正しさより可愛さ。面白さ。
正しさよりも可愛さ。面白さ。どれだけ間違っていても、可愛ければ許せる。面白ければ許せる。どれだけ正しくても、可愛くなければ好きになれない。面白くなければ好きになれない。幸か不幸か(私は幸であるに決まっていると思う)、本当に面白い人に出会ってしまうと、つまらない人といられなくなる。今、つまらなさを感じている人は、面白いことを知らないのではなく「本当に面白いことを知っている人」のことなのだと思う。
ものすごい美女から温泉旅行に誘われた。ものすごい美女は罪悪感を感じていた。自分が美女であることを心から楽しんだことは一度もなく、自分が美女なのはただの遺伝で、自分の努力ではないから美女である以外の何かを身につけなければ、自分には価値がないと感じていた。だから、周囲から綺麗だねとか可愛いねとか言われても、嬉しくなるのではなく、自分にはそれしかないのかと凹んでいた。罪悪感を消すにはどうすればいいのかと聞かれた。私は、可愛いならそれだけでいいじゃないかと思った。ただ、あなたが感じている可愛いの意味が狭いことが問題なのだと思った。
私たちは、本来、全員可愛い。本質的に可愛い。それが「可愛いだけじゃ生きていけない」と思い込まされて、何者かになることを強制させられ、やりたくないことをやることを強制させられる。世間的には「あの人は綺麗なのに教養もあって素敵だ」みたいな感じで、綺麗なだけではなくプラスアルファの能力を持っている人が評価される。しかし、坂爪圭吾的な世界観では、何もないくせに平気で堂々と生きている人間が、一番強い。自分の外側に貼り付けたもので自分を維持している人は、それを失ってしまった時に、どうしようもなく揺らぐ。だが、なんだか知らないけどみんなが私を愛してくれているから何もしないでも楽しく生きることができています的な人は、無敵だ。
何かがあるから堂々としているのではなく、何もないのに堂々としている。その時、その人は、自分の本質的な可愛さだけを爆発させている。可愛い人は一挙手一投足が面白いため、とんでもなく愛される。エサをあげたいと思われたり、喜ばせたいと周囲の人間から思われて、自分が喜んでいる姿を見せてあげることがその人の仕事になる。夢のような話だが、夢のような話を現実にするためには「自分は愛されている」ことを信じる必要がある。自分は愛されていることを、自分は許されていることを、腹の底から信じることができた時、人生はボーナスタイムに突入する。あらゆるものが可愛いものの前に無価値化して、可愛くないものに関心を持てなくなり、面白くないものに関心を持てなくなる。ある意味で、死人になる。生きるために何かをやる必要がなくなり、やりたいことだけをやって生きて、寿命が来たら死ぬ。
全女子に告ぐ。正しく待つより、可愛く責めろ。好きな人に好きだと言わせようと思うな。待っている間に、死ぬぞ。こんなことを言ったらはしたないかなとか、こんなことを言ったら変態と思われるかなとか、本音を引っ込めて物分かりのいい女を演じるなかれ。目の前の男を抱きたいと思ったら「抱きたい」と言え。明日死ぬなら「抱きたい」と言うのに、今、この瞬間に「抱きたい」と言わないのは、明日も生きていると思っているからだ。俺たちに明日はない。明日を捨てろ。毎日死ね。死ぬほど生きろ。一日一回しっかり死ね。死ねば死ぬほど元気になる。好きな男に「抱きたい」と言った後、恥ずかしくなって「やっぱりなし!さっきのはなかったことにしてください!」と狼狽してもOK。散々狼狽した後に、懲りずに「やっぱり抱きたいです」と言える女子は、正しくはないかもしれないが、可愛い。面白い。正しい人間の成果物は少ない。可愛い人間は、可愛さによって自分を捧げて、欲しいものを獲得する。はっきり言う。今、あなたがつまらなさを感じているのは「正しさ」ばかりを考えているからだ。正しさよりも可愛さだ。面白さだ。さあ、死ね。
おおまかな予定
9月5日(金)北海道札幌市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
9月23日(火・祝日)静岡県伊東市伊豆高原
EVENT@チャイニーズオーベルジュ仙豆飯店
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


コメント
1「さあ、死ね。」痺れました〜!
好き❤️