なぜ令和のアイドルは「自己肯定感」を歌うのか:歌詞データ分析から探る“幸福”の構造転換
アイドルソングは、その時代の空気や人々の願いを映し出す鏡のような存在なのかもしれません。今回はその鏡を、AIの力も借りて少し深く覗き込んでみたいと思います。
モーニング娘。、AKB48、FRUITS ZIPPERの人気曲の歌詞をAIで感情分析
見えてきたのは「みんなで目指す未来の希望」から「“わたし”を肯定する現在の幸福」という価値観の構造転換
情報環境の変化が生んだ、新しい幸福の形と「令和のセカイ系」の誕生
分析の手法について
今回の分析ではLLMの一つ、Gemini(Googleの大規模言語モデル)に歌詞を読み込ませ、そこに込められた「感情」を抽出するという作業を曲ごとに行いました。
具体的には、LLMが楽曲ごとの歌詞の文脈を解釈し、「希望」「不安」「愛情」といった感情の種類と、その根拠となる歌詞の部分をリストアップします。次に、どの感情が一緒によく登場するか(共起関係)をデータ化して、感情同士の繋がりをネットワークとして可視化する、というステップを踏んでいます。
いわば、LLMと共に大量の歌詞の深層心理を探る試みです。
この手法を用いて、情報環境の変遷という軸から、モーニング娘。さん、AKB48さん、そしてFRUITS ZIPPERさんの歌詞世界に映し出された価値観の構造を探ってみたいと思います。
対象曲は、各組の曲の中で歌詞サイトUta-Netで人気度の高い上位31曲ずつです(FRUITS ZIPPERは31曲で全曲)。モーニング娘。さんは1998年から2013年の31曲、AKB48さんは2006年から2016年の31曲、FRUITS ZIPPERさんは2022年から2025年の31曲、合計93曲を分析しました。
時代が描いた「未来の希望」への物語
2000年代:マスメディアと「みんな」で掴む幸福(モーニング娘。)
上図のモーニング娘。の感情ネットワーク(左)を見てみましょう。すると「希望」が最も大きなノードとして中心にあり、歌詞世界の重要なテーマであることがわかります。「希望」は「愛情」や「決意」と強く結びついており、ポジティブな未来へ向かう意志が描かれています。また、「連帯感」というノードが存在し、「希望」と繋がっている点も特徴的です。一方で、「不安」や「孤独」といったネガティブな感情も一定の存在感を示しています。
マスメディア、ミリオンヒットと「想像の共同体」
モーニング娘。が席巻した2000年前後は、Windows 95が発売されたインターネット元年以降ながら、テレビがまだお茶の間を一つにしうる影響力を持ち、CDがミリオンヒットを記録していたマスメディア主流の時代でした。
日本の音楽関連市場規模の推移を視覚化してみると、2000年前後はCDの勢いが非常に強かったことがわかります。
この環境では、多くの人々が同時に同じ情報に触れることで、一体感が醸成されやすかったと言えます。
社会学者のベネディクト・アンダーソンは、人々がマスメディアを通じて同じ物語を共有することで「我々」という感覚を抱く「想像の共同体」が形成されると論じました。この考え方を借りるなら、モーニング娘。の歌詞世界は、ある意味では当時の人々がまだ共有していた「想像の共同体」を前提にしていたのかもしれません。
日本の未来は (Wow Wow Wow Wow) 世界がうらやむ (Yeah Yeah Yeah Yeah)
父ちゃんも母ちゃんもみんなみんな
上記のような歌詞に象徴されるように、分析対象曲では「連帯感」を示す歌詞が4回登場します。個人の悩みは、この大きな共同体の中で共に乗り越え、幸福は未来に向かう努力の先にあるゴールとして描かれました。
分析では「幸福感」の出現は3回と比較的少なく、例えば「ザ☆ピ~ス」で歌われる、
好きな人が 優しかった (PEACE!) うれしい出来事が 増えました
のように「他者や外部の出来事によってもたらされる、少し特別なご褒美」のようなものとして描かれます。
一方で、「不安」(6回)や「孤独」(3回)といった感情も描かれ、個人の悩みは、この大きな共同体の中で共に乗り越えていくべきものとされていたようです。
2010年代:「葛藤」の先の「成長物語」(AKB48)
AKB48の感情ネットワークは、モーニング娘。と同様に「希望」が最大の中心感情として存在します。しかし、その構造は大きく異なり、「希望」が「切なさ」「寂しさ」「不安」といったネガティブな感情と非常に強く結びついているのが最大の特徴です。これは、困難を乗り越えて希望を掴むという物語構造を可視化しているようです。また、その過程を支える感情として「友情」というノードが存在し、「決意」や「勇気」が「希望」へと繋がっています。
ファン参加型イベントが紡いだ物語
AKB48が登場したのは、CDから配信へと音楽の聴き方が移行し始めた過渡期でした。彼女たちはマスメディアを活用しつつ、「会いにいけるアイドル」というコンセプトや「選抜総選挙」といったファン参加型のイベントを駆使して、ファンを巻き込みながら一つの大きな「成長物語」を紡ぎ出しました。
その歌詞世界は、この物語と強く連動しています。物語の始まりには、しばしば自信のなさやもどかしさが描かれます。分析では「切なさ」が8回、「不安」が4回と多く出現し、恋愛における葛藤がその象徴となっています。
あなたのことが好きなのに 私にまるで興味ない
私に期待しないで 理想の彼女になんて きっとなれない プレッシャー
しかし、彼女たちは一人ではありません。この葛藤を乗り越える支えとなるのが、共に汗を流す仲間との「友情」(3回)です。
一生の親友だ 忘れるなよ
仲間との絆を胸に、困難へ立ち向かう「決意」(7回)が生まれます。「初日」で歌われる「一人だけ踊れずに 帰り道 泣いた日もある」と涙を乗り越え、「RIVER」では「迷いは捨てるんだ!根性を見せろよ!」と自らを鼓舞します。
こうした試練の先で、彼女たちの歌詞世界は常に「希望」へとたどり着きます。分析でも「希望」は最多の14回出現し、ネットワークの中心に位置しています。
人生は紙飛行機 願い乗せて飛んで行くよ
AKB48の歌詞世界では、自己肯定は物語のゴールとして、努力と葛藤の末に獲得されるものだったのです。
令和のアイドルが歌う「現在の幸福」という革命
SNS時代が生んだ「自己肯定」の幸福論(FRUITS ZIPPER)
FRUITS ZIPPERの感情ネットワークは、過去の2組とは大きく異なる様相を呈しています。「自己肯定感」という、他の2組には見られなかった新しい感情がネットワークの中心付近に登場し、「幸福感」「感謝」「愛情」「高揚感」といったポジティブな感情群と非常に密なクラスターを形成しています。
ネガティブな感情の出現は極めて少なく、ポジティブな感情が相互に繋がり、さらに大きな幸福感を生み出すポジティブな循環構造が見て取れます。
新しい感情「自己肯定感」が生んだ構造転換
FRUITS ZIPPERが登場した現代は、TikTokに象徴されるショート動画の時代です。長い物語よりも「瞬間」の共感が重視される現代は、社会学者アンソニー・ギデンズの言う、人々が自らの生き方を常に問い直す「自己の再帰的プロジェクト」の時代とも重なります。
このような時代において、物語の出発点に置かれるのが「自己肯定感」です。分析では「自己肯定感」と「肯定」が合わせて計8回登場し、彼女たちの歌詞世界の核となっています。
わたしこのままでもいいじゃん
虚像の自分を脱ぎ捨てて そう You&I,You&I ありのままでいい
この「まず、今の自分を認める」というメッセージは、過去のアイドルの歌詞世界には多くは見られなかった顕著な変化です。そしてこの新しい感情は、幸福や恋愛のあり方をドミノ倒しのように構造的に転換させているように見えます。
第一に、幸福の質が変わっています。モーニング娘。にとって幸福が「外部からもたらされる特別なもの」だったのに対し、FRUITS ZIPPERにとって幸福は「自らの内面から生み出せる日常的なもの」なのです。
幸せかどうかは自分で決めるよ
第二に、恋愛のかたちが変わっています。AKB48の恋愛が「苦悩のループ」を生む装置だったのに対し、FRUITS ZIPPERの歌詞では、恋愛は「幸福を増幅させる」ポジティブな装置として機能します。
このポジティブなループを支えるのが「わたしと君」というパーソナルな関係性です。そこでは「君」への「感謝」(5回)が重要な役割を果たします。
いつも 真っ直ぐでいられるのは 君がいるから
「君」からの承認が「感謝」となり、それが「自己肯定感」をさらに強固にし、「幸福感」(6回)や「高揚感」(7回)といった感情を連鎖させる。幸福は未来にあるゴールではなく、「今、ここ」で肯定し、共有するものへと変化しているわけです。
まとめ:情報環境が生んだ、新しい幸福のカタチと「令和のセカイ系」
今回の比較から、情報環境の変化がアイドルの歌詞世界、ひいては時代の価値観に大きな影響を与えてきた様子が浮かび上がってきました。
マスメディア/CDの時代(モーニング娘。/AKB48)
テレビやミリオンセラーのCD、イベントが共有体験を生み、「共同体」や「成長物語」といったマクロで時間軸の長いテーマが描かれた。幸福は、みんなで目指す未来のゴールだった。SNS/ショート動画の時代(FRUITS ZIPPER
パーソナルでインタラクティブな関係性が中心となり、「個」の感情や「瞬間の共感」が重視されるようになった。幸福は、今の自分を肯定することから始まる内面的な状態へと変化した。
この変化は、TikTokだけでなく、InstagramのリールやYouTube Shortsといったショート動画プラットフォームの普及によって加速しています。
日本レコード業界さんの調査データから、2024年の年齢層別の音楽の聴取方法を視覚化してみると、全年齢層が、視覚的メディアでありかつコメント欄を常設するYouTubeが主要な手段となっており、10代においてはTikTokとInstagramが有料音楽サブスクを凌駕していることがわかります。
これらのメディアでは、短い時間で強い印象を与えるコンテンツが求められ、アイドルもまた、ライブ配信やコメント欄での対話を通じてファンと「わたしと君」の親密な関係性を築いています。
このインタラクティブな環境が、歌詞に描かれるパーソナルな幸福感や自己肯定感をさらに強化していると見られます。
そしてFRUITS ZIPPERさんの歌詞が描く「わたしと君」だけの世界は、非常に興味深いことに、時計の針を巻き戻した2000年代に流行した「セカイ系」の物語構造を想起させます。
「セカイ系」とは、『新世紀エヴァンゲリオン』や『涼宮ハルヒの憂鬱』のように、主人公とヒロインの個人的な関係が社会を介さず世界の運命と直結する物語スタイルを指します。
これに対し、FRUITS ZIPPERの「令和のセカイ系」は、「世界の危機」ではなく「個人の幸福」や自己肯定感をゴールに据えている点で大きく異なります。
このシンプルでポジティブな世界観は、複雑な社会や大きな物語を背景にせず、「わたしと君」の関係性だけで完結する軽やかな表現として、現代のリスナーに強く響いているようです。
いま、アーティストとファンのコミュニティは、セカイ系の枠組みを借りつつ、そのテーマを「壮大な危機」から「内面的な幸福」へと鮮やかに転換させることで、現代の価値観を映し出す「令和のセカイ系」を創り上げつつあるのかもしれません。
おもしろい…!
もちろん、本稿で「令和のアイドル」の象徴として論じたFRUITS ZIPPERさんのような価値観だけが、現在の全てというわけではありません。むしろ、多様な価値観が花開いているのが令和のアイドルシーンの最も刺激的な点であるように感じます。
例えば、Adoさんがプロデュースするファントムシータさんは、「レトロホラー」をコンセプトに、全く異なる世界観を打ち出しています。彼女たちの歌詞は「魔性」や「狂気的な愛情」をテーマにすることが多く、FRUITS ZIPPERさんが描く「現在の自己肯定」とはある意味で対極にありそうな、物語性の強い、時にダークな感情を探求しています。
このように、一つの大きな物語を誰もが共有した時代は終わり、今は無数のグループがそれぞれのコミュニティ(セカイ)に向けて、全く異なる幸福論や価値観を歌っています。本稿の分析は、その無数の山の「一峰」を切り取ったものに過ぎないのかもしれません。だからこそ、まだまだ存在する未知の峰を感じてわくわくしますね…!
以上、徒然研究室でした。Xでも日々、関心のあるテーマについて分析を発信しています。よろしければご覧ください🙏
コメント
1大変興味深い分析結果ですね。FRUITS ZIPPERの示す価値観とは全く違った世界観を持つ22/7(ナナニジ)の楽曲を見比べるとどのようなデータ分析ができるのか?大変興味深いです。でも、分析方法が分からないので真似ができないです。