関東大震災の朝鮮人虐殺、揺るぎない事実を否定したがるのはなぜ?

聞き手・桜井泉
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 東京都の人権啓発活動の拠点となる施設で、関東大震災直後の朝鮮人虐殺に触れた映像作品の上映が中止されました。確定した歴史の事実が根拠もなく否定される風潮が、人権行政を担う部署の判断にも影響を及ぼしているのでしょうか。在日朝鮮人の歴史に詳しく、この映像作品にも出演した外村大(とのむら・まさる)東京大学大学院教授は「事態は深刻だ」と語ります。

 ――関東大震災(1923年)では東京、神奈川など関東一円で住民による自警団や警察、軍隊が、何ら罪のない朝鮮人らを虐殺しました。

 「これは個人の主義主張などとは関係なく、認めるほかない揺るぎない歴史の事実です。虐殺を見聞きした人の証言や日記、絵などが多く残っており、迫害した側の日本人の記録もあります。第2次大戦後にも学者の調査のみならず、手弁当の市民が証言や史料を集めて事実を掘り起こし、追悼碑も建てました。悲惨な出来事を後世に伝えなければという思いからで、虐殺の否定は、純粋な心を持った先人への冒瀆(ぼうとく)です」

 ――東京都や政府の文書にも虐殺の事実は明記されています。

 「都が70年代初めに刊行した『東京百年史』では、朝鮮人暴動の流言が広がると青年団在郷軍人、消防組などでつくる組織が自警団と称し朝鮮人を迫害したと書かれています。刀や竹やりなどで武装し、顔つきが朝鮮人らしいとか、言葉が不明瞭だというだけで『半死半生の目』にあわせ、警察に突き出したり惨殺したりしたとの記述もあります」

「中国人、内地人も被害」と政府の報告書

 「政府の中央防災会議の報告書は、被害者は朝鮮人が最も多いとしつつ、『中国人、内地人も少なからず被害にあった』とし、犠牲者は震災による死者(約10万5千人)の1~数%に及ぶとあります。数百から数千人に及ぶでしょう。この報告書はインターネットで読めます」

 ――虐殺はなぜ起きたのでしょうか。

 「震災直後、朝鮮人が井戸に毒を入れたなどとするうわさが広まりました。日本人は植民地化に抵抗する朝鮮人を『暴徒』とみなしており、朝鮮では1919年に大規模な独立運動が起き、鎮圧されています。当時の人たちが、朝鮮人に対する漠然とした恐れや不安を抱いていたことが背景にあります」

 ――朝鮮人虐殺は確固たる事実なのに、なかったと主張する本も出版されています。

 「新史料が見つかったわけでもなく、虐殺否定論は根拠がありません。民族的な対立の枠組みでのみ見て、在日コリアンが日本人を攻撃しているととらえ、虐殺はなかったと信じたいのではないでしょうか。来年は大震災から100年ですが、植民地時代から続く、日本人は韓国・朝鮮人より上に立つ存在だという意識が影響しているように思います」

 ――上映が中止された作品にご自身も出演されています。

 「インタビューに答え、日本人の庶民が無実の朝鮮人を殺してしまったのは間違いないと語りました。東京都人権部は、それを問題にして中止を求めたと私はみています」

東京都知事のあいまいな態度、影響大きい

 ――東京都の小池百合子知事は2017年以降、毎年9月1日にある朝鮮人犠牲者を悼む式典への追悼文送付をやめました。歴代知事が送ってきましたが、小池知事は「すべての方々に哀悼の意を表することで対応してきた」とし虐殺の犠牲者を特別視しない姿勢です。

 「小池知事は虐殺を否定する発言はしていません。しかしあいまいな態度は、都職員の間で『虐殺』に触れてはいけない、という意識をもたらしたのではないか。影響力のある政治家でもあり、一般の人にも、虐殺があったというのは、おかしいと思わせるのではないですか。それを懸念しています」

 ――今回、上映中止に関わったのは、よりによって都の人権行政を担う部署でした。

 「大変驚き、深刻に受け止めています。いまだに都から説明はありません。人権という名のつく行政組織であるにもかかわらず、弱い立場の人々の命を奪った過去の虐殺を問題視しない。それは自分たちの部署が、人権を侵害された人の味方ではない、と述べているのと同じです。歴史事実の否定自体が人権侵害につながります」

 「例えばヘイトスピーチの被害を受けても、差別に反対する人権施策があり守ってくれる、として行政を信頼していた人は絶望します。これでは相談もできません。職員の方々は、自分たちの仕事とは何か、原点に返り考えて欲しい」

 ――東京都には外国人住民も多くいます。そうした人の人権を守るのも仕事であるはずです。

 「近年、行政が語る人権施策は、ダイバーシティーとか多文化共生とか言葉が躍るだけで、歴史を考える視点が決定的に欠けています。現在の東京を築いた大震災後の復興工事も、朝鮮人労働者なくしては成し遂げられませんでした。これは東京に住む住民の歴史です」

 ――今でも大きな地震や水害が起きると外国人の犯罪のうわさが飛び交い、SNSで一瞬のうちに広がります。

 「そのたびに在日コリアンは、迫害が再び加えられるのかと不安になると言います。虐殺を否定する誤った歴史認識は、ときに人を扇動し命を奪うこともある危険なものです。学校教育社会教育の場でマイノリティーの歴史、近代日本と朝鮮の関係をきちんと教えることが大切です。震災のときの虐殺事件の有無について、よく知らない職員がいたこと自体が大問題で、人権行政を担う資格があるのかと疑われても仕方ないくらいのことです。関係者は深刻に受け止めてほしい。私はいつでも小池知事や都の職員に、この歴史を語る用意があります。まずは、都が作品の上映中止について納得いく説明をすべきです」

     ◇

 とのむら・まさる 1966年生まれ。東京大学大学院教授。日本近現代史を専攻。在日朝鮮人の歴史や植民地時代の朝鮮社会に詳しい。著書に「朝鮮人強制連行」。

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