大組織の不正、調査報道で明らかに 郵便報道で朝日新聞に新聞協会賞
朝日新聞社の「日本郵便による不当に高額な違約金や不適切点呼をめぐる一連の特報」(社会部日本郵便取材班)が3日、今年度の新聞協会賞(ニュース部門)に決まった。「国民生活に深く関わる巨大な公益事業体で横行する不正を明らかにし、その是正に寄与した調査報道」と評価された。
20年以上続いた違約金制度、報道で大幅改善
郵便局が委託業者から「罰金」を取っている――。そんな話を聞いたのは2023年夏のことだった。
郵便局は、宅配便「ゆうパック」の配達を委託した業者から、顧客から苦情を受けた際などに違約金を徴収している。時に高額で、十分な説明がないといい、現場で「罰金」とも呼ばれていた。
物流業界でドライバー不足が懸念された「2024年問題」が迫り、人材確保や待遇改善が求められていた。日本郵便という巨大企業による不当に高額な違約金の徴収が事実なら、時代に逆行している。取材班は問題意識を共有し、全国各地で取材を始めた。
「誤配達 5千~3万円」「無断で宅配ボックスへ配達 3万円」「タバコクレーム 10万円」。入手した関東地方の郵便局の内部資料には、目を疑うような高額の違約金の項目が並んでいた。配達1個当たり百数十円の収入に対し、違約金が数十~数百倍になる計算だ。実際に違約金を徴収されたドライバーらの証言も得た。
取材を進め、この局がある県内で公正取引委員会が調査していたことを把握。24年6月に日本郵便の下請法違反を認定し、行政指導したこともつかんだ。指導は非公表。公取委は違反行為の早急な是正を優先し、県内で調査を終えていた。
違約金は03年12月に制度として全国で導入されていた。仕事をもらう委託業者は弱い立場だ。声を上げられずにいるドライバーが全国各地にいると取材班は考え、公取委の調査範囲にとどまらない報道を目指した。関東以外に近畿や東海の郵便局でも、公取委の認定と同程度に高額の違約金が実際に徴収されていたことがわかった。
現場の実態は深刻だった。喫煙を否定したのに認められなかったり、ひと月で数万円を違約金として徴収されたり。違約金の存在を理由に委託業者を退職した人もいた。
取材成果を確認し、25年1月6日に「日本郵便 下請けから違約金」と報道。その前後の1カ月間で、日本郵便が2度も違約金の基準を変えて減額していたことも、内部文書などから独自に報じた。1度目の減額は、朝日新聞が質問状を同社に送った翌日だった。報道により、20年以上続いてきた違約金制度は大幅に改善された。
取材班は初報から情報提供を呼びかけた。報じるたび、泥縄式の対応を続ける日本郵便への不信や現場の状況が続々と寄せられた。その内容は、違約金の件にとどまらなかった。
「根幹を揺るがす由々しき事態」
違約金問題を最初に報じた2カ月後の3月上旬。入手した日本郵便の内部資料に、取材班は息をのんだ。
「職場全体として点呼を軽視していた」「当社事業の根幹を揺るがす由々しき事態」
各地の郵便局でドライバーへの点呼が適切に行われていない状況を本社が把握し、社内に改善を呼びかけた内容だった。
発端は兵庫県のある郵便局だった。今年1月、ドライバーへの点呼を数年間、実施していなかったことが発覚。近畿支社が管内の郵便局を調べ、8割で点呼が不適切だったことがわかり、全国の郵便局を対象にした緊急調査へ発展したことをつかんだ。
貨物自動車運送事業法は、事業者に乗務前後の点呼を義務づけている。健康状態や飲酒の有無、薬の服用状況などを確認し、記録簿に残さなければならない。怠れば最悪の場合、事業許可の取り消しという行政処分が科される。
不適切な点呼は危険だ。処分で郵便局の車が止まり、物流機能に影響が出るかもしれない――。そうした認識で取材を進め、3月11日に「日本郵便、貨物法違反か 不適切点呼」と特報。点呼問題の報道の口火を切った。日本郵便はこの日、記者会見を開き、報道内容を認めた。
点呼を怠っていた郵便局では耳を疑うような事案も起きていた。神奈川県の郵便局で昨年、社員が乗務中に白ワインを飲みながら運転し、赤信号を無視していた。日本郵便が会見で明かさなかった事案だ。報道後、中野洋昌・国土交通相は「輸送の安全の確保を揺るがしかねない」と述べた。
点呼は単純な確認作業と誤解されがちだが、実際には運転手の健康状態を把握し、事故を未然に防ぐ「最後のとりで」の役割がある。取材班は記事や動画で点呼の意義も伝えた。
日本郵便は4月に全国調査結果を公表。全体の75%にあたる2391郵便局が不適切な状態だった。「最悪の数字だ」。国交省幹部は憤り、「前例のない大規模な処分となるだろう」と言った。
国交省は各地の郵便局に立ち入り監査を開始。6月、同法で最も重い、事業許可を取り消す処分を科した。大手物流事業者の日本郵便が5年間、自社のトラックやバンなど約2500台を動かせなくなる事態となった。
8月には、配達用バイクなどの二輪でも、全国1834局で点呼の不備があったことが日本郵便の調査で発覚した。国交省は今後、輸送の根幹を担う軽貨物車の使用停止処分も科すとみられる。
違約金と点呼問題、共通するガバナンス不全
不当に高額な違約金に、不適切な点呼の横行。別個に見える二つの問題の背景に共通してあるのは、日本郵政という巨大グループのガバナンス(統治)不全だ。
「ガバナンスが欠如し、経営者として反省している」。日本郵便の千田哲也社長(当時)は4月23日、不適切点呼に関する全国調査結果を公表した記者会見でこう陳謝した。
点呼の問題では、「安全輸送の要」である点呼が適切に実施されていない郵便局が全国の7割超に及び、深刻な飲酒運転が起きて本社が繰り返し点呼を呼びかけても、徹底されなかった。違約金の問題では、公取委から下請法違反で指導を受けて半年間、制度を改善せず、報道前後の1カ月間に2度も制度を変えた。
日本郵政グループの不祥事はこの2件にとどまらない。かんぽ生命保険の不正販売や、ゆうちょ銀行の顧客情報の流用など、朝日新聞では経済部が継続的に取材、報道を続けている。
2020年に就任した日本郵政の増田寛也前社長は就任初日、「バッドニュースこそ上げて欲しい」と訴え、内部通報制度も刷新した。だが、内部から指摘が出ても、改善につながらなかった。ある社員は22年に点呼未実施などを内部通報したが、日本郵便は「違反は認められなかった」と否定。しかし、問題が報じられた直後の今年3月になって内部通報内容を認めた。内部通報の事実自体、朝日新聞の6月の報道で明らかになったことだ。
朝日新聞の情報提供の呼びかけに対し、郵政グループ内外からの情報は、違約金や点呼の問題に限らず、幅広く届き続けている。それが報道につながり、行政が動き、一部は改善に至った。取材班は一連の報道で、各取材先に何度も確認し、確実な事実だけを報じた。
今年10月で郵政民営化法の公布から20年になる。外部のチェックが利きにくい巨大グループの問題を、朝日新聞は今後も調査報道で追い続ける。
情報提供はこちらに
不適切な点呼や違約金の問題など日本郵便に関する情報提供は、yubin@asahi.comまでお寄せ下さい。
直近5年で4回受賞
朝日新聞の調査報道による新聞協会賞(ニュース部門)の受賞は、直近の5年では4回になる。受賞は全体では1957年度以降28回。
近年では2018年度の「財務省による公文書の改ざんをめぐる一連のスクープ」、14年度の「徳洲会から猪瀬直樹・前東京都知事への5000万円提供をめぐる一連のスクープと関連報道」などがある。
直近5年の朝日新聞の新聞協会賞受賞
2025年度 日本郵便による不当に高額な違約金や不適切点呼をめぐる一連の特報
2024年度 自民党派閥の裏金問題をめぐる一連のスクープと関連報道
2022年度 国土交通省による基幹統計の不正をめぐる一連のスクープと関連報道
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