鞘師里保が語る、大人になってから気付いた地元・広島の魅力と、NY留学を経て気になる街

構成: 瀬戸遙 編集: 小沢あや(ピース株式会社) 撮影: 武石早代

2025年6月、ソロアーティストとしてavex traxからメジャーデビューを果たした鞘師里保さんは、広島県東広島市の出身です。モーニング娘。9期メンバーとしてデビューするため、小学校卒業前に上京した鞘師さん。広島時代の思い出の場所や、年齢を重ねて知った地元のすてきなところとは。ニューヨーク留学を経て自身に起きた変化や、今気になる街についても伺いました。

東広島市で育ち、広島市のスクールに通った幼少期

―― 鞘師さんが育った東広島市は、広島の中心地から1時間弱ほど離れたエリアですね。子どもの頃の思い出の場所や、東広島ならではのお店はありますか?

鞘師里保さん(以下、鞘師):アスレチックがある西条町の「憩いの森公園」にはよく家族で遊びに行きました。そこの「こどもひろば」には、ターザンみたいにロープにつかまって、向こう側まで渡れる遊具があって、それで遊んだ記憶があります。

この地域でメジャーなスーパーといえば「ショージ」。東広島人は共感してくれると思います。ショッピングモールだと、今はイオンになっている「サティ」によく行きました。あとは20年ぐらい前にできた「ゆめタウン広島」。当時のわたしたちにとってはすごく大きく見えたお店で、みんな「ゆめタ」と呼んでいました(笑)。アクターズスクールに通っていたときの友達と、よく休憩時間に遊びに行って、プリクラを撮ったりしていました。

―― 鞘師さんは今お話に出た「アクターズスクール広島」に幼い頃に入所し、ダンスを始められています。当時はどんな生活だったんでしょうか?

鞘師:平日は東広島の小学校に通って、放課後はほかの子たちと同じようにピアノや習字などの習い事をしていました。土日は1時間ほどかけて広島市にあるアクターズスクールまで毎回行っていたから、結構忙しかったです。

―― 広島に通い始めた頃の、思い出のお店や景色は?

鞘師:最初は親が車で送迎してくれていたんですが、途中から電車で通うようになりました。手前の駅から先に乗っている友達と電車内で合流して、おしゃべりしながら広島駅に着いたら、駅1階のマクドナルド でごはんを食べてレッスンに向かう。この流れはよくやっていました。

それから、うどんや中華そば、そしておはぎなどの生和菓子を売っていて、素材にこだわっている、広島の老舗チェーン店「ちから」。レッスン終わりに自主練習をみんなでして、サクッと何か食べて帰りたいときは、すぐにうどんやおにぎりを食べられるここに行っていました。

父が送迎してくれていたときは、広島市南区にある全国チェーンのピザ屋さんで、一緒に1枚のピザを頼んで、シェアして食べてレッスンに向かうのにハマっていたこともありました。

―― アクターズスクール広島では、年2回の発表会や広島県内のイベントなどで、本格的にステージを披露する機会があるそうですね。

鞘師:そうなんです。「アステールプラザ」の大ホールで、半年に1回発表会をしていました。ゴールデンウィークに開催される「ひろしまフラワーフェスティバル」でも毎年アクターズのステージがあって、そこにも友達と立ったことがあります。ほかにも、小さな町のイベントにもたくさん参加していて、いろんな経験をすることができました。

お好み焼き、日本酒、尾道や呉の街。大人になってから知る広島

―― モーニング娘。9期の合格を受けて、小学校卒業を待たずに上京した鞘師さん。当時、東京に対してはどんなイメージをもっていましたか?

鞘師:わたしは静かなところも、都会も大好きなんです。そのどちらも得られそうな東京での生活には憧れていましたし、エンタメにかかわる者として「やっぱりその道のプロが集まる東京に行きたい」というシンプルな気持ちはありました。

だからモーニング娘。のメンバーになれたことはとてもうれしくて、ステージで歌って踊れることに胸をときめかせながら上京しました。小学校の卒業式前に引越すわたしのために、友達が独自の卒業式をしてくれたんです。東京での生活を応援してくれたのもうれしかったですね。でも、いざ引越してみると、やっぱり広島が恋しくてホームシックになりました。

この頃のことは、グループ加入前にモーニング娘。と共演した舞台のテーマソングでもある『青春コレクション』を聴くと思い出します。キラキラ輝く先輩に憧れて東京に向かったことも、芸能界に飛び込んで現実を知って、悔しさやしんどさを感じたことも、全部が詰まった思い入れがある楽曲なんです。

―― 東京でも遊びに出かけましたか?

鞘師:渋谷に行ったり、原宿に行ったりしていました。ただ、当時は門限が19時で、学校が終わるのが16時か17時ぐらい。ダッシュで帰ってきて、支度をして走って電車に乗って、1時間でも街に遊びに行くような感じでした(笑)。いろんなものが売っていてキラキラしている、イメージ通りの東京を楽しんでいました。

―― 先ほどホームシックになったというお話がありました。上京後、懐かしくなった広島の味はありますか?

鞘師:上京したのが小学6年生だったので、思い入れのある広島のお店は当時まだなかったんですよね。ただ、わたしは両親が関西出身なこともあって、家で食べるお好み焼きはずっと関西風でした。モーニング娘。のコンサートで広島に戻ったときに、お店で初めて広島スタイルのお好み焼きを食べたんです。そこで「なんだ、このおいしい食べ物は!」と衝撃を受けて。それ以来、広島に帰ると「お好み焼き、食べるぞ!」と気合が入ります。

去年の夏に広島のPARCOさんで撮影したときは、帰りにマネージャーさんと駆け込みで、お好み焼き屋さんが集まっている「お好み村」というビルに行きました。そこでお好み焼きとビールを一緒にかき込んで、「最高だね!」と話して。あれはもう1回やりたいです(笑)。昔お世話になったのは「あとむ」。そのときに行ったのは、「あとむ」と同じ階の「八昌」というお店でした。

―― 早くに上京した鞘師さんの場合、大人になった今だからこそ、改めて感じる広島の魅力がありそうですね。広島から東京に戻る新幹線のホームなどで、必ず買う名物やお土産はありますか?

鞘師:「にしき堂」の「生もみじ」は絶対に買います。モチモチしていて大好きなんです。それから、最近は日本酒のちっちゃい瓶とかも。とくに「賀茂鶴(かもつる)」や「亀齢(きれい)」が好きです。先日、NHKさんの生放送で広島に行ったときには、スタジオ近くの酒屋さんに、冷やしておいしく飲める「亀齢」の種類を教えてもらいました。

―― 買った日本酒は、新幹線内で飲むんですか?

鞘師:日本酒は持って帰るんですが、ビールは飲みます。一緒に食べるのは「むすび むさし」のお弁当。時間によってはまだご飯が熱々で、「ラッキー!」って。

―― 大人ならではの楽しみ方ですね。ほかにも、新たに発見した広島の魅力があれば教えてください。

鞘師:定番ですが、尾道(おのみち)はすごくすてきな街だなと思いました。以前、妹と2人で、尾道駅の近くを中心に1日出かけたんです。街なかに現れる猫を「かわいいね」と言いながら、商店街にも行きました。今はサイクリングもできるので、リフレッシュにぴったりな場所ですよね。

モーニング娘。卒業後は、実家にしばらくいたので、ひとりで広島のいろんなところに出かけました。広島市内にもよく行ったし、尾道も、呉(くれ)のほうとかも。

あ、呉には、冬になると家族で牡蠣を仕入れに行くんですよ。母が「ここの牡蠣しか食べない!」と言う大好きなお店が海沿いにあるので、そこで発泡スチロール1箱の牡蠣を買うんです。それを自宅の庭で炭火焼きにして、殻を剥いて、レモンをかけて食べるのが最高においしいですね。

ニューヨークで、これまでと違う自分に出会う

―― モーニング娘。卒業後、ダンス留学をしたニューヨークでの暮らしのこともぜひ聞きたいです。

鞘師:ニューヨークは、強気でいかないと負けてしまう街だなと思いました。やりとりするにも、すべて書類やログを残しておいて、細かく突っ込んでいかないと、言った言わないでもめることも。

それから、日本では顔を隠すために常につけていた帽子やマスクを全部外して街を歩けたのが、自分にとっては大きなことでした。初めて人目を気にせず、開放的な気分になれましたね。

―― いつもと違う人の住む違う街では、自分もいつもと違う一面が現れてくることもありそうです。ほかにも、何か印象的だった体験はありますか?

鞘師:街なかで、知らない人同士でもお互いに話しかける文化がありました。持ち物を褒めたりとか。スーパーの店員さんとも、試食コーナーで話していたら、商品の説明だけでなく、ご近所さんとするような日常の話になるんですよ。わたしは友達をつくるのが得意なほうではなかったんですが、街で出会う人とその時々ですてきなコミュニケーションをとれるのが、すごく幸せでした。

―― ニューヨークでの生活を経て、鞘師さんの中で変化がいろいろと起きていそうですね。

鞘師:以前は「何かの一員じゃないといけない」「仲間がいないと生きられない」みたいな意識があったんですが、「そうじゃなくてもいいんだ」と少しだけ解き放たれた感じがしました。

それから、個人経営のお店に興味をもつようになりましたね。ニューヨークで知り合いに教えてもらったビンテージショップに足を運ぶようになって、一点物や手づくりの物など、その人の色や愛情が強く出ている物を見るのが好きになったんです。

東京でも、以前は「PARCO」や「マルキュー(SHIBUYA109)」のような大きな商業施設にまず入りがちでしたが、最近はただふらーっと歩いて、ちょっと面白そうな、個性がありそうな場所に入ることが増えたかもしれません。

今気になるのは経堂と幡ヶ谷。個人の色が出るあたたかい街が好き

―― 街歩きもお好きだそうですね。最近気になっている東京の街はありますか?

鞘師:経堂と幡ヶ谷ですかね。

経堂は、舞台稽古がきっかけで降りた駅です。個人のお店がたくさんあって、ハラルフード専門店があったりと、駅を出てすぐ右のほうの道に面白いお店がたくさんあるんです。幡ヶ谷は、ちょっとおしゃれなスポットですかね。こじゃれているけど入りやすいカフェなど、時間を問わずに入れるお店が多くて落ち着きます。

―― いろんな街を見てきた鞘師さんが、住む街に求めることはなんですか?

鞘師:急な坂が多すぎないこと! それから、部屋は日当たり重視ですね。それ以外だと、「あたたかさ」はすごく大事かもしれないです。

―― 「あたたかさ」ですか。具体的には?

鞘師:あまりに閑静な住宅街だと、ちょっとさみしくなっちゃうんです。自分から人に話しかけたりはしませんが、周りに人の気配が感じられると、そこに居合わせるだけであたたかい気持ちになります。

―― もし今どこにでも住めるとなったら、住んでみたい街はありますか?

鞘師:どこかな……。長野県の、松本?

―― どんなところが好きなんでしょうか?

鞘師:去年は舞台で、そのあと自分で旅行にも行ったんですけど。なんですかね、あの街の良さ。それこそカフェとか、個人商店とか、小さなすてきなお店もたくさんありますし。お城もあって、美術館もあって、街もきれいで。うるさすぎず、静かすぎず。空気がすごく良かったんですよね。「気がいい」みたいなことなんですかね。

―― おいしいパン屋さんも多いですよね。同じく地方の街としては、「もし再び広島に拠点を持つとしたら、こんな暮らしがしてみたい」という理想はありますか?

鞘師:ああー。都会では実現が難しい、お庭にデッキがある一戸建てで、バーベキューしたりお茶したりできる生活には憧れますね。もし暮らすなら、ほかの街との二拠点生活ができるといいかもしれません。

―― 今年10月には「HIROSHIMA CONTI-NeW FeS 2025」に参加予定だったりと、広島県出身のアーティストとして舞台に立つお仕事も多いかと思います。今後やってみたいことはありますか?

鞘師:やっぱり、観光大使をしたいです。街歩きでもグルメでも広く興味をもてるほうなので、さらに地元・広島を深く知って、街を楽しみたいですね。

―― まだ行ったことがないけれど、気になっている広島のスポットなどもあるのでしょうか?

鞘師:うーん、呉も、尾道も、宮島も行ったし……。広島は小さな島でもすごく魚介がおいしかったりするんですよね。上蒲刈(かみかまがり)島というところに、家族でグランピングに行ったことがありますが、とても海がきれいで、海鮮はもちろん、食事がみんなおいしかったです。まだまだ知らないところもあるんだろうな。

―― 広島は同じくアクターズスクール出身のPerfumeさんなど、すてきなアーティストを多く輩出しています。今、その1人として、エンターテインメントを志す後輩に見せたい姿はありますか?

鞘師:素晴らしい方がたくさんいらっしゃる中で、わたしも広島出身だと知ってもらえているだけでうれしいです。

わたしがスクール生だった頃に、Perfumeさんが広島に来てくれて、写真を撮ったりお話ししたりする機会があったんですね。そこで「頑張らなきゃ」という気持ちにさせてもらえた記憶が強く残っています。わたしも、後輩のみなさんが普通に生活していても、「なんか東京で頑張っとる先輩がおるな」と目にできるぐらい、頑張りたいです。

お話を伺った人:鞘師里保

1998年生まれ、広島県東広島市出身。幼少期からアクターズスクール広島にてダンスを始め、2011年にモーニング娘。9期生としてデビュー。2015年にモーニング娘。を卒業後は、ダンス留学でニューヨークに渡る。2020年9月より芸能活動を再開し、ドラマや舞台、ミュージカルまで活動の幅をさらに広げている。

編集:ピース株式会社