむ速度は徐々に遅くなってきたが、それでも限界がなければやがて街すら呑まれかねない。


「街はずれだったのは幸いか、まだ猶予はある。 ヴィーラ、君の魔法は使えないか?」


「無理かも、さっきも何か手ごたえが悪かった。 それに液体だと接触した周りの部分しか拒絶できない」


「キリがないな、闇雲に吹き飛ばせば飲み込まれた民間人ごと粉砕しかねない」


「それは困るヨ、なんかいい手段は……」


相手が液体ならば、炎や凍結といった手段は有効だろうか。

テディを通せば大抵のものは取り寄せられる、だがやはり気になるのは液体内への影響。

重火器では繊細な調整は出来ない、専門家となる魔法少女の技術と経験がものをいう作業だ。


「……ごめん、ブルーム。 ちょっとだけ待っててネ」


炎の魔法少女と聞いて、真っ先に思い浮かぶ顔を呼ぶわけにはいかない。

今のブルームスターはデタラメに強い、だがその代償としてこの土地への汚染は致命的なものになる。

この液体には我々だけで対処しなければならない、内と外から。


――――――――…………

――――……

――…


「……うっ、ぐぅ……痛ぁい……」


黒い液体に飲み込まれてから、少しだけ意識が飛んでいた。

体を起こすだけでも全身がバラバラになりそうだ、高い所から落とされたのだろうか?


「ここ、どこぉ……? マスタァ……」


当然だが、声が返ってくるはずがない。

おそらくここはネロちゃんが変質した液体の中だ、しかしその割には空気もあるし、痛み以外に身体の異常もない。

ただいくら目を凝らそうと、どこまでも続きそうな闇だけが広がっていた。


「……泣き言言ってる場合じゃ、なさそうですね……」


重たい体を引きずりながら、闇の中を歩く。 

この場で考えるのは助けの呼び方ではない、ネロちゃんの救助方法だ。

彼女に何らかの異常が起きたことは間違いない、問題は無事かどうか。


液体に飲み込まれた私がこうして五体満足ならば、彼女もまた無事ではないだろうか。

希望的観測だが、期待するだけならただだ。 それに、彼女は最後に「逃げろ」と言ってくれた。


「へへ、駄目ですよネロちゃん。 私にあんな事言ったら是が非でも助けたくなります」


逃げる余地は確かにあった、それでも踏み込んで取り込まれたのは私の我が儘だ。

これじゃマスターの事も強く叱れない、外で待ってるゴルドロスちゃん達から話が伝われば、きっと怒られるだろ。


「……怒られたいなぁ」


恐怖と寂しさがじわりと滲みだしてきた、情けない。

死んでも助け出す覚悟で飛び込んだつもりだったが、足の震えが止まらない。

暗闇が怖い、孤独が怖い、無力が怖い。 ああそうか、ネロちゃんはこの世界でずっとこんな恐怖を感じていたのか。


「だったらなおさら……助けないと駄目じゃないですか! ええい、しっかりしろ私!」


ネロちゃんの救出を心に決め、頬を叩いて気合いを入れ直す。

そして改めて腹が据わったからだろうか、静まり返った闇の中に自分ではない誰かの声が聞こえた気がした。


「……ネロちゃん?」


返事はない、しかし空耳では断じてない。 確かに誰かの泣いている声がした。

走り出す足に迷いはなかった、ただ音の聞こえた方へ向かって一秒でも早く駆け付けたいと。


「―――――ネロちゃん!!」


その名前を呼びながら、彼女に独りではないと伝えたかったから。

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