浜田省吾さん、ボブ・ディランさん…名盤彩ったデザイナーに聞く 尾崎豊さんデビュー作「十七歳の地図」誕生秘話も
伝説のロック歌手、尾崎豊のレコードジャケットのデザインを手がけたグラフィックデザイナー田島照久さん(75)=福岡県出身=が今春、独立45周年を記念したCD付きフォトブック「MUSIC ARTWORKS(ミュージック・アートワークス)」をリリースした。尾崎のほか、浜田省吾さんや五輪真弓さんからマイルス・デイビスさん、ボブ・ディランさんなど国内外のトップアーティストの作品に関わってきた田島さんに、時代のミュージックシーンを彩った作品について聞いた。 【写真】尾崎豊さんのデビューアルバム「十七歳の地図」 田島さんは1949年、福岡市東区生まれ。小学3年ごろ、父の仕事で福岡県筑後市へ引っ越した。 県立八女高で美術部に所属。洋楽のビートルズに目覚め、レコードジャケットのモダンなデザインに憧れてタイポグラフィーを独学。県展では鹿児島・桜島をテーマにしたポスターで最高賞に輝いた。「この頃から、進む道は決まった」 東京の多摩美術大へ進学するも学園紛争で閉鎖。帰郷して1年間、仲間とロックバンドを組み、同県久留米市のダンスホールで演奏し食いつないだ。「ギターで稼いでパチンコで消える、そんな日々の繰り返し。いい時代だった」と、いたずらっぽく笑った。
「正気か?」絶句した上司
大学卒業後、念願のレコード会社CBS・ソニー(当時)に就職。同世代の歌手、五輪真弓さんらのアルバムデザインを担当するなど順風満帆だった。 しかし、7年が過ぎようとしたある日、突然思い立つ。「ここを去らなきゃいけない」。その日の昼休みに辞表を出すと、上司は「正気か?」と絶句した。 「発作的でしたね。もっと自分の自由な意思で表現したかった。30歳手前で、辞めるなら今だと」 1年余りアメリカを旅して帰国。フリーランスとして再スタートを切ってほどなく尾崎豊と巡り合う。 高校の制服に身を包み、深々と頭を下げる尾崎を、田島さんは都内スタジオで迎えた。 不満、反抗、閉塞(へいそく)感…。一人の若者のひたむきで自由な発想に刺激を受けた田島さんがテーマに選んだのは「壁を越える」だった。 尾崎が、特別に用意した腰より高い台を、勢いよく飛び越えるたびに田島さんもシャッターを切った。そうして生まれたのがデビューアルバム「十七歳の地図」だ。 「(尾崎君が)26歳で亡くなるまで生涯の作品すべてを担当できたのは幸運だった」と田島さん。 撮影の合間には二人で音楽の話もした。時には、撮影用の小道具として持参したギターについて熱く語り合うことも。「尾崎君の作品をありのまま世の中に広まればいいな、と思っていた。僕は尾崎君に寄り添っただけだと思う」 「どの作品を振り返ってもデザインにぶれはない。自分の方向性は間違っていなかったと思う」と誇らしげに語った。 今回のインタビューは米・ニューヨークでの撮影旅行から帰国した直後だった。「あと5年頑張ったら引退しようかな」。笑顔の中の眼光は、なお力強さが宿っていた。 (岩崎拓郎)
西日本新聞
- 18
- 24
- 19